オーバーロード 白い魔狼   作:AOSABI

20 / 22
16話

 帝国の夜空には満月が浮かんでいたがフェンリルがいるカッツェ平野はアンデッド反応を持つ薄い霧に覆われている為に朧月の様に見えた。

 この地は赤茶けたさまから血染めの大地などと呼称され、また有名なアンデッドの多発地帯である為、昼間でも軍や冒険者による討伐以外では好き好んで近づこうとする者は無く、ましてアンデッドの行動が活性化する深夜となれば死にたがりかズーラーノーンを代表とする怪しげな者以外は現れる事は無い。

 ゆえにフェンリルは偽装を解き本来の姿へと戻っていた。

 真っ白な毛並みに覆われた筋骨隆々な巨躯に装備されている腕甲や脚甲、胸当ては黄金に輝き、物理無効などを代表するダメージ無効系は付与されていないが伝説級アイテムとして十分な性能を持つ装備品で身を固めている。

 人の姿を取っている時は僅かな窮屈感があったが本来の狼獣人になっているフェンリルはその窮屈さから解放された大きく体を伸ばした。

 冒険者として人の姿を取るようになってから数か月ぶりに戻った身体からはパキパキと関節から音が聞こえた。

 固くなった筋肉をほぐす様にストレッチを入念に行うと

 

「良し!少し暴れてくる。ネルはどうする?」

 

 フェンリルの傍に控えていたネルに声を掛けた。

 

「私も久しぶりに全力を出してみようかと思います」

 

 とにこやかに答えた。

 

「そうか、〈四魔狼(エレメンタルウルブス)召喚〉」

 

 世界を喰らう魔狼(フェンリル)のスキルを発動させると大型の狼が四匹現れた。大きさはどれも成人男性と同じぐらいだがそれぞれの属性を現す様に体色など違う箇所が見られた。

 紅く燃える盛る体毛を持つ火炎魔狼(フレイムウルフ)

 身に纏う風と翡翠色の体毛を持つ暴風魔狼(ゲイルウルフ)

 真っ白な氷の彫刻のような氷晶魔狼(フロストウルフ)

 渇き荒れた大地を思わせる荒地魔狼(アースウルフ)

 いずれもユグドラシルではLv40程度のモンスターだ。

 

「ネルに預ける。何かあった場合コイツらがお前を守り、俺が来るまでの時間を稼いでくれるはずだ」

 

 フェンリルが四魔狼(エレメンタルウルブス)に頭の中でネルを守れと命令する。主人に命を受けネルの元へゆっくりと歩み寄る。

 傍に来た氷晶魔狼(フロストウルフ)の身体をネルが撫でるとひやりと冷たい感触が手のひらから伝わってくる。

 

「ありがとうございます」

 

「それじゃ行ってくる」

 

 そう言い残しフェンリルは自分が暴れても害の出ない場所へ行くためネルの元を離れた。その姿はまるで吹き抜ける突風のようだった。

 日が昇るまで約3時間といったところだろう、存分に暴れるには十分な時間だ。

 

「いってらっしゃいませ・・・さて一足先にこちらは始めさせていただくとしましょう」

 

 深々と下げられた頭を上げるとネルの目が怪しく光る。その視線の先にはスケルトンなどのアンデッドの群れが迫って来ていた。

 

「可哀そうなどと思う事などありませんが、お前達には私の憂さ晴らしに付き合ってもらいましょう」

 

 ネルは苛立っていた。この世界に来て、敬愛する主人と話をすることが出来たのは良かったがまさか(クレマンティーヌ)が主人の周りを飛び回るとはしかも一匹増える可能性があるとは思わなかった。

 何よりもそうあれと生み出されてなお未だ寵愛を受けられない事がネルの不満であった。

 

「〈炎の雨(ヒートレイン)〉」

 

 強く握られた杖の切っ先をアンデッドの群れに向ける。杖の先に小さな火がが出現した。火は燃え盛り炎となり渦巻き球状となり周囲に熱を放つ極小の太陽となった。

 

「踊れ」

 

 魔法がアンデッドの群れの上空に放たれると火球が破裂した。

 光が周囲を昼間の様に照らし出すとアンデッドの群れに火の雨が降り注ぐ、もがき苦しむさまは舞踏者が燃えるドレスを纏い踊り狂うようでその舞踏会は常人であれば目を背けるような地獄の景色そのものだった。

 主催者である紅い炎に照らされたネルはまるで観劇を楽しむ観客の様に狂気染みた笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「ここまでくれば大丈夫かな?」

