オーバーロード 白い魔狼   作:AOSABI

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15話

 モモンガから借りた魔法衣装の礼服に身を包んだフェンリルを送り出すネルとクレマンティーヌ

 ニンブルが開いた食事会にフェンリル側で参加したのは一人だった。

 ルネは帝国がエルフを奴隷と暗黙する国であることから何らかのトラブルの要因となるかもしれないと食事会への参加を断った。

 クレマンティーヌは面倒臭いと拒否した。

 以上の理由からフェンリルは一人で行くことになったのだがこれは結果的に正解であった。

 馬車がニンブルの邸宅につき通された部屋にはニンブル側の客は揃っていた。

 縦に長い漆黒のテーブルの上座に主人であるニンブル、そこからニンブルを通して裏で暗躍していたであろうジルクニフ、その隣に第五位階魔法を使えるというネルを見に来た帝国の主席宮廷魔法使いであり、帝国魔法省最高責任者であるフールーダそして帝国四騎士のバジウッドにレイナースと並んでいる。

 

(そうだよねー、そう美味い話がある訳ないよなー)

 

 出て来る料理は非常に旨いものであったが楽しいものかと言われればそうではなかった。食事をしながらフェンリルは圧迫面接でも受けている気分だった。

 特にジルクニフは分からないようにしているのだろうが前にあった時と同じようにこちらを値踏みするように時折視線が鋭くなる。

 食事も終わりユグドラシルでした時の話を軽く混ぜながらかつてした冒険の話をしているとフェンリルの鼻にこの世界に来て嗅いだことのある不快な臭いが漂って来た。その臭いはレイナースから漂ってくる。

 

「なぁ、レイナースさんだっけ?」

 

「なにか?」

 

「あんた、状態異常受けてる?」

 

 フェンリルが感じた不快な臭いとは状態異常の臭い、ユグドラシルではアイコンで表示されたがこの世界に来てからはフェンリルは臭いとして感じるようになった。ただそれが毒なのか呪いなのか詳細は分からない同じ不快な臭いとして感じる。

 

「は?」

 

 状態異常の言葉にフェンリル以外の人間たちの空気が凍った。

 レイナースは顔の右半分が膿を分泌する歪んだものになる呪いを受けている。そのせいで人生を狂わされた。そしてそれを指摘されることを何よりも嫌う、指摘してきた相手を殺したくなるほどに

 それを知っているフェンリル以外の人間は不味いことになったと対処をしなければウォルフを殺す前に、だがそれよりも早くレイナースの殺意がふくれ爆発しそうになった時

 

「状態異常が何なのか分からなきゃ、対処できないだろ?」

 

 一瞬理解できなかった。だが言葉の意味が分かった時レイナースの破裂しそうな殺意は急速に萎んでいった。

 

「は?・・・対処?・・・治せるの?」

 

「ん?だから状態異常が何なのか分からないと対処できないだろ?まぁ治せるかどうかは知らないけど、そっちに行っても?」

 

 レイナースは頷いた。何度も希望を絶望に替えられただが希望にすがらずにはいられない。それに話を聞いた限りでは様々な冒険を経験してきた身だ。もしかしたら何か自分の知らない未知の解呪方法や薬を持っているのかもしれない。

 フェンリルがレイナースの元へ行き呪いを受けた顔を見る。それを特に興味深く見るのは魔法の深淵を見たいフールーダと治されては困るジルクニフだ。

 特にジルクニフはレイナースの呪いを解くすべを見つける条件で四騎士の一角を担わせている。ゆえにレイナース個人には皇帝への忠誠心は無い、利害の一致だけでの関係だ。もしここで本当に治されてしまえばレイナースは簡単に四騎士を降りてしまうだろう。そうなると帝国の威信に関わる事になる。

 

(こんなの初めて見る)

 

 ユグドラシルでの呪いの効果は受けるダメージの増加とHP回復アイテムの使用不可だったが、今見ているような姿を変質させるものは見たことが無い、これにユグドラシルのアイテムが効くのだろうか、モモンガの話ではポーションや角笛などのアイテムは問題なく使えたようだが

 

「どうでしょうか?治りますか?」

 

