こんな小説を待っていてくれた方も、初めて見ていただける方も、お待たせ致しました。
再びポケモンを描くために戻ってまいりました。
ムロ島でポケモン修行を始めたサトシ達。
先日クチートとヘイガニを新たな仲間に加えたサトシは、ここ数日間ソラトに教わった修行法でメキメキとバトルの腕を上げていた!
今日も今日とて、ムロ島のビーチで修行に明け暮れていた。
「ピーカーチュゥウウウウ!」
「来るぞキモリ! ジャンプして避けろ!」
「キャモ!」
ピカチュウの放つ10万ボルトをジャンプして回避するキモリだが、空中には既に迎撃の用意をしたスバメが居た。
スバメはつばさでうつを使いジャンプしたキモリを迎え撃つ。
「スバ!」
「キモリ、尻尾で受け止めろ!」
「キャ! モッ!」
「ヘイヘーイ!」
尻尾を盾にしてつばさでうつを受け止めたキモリはクルリと回転して着地して攻撃を凌いだ。
だがそれを待っていたと言わんばかりにクラブハンマーをヘイガニが放つ。
「でんこうせっか!」
「キャモッ!」
「ヘ!? ヘイー!?」
だが易々とそうさせるサトシとキモリではない。
ヘイガニが間合いを詰めきる前にキモリのでんこうせっかにより一気に距離が詰められ、ヘイガニのクラブハンマーを振り下ろす前にキモリのでんこうせっかが決まる。
だがその隙を見てピカチュウがジャンプして跳び上がり、尻尾にパワーを集中してアイアンテールを放つ。
「ピカピッカ!」
「キャモー!?」
でんこうせっかを決めた隙を突かれて避ける事もができず、キモリはアイアンテールをまともに受けてしまう。
「スバー!」
「キャモモ!?」
更にキモリの背後に空中から回りこんだスバメのつつく攻撃が決まり、こうかばつぐんの攻撃によりキモリは大きなダメージを受ける。
「キャ、モ…!」
「キモリ! あっ、ヘイガニが来るぞキモリ! エナジーボールで撃ち落とせ!」
「ヘーイガッ!」
「キャーモッ!」
ヘイガニがハサミを開いてバブルこうせんを放ち泡の弾丸がキモリに迫る。
だがキモリはサトシの指示で咄嗟にエナジーボールを放ってバブルこうせんを相殺する。
技がぶつかり合い相殺されて土煙が舞い上がると、ポケモン達はそれぞれ距離を取って様子見の状態に入る。
「よし、そこまでっ!」
そして横から監督として修行を見ていたソラトから終了の合図が入り、バトルを終わらせる。
1体側だったキモリはとサトシはフゥと息を吐いて漸く落ち着いた。
まだこの修行に慣れておらず、元々熱くなりやすい性質のサトシでは、この修行でポケモン達に無理をさせて怪我をさせる可能性もあるため、ソラトが終了の合図をかける事になっていたのだ。
「お疲れ様キモリ。いいバトルだったぜ」
「キャモ」
「ピカチュウ、スバメ、ヘイガニもお疲れ様。ありがとな!」
「ピカピッカ」
「スバー」
「ヘイヘーイ」
サトシは一旦修行を終えると、疲れているポケモン達を休ませるためにモンスターボールにした。
傍で修行の様子を見ていたマサトがサトシに駆け寄り、興奮した様子で話しかける。
「イイ感じだったねサトシ! もうトウキさんにリベンジしてもいいんじゃない!?」
「サンキュー、マサト。でもまだまだ…このくらいで満足してちゃトウキさんには勝てないよ」
ここ数日間この修行法でサトシとポケモン達のバトルの腕はかなり上がったが、それに満足せずにサトシは更に自分を磨こうとする向上心を持っていた。
「その向上心は良いことだぜサトシ。それがお前をもっともっと強くするんだ」
「へへっ、ありがとなソラト!」
目標と定めたソラトから褒められて嬉しそうに頬を掻くサトシにソラトも思わず頬を緩めた。
と、そこでサトシはこの場にハルカが居ないことに気がついた。
「あれ? そういえばハルカは?」
「お姉ちゃんならさっき林の方を散歩してくるって言ってそっちに行っちゃったよ」
「ハルカはバトルよりかはコンテンストに興味があるみたいだし、バトルをずっと見てるのも退屈だったんだろ」
「それじゃ修行もひと段落したし、そろそろお昼ご飯にしないか?」
「ああ。それじゃあ俺はお昼の準備をしてるから2人はハルカを呼びに―」
「きゃあああああっ!?」
