「あれはつまらない冗談だったのに・・・こんなことになると知っていたら、あんなことはしなかった。俺は・・・・タブラさんの作ったNPCを汚してしまったのか・・・」
アルベドが去った後、モモンガは落ち込んだように呻きを上げる。
「どうしたんですか?」
顔を上げるとフェンリルが心配そうに見ていた。
「・・・実は・・・アルベドの設定を少し弄ってしまって・・・だから、あんな性格に・・・」
きっと自分が『モモンガを愛している』なんて付け加えてしまったから、アルベドはあんな変な性格になってしまったんだと、モモンガは心の底から後悔の感情が押し寄せるが、その度に感情が抑制されてしまう。
「仕方ないですよ。まさかこんなことになるなんて誰も予想付かないんですから、今はそのどうにもならない問題よりも、これからどうするかですよ」
「これから?」
「そうですよ。モモンガさんはナザリックのことがあるじゃないですか」
そうだ。今しなくてはならないことは山のようにある。
身の安全の確保、NPCが味方であるのか、ナザリック内の設備、ゴーレム、アイテム、魔法・・・それらが機能するかの確認はモモンガ、ひいてはフェンリルの生存に関わる急務だ。
それからの行動は早かった。
まずはフェンリルとネルの安全の確保をしてからモモンガは分かれ、しなくてはいけないことを一つずつ行っていく。
「成功だ・・・」
モモンガの確認の結果、設備とゴーレムに問題はなかった。そして今使用したリングオブアインズウールゴウンでの転移も問題なく行われた。
その足で円形闘技場へと向かう、アルベドへと命令した時間までまだ余裕はある。
9階層ロイヤルスイートの一室
フェンリルとネルは何があるか分からないというモモンガとの話し合いの結果、ひとまず安全を確認したこの部屋へと隠れることにした。
だがただ隠れるだけではなく、フェンリルにもやることはある。厳選に厳選を重ねたアイテムの入った無限の背負い袋からアイテムが取り出せるのか、自分のスキルが発動できるのか、などモモンガが戻ってくるまでやることはある。
最悪の場合は自らの力でナザリックから脱出しなければならない。
フェンリルはまず人ではなくなった自分の身体の確認から始めた。
全身をほぐす様に準備運動、リアルの時に趣味として見ていた格闘技や武道の映像を思い出しながら型の動き、そして蹴りや突きなどの基本動作をして気づいたことがある。
この身体になってまだ一時間ほどしか経っていないはずなのに、まるで生まれた時からそうであったかのように何もかもが自然に動く、尻尾や伸縮自在の爪、人間よりも遥かに優れた感覚の全てが思うがままだ。
身体の確認を済ませたところでネルがずっと見ていることに気付く
「どうした?」
「見惚れていました」とネルが微笑む、それが似合う
「ネルは俺をどう思っている?」
「愛しております。マスターの全てを」何の迷いも淀みもなくネルが言う
「そ、そうか、ありがとう」愛の言葉と真っ直ぐ見つめるネルの濡れた瞳に気恥ずかしさがフェンリルを支配する。
それを見て微笑むネル、フェンリルの理想の全てをつぎ込んだとはいえ、その妖艶さにもしやチャームでもかけられているのではと思ってしまう。
ぶんぶんと頭を振り気持ちを切り替え、改めてスキルを試すことにする。部屋の中で影響の出ないスキルとなると
「・・・ふぅ、人化を試してみるか・・・」
今装備しているアイテムはモンスター種専用の装備品、ユグドラシルなら解除されて所持アイテムとしてアイテムバックに戻されるが、ゲームが現実となった今はどう処理されるのかが分からない為、すべて自分の手で外し机の上に並べて置いていく
装備品をすべて外し終え、さてどうやって発動するのかと少し考えると、頭の中にこうすればいいという答えが自然と出てきた。
この当たり前に導き出される答えをやはり不思議だと思いながらも人化のスキルを発動させる。
「お?おぉ?」不思議な光が出たり、煙が出るという事は無かった。
全身を覆っていた白い体毛は無くなり、手足を見るといつも見慣れた人間の身体になっている。大きな姿見の前に移動し見ると
