ゴジラ2054 終末の焔   作:江藤えそら

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遂に”神”との戦いが始まります。
人類は数千年の時を経て再び神話を築くのか、それとも……。


第二部 蹂躙、その果てに
神話


 木更津駐屯地・ヘリ発着場。

 

「―――先に述べた通り、これは我々にとって初となる実戦である。敵の能力は全く未知数であり、百年前から大幅な進化を遂げている可能性がある。よって、本作戦は敵の猛烈なる反撃、強力な放射線とその急性障害により、隊員の高い損耗率が予想される」

 東部方面航空隊・第四対戦車ヘリコプター隊隊長・大松勇二(おおまつ ゆうじ)二等陸佐は目前に整列する部下達に訓示を行っていた。

「参加者には特別に用意された対放射能防護服とマスクを着用して任務にあたってもらうが、それでも戦死・急性被曝の可能性は十分にあると言わざるを得ない。よって、今回の任務参加者は志願制とする」

 隊員たちは口を堅く結び、大松二佐の言葉に耳を傾けていた。

「私は隊長として当然参加するが、諸君らにも家族がいるだろう。参加を辞退したとしても、その判断を非難するつもりはない。私は諸君らの選択を尊重する」

 そして、一呼吸おいて命ずる。

「全員、目を瞑れ! 参加希望者は挙手!」

 五秒間、大松は顔をおろした。

 その後ふっと顔を上げると、隊員全員の手が寸分の狂いもなく天に掲げられていた。

「手を降ろせ。目を開けてよし」

 

「全員が希望という結果となったので、隊員の選出はこれまで通りローテで行う。諸君らの救国の志に感謝する」

 大松は少しの間沈黙して次の言葉を考えていた。

「隊長。我々は入隊した時より、この国を守るため、命を捧げる覚悟はいつでもできています」

 沈黙を破るように、隊員の一人が声を張る。

「自分もです!」「自分もであります」

 隊員の言葉につられて、次々に彼らは己の覚悟を語る。

「…諸君の覚悟は十分この胸に届いた。感慨無量の思いである。我らは日本を守る強固にして最後の盾。強大無比たる巨大生物が立ちはだかろうと、その任を全うする意思に幾分の迷いもあってはならない。日本を、日本に生きる命を、断固として死守せよ!」

「了解!!」と隊員たちは大松の言葉に答えた。

 

 大松は一息おいて次の言葉を話し始めた。

「…ここからは、隊の意志とは別に私個人からの訓示を述べる」

 大松がそう言うと、隊員たちの表情はさらに引き締まる。

「諸君には、次なる任務として災害派遣が残されている」

 大松は隊員全員の顔を一人一人見回しながら告げる。

「自衛隊の任務は敵を倒すことだけではない。我らの本懐は、災害に苦しむ日本国民を、一人でも多く救うことにこそある。この次の任務こそが正念場。…であるからには、貴様らはここで死んではならん。必ず生きてここへ戻るぞ。いいな!」

「了解!」

 隊員たちの返事を受けると、「訓令、以上。散っ!!」と号令し、大松は訓示を終えた。

「気をつけ! 敬礼!」

 敬礼する部下たちに答礼を返すと、彼らは解散し、出撃に備えはじめた。

 

 

 ◆◆◆

 

 一方、先の爆発で建物が廃墟と化した九十九里町では、自衛隊普通科連隊と消防、警察が一体となって災害救出任務にあたっていた。

「誰かいますかー!! いたら返事をお願いします!! 誰かいますかー!!」

 懸命に消防隊員が瓦礫の中に声をかける。

「家屋倒壊多数、瓦礫の散乱により短期間での生存者捜索は困難!! 部隊の増援を要請する!! 送れ!!」

 普通科隊員が無線機に向かって怒鳴る。

 

