依頼完了から2日後の昼、戻ってから物件探しをしていたフェンリルはニンブルが皇帝ジルクニフと繋がっているなどと考えもせず紹介したい物件があると呼ばれネルとクレマンティーヌを連れ喜んで出て行った。
ニンブルに紹介された物件は、帝都で貴族が住む区画にある屋敷の様な外観をしている綺麗で真っ白な壁が特徴の3階建てのフラットマンションだった。
中を見て見ればワンフロアに一部屋で4人が暮らせる広さを持った部屋が四つ、望んでいた一人一部屋、3人で暮らすには広すぎるくらいだ。外壁や中が痛んだ様子もないそれどころか組合に紹介された物よりも全てにおいて数段以上に良い物件だった。
3人とも気に入ったのだがただ気になるのは隣人というよりも誰も住んでいないことだ。
その理由を聞くとニンブルはにこやかに答えた。この建物自体を賃貸するのだという。
この建物は地方に領地を持つ貴族が会議などが行われている間、帝都で過ごすための家、町屋敷だったが持ち主が没落し借金の方として売りに出されたのをニンブルの親戚が買い、使っていなかったのをその縁で紹介したのだという。
もちろんニンブルにそんな親戚はいない。
だが元貴族の持ち物だったというのは本当だ、いや正確に言うならジルクニフが鮮血帝と呼ばれる切っ掛けになった改革の際に粛清された貴族の町屋敷を没収した物だ。それを市民に貸し出そうとしていたのを取りやめフェンリルに貸し出そうとしているのだ。
くれてやってもジルクニフには良かったが譲渡する理由も無くそんなことが出来るはずもなく、あまり欲を出して近づきすぎれば怪しまれてしまう。
そんな裏側などを知らないフェンリルにはたしかに良い物件だった。1年後に家主が使うという期限付きの条件で家賃も金貨10枚でかなり安い。
そんな普通なら考えられない好条件にようやくフェンリルはこれは不味い事態なのではないかと考えた。
よくよく考えれば帝国四騎士とわざわざ呼ばれるくらいなのだから皇帝と繋がりどころか面識を持っていて不思議ではないというよりあって当然だ。
という事はあの名指しの依頼は何か裏があった。ここでフェンリルは不味いと思った。
ニンブルに一度考えさせてくれと言い答えを保留し別れるとフェンリルは急いで宿に戻りモモンガにメッセージを送った。
ナザリック9階層
モモンガがコキュートスにリザードマンの村へ襲撃を命令し、執務室で書類仕事をしていると
〈モモンガさん、今大丈夫ですか?〉
「ん?」
メッセージの声はフェンリルだ。久しぶりに聞いた友の声に手が止まる。
〈どうしました?〉
滞りなく進んでいた仕事の手が突然止まったのを見て隣に居たアルベドが何かあったのだろうかと不安げに声を掛けた。
「アインズ様どうかいたしましたか?」
「フェンリルさんからメッセージが入った。少し集中する」
静かに頷くと一歩下がる。そして表情には出さず心の中で呪詛を吐く。
(なぜナザリックを出て行った者がアインズ様に連絡を取る事が許される。友であるというだけで真の名を呼ぶことを許されているだけでも憎いというのに・・・)
外へ漏れ出さぬよう憎しみの炎を静かに燃やすアルベドに気付かずモモンガは久しぶりの友との会話を楽しむ
〈―――なんてことがありまして〉
〈はははっ、それは大変ですね〉
〈そうなんですよ。ちょっとあの二人仲悪いんですよね・・・で、あの、実はですね。ちょっと相談がありまして・・・〉
声のトーンが一段下がる。
それに何かあったのかとモモンガは心配になった。
〈どうしました?私でいいなら相談に乗りますよ〉
〈実はちょっとまずいことになりまして〉
〈まずいこと?〉
〈帝国の皇帝に興味をもたれちゃったっぽい〉
可愛く言われた爆弾にモモンガは一瞬理解できなかったが、無いはずの脳に言葉が滲みると絶叫に近い声を上げて立ち上がった。
「えぇぇぇぇぇぇ!!!」
聞き慣れない主人の絶叫にアルベドは目を見開いて驚いた。
「ア、アインズ様?」
驚きが沈静化され冷静になると咳払いをする
「すまない、今のは忘れてくれ」
「わ、分かりました」
〈ぽいっじゃないですよ!まさか正体がばれたんじゃ〉
フェンリルの正体がばれたとなるとナザリックとの繋がりもどこからか漏れているかもしれない。そうなってしまったら
