ゴジラ2054 終末の焔   作:江藤えそら

12 / 22
※今話には、特にショッキングな描写が含まれます。お食事中の方やその他グロテスクな表現が苦手な方は十分にご注意の上、お読みください。


絶望

 ◆◆◆

 

【1:03 護衛艦「むつ」を旗艦とする第一、第六護衛艦隊、誘導弾攻撃開始】

 

【同刻 ゴジラ、千葉県中野IC付近を通過、進行速度約時速60㎞】

 

【同刻 ゴジラの進路付近に存在する全シェルター、及び全組織との連絡が途絶】

 

 シェルターから外に押し寄せる群衆に紛れて、吉道は一気に外に出た。

 そして、そこが戦場と化していることを思い知った。

 

 彼らの頭上を、光弾が列を成して飛来していった。

 東京湾の方角を見ると、数十もの護衛艦が群れとなって一斉に対艦誘導弾を打ち上げていたのである。

 そして、それらのミサイルは全て東金方面……ゴジラが進撃しているであろう方向へと突き進んでいった。

 戦争映画のような光景が彼らの目前に現実となって浮かび上がっていたのだ。

 

「なにこれ、すごい……」

 吉道に遅れて外に出てきた母が思わず感嘆の声を漏らす。

 群衆は我先にと逃げ出していき、それを警察や自衛隊員が追いかける様子が繰り広げられていた。

「奥さん!お宅の車ってどこにあるんですか?」

堅太郎が母に問うと、母は「えっ? 家にあると思うけど…」と返した。

「じゃあ吉道の家に向かいましょ! 早く!」

 そう言って駆け出そうとする堅太郎に、吉道が「ちょっと待てよ!」と声をかける。

「父さんとひいばあちゃんを見つけなきゃいけないし、例の動画ってのも見たいし…」

「バカ! 動画のことは外に出る理由が欲しかったから言っただけだよ! 一刻も早くここから離れないと! "アイツ"が来るぞ!」

「おかしいんだってこの人!! もう戻ろうよ!!」

 愛菜が泣きそうな顔で母に訴える。

 

「…あれ、待って!? お父さんいるよ!?」

 そう母が指差した先には、群衆に紛れた父の姿があった。

「おお! 母さんに吉道と愛菜も! あと、吉道の友達だよね、君?」

 父はこちらまで近づいてくると、その場にいる者を一瞥しながらそう言った。

「小幡堅太郎です! お父さんの力を貸して欲しいんです!」

 堅太郎は迷わずそう告げた。

「俺もちょうどみんなを呼びに行くところだったんだ! これ、見てくれ!」

 父はそう言って自らのスマホの画面を家族に見せた。

 そこには、件の生配信の映像が映っていた。

 溶岩のような赤い液体が流れ、あらゆるものが燃えている九十九里の様子がはっきりと映し出されていたのである。

「転載されたやつだから画質悪いけど………」

「うそ……」と母親が口に手を当てながら絶句した。

「なんだ、結局見るのね。まあ、これで奥さんも妹さんも信じてくれるでしょ?」

 画面に釘付けになる愛菜と母に対し、堅太郎が呼びかける。

「この映像を見る限り、噂は本当だ。多目的シェルターも怪獣の攻撃で全滅してる。ここもヤバいんだよ。車で遠くまで逃げないとヤバい!」

 

【1:06 ゴジラ、千葉県野呂町付近を通過】

 

「話のわかる親父さんでよかった。これで助かるぞ、ミッチー!」

 堅太郎は嬉しそうに吉道の肩を叩く。

「ていうか父さん、ひいばあちゃんは?」

「ああ、助けに行こうと思ったんだけど、病院の入り口で門前払いされちゃってさ…。動けない患者はレスキュー隊がヘリで運ぶらしいから、下手に患者を移動させないでくれって」