 その時だった。

 ドン、というわずかな振動が、その空間を一斉に揺らした。

「!?」

 瓦礫をどけようとしていた隊員達は手を止め、あたりを見回す。

 

 ドン、ともう一度同じ振動が、今度は先ほどより強く彼らを襲った。

「隊長ーーっ!!!!」

 自衛隊員の一人が悲鳴に近い声で叫んだ。

 中隊長は言葉をかける余裕もなくその隊員の元へ駆け寄った。

 その隊員は海を見ていた。

 

 水平線上に、大きな黒い影が蠢いていたのである。

 ドン、と鈍い音と振動を伝えながら、確実に内陸に向けて進行していた。

「ゴ、ゴジラだ……! 本当にいたんだ……!」

 消防隊員の一人が後ずさりしながら上ずった声で言った。

「連隊本部へ報告!! 総員、戦闘準備急げーーっ!! 携行火器、射撃用ーー意!!!」

 中隊長が声を枯らさんばかりの勢いで叫ぶ。

「救出した生存者を後方へ!」

「警察と消防の皆さんは直ちにここを離れてください! 急いでください!」

「だが、まだ瓦礫の中に人がいるかもしれないんだぞ!」

「命令もなしに持ち場を離れることはできん!」

 やがて、部外者を避難させようとする普通科隊員と消防・警察らのもみ合いが後方ではじまり、場は騒然としていた。

 その場にいる全員が死を覚悟した。

 

 中隊長が何か言おうとした時、突如として地面の振動が止まった。

「隊長! ゴジラが進行を停止! 立ち止まっています!」

「なんだと?」

 中隊長が瓦礫から身を乗り出して見てみると、九十九里の砂浜から200mほどの海上で、ゴジラは立ち止まっていた。

 小さい目はどこを見ているのか分からないが、ゴジラは息遣いまでも聞こえるほどに彼らの近くまで来ていた。

「なんという大きさだ…。報告では50mと聞いていたが、あれが50mのはずがない。どんなに小さく見積もっても200mはあるぞ……」

 そう呟く中隊長の頬を、冷や汗が垂れ落ちていった。

「小火器では傷一つつけられないでしょう。我々の装備する最大火力である対戦車誘導弾でも、有効打を与えられるかどうか…」

 望遠鏡でゴジラの全貌をまじまじと見ながら隊員が呟く。

「退却の命令がない限り、ここを放棄するわけにはいかない。できるだけのことをやるしかないだろう」

「しかし、この街をこんな風にした規模の爆発がまたいつ来るかも分かりません。一応怪防会からは超大規模のエネルギーの連続消費は不可であると通達されておりますが…」

「怪獣の体の中のことなど誰にもわからん。奴がその気になれば、我々など細胞一つ残さず消し去れるということだな……」

 あまりにも死が目前にありすぎるためか、中隊長も隊員も恐怖を通り越し、冷静さを保っていられた。

 中隊長は隊員から望遠鏡を借り、ゴジラの全貌をのぞき込んだ。

「あの化け物め……何を考えている……?」

 

 

【22:40 ゴジラ、進行停止】

 

 

 ◆◆◆

 

 同刻・首相官邸。

 

「ですから総理、被災した九十九里町の住民を短時間で救出するのは困難です。何卒、災害派遣部隊の一時撤退と迅速な攻撃命令をお願いいたします」

 首相官邸では、井村長俊(いむら ながとし)・統合幕僚長が吉田を説得していた。

「しかし……逃げ遅れた市民を見捨てて攻撃開始など…」

 吉田は重い表情で渋っていた。

「総理、このまま攻撃せずにゴジラが内陸部に進行すれば、人的被害が尋常でなく拡大する恐れがあります。心中お察し申し上げますが、ご決断を」

 磯谷防衛相も井村とともに吉田に迫った。

「先ほど、東金市と大網白里町より住民避難完了報告が届きました。九十九里の災害派遣部隊が撤退すれば、攻撃はすぐにでも始められますが……」

 金田総務相が吉田に告げる。

「ううむ……事ここに至っては致し方ないか…」

「国を守るためには、時として冷徹な判断も必要です。ゴジラを迅速に駆除・撃退し、しかる後に災害派遣を再開しましょう」

 桐谷官房長官の言葉を受け、ついに吉田は決断する。

「…分かった。九十九里の災害派遣部隊に撤退を命じよう」

「了解しました!」

 井村が勢いよく答える。

 

