いつもは静かな冥界に響く轟音。 何かが壊れ、砕けるような音や何かがぶつかり合う音。
木が倒され、墓石が砕かれ、地面にクレーターが作られていく中を動く二つの影。
一つは妖夢だ、白い髪を揺らしながら
そしてもう一つの影、金属特有の湿ったような輝きを放つ大斧を両手で、時に片手で振るっている。 だが大斧を持つ腕は細く、どこにそんな力があるのかと問われそうなほど弱々しい。
そう、俺だ。
能力で力を創造しなくてはこんな重いものは持てないだろう、本当に俺の能力は万能で助かる。
大斧の重さは大体140キロ程度だろうか、普通に投げただけでも十分に殺傷力がある代物を軽々と振るえる力を創っているのか俺は。
そんなことを思っていると喉を狙うように楼観剣が突き出された、それを斧の柄で払い、体制が崩れた妖夢に斬りかかる。
妖夢は斧の動きを一瞬のうちに読み、その場で小さく跳躍し宙を斬った斧の刃に乗った。
誠「へぇ!」
驚きの声を上げながらも斧から素早く手を離してから後ろに飛ぶ、支えを失った斧は自身の重さで急速に地面へと落下を始めるがそれよりも一瞬早く妖夢が飛んだ。
楼観剣を構え飛んだ方向に待つ獲物は、俺だ。
斜めに振るわれた剣閃は俺の肩を斬って赤黒い液体を出す寸でのところで盾を創造し難を逃れる。
小さく舌打ちをした妖夢は剣を弾くようにして後方に飛び体制を立て直す。
誠「毎回驚くような行動をするねぇ、斧の上に乗られちゃ攻撃できないわ」
妖「………」
誠「あ~、万策尽きたってやつ? あ、万策尽きたは行き詰まった時に使うんだったわ。
んまあ斧は動きを覚えられてダメっぽいから違う武器でいけば問題ないね」
やれやれといったポーズをとってから盾を妖夢の方に投げ捨てた。 綺麗な円形をした盾は地面に落下すると転がり、近くの墓石にぶつかると倒れて動かなくなった。
誠「俺の得意な武器はそうだな、刃物だな。 剣でも槍でも斧でもいけるぞ。
…まあまあその変な奴を見る目で俺を見るなって、照れるだろ」
刀を創造し、右手で持って構える。 左手は刀を振るう時のバランスを取るために空けておく。
妖「…あなたと話してると調子が狂うわ!」
痺れを切らしたように妖夢が走り出した。
バカ正直に振られた一太刀目を鋒でそらし、返し刃を刃で受け止めて競り合う。額に汗を浮かべる妖夢の剣を押し返して一気に詰め寄る。
妖「なっ!?」
妖夢は吹き飛びながらも俺の右肩を狙った突きを繰り出す。軽やかにステップするように地面を蹴ってかわし、右手の刀に渾身の力を込めて楼観剣を切り上げた。
数キロの鉄がぶつかった衝撃ではなくまるでトラックがぶつかったような衝撃で楼観剣が切り上げられ、妖夢の手から楼観剣が宙を舞い空を斬った。
妖夢の手から離れた楼観剣はまるで満月を描くように宙で回転し、俺の背後に突き刺さった。
ちらりと楼観剣をみるが刃こぼれ一つ無く地面に突き刺さっている、さすが楼観剣と言ったところか。
一瞬の出来事になにが起きたかわからない様子の妖夢に歩み寄り、鋒を妖夢の喉に向けた。
誠「…ンだよ、あれくらいで剣を手放すとは期待外れもいいとこだ。 降参するか?」
妖「………その答えを言う前にこの
妖夢が腰に下げているもう一本の刀、白楼剣に手をかけながら言った。
ふむ、『斬りますよ』じゃなく『斬れますよ』か。 確かに妖夢の速さは人間では勝てない域だ。
―――それじゃ俺ならどうか。
誠「宣言する暇が―――」
言い終える前に妖夢が動いた、それは一瞬で白楼剣を構えて俺の心臓に狙いを定め、横一文字に一閃した。
だがそれは俺の心臓どころか服すら掠らない。
誠「チェックメイト」
妖夢の首に刀を当て、そう呟く。
妖夢は背後に立つ俺を睨んだ後、数秒時をおいて振るった白楼剣を静かに腰にしまいこんだ。
誠「降参ね、なかなかいい試合だったよ。 おつかれさん」
刀を消し、楼観剣を地面から抜いて妖夢に手渡す。妖夢にとっては意外な行動だったのか目を丸くしていた。
いや、俺の性格は優しいのが素だから。 決してヒャッハーして残虐非道なことを日常茶飯事としているようなモヒカン野郎とは違うから。
妖「……ありがとう」
楼観剣を受け取って鞘にしまい、そっぽ向きながら答える妖夢。
誠「お、いいねぇその顔! 恥じらいながらもちゃんとお礼を言うところがグッとくるわ」
妖「………本当に変な人、まるで掴み所がないわ」
他人に行動を読まれるとムカつくよね。
誠「さて、勝ったから情報をくれ。
妖「…いいえ、春を集めているのはお嬢様よ。 西行妖を満開にするために」
