オーバーロード 白い魔狼   作:AOSABI

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12話

 沈む夕日に赤く染められた大地を帝国の騎兵隊が駆けていた。

 軍馬の群れは何かに追い立てられるようにいつもよりも速く走っている。

 背には乗り慣れているはずの兵士が振り落とされないようにしがみついていた。

 この異様な状態は帝都を昼前に出発して少ししてからだった。いつものように整然と行進していると後ろからついてきた黒帝号が唸り声を上げたと同時に騎兵の命令を無視して軍馬が急に走り出した。そこからネルが軍馬に速度向上などの強化魔法を掛け休みなく走らせ続けた結果、丸一日かかる日程を半日以下で済みそうだ。

 後ろから追い立てて来るもの、黒帝号は軍馬を威嚇しながら走る。

 もっと速く走れ、足が折れようと、心臓が裂けようと、もっともっともっと、もっと速く走れ、我が主を戦の場へと赴かせる為に、そう黒帝号が張り切り走っている後ろで当の主人は悩んでいた。

 

(やっぱり、怪しいよなぁ)

 

 今朝、突然舞い込んできた名指しの依頼、依頼主の身元ははっきりしているし依頼内容もモンスター討伐、場所も帝国の領土内で他国と争っている場所ではない、報酬も申し分ないどころかおいしい。

 だが昨晩の事が引っかかる。誰か知らないがこっちに探りを入れてきた者が接触してきた翌日に指名の依頼、タイミングが良すぎる気がする。

 しかし依頼主が依頼を出しても良い人物なのか内偵してきたとも思える。

 時折、本人は分からないようにしているのだろうが、何かをうかがうように依頼主である帝国四騎士の一人ニンブルが見てくるのも気になる。

 

(モモンガさんに相談してみるか?でも今さら聞くのもなぁ)

 

と一人悩んでいると

 

「ウォルフ殿、村が見えてきました」

 

 ニンブルに声を掛けられ、前を向くと目的地の村があった。

 

 

 

 

 

 夜の帳に包まれた村は痛々しい襲撃の跡を残しているだけだった。

 先遣隊によって検分は済んでおり、食い散らかされた残飯のように残っていた人の残骸は死霊を発生させないように一か所に集められ燃やされた。

 命からがら帝都に知らせた村人には残念だが痕跡を見る限り他の村人は絶望的だろう。

 明かりのない家の中を、光りを発する魔法石のランプを借りてフェンリル達が見て回る。

 

「どう思う?」

 

 村を見て回っての問いにクレマンティーヌは血が飛び散った壁を興味なさげに見ながら

 

「特に珍しいことじゃないからねぇ、ご愁傷様って感じ?」

 

 ネルは一考すると

 

「そうですね、一匹のモンスターなどではなく複数のモンスターと言った所でしょうか」

 

 襲撃でメチャクチャになっている部屋をとある探偵の様に隅々までフェンリルは見るが襲ったモンスターなど予想がつかない。

 ユグドラシルで数えきれないほどの冒険とモンスター退治をこなしたが、襲撃の痕跡を調べるなんてしたことが無い、いやそこまで再現されていなかった。

 一通り見て回ったところでフェンリルはまるで分らなかった。

 

(分かる訳ないじゃん。こういう頭使う系の事苦手なんだよなぁ、爪痕とか見ても大きいとか小さいとか位しか分かんないし、何かホラーゲームやってる気分)

 

「ネル、モンスター探知系魔法で村の周囲に結界を張ってくれ」

 

「分かりました」

 

 ネルが結界を張り終え、家を出たところでフェンリルが足を止める

 

(あっ、手を合わせておくか、南無南無)

 

 いくつもこういった場面を見てきたニンブルは慣れるものではないと思っていると、凄惨な現場に手を合わせているウォルフが目に入った。

 

「何をしているのですか?」

 

「ん?祈っているのさ、死んでしまえば皆仏って俺の国では言うからな」

 

 見た事のない祈りの仕方だが、死者に祈りを捧げる姿にニンブルは好感を持った。

 

「優しいのですね」

 

「そうか?普通の事だろ」

 

 そう言いながらもフェンリルは不思議に思っていた。本来の獣の姿の時には特に大した感情も湧かなかったのに今は同情している。モモンガも言っていたように心が身体に引っ張られているのだろうか

 

「ウォルフ、来ました。オーガ3、ゴブリン30」

 

 ネルが結界に引っかかったモンスターの襲来を短く告げる。それに頷くフェンリル

 

「お仕事しましょうかね。エルネスタはゴブリンをルネは周囲の警戒を、何かあったら連絡してくれ」

 

「分かりました」

 

「ひっさしぶりの狩りだぁ」

 

 嬉しそうに腰のスティレットを抜く。

 透き通る翡翠色の刀身に金の装飾が施されたユグドラシル製の新しい刃、この世界の未だ見ぬ技術で作られたかつてのスティレットはフェンリルを通してナザリックに贈られた為、フェンリルが作らせた鎧と共にモモンガから贈られたものだ。