サトシ達がお昼の準備をしようと話をしている最中に、先ほどハルカが散歩に向かったという林の方からハルカの悲鳴が響き渡る。
「お姉ちゃん!?」
「林の方からだ! 行ってみ―」
サトシの言葉が言い終わらない内に、ソラトは林の方へと全速力で走り出していた。
それだけ妹分であるハルカの事が心配なのだろう。
「ソ、ソラト! 待ってよー!」
「とにかく俺たちも行こう!」
「ピカッ!」
こうしてソラトを先頭にサトシとピカチュウとマサトも林の方へと向かうのだった。
一方ハルカはというと、林にポケモンと一緒に散歩へ行ったはいいが、初めて見るポケモン達に目移りしていた。
そしてそういったポケモン達にちょっかいをかけていたら、茂みの中に潜んでいたコノハナ達の怒りを買ってしまい追いかけられているという状況だった。
「あーん! コノハナの鼻を触ったら怒るなんてー!」
「チャモチャモ!」
「ケム」
「「「コノコノコノ!!」」」
アチャモとケムッソと一緒に走ってコノハナ達から逃げながらポケモン図鑑を開いてコノハナの事を調べる。
『コノハナ いじわるポケモン
タネボーの進化系。鬱蒼とした森に住むポケモン。たまに森を出ては人を驚かせる。長い鼻を掴まれたり触られるのは大嫌い。』
「嘘~! 知ってたら触らなかったのに~!」
コノハナが鼻を触られるのが嫌いなのに触ってしまい怒らせた自分の過去を悔いるハルカだったが、そんな事を言っても後の祭りである。
徐々にハルカ達との距離を詰めるコノハナ達は、射程範囲に入るとすぐさま手に持つ木の葉を手裏剣のように投げてはっぱカッターを繰り出した。
「助けて! お兄ちゃーん!」
「キノコ、マッハパンチだ!」
「ガーサッ!」
「コノー!?」
ハルカの叫びと共に駆けつけたソラトがモンスターボールからキノコを繰り出して攻撃させる。
キノコのマッハパンチははっぱカッターの嵐を引き裂き、音速の拳がコノハナの1体に直撃する。
あくタイプを持つコノハナにはかくとう技であるマッパハンチはこうかばつぐんだ。
マッハパンチを受けたコノハナは一撃で戦闘不能になり倒れた。
「コノ!? コノコノ!」
「コーノ!」
突然の乱入者に仲間を倒されてしまったコノハナ達は倒れた仲間を担ぐと慌ててその場から逃げ出していく。
ソラトも逃げていくコノハナを攻撃する理由もないのでそのまま見逃した。
「ハルカ、大丈夫だったか?」
「うん! ありがとうお兄ちゃん!」
「ハルカー!」
「お姉ちゃん大丈夫!?」
事が収まった後でだが、サトシとマサトもやって来る。
「うん、お兄ちゃんが助けてくれたから」
「良かった…もう、危ない目に遭わないように気をつけてよね!」
「あはは、ゴメンナサイ…」
「ま、旅の合間にはこういう事もあるもんだ。こうやって勉強しながらトレーナーは成長していくモンだよ」
弟であるマサトに逆に心配と注意をされてしまうが、身から出た錆なため素直に反省して縮こまってしまうハルカだった。
それを見てソラトは苦笑いを浮かべながらフォローをする。
マサトとしては不注意な姉に対する心配があり、ハルカとしては分かってはいるのだがついやってしまったという所がある。
しかしハルカは弟であるマサトに注意されてしまうという、ある意味屈辱を味わってしまい少しピリピリした雰囲気になってしまう。
そうこうしている内に、グゥ~とサトシとピカチュウのお腹が鳴る音が響く。
「…あはは、さっきまで修行してたからお腹減っちゃった」
「ピカ…」
「「「…あははははは!」」」
先ほどまでのピリピリした雰囲気はサトシとピカチュウのお陰で吹き飛ばされ、ハルカとマサトにも笑顔が戻った。
こうしてサトシ達は1度お昼ご飯を食べるためにキャンプに戻るのであった。
キャンプに戻りソラトの作ったお昼ご飯であるサンドイッチを食べながら会話を弾ませる。
「そういえばサトシ、特訓はどう?」
「おう! 俺もポケモンもメキメキ強くなってるぜ! けどまだトウキさんを倒すには修行を続けないとな!」
午後からも修行をするつもりであるサトシは体力をつけるためにサンドイッチをガツガツと食べていく。
ピカチュウ達もポケモンフーズを食べて力をつけている。