誠「お嬢様ねぇ、西行妖は満開になったらなんかあるのか?」
妖「お嬢様が言うには『何か』が封印されているらしいわ」
誠「ふむ、そのお嬢様は奥に見えるあの西行妖のとこか」
妖「そうよ、そしていくらあなたが強くてもお嬢様は殺せないわ」
誠「…あのー、人を殺人鬼みたいに言わないでくれないかな?」
満開の桜を尻目に冥界の奥へと進んでいく。 桜の木は進むごとにその美しさを増していき、紅魔館を覆っていた雪など昔の話しに思えるほど春を感じられた。
桜の花びらが視界を埋め、美しさに足が止まりそうになる。 こんな場所で花見でもできれば最高の思い出になるだろう。
近くに生えている桜の木の下で昼寝できたらなんて心地よいだろうか、そう思うと速く幻想郷の春を取り戻したくなった。
そういえば今回は魔理沙も霊夢も異変調査に出ていないのかな? まあ今回は俺一人で十分だろう。
たまには異変を解決するのを見る側になってみるのもいいんじゃないかな、霊夢なら楽で助かるわ! とか言うだろうし。
…さて、到着だ。
…天高くそびえ立つ西行妖を目の前にし、言葉を失った。 見た目はただの大きな木だ、だがその木が纏う雰囲気は神聖を通り越して恐怖すら覚える。
日本に数多くある御神木なんて目じゃない程の威圧感、この木に何が封印されているのだろうか。
誠「…怖いほど美しいってのは実在するんだな」
花が咲きつつある西行妖を見て呟いた。 …美しい。
魅力があるという言葉だけではすまない、いやすませられない妖しくも美しい桜がもう少しで満開となりそうなのだ。 きっとここのお嬢様は何かの封印を解くことが目的ではなくこの美しい桜が満開になるのを見たいのではないだろうか。
見たい、少なくとも俺は見たい。 だが見たいという欲と同時に満開にしてはいけないという危機意識もある。
不思議な桜だ、こんな桜は二つとないだろう。
誠「………美しい、ずっと見ていたくもあるが見てはいけないとも感じる」
それは一種の麻薬のようだった。
?「満開になればもっと美しくなるはずよ」
誠「っ!」
突然聞こえた声にハッとなり周囲を見渡す。 宙を舞う桜の花びらが強風によって荒れ狂うように舞いあがった、それは西行妖の前で球体を作るように密集し、花びらが弾けるとその人影は姿を現した。
それは人だった、見た目は女の人、顔も体も手も足も人間そのもの。
?「そう、西行妖が満開になれば」
違うのは彼女が―――。
幽「さぞ美しい光景になるのかしらね」
彼女の周りには小さな幽霊が浮遊しており、まるで飼い犬のように幽々子の周りを浮遊している。
誠「美しいものは好きだが冬は嫌いだ、寒くてたまったもんじゃない」
幽「冬は嫌いなのね、ここでお花見でもどうかしら?」
幽々子が扇子を広げて口を隠すようにして微笑んだ、その顔は亡霊というイメージがある青白い顔ではなく生き生きとした肌色をしている。
誠「花見は好きだけどね、冥界でする花見なぞ楽しくもない。
それに騒ぐのは死んだ奴ばっかだろ、死人に口無しって言葉を知らんのか」
西行妖の周囲を浮かぶ霊達を見ながら幽々子に言い放つ。
幽「冥界は言わば死者の国、ここにいれば死んだも同然よ。
そしてこの冥界にそんな言葉はないわ」
冥界にいたら死んでいるのか、それは良いことを聞いた。
誠「え、ないのか? それは残念・無念・また来年」
………一瞬この場の空気が凍った気がした、時間が止まったような感覚の中で思ったことは一つだ。
やばい、スベった。
幽「…冥界では死語がウケると思ったら大間違いよ」
渾身のネタがスベったことに心が傷ついたことは言うまでもない。
誠「このネタ知ってる人がいたなんて…」
幽「本当に久しぶりに聞いたわよ」
誠「え、幻想郷でも死語だったんですか!!」
幽「会話がずれてるずれてる」
苦笑いを浮かべながらツッコミをいれてくれた、ボケの方が多そうだがツッコミも期待できるなこの人。 いや、この霊?
誠「それで、御宅のご自慢の桜はこちらでございますか」
『突撃! 隣の化けざくら』と書いてある大きなしゃもじを抱えながらカメラ目線で言うが多分このネタは幽々子には伝わらないだろう。
幽「そうよ、もう少しでこの西行妖が満開になるの」
案の定伝わってなさそうだ。
誠「あら美しい、この桜切り倒していいかしら?」
妖夢戦で使った大斧を構えながら聞くが周りの霊達が西行妖を守るように俺の前を浮遊し始めた。
幽「ダメよ、それに切り倒したら何者かが復活するらしいわ」
どっちにしろ復活するんじゃないですかー! ヤダー!