〈まだ正体はばれてない・・・はず・・・です。どういう経緯で興味を持たれたのかは分からないですけど、今かなり良い物件を紹介されていまして〉
〈物件?家買うんですか?〉
〈いや、宿代が馬鹿にならないのでどこかに良い賃貸でもないか、とニンブルって人に軽く言ってみたら貴族が持っていた3階建てのマンションみたいなの紹介されて〉
〈マンション?それなら別に―――〉
冒険者としてそれなりの地位にあるならそれ位なら許容範囲ではないのだろうか、それがなぜ帝国皇帝につながるのだろうか
〈いやそれがワンフロアじゃなくて、その建物丸々何ですよ。しかも家賃が金貨10枚のかなりの好条件〉
〈え!?マンション全てですか!?それは怪しいですね。でもそれが皇帝につながるというのは飛躍し過ぎじゃ〉
〈それが、さっき言った紹介してきた人が帝国四騎士の一人なんですよ〉
〈帝国四騎士?いかにも凄そうな名前じゃないですか!絶対皇帝と繋がってますよ!〉
〈ですよね~、ごめんなさい〉
なぜ皇帝が活動していなかったフェンリルに興味を持ったのかは謎だが、このまま何も手を打たずに飛びつくのは危険だろう。
〈もう!こっちで話をしてみますから待ってて下さい〉
〈すいません。お願いします〉
ふぅと一息つくとアルベドに命令を下す。
「アルベドよ、デミウルゴスをここに呼べ」
「―――という訳なのだが、デミウルゴスよ。お前ならどう対処する?」
ふむとモモンガから聞いた話を整理し、少し考える
「そのまま受けてよろしいかと」
怒られると思っていたモモンガは意外な言葉に聞き返した。
「なぜそう思う?」
「皇帝がフェンリル様に興味を持ったのは、おそらくその見目麗しい容姿とかけ離れた強さかと、皇帝が耳にするほどですので帝都ではすでに噂なっているはずです」
確かにフェンリルのウォルフとしての容姿はエ・ランテルで強さよりもすぐに有名になった。帝国に行くとの話が広がった時には多くの女性が泣いていたのを覚えている。
「アインズ様、失礼をご承知でお聞きしたいことがごさいます」
「良い、フェンリルさんのことであろう?」
「はい、フェンリル様とはいったい何者なのでしょうか?アインズ様のご友人であり歴戦の勇者であることはお聞きしました。ですが未だ何かを御隠しになっていられるのかと、例えば人狼でありながら常に獣人形態で居続けられることなど」
沈黙、それはデミウルゴスにとってとても長く感じた。
主人の友人を疑うなど激高されても仕方がないことと考えているからだ。だがそれでも聞かずにはいられなかった。フェンリルの無謀な行動はナザリックひいては主人の不利益につながるからだ。
だがこれはデミウルゴスだけでなくアルベドも聞きたかったことだ。
少しの沈黙ののちモモンガが口を開く
「さすがはデミウルゴスだ。もはや隠し続ける事は出来まい。だがまずデミウルゴスの間違いを正さねばならん、今のフェンリルさんは人狼だ。もっと正確に言えば狼型の獣人ベースの人狼だ。彼は少し特殊な種族の重ね方をしてな」
ユグドラシルではモンスター種は種族レベルを上げてより上位の種族へとなっていく、基本種をスケルトンから始めたのであれば次はスケルトンソルジャーやスケルトンメイジなどより上位種となっていく、この種族は通常より上位種へと昇っていくだけだがある特定の組み合わせによって同種族でありながら異なるスキルを発揮することがある。それは変異種と呼ばれそれがフェンリルだ。
人狼は本来、獣化スキルを持っている。これはルプスレギナの様に通常は人の姿をしているが夜にこのスキルを発動することで狼の姿となりステータスアップする。
これがフェンリルの場合は獣化スキルが人化スキルに変化し、狼型獣人から完全な人に変化しステータスダウンする。
「というようにフェンリルさんは少し変わった人狼なのだ。そしてここからが本題だ。アルベド、デミウルゴス、ワールドエネミーを知っているな?」
「「はい」」
頷く二人だが、実際にはモモンガ達の話を伝え聞いた程度だ。世界の敵、ユグドラシルで最強の敵
「フェンリルさんはワールドで唯一人になる事の出来るワールドエネミー、世界を喰らう魔狼だ」