 

 ◆◆◆

 

【22:47 九十九里災害派遣部隊に撤退命令が下る】

 

「隊長! 連隊司令部より、即時撤退せよとの通達です!」

 依然として生存者捜索と海上に立ち尽くすゴジラとのにらみ合いを続けていた災害派遣部隊に、遂に撤退の命が下った。

「なに!? では捜索は打ち切りということか?」

 中隊長は驚きの声を上げた。

「生存者捜索と遺体回収作業は一時中断、なんとしても全部隊の撤収を終えろとのことです! たった今、統合幕僚本部が攻撃開始時刻を2400で決定したと連絡がありました。もう時間がありません!」

「……是非もなし」

 悔しさを帯びた声でつぶやくと、中隊長はブルーシートに遺体の破片を並べる部下たちに声をかけた。

「各隊、集合ー!!! 本部からの撤退命令である!! 作業は即時中断!! 救出民とともに最寄りの多目的シェルターへ向かう!!」

 まだ瓦礫の中で助けを求める命が残っているかもしれない。

 亡くなられた遺体をこの場に残して吹き曝しというのも、あまりにも残酷だ。

 そうした中での撤退は、彼らにとって十分すぎるほどに心痛いものだった。

 しかし、躊躇いを抱く暇はない。

 先に後方へ避難を始めた消防警察の後を追うように、彼らも後方へと撤退を開始した。

 

「ああーーっ!!! 嫌ぁぁぁぁ!!!」

 救出された女性が、ブルーシートの遺体の一つに縋りつき、泣き叫んでいた。

 縋りついている遺体には、上半身がない。

 瓦礫に叩き潰されたのだろうか。

 この女性も遺体の男性も、つい二時間ほど前まではなんということのない幸せな家庭だったはずだ。

「間もなくゴジラへの攻撃が開始されます!! ここに残っては危険です!! 奥さん!!」

 そんな女性を、隊員の一人がやっとのことで引きはがし、半ば強引にトラックへと連れてゆく。

 やりきれない感情を込めた拳を震わせながら、中隊長は海岸にたたずむゴジラへと振り返った。

 

 不気味に直立不動を保つそれは、まるで”待っている”かのようだった。

 人間が全力で自分を駆逐するのを嘲笑うかのように、人間の戦力が整うのを”待っている”のだ。

 

「借りは返すぞ……必ず……」

 吐き捨てるように言うと中隊長はトラックへ向かって走り出した。

 

【23:18 青森県三沢航空基地より第三航空団第三飛行隊が離陸】

 

【23:25 木更津駐屯地より第四対戦車ヘリコプター隊が発進】

 

【23:30 石川県小松航空基地より第三〇三飛行隊が離陸】

 

 ◆◆◆

 

 荒天の中、ヘリコプター隊が木更津の空を東へ飛んでいく。

 住民が避難した中、彼らを見送るのは発着場から敬礼を送る隊員のみであった。

 ”神”との戦いの一番手を担う、大松をはじめとする隊員たちは、どのような思いだっただろうか。

 アパッチは、一挙に列をなして九十九里へと飛んでいった。

「アパッチ1、現着まで10分。送れ」

 

 ◆◆◆

 

 

【23:34 東部方面隊45式機動戦闘車大隊、国道468号線に展開完了】 

 

【23:42 富士教導団特科教導隊及び戦車教導隊、国道468号線付近に空挺完了】

 