誠「満開になっても復活するんでしょ? ヤーネー、そっとしておきましょお嬢さん!」
近所のおばちゃんが噂話でもするかのように幽々子に注意を促す、もちろん頭にパーマのかかったカツラを装着することを忘れない。
幽「……コロコロと口調が変わって面白い人ね、道化師としてここに仕えない?」
誠「丁重にお断りするぜ。 月給安そうだし、なによりここ暇だからな」
ぴしゃりと言い放ち、カツラを投げ捨てた。 こんなところで働くくらいなら紅魔館でゲームしてたほうが断然いいじゃないですか!
てかここ肌寒いし! 花見にも向かないわ。
幽「吸血鬼に血を吸われるよりはいいと思わない?」
誠「お嬢様は血を吸わないよ、なにより優しいわよ。
そんなお嬢様とお花見がしたいので春を返せコノヤロー」
ふーむ、俺のめまぐるしく変わる口調に戸惑いを感じていると見える。
幽々子は背後の西行妖を見たあと扇子を畳んでからこちらに向き直った。
…目がキリッとしたな。
幽「…もう少しなのよ。 西行妖が満開になるまでもう少し」
邪魔をするなら容赦はしない、とばかりに幽々子が敵意を感じさせる視線をこちらに向けた。
そこまでその西行妖の満開が見たいのか、それとも復活する奴に興味があるのか…。
張り詰めた緊張感のある空気の中、俺はやれやれとばかりに両手を顔の横で仰いだ。
誠「そうかよ。 だから、どうした」
幽「っ!?」
空気が変わった、それは先ほどの警戒で一触即発の張り詰めた空気ではない。
殺気だ、邪魔だてするなら一瞬で殺すとばかりにこの場を支配した殺気は近くを浮遊していた霊を消滅させ広がった。
それは圧倒的なまでに残虐でドス黒い覇気ともとれるだろう。 並の霊なら至近距離で消滅、幽々子でも至近距離なら気絶する可能性もある。
誠「今、俺は怒ってるんだよ。 貴様が春を奪わなければ俺は今頃花見をしているお嬢様や
咲夜さんを見て昼寝ができたものをよ。 しかも途中で疲れて眠るお嬢様の寝顔は最高
に可愛いというのにその時間を奪い、しかも化け桜の封印を解き何者かを復活させる?
ふざけるなよ貴様? そんな子供の思いつきはチラシの裏にでも書いて捨てろってんだ」
力の差は歴然、人間が蟻を潰すかのように一瞬で殺されると思うだろう。
―――だが幽々子は違った。
幽「亡霊の行動基準なんて思いつきでいいのよ、そしてそれは人間も同じ」
飄々とした態度で囁いた幽々子を意外と思いながら見つめた、さすがだ。
この殺気は俺が創造した物だ、実際は俺にそこまでの力はない。
それを一瞬で見抜くか、いやさすがだ。
誠「俺の自由な幻想郷ライフを邪魔する奴は誰であろうと許さない事にしている。
人間 妖怪 河童 天狗 亡霊 天人 地底人 鬼 仙人、果ては龍 神までブッ倒す」
決意を表明するかのように言い放ち、武器を構える。
その手に構えるは弾幕だ、妖夢は武器での戦いを挑んだから受けただけだからな。
幽「その心意気や良し。 でも残念だけど春は渡せないわ、どうしても見たいのよ」
幽々子の周囲を飛び回るように浮遊していた霊は離れ、幽々子の周りには虹色に輝く羽をした蝶が無数に舞っていた。
美しい。 鱗粉はまるで伝説に登場する光景のように虹色に輝き、微かな風によって景色を虹色に塗り替えていく。
誠「桜の美しさは儚いが故に際立つ、さあ儚い思いつきを美しくする準備は出来たか?」
幽「桜の下には死体が埋まってると言うわ、だから」
誠「桜とともに儚くも健気に散れ、冥府の死屍!」
幽「桜のように美しく死になさい、自由の道化!」
美しくも狂おしい弾幕決闘の火ぶたが切られた。
来週からもちゃんと更新していきますよ。
次回予告
西行寺 幽々子との弾幕決闘がここに勃発した。 幽々子の弾幕の美しさに圧倒されながらも必死で戦う誠だったが徐々に押され始め、ついに弾幕を創る力も出なくなる大ピンチに。 「残念ね、これで西行妖が満開になるわ」「くっ! なす術はないのか!?」必死に策を練る誠だが逆転の策が閃かない、万事休すとなったその時、虹色に輝く極太レーザーが幽々子を襲った! 「くっ! あなたは!?」「…へっ、来るのが遅いぜ…」次回!『友情、努力、勝利』勝利の方程式は揃った…。