 助けを求め、すがるようなレイナースの目に、フェンリルは息を一つ吐くとジャケットの内ポケットから一つの小瓶を取り出した。

 ネルに何か毒を盛られた時様にと念のために持たされた菱形の小瓶には緻密な細工が施され中には薄い紫色の液体が入っている。ユグドラシルのアイテムで全ての状態異常を回復する万能霊薬だ。万能霊薬と名はついているがユグドラシルでは極ありふれたアイテムの一つに過ぎない。

 

「これはあらゆる異常を正常に戻すとされる薬だ。これを使えば治るかもしれない」

 

 レイナースの望んだ希望が目の前に出された。

 呪いを解く方法を探していたレイナースは探れば探る程、自身が受けている呪いが強力で解呪が難しいことを嫌と思い知らされた。ゆえにこの呪いを解呪することが出来るほどのアイテムがどれほど希少なのかも分かる。

 だがレイナース以上に興味を示したのはフールーダだ。

 

「それを見せてくれないだろうか?あなたの言う通りのものであれば大変興味深い」

 

「えぇ良いですよ。マジックキャスターなら鑑定の魔法が使えるはずだ」

 

 フールーダへと手渡す。鑑定の魔法を使いアイテムを調べると確かにフェンリルのいう通りの効果があることが分かった。

 

「これは凄い!まさか伝説とされるアイテムをこの目で見ることが出来るとは!」

 

 フールーダはそれに興奮した。あらゆる状態異常を回復する魔法アイテムなど見たことが無い。呪いと一口に言っても効果は千差万別だ。レイナースの様に体の一部を変質させるものから対象者を徐々に弱らせ命を奪うものなどいくつもの種類がある。解呪を行う者はその呪いを調べ、それに適した解呪を行わなければならない、もし下手に手を出そうものなら呪いは進行し最悪、受けた者が死に至る。それを種類も選ばず解呪するなど古い伝承に神人が持っていたとされるあらゆる病を癒すとされるアイテムと酷似したものいやそのものを今この手に持っている。

 フールーダの異常なまでの興奮にジルクニフが内心で舌打ちする。フールーダのお墨付きを得たとなればレイナースは何をしてでも霊薬を得ようとする。

 それはジルクニフの恐れる四騎士の脱退に繋がる。何とかそれは阻止しなければ

 フェンリルはフールーダの異常事態とアイテムの評価に驚いていた。

 

(え、ステータス回復のアイテムって普通じゃないの?)

 

「こ、このお爺ちゃんのお墨付きを得たわけだけど・・・」

 

 フェンリルは何となくだが、アイテムを渡すのは不味いことなのだと周りの雰囲気を察した。

 

「なぁ、お爺ちゃんこれってどれくらい価値がある?・・・お爺ちゃん?お爺ちゃん!!」

 

 穴が開きそうなほどアイテムを見ているお爺ちゃん呼ばわりされていることにも興奮のあまり気付かないフールーダはこれの価値を考えた。

 

「そうだのう、あらゆる病を癒す伝説の霊薬とすれば・・・金貨で5000枚いやそれ以上じゃな、どうじゃその二倍を出すからこれを譲ってくれんか?」

 

 せいぜい金貨10枚にでもなれば良いかと思って出したアイテムが帝国魔法省最高責任者に伝説の霊薬とされ、まだいくつもストックのあるなんてことのないアイテム一つに金貨1万枚、大変魅力ある提案だ。そして霊薬を出した事を後悔した。

 

「駄目だ。先に交渉しているのはレイナースさんだ。こっちが終わってないのにそっちと交渉は出来ない、だからさっきの話は聞かなかったことにするよ。でどうする?」

 

 名残惜しそうになかなか返さないフールーダから奪うように霊薬を取り返す。

 レイナースの希望は潰えていなかった。フールーダのお墨付きを得た伝説の霊薬だ、これを逃せばいつになるか分からない解呪方法をまた探さなければならない。それは嫌だ。

 だが何を出すかだ。フールーダの提案を聞かなかったことにはしてくれたが金貨1万枚の提案を超えるものを出さなければならない。

 

(何がある、私には何が出せる)

 

