ゴジラ2054 終末の焔   作:江藤えそら

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明けましておめでとうございます。(三か月半遅れ)
ハーメルンでは今年初の投稿になります。久しぶりの更新です。
中の人は元気でしたが、リアルが忙しかったりモチベが上がらなかったりと様々な状況に振り回される毎日で…。
実はつい先日「Gozilla 怪獣黙示録」を買って読みまして。その勢いで更新まで書き進めることができたんです。そちらの感想については後程。


決死

◆◆◆

 

 国道458号線上に配置された富士教導団戦車教導隊は、不気味なほどの静寂に包まれていた。

 時節微かに聞こえるのは、同じ国道上の離れたところで火を噴く特科教導隊の榴弾砲の射撃音だけである。

 砲身を横に向けて東金方面を睨む戦車と機動戦闘車からは、何の物音も漏れていない。

 それに搭乗する自衛官たちも沈黙を保っていた。

 

 国道上からは、地平線と雲に覆われた夜空の境目がオレンジに染まっているのがよく見える。

 あの炎の中に、ヘリを駆って怪獣との戦いに臨んだ仲間の遺体が眠っている。

 戦車部隊の隊員たちは、”戦争”と”死”が手の届くところに迫っていることを、否が応にも実感せざるを得なかった。

 

「怖いか?」

 34式戦車車長・小幡幸哉(おばた ゆきや)一曹が不意に尋ねた。

「……少し」

 突然の問いにやや戸惑いながらも、操縦士の長根(ながね)三曹は答えた。

「なーに、大したことないさ。肩の力抜けよ」

 小幡は笑いながら操縦席に近づき、背後から長根の肩を揉む。

「…”敵”、もうすぐ来ますよ」

 不用意に持ち場を離れた小幡に対し、砲手の山下(やました)三曹はたしなめるように言った。

「ああ、分かってるよ」と小幡は自分の座席につく。

 

「なあ、俺たちは死ぬと思うか?」

「さあ……」

 小幡の第二の問いに長根は煮え切らない返事をかえす。

「こういう仕事だからな、そうなることも時々考えてたけど…。いざとなるとやっぱり怖いよな」

 小幡は目の前の液晶画面をのぞき込みながらつぶやいた。

 画面にはまだ攻撃指令は表示されていない。

「…車長は千葉市に家族が住んでましたよね。なら、このラインは絶対に守らなきゃいけませんね」

 山下が言うと、小幡は小さくうなずいた。

「そうだな…。最後に家に帰ったのは半年前だからな。もう一回、顔は出しておきたいしな…」

「絶対勝って、生きて帰りましょうよ!」

 今度は長根が小幡を慰めるように声を張り上げた。

「ああ。ありがとな」と小幡は答える。

 

「でも、なんでだろうな……。これだけ怖くても、何故か見たくてたまらないんだ」

「……?」

 小幡の言葉に二人は首をかしげる。

「その、怪獣ってやつをさ…。……ほら、もう見える……」

 空いた上部ハッチから身を乗り出しながら、小幡はそう言った。

 

 その視線の先には、映っていた。

 地平線とオレンジ色の雲の彼方から悠然と姿を現した、巨大な”神”の姿が。

 

 

 ◆◆◆

 

 

「総監、小松の三〇三飛行隊が現場空域に到達したとの報告です」

 中田幕僚長が岡崎総監に告げる。

「了解した。作戦第二段階と並行して第三段階を発動する。航空攻撃を開始せよ」

 岡崎総監が命じると、直ちに航空部隊に命令が伝達される。

 

【0:28 呉号作戦、第三段階に移行】

 

 ◆◆◆

 

 航空部隊の攻撃が開始されるにあたり、まず誤爆を避けるために特化教導団の攻撃は一時中断された。

 そして統合任務部隊の指令により、小松基地より発進した航空自衛隊第三〇三航空隊のF-51J”ヘルホーク”戦闘機は、第六航空団司令部より攻撃許可の指示を受けた。

武器使用制限解除(Weapons Free.)攻撃開始(Fire,Now!)! 弾薬投下(Weapons Away...)…」

 パイロットの号令とともに、各戦闘機から一斉に対地ミサイルが投下され、真っすぐにゴジラの体めがけて飛翔を開始した。

目標追尾開始(tracking on)命中!(BINGO!)

