ゴジラ2054 終末の焔   作:江藤えそら

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閣僚や民間人の名前が大量に出てきて覚えづらいと思いますが、現時点で覚える必要は全くありません。


混乱

 ※以降、本作では便宜上、核実験を強行した某国を『X国』と呼称する。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 千葉県千葉市。

 

「えー、ここでa(n)の階差数列をとると……」

 

 高校生の安川吉道(やすかわ よしみち)は、平常通り学校で授業を受けていた。

 この日最後の授業は数学。

 午後ということもあって睡魔に襲われる同級生もちらほらみられる。

 

 今日がゴジラ襲来より百年の節目らしい―――という情報は朝にニュースで見かけたが、吉道にとっては何ら取るに足らないことである。

 退廃的…とまでは言わないが、青春を謳歌しきれているとも言い難い日常に彼は少々飽きを感じている。

 そんな時、彼は百年前に上陸した大いなる怪獣王の雄姿に思いを馳せる。

 大地に上り詰めた巨大な”力”がすべてを粉砕し、無に帰す。

 そんな非日常を、彼は求めていたのかもしれない。

 

 

 ―――非日常は、既に訪れていたとも知らず。

 

 

 授業中にも関わらず、ピンポンパンポン、と放送が鳴る。

「授業中ですが、お知らせします。ただ今、千葉県太平洋沿岸部に津波警報が発令されました。今後、内陸部にも避難勧告が及ぶ可能性がございますので、十分にご注意ください。繰り返します。千葉県太平洋沿岸部に津波警報が発令されました。今後…」

 同じ内容を繰り返した後、放送は終わった。

 教室がざわめく。

「えーっと、授業続けても大丈夫かな…?」

 まごつく数学教師を尻目に吉道は密かにスマートフォン(以後、スマホと呼称)の画面を開き、テレビ放送に繋げる。

 

 

 画面に映りこんでいたのは、原稿を読み上げるニュースキャスター。

 臨時ニュースのようだ。

 一応授業中ゆえ、音を出すわけにはいかない。

「太平洋上で大規模な爆発  該当地域に津波警報」

 ――字幕にはそう書かれていた。

 

「なになに?ちょっと見せて」

 昔からの友人である小幡堅太郎(おばた けんたろう)が後ろの席からスマホをのぞき込む。

「爆発? なにそれ?」

「わかんね」

 小幡の問いに吉道はそっけなく答える。

 事実、”大爆発”という言葉だけで事態の全貌を捉えるのは不可能だ。

 小幡はつまらなそうに自分の席に深く座りなおす。

 

 放送を閉じ、今度はWeb上でニュース記事や情報発信源を端から調べていった。

 

 ”謎の大爆発”

 ”大津波警報発令”

 ”警報該当区域一覧”

 先ほどのニュースと同様の見出しが並ぶばかりである。

 しかし、その中に一つだけ、他とは異なる見出し記事があるのを吉道は見逃さなかった。

 

 ”X国 太平洋上にて核実験強行を表明”

 

「核実験……」

 吉道は思わずつぶやく。

 核実験というワードを授業で耳にしたのは一度きり。

 百年前のゴジラ襲来の引き金となったのが核実験であると、社会の授業で嫌というほど聞かされた。

 それ以降、世界では一度も核実験は行われていないのだと。

 

 核実験の具体的な場所が載っていないか調べたが、”南太平洋”としか記されていない。

 一方、”謎の大爆発”の方は場所が記述された文面が全く見受けられず、位置の特定は不可能であった。

 核爆発で南太平洋から日本に到達する津波が起きるはずはないので、”謎の爆発”が核実験とは別物であるのは間違いない。

 しかし、どうも吉道にはこの二つが完全に無関係な別の事象には思えなかった。

 

 一つ、最悪のシナリオが考え付く。

 核実験によって”あれ”が目覚めたのだとしたら。

 

 

「日本、終わったかも」

 

 吉道の小さなつぶやきを辛うじて耳に拾った小幡は「はぁ?」と怪訝な顔をした。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 同時刻・首相官邸。

 

『南太平洋における海中爆発とそれに伴う津波発生に係る総理レク』

 

 

 

