佐倉との生活は何の変化もなく続いていく。大学に入学する前にあったいくつかのカリキュラム。そこで聞かされたような面白おかしい愉快な大学生活などというものは程遠い。私は山の中で毎日無愛想な男と日本昔話のような暮らしをしている。
初めの頃は戸惑うばかりの生活だったが、今では色々なことに慣れてきた。日が昇るころに彼と一緒に目覚め、家庭菜園に水をやる。私はそれから彼が食事を作るまで山の中でトレーニングする。家に戻ったらシャワーを浴びて彼の作った料理を食べ、お互いの決めた順番に従って洗い物や掃除をする。最初の頃は食器の洗い残しを指摘されたり掃除するさいに畳を傷つけたりもしたが、今ではそのようなへまをやったりはしない。
いつのまにか彼と暮らすようになってひと月近くが経ち、例年になく雨の少ない六月が来た。彼は毎日「野菜が日に焼けて困る」と文句を言い、私は乾いた風が吹く山で存分にだらだらと過ごした。佑が「そろそろ麦茶の量産体制に入る」と宣言したのを待ち遠しく感じる。
逸見エリカがやってきたのはそんなある日のことだった。
佐倉と並んでロッキングチェアに座って本を読んでいたところ、我々以外の人の気配を感じて山道に目を向けた。こちらに向けて歩みを進める人影が見え、私はまたいつもの郵便配達員かと思ってすぐに視線を本に戻す。しかし隣に座った佐倉はいつまで経っても警戒を解こうとはせず、やがてのろのろとした足取りでアトリエの中にひきこもってしまった。
人見知りで人づきあいの悪い男ではあるが、郵便配達員とはいい加減それなりにコミュニケーションをとれていたはずである。私はもういちど山道を登る人影に目を凝らし、やがてそれが高校時代の後輩・逸見エリカであると気が付いてひどく動揺した。あの銀髪と黒を基調とした制服は間違いなく彼女だ。今頃は黒森峰の隊長として日々訓練に励んでいるはずだが、いったいどうしたことだろうと首をかしげる。
やがて山道を抜けた彼女がこちらに気が付き、嬉しそうにその表情をほころばせるのがわかる。私はそれをみて不意にそういえばああいうやつだったなと思い出す。いつも私が指示を出したり仕事を頼むと嬉しそうに、それこそ尻尾があればちぎれんばかりに振っていると思えるほどの反応を見せていた。余程仕事や雑事が好きだったんだろうと思う。
私もロッキングチェアから立ち上がり、手に持っていた文庫本を椅子に置く。サンダルを履いて歩き出すとすぐにエリカがこちらへむけて走りだした。小走りで近づいてくるその銀髪に、一瞬高校時代のことを思い出す。自分の服が黒森峰の制服に変わったように思え、表情筋が引き締まって姿勢が伸びる。小走りのエリカがすぐ目の前まで近寄って姿勢を正す。私はその様子を見てねぎらいの言葉をかけようかと考えたが、なんだかおかしさを感じてすこし笑いがこみあげてきてしまった。
突然表情が崩れた私を見てエリカが怪訝な表情になる。息を整えてから「すまない」と謝ると彼女が慌てた様子で気にしていませんと答え、それから気を取り直したように再度背筋を伸ばす。もう私は隊長でもなんでもないのに、硬い奴だ。
「お久しぶりです隊長」
「もう隊長ではない、が。久しぶりだなエリカ。なぜここがわかった」
「隊長のご学友、安斎さんに聞いて……」
その言葉にまあそうだろうなという納得が生まれる。何かあったときのためにと思って彼女にだけは事情を説明しておいたため、こちらに訪問してくる人間がいればそれは彼女からだろうと思っていた。私はまだ畏まったままのエリカを先導し、先ほど佐倉と並んで座った軒下まで彼女を案内する。疲れただろうから座っていろと言うと、彼女は恐る恐るといった感じで先ほど私が座っていたロッキングチェアに腰を下ろした。
「いまなにか飲み物を用意するから」
「お、おかまいなく」