「なっ」
「なんとっ」
二人は絶句する。世界の敵、すなわち主の敵、そう認識した瞬間に敵意が膨れ上がった。
「待て待て!落ち着け!話はまだ終わっておらん!」
「「申し訳ありません」」
2人は深々と頭を下げる。
「お前たちの全てを許そう。不穏な言葉を使ってしまった私に責任がある」
モモンガは内心で大量の冷や汗を掻いていた。
(えぇ~、種族名言っただけでこれなの~、これじゃあユグドラシルの説明文のまんま言ったらフェンリルさん殺されちゃうよ)
なるべくソフトに誤魔化しながら説明しようと考え黙っているのを、アルベドとデミウルゴスは主人の不興を買ったと思った。
「・・・話を続けよう。世界の敵と言ったがそうではない、彼は世界の終末にその真の力を目覚めさせ終わりを告げる狼なのだ。そういう意味での滅びゆく世界の敵という訳だ」
もちろんそんな事などあるわけがない。昔、設定魔であるタブラから聞いたユグドラシルの元ネタになった神話などを必死で思い出しながら継ぎ接ぎした出鱈目な話だ。
「そう、彼は人間世界に終末をもたらす巨大な狼だ。人間共が驕り高ぶり世界の支配者を語った時、真の姿を現すのだ。人間が築いた全てを破壊し喰らいつくす終末の魔狼、それがフェンリルだ」
出鱈目な話故所々矛盾しているかもしれないが大げさに演技しながら話したが信じてくれるだろうかと、モモンガは無いはずの心臓がバクバクと早く動いている気がしていた。
二人は静かに聞いていた。そしてモモンガの話が終わっても何も言わない。
その姿にモモンガは嘘を見破られ親に呆れられている子供の心境だった。
(やっぱり信じないよな、こんな大嘘信じる方がどうかしてる)
デミウルゴスを見ると小さく震えている。それにモモンガはやはり怒られると思った。
だがその口から出たのは怒りではなかった。
「・・・なん・・・と・・・なんと素晴らしい!」
「・・・ぇ?」
デミウルゴスは怒りで震えていたのではなく感激に震えていたのだ。
「フェンリル様が人間世界に終わりを告げ、新たなる世界の支配者としてアインズ様が立たれるのですね」
(信じたー!・・・でもフェンリルさんになんて言おう。えらいことになっちゃった)
まるで舞台俳優の様に大げさに喜びを表現するデミウルゴスと対照的にアルベドは静かに喜んでいたが、その内心ではフェンリルへの嫉妬が渦巻いていた。
(アインズ様の隣に、終わりと始まりの対を成す存在など・・・)
デミウルゴスが何かに気付いたように動きを止めた。
「―――そうか、全ては予定調和なのですね」
「ん?」
予定調和?何がだろう?モモンガの頭には?が無数に浮かぶ
「今、ナザリックのもとを離れ帝国に行っているのも世界をいつ滅ぼすかどうか見ているのですね。そうであれば全てに納得がいきます。帝国も愚かですね、全てはアインズ様とフェンリル様の手のひらの上で転がされているとも知らず近づいてくるとは愚の骨頂と言わずして何と申しましょう。私が申し上げるべきことなどありません、全てはアインズ様とフェンリル様のご計画の通りに進んでおられるのかと」
(違う違う、あの人ただ遊びに行ってるだけだから)
デミウルゴスの中で急上昇するフェンリルの株価に、モモンガは心の中でツッコミを入れる。
悪魔の中でどんどん間違ったフェンリル像が出来上がっていくがモモンガは訂正出来ず
「そうか、やはりデミウルゴスには見透かされていたか」
と相槌を打つしかできなかった。
「見透かすなどとはとんでもございません。アインズ様にフェンリル様のお話を聞くまでは気付く事すら出来ませんでした」
これ以上話をしていては化けの皮がはがされると考えたモモンガは話を打ち切る。
「では、話は以上だ。下がってよい。私はこれからフェンリルさんと連絡を取る」
「分かりました。それでは失礼いたします」
モモンガが連絡を取ると、フェンリルは良い家を借りれるとたいそう喜んだ。
その喜びようにモモンガは言えなかった。フェンリルに色々な捏造設定が付いたことを。
このモモンガが付けた捏造設定はたまたま守護者達の話を立ち聞きしたルプスレギナによってさらに歪められ、終末をもたらす白き魔狼としてプレイアデスやメイドたちに広まっていくことになる。