シャルティアが復活し、モモンガがアダマント級冒険者へフェンリルはアダマンタイトになることは出来なかったが共に討伐した功績からオリハルコン級冒険者となってから約2週間が経った。
ナザリックのモモンガ自室でフェンリルと机を挟んで話をしていた。
他愛もない話であったがフェンリルの放った言葉にモモンガが驚きの声を上げ、腰掛けていた革張りの椅子から立ち上がった。
「どうしてですか!?な、何か、不満でも」
突然仲間が居なくなるかもしれないという事態にモモンガのトラウマが触発される。物理的に失われている脳に何かしてしまったんだろうかと色々な事が駆け巡る。骸骨の表情は変わらないがもしこれが人の顔であれば青くなっていると言われてしまう事だろう。
モモンガの慌てようになだめる様に話を続ける。
「落ち着いてください、不満とかそういうのではないですから」
「ならなぜですか!?」
不満ではないのならば、なぜ急にナザリックを出て行くなどと言い出したのか、モモンガには分からなかった。
「いや、単純に冒険をしたいなぁと思いまして」
ヘヘッと子供の様に笑う、それに吐けないため息を吐きモモンガが脱力する。
「もう、驚かせないでくださいよ。急に出て行くっていうから」
「いや~言葉足らずで申し訳ない」
頭を掻いて謝罪を口にするその姿を見て、モモンガは椅子にドカッと深く腰を下ろした。言葉が足りないなどというレベルではない。
「でも冒険ならもうしてるじゃないですか、冒険者になってますし」
モモンガの言う通りこの2週間の間、幾つかの依頼を受けてこなしたが、いずれもフェンリルを満足させるものではなかった。
「そうなんですけどね~、今のままあの都市に居てもつまらないというか」
「つまらない・・・ですか?」
「何と言えばいいんですかね~、ん~、冒険者モモンと活動拠点が重なっているっていうのも危険だと思うんですよね」
「危険?」
「ほぼ同時期に現れ、同じように昇進、まぁ俺はオリハルコンですけど、これを奇跡と見ている人もいれば―――」
「知り合い、もしくは仲間であると思う人がいる」
「そうです。そう見るのも不思議じゃありません。今のところ協力して吸血鬼を倒した程度で接点を持たないようにしていますが、もしシャルティアにワールドアイテムを使った本人もしくはその仲間さらにはそいつ等が属しているかもしれない組織や国の目や耳に入った場合、現状のままというのは不味いと思うんですよね」
フェンリルの意見にモモンガが、ふむ、と頷く
確かに、見る者、話に聞いた者がどう予測するかは分からない、だが聡いものが見聞きした場合、仲間もしくは何かしらの繋がりがあると考えるだろう。そうなると早めに手を打つべきだ。
「分かりました。そういう理由なら仕方ありませんね。でもだったら私が―――」
「いやいや、ほら!モモンは吸血鬼を追って来たっていう設定があるじゃないですか!それなら俺のウォルフは特に設定無いですし!ね!」
その慌てようにモモンガが疑惑の目を向ける。
「本当に?」
モモンガのプレッシャーに膝から崩れ落ち感ねんしたように本音を吐き出す。
「くっ、モモンガさんっ!オレ、冒険したいです!」
それが本音か、良くも悪くもフェンリルは正直である。だが確かにフェンリルの言う危険もそのとおりだ。これからはなるべくモモンとウォルフは別々に行動した方が良いだろう。
「まったく、仕方ないですね。分かりました。良いですよ、でもどう言って行く気なんですか?」
「あぁそれなら、武者修行ってことで行こうかと思うんですよね。見た目が若いのでそれでいけるかと」
確かにウォルフの姿は10代半ばか後半と言った所だ。武者修行という事なら不思議な事は無いだろう。
「それなら不自然ではないですね。でいつ頃にするんですか?」
「ナザリックの鍛冶師に頼んでる鎧が出来るのが明日なので・・・諸々の準備を考えて3日後くらいですかね」
「場所は?」
「そうですね・・・名前の響きで・・・帝国!」
案の定アインザックに帝国に行くと言ったら必死で引き留められた。しかしモモンを見ていたら更なる修業が必要だと押し切った。だが都市長まで出て来るとは思わなかった。
それから3日後のエ・ランテルで2番目に大きな宿屋の一室、そこでフェンリル達が荷の最終確認をしていた。
クレマンティーヌの話ではここから帝国までおよそ5日はかかるであろう道程だ準備は入念にしなければいけない。
「えっと、大きい荷物はもう積んであるんだっけ?」
真紅の鎧を纏った銀髪の青年の問いに長身の妖艶なダークエルフが答える。
「えぇ必要なものは昨日のうちに用意して、もう積んであります」
「そうか―――」
「ねぇ~もう準備できたぁ?」
ノックすることもなく入ってきたのは気だるげなクレマンティーヌだ。その姿を見るなりネルの目が鋭く光る