と、食べている内に話題は先ほどのハルカの件になる。
「そういえばお姉ちゃん、さっきもソラトに助けてーって言ってたよね。お姉ちゃんはすぐにソラトに頼るんだから」
「ん? さっきも…? それってどういう事だマサト?」
「お姉ちゃんってば、ソラトが旅に出てるって分かってるくせにすぐに助けてお兄ちゃ~んって言うんだよ」
「ちょ、ちょっとマサト!」
先ほどハルカがソラトに助けを求めた件についてマサトが掘り返すと、『さっきも』という言葉にサトシが反応する。
どうやらハルカはソラトが旅に出ている5年間の間も事あるごとにソラトに助けを求めていたらしい。
「だってお姉ちゃん、前に家で脚立に昇って脚立の脚が壊れてフラフラしてた時にもソラトの事呼んでたじゃない」
「あ、あれは咄嗟の事でつい…」
「咄嗟にソラトを呼んじゃうくらい体に染み付いてるんだね」
実際にあった事を例に出されてマサトに突っ込まれると、ハルカは恥ずかしさから顔を赤くしてうろたえる。
「でも昔からハルカに何かあると助けるのは俺の役目だったからな。俺が旅に出る前もハルカが木の上にある木の実を取ろうとしたら降りれなくなって、俺が抱えながら降ろしたっけな」
「ちょっとお兄ちゃんまで!」
ハルカは失敗談を語られるのがよっぽど嫌なのか顔を赤くしながらソラトに対して声を上げるが、思いのほか話は盛り上がりマサトとソラトは話をやめない。
「それとお姉ちゃん、昔はポケモンがちょっと苦手でさぁ。昔ポチエナに吠えられて尻餅ついて倒れたんだよ! その時もお兄ちゃ~んって!」
「昔釣りに行った時もコイキングがかかったんだが逆に水の中に引き込まれて、その時も俺が抱えて引き上げたんだよ」
「~~~~っ! マサトもお兄ちゃんも昔の事バカにして! もう知らない!」
余程恥ずかしかったのか、ハルカは羞恥と怒りで顔を真っ赤にすると勢いよく立ち上がってその場を離れていってしまった。
マサトとソラトもやりすぎたと思ったのかバツの悪そうな表情で互いに顔を合わせる。
「ちょ、待てってハルカ!」
「ゴメンって、お姉ちゃーん!」
ソラトとマサトは森へ向かっていくハルカを追いかけて行くが、ハルカもムキになっているのかそれから逃げるように森へ入っていってしまった。
サトシはポツンと1人残され、呆気にとられていた。
「もうっ! マサトもお兄ちゃんも失礼しちゃうわ、昔の失敗談を態々サトシの前で言うなんて! それにお兄ちゃんに助けを求めちゃうのも昔からの癖みたいなものだし仕方ないかも!」
1人でプンスカ怒って森に入って行ったハルカは、未だに怒りが収まらず周囲の様子も確認せずにズンズン進んでいってしまう。
そして進んでいく道すがら、ハルカは何か柔らかい物を踏んでしまう。
「グガッ!?」
「あら、今何か踏んだかしら?」
「グルルルルル…!」
ハルカが踏んでしまったのは、とうみんポケモンのリングマの尻尾である。
気性が荒いポケモンで有名なリングマの尻尾なんか踏んでしまった日には―
「あ、えと…その…」
「グルアアアアアアア!」
「きゃあああああっ!」
―まあ、怒られて追いかけられるのは間違いない。
リングマに追いかけられつつもハルカはポケモン図鑑を開いてリングマを検索する。
『リングマ とうみんポケモン
ヒメグマの進化系。森の中にはリングマが餌集めをする大木や小川があちこちにあるという。毎日餌を求めて森を歩く。』
「きょ、凶暴そうな見た目かも~!」
「グルァアアアアア!」
「ひゃあああああ!」
大慌てで逃げるハルカを追いかけるリングマは鋭い爪と牙をむき出しにしており、ハルカは顔を青くして走りに走る。
だがまたしても後ろから追いかけてくるリングマに気をとられて前方不注意により正面の谷に気がつかないまま脚を踏み外してしまう。
「えっ!? きゃああああああ!」
「ハルカーッ!」
そのまま谷の底へと岩壁を滑り落ちていってしまうが、後を追いかけてきたソラトも谷へ飛び込んでいきハルカを抱きしめる。
「お、お兄ちゃん!?」
「このまま滑り降りる! しっかり捕まってろ!」
「う、うん!」
谷底に滑り降りてどうにか勢いを殺したソラトは抱きしめていたハルカを離すと一息ついた。