エリカの声を背中に受けながら家の中に入り、戸棚からふたりぶんのコップを取り出して盆の上に乗せる。麦茶はまだだが、冷蔵庫の中には昨日佐倉が用意した水出しの緑茶があったはずだ。私がそれをコップについて出でると、食卓への襖が少し開いてそこから桜が顔を出した。
「知り合いか?」
「あぁ、高校時代の後輩だ。コップを借りるぞ。お茶ももらう」
「自分の家みたいに勝手なやつ……」
「頼りない家主に代わってお客様のもてなしをしている」
「お前の客だぞっ」
ひそひそ声のまま声をあらげるという器用な真似をやってのけて、彼がぴしゃりと襖を閉じる。この分だとしばらくはアトリエか書斎にこもって出てくることは無いだろう。お茶の入った盆を持ち上げ、再びエリカの元へ戻る。軒下にいた彼女はハンカチで汗をぬぐいながらも律儀に姿勢を正したまま座っており、私の姿が見えるとすぐにまた立ち上がろうとした。
「そのままでいい。ほら、疲れただろうからお茶を飲め」
私から手渡されたお茶を受け取り、ひと口含んで感動したようにぶるぶると震える。私からしてみるとただの水出し緑茶にしか感じないが、エリカにしてみれば何か琴線に触れるものがあったのだろう。私も彼女の隣に腰を下ろし、緑茶をひと口飲んだ。
「それで。こんなところまで来てどうしたんだ」
ふたりそろって一息ついたところでそう切り出すと、彼女がまっすぐにこちらを見据える。
「隊長が戦車道から離れたと聞いて」
やはりそれか、と内心嘆息する。
「それで私、いてもたってもいられなくて。何故なんですか隊長。なぜ隊長ほどのひとが戦車道から離れたりなんて」
「……大した理由などない。ただ少し戦車道から離れてみたかっただけだ」
エリカが来た時から大方そんな理由だろうとは思っていたが、改めてそう切り出されるとこれまで何度も繰り返してきた紋切り型の返答に終始せざるを得ず、少しだけうんざりとした気分にさせられる。思えば大学に入学した当初も安斎からこのような問答を受けたものだ。
どうして、と訴えかけてくるエリカの瞳に私は何も返せない。彼女からしてみれば、私がこうして山の中で隠居のような生活を送っていることは大きな損失のように映るのかもしれない。それぐらい彼女は高校時代私になついてくれていた。その瞳に耐え切れず私はコップを持ったまま背を丸め「私はそんな大した選手ではない」と自虐的なことを言ってしまう。
「国際強化選手にも選ばれるような人が大した選手じゃなくてなんだっていうんですか!」
エリカが立ち上がった拍子にロッキングチェアが大きく揺れ、家の壁にぶつかって音を立てる。見上げた彼女の顔はいまにも泣き出しそうに歪んでいた。落ち着いて、と声をかけると彼女は二度、三度と大きく息を吸い、やがて先ほどと同じようにゆっくりと椅子に座り込んだ。
「どうしてそんなことを言うんですか」
「事実よエリカ。世界なんて大きいことを言わなくても、日本にも私に負けないような優秀な選手はいくらでもいる」
「だから戦車をやめるんですか」
そういうわけじゃないと言おうと思ったが、うまく言葉が出なかった。胸の中に風が吹き込むような感覚を覚え、自分のなかの空洞を意識する。これだ。これが私を戦車から遠ざける。だが、それを言葉にすることはできなかった。
私とエリカの間に微妙な沈黙が流れるのを感じる。それに耐えきれず私はただ「そういうわけじゃない」とだけ答えた。だがそれは結局のところ激流のような沈黙に杭を一本差した程度にすぎない。エリカは相変わらず黙り込み、同じように私も言葉を発する気にはなれず、そして背後の換気扇から次第においしそうなケチャップの香りが漂ってくる。
「……」
まず玉ねぎをバターで炒める香りが漂い、次第にそれがケチャップの香りに包まれて渾然一体となって周囲に漂う。無言で俯く私とエリカが郷愁を誘うケチャップの香りに包まれていく。なんであいつはこういうときにこういうことをするんだ、と心中で毒づく。視線を隣に投げるとエリカもどこか複雑そうな表情を浮かべている。
