ポケットモンスター-黒衣の先導者-   作:ウォセ

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すいません、ちょっと遅れました。
ちょっと区切りのつけかたに悩んだのと、少し体調崩してしまいました。


第3の瞳が開く時

1000年に1度見る事のできる巨大な彗星である千年彗星が現れてから2回目の早朝。

まだ人々がほとんど目を覚ましていない暁の時間帯。

サトシ達も例に漏れず、ポケモンセンターに用意されている宿泊用の部屋にあるベッドで横になり寝息を立てていた。

そしてそんな静かなフィレンタウンに1匹のポケモンがやって来た。

 

「ハッハッハッハッ…!」

 

息を切らしているが、クンクンと優れた鼻で匂いを嗅いで追跡してきた目標が近くにいる事を感じた黒い毛が美しいポケモン、グラエナは後ろから着いてきていた主人へと声をかける。

 

「グラァウ!」

 

グラエナの後ろから着いてきていた車から降りてきたのは紫色の髪に黒いスーツを来た男、バトラーと彼に付き添うダイアンである。

眠り繭が落ちてきた場所からグラエナに匂いを追跡させてようやく辿り着いたのだ。

 

「グラエナ、このポケモンセンターにいるんだな?」

 

「グラゥ」

 

「そうか、よくやった」

 

グラエナの案内でフィレンタウンのポケモンセンターにやって来たバトラーの瞳にはある種の覚悟が映っていた。

そう、どんな手を使ってでもジラーチを確保してみせるという覚悟が。

そんなバトラーが心配になり、ダイアンは静かに声をかける。

 

「バトラー…」

 

「大丈夫さダイアン。ジラーチが私に協力してくれるのならば、手荒な事はしないさ」

 

「もし、協力しなかったら…?」

 

「その時は…」

 

ダイアンの質問には答えず、バトラーはポケモンセンターの扉を開けた。

流石にこんな早朝ではジョーイさんも休んでいるが、緊急で患者が舞い込んで来る可能性もあるポケモンセンターの扉は基本的には24時間開けられている。

ポケモンセンターに入ったバトラーは、まだ周囲に誰もいない事を確認するとロビーにあるソファに腰掛けた。

 

「バトラー、ジラーチを探さないの?」

 

「なに、さっきも言ったがいきなり手荒なマネはしないさ。まずはジラーチと少年を見つけてしっかりと説明をする。その上で協力をお願いするからね」

 

以外にも冷静で紳士的な行動に安心したダイアンはバトラーの横に腰掛け、グラエナもバトラーの傍に座り込んだ。

それからしばらく時間が経過すると、徐々にポケモンセンターに泊まっていた宿泊客が出て来、ジョーイさんも仕事を始めて賑やかになっていく。

 

そしてついにやって来た。

 

「よーし、今日も張り切っていくぞ!」

 

「ピカチュウ!」

 

「もう、サトシ…朝から横で大きな声出さないで欲しいかも」

 

「それじゃあ朝飯食いながら今日の予定を決めるか。ほら、マサトとジラーチも来いよ」

 

「うん」

 

『マサト、朝ごはん食べよう!』

 

ジラーチと、ジラーチに選ばれた少年が奥の通路から現れたのを見たバトラーは僅かに口角を上げると少年こと、マサトに近づいた。

 

「キミ、少しいいかな?」

 

「え?」

 

朝一で見知らぬ男から声をかけられたマサトはまだ少し眠そうな目を擦りながらバトラーを見上げる。

そんなマサトに警戒心を抱かせぬように、バトラーはニコリと笑って次の言葉を紡いだ。

 

「私の名はバトラー。キミの連れているそのポケモンについて、少し話がしたいんだが、いいかな?」

 

「えっと…」

 

バトラーと名乗った見知らぬ男にジラーチの事で話があると言われても、マサトはどうしていいか分からず傍にいるサトシ達を見る。

年長者としてソラトが一歩前に出るとバトラーと言葉を交わした。

 

「ジラーチについて話との事ですが…バトラーさん、あなたは何者なんですか?」

 

ジラーチは1000年に7日間だけ活動する非常に珍しい幻のポケモンであり、それを狙うような怪しい相手かもしれないと警戒するソラトの視線をバトラーは真正面から真っ直ぐ見つめ返した。

それと同時にスーツの内ポケットから名刺を取り出してソラトに差し出す。

名刺にはトクサネ宇宙研究所ホウエン南支部主任・バトラーと書かれていた。

 

トクサネ宇宙研究所とは、ホウエン地方のトクサネシティに本部を構えるその名の通り宇宙について観測や研究をする組織の事である。

 

「名刺の通り、私はここから少し離れた場所にある天体観測所で活動する研究者だよ。千年彗星が見えた夜に星が落ちたのを観測してね…それでもしかしたらジラーチが落ちてきたんじゃないかと思ってやって来たのさ」

 

「成る程…それでお話とは?」

 

「ああ、実は―」

 

「バトラー、彼らはまだ起きてきたばかりなのだし…話は朝食をしながらにしない?」

 

話を始めようとした所に、バトラーの後ろからダイアンが声をかけた。

確かにサトシ達は起床したばかりで朝食もまだである。

 

「あなたは…?」

 

「私はダイアン。バトラーの助手よ」

 

突然会話に入ってきた女性に疑問符を浮かべながら問うと、ダイアンも自己紹介をした。

バトラーもずっとジラーチを追跡しており食事もしていなかったため、フッと笑うとロビーにある席を指した。

 

「あそこで食事をしながら話すとしよう。いいかな?」

 

「…はい」

 

一先ずは全員席に着いて朝食を注文し、食事をしながらバトラーの話を聞く事にした。

 

「あ、俺、サトシです」

 

「私ハルカです」

 

「僕は、マサト…」

 

『ジラーチだよ』

 

「俺はソラトといいます。それでバトラーさん、話とは?」

 

自己紹介を終えたサトシ達を待ち、バトラーはコーヒーを一口飲むと落ち着いた様子で話を始めた。

 

「私は昔からとある夢があってね。そのためにジラーチの力を借りたいんだ」

 

「夢?」

 

「各地に残っている伝説のポケモンの話は知っているかい?」

 