先ほどハルカを追いかけていたリングマも流石に谷に落ちたハルカを追うのは諦めてどこかへ行ってしまった。
「ありがとう、お兄ちゃん。マサトとサトシは?」
「マサトは森に入ると危ないからサトシと一緒にキャンプに居て貰ってる。それより怪我はないかハルカ?」
「うん、大丈―痛っ!」
怪我をしていないか体をチェックするハルカは一見怪我は無いように見えるが、足首にズキリと痛みを感じて蹲る。
見てみると足首が赤く腫れあがってしまっている。
恐らく谷の岩壁を滑り降りている時に捻ったか挫いたかしてしまったのだろう。
「見せてみろ…大丈夫だ。じっとしてろよ」
ソラトは足首に手をかざすと波動を集中させてハルカの体へと流し込む。
生命力の流れである波動は、相手に譲渡すれば傷や状態異常をある程度まで癒すことができる。
これによって、ハルカの足首の腫れは少しはマシになった。
以前トウカシティでミツルの体調を良くしたり、島でサメハダーの毒を癒したのと同じ原理である。
「どうだ?」
「…うん、大分良くなったかも!」
「そうか。だが腫れてるし、無理はするなよ。…さて、この谷どうやって登るか」
ソラト達が落ちた谷は地面に裂け目ができているような形になっており、岩壁は傾斜はついているがよじ登るのは無理ではないがキツいだろう。
こんな地形では空を飛ぶ以外に脱出方法は無いように思えるが…。
「空を飛ぶなら…出て来い、モウキン!」
ソラトは空を飛んで脱出するためにウォーグルのモウキンを出す。
モウキンに掴んで貰い空を飛んでもらえば脱出は容易だろう。
「モウキン、俺たちを上まで運んでくれるか?」
「ウォッ!」
「よし、じゃあまずはハルカからだ。しっかり掴んで離さないようにな、モウキン」
「わわっ! よろしくねモウキン」
モウキンの力ならば2人同時に運ぶこともできるが、安全面を優先したためまずはハルカを掴んでゆっくりと空へと飛びあがる。
周囲の岩壁にぶつからないようにゆっくりゆっくりと上昇していると、谷の端に潜んでいた黒い影が飛び立った!
「「「ヤァー!」」」
「ヴォッ!?」
「きゃあっ!? 何この子達!?」
谷の影から飛び立ったのは黒い羽を持つポケモン、ヤミカラスの群れだった。
ヤミカラスは縄張りを侵されたと思ったのかモウキンに群がって攻撃を仕掛ける。
「ヴォッ! ウォーッ!」
「きゃああ! やめてー!」
「モウキン、ハルカを離すなよ! 1度下に戻れ!」
「ヴォ!」
ヤミカラスの攻撃を掻い潜り、モウキンは急降下して1度安全な場所までやってくるとヤミカラスは無理に攻撃はせずに再び谷の端へと戻っていった。
しかし空を飛んで脱出しようとすれば先ほどのヤミカラスに攻撃されてそれ所ではないだろう。
モウキンもソラトやハルカを掴んだままではまともにバトルもできないだろう。
「…こうなったら、岩壁よじ登るしかないか」
「ええっ!? この高さを!? 無理よお兄ちゃん、私も足を痛めてこんな壁登れないし…」
「俺がハルカを背負って壁をよじ登るから安心しろ。念のためにモウキンは一気に谷を抜けてサトシとマサトを呼んできてくれ」
「ヴォッ!」
モウキンだけならばヤミカラスを振り切って谷から脱出することは簡単であるため、サトシとマサトに助けを求める事ができる。
そしてソラトはトレードマークである黒いロングコートを一旦脱いでハルカを背負い、ハルカを落とさないようにロングコートの袖を使って自分の体ごと縛り付ける。
「よし、と。ハルカ、手を離すなよ。モウキン、行ってくれ」
「う、うん…!」
「ヴォー!」
まずはモウキンが一気に飛び立って谷を抜けると、空高く飛び上がってキャンプの方向へと飛び去っていく。
そしてソラトは手ごろな出っ張りに手足を引っ掛けて岩壁を登る。
「よしっと、千里の道も一歩からだ。手頃な出っ張りを上手く掴んで登っていけば、っと!」
少しずつだが確実に岩壁を登っていくソラトの動きは思ったよりもしっかりとしており、ハルカはこんな状況だというのに安心感を感じていた。
そしてそんな安心感に包まれると、昔の事を思い出してしまう…そう、昔ソラトが旅立つ前にも同じような事があったような…。
