ゴジラ2054 終末の焔   作:江藤えそら

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シン・ゴジラを見た勢いで書いてしまいました。
今のところほかの怪獣を出すかどうかは迷っています。出してほしい怪獣などございましたら遠慮なく言ってください。

↑熟考の結果、本作ではゴジラ以外の怪獣は登場させないこととしました。怪獣バトルメインの作品はまた別に書き上げたいと思います。ご了承ください。


第一部 怪獣王の帰還
終末


 1954年、3月1日。

 

 

 

 太平洋・ビキニ環礁において、一つの閃光が煌いた。

 米国が実施にこぎつけた核実験・”キャッスル作戦”の第一号、”ブラボー実験”によって、出力15メガトンの水素爆弾が太平洋上の小さな島の上で炸裂したのである。

 光は瞬時に周囲の水分と地面を根こそぎ蒸発せしめ、その空間に小さな太陽が現れたと見紛うほどの強烈な光源となって周辺をまばゆく照らし続けた。

 絶大な威力の衝撃波がゆっくりと海面を嘗め回し、周りに浮かぶ島々はその洗礼を受けることとなった。

 高さ数十kmにも及ぶ巨大なキノコ雲が、圧倒的な存在感を以て人類の叡智の行き着いた先を世界に知らしめた。

 炸裂後には膨大な量の放射性降下物が飛散し、周囲を死の世界へと変貌させた。

 

 それが、全ての始まりである。

 

 否。

 人類が最初に核の焔を現世に輝かせた瞬間から、全ては始まっていたのだ。

 

 

 ブラボー実験が行われた日。

 太平洋の海底深くで、一匹の”終末”が目を覚ました。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 2054年、10月某日、正午。

 

「それではこれより、巨大生物”ゴジラ”襲来による犠牲者慰霊式典を開催いたします」

 東京某所にある平和公園にて、その式典は行われた。

 

 本日は、巨大生物”ゴジラ”が東京に上陸し、未曽有の大災害を巻き起こしてちょうど100年が経った日である。

 

 ”ゴジラ”は、ビキニ環礁の水爆実験によって目を覚ました太古の生物である。

 放射能を吸収して異常な進化を遂げ、体内で核分裂を起こす方法を会得し、口腔部から白い熱線を吐き出す術まで身につけた世紀の大怪獣であった。

 最初にゴジラが目撃された大戸島の伝説から、彼は”呉爾羅”―――”ゴジラ”と名付けられたのである。

 

 ゴジラは、歩く”終末”であった。

 人間は様々な手段を講じてこの巨大生物を葬り去ろうと試みた。

 武力の行使、発電所の流用……されど、ゴジラには傷一つつけることすらかなわなかった。

 ゴジラは悠然と東京を闊歩し、火の海に変えた。

 邪魔な建築物、逃げ惑う人々、そういったものに無慈悲なる熱線の攻撃を浴びせ、燃え盛る熱塊へと変貌せしめたのである。

 一連の災害による死者・行方不明者は6万人に達した。

 首都機能は災害後5年にわたって完全に停止し、大阪に一時的に国家首脳部が置かれるほどであった。

 

 だが、この”終末”に引導を渡したのは、結局のところ人類であった。

 若き天才科学者たる芹沢大助博士が考案・開発した破壊兵器・酸素破壊剤―――”オキシジェン・デストロイヤー”によって、ゴジラは海の藻屑と消えたのである。

 しかし、芹沢博士もまた、この恐るべき兵器が人類の破滅の道を押し進めることを拒み、オキシジェン・デストロイヤーの製法とともに海へと消えた。

 人類の叡智の焔から生まれた怪獣は、叡智の泡とともに消え去ったのである。

 

 人類は勝ったのか、負けたのか。

 人類は正しかったのか。

 生き残った人類はそれぞれの答えを胸に秘めたまま、100年の時を刻んだ。

 

「あのゴジラが最後の一匹だとは思えない」

 ゴジラと芹沢博士が海に消えた日、生物学者・山根恭平博士は一人つぶやいた。

「もしまた水爆実験が続けて行われるなら、ゴジラの同類が現れるかもしれない」

 

 山根博士は晩年、著書に繰り返し警句を記した。

『人類よ、忘れてはならない。もしもう一度人類が生み出した悪魔の焔を世界のどこかで咲かせることがあれば、再びゴジラは現れ、今度こそ世界を焼き尽くすだろう』

 

 

 この日を境に、世界中で反核運動が活発化した。

 第二のゴジラの登場を恐れる各国首脳はこれに同調し、核実験の全面的な規制を約束する条約に世界中の国が調印することとなった。

 また、万が一に備え、各国で秘密裏に”対生体兵器(ゴジラをはじめとする巨大生物の殺処分を念頭に置いた兵器)”の開発が進められることとなった。

 日本でも新政策として「怪獣対策基本法」が立法され(本法では、『一般の生物に比べ著しく捕獲及び駆逐が困難・もしくは不可能であり、その対応に武力の行使が問われ、かつその行動に伴う人的・経済的損害が著しく大きいことが予想される生物を”怪獣”と呼称する』と定めている)、怪獣の登場に際して防衛出動による対応の劇的な早期化に成功した。

 

 