ハルカ、マサトとジラーチは首を傾げた。

それに対して、様々地方を冒険してきたソラトとサトシは聞き覚えがあった。

5年間で多くの場所を冒険してきたソラトは勿論、サトシもルギアと伝説の三鳥、結晶塔のエンテイ、時を越えるポケモンセレビィ、水の都アルトマーレで出会ったラティアスラティオスといった伝説、幻のポケモン達と接点があった。

 

「彼らは素晴らしい力を秘めている。それこそ、人助けに使えば数多くの人々を救う事ができるだろう。だが彼らはその力を人の為にはあまり使ってくれない」

 

伝説のポケモン、幻のポケモンの秘める能力やエネルギーが凄まじいものというのは多くの人の共通認識だが、彼らはポケモン。自然の生物だ。

ゲットをするならまだしも、そうでないのなら基本的に言うことは聞いてくれないだろう。

 

「だから私は思ったんだ。もし伝説のポケモンが言うことを聞いてくれなくても、そのエネルギーだけでも私達で使う事ができれば多くの人々を救えるとね」

 

「それで、ジラーチが欲しいと?」

 

バトラーの志は立派だ。

だが彼の声に篭る熱に何か嫌なものを感じたソラトは怪訝そうな表情をしながら問いかけた。

 

「あぁ、ジラーチの持つ千年彗星のエネルギーを活用できれば人類の更なる発展も夢ではない。是非私の研究所に来てもらいエネルギーを取り出させて欲しいんだ」

 

「おことわ―」

 

「駄目だよ!」

 

断ろうと口を開いたソラトの言葉を遮ったのはマサトだった。

ジラーチを両手で抱えて守るように抱きかかえており、バトラーを睨みつけている。

 

「マサト、何で駄目なんだ?」

 

「そうよマサト。バトラーさんの言ってることは別に悪い事じゃないと思うわよ?」

 

「でもそれってジラーチのエネルギーを吸い出しちゃうって事でしょ!? そしたらジラーチは1000年間眠りに着いちゃうんだ! そんなの嫌だよ!」

 

サトシとハルカはバトラーの言葉に疑問を持っておらず、拒絶の姿勢を見せるマサトに問いかける。

しかしマサトはジラーチのエネルギーが無くなるという事は即ちジラーチが眠りに着くことだと悟ったため絶対の拒絶を示していた。

 

「…バトラーさん、あなたの言っている事は一見立派に聞こえます」

 

「そうか。ならソラト君もマサト君を説得してくれないかい?」

 

「…でも、1つおかしい点がある」

 

ソラトも警戒していなければスルーしてしまったかもしれない、バトラーの会話の中にあった違和感。

牽制するように瞳を細めてバトラーを見るソラトに対して、バトラーはあくまで落ち着いた様子でコーヒーを飲み干した。

 

「…ほう? どこか変だったかな?」

 

「あなたの話の通りなら、エネルギーが取り出せるのなら他の伝説のポケモンでも良かった筈だ。なのにあなたはトクサネ宇宙研究所に所属している。つまり、宇宙や星に関する伝説のポケモンに狙いをつけているという事だ」

 

そう、バトラーの話に裏がなく全て本当ならば相手はジラーチに限定される事は無い。

ならばトクサネ宇宙研究所に所属する意味とは…。

 

「あなたが本当に必要なのは伝説のポケモンじゃなくて…ジラーチなんじゃないんですか? 千年彗星の莫大な力を秘めている、1000年に1度の唯一無二のポケモンを」

 

他の伝説のポケモンも様々な能力を持っているが、願いを叶えるという万能な能力があると言われているのはジラーチくらいのものだろう。

それだけで、ジラーチを狙う十分な理由になる。

 

「バトラーさん、ジラーチを欲する本当の理由は何ですか? …ん?」

 

正直に話すよう促したソラトだったが、バトラーの様子がおかしい事に気がつく。

バトラーは笑っていた。

くつくつと、堪えるようにしているがそれでも抑えきれていないようだ。

 

「ククク…! いやそうだね、本当の理由を話すとしよう。人々を救いたいと思っていたのは本当さ。だが人々は無理だと言った。そんなものは現実には不可能だと、幻想だと。私を嘲笑ったよ」

 

笑っているバトラーから狂気に似た感情を感じたのは、ソラトだけではなくサトシ達もだった。

先ほどまでは紳士的で礼儀正しく振舞っていたバトラーが突然豹変したように狂気を発しだした事で、サトシ達は全員驚きに体を硬くしてしまっている。

 

「確かに奴らの言うとおり、私1人の力ではどうする事もできない。だから私は決めたのさ。千年彗星の力を持つジラーチの力を使い、私が人々を支配すると! そして私を嘲笑った者達を見返してみせるとね!」

 

「バトラーさん、アンタ…!」

 

口調が早くなり、支配するという言葉と共にバトラーから明確な敵意を感じたソラトは咄嗟に立ち上がって腰のモンスターボールに手を伸ばす。だが事前に準備していたのだろう、バトラーの手には既にモンスターボールが握られていた。

 

「喋り過ぎたかな? サマヨール、シャドーパンチ!」

 

「サマッ!」

 

「ぐはっ!?」

 

ボールから繰り出されたサマヨールは机の上に立つと、ゴーストタイプの技、シャドーパンチを放ちソラトを吹き飛ばした。

ロビーに設置されていた椅子や机を巻き込んで吹き飛んだソラトは床に転がる。

完全な不意打ちを受けたソラトはシャドーパンチで殴られた腹を押さえながらどうにか立ち上がろうとしていた。

周囲にいた人々も何があったのかと驚きに目を見開きながらも巻き込まれないよう遠巻きに様子を伺っている。

 

「なっ、ソラト!? 何をするんだ! ピカチュウ、アイアンテール!」

 

「ピカ! ピカピッカ!」

 

「グラエナ、こちらもほのおのキバ」

 

「グラゥ!」

 

咄嗟にサマヨールへ反撃しようとしたサトシとピカチュウだったが、バトラーの傍に控えていたグラエナが飛び出してピカチュウのアイアンテールを灼熱の牙で受け止めた。

 

「なっ!?」

 