 ゴジラの全身が再び爆炎に包まれる。

次弾攻撃開始(Fire the second round!)」 

 

 ゴジラは天を睨んだ。

 そして、上空を旋回する戦闘機の群れを視界におさめると、大きく咆哮を上げた。

 怒りに体を震わせるゴジラの背が、青く、強く輝き始める。

「目標、再度背部発光!!」

「奴め、空を撃つつもりか…!?」

 

 一瞬、その場に太陽が出現したのかと見紛うほどの強烈な閃光が現れた。

 それを目の当たりにした隊員たちが咄嗟に目を覆う。

 次の瞬間には、ゴジラの口腔部から青白く輝く熱線が空高く射出されていた。

 これまでの戦闘で放ったものとは比べ物にならない規模と温度の熱線は、高空へと瞬時に飛翔していった。

 同時に、熱線が空気を押しのけているかのように、強烈な衝撃波が発生し、ゴジラの足元にある建造物を跡形もなく吹き飛ばした。

 

 その光景は、まさしく核爆弾が炸裂した時のそれに酷似していた。

 

 ◆◆◆

 

「目標生物、熱線放射! これまでのものと明らかに外見が異なります!」

 岡崎総監をはじめとする幕僚たちは、食い入るように映像を眺めていた。

「こいつ……熱線の威力を自在に調節しているのか……!?」

「最初に九十九里沖で発生した大規模爆発も、この規模の熱線を放ったに違いありません…!」

「だが……まさか…数千mの航空に届くなどということが……」

 皮肉にも、岡崎がそう呟いた瞬間にそれは起きた。

 F-51Jの一機が、熱線を浴びて爆発四散したのだ。

 機体は破片すら残さず一気に蒸発し、無論パイロットの生死など問うまでもなかった。

「………!!!」

 あまりの衝撃に、幕僚たちは言葉を失う。

 直撃を免れた他の機も、熱線から放たれた衝撃波で吹き飛ばされ、なんとか持ち直しながらも部隊は大きく散開してしまった。

 

 ゴジラは熱線を吐き終わると目を細め、上空を飛び回る羽虫のような戦闘機たちをじっと見つめていた。

 

 ◆◆◆

 

「うわぁぁっ!!」

 未だ国道上で待機する小幡たち戦車部隊の面々は、今ゴジラが放った強大な熱線の衝撃波が転じて発生した爆風に襲われていた。

「今のはデカかったな、おい!」

「なんて呑気な……」

 小幡が声をかけると、呆れと恐怖が半々に混じった声で山下が呟く。

「俺は長らく無神論者だったが、今日で卒業する! 間違いなくあれは神様だな!」

 小幡は目を凝らして巨神の姿を見ながら叫んだ。

 しかし数秒たっても部下からの返事がないので車内をのぞき込むと、長根も山下もそれぞれ運転席と砲手席で震えていた。

「とうとう俺達は人間と戦うことがないまま神様と戦う羽目になった。日本は平和な国だったんだな…」

 小幡はこれ以上部下に言葉をかけるのはやめ、車内に入ると感慨深く独り言を言った。

 

「目標生物、射程内に進入。戦車部隊、攻撃開始。繰り返す。攻撃開始。送れ」

 その時、戦車教導隊司令部より通達が入る。

「射撃開始!! 目標、前方巨大生物胸部! 距離5000!!」

 小幡は人が変わったかのように重い声で叫んだ。

「てーーーっ!!!」

 号令とともに山下が引き金を引く。

 ドン、という轟音とともに車内に振動が走る。

 

 十数㎞の長さの国道上から一斉に砲火の光が輝き、その火力は全てゴジラの胸部に炸裂した。 

 ゴジラは少し歩行速度を落とし、再び咆哮を上げた。

 これほど力量の差を見せつけられてもなお攻勢の手を緩めない人類の愚かさを嘲笑うように。

 

 

 ◆◆◆

 