【同刻  米国国防省が緊急声明を発表 日本への支持を表明】

 

【23:45 護衛艦隊第一護衛群第一護衛隊及び第二護衛群第六護衛隊、東京湾千葉港近海に展開完了】

 

 

 東京都練馬区・朝霞駐屯地練馬分屯地。

東部方面総監部。

「機動戦闘車部隊の展開完了を確認。対戦車ヘリ部隊は現場空域で待機中。空挺を終えた戦車及び特科部隊も現在防衛線へ向け移動中、間もなく展開完了する見込みです」

 伊勢(いせ)・東部方面総監部防衛部長が報告する。

「ゴジラの動向はどうか?」

 岡崎征爾(おかざき せいじ)東部方面総監が問う。

「撤退中の災害派遣部隊からは、未だ動きなしとの情報が入っています」

「分かった。作戦は予定通り2400に開始する。怪防会からの報告に基づき、攻撃個所は核融合炉を搭載する胸部と腹部に限定。総理の下命を確認後、直ちに作戦第一段階を発動する。今一度全体に通達!」

「了解!」

「総監。ただ今隷下の部隊より、災害派遣部隊と救出民の完全撤収完了を確認いたしました」

 中田(なかた)・東部方面幕僚長の言葉に、岡崎は「うむ」と強くうなずいた。

 

 運命の時が刻一刻と、日本に迫っていた。

 

 

【23:54 富士教導団部隊、国道468号線上に展開完了】

 

 ◆◆◆

 

 

 首相官邸地下。 

 閣僚たちが固唾をのんでスクリーンを見守る。

 スクリーンの中では、観測ヘリがゴジラの遠望を映し出していた。

「あれがゴジラ………本物か……」

 吉田は重い声を発しつつ、真正面からゴジラを睨んだ。

「報告よりもかなりデカいぞ、あれは……!」

 氷川環境相が驚くのも無理はなかった。

 目前に立つゴジラは、報告されていた50mとはかけ離れて巨大であるのが、付近の景色との対比だけでも明らかだったからである。

「あんな生き物がこの世に存在するってのか…。神サマか何かかよ、あいつは……」

 桜坂財務相すらも怯えを含んだ声を漏らしていた。

「神との戦い、か……。まるで神話だ……」

 駒場防災担当相が震える声で言った。

「たとえ相手が神であっても、日本を守り、導くのが我々の仕事です」

 土井文科相が無機質な声で言った。

 

 

「総理、時間です」

 桐谷官房長官が告げた時には、時計の針は24:00を指していた。

 吉田は、ふう、と一度深呼吸をした後、一気に吐き出すように言った。

 

「呉号作戦統合任務部隊へ。本時刻をもって、全部隊に武器の無制限使用、及び攻撃を許可する」

 

「全部隊へ。呉号作戦第一段階を発動せよ。攻撃開始」

 吉田に続いて井村が命じた。

 

 ◆◆◆

 

「総理と統幕長の下命を確認!」

「呉号作戦第一段階を発動。威力偵察部隊、射撃開始。繰り返す。射撃開始。送れ」

 総理に続き、岡崎も攻撃開始を命じる。

 

【11月4日 0:00 呉号作戦第一段階、発動】

 

 

 ◆◆◆

 

 

 同刻、九十九里町沿岸部。

「了解。アパッチ1、射撃する」

 戦闘ヘリAH-64Eのパイロットはそう答えると、照準器をのぞき込む。

 スコープの先には、未だ余裕綽々と言わんばかりに立ち尽くす黒い巨神の姿があった。

「距離800。目標、巨大生物胸部。射撃開始!」

 狙いを定め、トリガーを引くと、30mm機関砲が爆音をあげながら猛烈な勢いで弾丸を射出した。

 まっすぐ標的にむけて飛来していった弾丸はその速度のままゴジラの胸部に激突し、表皮に弾かれて虚しく海面に落下していった。

 第四ヘリコプター隊のアパッチ全機の集中砲火は十秒ほど続いた。

『こちらCP、効果を報告せよ』

「こちらオメガ1、機関砲掃射を実施。目標健在、未だ効果なし。送れ」

 付近を飛行する観測ヘリが本部に効果を報告する。

 