「では次に、首相の方よりスピーチをお願いします」

 この式典は毎年行われているが、今年は100年という区切りの年であることもあって余計に空気は重い。

 眼鏡をかけた恰幅のいい男――吉田康重(よしだ やすしげ)・内閣総理大臣は一礼し、スピーチを始めた。

「我が国は、100年前の本日、巨大生物ゴジラの襲撃を受けました。その被害におきましては、死者・行方不明者は6万人を数え、―――」

 吉田の表情もまた重い。

 それもそのはずである。

 彼の高祖父はゴジラ襲来時、首相だったのだ。

 100年経ってその血族が再び首相の座に居座っているとは、これも何かの縁であろうか。

 だからこそ吉田は、ゴジラの恐怖を日本人に、人類そのものに、決して忘れさせてはいけないのだと誰よりも強く感じていた。

 核兵器という世界の愚かな試みによって日本人は罪なき命を散らすこととなった。

 日本は実質三度、核兵器に焼かれたのである。

「―――よって、我々は先の悲劇から学び、同じことが繰り返されないよう、努めていかねばなりません」

 核兵器廃絶の動きこそ進んではいるが、未だに先進国も途上国も、完全に核兵器を廃棄はしていない。

 結局のところ、水中酸素破壊剤(オキシジェン・デストロイヤー)の存在が闇に葬られた現代において、怪獣が現れた際に最も確実に、そして最終的に迎撃手段として用いられるのは間違いなく核兵器である。

 皮肉なことに、ゴジラの存在によって未だに世界に核兵器は存在し続けているのだ。

 

 

 

 

 

 

 そして今まさに、さらに皮肉なことが起きようとしているなど、誰も想像していなかった。

 

 

 吉田がスピーチを始めるのと同時刻、太平洋上。

 

 

 

 見渡す限り水平線に囲まれた絶海の上空を、何かが高速で突き抜けた。

 

 瞬間。

 

 閃光。 

 

 100年前と全く同形状の火球が、洋上に忽然と出現した。

 

 

 

 飛翔したのは、核弾頭を搭載した弾道ミサイルだった。

 とある小国が国際条約を破り、各国を威嚇するために独断で核実験を強行したのである。

 

 

 人類は忘れ去った。

 100年前の恐怖を。

 人類自身が生み出した悲劇を。

 

 

 1世紀の時を超えて炸裂した水素爆弾は、以前のものよりも強烈な火球と衝撃波を以て海上を再び死の世界へと変えた。

 キノコ雲が空へ舞い上がり、雲をオレンジ色に染め上げる。

 この世の終わりを感じさせるほど美しく儚く悲しい光景がその空間を支配した。

 

 ―――今この瞬間、本当の意味でこの世の終わりが近づいていることに、いったい誰が気づけただろうか。

 

 

 

 

 

「―――以上をもちまして、私からの言葉とさせていただきます」

 吉田は一礼した。

 祖先が抱いた情、被災者の想い、そういったものに思いを馳せるたびに、彼は落涙をこらえるので精一杯になる。

 100年の節目となればその思いは一層強い。

 もう、あの時の被災者はほぼ生きてはいない。

 だが、次世代の人たる我らがその教訓を語り継がずしてなんとするのか。

 

 

 彼が席に戻るのと、官僚が彼に歩み寄って耳打ちするのはほぼ同時だった。

「総理、緊急事態です」

 彼の報告を聞いた吉田は目を見開き、そのまま数秒間不動を保った。

 

 ”某国の核実験が強行された”

 

 衝撃、以外の感情が吉田の脳内から排除された。

 なんと言葉を発していいのかわからず、とりあえず息をつく。

 

 吉田はこの時既に感じ始めていた。

 日本の、世界の運命の歯車が狂い始めていること。

 人類に、終末が訪れるであろうことを。

 

 

 

 

 

 

 歴史は繰り返す。

 

 だがもう、次はない。

 

 

 

 

 

 太平洋の海底で、何かが動いた。

 

 

 

 

 水素爆弾の炸裂から3時間と47分が経過した瞬間であった。

 

 炸裂点から数百m以内の距離の海面上で、それは起きた。

 

 

 

 

 一瞬、海面は半径数㎞にも及ぶドームを形作った。

 刹那ののち、そのドームの天井部が弾け飛び、白い光の柱が天に向かって射出された。

 超高温の光の柱に触れた空気は瞬時に膨張して衝撃波を生み出し、同時に光に押しのけられるように海水が凄まじい勢いで周囲に飛散していった。

 水爆などとは比べ物にならない規模の爆散に巻き込まれた全ての物質は超音速で光の柱から吹き飛んでいく。

 光の柱を中心として大津波が円状に広がる。

 光の柱はすぐに消え、それがあった海面には深さ数千mにわたって、数千分の一秒ほどのほんの僅かな間だけ、大穴が開いた。

 その大穴の底の底から、天空を睨む眼光があった。

 

 

 天に伸びていった光の柱は大気圏を超えて宇宙空間へと飛翔していった。

 

 

 深海にたたずむ”それ”は、自らが発した熱源をじっと目で追い続けた。 

 光の柱と同じくまばゆい白色に輝く背びれは、地球上でもっとも純粋な”怒り”を表していた。

 

 

 人類には猶予を与えた。

 それでも繰り返した。

 

 そこに生まれる感情は怒り以外の何物でもなかった。

 

 

 次の瞬間、天を割るようなけたたましい咆哮が太平洋を覆いこんだ。

 

 

 海が、大地が、その咆哮に呼応するかの如く打ち震える。

 その様子はまるで、人類という傍若無人の生物を悉く駆逐する存在を、地球そのものが礼賛しているかのようであった。

 

 海に空いた大穴はすぐにふさがり、底にいた”何か”の様子をうかがい知ることはできなくなった。

 だが、もしその光景を見ていた人間がいたなら、はっきりと分かることもあっただろう。

 例えば、人類の種としての寿命。 

 

 

 

 この日、”終末”が帰ってきた。

 もう誰にも止められない。

 

 


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