「そういえば、昔もこんな事があったわね」
「ああ、確かセンリさんのポケモンにあげる木の実を探しに山に登った時だったか。ハルカが転んで足を怪我したけど木の実を取りに崖登ったんだよな」
「うん、思えばあの頃から…私…おにいちゃんの事が…」
「でも実はあの時、俺も足痛めてたんだぞ。スゲー痛かったけど意地張って涼しい顔しながらハルカ背負って登ったモンだ」
「ええっ!? そうだったの!?」
「ああ。まあそれも思い出だ。俺が勝手にやってただけだしな」
岩壁を登っているとは思えないほど楽しげに昔話を弾ませるソラトとハルカ。
先ほどのような失敗談に近い話だが、今度はどちらかと言うと朗らかな雰囲気で話し合っていた。
血は繋がっていなくともやはり兄妹なのか、そういった昔話の失敗談ですら良き思い出になっているのであった。
そして少しずつだが岩壁を登ってきたソラト達は後もう少しで谷から脱出できる位置まで来ていた。
「よし、もう少しだ!」
「うん! これなら谷から出られるわ! ヤミカラス達も襲ってこないし―あ」
ハルカはヤミカラス達が襲ってこないのを確認するため谷の端を見ると、キラーンと光るヤミカラスの目と目が合ってしまった。
「あ…」
「「「ヤァー!!」」」
目が合ったヤミカラス達は住処から飛び出してくると岩壁をよじ登っているソラトとハルカに狙いを定めて襲い掛かる。
「きゃああっ!? お兄ちゃん早く登ってー!」
「ぐっ、ハルカ! じっとしてろよ!」
ソラトは襲い掛かってくるヤミカラスからハルカを守るために背負っていたハルカを体の前で抱きかかえるように体勢を変える。
ヤミカラス達はソラトの背中目掛けてつつくやつばさでうつで打ち据える。
「ぐっ! いでっ!」
「お兄ちゃん!? お願いケムッソ、いとをはくよ!」
「ケムッ、ケームー!」
「ヤァー!?」
攻撃されているソラトを見てハルカはケムッソを繰り出した。
ケムッソのいとをはく攻撃により糸で巻かれて身動きができなくなったヤミカラスは谷の底へと落下していった。
だが仲間が1体居なくなっただけで攻撃をやめるヤミカラスではない。
更にソラトとソラトの背中にいるケムッソへ攻撃を仕掛けようとする。
「「ヤァー!」」
「いだだっ!」
「ケムケム!?」
「お兄ちゃん! ケムッソ! どうしよう、何か私にできることは…!?」
自分を庇ってソラトとケムッソがヤミカラスに攻撃されているのに黙っていられる筈がない。
だがソラトに抱えられたままでは身動きがあまり取れない状況では何もできない現状に、ハルカは歯噛みする。
「このままじゃお兄ちゃんとケムッソが…どうすれば、どうすれば…えっ!?」
それでも何かできる事が無いかと考えるハルカだったが、突如としてケムッソの体が白く輝きだす。
これは―
「これは、進化!?」
ケムッソは輝きと共に徐々に姿を変えていき、光が収まるとそこには繭で包まったような、白くて丸いポケモンがいた。
「ケムッソがカラサリスに進化したぞ!」
「カラサリス…」
ケムッソはさなぎポケモンであるカラサリスに進化し、その先の進化のためのエネルギーを蓄えていた。
「ヤァー!」
「ムゥー」
だがヤミカラス達は進化がどうしたと言わんばかりに嘴を使ってつつく攻撃を繰り出す。
カラサリスは白くて丸い体を輝かせると真正面からつつくを受け止め、ガキンッと鈍い音を立てて弾き返した。
「凄いわカラサリス!」
「かたくなるだな。上手く攻撃を弾いてくれるなら今の内によじ登れる!」
ヤミカラス達の攻撃はカラサリスがかたくなるを使って弾き返し、その間にソラトはハルカを抱え、カラサリスを背負いながら岩壁を登る。
そして谷から脱出するまで後一歩という場所までたどり着いた。
だが…
「よし! これで脱出―」
ソラトが最後に手をかけた場所が崩れ、支えを失ったソラトは重力に従い谷へと落下しそうになってしまう。
このまま落ちてしまえば今までの努力が水の泡になるだけでなく、今度こそソラトもハルカも大怪我をしかねない。
だが完全に不意を突かれたような現状で、ソラトにできる事は届かないと知りながらも手を伸ばす事だけだった。
落ちる―!
