グロリアス軽戦車   作:景浦泰明

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『グロリアス軽戦車 第六話』

 

 

 

 ふたりだけの日々が続いていく。

 

 八月に入り、世間は行楽シーズンらしい。買い物をするために町を歩いていると海水浴客の姿が多くみられるようになる。ぼくたちの住む海辺の別荘は海水浴場として解放されている場所から少し離れており、海水浴客もそこまで近づいてくることはなかった。

 

 今日は堤防の方まで出て行って、まほとふたりで釣りをする。思えば釣りをするのもあの春の日以来で、彼女は「海で釣りをするのははじめてだ」と楽しみにしていた。ここに来てから毎日が楽しい。昨日は物置の中から望遠鏡を見つけてふたりで天体観測をした。これはぼくも初めてだった。

 

 別荘の外で釣り道具の確認をしつつまほのことを待っていると、やがて背後の扉が開いて控えめな足音がする。振り返った先にいた彼女は大きなつばの付いた麦わら帽子とかぶっていた。白いシャツに青いワンピース。それから少し無骨なブーツ。避暑地のお嬢様という感じではないが、健康的で可愛らしい。

 

「待たせたな」

 

「ううん。もうへいき?」

 

 ぼくの確認に彼女が笑顔で応え、指先だけをひっかけるようにして手をつなぐ。それをとても自然な所作として行うことができてぼくは嬉しくなる。

 

 ふたりで林の道を歩き、海水浴客でひしめく砂浜の逆側を行く。遊泳禁止になっている砂浜を抜け、昔小さな遊覧船が出ていた堤防に向う。とっくの昔に放棄されたそこにもやはりひとはいない。コンクリートに向けて何度も波が打ち寄せて消えていくのを見て、海面から少し離れた場所に腰を下ろす。突端のあたりでフナ虫が逃げ出したのが見えたが、まほが怖がるから黙っていようと思った。ぼくも彼女のためにフナ虫を一掃するところから始めることは出来ない。

 

「今日も餌は虫なのか……?」

 

 折り畳みの椅子に座ったまほが不安げに尋ねてくる。その様子が可愛らしくてすこしだけ意地悪したくなるが、さすがに趣味が悪いとおもって「今日はルアーだよ」とすぐに答えを返す。仕掛けを準備して立ち上がり、彼女にルアーの投げ方を教えるとすぐにコツを掴んだ。川釣りよりも動きがあって楽しい、ということらしい。

 

 彼女が意気揚々とルアーを投げ始め、ぼくも少し離れた場所で同じように釣りをする。日差しの中で竿を振る彼女はなんだかキラキラと輝いているように見えた。

 

 特筆すべきことが起こるわけではないが、同じことばかりの毎日ではない。何か大きく世界が変わるわけではないが、少しずつ世界が広がっていく。

 

「佑、かかった」

 

 まほに名前を呼ばれて網を持って彼女の傍に行く。随分大物のようでかなり長い時間手こずっていたが、戦車道で鍛えた彼女の腕にそういつまでもついていけるはずはない。やがて魚影がよろよろと力なく海面に浮かび、ぼくはそこに網を差し出して魚をひきあげる。蝶のような美しい鰭とハゼのような剽軽な姿。見事なサイズのホウボウだった。

 

「面白い魚だ」

 

「ホウボウだよ。すごく大きい。まほは力持ちだな」

 

 そう褒めると彼女は複雑そうな表情を浮かべ、それからぼくの腕を手首から二の腕まで揉んでいく。お前は男にしては華奢すぎるし、あまり女にそういうことを言うなと注意される。返す言葉もなかった。自分の腕とまほの腕を見比べ、まあ筆ばっかり持ってたぼくじゃ砲弾を持っていたまほには敵わないよなと頭を振る。

 

 ホウボウをクーラーボックスに入れ、ひと休みしてふたりでお弁当のサンドイッチを食べる。町にあるパン屋で買ってきたライ麦パンにハムとチーズとトマトとレタス。出かける前に簡単にこしらえたものだが、ライ麦パンのごわごわとした食感が新鮮で普段と違った味わいになっている。止まることなく食べ続けていると、いつからかまほがこちらを見ていることに気が付いた。