それでも気まずい思いをしている最中だからしばらくは黙っていたが、やがてエリカが落ち着かなくなり、腹部をおさえ始めた。そういえばそろそろお昼時である。先ほどから引き続きうつむいて悲壮な雰囲気を出していたエリカだが、やがてその引き締まった腹部から可愛らしい鳴き声が響いてきた。
私はその瞬間に毅然と立ち上がり、エリカの方を見ないようにしながら家のなかへと取って返す。引き戸を開いたすぐそばのコンロで料理をしている男と向き合うと、彼は丁度華麗な手さばきでチキンライスを卵でくるんでいたところだった。
こちらを見て「おっ」という表情をする彼に毒気を抜かれそうになるが、そこに勢いよく詰め寄りこの不逞の行為を責めたてる。
「おまえ、いったいどういうつもりだ」
裂帛の気合をもって彼をそう問い詰めると、しばらく縦横無尽に目を泳がせたあとで「なんだか揉めていただろう」と返事をする。
「それとこれとどう関係がある」
「……お腹が空いているからそういうことになる」
こちらをまっすぐに見て、手だけを器用に動かし続ける彼に呆然とする。彼の手元でまたひとつ新たなオムライスが生み出され、これでふたつのオムライスが皿の上に並ぶ。言葉を発せないでいる私の前で再びフライパンの上に溶き卵が投入された。
「つまりそれは……どういうことなんだ」
彼は私の言葉に返事をすることなく黙々と手を動かし、皿に盛ったチキンライスをフライパンに流しいれ、ついに三つ目のオムライスを完成させる。ここまで三つとも卵に一切の破れはなく、白い皿に乗った美しい紡錘形のオムライスが並ぶこととなった。彼はそれをみて満足げに息を吐きだし、そして私の方に向き直って宣言した。
「外の子も連れてきて、ご飯にしよう」
私はその有無を言わさぬ雰囲気に一切抗弁の気力も起きず、彼の勢いにのまれるままにふらふらと玄関を出る。相変わらずエリカはそこでうつむいていたが、私の中では先ほどの気まずさは残っていなかった。
「エリカ、昼食にするぞ」
「ケチャップは好きなだけかけて」
佐倉が自分のオムライスに格子状になるようにケチャップをかけ、容器を食卓のど真ん中に置く。今日は洋食ということもあってか、先日夕食を共にした囲炉裏の間ではなく炊事場のすぐそばのテーブルでの食事である。私とエリカが並び、そして対面に佐倉がひとりで座る。
私は無言でケチャップの容器を取るとそれを無造作にオムライスにかけ、次にエリカに渡す。少し頭を下げて受け取った彼女がケチャップをかける様子を眺めていると、ふたを外した彼女が空中でひょいひょいと何かを描いている。私がなんだと目を細めると佐倉も不思議そうにそれを眺め、視線の先でエリカが容器に力を込め、見事にオムライスに熊の絵を描き上げた。
対面に座った佐倉が「おぉ」と声をあげ、私が「ボコじゃないか」と感心の声をあげる。それを聞いたエリカが恥ずかしそうに顔を赤らめ、上体でオムライスを隠すようにして「他意はないんです! 他意は!」と声をあげた。その姿に苦笑していると佐倉から「食べよう」と声がかかり、私と彼がいただきますと唱和する。
なんだかすべてがおかしな方向に向かい始めているような気がするが、それはそれとしてオムライスは美味しかった。昔ながらの薄焼き卵に包まれた紡錘形のオムライス。昨今流行りのとろとろの卵をかけたタイプは佐倉のお気に召さないらしい。私はその洋食屋のようなオムライスを食べながら、昔家で食べたオムライスもこんな味だったなと思う。チキンライスは甘めの味付け。サイコロのように細かく切られた豚ばら肉が入っている。エリカの口にもあったようで、私たちは食べ終わるまでそれぞれ無言でいた。
「ごちそうさまでした」
全員が食べ終わるのを見計らって佐倉が手を合わせ、エリカが控えめに「ごちそうさまでした」と呟く。
「あの、さっきから気になってたんですけどこのひとは」
「家主だ」