「じゃあ、おばあちゃんのことは任せて大丈夫なのね?」

 母が問うと、「うん、大丈夫」と父は力強く頷いた。

「じゃあ、家まで戻って車で遠くへ行こう。交通規制で車が止められてるから、大通りに出なければ行けるはずだ。小幡君は家族と一緒に行かないのか?」

「あ、俺、一緒に住んでる家族がいなくて…」

 堅太郎がそう言うと、父はバツが悪そうに「あー…。ならうちの車に乗せてくよ、うん」と返した。

 

「あんな映像、作り物だって!! 空気読めない馬鹿がビビらせようとして作っただけだよ!! なんでみんなそんなことも分からないの!?」

 未だに状況を信じようとしない愛菜は顔を赤くして叫んだ。

「愛菜!!」

 吉道が怒鳴ると、愛菜はビクッと肩を震わせた。

「これは現実の出来事なんだぞ。映画でもゲームでもないんだ。正しく行動しないとみんな死ぬ。死んだらもうやり直せないんだからな?」

「吉道もそんなに怒らないで! 愛菜は怖がってるんだから! お母さんだって突然こんな目に遭ってもう頭が真っ白なんだから……」

 母が涙ぐむ愛菜の頭を撫でながらそう言うと、吉道は「そっか……ごめん」と頭を下げる。

「そんなことしてる場合か! 早く、走れ!」

 堅太郎が怒鳴るように呼び掛け、父は既に前を走っていた。

 吉道達も後に続いて走り出そうとしたが…。

 

 その時、彼らは確かに聞いた。

 山の向こうから響く咆哮。

 今までに聞いたどんな生き物のそれとも一致しない、身の毛もよだつような雄たけびを。

 そして、彼らは山の向こうの空が夕暮れのようにぼんやりと赤く染まっていることに気付く。

 その様子は、さっき見た生配信の時のそれとまさしく一致していたのである。

 その場にいる全員の動きが止まった。

 

 

【1:14 ゴジラ、千葉県千葉市若葉区に到達、進行速度低下】

 

 

「…………あ、」

 やがて、そう声を漏らして愛菜はガクリと膝を落とした。

「……ハハハ、本物だよ………本当に来た……」

 吉道は顎をガタガタと震わせながら何故か笑っていた。

 シェルターから逃げ出した人々は怪獣王の存在を認識し、泣き叫びながら我先にと思い思いの方向に逃げてゆく。

 逃走をあきらめてシェルターの中に戻っていく人もいた。

 しかし、あの生配信で繰り広げられた地獄を見たものなら、それがむしろ死地に自らを追いやる行為であることをよく分かっているだろう。

 

 そして、その姿はすぐに目に見える形となって現れた。

 高い建物も塔もないその風景の中で、その怪獣の姿は、あまりにも巨大だったのである。

 その様子はまさしく山そのものが自力で動いているのと同等の迫力をもって、人々に己が神たる所以を知らしめていた。

 天高くそびえる巨躯に、黒い岩のような表皮。

 その肌は、既に数万発の徹甲弾とミサイル、爆弾を浴び続けてなおかすり傷の一つも残していない。

 大きく裂けた口からは赤い火炎が噴き出し、怒りに血走った眼ははるか遠くの人間すらも見据えている。

 時節護衛艦の巡航ミサイルが命中し、その体は爆炎に包まれる。

 しかし、その度にその煙の中から悠然と傷一つない巨体が現れるのである。

 一歩一歩の歩幅がとてつもなく大きいその体は、あっという間に安川家と堅太郎の元に向かいつつあった。

 

 

「親父のバカヤロー!!!」

 堅太郎は遠くから迫りくるゴジラに向けてそう叫んだ。

「なんで負けたんだ、親父!!! こんな奴に!!! こんな奴に!!!」

「しっかりしろ!! みんな逃げるんだよ!! 走れ!! 走れ!!!」

 興奮し、あるいは怯える一同を一喝したのは父だった。

 吉道が愛菜の肩をおぶって立たせ、ようやく走り出す。

 