 

「どうしたの?」

 

 そう尋ねると彼女はすぐになんでもないとそっぽをむいたが、食事を終えてしばらくするとぼくの手をとった。

 

「お前の手は綺麗だな。石膏みたいだ」

 

 そう言われてみればぼくの手は白くて傷もひとつもない。畑仕事や炊事をしているんだからもっと傷だらけでもおかしくないのだが、不思議とこれまで目立って傷つくことはなかった。

 

「そうかな……。まほの手もかっこいいよ」

 

「冗談を言うな。戦車ばっかりで傷とタコだらけだ」

 

「それがカッコいいんだよ。努力してきたってことじゃないか」

 

 そういうと彼女は黙ったままもじもじと不思議な動きはじめ、やがてひったくるようにしてぼくの手を握る。なんだか感極まったようだが、怖いのでなんらかしら言ってほしい。

 

 ふたりで手を握ったまま海を眺める。不意にまほに手を思いっきり握られ、彼女が膝の上に飛び乗ってきた。何が起こったのかわからないまま彼女のことを抱きとめると、大きく見開かれた眼が堤防を這うフナ虫を注視している。口元をあわあわとさせるまほをみて少し笑う。全身に力をこめて膝の上の彼女を抱き上げ、堤防の突端から距離を取っておろす。

 

「大物が釣れたし、もう帰ろうか」

 

 そう問いかけると彼女は何も言わず、こくこくと何度も頭を縦に振って答える。ぼくは苦笑しながら釣り道具をまとめると、クーラーボックスを肩に背負ってまほとふたり帰路につく。

 

 ふたり並んで歩きながら晩御飯はどうしようかと尋ねると、今日は私が作ってもいいかとまほが言う。ぼくはその言葉にもちろんと返し、彼女がどんなものを作ってくれるのか楽しみになった。最近は五回に一回は料理もまほが作るようになっている。

 

 家について荷物を置くと、早速とりかかると言って彼女がキッチンに立った。

 

「捌くのはぼくがやろうか?」

 

「いや、全部自分でやれる」

 

 クーラーボックスからホウボウを取り出し、まな板の上に乗せる。絞めて血抜きされているとは言っても、生きていた姿そのままのホウボウだ。それを目にして少し固まっていたまほだったが、やがて魚を持ち上げて腹に包丁を当てていく。切っ先が魚の身体に沈むのが見え、ゆっくりと腹が切り開かれた。ぼくは彼女の肌に鳥肌が立つのを見る。それでも彼女は腹にしっかりと切れ込みを入れ、それからそこに指をくぐらせて内臓を取り出した。

 

 そこでまほががひと息つき、内臓を抜き出してまな板に載せられた魚を眺める。そこからはぼくが横ですこしだけ指示を出したりもしたが、ほとんどを彼女ひとりの手でやってのける。ぼくはそれをずっとそばで見ていた。春先には魚に串を打つことだってできなかったのにと思う。十分もすると三枚に下ろされた魚肉が並び、彼女がすこし誇らしげな様子でこちらを見る。ぼくはその姿を見てなんだか彼女を抱きしめたいような気持ちに駆られたが、包丁がギラリと光ったような気がしたのでやめておく。

 

 変化のない毎日の中に、少しずつ変わっていくものがあることを感じる。

 

 

 

 まだ誰もいない早朝。ぼくは砂浜に絵を描き、そしてそれが波にさらわれて消えていくのを見る。それが無駄なことだとは思わない。ぼくはひとりぼっちで潮風の匂いを胸いっぱいに吸い込む。潮風の匂い。夏の朝の匂い。まだぼやけたままの太陽の光が砂に反射してきらめく。ぼくはありとあらゆるものを砂浜に描いていく。描きなれた田園風景。大学の一室。戦車。赤く破裂しそうなトマト。波にさらわれて消えていくたびに何かを描く。心行くまでそうやって楽しみ、それからまた浜辺を歩きだす。

 