「そのまま投げ飛ばせ」

 

「グラッ!」

 

「ピカーッ!?」

 

空中でアイアンテールを受け止められてしまったピカチュウに対し、グラエナは机の上に着地すると振り回して勢いをつけるとピカチュウを投げ飛ばした。

ピカチュウは窓ガラスにぶつかり、パリーンと窓ガラスを破って外まで吹き飛ばされてしまった。

 

「ピカチュウ!」

 

「マサト、ジラーチを連れて逃げなさい!」

 

「うん! ジラーチ、行こう!」

 

『う、うん!』

 

「サマヨール、サイコキネシス!」

 

「サーマ」

 

マサトとジラーチに逃げるようハルカが告げるとマサトはジラーチを抱えたまま走り出そうとする。

だがバトラーの指示を受けたサマヨールがサイコパワーを発揮してサトシ、ハルカ、ソラト、マサトとジラーチを捕らえてしまう。

 

「う、動けない…!」

 

「く、ぅ…! モンスターボールに手が届けば…!」

 

「ぐ…! クソ…!」

 

サトシ、ハルカ、ソラトはバトラーに対抗いようとモンスターボールに手を伸ばそうとするが強力なサイコキネシスによって手を動かすこともできない。

このままではジラーチが奪われてしまうと思われたが、まだ仲間全員が捕まった訳ではなかった。

 

「ピカピ!」

 

先ほどグラエナに放り投げられてしまったピカチュウが割れた窓から駆け込んで戻ってきたのだ。

 

「何っ!?」

 

「ピカチュウ! よーし、サマヨールに10万ボルトだ!」

 

「ピーカーチュゥウウウウウウッ!」

 

「サママママッ!?」

 

今度はバトラー達が不意を突かれた形になり、電撃がサマヨールに直撃する。

突然攻撃を受けてしまったサマヨールはサイコキネシスを解いてしまい、それによってサトシ達は自由になる。

 

「よし、動ける! スイゲツ、バトルの時間だ!」

 

「ラグラ!」

 

サイコキネシスから解放されると、ソラトはいの一番にボールからスイゲツを繰り出してバトラーに立ち向かう。

 

「クッ、グラエナ! バークアウト!」

 

「グラァアアアアアッ!」

 

「スイゲツ、マッドショット!」

 

「ラガァ!」

 

捕らえたと思った相手に逃げられ、忌々しそうな表情をするバトラーはジラーチを奪うために、ソラトはそれを阻止するため、それぞれポケモンに指示を下す。

グラエナの悪の力が込められた音波が、スイゲツの放った泥の弾丸を受けて掻き消される。

 

「サトシ、ハルカ! 今の内にマサトとジラーチを連れて逃げろ!」

 

「ああ!」

 

「分かったわ! マサト、行くわよ!」

 

「うん!」

 

ソラトがバトラーを足止めしている間にサトシ達はジラーチを連れてポケモンセンターから飛び出した。

このままフィレンタウンのジュンサーさんに通報してもいいし、バトラーからできるだけ距離を稼いでもいいだろう。

そう思っていたが、ポケモンセンターを出てすぐ目の前の道路に凄まじいスピードで飛ばしてきた車が急ブレーキをかけて止まった。

 

「な、何だ!?」

 

運転席の窓が開くと、そこに乗っていたのはダイアンだった。

どうやらバトルの最中に先回りされていたらしい。

 

「あなたは…!」

 

「くそっ、先回りされてたのか! ピカチュウ!」

 

「ピカ!」

 

先ほどバトラーと共にいた助手であるためダイアンもジラーチを狙っているのだろうとバトルの姿勢になるサトシとピカチュウだったが、突然車の後部座席のドアが開かれる。

 

「乗って! バトラーから逃げるんでしょう!?」

 

「えっ!?」

 

しかしダイアンの口から出たのはサトシ達の予想とは逆の言葉だった。

 

「ど、どうするのサトシ!?」

 

「どうするって言われたって…」

 

「サマヨール、シャドーボール! グラエナ、はかいこうせん!」

 

「サマーッ!」

 

「グラァアアアアッ!」

 

ダイアンが敵か味方か分からずどうすればいいか戸惑っていると、ポケモンセンター側からサマヨールとグラエナの追撃が入る。

 

「スイゲツ、まもる!」

 

「ラグ!」

 

攻撃の間にスイゲツが割り込みまもるを使って攻撃を防ぐが、ドカン!と大きな爆発音が響き渡る。

どうにか攻撃を凌いだが、このままバトラーから激しい追撃を受けていては危険である。

 

「く…! 分かった、乗るよ!」

 

「ええっ!? いいのサトシ!?」

 

「今はこの場所を離れるのが先決だ! マサト、ジラーチ、乗るんだ!」

 

「う、うん!」

 

結局サトシの判断によりダイアンの車にサトシ達は急いで乗り込むと、車のドアが閉められて急速発進する。

その様子を見ていたバトラーはどこか悟ったような雰囲気を纏ながら目を伏せた。

 

「…ダイアン、やはり裏切ったか」

 

誰に言うでもなく、バトラーはそう呟いた。

それを聞いたソラトは先ほどのサトシ達の行動が間違いではないと分かり内心胸を撫で下ろしていた。

 

「と言う事は、ダイアンさんのあの行動は信用しても良いって事か?」

 

「ああ、彼女は私の助手でもあり、幼馴染でもあったのだが…結局信じられるのは自分だけと言う事だな。サマヨール、シャドーパンチ! グラエナ、たいあたり!」

 

「サマッ!」

 

「グラーッ!」

 

「スイゲツ、たきのぼり!」

 

「ラグラァ!」

 

「サマッ!?」

 

「グラウァ!?」

 

サマヨールとグラエナの同時攻撃だったが、それを物ともせずスイゲツは真正面から2体を吹き飛ばす。

2体とも戦闘不能になり、地面に倒れるとバトラーは特に慌てた様子も無く2体をボールへと戻した。

 

「終わりだ、バトラー」

 

「それはどうかな?」

 

3つ目のモンスターボールを開けたバトラー。中から出てきたのはラルトスの進化系、かんじょうポケモンのキルリアだった。

このまま再度バトルの姿勢に入ると思いきや、バトラーはソラトに背を向けた。

 