「「危ないっ!」」
「ヴォー!」
「っと!? サトシ、マサト! それにモウキンも!」
「モウキンが俺たちを案内してくれたんだ。大丈夫かソラト?」
間一髪という所で伸ばしたソラトの手を取ったのはモウキンに案内されて助けに来てくれたサトシとマサトだった。
2人は身を乗り出してソラトの腕を掴むと力いっぱい引っ張った。
モウキンは群がっていたヤミカラス達をブレイブバードで軽く蹴散らし、すぐにソラトを掴んで上昇して谷から助け出す。
「大丈夫だったかソラト、ハルカ」
「あぁ…サトシ達が助けてくれなかったら危なかったな。ホントありがとな」
「気にするなって。あれ、ハルカそのポケモンは…」
どうにか危機から脱して落ち着いたサトシ達は進化したカラサリスに気がついた。
「カラサリスだ! ケムッソが進化したんだね!」
「うん、ヤミカラス達からお兄ちゃんと私を守ってくれたの!」
「そうなのか! スゲーなカラサリス!」
危機を脱して進化したカラサリスを見てこれにて一件落着かと思ったその時、空からクレーンゲームのアームのような物が伸びてくると、ピカチュウとカラサリスを捕まえて連れて行ってしまった。
「ピカー!?」
「ムー!?」
「ああっ!? ピカチュウ!」
「カラサリス! もう、いったい何なのよ!」
空を見上げれば、そこにはソラトやハルカももう見慣れてきたロケット団のニャース型気球が浮かんでいた。
「もう、いったい何なのよ!? と聞かれたら」
「答えてあげるが世の情け」
「世界の破壊を防ぐため」
「世界の平和を守るため」
「愛と真実の悪を貫く!」
「ラブリーチャーミーな敵役!」
「ムサシ!」
「コジロウ!」
「銀河を駆けるロケット団の2人には」
「ホワイトホール白い明日が待ってるぜ!」
「なーんてニャ!」
「ソーナンス!」
何時も通りの口上と共に現れ、ピカチュウとカラサリスを攫ったのはやはりロケット団だった。
捕まったピカチュウとカラサリスは小さな檻に纏めて入れられてしまう。
「ロケット団! ピカチュウとカラサリスを返せ!」
「お姉ちゃんのカラサリスは今ケムッソから進化したばかりなんだぞ!」
「え、このポケモンがケムッソの進化系なの?」
「えーっと…ケムッソの進化系のカラサリスだな。進化するとあのアゲハントになるみたいだ」
ムサシはカラサリスの事を知らなかったようで、マサトの言葉に首を傾げる。
そしてコジロウは持っていたお菓子の付録であるポケモンの情報が載ったカードでカラサリスを見てその情報をムサシに伝える。
アゲハントに進化すると聞いたムサシは目を輝かせてカラサリスを見る。
「イイじゃんイイじゃん! ならこのカラサリスを進化させてアゲハントにすれば、アタシのコンテスト優勝は決まったモノよ!」
「そんなの許さないかも!」
「うるさいわよ! 行くのよケムッソちゃん! いとをはく!」
「ケームー!」
「させるか! モウキン、ブレイブバード!」
「ヴォオオオッ!」
繰り出されたロケット団のケムッソはいとをはく攻撃をハルカに放つ。
だがそうはさせまいとソラトはモウキンに指示を出すとブレイブバードで糸を切り裂く。
「えーい面倒な!」
「行けクチート!」
「クート!」
「こっちも応戦だ。サボネア!」
「サーボネッ!」
「いだだだだ! こっちじゃなくてあっちだー!」
サトシもクチートを繰り出してバトルの態勢に入る。
それに応戦するためにコジロウもサボネアを繰り出すが、何時も通りサボネアに抱きつかれて悲鳴を上げていた。
「サボネア、ミサイルばりだ!」
「打ち払えモウキン! ばかぢから!」
「サーボネーッ!」
「ヴォオオオオッ!」
「ついでにロケット団も叩き落せ!」
「ヴォオオオオ!」
サボネアの放ったミサイルばりを、モウキンは翼や爪を使って全て打ち払い叩き落した。
そのままモウキンはロケット団に接近して爪を使い気球を切り裂いた。
「「「わわわわっ!? ギャーッ!?」」」
浮力を失った気球は墜落する。
その衝撃でアームが外れたピカチュウとカラサリスは急いでサトシとハルカの元へと戻ってきた。
「ピカピ!」
「ムー」