 モモンガからしてみれば未知の技術をユグドラシルでかつてドロップした自身では使う事の無いレリックアイテムで手に入る良い取引だった。

 クレマンティーヌにとっては特別製ではあったが献上するすることでより強い、それこそ伝説級の剣が手に入るならば安い取引だ。

 獲物はゴブリン30匹と少々物足りないが、存分に力を振るって良い相手だ。

 顔が裂けたように笑うクレマンティーヌ

 

「言っとくが普通に倒せよ」

 

「大丈夫、大丈夫、普通に殺すから、ふ・つ・う・にぃ」

 

 可愛らしい笑顔がフェンリルに向けられる。それが心配なんだと頭が痛くなってくる。

 

「はぁ、まったく、ニンブルさん先に行きます」

 

「いったいどこへ」

 

「依頼された通りモンスターの討伐に。それでは、遅れるなよエルネスタ」

 

「まっ」

 

 ニンブルが呼び止めるよりも早く、フェンリル達は襲い来るモンスターの元へ走り去ってしまった。残ったネルはニンブルを無視してより襲撃を感知しやすい場所へと移動し、残されたニンブルが警戒に当たっていた兵によってネルの言っていた襲撃の知らせを聞いたのはそれから少ししてからだった。

 

 

 

 

 

 月明りの照らす大地でゴブリンたちは怯えていた。

 人間の女一人に。

 現れたのは突然だった。前に襲った人間の村に新しいエサが来た。だからオーガ達に気付かれる前に仲間を集め襲撃しようとしていた時だ。

 それは現れた。女だ。綺麗な女、白い肌をした旨そうな女、人間を食うなら女が良いそれも若い女、男は硬く筋張っているのが多い、子供は柔らかく美味いが食べる部分が少ない、だが若い女は子供より少し固いが美味く食べる部分が多い。手を食おうか足を食おうかそう考えるとゴブリンたちは下卑た笑みを浮かべる、だがゴブリンたちの願いは叶う事は無かった。

 最初は3匹だった。捕まえるために襲い掛かった仲間の頭が空を飛んで地面に落ちた。

 次は女の姿が消え、女の笑い声が聞こえる中、いくつもの仲間の悲鳴が上がった。

 それからは何が起きたのかは分からなかった。

 

「あっはははは、良いよこれ、最高だぁ」

 

 クレマンティーヌは上機嫌だった。

 新たな武器の切れ味は本人の超人的技術と相まって骨すら豆腐のように切り裂き、ゴブリンの半数は斬った翡翠の刃は欠ける事無く朱色の血に塗れていた。

 そしてフェンリルに禁止されて以来の命のやり取りに興奮が隠せないでいた。

 幽鬼の様にクレマンティーヌの身体が揺らめいた。その動きは軽やかでまるで鎧など着ていないかのように速い、次々と上がるゴブリンの悲鳴と血しぶき、草木のように簡単に刈られていく命にクレマンティーヌの顔は笑顔になっていく。

 

「ほらほらほらぁ、死ねぇ、アッハハハハハッ」

 

 簡単には殺さない、1匹1匹丁寧に剣の切れ味を確かめる様に切り刻む。

 手、肘、肩、足首、膝、性器、腹、目、最後に首を切り落とす。

 数が減っていくごとに丁寧に、丁寧に、痛みを苦しみを与える。

 残酷なまでに簡単に殺されていく仲間の姿に本能から湧き上がってくる死の恐怖に動けなくなっていた1匹だけが残った。

 

「ん?あぁアンタで最後かぁ、でも飽きちゃったから逃げていいよ」

 

 左手で、野良犬を追い払うようにしっしっ、と手を振る。

 気まぐれか何かなのだろうが、それで命が拾えるのはありがたいとゴブリンが逃げ出した。心の中にあるのは復讐心、この屈辱を晴らしてやる。

 

「ほらほらもっと死ぬ気で逃げなきゃ、もっともっと逃げて」

 

 クレマンティーヌの足なら簡単に追いつくことが出来るが、あえて追いかけずスティレットに込めれらた魔法を試すことにした。

 逃げる。逃げる。必死で逃げる。あと少しで隠れる場所の多い森に逃げ込める。そう希望が見えてきた時、死神が笑いながら切っ先をゴブリンに向ける。

 その必死の様を見て死神が嗤った。耳まで裂けた様な凶悪な笑み。

 

「ザンゲイル・ウィンドブレイド!」

 

 翡翠の刃が緑に輝くと魔法が発動し、真空の刃が一直線に飛んでいった。

 逃げられた。そう思った瞬間、真空の刃はゴブリンを胴体から切り裂き、上半身だけが森へと飛んでいった。

 クレマンティーヌの新たな武器の名はザンゲイル、日に5回まで込められた真空の刃を飛ばす風属性の中位魔法ウィンドブレイドが使える魔法武器だ。

 