 いつまでもこの時間が続いてほしいと思うが、そう考えれば考えるほどいつかこの時間が終わることを意識せざるを得ない。ぼくは全てから逃げたつもりで過ごしているが、いつも心のどこかが不安でざわつくのを感じている。昔読んだ小説に会った通り、逃げてうまくいくことなんて殆どないんだ。結局それは自分の心を苛み続け、いつか逃れようのない引力で人間を向きあわせる。

 

 考え事をしながら歩いていると、ずいぶん長い時間が過ぎていた。海水浴客が増えてきてぼくは砂浜から上がり、浜との境に沿ってアスファルトの上を歩く。町の少し外れに差し掛かったころ、通り過ぎるバスのなかに見覚えのある銀髪の少女と、そのそばに栗色の髪をした少女が並んで座っているのを見とめた。通り過ぎるバスの行く手を眺め、ぼくはとぼとぼと家路につく。

 

 家に着くまでの間に何を考えていたかはよく思い出せない。多分何も考えられなかったんだろう。家の扉を開けるとまほが絨毯に掃除機をかけていて、帰ってきたぼくを見て微笑む。

 

「暑かっただろう。いま飲み物を用意するから」

 

 彼女に言われるままにソファに座り、それから用意されたお茶を飲む。掃除機を片付けた彼女も隣に座り、それからぼくと同じように一杯のお茶を飲み干した。

 

「帰ってくる途中で逸見さんと妹さんを見たよ」

 

「……そうか」

 

 ぼくの言葉をきいても彼女は慌てず、落ち着いているようだった。小さく息を吐いてコップをテーブルに置くと、そっとぼくの肩に身体を預けてくる。

 

「夏の戦車道大会も終わっただろうから、きっとその報告も兼ねているんだろう」

 

 彼女の声にすこしだけ弾むような音を聞き、ぼくの身体からも力が抜ける。彼女がいるのと反対側の手を伸ばし、頭を撫でてやる。気持ちよさそうに目が細まった。

 

「きっとぼくが契約してる企業から辿ってきたんだろうな」

 

「そこまでして探してくれるとは、慕われたものだ」

 

「逸見さんならおかしくないね」

 

 頭を撫でたままだったぼくの手を取り、彼女がそれを自分の頬に当てる。暖かく柔らかい感触が掌に伝わった。寄りかかる彼女のことを見つめるがその表情を知ることはできない。ぼくはただされるがままに手を預けていた。

 

「また何度でもここに来よう」

 

 まほの言葉に「もちろん」と返事をする。彼女が笑ったのがわかる。

 

「釣りも料理も、掃除も、ずいぶん上達したと思わないか」

 

「すごく上手になったよ。いまじゃぼくと同じぐらいできるもの」

 

「それはどうかな。まだまだだ」

 

「まほならきっともっと上手になるよ」

 

 彼女からありがとう、と声がして、突然身体を抱きしめられる。予想以上の勢いに押されてソファに倒れこみ、ぼくの胸のあたりに彼女の顔がうずめられる。今度は全身が柔らかい感触に包まれて心臓が鼓動を早めるのを感じた。すぐそばから香っていた彼女の匂いが一層強くなる。

 

「どんなことだってできるよ。まほならなんだってできる」

 

 彼女の背中に腕を回し、こちらからも強く抱きしめる。

 

「何もできなくても、ぼくがそばにいる」

 

「私もだ。お前に何もできなくても、私がそばにいる」

 

 そのとき、家中にインターフォンの音が鳴り響いた。ぼくの胸におしつけられたままだったまほの顔が持ち上がり、それからこちらを見てにっこりと笑う。それに笑い返した瞬間、頬に手を添えられて強く口づけられた。ぼくの身体が硬直し、もう一度インターフォンがなって彼女が離れていく。

 

 しばらくして玄関先から逸見さんと妹さんの声が聞こえ、それから彼女たちをいたわるまほの声がした。何かが決定的に変わって、永遠に損なわれるような雰囲気がした。

 

 

 

