「ところで聞きましたか?」
皇帝執務室で行われていた帝国の行く先を決める熱い討論の休憩中にニンブルが閑話休題として隣に投げかけた。
「何をだ?」
投げかけられた人物の名はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス、バハルス帝国皇帝にして鮮血帝と呼ばれる若き皇帝だ。
「今、巷である話題が上がっていまして」
「ほう、どんな話だ」
「何でもつい三日前にエ・ランテルからとある冒険者がこの帝都に入ったそうで」
「冒険者?何も珍しいことではないだろう」
普段から人の出入りが激しい帝都だ。冒険者が一日に百人入ったところでなにも驚かない。
「その冒険者は巨大なスレイプニールと美女二人を連れていたそうで」
いかにも民の好きそうなまるで演劇の話だ。
「ほう、スレイプニールと美女二人とはさぞかし羽振りの良い者なのだろうな」
並の貴族では到底手に届かぬほどの魔獣を連れているとは、よほど腕の立つ者か大貴族の息子だ。だがわざわざニンブルがその程度の話をここでするとは思えない。
「それだけではありません。この冒険者が問題なのです」
「問題?どうせ粗雑な者で美女と野獣だとでも言うのか?」
ニンブルは首を横に振る
「いえ、美しい銀髪をした年端も行かぬ少年で、芸術品の様な真紅の鎧を纏っているとか」
「なんだそれは、新しい演劇の話であったか?」
「いえ、私も信じられませんでしたがどうやら事実のようです」
にやりとジルクニフが笑う。わざわざ話すという事はある程度調べているようだ。
「名は何という」
「ウォルフガング=ロイエンタール、年は18と若いですがオリハルコン級冒険者のようです」
「ほうオリハルコンか、その男見て見たいな。」
帝国は、ジルクニフは、常に人材を欲している。わずか18でオリハルコン級冒険者となる程の実力者であるならば帝国最強の四騎士に並ぶ程の逸材、いやそれ以上になる可能性を持っているならばこの手に欲しい。
帝国に来てから四日、到着の翌日には組合に挨拶がてら依頼を探してみたが目ぼしいものは無く、オリハルコン級冒険者にふさわしい依頼は今は無いという返事をもらった。
その旺盛な食事ぶりに二人に「見ているだけで胸やけがしてくる」と断られ、一人でフェンリルが百舌鳥亭で二度目の夕食を食べていると、急に店が混み始め一人の男が入ってきた事で周囲の気配が変わった事に気付いた。
「ここ、よろしいですか?」
原因の男がにこやかに話し掛けてきた。
「どうぞ、連れもいなくて寂しく食べていたので」
「そうですか、私も一人で来たのでちょうど良かった。料理が来るまで話をしませんか?」
にこやかに微笑みを浮かべる男の服装を見れば平民が着る物と変わりは無いが、わずかに見えるアクセサリーからはわずかながら魔力を感じる。
非常に緊張した面持ちで店員が男から注文を取ると奥へと下がっていく、店員が緊張するのも仕方が無いことだろう何しろこの帝国の皇帝ジルクニフなのだから
「それにしてもすごい量を食べますね」
フェンリルの前には半分ほどまで食べられた山盛りの料理、それが面白いぐらいにフェンリルの胃袋へ収まっていく
「体が資本だからね。いざという時に腹が減って動けないじゃ話にもならない」
いくらなんでも食べ過ぎだろうとジルクニフは思った。
「という事は、お仕事は冒険者ですか?」
「そうだよ。まぁ飯屋に鎧を着ている奴なんか冒険者位しかいないでしょ?」
この店で武器を腰にしている者は幾人か居るが、鎧を着ている者はフェンリルだけだ。
「たしかに、それにしても見事な鎧ですな、さぞかし名のある名品と見た」
「身に着けた者に力を与えあらゆる災厄から守ると言い伝えられている先祖伝来の鎧さ」
もちろん嘘だ。先祖伝来という程の歴史も当然あるわけない。
だがジルクニフはほう、と頷いた。長い歴史を誇る帝国でもこれほど見事なまでの鎧など見たことが無い。やはりただの冒険者などではない。さぞかし名のある名家の出身であると予想を立てる。
「ところで、さっきからこっちをうかがっているのはアンタの仲間かい?」
まるで今日の天気でも言うようにさらりと言われた言葉にジルクニフは驚いた。表情には出さないがなぜ分かってしまったのかと、
「う~ん、店内に3・・・いや4人、店の外に8人ってところか」
「何をおっしゃっているのか分かりませんが」
数も合っている。なぜ分かったのか素直に聞きたいところだがそんな事聞けるわけもない。店内にいるのはいずれも客に変装した帝国きっての変装の名人ばかりで、見事に客に溶け込んでいる。
「そうか?じゃあ試してみるか」
「なにを―――」
目にも止まらぬ動きだった。テーブルの上に置かれていたナイフが消え、ナイフの背がジルクニフの左の首筋に当てられている。周りの客が気付くよりも早く反応した者がフェンリルの言った数と同じ4人いた。
それを見たフェンリルは満足した顔でナイフを他の客が気付く前にまたも目にも止まらぬ速さで元置いてあった場所に置くと立ち上がり
「何を目的に近づいたのかは知らないが、今度からはもっと上手くやるべきだな」
そう言い残し店員に勘定を払うと店を出て行った。
後に残ったジルクニフはフェンリルの姿が見えなくなると、どっと額から汗が流れ出た。
帝国の権力争いから幾度も死にそうになったことはあったが今のは死んだと思った。
何もかもあの男の手のひらだったという事か、だが幸いなことに自分の身分までは分からなかったようだ。考え込んだままピクリとも動かないジルクニフを心配した護衛の4人が傍にやってきた。
「お前達、今の動きは見えたか?」
4人が互いの顔を見たが誰も見えた者はおらず、首を横に振った。
「いえ、あまりにも速過ぎて―――」
「そうか、あの男はお前達いや店の外で隠れていた者全てが分かっていたぞ」
「まさか、そんな」
4人は信じられないと言った顔をした。
「城へ戻るぞ、あの男に着けた尾行もすぐに戻させろ。不興を買うわけにはいかん。城に戻ったら執務室にニンブルを来させろ」
慌ただしくジルクニフが城へ戻ってから約30分後
「失礼します陛下」
ニンブルがドアをノックし応答を待たずに部屋に入る。中ではジルクニフが考え事をしていた。
「来たかニンブル、早速だがたしか近隣の村にモンスター被害を訴えていた所があったな?」
帝都から北へ人間の足で3日程の距離にあるコルヘ村に大規模なモンスター被害が出た。
「はい、討伐軍の編成が終わったところで明日には出発しますが」
「そこにウォルフガング=ロイエンタールをねじ込め」
「なぜと聞いても?」
大規模と言っても十分に軍で対処できる案件だ。そこに冒険者を組み込むと兵の士気にもかかわってくる問題だ
「先刻会いに行ったのだ。想像以上の男だったよ。なんとこちらが客に紛れ込ませていた兵、全てが見通されていた。あの男の実力が見たい、お前も同行して見極めてこい」
この程度で四騎士の一角を担うニンブルが出ることはないが皇帝であるジルクニフに命令されたのでは行かないわけにはいかない。
「分かりました。では、いかほどで依頼を出しますか?」
「そうだな、私財から金貨で百枚出そう。これならオリハルコン級の依頼に見合うだろう」