「バッカだなぁ、逃がすわけないじゃん。アンタらは皆殺しって言われたんだからさぁ、って聞いてる奴いないかぁ」

 

 けらけらと笑うその姿は狂人そのものだった。

 その後、凄惨な現場を見た兵士は吐き、恐れおののき、兵士たちの間でエルネスタの名は異常者と恐怖の代名詞となった。

 

 

 

 

 

 暗闇に雷光が三つ横に走った。その跡に残ったのはオーガの死体が3つ、いずれも雷に打たれたように黒焦げになっている。

 

「やっぱり、弱いよなぁ」

 

 ため息をつき、肩を落とす。この世界でいくつかのモンスターと戦ったがいずれもフェンリルを満足させるものは現れていない。

 今や黒焦げのこの世界のオーガも初めて戦ったが今までのモンスターよりもいくつか耐久力はあったが動きに速さが無く、試しに一撃、頭に喰らってみたがレベル差からなのか体感的に一桁のダメージを受けた程度に感じた。その為に一方的に攻撃して終わってしまった。

 剣を納め、とぼとぼと村へ戻っていた所にニンブルが兵士たちを連れてやって来た。

 

「ウォルフ殿!ご無事でオーガ達はどこに」

 

「あぁ、もう退治しましたよ。あ、首持ってくるの忘れた」

 

「まさか、お前達確認をして来い」

 

 オーガ3匹をいくらオリハルコンといえど一人では早過ぎる。

 決して疑うわけではないが確認せねばならない。

 命令された兵士数名が確認をしに走る。戻ってきたその手には額に生えた2本の角が特徴の黒焦げになったオーガの首が3つ下げられていた。

 ニンブルは驚愕した。この冒険者達は異常だ。

 モンスターの接近を誰よりも早く察知したダークエルフのルネ

 銅級冒険者でありながら30匹ものゴブリンをわずかな時間でばらばらに殺戮したエルネスタ

 3匹のオーガをこちらも短時間で黒焦げにしたリーダーのウォルフ

 強過ぎる。異常なほどに。

 彼らの見た目に騙されてはいけないとニンブルは自分に言い聞かせる。

 言葉を間違えてはいけない、間違えて彼らの不興を買うような真似は帝国の不利益になる。それだけはしてはならない。

 

「お強いのですね。ウォルフ殿のチームは」

 

「これくらい出来なきゃ、オリハルコンになれないでしょ?」

 

 ニンブルは耳を疑った。

 オーガは大きな体と強靭なパワーと防御力を誇るモンスターだ。その強さは1匹討伐するのに訓練された兵士が20人は必要だ。それも犠牲が半数出る事を覚悟でだ。

 それをこれくらい、オーガ3匹をこれくらいと言った。

 普通の冒険者ならもっと自慢げに自分の強さを誇る様に言ってくる、それをさも当然のことのように言うフェンリルの底知れない強さに恐ろしいと思った。

 

「う、ウォルフ殿はなぜ冒険者になられたのですか?これ程お強いのであれば士官など容易いのでは?」

 

「士官?士官ねぇ、考えた事もなかった。俺はこの世界を色々見て回りたいし、より強い者と戦ってみたい。だから冒険者になったし誰かの下に就く気もない、今のところはね」

 

 フェンリルの嘘偽りのない心、何者にも縛られる事無く自由に世界を旅を冒険をしたい。それよりもニンブルは士官をする気は今のところない、という言葉にジルクニフに報告することが出来たと考えた。もっと何かを引き出さねば些細な事でも良い

 

「自由ですか、では、何か欲しいものはありませんか?」

 

 欲しいものと聞かれ考える。

 

(欲しいものか、武器も防具もあるし・・・あっ宿代が馬鹿にならないから賃貸の部屋とか良いなぁ)

 

「家かなぁ」

 

 ぽつりと出た言葉にニンブルが食いつく。

 

「家ですか?帝都の宿ではご不満が?」

 

「いや宿ばかりだと金が掛かるからね。それに自分の部屋っていう落ち着く場所が欲しいかな。あっ、ニンブルさん有名人なんでしょ、良い物件知らない?3人で暮らすから広さは適度に部屋は一人一部屋欲しいので最低3つ、あと場所はなるべくなら治安が良さそうな所かな、そんな感じの物件ないかな?せめて相場だけでも知りたいんだけど?」

 

「申し訳ありません。今心当たりが無いのですが帝都に戻ったら私の伝手を伝って何か良い物件がないか調べてみましょう」

 

「本当に!?いやぁありがとう。組合にも聞いてみるけどさ、物件探すなら住んでる人にも聞いてみないとね。借りが出来ちゃうかもな」

 

 あははと笑うフェンリルに笑顔でニンブルは頷きながら良い情報を聞いたと心の中でにやりとした。

 そして借りを作るためにもジルクニフに報告し怪しまれない程度に良い物を紹介しなければ


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