「あなたがなぜここに?表の馬車を見張る様に言われていたはずでしょう」
「見張りってさぁ、あの馬がいるんなら必要なくない?」
クレマンティーヌの言うあの馬とは、この宿屋の前につながれているフェンリルの馬の事だ。
名を黒帝号といい、フェンリルがユグドラシルで育てていた移動用のペットにしてレベル40程度の速度に優れた魔獣で速度向上系のアイテムを装備させることでさらに速度が速くなっている。八本足の馬スレイプニールに酷似しているが姿が似ているだけでこの世界のスレイプニールより二回りは巨大だ。普段は召喚用の指輪に封じられているが、帝国までの足として召喚したのだ。
宿屋の柱に細いロープで大人しく繋がれ、その後ろには旅に必要な荷物の積んである大人六人は乗れるであろう幌馬車が付いている。だが道行く人からは理不尽な暴力が形を成したようなその姿に遠巻きに見ているだけだった。
フェンリルが部屋の窓から下を覗いてみると誰一人、黒帝号の近くによるどころか誰もいない。
これではこの宿屋の営業妨害もいい所だ。
「確かにクレマンティーヌの言うとおりだな、誰も近づこうともしない。ところでその鎧はどうだ?」
「最高だよ。まるで鎧が身体の一部みたいで重さもまるで感じない、さすがフェンちゃんの用意した魔法武具って感じ」
クレマンティーヌが今身に着けているオレンジ色の鎧は、フェンリルが材料を出しナザリックの工房で作らせたものだ。ミスリルを中心に一部にアダマンタイトを使用することで以前のビキニアーマーのような鎧よりも肌の露出が激減している分、鎧としての耐久性と防御力が上がっている。さらに筋力向上、素早さ向上、低位の毒・麻痺の抵抗、などの能力も付与されたことで以前よりも力が強くなり、より素早く動くことが出来るようになった。どの能力もユグドラシルでは初心者向けの構成だがこの世界では十分にその威力を発揮してくれるものばかりだ。
改めてフェンリルがクレマンティーヌを見る。露出は確かに減っている。前の鎧としての意味がまるでないビキニアーマーよりは鎧の意味を成している。
胸だってちゃんとプレートで守られている。
だが腹や内腿が丸出しだ。その白く柔らかそうな肌をしている腹と内腿に目がいく、男なら当然だよね
「なに?どうかした?」
腹と内腿を見ていたなどと言えるわけもなく、さりげなく目を外す。
「いや、何でもない。そうだ。忘れてないだろうな?」
「忘れる?・・・あぁ、ここを出たらってやつ?」
「そうだ。この部屋を出たらお前はもうクレマンティーヌじゃなくなるからな、ちゃんと名乗る名前と設定覚えてるよな?」
「大丈夫、大丈夫、名前はエルネスタ、フェンちゃんのお義姉ちゃんでしょ?」
「フェンちゃん言うな、ウォルフの姉だ」
「お義姉ちゃんでしょ?」
俺の言う姉となんだかニュアンスが違うようだが大丈夫だろう。などと思っていると
「マスター・・・」
「どうした?ネル・・・さん」
振り向くと頬を膨らませむくれた顔のネル、この顔はまずい
「私の時の偽名よりちゃんとしていませんか・・・」
確かにネルの偽名はただ単純に逆さまにしただけのルネだ。ちゃんとしていないと言われればそうかもしれない
「いや、いやいやいや、ほらネルは誰も知られていないでしょ、クレマンティーヌはバレると色々面倒だし、だから全く違う名前にしないといけないし、クレマンティーヌとエルネスタなんて何も共通点無いでしょ、ね!」
必死に言い訳を考える。自ら作り出したNPCとはいえ今生きている全てを作り出したわけではない、ネルとエ・ランテルで数週間暮らして分かったことがある。
それは意外と嫉妬深いという事、いや他の女性もそうなのかもしれない、アルベドという例もあるがリアルで女性との接点があまりなかったフェンリルには色々と分からないことが多い。
とある日、冒険者組合の受付嬢に良い依頼を回してもらおうと思い、精一杯褒めていたらそれをネルにナンパしていたと2日ほど不機嫌だった。
また違う日には、クレマンティーヌに忠誠の印として不意打ちで唇を奪われた際には、ネルの雷が落ちる前にクレマンティーヌはさっさと逃げ出し、自分だけ一晩中正座をさせられ雷をいくつも落とされた。おかげで許してもらう条件に毎日最低1回キスすることで許してもらえた。キスの箇所を指定されずに済んだのはネルのミスで、頬にするたび最初は嬉しそうだったのに段々と不満気になっていったのは目をつぶろう。
「そうでしょうか?」
「そうだよ!それにネルって名前は俺が付けたものだ。それを余り弄りたくなかったんだよ」
我ながら上手くない言い訳だがいけるだろうか
「そうですよ・・ね・・・そうですよね!私にはマスターから頂いた名前がありますよね!」
いけた!