 すると、それに呼応するかのようにドン、と地響きが鳴った。

 ゴジラが再び動き出したのである。

「目標生物、活動再開!!」

 ヘリ隊が機関砲の第二射を行う中、ゴジラは悠然と砂浜に足をつけた。

 遂に、日本の陸地へと足を踏み入れたのである。

 そして、羽蟲を見下ろすかのような目で自らを攻撃するヘリ部隊に目をやると、大きく口を開けた。

 

 次の瞬間、この世のすべての恐怖を凝縮したかのような咆哮が、全空間を支配した。

 その咆哮は、ヘリ部隊のパイロットたちはもちろん、戦闘の趨勢を見守る東部方面総監部や中央指揮所、首相官邸にも響き渡った。

 音の波動だけで地が震え、大気が波打つほどの咆哮は、聞くものを唖然とさせるには十分だった。

 

「こちらアパッチ1。誘導弾の使用の要あり。許可を求む。送れ」

 しかし、そのような巨神を目の前にしてもなお、隊長・大松二佐は冷静に本部へそう告げた。

 

【0:04 ゴジラ、活動再開】

 

 ◆◆◆

 

「怪物め……やはり機関砲では傷一つつかぬか…」

 岡崎東部方面総監は冷や汗を流しながらつぶやく。

「総監、既に総理の許可は下りています。直ちに誘導弾の使用を命じましょう」

 中田幕僚長に言われると、岡崎は「…そうだな」と答えた。

「アパッチ、攻撃を誘導弾に切り替えろ」

 

 ◆◆◆

 

 

「了解。攻撃を誘導弾に切り替える」

 ゴジラは次第に歩行速度を上げ、まっすぐにヘリ部隊の方へ向かっていた。

「目標接近中、アパッチ4からアパッチ7は側方へ退避。アパッチ1、誘導弾射撃開始。送れ」

 ゴジラの進路を開けるようにヘリが側方へ退避すると、ヘリ部隊が左右から挟み撃ちする格好となった。

「距離よし。発射用意!発射!」

 隊長の合図で、全機一斉に対戦車ミサイルを脇から脇腹に向けて射出した。

 ゴジラの体が爆炎に包まれる。

「全弾命中。目標、未だ進行中」

 観測ヘリが状況を通達する。

「第二射、発射!」

 無数のミサイルがゴジラの体に突き刺さり、爆発する。

 

 その時、ヘリの隊員たちは信じられない光景を見た。

 攻撃を受けるゴジラの背鰭が、ぼうっと淡い光を帯び始めたのである。

 数時間前の海自の哨戒機の戦訓から、それが何を意味するのかを彼らは知っていた。

「目標、背部発光! 全機攻撃中止、回避行動始め!」

 隊長の命令とともにアパッチは編隊を組んでゴジラの背後に回り込む。

 

 次の瞬間、ゴジラの口からまばゆい光の柱が噴き出た。

 光は衝撃波を伴いながら地面に着弾し、凄まじい高温で地面を気化し、一瞬で抉るように大穴を穿った。

 地上の建築物など跡形も残るはずがなかった。

 

 

 ◆◆◆

 

「なんだ、あれは…!!??」

 蒲田怪獣防災相が悲鳴のような声を上げた。

「百年前と見た目も威力も全く違う……!! やはり先月の”光の筋”はあいつが……!!」

 一瞬にして、閣僚達は驚きと恐怖に包まれた。

「ああ……まるで本当の神様だ……」

 駒場防災担当相が泣きそうな声でつぶやいた。

「あんなに簡単に地面を溶かすとは……あれじゃ多目的シェルターも意味をなさんぞ!」

 永嶋国土交通省が言った。

「あんな……あんな核兵器に手足が生えたみたいなやつがいてたまるか!!」

 そんな桜坂の言葉を聞きながら、吉田はただ食い入るようにスクリーンを注視していた。

 