「ジラーチは必ず私が頂く。千年彗星が消えるまでに、再び会いまみえよう。キルリア、テレポート」

 

「キルッ」

 

キルリアのテレポートにより、バトラーとキルリアの姿はその場から掻き消えてしまった。

どうにかバトラーを退ける事ができたソラトだったが、どうやらこの先まだまだ狙われる事になりそうだと溜息を吐いてしまった。

マサトにはサトシとハルカがついているから大丈夫だろうと、この場の収拾をつけるためにジョーイさんに話をしに向かうのだった。

 

 

 

同じ頃、ダイアンの運転する車でフィレンタウンの道路を走り街の外へと出たサトシ達。

バトラーからの追撃も無い事を確認して落ち着いた頃に、ハルカはダイアンに疑問をぶつけた。

 

「あのダイアンさん、どうして私達を助けてくれたんですか?」

 

「…昔は本当にただ人々を助けたかっただけだった。でも心無い人達からの中傷で傷ついた彼は変わってしまったの。彼を助けたい。正しい方法で」

 

つまり、昔はバトラーの願いも純粋なものだったが彼は傷つき変わってしまい、目的が支配となってしまった。

だが幼馴染で昔のバトラーを知るダイアンは昔の優しい彼に戻って欲しかった。

そのためにも、彼女はサトシ達を助けて逃げ出したのである。

 

「ダイアンさん、どこへ向かっているんですか?」

 

「ひとまずバトラーと距離を稼ぐわ。千年彗星が見えなくなる頃にはジラーチは眠りにつくから、そうなればバトラーの野望は潰えるわ」

 

つまりタイムリミットまで逃げ続けるという事だろう。

確かにジラーチが眠り繭になってしまえば願いを叶えることも、千年彗星のエネルギーを使う事もできない。

それまでジラーチを守り続けるのが1番だろう。

 

「分かりました。マサト、ジラーチを頼んだぜ」

 

「うん。大丈夫だよジラーチ、絶対守ってみせるから」

 

『マサト…』

 

サトシ達も勿論ジラーチを守るが、何かがあった時の最後の砦は恐らくマサトになるだろう。

それを悟ったサトシはマサトにジラーチを託す証明のためにそう声をかけた。

決意した表情のマサトもジラーチを安心させるために笑いながらジラーチに必ず守ると誓い、ジラーチもそれを信じてマサトに身を委ねた。

 

そして車の窓からフィレンタウンのあった方へと視線を向けるハルカの瞳にも不安の色があった。

 

「お兄ちゃん、大丈夫かしら…」

 

足止めのためにポケモンセンターに残りバトラーに立ち向かったソラト。

ソラトが強いのは分かっているが、それでもあの場に1人残してきてしまった事を心配するハルカの表情は明るいとは言えなかった。

 

「なーに、ソラトなら大丈夫さ。すぐに追いついて来るって」

 

そんなハルカをサトシは元気付けようとする。

本心からソラトなら大丈夫だと思っている事もあるが、こういった時にサトシの前向きな性格はムードメーカーとして優秀と言えるだろう。

 

「そうね、一先ずフィレンタウンを離れて北上するわ。バトラーが追いつくのができるだけ遅くなるように、飛ばしましょう! しっかり掴まって!」

 

「「「『わあああっ!?』」」」

 

「ピィカー!?」

 

ダイアンの合図と共に車は更に加速してスピードを上げると草原に広がる街道を進んでいく。

うっすらと空に見える千年彗星に向かって、追いすがるように、祈るように…。

 

 

 

 

 

そしてその夜。千年彗星が現れてから3日目。

サトシ達はダイアンに連れられ、ジラーチを守りながら移動し、野宿をするために焚き火を囲んでいた。

食事を作れるソラトがいないため、夕食は持っていた非常用の缶詰くらいになってしまい、最近はソラトの美味しい晩御飯ばかりだったためたった一晩だというのにソラトが恋しくなってしまっていた。

 

「はぁ~、缶詰って味気ないかも」

 

「まあたまにはいいじゃん。それより、マサトのやつどうしたんだ?」

 

先ほどからマサトは焚き火から少し離れた場所で、眠っているジラーチと一緒に座り込んで空を、千年彗星を見上げていた。

 

「…私が聞いてくるわ」

 

姉として弟の様子が気になるのだろう、ハルカは缶詰を置くとマサトの下へと歩み寄った。

マサトの横に腰を降ろすと、一緒に千年彗星を見上げる。

 

「相変わらず綺麗よね」

 

「…」

 

「…マサト、どうかしたの?」

 

そう尋ねたハルカの目に映ったのは、ジワリと目に涙を浮かべたマサトだった。

 

「だっで…千年彗星が消えだらジラーチがまた消えぢゃうんでしょ…!」

 

泣きながら涙声でそういうマサト。

バトラーから逃げる際にジラーチが眠りに着くまで守るという事を、ジラーチとの別れになると強く感じてしまったのだろう。

既にパートナーと言っていいほどの仲の良い2人の仲を引き裂いてしまう、避けられない宿命は刻一刻と迫っているのだ。

 

「僕…僕…! ジラーチと別れたくないよ…! ずっと一緒に居たいよ!」

 

「マサト…」

 

紛れもないマサトの本心。

いやマサトだけではない。サトシだってピカチュウと別れるのは絶対に嫌がるだろうし、ハルカだって最初のパートナーであるアチャモとは別れるのは嫌だろう。

だからハルカも言葉選びに迷ってしまう。

目の前の弟にどう声を掛けたらいいものか、迷ってしまい上手く言葉にできないハルカ。

どうすればいいのか。こんな時、ソラトなら―

 

「…マサト、きっと私達は出会いと別れを繰り返しているのよ。出会いがあれば、別れもある」

 

「出会いと別れを…?」

 

「えぇ、きっと…私もいつかポケモン達と別れる事が来ると思うわ。いつになるかは分からないけれど、きっといつか…」

 

たとえどんなに仲の良い人とポケモンでも、いつかは別れる時が来る。

時には何らかの事情で交換したり、逃がしたり……そして死別したり。

 