「とにかく事実の確認が最優先だ!! X国への非難声明なんぞその後でいい!!」

 執務室で、吉田康重・内閣総理大臣が怒声を飛ばす。

「えー、ですが総理、現時点では爆発の原因、規模及び周辺被害などの詳細につきましては究明のしようがなく、現場における観測を待たない限り」

「今すぐどうにかならんのか!!」

 駒場均(こまば ひとし)・防災担当大臣の言葉も吉田の無理難題に遮られる始末である。

「総理、今現在各省が総力を挙げて海上爆発の詳細を分析している最中であります。今はまず国民に事態を説明し、適切な行動をとってもらうよう要請するのが最優先かと思われます」

 氷川将嗣(ひかわ まさつぐ)・環境大臣が吉田をなだめにかかると、吉田は「そうだな」とつぶやいてソファーに深く座りなおした。

「津波の到達までどれくらい時間がある?」

「まだ精密な計算はできていませんが、少なく見積もっても10時間はかかるものと思われます」

 氷川が手元の書類を確認しながら告げる。

「10時間後ということは到達は夜中か…。それまでになんとしても国民を安全な場所へ避難させなくてはならん。各自治体の多目的シェルターへの避難誘導を徹底させてくれ」

 はい、と閣僚たちは答える。

 

「総理!!」

 突然、声を荒げたのは蒲田良樹(かまた よしき)・怪獣防災担当大臣。

 その手には、秘書官らしき人物から渡された一枚の紙きれが握られていた。

「どうしたね。驚かされるようなことはもう懲り懲りだ」

 吉田がうんざりした口調でぼやくが、蒲田はそんな様子など全く気にせず一枚の写真をたたきつけるように机に置いた。

「見てくださいよ、これ!!!」

 吉田をはじめ、閣僚たちは写真をのぞき込む。

「これは……」

 誰かが思わず声を漏らす。

 

 

 映っていたのは、はるか上空から映した地球とその大気圏。

 だが、遠くの海上から確かに伸びる光の筋を彼らははっきりと認めた。

「謎の爆発が起きた直後に取られた衛星写真です。この光の筋の根元部分は、謎の爆発が起きた位置の座標、さらには数時間前に行われたX国による核実験の位置座標とほぼ正確に一致するそうです」

 部屋内は不気味な沈黙に包まれた。

「なんてことだ……」

 氷川が重い声でつぶやく。

 

「それ、”ゴジラ”じゃないの?」

 その場において誰もが空想しかけたことを、桜坂健信(さくらざか たけのぶ)・財務大臣があっさり口にした。

「百年前にどこかの博士が言ったらしいですね。”もう一度核実験を行ったら、もう一体ゴジラが出てくる”って。これで海上から放射能でも検出されれば間違いないでしょうな」

「よく危機感もなくそんなことを言えますね。事態を簡単に判断しすぎです。あなたの悪い癖ですよ」

 土井三郎(どい さぶろう)・文部科学大臣が桜坂財務相に苦言を呈する。

「海底火山の噴火という可能性もまだ捨てきれないわけですし…」

 駒場防災担当相の言葉を桜坂財務相は「はぁ?」と一蹴する。

「海底火山でこんなビームが出るんですか? どんな原理? 説明してくださいよ」

「それは…」と言葉を濁らせる駒場。

「だがな……もし本当にゴジラだとしたら…これは大変なことだぞ!」

 吉田が声を荒げて言う。

「確信が持てない限りは国民をいたずらに不安にさせるわけにはいきませんが、この件に関しては怪獣災害の側面から考察すべき点が多数見受けられるのも事実です。既に民間のSNSやインターネットなどでは怪獣の再来を予想する書き込みが続出しているとの報告もあります。だからこそ冷静な対応が求められるでしょう」

 金田邦子(かねだ くにこ)・総務大臣が吉田に告げると、吉田は青い表情のまま頷いた。

「ゴジラが出てきたなら倒せばいいでしょうに。そのためによく分からん兵器の開発に国のカネを使ったんでしょう?」

 桜坂財務相は磯谷敏和(いそがい としかず)・防衛大臣に皮肉を言い放った。

 磯谷防衛相は黙して応じなかった。

「あなたは百年前の悲劇を覚えてらっしゃらないのですか? 今日からちょうど百年前の、あの惨劇を」

 金田総務相が桜坂の不敵な発言に苦言を呈する。

「自衛隊を出動させるだけでも百年前の事件以来前例のない大事だというのに、もしその怪獣がゴジラの同類であった場合、自衛隊の力をもってしても倒せるとは限らないと言わざるを得ません。これは国家レベルの非常事態です!」