「お~、これが・・・ってなんだこりゃぁぁぁぁ!!」フェンリルが自分の姿を見て絶叫した。
守護者の忠誠の儀を終え、守護者やナザリック内のNPCが味方である事が分かり安堵するのと代わりに自身への評価が高すぎるという新しい頭痛の種を仕入れたモモンガがフェンリル達が隠れている部屋の前に転移する。
ドアをノックする。だが中から返事がない、もう一度ノックするがやはり応答がない、まさかと思い慌ててドアを開けるとそこにフェンリルの姿がなかった。
居るのは天蓋付きのベッドの上に・・・
「はぁはぁ、大丈夫です。マスターは何もしなくていいですから、私がマスターをめくるめく快楽の世界へ・・」
異常に興奮しているネル、その下に14・5歳位の銀髪の少年、それも全裸だ。
「・・・え?」モモンガがぽかんとしていると銀髪の全裸少年が
「モモンガさん!助けて!」助けを求めている。
「え!?まさかフェンリルさん?」
「そうです!ほら!離れるんだ!」
「・・・はい・・・」しぶしぶ、本当に名残惜しそうにネルが離れる。
フェンリルの貞操の危機は免れた。まさか格闘職を取得しているのに組み敷かれるとは思わなかった。
全裸のままではまずいと思い、何か身を包むものは無いかと周囲を見ていると
「これを使ってください」それに気づいたモモンガがマントを手渡してくれた。
「いいんですか?何かのレアアイテムなんじゃ?」
「大丈夫です。たまたま持ってたレア度の低いアイテムなので、それに裸のままでは・・・」モモンガがちらりとネルの方に視線を移す。それに釣られる様にフェンリルも見ると静かに興奮しているネルがいる。
「・・・ありがとうございます」受け取ると立ち上がりマントで身を包む
「それでその姿はどうしたんですか?」
「実はスキルとかの確認をしていたんですけど、人化スキルを発動したらこうなってしまって」
「人化?どんなスキルなんですか?」
「簡単に言うと人間になるスキルです。発動中は自分の全ステータス30%ダウンしますが、ステータス上もヒューマンと表示されるのでなかなか見破られないって特徴があります」
自らの全ステータスダウンと引き換えに人に化けるのか、微妙かなとモモンガは思った。
「もしかしたら30%ダウンで、身長も下がったんじゃないですか?」
全ステータスという事で外見にも作用したのではとモモンガは推察する。フェンリルの元の身長が2m少し、それの30%ダウンということは今の身長は140~160の間といったところか
その推察にフェンリルが頷く
「そうかもしれませんね。でもこの外見、オレに少しも似てないんですよね。そもそも日本人なのに何でヨーロッパ系の顔立ちなんですかねぇ?」
フェンリルはそう言いながら鏡で自分の顔を見る。小さな頭、絹糸のようなサラサラの銀髪、長いまつ毛に深い海の様な青い瞳、元の自分とは比べ物にならない位に整った顔立ちは少女のようでもある。
体つきも筋肉で構成されていたような荒々しくも引き締まった人狼の時に比べると、筋肉で引き締まっているとはいえ、だいぶ細くファッションモデルかのような身体になっている。
「さすがにそこまでは分からないですけど・・・それ元に戻れるんですか?」
ゲームならコマンド一つで戻れたが、現実の今なら考えるだけで戻れるはずだ。
「大丈夫なはずです。いきますよ」
強く戻れと念じると、人化の時とは違う身体にゾワリとした感覚が走る。
銀の絹糸のようだった髪は逆立ち、見開かれた深い海を思わせた青い瞳は爛々と光る金色に変わる。体内で急速に創り返られていく骨格、同じ速度で膨れ上がる筋肉、耳まで裂ける口に並んでいた歯は牙に代わり、尻尾が生え、全身が白い体毛で覆われると、モモンガが知っているフェンリルの姿に戻った。
「おぉ~」モモンガはまるでホラー映画のワンシーンでも見てる気分だった。
「どうです。戻れたでしょ?」
「カッコいいですね~」
「やっぱり変身っていいですよね~」
などと二人で盛り上がっているのをネルは心底残念そうに見ていた。フェンリルを愛しているが人化をしたときの愛らしさはそれ以上のモノがある。もう一度、人化をしてもらおう。今度は誰にも邪魔の入らないところでそう心の底で強く思うネルだった。