「でも、別れる事を怖がってたら出会う事なんてできないわ。だから、恐れないでマサト。別れるその瞬間まで、ジラーチと一緒にいる事を楽しんで」

 

「別れるその瞬間まで…」

 

誰もが別れるその時を意識している訳ではないが、それでもいつかはやって来る。

でも、その瞬間が来るまでは。

 

今の言葉に何か思うところがあったのか、マサトはギュッとジラーチを抱きしめた。

そんなマサトの様子を見て一先ずはなんとかなったと思ったハルカは安心し、再び空を見上げた。

そして空の向こうから何かが飛んでくるのが見えた。

遠目では何かは分からなかったが、徐々に近づいてくるとそれが赤と白のポケモンだと分かり、その背中に誰が乗っているのかも見えた。

 

「お兄ちゃーん!」

 

そう、ラティアスの背中に乗ったソラトがハルカ達に追いついてきたのだ。

ハルカの声でソラトが追いついてきたと知ったサトシ達もハルカの元へと来ると、目を輝かせた。

そしてラティアスは高度を下げると地面に降り、サトシ達と合流した。

 

「ソラト、無事だったんだな!」

 

「あぁ、どうにかな」

 

「お兄ちゃん、バトラーさんはどうなったの?」

 

「逃げられた。あの様子だとまた仕掛けてきそうだったが…」

 

「やっぱり諦めないのね、バトラー…」

 

ジラーチを捕らえるのがバトラーの長年の夢であり、野望であった。

諦めてくれれば幸いだったのだが、バトラーをよく知るダイアンだからこそ簡単には諦めてはくれないというのは分かっていた。

 

「ムゲン、お連れ様。戻ってくれ」

 

「クーキュウ」

 

ムゲンと名づけられたラティアスをボールに戻すと、ソラトは焚き火の傍に座り込んで落ち着いた。

 

「とりあえず、向こうも拠点に戻っただろうしすぐには来ないだろ。一先ずは休んで…それからまた逃げるとしよう」

 

「うん…ジラーチ、きっとキミを守ってみせるからね」

 

ソラトが行動方針を決めると、マサトは改めてジラーチを守ると決意を固めた。

千年彗星が消えるまで、後4日。

 

 

 

翌日からサトシ達はダイアンの運転する車に乗り、バトラーから距離を稼ぐようにして逃亡を開始した。

だが予想に反してバトラーは何もして来なかった。

不気味なほど静かに時間が経過していき、千年彗星が消えるまで3日、2日、1日と…。

 

その間、マサトとジラーチはお互いから決して離れようとしなかった。

1000年に7日だけ。この残された時間を噛み締めるように。

 

 

 

そして千年彗星が消える夜。ジラーチが再び眠りに着くこの夜。

サトシ達はバトラーから逃げ続け、とある森でキャンプをして落ち着いていた。

空を見上げれば、あれほど輝いていた千年彗星は少しずつ薄くなってしまっている。

もう後数時間もすれば千年彗星は見えなくなってしまい、ジラーチも再び眠り繭になって永い永い眠りに入ることだろう。

 

「千年彗星も今日が最後か…」

 

サトシが空の千年彗星を見上げてそう呟くと、マサトとジラーチはお互いを見つめてギュッと抱きしめあった。

 

「ジラーチ、1000年後になっても…僕の事忘れないでね…!」

 

『うん、絶対に忘れないよ』

 

千年彗星が消えるまで、残り数時間。

サトシ達は慈しむような瞳で最後の時を過ごすマサトとジラーチを見守っていた。

 

「でも、結局バトラーさんは何もしてこなかったわね」

 

「きっと俺達に追いつけなかったんだよ。ダイアンさんが飛ばしてくれたからな!」

 

「ピカピカチュウ!」

 

ここ数日でバトラーが何もしてこなかったという事もあり、サトシもピカチュウもハルカもすっかり気を抜いてしまっているらしい。

だがバトラーをよく知るダイアンと、出会った際にバトラーの言動を見ていたソラトは厳しい表情をしている。

 

「いや、どうだろうな…あの様子からしてこのまま何も無く終わるというのは考え難いが…」

 

「えぇ、バトラーは用意周到だから油断はできないわ。最後まで気を抜かずに―」

 

ダイアンが言い切る前に、サトシ達の傍にあった茂みがガサリと揺れる。

まさかバトラーがやって来たのかと思ったサトシ達は一気に警戒する。

マサトはジラーチを抱きかかえ、そのマサトを庇うようにサトシとハルカが前に立ち、茂みを動かした何者かに立ち向かうためにソラトが最前線に出てボールを構える。

 

「…誰だ」

 

ソラトが森の闇に潜む存在にそう問いかけると、再び茂みがガサガサと揺れる。

茂みの揺れる動作が大きくなり、何者かがすぐ傍まで来ていると察知したソラトは迎え撃つためにボールを投げようとした瞬間、大きな影が茂みから飛び出した。

 

「アブル…!」

 

茂みを揺らした正体はアブソルだった。その上なんと口には額縁に収まった絵画を咥えていた。

紛れも無くフィレンタウンの美術館を襲ったあのアブソルである。

 

「あのアブソルは…!」

 

「美術館で僕たちが見ていた絵画を盗んだアブソルだよ!」

 

「おま…えは…!?」

 

思わぬ再会に驚きサトシ達は目を見開くが、ソラトは別の意味で驚いていた。

その理由は…

 

「ヴィラン…!? やっぱりヴィランか!」

 

「ヴィラン…って何だソラト?」

 

「俺のオヤジの手持ちのポケモンだ! アブソルのヴィラン!」

 

「「「ええっ!?」」」

 

そう、このアブソルこそソラトの父親であるアラシの手持ちのポケモンの1体にして、子供の頃にはソラトの遊び相手にもなった…家族にも等しいポケモン、ヴィランである。

まさかフィレンタウンで出会ったあのアブソルがアラシの手持ちのポケモンだとは思わず、サトシ達も驚く。

 

「ヴィラン、お前がいるって事はオヤジも近くにいるのか!?」

 

「アブルルル…」

 