 駒場の言葉に桜坂はチッと舌打ちする。

「どうなんだ、蒲田! これは本当にゴジラなのか?」

「生物学者と研究グループの意見を聞かないことはどうにも…。ですが、この写真を見る限り光の筋は大気圏を超えて宇宙空間にまで伸びているように思えます…。海中でこれほどのエネルギーを放出しうる自然現象が一般には存在しない以上、怪獣の存在を念頭に置く必要はあるかと思われます」

 蒲田は重い声で桜坂の問いに答えた。

「あー、とどのつまりつまりお前はゴジラだと思ってるんだな?」

「あ、はい…。個人的な意見になりますが、自分はそう考えます」

「ですが、百年前に発生したゴジラはこんな光線は吐かなかったと記憶していますが」

 すかさず土井文科相が口を挟む。

「その点は自分も気になっていました。百年前のゴジラは”高温の白色吐息”を吐いていましたが、この写真に写っているような天高い光線を放出したという報告は存在しません。もしかしたら、ゴジラと形態も内部エネルギー値も大きく異なる別の怪獣の恐れもあります」

「別の怪獣って…。前例もないのにそんなものどうやって対処すればいいのですか?」

 金田総務相が苛立たしげに尋ねる。

 

 空気がますます張り詰める中、「皆様方」と大きな声で呼びかけたのは、大臣たちの議論を黙して聞いていた桐谷隆(きりたに たかし)・内閣官房長官である。

「間もなく臨時閣議を執り行います。閣議室への移動をお願いします」

 その声を聞いた大臣たちはいったん議論の矛を収め、各々の想いを胸に閣議室へと姿を消した。

 

 ◆◆◆

 

 

 学校からの帰り道、吉道はとある病院へと足を運んだ。

 受付で面会手続きを済ませ、一気に病室へと階段を駆け上がっていく。

 病室に着いた彼を「学校お疲れさま」と声をかけて迎えたのは母親だった。

 その傍らには、吉道の曾祖母が静かな寝息を立てて眠りについていた。

 

「ニュース見た?」

 母が問うと、吉道は「爆発のやつでしょ? こっちは安全って言ってたよ」とそっけなく答え、曾祖母に歩み寄った。

 

 夕焼けで紅に染まった病室。

 そこに眠る吉道の曾祖母は、今年で108歳になる。

 今ではもう誰も存命していないであろう、百年前のゴジラ災害の当事者である。

 曾祖母は戦争で父を、ゴジラ災害で母を失っている。

 今となっては病室で寝たきりとなってしまったが、よく今日まで生きたものだ、と吉道は思った。

 彼が物心ついたころにはほとんど動けない体になっていたためあまり話したことはなかったのだが、ゴジラから逃げたという話だけは何度も熱心に聞いたものだった。

 その話を聞くたびに、映画の中に引きずり込まれたかのような非日常の世界に取り込まれていたものだった。

 

 ―――いや、もしかしたら。

 その世界は、もう俺の手に届くところに来ているのかもしれない。

 

 実感の湧かない恐怖が吉道の背中を撫でる。

 

 ちょうど、今日で百年だ。

 曾祖母がはっきりとした意識の中でこの日を迎えたなら、なんと言っただろうか。

 

 

 

 夕日が差し込む窓辺からは、東京湾と日本の首都圏がよく見える。

 百年前には、これが何もない瓦礫だらけの平原に変えられたのだそうだ。

 吉道には全く想像がつかない。

 

 

「母さんの会社でも百年経ってゴジラが目覚めるなんて噂が流れてたよ」

 母親が告げる。

「おばあちゃんみたいな辛い目に遭わないか心配だね」

「ゴジラって……なんで日本を襲ったんだろ」

 母の言葉には答えずに吉道はつぶやいた。

「そんなの、怪獣の考えることが分かるわけないじゃない」

「……だよね」

 

 吉道は何げなく、病室のテレビをつけてみた。

 きっと、まだあの大爆発に関するニュースが流れているはずだ。

 

 

『先ほど政府は、南太平洋上における水中爆発の原因が未知の怪獣によるものであるとする見解を発表しました』

 

 

 二人の体が硬直した。

 事態は、思った以上に急速に進んでいた。

 

 

 


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