「ピカチュウ、大丈夫だったか!」
「カラサリス、良かったわ!」
ピカチュウにもカラサリスに怪我もなく無事に取り戻すことができたが、それを易々と見逃すロケット団ではない。
墜落した気球から這い出てくるとすぐさまバトルの準備をする。
「ピカチュウ達に逃げられたニャ!」
「力尽くで奪い取るのよ!」
「おう!」
「そうはいくか! クチート、かみつく攻撃だ!」
「クー!」
「ケムッソちゃん、いとをはく!」
「ケムー」
ロケット団を迎え撃つサトシはクチートを繰り出してかみつく攻撃をさせるが、ムサシのケムッソは糸を吐きクチートの後頭部の顎を巻きつけて開け閉めできないようにしてしまう。
「クー!?」
「今よ! クチートにたいあたり!」
「ケムー!」
「クートー!?」
「ああっ! クチート!」
後頭部の顎を封じられ、クチートはたいあたりを受けて吹き飛ばされてしまった。
それと同時にたいあたりを決めたケムッソの体が輝きだし、徐々に姿が変化していく。
「これはまさか…!」
「進化だニャ!」
「ワーオ! アタシの可愛いケムッソちゃんが、今まさにカラサリスになろうとしてるのね!」
テンションの上がるムサシの瞳が輝き、ケムッソを包んでいた光が消える。
そこに居たのはカラサリス…ではなく、カラサリスより目がパッチリとしており体色も若干紫がかっているポケモン、マユルドだった。
「…マユルドだな」
「マユルド?」
『マユルド さなぎポケモン
ケムッソの進化系。マユルドの体は口から出した糸が体を包み堅くなったもの。繭の中で進化の準備をしている』
ソラトがマユルドだと断定すると、サトシはポケモン図鑑でマユルドをスキャンしてデータを検索する。
間違いなくマユルドと表示され、見た目もハルカのカラサリスとは体色や目の形なのが違っていた。
「ホントだ。似てるけどちょっと違うや」
「確かにケムッソはカラサリスとマユルドの2つの進化先があるからね」
「あぁ、でも進化してみるまではどっちに進化できるか分からないんだ」
「ハァ!? どっからどう見ても可愛い可愛いカラサリスちゃんでしょうが!」
マサトとソラトの補足が入るも、以前のコンテストでアゲハントの美しさを見たムサシはアゲハントを手に入れるのに拘りがありマユルドだという事を認めようとはしなかった。
「いや、やっぱり俺もマユルドだと思うけど…」
「ニャーもそう思うニャ」
「ソーナンス!」
「うっさい!! アタシのカラサリスちゃんにケチつけんじゃないの! それはともかくジャリボーイ達のポケモンを奪うわよ!」
コジロウやニャースも見た目からしてカラサリスとは違うことをツッコムのだが、最早ムサシには何を言っても無駄であった。
「カラサリスちゃん、たいあたりよ!」
「こっちもたいあたりよ!」
ムサシのマユルドのたいあたりとハルカのカラサリスのたいあたりがぶつかり合い、空中でお互いを弾き合う。
どうやらパワーはほぼ互角のようだ。
「俺も行くぜ! サボネア、ミサイルばりだ!」
「させるか! クチート、てっぺきだ!」
「サーボネッ!」
「ククー!」
サボネアから放たれたミサイルばりだが、クチートは後頭部の大きな顎を盾のように構えててっぺきを発動して防御力をぐーんと高めて弾き返した。
「だったらニードルアームだ!」
「サーボサボサボ!」
「かわしてかみつく攻撃!」
「クー! クーット!」
「サボネー!?」
今度は近づいてニードルアームを繰り出したサボネアだったが、クチートはジャンプして回避するとそのまま後頭部の顎でかみつき攻撃を決めた。
顎にガジガジ噛みつかれてしまったサボネアは身動きをとる事ができない。
「そのまま投げ飛ばせ!」
「クーッ!」
「ああっ、サボネ―ぐへぇっ!?」
「ギニャー!? ニャんでニャーまで!」
クチートは体をグルンッと回して後頭部の顎をスイングし、サボネアをロケット団に向けて投げ飛ばす。
サボネアは見事にコジロウにヒットするとニャースを巻き込んで吹き飛ばした。
一方ムサシはカラサリスに対して苛烈な攻撃を仕掛けていた。
「カラサリスちゃん、連続でたいあたりよー!」