一気に機嫌が良くなり満面の笑顔のネル、だが今度はクレマンティーヌの機嫌が急降下している。
「何か、私蚊帳の外じゃない?ねぇウォルフ、お義姉ちゃんの機嫌も良くしてぇ」
後ろから覆いかぶさり耳元で囁くような猫なで声で甘えてくる。もう付き合っていられないと少々乱暴に振り解く
「もう!出発するぞ!」
ドスドスと怒っているとアピールするようにワザと大股に足音を立てて部屋を出て行く。
「ちぇ、また奪おうと思ったのに」
「マスターの機嫌が悪くなったのはあなたのせいですよ」
「はぁ?アンタが面倒なせいでしょ、自分の機嫌直すためにキスしてもらうなんて、愛されてない証拠じゃないのぉ?しかもほっぺたに」
ほっぺたというワードを強調して挑発するクレマンティーヌに、ネルの目が変わった。
今この女は何と言った。造物主であるフェンリルにそうあれかしと創造された私を愛されていないだと、心の中に嵐が訪れる。何もかもを薙ぎ倒し吹き飛ばす嵐が
「殺すぞ、メス猫がぁ!」
「やって見せろよ。黒豚ぁ!」
二人ともその美しい顔を殺意に歪ませ、膨れ上がった殺意が弾け飛び、今まさに殺し合いが始まろうとしたその時、絶対零度の氷柱のような殺意が背中を貫く、それが無理矢理に二人を冷静にさせる。二人の背中から貫いた殺意は部屋自体の温度も急速に下げていくような錯覚さえ覚える。
「二人とも、何をしているんだ?俺がいつまでも何もかもを許すと思っているのか?そうだとするなら俺は悲しいな」
部屋の出入り口に先程、出て行ったはずのフェンリルが静かな怒りを灯らせた目で二人を見ていた。
ネルとクレマンティーヌは震えた。絶対である主に殺意を向けられていることもそうだが何よりも、忠誠を誓った主を悲しませてしまっている。この事実が二人を現実に引き戻した。
「も、申し訳ありません・・・」
「ご、ごめん」
謝罪の言葉を口にし俯く二人だが、これで許されるとは思っていない、思えない。たとえここで捨てられようとも仕方がない。泣いてすがる事は許されないだろう。
罪人が首を刎ねられるのを待つような沈痛な面持ちの二人に、しまったと思った。だがここで簡単に許してしまっては元の木阿弥だろう、ならここは条件付きで許すのが良いのだろうか、こういう時に主として立派に上に立つモモンガがすごいと心の底から尊敬する。
本当に、この雰囲気を作ったのは自分だが怒り慣れていないから胃が痛い、これがモモンガさんの言っていた胃の痛みか、本当に尊敬します。
沈黙が続く中、まずいよなぁ、とか、これからどうしようとか、ぐるぐると考えていると意を決し、自らを落ち着かせるために
一つ息を吐き、態度を和らげる。
「はぁ、今回だけだ。もう無理に仲良くしろとは言わないが、二度と俺の前で醜く争うな。分かったら顔を上げて出発するぞ」
「「はい」」
二人の下がった気分はそう簡単に上がるわけもなく、フェンリル達は気まずいまま帝国へと出発することになった。