 

 この世界に来て初めて全力で走ったのでどれ位距離が離れたのか分からないが十分な距離を取れたと思う。

 すると後方から光が走りそれから爆音が轟いた。それがネルの魔法によって起こしたものだとフェンリルは分かった。

 こちらも始めるかとアイテムボックスから丸い陶器で出来たアイテムを一つ取り出す。死霊香、ユグドラシルで使用するとアンデッド系モンスターを大量にPOPする、経験値稼ぎやクラスの特定条件をクリアするために使うアイテムだ。

 死霊香を握り潰すと中から紫色の煙が立ち昇り周囲に溶け込んだ。するとどこからともなく怨嗟に満ちた声が響いてくる、それも一つや二つではない恐ろしいことに慣れているはずの軍人や冒険者でも聞けばその恐ろしさに震え上がるだろう大量の声だ。

 四方八方360度見渡す限り、大小様々なアンデッド系モンスターが大地から吐き出され津波のように押し寄せてきた。

 歴戦の冒険者や軍隊でも死を覚悟するだろう、しかしフェンリルは笑った。耳まで裂けた口を歪ませ鋭く尖ったナイフの様な牙を剝き出しにして笑ったのだ。

 心が躍る。これだ。Lv差はこちらにあるだが戦力差では圧倒的な分の悪さ、この絶望的な状況、久しく忘れていた身がすくむような思い、高揚する。

 心の赴くまま暴れたい、だがフェンリルは頭を振るい自分を諫める。

 

「ダメだダメだ」

 

 そうフェンリルはここに自らのモンスターとしての性質を真に理解し自戒する為にきた。

 帝国に来て以来、失態を何度か犯した。皇帝に目をつけられた件ではモモンガにも迷惑を掛け、さらに自分ではなんてことの無いアイテムだと思ったものがこの世界では伝説級アイテムとされ、それを上げてしまった。

 この世界に来て、元の世界にはなかった自由を目の前に自分は浮かれていた。

 自分の迂闊な行動が友に迷惑を掛けた。自分の望む自由は己が欲望のままに行動するという無責任な自由ではない、己が心を誰にも縛られない心の自由であったはず、昔見たマンガの水の心の話を思い出す。

 状況に合わせていかなる姿にも変わる”水”

 あらゆる物を映し、あらゆる物を呑み込む

 されど常にその本質は変わる事はない

 それが水

 怒りからも憎しみからも解き放たれた

 ”心の自由”

 人間からモンスターになってからどうも行動が雑になってしまっている。人間の時とは比べ物にならないほどの力、反射神経、耐久力、五感、それらが相まって、この世界での絶対的強者としての立場、モンスターの身体に心が引っ張られ自分を見失っていた。自分に言い聞かせていた水の心を忘れるほどに

 現状、味方であるアインズ・ウール・ゴウンを除けば敵はいない。だがそれはあくまでも今は確認していないというだけでいつ遭遇するか分からない、それに備えてこの身体での戦い方をもう一度見直す必要がある

 息を深く吸い、吐き出す。

 昂る戦意を静め、敵を冷静に見極める。

 敵の数は甚大、いずれもアンデッド系モンスター、強敵となる者はいない。力に任せるのではなく人間であった時に学んでいた武道や格闘技を思い出し丁寧に確実に倒す。

 跳躍し空へ躍り出ると鷹が地上にいる獲物に襲い掛かるようにアンデッドの群れの中に突っ込んだ。

 息を吐くだけで当たる距離、目をつむって闇雲に手足を出すだけで当たる程、四方八方を敵に囲まれている。

 正面のスケルトンの頭部に狙いを定め拳を突き出す。その動きに無駄は無くまた力もかつてのように込められすぎていない、倒すのに必要な分だけが込められ、スケルトンの頭蓋骨だけが砕けた。

 そして薙ぎ払うような蹴り、巻き込まれた数体が粉々に砕け散った。

 水の心を取り戻したフェンリルはモンスターの強力無比な力の手綱を握り飼い慣らし、ユグドラシルで最速とされている人狼らしい高速で無駄のない動きから突き出される拳と蹴り、基本に忠実に丁寧に一体また一体と確実に倒していく。

 背後からスケルトンソルジャーの錆びた剣がフェンリルの背中に襲い掛かる。

 

「破っ!」

 