 ドン、という振動が彼らに伝わる。

 怪獣王は、その足踏みの振動すら届くほど近くに迫っているのだ。

「家まで戻ってる時間ない! そこら辺の車でいい!! 鍵空いてる車探して!!」

 父が汗をまき散らしながら叫ぶ。

 災害時ならば車はキーを差し、いつでも運転できる状態にして放置されているはずだからだ。

 しかし、不幸にして彼らの近くに車は見当たらない。

 

 吉道は自分の心臓が破裂しそうなほど脈打っているのを感じていた。

 ゴジラの方は見ないようにしていた。

 夢だ、きっとこれは夢だと己に言い聞かせながら、車が置いてあるであろう京葉道路へと足を進める。

 

 だが、終わりは突然に訪れた。

 

 

 ピカッ、と彼らの視界が閃光に包まれた。

 後ろを走る吉道と愛菜、母は頑丈なブロック塀の影に隠れて閃光を浴びなかったが、前を走る堅太郎と父は運悪く閃光を身に受けた。

 そして、何が起きたかもわからないまま、至近距離からの衝撃波が建物を全て吹き飛ばした。

「あぁぁぁーーーっ!!!!」

 吉道は後ろを走る愛菜の腕を手繰り寄せ、ただ全力で悲鳴をあげることしかできなかった。

 ブロック塀のすぐ横でうずくまり、荒れ狂う嵐が過ぎるのを待った。

 

 数秒後、吉道の視界は黒煙に包まれていた。

「あ、愛菜ーっ!!」

 右も左も見えぬ中、ただ一つ感じる妹の手のぬくもりを頼りに吉道は叫ぶ。

「あ…あに…兄貴……」

 愛菜の途切れそうな声が返ってくる。

「母さん!! 堅太郎は!?」

 妹の生存を確認した吉道は続けて声をかけるが、返事はない。

 吉道は周辺を触って状況を確認しようとした。

 が、すぐにその手を引っ込めた。

 ブロック塀の断面が、凄まじい高温に熱せられていたのだ。

 やがて、すこしずつ黒煙が外に漏れ出て周囲の視界が回復していった。

 

 吉道は、周囲が何もない更地になっていることに気付く。

 一分前までは、ここは家が立ち並ぶ住宅街だったはずだ。

 何故、何もなくなっているのか?

 吉道は状況を飲み込めず、口を開いたまま立ち尽くしていた。

 奇跡的に吉道が身を寄せていた箇所のブロック塀だけ吹き飛ばされずに残っていたが、それ以外の部分は他の建物と同じように何処かに吹き飛ばされてなくなっていた。

 吉道は言葉を生み出せないまま、背後にいる妹の様子を見た。

 

 愛菜は、吹き飛ばされた塀のブロックのいくつかが直撃し、見るも無残な姿に変貌していた。

 右腕の付け根にブロックが命中したらしく、腕の骨が砕け、肉は裂けて血がとめどなく流れだしていた。

 さらに側頭部、眼孔の真横にもブロックの角が当たり、皮膚と骨がごっそり無くなり、右目は抉れて頬の下にまで垂れ下がっていた。

「…い………痛ぃ……」

 残った左目から涙をこぼし、全身をガクガクと震わせて愛菜は呟いた。

「あっ…愛菜……!!!」

 吉道はあまりのショックで腰を抜かし、その場に尻もちをついて動けなくなった。

「兄、貴………い、痛い……痛い……」

 左手でぶら下がった右目に触れながら愛菜は訴える。

「あ、あーっ…あーっ……」

 吉道は汗と涙にまみれた顔を拭うことすらせず、上ずった悲鳴を漏らすことしかできなかった。

 