 全国大会の優勝は大洗女子でも黒森峰でもなかったようだが、それぞれの高校もベスト4には入ったらしい。ぼくは全員分のお茶を用意してひとつずつ差出し、最後に自分のぶんを持ってまほの隣に座る。ふたりからのお礼に少し首肯するだけで応え、お茶に口をつけた。

 

 隣に座ったまほが普段との違いに笑いをこらえ、それを見た逸見さんと妹さんが不思議そうに首をかしげる。まだよく知らないひとの前では自然体にふるまうことはできない。

 

「しかし、聖グロが初の優勝か」

 

「申し訳ありません隊長。また優勝旗を持ち帰ることは出来ませんでした」

 

「いや、それほど聖グロの優勝にかける想いが強かったということだろう」

 

 まほがそう言って慰めるものの逸見さんの表情は浮かないままである。彼女にしてみれば今年こそ優勝したいという気持ちが強かったのだろう。ぼくは再び立ち上がって戸棚からクッキーを取り出して全員に配り、それからまた元の位置に座りなおしてクッキーを食べる。まほもクッキーを手に取り、それをみて残ったふたりもクッキーを取って食べ始めた。かなりバターが効いていて美味しいクッキーだ。

 

「あー、それでみほは?」

 

 まほがそう尋ねると、すっかりクッキーに夢中だった妹さんが慌てて顔をあげ、その拍子にクッキーが少しこぼれる。まほがティッシュを取ってそれをぬぐい、逸見さんが責めるような声をあげた。

 

「私はその、単にエリカさんについてきただけで……」

 

「はぁ!? ふたりで隊長を誘うって言ったじゃない!」

 

「あ、そうでした……」

 

 だいたいあんたね、と目の前で続いていく漫才のようなものを眺めつつ、まほとふたりでまたクッキーを食べる。レーズン入りのクッキーを半分食べてまほと交換すると、彼女のは胡桃入りだった。さすがお金持ちの家にあるクッキーは違うなあと感心していると、いつの間にか目の前のふたりが黙り込んでこちらを眺めていた。

 

「どうした?」

 

「ううん。なんというか。ふたりとも雰囲気が変わったなあと」

 

「アンタ隊長におかしなもの食べさせてないでしょうね」

 

 なんだかおかしな容疑をかけられているなあと首を傾げる。とはいえ何カ月も一緒に暮していればお互いに影響されることも出てくるのかもしれない。

 

 ぼくがそんなことを考えているとまほがお茶を飲みほし、それからふたりにむけて「それで誘うというのは?」と切り出した。妹さんはそう尋ねられてしばらく言いにくそうにしていたが、逸見さんにちょっと小突かれてようやく覚悟を決めたように話し始める。

 

 お姉ちゃんが戦車と距離を取ってるのはわかってるんだけど、と前置きして話されたそれは、まほたちOGと後輩たちによるエキシビションマッチについてだった。とは言ってもそれほど規模の大きい試合は想定しておらず、大洗の学園艦で五対五の殲滅戦を企画しているそうである。まほにもぜひそれに参加してほしい、ということだった。

 

 ぼくはそれを聞いて彼女の表情を伺うが、無表情なそこにどういった感情も読み取ることはできなかった。戦車道の試合ということだが、表だって動揺することは無いらしい。とはいえ、そう思っていたのも妹さんと逸見さんが参加するメンバーのリストを読み上げるまでだった。

 

「高校生チームからは私とエリカさん。アンツィオからぺパロニさんとカルパッチョさん。それから西さんと、あと愛里寿ちゃんも」

 

 その最後の名前を聞いた瞬間、まほの眼光が鋭く輝くのを見た。その鋭さは一瞬浮かんだだけですぐに消えてしまったが、先ほどの名前は確実にまほの気持ちを動かしたらしい。どうかなあ、と心配そうな表情を向けるふたりの前で、まほが小さく息を吸う。ふたりに見えない位置で彼女の手がぼくのシャツの裾を握る。

 

「その試合、ぜひ参加させてもらう」

 

 まほの声がリビングに響き、一瞬無音になる。ぼくはなんとなくその言葉を予想していた。

 