 それをまるで見えていたかのように身体を捻ってかわすと裏拳でスケルトンソルジャーの頭蓋を砕く。

 あとはその繰り返しだった。

 静かな水面のような心に敵を映し出し、絶え間なく襲い掛かる剣や槍を掴めぬ水の様にするりとかわし、敵を川に浮かぶ木の葉の様に飲み込んでいく、朝日が昇る頃には動くものはフェンリルの周りにはなく、赤茶色の平坦な大地はアンデッド系モンスターの死体で埋め尽くされ、真白な身体は傷一つなかった。

 

「ふ~」

 

 深く息を吐き出す。何百何千の敵を打倒してなお呼吸に乱れはなかった。

 その顔は憑き物が落ちた様な晴れやかなものでここに来た時とはまるで違うものになっていた。その時、気配を消しフェンリルの緊張が緩むその瞬間を狙った二つの凶刃が背後から襲って来た。

 襲撃者には気が緩んだように見えていたが、フェンリルは武道の残心(くつろいでいながらも注意を払っている状態)でいた為、殺さずに取り押さえる事に成功した。

 

「誰だ?」

 

 取り押さえられている二人は答えない。いや、この状態に理解が追い付いていなかった。

 一瞬の事だった。襲撃者は気を窺い絶好の機会に奇襲、強力なモンスターといえど対処は不可能なはずの襲撃に成功したと思った瞬間、地面に叩きつけられ取り押さえられている。殺されるのではなくだ。

 二人の両腕は後ろ手にフェンリルが手で掴みそのまま背中に重しとして抑えられ身動きは完全に取ることが出来ない。だが睨むことは出来る。

 同じ顔立ちからフェンリルは双子の女と判断する。

 

「くっ」

 

「動くな、もがけばもがくほど苦しくなるぞ、もう一度聞く、お前たちは誰だ」

 

 なおも二人は答えない。

 

(口が固いか、当然だな、おそらくこの二人はプロってやつだな)

 

 そう考えたが二人が答えないのはフェンリルが人間の言葉を話しているからだ。いや人を食料としか見ていない獣人が殺すことなくコンタクトを取ろうとしている。この事が二人をさらに混乱させていた。

 フェンリルの耳がピクリと動いた。

 

「・・・二人・・・いや三人か、こっちに近づいてくる三人はお前たちの仲間か?」

 

 人間を超えた聴覚がこちらに走ってくる足音を捉えた。

 二人は答えない。だが誰が来ているのかは分かっている、仲間が助けに来た。

 距離にして50mと言った所だろうかフェンリルの目が薄い霧の向こうに三つの人影を確認した。

 影がさらに近づき半分の距離になり仲間の現状を見えるところまで来ると二つの影が武器を構えた。

 

「待て!何かしようとすれば二人を殺す。そのまま大人しくこちらに来い」

 

 一瞬戸惑ったように足を止めたが人影が互いの顔を視認するまでの距離になった。

 一人は煌びやかな装備に身を包んだ金髪の女

 二人目は筋肉の塊の女らしき人間

 三人目は仮面を付けた小柄な人間・・・いや人間とは違う臭いこれはシャルティアに近い臭いから吸血鬼か

 近くに気配を感じない為これで全員なのだろう、全員の装備を見ると野盗などといった輩ではない冒険者、それもかなり上位の冒険者なのだろうがプレートが見えない為にクラスまでは分からない。

 金髪の女が喋りだした。

 

「あなたはどうやら人の言葉を理解しているようですね、仲間を開放してくれませんか?そうすればこの場は―――」

 

「その前に聞きたいことがある」

 

「は?」

 

「お前達はなぜここにいる?」

 

「おいおい、モンスターが問答かよ」

 

 筋肉女が嗤った。その嗤いにフェンリルは顔を歪めた。その瞬間全員の毛穴という毛穴から汗が噴き出てきた。フェンリルのわずかに漏れた殺気に死を直感したのだ。

 

「そうか、話す気はないと残念だ」

 

 双子を抑えている手に力が入る、締めつけられる腕に双子が苦悶の表情を浮かべる。

 それに慌てて金髪が声を上げる。

 

「待って!待って!仲間の非礼をお詫びいたします!申し訳ありません!私達はアダマンタイト級冒険者チーム蒼の薔薇、私はラキュース、彼女はガガーランで仮面の娘はイビルアイ、そしてあなたに押さえられているのはティアとティナ、私達が来たのは依頼を受けたからです!」

 

