ゴジラ2054 終末の焔   作:江藤えそら

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ずっと書きたかった場面だからか、最近筆の進みがすごく早いです。
中の人は就活に失敗して途方に暮れているところですが、創作をやっていると気分がすっきりしますね。
今後も拙作が多くの方の目に触れますように。


第三部 亡国の巨神
背水


 ◆◆◆

 

【米国ワシントンD.C.時間 11月3日 12:12 (日本時間 11月4日 1:12)】

 

 ワシントンD.C.、ホワイトハウス。

 

「日本は怪獣(モンスター)を仕留め損ねたか」

 アメリカ合衆国大統領、トーマス・A・メルヴィルは椅子に深く腰掛けながら呟いた。

「大統領、日本の内閣より一刻も早い我が国の軍事行動を要請する旨が再三通知されています」

 眼鏡をかけた金髪の女性、国務長官のアマンダ・アシュベリーがメルヴィルに告げる。

「安保がある以上、我が国が動かないわけにはいかない。…しかし、太平洋の主力たる第七艦隊をわざわざ神の怒りに触れさせるメリットはあるのか?」

 アシュベリーに苦言を呈するのは、国防長官のマイルズ・フェアクロフであった。

「世界の目は今、日本のモンスターただ一つに向けられています。我が国の基地や大使館を奴に破壊されるようなことがあれば、合衆国の沽券に関わります」

「しかし、自衛隊の装備は、数こそ少ないが質においては世界の上位に位置している。その自衛隊をもってしても傷一つついていないというのだ! 我が国がまともに()りあえるかどうかも定かではない!」

 フェアクロフは声を荒げて反論する。

 

「手立てはいくらでもあるだろう」

 メルヴィル大統領は両手を机の上で組み、正面を向いた。

「我が国には、日本にはない対生体兵器もある。グアムと横須賀の戦力で十分だ。日本に大ダメージを与えた怪獣を殺処分すれば、アジアにおける我が国の立場は一層上昇し、日本もより我が国に従順となる。…そも、我が国に対立する国家のほとんどは、かのモンスター……確か”Godzilla”と言ったか……それを生み出した責任は我が国にあると主張して憚らない。そう言った連中を黙らせるためにも、我が国がかのモンスターを倒すことに意義はあると私は考える」

 メルヴィルの答えに、閣僚一同に緊張が走る。

「大統領…万が一、万が一、通常戦力で奴を倒せぬ時は…?」

 フェアクロフが尋ねる。

「奴を生んだ焔を、もう一度浴びせてやればよい」

 メルヴィルはそう即答した。

「…その一撃が英雄の刃となるか、愚かな過ちの繰り返しとなるか、楽しみですな」

 フェアクロフは皮肉交じりにそう答えた。

 

 

【ワシントン時間12:15 (日本時間1:15) メルヴィル大統領、大統領令20579号に署名】

 

【同刻 米軍、対怪獣防衛作戦『ヤマト作戦(Operation Yamato)』発動】

 

 ◆◆◆

 

 

【1:20 ゴジラ、千葉市街を進行中】

 

「議長! 早く避難の準備を!!」

 怪防会では、都心からの避難指示を受けて職員たちが慌ただしく避難準備を行っていた。

 目一杯のデータを持っていこうとする者や、何も持たずに既に建物から逃げ出してしまった者もいた。

 そんな中、議長の池田和宏は避難の意思を見せず、机の上の資料を読み漁っていた。

「議長!」

 そんな池田に、副議長の福原謙三が声を荒げる。

「うるさいな。避難などしても無駄だ。君もSNSの映像を見ただろう? シェルターにいようが、ここにいようが、死ぬ確率は一緒だ」

「そんなことは分かっています! だからこそ、一刻も早く東京を離れないと!!」

「考えることは皆同じだ。真実を知ったことで人々は混乱し、行政は完全に機能を停止している。交通は全て停止し、道も人でごった返している。そんな状況では東京はおろか23区すら抜けられないだろう」

 池田はパソコンを開いて操作しながら冷静に答えた。

「では議長はここに残って何を?」

「決まっているだろう、仕事だ」

 池田は印刷機の前に行き、そこから出てきた紙を一枚一枚眺めた。

「見たまえ。足跡の形状と深さ、上陸直後の写真などから割り出されたゴジラのスペックだ。身長は262m、体重は最小の見積もりで150万トン。さらに興味深いことに、ついさっき撮られた写真と比べると、建物の比率から身長が262.7m程度に伸びている」

「…伸びている……?」

 福原が資料を見て怪訝そうに呟く。

「ああ。このゴジラは、今こうしている間にも成長している。奴が上陸して四時間足らず。その間にこれだけの成長を見せている。奴は生物の常識を遥かに超えた速度で進化しているんだ。恐らく、この成長はまだまだ続く」

「……そんな……じゃあ、あの化け物が……さらに強くなると……?」

 福原は声を震わせながら尋ねる。

「そういうことだな。…よし、たった今、私達が割り出した精一杯のデータを、中東にいる私の友人に送った。これで我々が死んでもデータは残る。まずは一安心だな」

 そう言って池田は近くの椅子に腰掛けた。

 