目を丸くしているエリカを尻目に佐倉が洗い物を片付けていき、私はその間にどういう状況なのかを説明していく。彼女は情報量の多さか衝撃かわからないが口をぽかんと開けていたが、やがてその唇をわなわなとふるわせ、洗い物を終えてテーブルに戻ってきた佐倉を指さした。
「つ、つまり隊長はいまこの家で、このオムライス男とふたり暮らしっていうことですか!?」
「オムライス男」
オムライスマンが少しショックを受けたような顔で反復する。
「エリカ、その言い方はふさわしくない。あいつは料理ならなんでも上手だ」
「オムライス男だろうがカレー男だろうがなんでもいいんです!」
「待て、カレー男という言葉には聞き捨てならないぞハンバーグ逸見」
「なんで隊長がそれを!」
「ハンバーグ逸見」
オムライスマンが笑いをこらえきれないような表情で反復する。隊長時代に後輩が言っていた逸見のあだなを思い出して言ってみたが、どうやらそれが結構ショックだったようで彼女が少しブルーな表情になっていた。とはいえあれだけ毎日ハンバーグ定食ばかり食べていればそんなあだ名がつくのも仕方がないような気がするが。
「もう! オムライスだろうがハンバーグだろうがカレーだろうがオムカレーハンバーグ添えだろうがなんでもいいんです!」
「小学生の夢みたいな料理が出たな」
「どんなものも受け止めるのがカレーの素晴らしいところだ」
「話を聞いてください!」
「ぶぉぉぉぉおおおぉおおおおおお!!!!」
「なんだいまのは」
しっちゃかめっちゃかになっていた場に、突如として牛の断末魔としか形容のできない音が響く。きょとんとする私とエリカの前で佐倉だけが弾かれたように立ち上がり、履物と壁に釣られたナイフを用意して家から出て行った。しばし何が起こったのかわからなかった私とエリカだったが、すぐに気を取り直して彼と同じように家から飛び出していく。
私が先導して彼の歩いて行った方向を辿っていくと、先ほどの悲鳴が二度、三度と一帯に響き、そしてそのたびにその声は小さくなっていった。我々の逸っていた歩みも次第に落ち着きを取り戻し、そして畑から少し離れた林の中で再び彼を見つけた時にはもう急いで近寄ることもしなかった。
地面に座り込む佐倉を後ろから覗き込んだところ、その目の前にまだ子供のイノシシが横たわっている。牛ではなくイノシシだった。全身を有刺鉄線に覆われ、今もなんとかしてそれから逃れようとしているがそれが叶うことはない。逃れようとすればするほど刺は強く身体に突き刺さり、血を流して身体を弱らせるだけだ。佐倉は小さくため息をつき、それから逸見のことを見て「大変なときにきたなあ」と呟く。
「ふたりは家に戻っていてくれ。西住は家からロープを持ってきて」
「どうするんだ」
「……こうなっちゃもうだめだ。数日前から畑に足跡があったのはわかっていた」
「殺すのか」
「せめて食べてやるのが俺のやり方だ」
私たちは彼の言うとおりにする。エリカのことをひっぱると彼女は大人しくそれに従い、ふたりで来た道を引き返す。林から離れてしばらく経ったところで子イノシシの断末魔が聞こえ、私はそれを振り切るように歩を早めた。全く色々なことが起こる一日だと思う。
アトリエに戻ってロッキングチェアにエリカを座らせ、家の裏にある井戸のそばからロープの束を持つ。家の壁に沿って歩きながらエリカのそばまで戻り、そして私もエリカの隣に座り込んだ。気分が悪い。エリカが心配そうな声で「隊長?」と尋ねる。
「はじめは単なる休暇程度に思っていた」
突然脈絡のないことを話だす私にエリカが怪訝そうに眼を細める。
「だが、あいつと暮らすうちに自分に足りないものが見えてきたような気がする。この生活が大切な経験のように思える」
「この、楽隠居みたいな……」
「そうだ。そういうことだ。わかったかエリカ。じゃあいますぐこのロープを持って佐倉のところへ行け。私は血を見すぎて気分が悪い」
「え!?」