そしてヴィランはゆっくりとした足取りでソラトに近づくと咥えていた絵画をソラトの傍に落とした。

まるでこの絵画を見ろとソラトへ告げるように。

意図を察したソラトは怪訝そうな顔をしながらもヴィランが落とした絵画を拾うとその絵を見るものの、別段変わった様子は無い。

 

「…この絵がどうしたんだ?」

 

「アブルッ」

 

疑問を問うソラトに対して、ヴィランは役目は終えたとばかりに即座に踵を返して森の闇の中へと去っていった。

 

「あっ!? 待てヴィラン!」

 

ようやく見つけたアラシへの手がかりが即座に消えてしまうものの易々と見逃す手は無い。

ヴィランを追いかけるようにソラトは絵画を持ったまま森の奥へと駆け出した。

 

「お、おいソラト!」

 

サトシが引きとめようとするものの、今のソラトには何も聞こえていない様子でそのままソラトは行ってしまった。

 

「行っちゃった…」

 

「どうしましょう、ダイアンさん」

 

「そうね…ここでソラト君を追ってバラバラになるのも良くないし、私達はこのままここで待機していましょう」

 

「分かりました」

 

突然ソラトが居なくなってしまったため、1番の年長者であるダイアンにどうするか尋ねるサトシだったが、無難にソラトが戻るまでこの場で待機する事になったのであった。

 

一方でヴィランを追いかけるソラトは視界の悪い森を走り続ける。

いくら暗くて見通しが悪いと言ってもアブソルは真っ白な体毛のため夜の闇の中でも薄っすらと見えるためどうにか喰らいついていた。

 

「ハァ…ハァ…! くそっ!」

 

走りながらソラトは思考していた。アブソルの俊足ならば、幾ら運動能力が高いとは言え人間のソラトを突き放す事くらい余裕である筈。

だと言うのに完全に振り切らないという事は、ヴィランには何か狙いがあるようだ。

例えば、ソラトをどこかへと導いているような―

 

「はっ!?」

 

そして気がつけば、森の中にある木の生えていない広場までやって来てしまっていた。

広場の中央に佇むヴィランはソラトを見据えていた。

 

「ヴィラン…こんな所でどうして…」

 

息を整えながらソラトはヴィランに近寄ろうとすると、突然どこからともなく、周囲に声が響き渡った。

 

『相変わらずみてぇだな、クソガキ』

 

「っ!?」

 

忘れもしない、この声。

ソラトにとっては5年ぶりにもなる通りの良い低い男性の声。

腹の底から湧き出る怒りの感情を抑えて、ソラトは僅かに震える声で返答する。

 

「そう言うアンタも変わっていないみたいだな。コソコソ隠れてないで出てきたらどうだ、クソオヤジ!」

 

そう、この響く声の正体はソラトの父、アラシのものである。

森の中だというのに響くような声でどこにいるのか分からないが、近くにいるのは間違いがないためソラトは全神経を集中してアラシの姿を探す。

 

『嫌だよメンドくせぇ。俺だってヴィランがどーしてもっつーから来てやっただけだ』

 

「何だと…?」

 

『ヴィランがお前に渡した絵だよ』

 

「この絵が何だって言うんだ…ただの絵だろ!」

 

別段変わりの無いただの絵を渡すためにヴィランがアラシを引っ張ってここまで来たというのは分かったが、詳しい事情が見えてこない。

姿の見えないアラシはソラトの言葉を聞いて心底面倒臭そうに溜息を吐いた。

 

『持ち主が大切にしたり、何か強い思い入れを込めて作られた物にゃ喩え無機物だろうが波動が宿る』

 

「何…!?」

 

『波動くらい使えるだろ? その絵の波動に同調して読み取ってみろ。それが答えだ』

 

「……」

 

アラシの言うとおりにするのは癪だったが、ソラトが目を閉じて集中すると確かに絵画には独特の強い波動が込められていた。

そして同調する。

カイナシティでザンゲツにした事と同じく、波動を同調させて深層へ潜り込み過去を視る。

 

そこでソラトが見た光景は―

 

「なっ!?」

 

周囲は炎に包まれ、空からは無数の燃え上がる大きな岩が落ちてきている。

人も自然もポケモンも、万物を等しく破壊するこの光景は正に災厄。

 

「何が…起きて…」

 

訳も分からず驚く事しかできないソラトだったが、空の上から強い光が放たれているのに気がつき空を見ると、そこには…

 

「ジラーチ…」

 

眠るように目を閉じたまま宙に浮かぶジラーチだったが、ソラトの知るジラーチとは1つ違う箇所があった。

それはジラーチのお腹にある大きな1つ目。

ギョロリとソラトを射抜くように見つめるその瞳からは、何か強大な力を感じていた。

 

「ジラーチ!」

 

するとソラトの後ろからジラーチの元に駆け寄るようにして少年が現れた。

顔はよく見えないが、背は低く服装は古い民族が着るような古びたものである。

 

「ジラーチ、やめて! 僕が、僕が悪かったんだ…! こんな事になるなんて思ってなくて…!」

 

『私は汝の願いを聞き届けただけ。皆いなくなってしまえばいいという願いを』

 

「確かにそう願ってしまった…! キミの力を利用しようとする大人たちが嫌になって…思わずそう叫んでしまったんだ…! でもこんなの、こんなの違うよ!」

 

どうやらこの少年がジラーチに願ったことが原因でこの災厄が起きてしまったようだった。

そしてこうしている間にも空から降り注ぐ星が地に落ちて人々とポケモンの悲鳴が聞こえた。

 

『違う、とは? 汝の願いの通りであろう』

 

「こんな、他の人やポケモンも巻き込むような事…僕は望んでないよッ!」

 

『第3の瞳が開かれる時、はめつのねがいは叶えられる。それが定め』

 

「…なら、もう1度だけキミに願う! お願いだ、どうか―!」

 

どこか近くで星が落ち、光が広がる。

その光から逃れるためにソラトは腕で目を覆うと共に、弾かれるようにしてソラトは尻餅を着いて倒れた。

 

そして気がつけば先ほどの災厄の光景は消えており、静かな夜の森へと戻ってきていた。

 

「今の光景は…」

 