「なあ、福原君。我々人類の百年間は何だったのだろうな」

「………」

 福原は立ち尽くしたまま答えられなかった。

「2006年に設立された怪防会は、”ゴジラが海中で死んだ”という情報を頼りに、その海域のあらゆる情報を探った。海中生物、バクテリア、海水成分に至るまで。全てを調べ尽くしたのだそうだ。だが、巨大生物を駆逐しうる要素は一切見当たらなかった。そして結局は、怪獣対策の方針は『現有兵器の強化』で固められてしまった。私も、それでいいと思い込んでいた。実に愚かな百年間だった」

 やがて職員たちは全員部屋を後にし、静まり返った空間に福原と池田だけが残った。

「海に奴を倒すヒントがある。それが分かっていたのに、考えることをやめてしまっていた。それからの怪防会は君も知っての通り、徹甲弾や徹甲ミサイルを開発する兵器製作所のような場になっていった。ゴジラを倒せる唯一無二の方法から目をそむけた結果がこれだ」

 池田は真っ暗になったモニターを見た。

 そこには先ほどまで、ゴジラが市街地を蹂躙する様が映し出されていた。

「結局、人は何年たっても同じ過ちから進化することができないのかもしれんな。水爆実験が繰り返されたこともまた然り…」

「議長! 日本は、人間はまだまだ先に進めます! この国を、人類を最後まで見捨てずに戦いましょう!」

 福原は机を叩きながら池田にそう呼びかけた。

「ああ……そうだな。分かっているさ。今、データを送った私の友人もそう言っていた。彼は、怪防会が解明できなかった謎を解き明かすために世界中を渡り歩いている。彼ならば…ゴジラを倒す手がかりを得てくれるかもしれんな……」

 池田は上を向き、その友人の姿を思い出しながら言った。

 

「二人とも、まだ残っていたのですか!」

 不意に声が響く。

 二人が声の方向を向くと、怪防会と統幕監部の橋渡しを務めていた辻一尉がいた。

「早くここから逃げてください! ゴジラは都心に迫ってるんです!!」

「福原君、さっき私が君に言ったことをそのまま言ってあげてくれ。私は疲れたよ」

 池田は椅子に深く座りなおしながら言った。

 福原は困惑して池田の方を見る。

「辻君こそ逃げなくていいのか?」

「自分は自衛隊員です! 他の方の安全を確認するまでは持ち場を離れません!」

「そうか。真面目だな……」

 呆れたように言うと、池田はゆっくりと立ち上がる。

「やれやれ、ここを動くのは少し面倒だが、彼を言いくるめる方が面倒だ。彼の言うとおりにするか」

「二人とも、こっちです!」

 辻の言葉に従って二人は部屋を後にした。

 

 

 ◆◆◆

 

 

【1:10】

 

 ゴジラが千葉市街に到達する直前にまで時間は遡る。

 

 作戦の趨勢を見守る東部方面総監部は沈黙に包まれていた。

 あのような惨事を目の当たりにして、誰も言葉を発する余裕などなかった。

 ある者は怒りに、またある者は悔しさに体を震わせ、ただ悠然と闊歩する巨神を眺めていた。

「損耗率、戦車部隊、86%。特科部隊、73%。航空部隊、45%。いずれの部隊も残弾無し、後方へ撤退中。護衛艦隊、なおも攻撃続行中!」

 戦闘経過の報告だけがその空間に響く。

「ゴジラ、千葉市に接近中! 護衛艦隊を視界に収める距離に到達します!」

「…全艦に通達。砲撃戦用意。火砲及び電磁加速砲(レールガン)、砲門開け」

 岡崎総監は重い口を開いてそう命じた。

「了解! 護衛艦隊司令部に砲撃戦の用意を通達します!」

 

Mr.(ミスター)岡崎、失礼します」

 不意に、流暢な英語が岡崎の耳に入った。

 ふと顔をあげると、海軍服を着た数人のアメリカ人がそこに立っていた。

「初めまして、岡崎中将。私はアメリカ海軍第七艦隊副司令官、サミュエル・D・テンパートン海軍少将です。来たる”ヤマト作戦”の発動に伴い、我が軍は国際法に基づいて自衛隊と統合的な作戦行動を行います。そのため、自衛隊の実戦部隊を運用するこの場に参りました」

 テンパートン少将はそう名乗ってにこやかに握手を求める。

 通訳の話を聞いて岡崎は握手を返したが、笑顔まで返す気にはなれなかった。

 

「…手始めにそちらの作戦概要を教えていただきたい」

 テンパートンが席に座るや否や、中田幕僚長が尋ねる。

「はい。大統領令の発動を確認後、東京湾にて待機中の空母『フランクリン・ルーズベルト』より発進する第5空母航空団により、対生体爆弾を投下します。また、グアムのアンダーセン航空基地を発進した第36航空団による攻撃も行います」