 彼女の言葉にふたりが色めき立ち、きゃあきゃあ良かったねと喜びあう。ぼくは彼女たちにばれないように片手でクッキーを食べながら片手を後ろに回し、ぼくのシャツを握ったままのまほの手の上に自分の手をそっと重ねる。

 

 それから彼女たちは試合についての短い打ち合わせをし、その後にふたりの希望で砂浜にでかけることになった。ぼくは家で留守番をしていようかと思っていたが、まほに引っ張られてついていくことになる。。

 

 学園艦に住んでいれば海なんていくらでも見られると思うが、砂浜は久しぶりらしい。彼女たちは時折靴を脱いで浅瀬に入り、海に手を浸したりして終始はしゃいでいる。その途中でぼくがあそこに住んでいる理由について彼女たちから質問され、篤志家から貸してもらっているんだと正直に答える。逸見さんから「人生舐めてるわね」とキツイ言葉をもらい、それは確かにちょっと否定できないかもしれないと感じた。

 

 まほははしゃぐふたりを眺めるにとどめ、はしゃぎも、多くを話そうともしなかった。何も言わずにただ虚空を眺め、ふたりが帰っていくときにも「後でまた会おう」と声をかけたきりである。

 

 ふたりが帰ったあとでぼくたちは別荘に戻り、それからぼくはまほにあの山の家の鍵を渡した。あそこで待っているからと言葉を添える。彼女はしばらくその鍵をしげしげと眺めていたが、やがて大事そうにそれを手の中に握りこんだ。次に会うときはまたあの山の家になるだろう。

 

 それからは取り立てて変わったこともない。ぼくたちは何事もなくその日を終え、そして翌日、まだぼくが眠っている間に彼女は出かけて行った。

 

 ひとりぼっちになってみるとさすがに別荘が少し大きく感じる。ぼくは自分の荷物をまとめて家の外に出し、それから部屋中に掃除機をかけ納屋の中から引っ張り出したものをひとつずつ片付けていく。望遠鏡に釣り道具、モノポリーやトランプ。納屋には余暇の無聊を慰めるための道具が数多く仕舞い込まれている。それらを全て片付けて一息つくと、ぼくはソファに座ってまほのことを考え始める。

 

 今頃は高校の頃の戦車チームと合流して練習を始めているのだろうか。大丈夫かなと一瞬心配になるが、ここで一緒に暮らした彼女の表情を思うと不思議とうまくやれているような気がしてくる。

 

 しばらくそんな風に彼女のことを考えていると、ふともし絵を描かなかったらどういう人生を送っただろうと考える。接客業は無理だろうし、料理を作るのは好きだからコックはどうだろうか。それは自分でも似合っているような気がした。他の芸術的な分野に才能があるかどうかはよくわからない。たとえばサラリーマンみたいに働けるかなと考え、多分無理だなあと笑う。ぼくは何ができるんだろうか。

 

 だけど、このまま絵が描けないままでもきっと大丈夫だと思う。多分生き方はひとつじゃないし、きっとまた倒れた時にはそばにまほがいてくれるだろう。そう考えると正体不明の力が湧いてくるような気がする。

 

 ぼくは別荘を出て鍵をかけ、荷物を背負ってそこを後にする。来た時と同じように林の道を抜けていくと、砂浜が見え、大勢の海水浴客でにぎわっていた。家族連れ、恋人たち。ギラギラと輝く太陽の下で競い合うようにして海に飛び込み、嬉しそうに笑い合っている。その姿を見て素直に美しいと思う。

 

 急に風が吹いて熱気が舞い上がり、そういえばもうすっかり夏なんだと当たり前のことを考える。つい今まで意識しなかったセミの鳴き声が聞こえ、まるでいままで耳をふさいでいたように感じられるほどに耳をつんざいた。

 

 ぼくは駅への道を歩きながら、まほが帰ってきたときは何を作って出迎えようかと考える。誰かのために何かをすることはこれほど胸弾むことだったんだと、今日初めて知った。

 

 

 




マルドゥックアノニマスの新刊が面白すぎて他に何も手が付かない一週間でした

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