 愛菜の斜め後ろでは、積み重なったブロックの下敷きになった母が死んでいた。

 といっても、その場に残っているのはズボンを履いた足と付け根の一部であり、ほとんどの部分は瓦礫と一緒に何処かへと吹き飛ばされていた。

 父親に至っては遺体の一部すら残ってはいなかった。

 熱線に焼かれた後、倒壊した瓦礫に巻き込まれて全身がバラバラに散らばっていったためである。

 堅太郎は熱線を浴びたが瓦礫には巻き込まれず、そのまま遠くへ飛ばされていった。

 

 地震のような地響きで吉道はその場に倒れ込んだ。

 その正体はすぐに分かった。

 

 僅か数百m先を、あの怪獣が歩いていたのである。

 見上げても見上げきれないほどの高さを誇る巨神は、苦しみもがく人類をその目で確認しているかのように、ゆっくりと歩みを進めた。

 

「痛ぃい……痛い………た…す…けて………」

 妹のすすり泣く声は、次第に弱くなっていく。

 吉道は、もう自分に成せる業が何もないことを知っていた。

 妹を助けられる方法もないし、自分が助かる方法もない。

 

 吉道の口と鼻から血が溢れ出た。

 

 瓦礫の山の中に、まばらに転がる人の残骸。

 そこにあるのは、虚無と絶望。

 死という名の虚無に、人が還っていく。

 

 だがここに広がる地獄は、人が生み出した叡智の焔と瓜二つであった。

 人類の悪意が、悪意そのものが形を伴って歩いている。

 それこそが怪獣である。

 

 吉道は死の間際、その絶望によって怪獣の真理を知った。

 だが、死にゆく彼がそれを知ったところで無意味なことだった。

 死んでゆく人間の心を、一体誰が知るというのか。

 

「………あ、に……」

 消えてゆく妹の手を握り、吉道はゆっくりと目を閉じた。

 

 

 このような絶望を背負うくらいなら……。

 こんな醜い世界の真実を知るくらいなら……。

 いっそはじめから……。

 

「生まれてこなければ………よかった………」

 

 その言葉とともに、少年は虚無へと還った。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 小幡堅太郎は廃墟と化した街を彷徨い歩く。

 熱線を浴び、皮膚は溶けて垂れ下がり、瞼は繋がって目が開かなくなり、それでも彼はゆらりゆらりと歩いている。

 時節苦し気な呻き声をあげ、倒れそうになっても歩き続ける。

 目的も意味も分からない。

 全身を針の山に刺されているかのような激痛の中、彼は歩く。

 ”痛い”と思う以外の感情が全て抜け落ちたまま。

 歩く以外の行為ができないのだ。

 

 彼がどこへ行き、どこまで命を永らえられるのか。

 その答えは、誰も知らない。

 

 

 ◆◆◆

 

 遡ること数分。

 千葉市内のとある病院。

 

 レスキュー隊の到着を待たず攻め寄せてきた巨大怪獣を前に、職員たちは慌てふためいていた。

 職務を放棄して病院から逃げ出す者も多数いた。

 患者もまた、勝手に脱走するものが後を絶たなくなっていた。

 

 吉道の曾祖母・長山ハルはそういった喧騒には全く興味を示さず、ただじっとベッドに座って窓の外を見ていた。

 その視線の先には、うっすらと姿を現した巨大怪獣の姿があった。

 

 ハルの頭脳に、はっきりと百年前の怪獣の姿が浮かび上がった。

 あの怪獣が、今ここに帰ってきたのだ。

 

「……おかあさん……ごめんね……」

 誰に促されたわけでもなく、ハルは掠れた声でそう呟いた。

「もう……お父さんのところに…行くよ……」

 そう言うと、ハルは目を閉じた。

 

 ゴジラの熱線、その衝撃波が病院を吹き飛ばしたのはそれから間もなくのことであった。

 

『もう、お父さんのところへ行くのよ』 

 それは、ハルが百年前、ゴジラに殺される直前に母から聞いた言葉であった。

 百年経って、その言葉は現実となったのである。

 

 

 ◆◆◆

 

 

【人類生存数:92億8630万人】

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。