『どうやら見えたみてぇだな。その絵は1000年前にとある場所で起きた実際の事。災厄を生き抜いたある人物によって書かれた絵だ』

 

「…この光景を俺に見せて、何のつもりだ」

 

『ジラーチはパートナーになる少年がいて初めて目覚める。千年彗星の力を秘めるジラーチだがその力に善悪の分別はねぇ。つまり力の使い方はパートナーの少年次第って事だ』

 

つまり今の…あのジラーチの力の使い方はマサト次第と言う事になる。

それを察したソラトは立ち上がって振り返り、マサト達がいるであろう方へ向いた。

空を見れば、マサト達がいるだろう場所の上空に、大きな飛行要塞のような物が浮かんでいた。

 

「あれは…!?」

 

『オメーが見た光景も大昔にジラーチの力を奪い合おうとした奴らが原因だ。今回は、どうだろうな?』

 

「…くそっ!」

 

近くにアラシがいると思うと歯噛みするほど悔しいが、マサト達を放っておくこともできない。

ソラトは後ろ髪を引かれる思いを振り払ってキャンプ地へと駆け出した。

誰も居なくなった広場に、ガサガサと草木を掻き分けてアラシがやって来ると、ヴィランはアラシの傍へと歩み寄った。

 

「後はクソガキ次第だが…まぁ保険くらいはかけとくか。行け」

 

アラシの言葉と共にアラシの影から何か小さなものが飛び出すと夜の闇の中を駆けてソラトを追った。

 

「さぁて、行くとするか。来いヴィラン」

 

「アブッ」

 

そしてもう興味は無いとばかりにアラシはヴィランを連れ、ソラトとは逆方向へと足を進めるのであった…。

 

 

 

ソラトがヴィランを追いかけた後のサトシ達はその場で時間が過ぎるのを待っていた。

このまま時間が過ぎてくれれば何も問題無かったのだが、それは突然現れた。

静かな夜の森に突然強い風が吹いた。

 

「ピカ? ピ?」

 

「何だろう、突然風が強くなったような…」

 

「これは…自然の風じゃないわ…。あれはっ!?」

 

不自然な風に皆が反応し、風の吹いてきた空を見上げると、空の彼方から黒い大きな空中要塞が迫って来ていた。

 

「な、何あれ~!?」

 

「もしかして、バトラーが追って来たんじゃ!?」

 

「そんな…!? あんな飛行要塞をどこから…!?」

 

ダイアンの記憶ではバトラーはあんな飛行要塞は持っていなかった筈である。

しかしここで驚いている訳にはいかない。もう数時間しか時間は無いのだからどうにか逃げ切らなくてはならない。

 

「皆、すぐに車に乗って! 逃げるわよ!」

 

「で、でもお兄ちゃんが!」

 

「ソラトなら後から追いついてくるさ! 行こう皆!」

 

先ほどヴィランを追っていってしまったソラトが居ないが、前のように後から追いついてこれるだろうと判断したサトシ達は急いで車に乗り込んで移動を開始した。

アクセル全開で車を飛ばすダイアンだったが、空中を高速で飛行する空中要塞には敵わずどんどん詰められていく。

 

「くっ…このままじゃ…!」

 

「真上につかれたよ!」

 

そして空中要塞はダイアン達の車の真上に位置取り、そのまま高度を下げていく。

更に空中要塞は下部にあるハッチを開くと車を納めてしまった。

 

「くそっ、これじゃあ…!」

 

「逃げられないかも!」

 

ハッチが閉じられて要塞内に閉じ込められてしまい、サトシ達は捕まってしまった。

サトシ達を捕らえた空中要塞は再び高度を上げて空中へと飛ぶ。

 

「ど、どうするの…?」

 

「とにかく、ジラーチを守らないと!」

 

「ええ、大きい要塞だからマサト君とジラーチだけでも隠せればいいのだけれど…」

 

サトシ達は車から降りて周囲を確認するが、どうやらここは密室になっているらしく逃げられそうな場所は無かった。

 

「駄目…これじゃ逃げられないわ…」

 

『マサト…』

 

「大丈夫だよジラーチ。僕の傍から離れないで」

 

捕まってしまい弱気になってしまうハルカの言葉に不安そうにするジラーチだったが、マサトはジラーチを不安にさせまいと気丈に振舞う。

そしてサトシ達が閉じ込められている部屋の大きな扉が開くと、そこからバトラーとサマヨールが姿を現した。

 

「バトラー!」

 

「君達はよく逃げたが…残念だがここまでだ。さぁ、ジラーチを此方へ」

 

「嫌だ! 絶対にジラーチを渡すもんか!」

 

ジラーチを抱きかかえて拒否の姿勢を見せるマサトにバトラーは意外にもフッと優しそうに微笑むと、サマヨールを前に出した。

だがマサトに手出しをさせないと、サトシとピカチュウ、ハルカ、ダイアンがバトラーに立ち塞がる。

 

「ジラーチは渡さな―」

 

「サマヨール、サイコキネシス」

 

「サマ!」

 

だがサトシ達が行動を起こす前にサマヨールがサイコキネシスを発動し、サイコパワーで動きを封じてしまう。

 

「ぐぎぎ…! こ、こんなの気合で…!」

 

「無駄だ。サマヨール、彼らを閉じ込めるんだ」

 

「サマヨッ」

 

そのままサイコパワーで宙を浮かび部屋の外へ連れ出すと、用意してあった移動させれる檻へと放り込んだ。

檻に閉じ込められてしまったサトシだが、ただ捕まっている訳にもいかない。

 

「く、こんな檻! ピカチュウ、アイアンテールだ!」

 

「ピカ! ピカピッカ!」

 

アイアンテールで檻の鉄格子を破壊しようと試みるものの、硬い音が響くだけで檻は壊れる様子は無かった。

 

「ピカッ!?」

 

「硬い…!」

 

「君達はそこで大人しくしていたまえ」

 

「バトラー、こんな要塞をいつの間に…」

 

「ダイアン、君が裏切るのは予想がついていた。だから君に隠してこの要塞を用意していたのだよ」

 

