ミヤコワスレ ドロップ   作:霜降

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基本的な流れはリメイク前と変わらず、物語性や情景描写を大幅に追加してみました。ボリューム増えましたでしょうか。


1-2

 窓から差す光に照らされた、シワ一つ無いまっさらな第二種軍装を身に纏った二十歳前後と思われる青年。体格はともかく、軍人としては些か頼りなさそうなその優男は、突然吹き飛んだドアと後から現れた少女を前に何事かと目を見開いている。

 対するドアを蹴破った張本人の曙は、放心状態であるかのように手の力を抜き青年を見つめていた。まるで、何かを思い出すかのように。

 

「……ハッ!? お前、何をするんだ! 扉が壊れてしまったじゃないか」

 

 やっとの思いで先に口を開いた青年から出たのは、そんなどこかズレた発言だった。

 

「へ? あ、うん……じゃなくて! お手伝いさんに迎えをさせる様な奴には言われたくないわ、このクソ提督!」

「なっ! 初対面の相手にその言い方はなんだ!」

「はぁ? その程度で逆ギレするんだ、大した事無いわね」

「礼儀の問題を言っている!」

 

 顔合わせ早々に睨みを効かせながら喧嘩を始めた曙と青年――お気付きだとは思うが、彼が提督である――の二人。先が思いやられる光景である。

 その傍らでは、吹き飛んだドアを曙妖精が小さい体で必死に持ち上げようとしている。それに気付いたのか、枕崎がそっとドアを受け取り壁へと立て掛けた。枕崎に90度のお辞儀をしながら煙と共に消える妖精。主人と違い、素直で礼儀正しい子だ。

 

「はいはい、喧嘩はそこまでにして。これから貴方達二人は、共に戦う仲間なんだから」

 

 ぱんぱんと手を叩きながら枕崎が二人の間に割って入る。提督も突然のことで取り乱していたのか、ハッとしてから襟を正した。やがて提督は、コホンと咳払いを一つした後、未だ腕を組みムスッとしているサイドテールの艦娘へと向き直る。

 

「その、いきなりすまなかった。俺は可香谷剛(かがや ごう)、この鎮守府を指揮する提督を任されている。改めて、宜しく頼む」

 

 純白の軍装で覆われた腕を力強く差し出し、握手を求める可香谷提督。尚も腕を組みぷいと顔を反らしていた曙だったが、枕崎の説得に渋々腕を出し、お互いに握手した。可香谷提督の力強い握手に戸惑いを含んだ苦い顔をしながらも、一先ず曙はこの鎮守府での最初の一歩を踏み出したのだった。

 

「……曙。綾波型八番艦の曙よ」

「――あけ、ぼの?」

「何よ」

「いや……」

「……もう良いでしょ? あたし、自主錬の途中で連れてこられたの」

「あ……あぁ、そうだったのか、それはすまないことをしたな。まだ手続きに時間がかかるから、暫くは自由にしていてくれ」

 

 可香谷提督の不可思議な反応に僅かな疑問を抱きながらも、曙は不機嫌そうにサイドテールを翻しながら向きを変え、執務室から退出するのだった。

 

 

 

 

 鎮守府から少し離れた海岸沿いの演習場に曙は居た。大本営でのものと同様に、移動式ブイに括りつけられた的が彼女の前に立ち並ぶ。設置が完了し、演習初めのブザーが鳴ると同時に曙は次々と的を撃ち抜いていく。だが成果とは裏腹に、その顔には不快感が滲み出ていた。

 

『おい! 誰が入渠して良いっつった』

『皆ボロボロなのよ!? せめて休ませてあげてよ……』

『俺の顔に泥塗っておいて何舐めた事言っているんだ?まずは始末書だろ始末書!!』

 

「…………」

 

 リズムよく砲撃を行い、的確に標的を撃ち抜いていく曙。だがその心は晴れずにいる。やがて苛立ちから砲撃のリズムも疎らになっていき、最初は的確に当てていた的にもミスが目立つようになってきた。

 

『プッ、ギャハハ! 何だお前その髪の毛。チリチリじゃねえか!』

『あはは……』

『ちょっと提督! 頑張って戦った相手を笑うとかふざけてんの!?』

『あ? 別に笑おうが関係ないだろ』

『あんたねぇ! 大体、原因はあんたの判断ミスでしょうが!』

『何だと? この俺の指示が間違っていたとでも言うのか? お前らが要領悪いだけだろ! 上官にケチつけてんじゃねえぞテメェ!!』

 

「…………!」

 

 脳裏に木霊する誰かと自分の言い争う声。嫌な記憶を思い出し、曙は苛立ちを募らせていく。次第にミスが目立つようになり、砲撃のリズムも疎らになってきた。

 もはや狙いすます等という事をせず、出鱈目に砲撃を続け的を破壊していく曙。そこには見境などなく、足場であるブイすら次々と破壊されていく。

 

『あーあー! 煩え奴だな!