「カラサリス、かたくなるで耐えるのよ!」
「ムー、ムー、ムー」
「ムーッ!」
連続でたいあたりを仕掛けるマユルドだが、かたくなるで防御を固めたカラサリスを打ち崩す事ができないでいた。
更に連続攻撃による疲労からか動きにキレが無くなっていく。
そしてついに動きがフラフラのままたいあたりを慣行した。
「そこだわ! カラサリス、かたくなるで空中に弾き飛ばすのよ!」
「ムー!」
ガキンッ!と固いものがぶつかる音を立ててカラサリスは動きがフラフラのマユルドのたいあたりを弾き返して空中へ打ち上げる。
こうなってしまっては最早抵抗のしようがない。
「なっ!? 逃げるのよカラサリスちゃん!」
「そうはいかないわ! たいあたりよ!」
「ムムーッ!」
「ムーッ!?」
カラサリスのたいあたりは見事に直撃しマユルドを吹き飛ばした。
そして吹き飛ばされたマユルドはムサシにぶつかりコジロウとニャースがいる所へと纏めて吹き飛ばされた。
「よーし、ピカチュウ! 10万ボルトだ!」
「ピーカチュゥウウウ!」
「「「ぎゃあああああああああ!!!」」」
纏まった所へピカチュウの10万ボルトが炸裂し、ドカンと爆発して吹き飛ばされていったロケット団。
水平線の彼方まで―
「「「ヤなカンジー!」」」
「ソーナンス!」
―今日も今日とて星となる。
「やったな皆!」
「えぇ! カラサリスも頑張ったわね!」
「ムー!」
「カラサリスが進化したらアゲハントになるんだよね! お姉ちゃん、後一歩だよ!」
「えぇ! カラサリス、頑張ってアゲハントになりましょうね!」
「ムー!」
こうしてロケット団を撃退したサトシ達。
彼らのムロ島での修行は、まだまだこれからである。
こうしてキャンプのある海岸まで戻ってきたサトシ達。
既に日は暮れ始めているが、サトシは元気良く修行を続けておりマサトとハルカもそれを見ながら応援している。
だがソラトはというと、ちょっと用事があると言って離れた場所まで移動していた。
「痛ッ…あーあ、やっぱり酷くなってら」
ソラトは木陰で座り込んでズボンの裾を捲くると、足首の部分が赤く腫れていた。
実を言えばハルカを抱えて谷底に滑り降りている時にソラトも足首を捻っていたのだ。
「とりあえず湿布貼って後は波動でマシになると待たないとな。湿布湿布と…」
「サナ」
「あれ、どうしたレイ?」
荷物の中から治療用の湿布を取り出そうと探していたソラトだったが、そこへボールから出していたレイがやって来る。
「サナサナ」
レイはソラトから荷物を取ると、湿布を出して腫れているソラトの足首へと貼り付けた。
「ん、サンキュな」
「サナ…」
ソラトが礼を言うがレイは浮かない表情のままソラトの顔を見つめていた。何かを伝えたがっているようだが、特に何を言うわけでもなかった。
だが長年の仲間であるレイの感情ならば波動を感じるまでもなくソラトには分かっていた。
不安そうな顔をするレイを安心させるために、ソラトはレイの頭を撫でてやる。
「大丈夫だよ、別に無理してる訳じゃないさ。ただ…兄貴ってのは妹の前でカッコつけたがるモンなんだよ」
レイはソラトが怪我をしたまま崖を登ったりする無理をしたのを心配していたのだ。
5年間の旅でアラシを追う内に何度も怪我を負うような道筋を辿ってきたソラトを、レイは近くで何度も見ているのだ。
だがソラトからすれば今回は以前にしてきた無理や無茶をした訳では無かったのだ。
そう、ただ―ハルカの前でいいカッコしたかっただけなのだ。
「…サナ」
「心配かけて悪かったな…さ、行こうぜ。波動で治してりゃ数日以内に治るだろ」
「サナ」
レイはソラトの言葉と、頭を撫でてもらって安心したのかソラトと一緒に立ち上がってサトシ達の元へと向かった。
「お兄ちゃーん! そろそろご飯にしましょー!」
「ああ! 今そっちに行くよ!」
ケムッソが進化しソラトとの絆を改めて深め、憧れのコンテストへのデビューへと着実に歩んでいくハルカ。
彼らの修行は、まだまだ続く!
to be continued...
またいつ失踪するか分かりませんが…その時が来るまで頑張って書いていきたいと思います。