 金は解呪方法探しで使ってしまってかき集めたところで金貨500にも届かない、霊薬に並ぶアイテムも所有していない、ならば何がある、自分には何がある。そう考えた時、フェンリルが何をしている人間なのか思い出した。

 冒険者をやっている。ならば力のある仲間が欲しいはずだ。レイナースには帝国四騎士の一人という申し分ない名がある。それに実力ならば冒険者のオリハルコン級に相当する上、四騎士の中で最も攻撃力がある。

 これが自分に出せる最大のものだ。

 

「私を貴方のチームに入れて、腕には自信がある。そして金貨で1万枚分になるまで私の取り分の半分を貴方に収める」

 

 ジルクニフの恐れていた事態になった。

 冒険者ならレイナースの申し出を断る理由など無い、実力もそうだが見た目の美貌も相当なものだそれだけでも男なら断らない。これで四騎士の一角は崩れ、帝国の暴力としての力が大きく削がれてしまう。

 これだけは阻止しなければならない、いっそのこと霊薬を床に叩きつけて壊してやりたい気分だ、したが最後怒り狂ったレイナースに殺されてしまうだろうが

 だがジルクニフが策を考え付く前にレイナースの提案はフェンリルに拒絶されてしまった。

 

「いや、それは出来ないよ」

 

「な、なぜ!?」

 

 レイナース、いやフェンリル以外の全員が理解できなかった。冒険者としてレイナース程の実力を持つ者を仲間に出来る事は戦力の増強としてみるなら最高の条件だ。

 

「仲間ならすでに二人いるから」

 

「そんな・・・そうだ!私の身体も自由にしていい!」

 

「そんなことしたら!俺が二人に殺される!」

 

 もちろんフェンリルが殺される事など今のところ無いが絶対じゃ無い、嫉妬というものは男でも女でも恐ろしいもしもこの条件を飲んで仲間にしたことが知られたら嫉妬に狂った二人がレイナースを殺してしまうかもしれない。

 レイナースの万策が尽きた。もう何も出せるものが無い。希望がこの手から滑り落ちたそう思った時レイナースの目から呪いを受けた時に枯れ果てたはずの涙が零れた。

 それを見たフェンリルが一つ息を吐いた。

 

「分かったよ。さっきの条件は聞かなかった事にするからこれはレイナースさん、貴方に渡すよ」

 

 フェンリルにはこの世界に来て出来た弱点がある。正確には言うなら人の姿をしている時に出来た弱点だが、それは女の涙だ。なぜか罪悪感が胸に重く圧し掛かってくる。

 

「どうして?私は貴方の満足するものを差し出していない」

 

「俺が勝手にアンタを治すと言ってしまったから、それにまだ効果が出るとは限らない。後はそうだな、女が涙を流してるんだ。なら男はそれを止めるべきだ」

 

 格好つけてはいるが今吐いた臭い言葉は昔見た映画か何かの受け売りの言葉だ。臭すぎて現実の世界なら笑い飛ばされるところだ、現にフェンリルは全員に背を向け顔が赤くなっているのを隠している。

 

(臭すぎるだろ俺!なんだよ今のセリフ!ヤバい恥ずかしい、恥ずかしすぎる。帰りたい、いやもう帰る)

 

 心の中でもだえ苦しむフェンリル、しかしレイナースの心には響いていた。

 四騎士としての立場から表向きには敬意を払われているが裏では顔に受けた呪いから怪物扱いされている。そんな自分が女性として扱われるのは久しぶりだ。

 鼓動が速くなる。

 身体が熱くなる。

 これは恋だと感じるレイナースが前にフェンリルが帰ると言い出した。

 

「帰るよ。食事は美味しかった。見送りとかはいいから、それじゃ」

 

 矢継ぎ早に言うと引き留める間もなく部屋を出て行った。

 

「・・・ウォルフ様・・・」

 

 恋する乙女になったレイナースが愛する男の名を呟く、今まで見た事のなかった姿にニンブルとバジウッドは戸惑い、フールーダはレイナースの手にある万能霊薬にしか興味は無く、ジルクニフは恋煩いとなったレイナースを利用できないかと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 


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