どうせなら、お前が沈めば━━』

 

「あああぁ”っ!!!!」

 

 残っていた弾薬を湧き上がる情動に乗せ一気に撃ちまくる。全てが終わった後の演習場は、空襲にでも遭ったのかと思うような大惨事となっていた。苛立ちを放出し肩で息をしていた曙は、一呼吸した後に陸地へと上がろうと後ろを向く。

 

「や、やぁ……」

 

 いつから居たのか、背後には可香谷提督が立っていた。目の前の惨状に引いているのか、その顔には困惑が見える。バツの悪い曙は軽く舌打ちしながら上陸し、艤装を解除した後に可香谷提督を睨みつけた。

 

「何よ」

「手続きが終わったから呼びに向かおうと思ってな……その、何か荒れているな」

「また鎮守府に配属されるかと思うと、苛々もするわ」

 

吐き捨てる様に曙は答えた。多くの艦娘にとって栄誉である鎮守府への配属も、彼女にとっては嫌な記憶の場でしかない。今回のこの冴えない提督の鎮守府だって、きっと直ぐに居心地が悪くなるのだろう。そう曙は思った。

 

 

「迎えの件はすまなかった。つい枕崎さんの厚意に甘え……いや、そんなものは言い訳だな」

「……ふん」

「ここに配属されるまでに何があったのかは、資料で大体読んだ。その、大変だったと思う」

「何? 安い同情とかマジでウザいんですけど」

「同情をするつもりはない。ただ、俺は曙とこれから上手くやっていきたいと思っている」

「みんなそう言うのよね。で、結局それは上っ面だけ。どうせ自分達の事ばっかり――」

「俺は! ……お前達艦娘の、力になりたいんだ」

 

 曙の言葉を遮るように提督が大声を上げる。数秒間の静寂が、演習場を支配した。

 ヒトと艦娘。力関係はともかく上下関係的な意味では、艦娘の立場はヒトのそれよりも下である。艦娘は人類の剣であり盾である。それが一般的な認識であったし、だからこそ曙はそう生きる事をこれまでの経験から嫌悪していたのだ。

 

 だが、この提督は下の立場である艦娘に『力になりたい』と、そう真っ直ぐな瞳で言った。少なくとも曙は、そんなことを面と向かって言う人間を知らなかった。彼のその言葉に如何なる意志や決意があるのか、それは分からない。

 少なくともその言葉を聴いた事で、曙は心の奥底で何かが震えた気がしていた。

 

「なら、余計なことは言わないでよね。あんたはただ、安全な場所でふんぞり返ってれば良いんだから」

 

 だからだろうか。そっぽを向きサイドテールを弄りながら曙は自然とそう答えた。一先ずはそれで妥協しよう。そう思えたのだ。

 曙妖精に恐る恐る頬を突かれながら、提督はそんな彼女の不器用な言葉にただ苦笑するしかなかった。

 暫しの沈黙の後、可香谷提督が口を開く。

 

 

 

 

「……なあ、曙」

「何よ。余計なことは言わないでって言ったでしょ?」

「余計なことってお前な……その。お前は、本当に最近建造された(・・・・・・・)ばかりなんだよな」

「……は?」

 

 突然訳の分からない事を聴いてくる可香谷提督。艦娘の勤続年数(とし)をいきなり聴いてくるとは、新手のナンパか何かだろうか? 素でドン引きする曙だったが、可香谷提督の表情はそんな軽薄なものではなく、どこか悲壮感を漂わせる程に真剣でとても冗談を言っているようには見えなかった。波の音と微風が二人の間を流れていく。

 

「資料に書いてあったんじゃないの? 一年とちょっと。それが何?」

「……そうか、そうだよな。そんな筈は無いか」

「?」

「変なこと聴いて悪かったな。このことは忘れてくれ」

 

 ますます意味の分からない事を言う提督に、妖精とシンクロした動きで首を傾げる曙だが、提督はそれ以上を語ろうとしなかった。

 

「……さ、演習は一旦休憩して戻って来てくれ。曙とこれからの艦隊運営について話をした――」

 

 その時、可香谷提督の言葉を遮るように辺りに不快なアラート音が鳴り響く。深海棲艦出現の合図であるその警報を聴いた可香谷提督は、すぐさま鎮守府への方に向き直った。

 

「すまない曙! 急で悪いが出撃だ。一旦執務室で状況を」

「そんな呑気な事言ってる場合じゃないでしょ。先行くから、無線で情報教えなさいよ」

「え? あっ、おいちょっと!」

 

 提督の言葉を聴くことなく、スカートとサイドテールを翻し船橋へと駆けていく曙。唖然とする可香谷提督だったが、すぐに気を取り直し鎮守府の方向へと駆けていった。

 

「安全な場所でふんぞり返ってなさいよ。あたしの実力、見せつけてやるんだから!」

 

 暗いオレンジ色の炎を灯した瞳で不敵に笑いながら、曙は立ち止まらずに右手を横へと突き出した。するとその手の平に光が集まり、人間サイズの主砲が出現し曙はそれを力強く握りしめる。

 それとほぼ同時に背中に駆逐艦の船体を彷彿とさせる艤装が現れ紐で曙に固定され、次いで膝に魚雷発射管、足に鋼鉄のブーツが装着され、艦娘曙は艤装の装着を完了した。

 

 艤装の装着を終えたと同時に船橋に到着し、そのまま海面へと着水した曙は、勢いよくエンジンをふかせながら最大船速で大海原へと進んでいく。

 曙にとってこの鎮守府での最初の任務は、慌ただしく幕を開けたのだった。




もうすぐ艦これアニメ二期始まりますね。どこかの駄作者が『アニメ終わるまでに本作完結させたろ!!』とか世迷言を言っていた気がしますが、だめみたいですね……。

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