愕然とするエリカにずいずいとロープを押し付け、佐倉のいるほうを指さす。しばらくまごまごと戸惑っていたエリカだったが、やがて私の頼みならと頷いてそちらに向けて歩き始めた。私はようやく息を吐き、それから崩れ落ちるようにロッキングチェアに腰かける。自分がこれほど血や生物の死に弱いと知ったのはここで暮らし始めてからだった。
エリカの銀髪が青々と茂る畑の向こうへと消えていき、私は額に浮かんだ汗をぬぐう。とりあえずお腹もいっぱいだし、気持ちの良い風が吹いている。あの作業はしばらくかかるだろう。
眠ることにした。
次に目が覚めた時にはもう日も暮れかけ、西陽が私の身体に濃い影を落としていた。台所から味噌の香りが漂い、心地よい思いで起き上がる。隣に座っていた佐倉が文庫本から顔をあげてこちらを見る。
「そろそろ起こそうと思っていたところだ」
「エリカは?」
「いま風呂に入ってる。着替えを貸してやってくれ。あとあいつの教育をもっとちゃんとやっておけ」
「なんだ藪から棒に」
「……イノシシの解体で汚れただろうから『風呂に入ってこい』と言ったら顔を真っ赤にしてビンタされた」
不機嫌そうな彼の言葉に笑い、それから「仲良くなれたみたいじゃないか」と声をかけると佐倉が複雑そうな顔をうかべる。多分ロープを持ってきてくれるはずだった私が現れず、代わりにエリカが現れた時から今日の彼の受難は始まったのだろう。ぶっきらぼうでひとを食ったようなこの男とエリカ。うまくいくはずがない。
愉快な気持ちを抱えて家の中に戻り、自室からエリカの着替えを用意する。おそらく今日は泊まっていくだろうと考え、私服の中でも特に動きやすいTシャツ類を用意しておく。脱衣所に入るとエリカからの呼びかけがあり、着替えを置いておくぞと返事をした。
それから佐倉とふたりで夕食の準備をし、そうしているうちに風呂からあがったエリカも食卓に合流した。今日の夕食はイノシシ鍋とイノシシ肉のハンバーグということで、先ほど一瞬鉄線に捕えられた子イノシシのことを思い出しそうになる。
「イノシシのハンバーグなんて美味しいの?」
「血抜きはしっかりしたから、あとは香辛料で多めに入れておけば美味しくなる」
その言葉通り、食卓に並んだイノシシ料理はどれも絶品だった。特にハンバーグの味は素晴らしく、人によっては通常の合いびき肉よりも好まれる可能性のあるもので、これにはエリカも舌を巻く。嬉しそうな笑みを抑えきれない表情で「悪くないじゃない」とこぼすエリカを見て、佐倉が少しだけ笑う。
夜。自室でエリカとふたり並んで布団に入る。ここに来た当初こそ緊張していた様子だったエリカだが、昼間佐倉の仕事を手伝ったせいか程よく疲れたらしく、今ではリラックスした様子で布団にくるまれていた。
ふと、エリカが顔だけをこちらに向ける。
「今年の全国大会、必ず勝ちます。この間も大洗と練習試合をして勝ちました」
その闘志みなぎる瞳を目にして口元がほころぶのを感じる。きっと彼女は良い隊長になっているんだろう。
「また一緒に試合をしましょう」
「そうだな」
「あの男といちゃいちゃしてばかりいないで」
「ばかをいうな!」
エリカの暴言に布団から起き上がって反駁する。いきなり何を言うんだこいつは。
「あいつかなりの奥手ですよ。強がってるけどビビりです。多分隊長から迫ったら簡単だと思います」
エリカのあんまりな言いように口元があわあわと動き、顔に熱が集まってくるのを感じる。私が高校にいた時には、色恋ごとに興味なんかありませんみたいな顔をしていたくせに、いきなり何を言い出すんだこいつは。
なんとか言ってやろうと思ったがうまく言葉が出ず、私はエリカと反対の側を向いて再び布団にくるまる。後ろからさもおかしいといったような笑い声が聞こえてきたが、それは無視した。そのまましばらく無言でいるとやがて心地良い睡魔が遅い、私はゆっくりと眠りの淵へと落ちていく。
「隊長の言ったこと、なんとなくだけどわかる気がします」
完全に眠りに落ちる前、エリカのそんな声が聞こえたような気がした。