 状況を絶望視し始めたのは、東部方面総監だけではなかった。

 官邸の面々と同じく戦闘の趨勢を見守っている中央指揮所においても、自衛官たちの意見は二分していた。

「統幕副長! これ以上の戦闘の続行は任務部隊の全滅すら招く恐れがあります! 呉号作戦の中止を岡崎総監と統幕長に進言すべきです!!」

 利賀陸幕長は語調を強めて長野統幕副長に詰め寄った。

「私も同感です。前線部隊は撤退させ、ゴジラの反撃を受けない長距離ミサイルによる遠距離攻撃に徹すべきです。幸い、我が護衛艦隊は万全の戦闘態勢を整えています。命令さえあれば」

「馬鹿を言うな!!」

 利賀に同意しようとした佐々良海幕長を怒鳴りつけたのは、有永(ありなが)・航空幕僚長だった。

「ここで前線部隊が退けば、ゴジラは都心に進むだろう! 未だ避難を完了していない千葉や都心の民間人を見殺しにするつもりか!」

「では、ここで虎の子の教導団と航空部隊をみすみす失えと言うのか! 現状でヘリ・特科・戦闘機による全力攻撃を受けてなお、ゴジラには明確な損傷が一つも無い! はっきり言おう、これ以上の作戦続行は無意味だ! 被害が少ないうちに撤退し、次の作戦を練るべきだろう!!」

 たまらず利賀も語気を強め、反論する。

「貴君は幕僚長の地位を戴きながら、作戦の目的を把握していないのか!? 呉号作戦の目的はゴジラの駆逐だけではない! ゴジラの進行を可能な限り遅らせ、避難民が避難を行う時間を稼ぐことも目的の一つだ!! 現にゴジラは今、歩行速度を低下させている!! 前線部隊を退かせたら、それも叶わなくなるぞ!」

「そんなことは分かっている!! だが、その目的のために任務部隊に配属された数千の自衛官とその魂である兵器を丸ごと切り捨て、炎の海に投げ捨てる必要性はあるのか!?」

 

 席から身を乗り出して言葉を交わしていた二人だが、長野統幕副長がダン、と机を強く叩くと冷静さを取り戻し、席に座りなおした。

「…失礼。少し…動転していました」

「私も同様です…。申し訳ありません…。しかし統幕副長、何卒前線部隊の撤退はいたしませんよう、伏してお願いいたします」

「下の者たちが命を賭けて怪獣を食い止めている中、上に立つ我々が小田原評定を続けていては申し訳が立たない。任務部隊の幕僚達の意見を聞いたうえで、簡潔に結論を出したい」

「統幕副長! 岡崎総監より通信です!」

 長野が言い終わると同時に通信兵が叫んだ。

「丁度いい。繋げてくれ」

「はっ!」

 

『統幕副長、岡崎です。呉号作戦続行の可否について報告があります』

 奇遇にも、それは今まさに長野が尋ねようとしていたことだった。

 総監部においても、中央指揮所と同様の議論が紛糾していたようである。

『先ほど、被撃墜を出した三〇三空より交信がありました。”攻撃任務の続行を切望する”と』

「………!」 

 長野達に衝撃が走る。

 しかしそれは、自衛官として当然の責務と覚悟の表れであることは誰しもが理解していた。

『間もなく現着する航空部隊からも、攻撃中の戦車教導隊からも、同様に攻撃続行を希望されました。よって総監部は、呉号作戦は続行すべしという意見でまとまっております』

「……だ、そうだ。異議のあるものは?」

 長野は周囲を見渡したが、利賀や佐々良も口をつぐみ、異議を唱えようとするものは一人もいなかった。

 考えてもみれば、当然の帰結ではあった。

 僚機が撃ち落されてもなお命令を忠実に実行し続けたヘリ部隊がそうであったように、前線部隊が自ら撤退を希望するなどということがあるはずがなかった。

 防衛線を放棄してでもいち早く撤退して戦力を立て直すのと、全滅を覚悟しつつも避難民のための時間を稼ぐのと、どちらがより合理的で効率的な判断なのか、誰にもはっきりとしたことは言えなかった。