 ラキュースの謝罪を受けフェンリルが締める力を緩めると双子の苦悶の表情は解かれた。フェンリルはラキュース達をよく観察する。初めて見るアダマンタイト級冒険者という事で警戒するがイビルアイ以外はいや誰一人として脅威となるような力を感じない。

 そのモンスターらしからぬ心の奥底まで見抜くような視線にラキュース達はこのモンスターが知者であると判断する。

 ラキュースはフェンリルを見れば見るほど不思議なモンスターだと感じる。獣人を何度か見た事はあるがいずれも気性が荒く粗暴で人間を食料としか見ていないおよそ会話というものが成り立たないモンスターであったが目の前にいるフェンリルのような獣人を見たことが無い。今まで見た獣人よりも二回りは大きく堂々たる体躯、一切の汚れの無い真っ白な体毛は神々しく、金に輝く瞳は知に溢れている、身に着けた黄金の装備品は芸術的な細工まで施されている。

 

「我が名はフェンリル。地をゆらすものにして神々に災いもたらす悪名高き狼だ。ではその依頼は我を狙ったものか?」

 

 フェンリルの口上は大嘘だ。以前ナザリックの図書館にあった北欧神話から引用したものでカッコいいと思いいつか使おうと覚えていたのだ。

 ラキュース達は当然その様なモンスターや魔神は聞いたことが無い、が世界は広く自分たちが知らないだけで伝説の魔神をも超える悪神であるのかもしれない、もしそうであるならばこの場は穏便に自分たちの非礼を詫び、情報を生きて持ち帰らなければならない

 

「いいえ、我々の受けた依頼はカッツェ平野での増えすぎたアンデッド系モンスターの討伐であってあなたを狙ったものではありません」

 

 フェンリルの機嫌を損なわぬようラキュースは貴族や王族と話すような態度で答えた。いやそれ以上の緊張感を持っている。ただそこに居るだけなのに激流の様な圧力を感じ背中は冷や汗で濡れている。

 

「ではなぜ我に手を出した?お前たちは人間の中では相当な強さを持つ者であると思うのだが、我とお前たちの差を測れないのか?」

 

 強者は相手と自分の実力差を見ただけで測ることが出来ると言うが、フェンリルにはラキュース達と戦うとしても今ペナルティで30%のステータスダウンしているが少々面倒であっても負ける事は無いと思っている。ゆえにシャルティアの一件から自分を殺す武器をラキュース達の誰かが持っているのではないかと疑う。

 

「・・・それは」

 

 機嫌を損なわぬ為に何と答えればよいのか、ラキュースは俯き何か言いづらそうにしている。

 

「そうか、だから奇襲を仕掛けてきたのか」

 

 恐らく戦力の比は出来ているのだ。ラキュース達も苦戦を強いたとしても勝つことが出来ると見たのだろう、だから少しでも勝率を上げる為に奇襲を仕掛けてきたのかとフェンリルが気付いた時、大口を開けて笑いだした。

 

「ククックッハハハハ!そうか、それはすまないことをしたな、捕まえてしまった。あぁすまない、失礼だったな、この二人は解放しよう」

 

 二人を開放すると、ティアとティナは警戒しながらラキュースの元へ行く

 

「ごめんボス、下手を打った」

 

「貴方たちが無事でよかったわ」

 

 ラキュースが二人を抱きしめ無事を喜ぶ、しかしそれもつかの間の出来事

 

「さてと、それではやろうか」

 

 死の宣告が発せられた。

 

「え?」

 

 やる?何を?ラキュースの頭には疑問符が浮かんだ。フェンリルの言ったことが分からなかった。いや分かりたくなかった。

 

「お前たちは人間で冒険者だろう、モンスターである俺を退治しなければならない。その為にここに来たのだから、だが俺もここで死ぬわけにはいかない、ならばお前たちを殺さなければいけないだろ?」

 

 当然の事だった。ラキュース達は冒険者としてモンスター討伐の依頼を受けてこの地に来た。そして目の前にいるフェンリルはモンスター、討伐の対象であるしかし戦う事は絶対の死を招く、ラキュースはこれを全力で阻止しなければならない。生き残る為に

 

「お待ちください、我々にはもう貴方と争うなどという気はございません」 

 

「争う気はない?なればなぜ我を襲った。貴様らは我に奇襲を掛ける事で勝てるとみていたのだろう?我が人間如きの奇襲に後れを取るとでも思っていたのであろう?」

 

 まるでフェンリルの身体が何倍にも膨れ上がっていくかのような錯覚がラキュース達を襲った。その姿はまさにおとぎ話や昔話で聞いた魔神や魔王そのものだった。

 絶望、この心の奥底から湧き上がる絶対的な死への恐怖を名付けるのであればそれがふさわしいだろう。冒険者として様々な危険を味わい潜り抜けてきた、だがそれが安全であったと思えるほどの絶望が目の前で口を開けている。

 生き残る?