 ◆◆◆

 

「総監、敵の打撃力は予想以上です!」

 中田幕僚長が驚愕を含んだ声を上げた。

「ヘリ部隊は直ちに退避させろ! 作戦を第二段階に移行する!」

 岡崎はあくまでも冷静にそう命じた。

「了解、威力偵察隊は撤退させます!」

 

 ◆◆◆

 

 

「こちらアパッチ1。攻撃を再開する」

 敵の圧倒的な戦闘力を見ても少しもひるむ様子を見せないヘリ部隊は、ゴジラの背後から再度ミサイルを放つ。

『こちらCP! アパッチ、全機直ちに現場空域を離脱! 帰投せよ!』

 本部からの命令が出た直後だった。

 

 熱戦を吐いたままのゴジラが、一挙に振り向いたのである。

 そして、回避行動を取ろうとしたアパッチの一機が掃射に巻き込まれ、一瞬で雲散霧消した。

「!!!」

 戦闘に参加する者、戦闘を見守る者、全てに衝撃が走る。

 前回のゴジラ上陸以降、日本史上初の”戦死者”が出たのである。

 

「……了解、これより帰投す」

 そう言いかけた機体もゴジラの掃射を浴びて四散した。

『こちらCP、全機直ちに退避せよ!』 

 祈るような本部の声に、大松隊長機が「了解、帰投する」と答えた。

 ゴジラは首を少しひねるだけで、容易に延長線上にいるヘリを撃ち落としていった。

 他機が後退する中、大松機だけは最後の一発までミサイルを撃ち尽くし、ゴジラの注意を引き付けた。

「全機、回避運動を怠るな!」

 ヘリ部隊は機敏な動きでゴジラの攻撃をかわそうと試みるが、ほぼ無限の射程と貫通力を誇るゴジラの熱線は、どれだけ離れようとも簡単にヘリ部隊を餌食にしていった。

 人間は一人も生かして帰さぬと言わんばかりに、ゴジラの攻撃は執拗だった。

 流れ弾は山を貫き、森を焼き、九十九里の街を溶解した土が流れる紅炎の地獄へと変貌せしめた。

 災害派遣の再出動は、もはや不可能であった。

 弄ばれるように一機、また一機と四散し、遺体すら残さず消え失せる一方だった。

 

 やがて、最後に残った隊長機も機の一部に熱線を浴び、操縦系統を喪失して墜落を始めた。

『アパッチ1、脱出しろ!!』

 しかし機体は激しく炎上し、脱出機構は作動しなかった。

 

「無念……」

 その言葉に、大松のすべてが込められていた。

 

 熱い、と大松が思いはじめた直後には機は地面に激突し、大松の体は黒炭となってそこら中に散らばった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

「第四対戦車ヘリコプター部隊及び観測ヘリコプター部隊、全滅…!」

 東部方面総監部に悲痛な報告が届いた。

「…残念です……」

 中田幕僚長がこみ上げる感情を押し殺しながら言った。

「……作戦第二段階を発動する。特科全部隊、射撃開始」

 幕僚長の言葉には何も言わず、岡崎はただ命じた。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 夜中であるにもかかわらず夕暮れ時のように赤く明るくなった世界を、巨神が闊歩していく。

 

 

 九十九里町の多目的シェルター二基がゴジラの攻撃の巻き添えとなって破壊され、溶けた金属が濁流となって居住区を埋め尽くしていることなど、誰にも知る由もなかった。

 

 

【0:21 呉号作戦、第二段階へ移行】

 

 

 人類生存数:92億8653万人


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