 ならば、”撤退しない”方の選択肢を選ぶのは必然であった。

 

「だが、私から一つ言わせていただきたい」

 佐々良海幕長が声を上げた。

「自らの命を顧みず任務を達成し、国民を守ろうとする隊員達の志には心より敬意を表する。自衛官の鑑と呼ぶにふさわしいだろう。だが、我々は自衛隊だ。日本が受けた数々の苦難と悲劇から学び、成長してきた自衛隊だ。特攻や玉砕の時代とは違う。絶対に人命を無闇に消費するな。諸君らは国を守る自衛隊員でもあり、守られるべき日本国民でもある。どんな時でも脱出と撤退の準備を怠るな。生きて帰ることも任務の一つと思え」

 佐々良の言葉は、前線に立つ兵士だけでなく、総監部や中央指揮所の人間たちにも重く響いた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

【0:32 第三航空隊が現場空域に到達、攻撃開始】

 

 三〇三空が第二波攻撃を行おうとする中、三沢を飛び立った三空が遅ればせながら東金上空に現れた。

 三空の国産戦闘機、F-3”スーパー・ファルコン”とF-4”リファインド・ゲール”の混成部隊が、同胞を焼き尽くしたゴジラへの怒りをぶつけるかのように一斉に猛火を散らした。

 戦車隊の砲撃が止むと、十数秒後には空対地ミサイルと誘導爆弾が雨のようにゴジラに降り注ぐ。

 そしてその何秒か後には再び砲弾が山のように飛来。

 ゴジラは息をつく暇もなく猛烈な攻撃を受け続けざるを得なかった。

 自衛隊の高度な情報共有システムだからこそ成せる綿密な連携攻撃だった。

 

 戦車部隊が砲撃を続ける中、突如戦場は閃光に包まれた。

 ボン、と衝撃波が広がる爆音が轟き、掃射された熱線が国道を割った。

 熱線の射線上にいた機動戦闘車は痕跡すら残さず乗員ごと雲散霧消し、すぐ横にいた車両も衝撃波で車体ごと吹き飛ばされ、国道から転げ落ちていった。

 車外に出ていた人員などは衝撃波だけで体がバラバラに千切れて飛んでいき、あるいは吹き飛ばされた車体の下敷きになって潰れていった。 

 ゴジラが熱線を横向きに掃射していたら、ゴジラの視界内にいる国道上の車両部隊は全滅していただろう。

 いや、今からでもそうするかもしれない。

 

 これは最早、”戦い”ではない。

 百年の歳月をかけてもなお、人類はゴジラと同じ土俵に立つことすら叶わなかった。

 それでも戦車部隊や航空部隊は、一切攻撃の手を緩めなかった。

 ゴジラと”戦う”ために。

 

 ◆◆◆

 

「動け動け!! 全速だ!!」

 小幡が怒鳴ると、長根の運転で戦車は国道上を猛スピードで動き出す。

 いつ熱線が飛ぶとも知れぬ戦場で、車両部隊は国道上を駆け巡らざるを得なかった。

 幸い、日本の戦車は行進間射撃の精度においては他国の追随を許さない性能を有していたため、全速で走り回ってもなお攻撃力は健在だった。

「次弾装填!! 射撃用意!! てーーーっ!!!」

 小幡は顔を真っ赤に染め、汗を滝のように流しながら叫ぶ。

 

『目標生物の周囲の空間放射線量が急激に増大中、被曝の恐れあり! 各員厳重に警戒せよ!』

 本部からの通信も、小幡の耳には話半分にしか聞こえていなかった。

 だが、この指令は決して軽視されるべきものではなかった。

 ゴジラの、ひいてはその元凶となった核兵器の真の恐怖は、まさしくそこにあるのだから。

 

 ゴジラは歩みを止め、ゆっくりと息を吐いた。

 人類がかつて広島と長崎にまき散らしたものと同様の放射性物質を大量に含んだ黒い吐息が、ゴジラの口元から周囲の空間に広がっていった。

 

 死と絶望の黒い霧は、すぐそこに。

 

 

 


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