 部下が渡した計画資料を見ながらテンパートンは答える。

「その、対生体爆弾というものは? 通常兵器とは異なるものなのか?」

 岡崎が尋ねる。

「はい。敵が単個の生物であるという事実に即し、硫酸や塩酸をはるかに凌ぐ酸性度を持つ”フルオロアンチモン酸”を内包した”超酸爆弾”を使用します」

 その言葉に、自衛隊の幕僚達がどよめき立った。

「なにっ!? 超酸だと!?」

 岡崎はにわかに声を張り上げる。

「それは化学兵器じゃないのか!? 禁止条約に接触するぞ!」

「しかし近年、そういった条約を怪獣対策のために一部撤廃すべきであるという議論が巻き起こっていることは貴官も承知でしょう。我が国がその論理を証明する最初の例となればいいのです」

「何を言うか! 議論が巻き起こっていようと、現時点では条約に例外は認められていないのだぞ! それを黙認したとあっては、我が国と貴国の立場はどうなる!」

「総監! 恐れながら、今は我が国の立場ではなく、我が国の存続を考えるべきです!」

 いきり立つ岡崎を止めたのは中田だった。

「通常兵器では傷の一つすらつけられない相手です。相手が生物であるという点を有効に突くことができる超酸爆弾の攻撃に私は賛成します!」

 空間に再び沈黙、走る。

 

「…分かった。元より、我が国は貴国の作戦にノーと言える立場ではないのだ」

 岡崎がそう言うと、「ご理解に感謝します」とテンパートンは告げる。

「だが、ゴジラは現在人口密集地にいる。そんな場所で落として大丈夫なのか?」

「地上の建築物に被害が出る恐れがありますが、地下深いところにいる人間に危害を加える心配はありません。我が国は、日本政府の避難完了報告を信用して作戦を立案していますから」

 テンパートンはそう答える。

「……そうか……」

 岡崎の脳裏に、多目的シェルターに駐屯している部隊の連絡がよぎった。

『シェルター内で脱出を求める人々が暴動を起こしている』

 …まさか、本当に脱走しているなどということはあるまい、と思うしかなかった。

 

 多目的シェルターの連絡が途絶えた今となっては、人々が本当に脱走していることも、ゴジラがそれを蹂躙していることも知ることはできなかった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

【1:15 ゴジラ、千葉市を攻撃中】

 

 千葉市沖。

 第一護衛群旗艦「むつ」。

 

「艦長! 5時方向に敵影見ゆとの報告です!」

「むつ」副長、大和田二佐が告げる。

「攻撃を艦砲射撃に切り替える!! 全砲門、照準合わせ!!」

 報告を受け、艦長の黒木一佐が命じた。

 

 右舷側の光景に釘付けになった乗組員たちは、やがて赤い空の中から巨大な生物が姿を現したことに気付き、戦慄した。

 と、その時、パッと強い閃光が彼らの視界を覆った。

「総員伏せ―――っ!!」

 黒木一佐が叫ぶと、一斉に乗員たちは床に伏せる。

 一瞬で閃光は消え、黒木は恐る恐る顔をあげて外の様子を見た。

 空には悠々とキノコ雲が立ち上がり、衝撃波が建築物を薙ぎ払いながらこちらに向かって来ていた。

「対ショック防御――っ!!」

 黒木が叫ぶと同時に艦の外を凄まじい暴風が吹き抜けていった。

 艦は激しく揺れたが、やがてそれは収まった。

 この頃、この一撃によって安川一家は全滅していた。

 

 乗員たちは次々に立ち上がり、状況の確認を急ぐ。

「各艦、航行及び作戦行動に支障なし!」

「砲撃準備を続行する! 各砲門、撃ち方用――意!!」

 砲門が旋回し、キノコ雲の根元から姿を現したゴジラに向けられた。

 陽炎が轟々と立ち上る中、ゴジラは遠くから自分を狙う愚かな艦隊を見下ろした。

 

「黒木艦長、やれるか?」

 西野第一護衛群司令が尋ねると、「いつでもいけます!」と黒木は答える。

「よし! 全艦撃ち方はじめ――!!」

「全砲門、撃ち方はじめ!!」

 二人の指令とともに、火砲と電磁加速砲が一斉に火を噴いた。

 爆音が響き、艦全体に衝撃が走る。

 

 音速を越えた弾丸がゴジラの胸に突き刺さる。

 今までとは違う強度の衝撃に、思わずゴジラは足を止めた。

 

「初弾命中!」

 艦内にその報告と次弾の射撃音が響く。

「奴も仕掛けてくるぞ! 全艦最大戦速だ!」

 西野群司令が命ずると、黒木も「機関全速! とーりかーじ!!」と叫ぶ。

 護衛艦隊は射撃を続行しつつ回避行動を開始した。

 

 と、その時、彼らは射撃音とは別の爆音を聞いた。

 空からの、聞きなれた音である。

「群司令、米軍機が現着しました! 怪獣に対し、爆撃を開始します!」

「了解した」

 西野はそう答え、空を駆けていく友軍機を見据えた。

「ここが最後……この艦と米軍が日本最後の砦だ……」

 汗の浮かんだ額を拭いながらそう呟いた。

 

 

 

 


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