 戦いを阻止する?

 どうやって?

 ラキュースは目の前の絶望から逃れられないことを知った。

 だが同じく絶望しながらもラキュース達とは違った反応を見せたのはイビルアイ、仮面の下で驚愕という表情を浮かべていた。

 

(まさか、そんなバカな、これは・・・)

 

 戦わずとも解る。二百年前に仲間になった十三英雄のリーダーにも感じた底知れない強さをフェンリルにも感じる。魔神を超える存在をイビルアイは幾つか知っているがこの獣人は

 

「・・・ぷれいやー・・・なのか・・・」

 

 呟いてしまった。イビルアイは言葉を発してしまった。発せられたその言葉をフェンリルの耳は逃さなかった。

 

(・・・ぷれ・・い・・や・・・ぷれい・・・や・・・ぷれいやー・・・プレイヤー!?)

 

 もしかしたらこの世界にはプレイヤーという言葉がすでにあるのかもしれない、そしてその言葉はフェンリルの知っている意味とは違うのかもしれない、だが見過ごせないだから確かめなければならない。

 

「何と言った?お前は今確かにプレイヤーと言ったな、それは俺の知っているプレイヤーか?」

 

 言葉の意味を確かめるまで逃がすわけにはいかない。フェンリルがイビルアイを睨む。

 

(ネル!すぐに来い!誰一人逃すな!)

 

 メッセージで呼ばれたネルと四魔狼(エレメンタルウルブス)がフェンリルの元へ転移してくる。突如現れたネル達に気を取られたイビルアイは逃げるタイミングを逃した。

 四魔狼(エレメンタルウルブス)はフェンリルの四人を逃すなという命令を正しく理解し、ラキュース達を逃れる事の出来ないよう唸り声を上げけん制する、これで下手な動きは出来なくなった。

 

「良くやったネル」

 

「ありがとうございます」

 

 ネルはにこやかに返事を返すがその視線がラキュース達から外れる事は無かった。

 

「このまま動きを封じて置け、俺はこの仮面と話がある」

 

 フェンリルがゆっくりとイビルアイの前に陣取る。

 

「さて、これからするいくつかの質問に正直に答えるのであればお前の仲間は助けよう。分かるな?お前の返答次第で仲間もお前の命も助かるのだ。だがもし嘘をつくようであれば俺の仲間が一人ずつ骨も残らず消す、チャンスは四回だ」

 

 フェンリルにそんな能力は持っていないがイビルアイは頷いて答える。それをフェンリルは理解したと判断する。

 

「ではまず一つ目だ。プレイヤーという言葉の意味を知っているか?」

 

 イビルアイは頷く。

 

「それはどういったものだ?」

 

「ぷ、ぷれいやーは世界を救った英雄の事だ」

 

 嘘はついていない、確かにぷれいやーは世界の危機を救った存在だ。

 英雄という事にフェンリルは悩む、自分の思うプレイヤーとイビルアイの言うプレイヤーは違うのではないかと

 

「ではプレイヤーという名前の英雄という事か?」

 

「違う、ぷれいやーという存在だ。見た目は様々だったがいずれも英雄というのにふさわしい力を持っていた」

 

 いずれもという事は複数人いた事になる。

 

「プレイヤーは今もどこかにいるのか?」

 

「分からない、私の知っているぷれいやーはずっと昔に、二百年も前に死んでしまった」

 

 二百年前という言葉にフェンリルは頭をハンマーで殴られたかのように衝撃を受けた。フェンリルとモモンガ達がこの世界に来たのはユグドラシルのサービス終了がきっかけでそれは数か月前のことだ。

 なぜ同じ時代に飛ばされていないのか悩み唸っているとフェンリルの目にふとイビルアイが震えていることに気付いた。

 

「俺が怖いか?」

 

 何を言っているんだとイビルアイは思った。恐ろしいなどという生易しいものではない、逃れられない死が目に見える形で具現化したような存在に狂わないだけで精一杯なのに、自分が怖いかなどという返事に困る質問にどう答えて良いのか必死で考える。