サトシ達を無力化したのを確認したバトラーは残されたマサトとジラーチに向き直り少しずつ近づいていく。

逃げ場も無く、ジラーチを守るように抱きしめるマサトに対し、バトラーは更にサマヨールに指示を出す。

 

「サマヨール、ジラーチを引き離せ。サイコキネシス」

 

「サマ」

 

「うわぁっ!」

 

『マサト!』

 

再びサイコパワーでマサトとジラーチを捕らえて互いを引き剥がそうとするものの、全力で互いに抱きついている2人は中々引き離せない。

 

「ジラーチ、離さないで!」

 

『ぐ、ぐううううっ!』

 

「…まぁいい。サマヨール、2人をそのまま連れてくるんだ」

 

「サマッ!」

 

2人を引き離すのを面倒だと思ったバトラーはそのままサマヨールに2人を運ばせる事にした。

サトシ達を閉じ込めている檻も動かし、要塞のエレベータに乗せる。

そしてエレベーターで要塞の最上階に到着すると、そこは要塞の外。

要塞上部にはこれから使われるのであろうサトシ達ではよく分からない装置が設置されており、サマヨールはその装置の中心にマサトとジラーチを置いた。

更にマサトとジラーチを逃がさないように、透明のドーム状のカプセルを出現させて2人を閉じ込めた。

 

「何をするつもりなんだ!」

 

「ジラーチの中にある千年彗星のパワーを取り出すのさ。そのパワーさえ頂ければジラーチには用は無い」

 

「そんな…やめろっ! 僕たちを出せっ!」

 

カプセルを叩いて抜け出そうとするものの、カプセルはビクともしない。

その間にバトラーは装置を操作して作業を進めようとしている。

 

「もうすぐだ…もうすぐ私の野望が叶う…!」

 

「やめろっ! ジラーチの力はそんな事に使うためにあるんじゃない!」

 

「そうよ! そんな事のために、1000年に1度目覚めるわけじゃないわ!」

 

「もうやめてバトラー! 千年彗星の力を得ても、あなたの願いは叶わないわ! 昔の純粋な頃のあなたの願いを思い出して!」

 

檻の中からバトラーを説得しようとサトシ達も声をかけるが、バトラーの手は止まらない。

そして後もう少しでジラーチからエネルギーを取り出す準備を整えられるという所まで来た。

 

「ククク…これで、私の願いは届く―」

 

「サボネア、ミサイルばりだ!」

 

「サーボネッ!」

 

「っ!? サマヨール、シャドーボール!」

 

「サーマッ!」

 

だがその直前、空の向こうからミサイルばりが飛来し、素早くそれに反応したバトラーはサマヨールに迎撃させてそれを撃ち落とした。

空を見上げれば、そこにはロケット団のニャース型の気球が浮かんでいる。

 

「貴様等…邪魔をするつもりか」

 

「貴様等…邪魔をするつもりかと聞かれたら」

 

「答えてあげるが世の―」

 

「サマヨール、シャドーボール!」

 

気球に乗っていたロケット団がいつもの如く口上を述べようとするが、バトラーには関係の無い事。

不意打ちのシャドーボールはニャース型気球に命中すると、ドカンと爆発して気球は撃ち落とされ、ムサシ、コジロウ、ニャースの3人も要塞へと落ちてきた。

 

「「「ぎゃああああああっ!? ぶへぇっ!」」」

 

「もうあと少しで私の野望が叶うのだ。邪魔をするな」

 

無様に落下してきたロケット団を冷たい瞳で見つめるバトラーに対し、ロケット団はどうにか無事だったらしくのそのそと起き上がる。

 

「ぐぬぬ~! 口上の途中で攻撃するとは卑怯なヤツめ!」

 

「ロケット団、お前ら何しに来たんだ!」

 

「知れた事ニャ! ジラーチをゲットしてその力をニャー達の世界征服に利用してやるのニャ!」

 

「こうなったら力ずくでジラーチを奪うわよ!」

 

突然現れたロケット団に対し、サトシも敵意を隠さずに問い掛けるが、予想通りと言えば予想通りの回答。

この場はサトシ達とバトラーとロケット団の三つ巴の戦いになったのだ。

 

「行くのよハブネーク!」

 

「やれ、サボネア!」

 

「ハッブネーク!」

 

「サボサボ!」

 

「サマヨール、迎え撃て」

 

「サマ!」

 

ムサシとコジロウの繰り出すハブネークとサボネアを、バトラーのサマヨールが迎え撃つ。

 

「もうやめてよっ!」

 

だが両者がぶつかり合う前に、閉じ込められているマサトがそう叫んだ。

突然の叫びに思わずバトラーもロケット団も動きを止めてマサトを見ると、マサトの瞳からは涙が溢れていた。

そして吐露する。マサトが抱えていたジラーチへの想いと周囲への不満を。

 

「ジラーチの力を利用するって…! さっきから皆ジラーチの力の事ばっかりじゃないか!」

 

『マサト…』

 

「サトシ達だって、ジラーチの力の事を話してた! ジラーチは僕のパートナーなのに…!」

 

ジラーチは自分のパートナーなのに。千年彗星のエネルギーばかり付け狙い、願いを叶えるという力ばかりに狙う。

マサトの胸中は様々な感情でぐちゃぐちゃだった。

でも1つだけハッキリしている事があった。

 

「そんな人達なんて…ジラーチの事をただの力としか見ていない人なんて…皆―」

 

そこへ夜の空から、ラティアスのムゲンに乗ったソラトが高速で飛来してくる。

詳しい事情は分かっていないがマサトが泣きながら何か胸中の想いを吐き出そうとしている事を、波動から察知していた。

先ほど絵画から読み取った波動で見たあの光景を繰り返さないように、ソラトは腹の底から叫んだ。

 

「やめろマサトーッ! 願うなぁああああああああああああああああっ!!」

 

「皆いなくなっちゃえぇえええええええええええええっ!!」

 

そして、第三の瞳は開かれた。

 

 

 

to be continued...




皆さんはミュウツーの逆襲evolution見に行きますか?
私はもちろん見に行きますよ。かつて映画館でミュウツーの逆襲を見た者としては見ないわけにはいきませんからね!

後私、新作ポケモンはソードを予約しました。
サイトウちゃんが可愛かったので!

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