 すんなりと答えの出てこないイビルアイを見てフェンリルは分かった。この世界の者にとって自分が目の前に現れただけで恐怖する存在となっている事を認識した。

 

「そうか、無駄な事を聞いたな。では他にお前の知っているプレイヤーもしくはそれらしきもの強大な力を持つ存在は他にいるもしくはいたか?」

 

「し、知らない。が、ぷれいやーかどうかは分からないが六大神や八欲王というのがいた」

 

 六大神も八欲王もこの世界では有名な伝説上の存在でおとぎ話の一つとして語られることが多い。

 

「ろくたいしん?はちよくおう?」

 

「スレイン法国が信奉する600年前に現れた神の事だ。彼らは滅びの危機に瀕していた人間種族を救済したんだ。八欲王は500年前に現れ瞬く間に国を滅ぼし世界を支配したが、欲深く互いの物を欲して争い、最後には皆死んでしまったという。あとは知らない」

 

 法国という言葉は聞き覚えがある。確かクレマンティーヌが元々居た国だったはず、その六大神の事はクレマンティーヌに詳しく聞くとしよう。

 

「そうか、お前を信用しよう。よく正直に話してくれた質問は以上だ。約束通りお前達の命を助けよう。それと俺達とお前達は会わなかった。いいな会わなかった」

 

 フェンリルに気圧され、頷くイビルアイ

 

「もしお前たち以外の誰かから俺達の事が耳に入ったら、どうなるかわかるな?」

 

 殺される。確実にどこに逃げようと殺される。そうイビルアイは理解した。だが仮にイビルアイ達の口から洩れたところですぐに察知することは出来ない。そういう危険性もあるがフェンリルはイビルアイ達を殺すのではなく貴重な情報源として生かすことにした。

 

(今のところ聞きたい情報もとれた、少なくとも二百年前にはプレイヤーがいた。それも英雄と呼ばれるような奴が)

 

 フェンリルは考察する。英雄と呼ばれるような存在であるならば何らかの形で情報、伝説や歴史として痕跡が残っているはず。そこで前にクレマンティーヌから聞いた口先だけの賢者の話を思い出した。

 その賢者はミノタウロスの姿をしていたと言うが口先だけの賢者と呼ばれるようになった所以を思えば、この世界に元の世界の技術を持ち込もうとしたプレイヤーだと考えることが出来る。冷蔵庫などの外見や機能を知っていてもそれを再現する技術や知識を持っていなかったのだろう。

 

(帰ったらクレマンティーヌにもっと話を聞くとしよう)

 

 フェンリルから盛大に腹の音が鳴った。

 

「腹が減ったな」

 

 鳴った腹をさするその姿が人間であれば緊張感を削がれるところであるが、鳴ったのは人間を喰らう獣人、ラキュース達はさらに緊張感が走る。

 

「はぁ、腹が減ったから帰るとするか、ネル」

 

「はいっ!」

 

 フェンリルの元へ駆け寄る

 

「我がもとへ還れ四魔狼(エレメンタルウルブス)

 

 その言葉でラキュース達を威嚇していた元素狼(エレメンタルウルブス)が光の粒となり消えた。

 

「〈転移門(ゲート)〉」

 

 ネルによって目の前の空間が捻じ曲げられぽっかりと穴を開かれた。

 

「では、さようなら蒼き薔薇、約束が守られることを祈っている。俺は無用な争いを好まない、お前たちが黙っているなら俺は静かにしていよう」

 

 わざと名前を間違えて言い残しフェンリルとネルは虚空の彼方へと消えた。

 その場に残された蒼の薔薇一行は一連の出来事を夢、それも悪夢であったと思いたかった。

 自らを地をゆらすものにして神々に災いもたらす悪名高き狼と名乗る獣人の姿をした規格外の化け物、この事を国に伝えなければとラキュースは使命に駆られた。

 しかしそこで冷静な自分が問うてくる。

 国へ伝えてどうする?

 信じるのか?

 あの荒唐無稽な化け物の事を?

 仮に信じたとしてもどうするのだ?

 軍を使って追い立てるのか?

 あの化け物を?

 蒼の薔薇を遥かに凌駕する化け物を?

 言えない。あんな化け物が存在しているなど伝えることが出来ない。

 フェンリルの静寂を破れば

 死ぬぞ、大量に兵士が

 滅びるぞ、国が

 そんな事はさせられない。

 こうしてラキュースは口を噤むことを決断し、蒼の薔薇は生涯この悪夢の出来事を話す事は無かった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。