どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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三都市定例会議

「お疲れ様! 来る前に一件片付けてきたんだって? カナちゃんたちのおかげで、また世界が平和になったね」

 

 ようやく到着した東京代表の二人に舞姫が真っ先に贈ったのは、遅刻による文句などではなく、とびっきりの笑顔と一仕事終えたことに対する労いの言葉だった。心からそう想い、噓偽りも社交辞令もない労いと感謝の言葉だ。こういった何気ない言葉や立ち位置が、彼女のカリスマたる所以なのかもしれない。

 

「大げさだよ、ひーちゃん」

 

 褒められるほどのことじゃないよ、と東京次席の女子・宇多良(うたら)カナリアが言う。三十年前の当時ならともかく、〈世界〉という異能の存在のおかげで〈アンノウン〉戦が一種のルーチンワークとなった現在では、〈アンノウン〉の討伐など褒められる理由にはならない。だってそれが当たり前だし、という感想が先走るからだ。

 しかし、舞姫は違う。彼女は本気で、本当の意味でみんなが笑っていられる世界を望んでいる。

 

「ううん。大げさなことないよ。こういった一歩一歩が大事なんだから! 昨日より今日! 今日より明日! 明日の昨日も今日!」

 

 拳を高く突き上げて演説する舞姫だが、俺にはその内容がだんだんと支離滅裂なものになっているようにしか聞こえない。本当に戦場以外はアホなんだよな、この娘。

 案の定、舞姫は頭にハテナマークを浮かべ、

 

「……つまり?」

「つまり、一日一日を大切にしよう……とヒメは言っている」

「うん、うん! そうか! そうかも! そうだった! 今こそ全て! 今を生きろー!」

「さすがヒメ。素晴らしい言葉だ」

「……そうなのか?」

「さあ? おヒメちんのああいうのを理解できるのは神奈川の人だけだし」

 

 舞姫の要領の纏まっていないアホな演説擬きを、一体全体どう拡大解釈したらそうなるのだろうか。ある意味凄い。とはいえ、舞姫のアホ演説をほたるが翻訳もとい拡大解釈するのは、この三都市定例会議ではある種のお約束のようなものだ。なので、誰もツッコミを入れたりもしない。

 

「ほらほら、座って座って」

 

 舞姫に促されて、東京組も用意された席に座る。

 途中、カナリアと目が合ったので、軽く頭を下げるとにこやかな、お手本のような笑みを浮かべてくれた。

 

「うわ、神楽すっごいにやにやしてるし、キモい」

「誤解生まれそうなこと言うの止めような。ほら、首席さんが殺気飛ばしてきてるから」

 

 でも、東京首席や明日葉には悪いが、言い訳をさせてほしい。東京次席の宇多良カナリアは贔屓目やお世辞が必要ないくらいに美人なのだ。先ず目を惹くのが、手入れの行き届いた美しい金色の髪と蒼い瞳。さらには高い身長と厚手の制服越しからでもわかる豊満なバスト。それを強調させるようなくびれの曲線美と形の良いお尻。足の先から頭の先まで完璧な、パーフェクトボディなお姉さんに微笑まれて喜ばない男はいない。仮にいたら、そいつは間違いなくホモの類いだ。

 たしかに美人というだけなら明日葉も負けていないが、明日葉の場合はお姉さんというよりも妹のような、猫のような、そんな可愛さだと思う。なにより明日葉にカナリアのような色気や大人っぽさは無理だ。主にバスト的な意味で。

 

 ──でもこの人、残念美人なんだよな。

 

 色気や大人っぽさ。そういった類いを醸し出せそうな容姿をしているくせに、カナリア当人は舞姫以上にアホの娘気質が強く、舞姫とは別ベクトルの天然さんなのだ。つまり、黙ってると美人。

 そう考えると、やっぱり明日葉が一番だな、と勝手に頭の中で結論付ける。

 

「ふん。アホ共が」

 

 そう言って、東京首席の朱雀壱弥(すざくいちや)は鼻を鳴らした。そのまま淀みない足取りで席に座る。その姿が一々様になるから不思議だ。

 席に座るなり、壱弥の視線がある一箇所に向けられる。なんとなくその視線を追うと、ああ、と納得。

 先ほど俺が見ていたランキング表。それを壱弥はまるで怨敵のように睨み、一つ舌打ちを落とした。

 一位・天河舞姫。二位・千種明日葉。三位・凜堂ほたる。

 上位三名のスコアと僅かな微差で置かれた四位の名。四位・朱雀壱弥。

 それが気に入らないのか、壱弥は眉をずっと内側に寄せていた。

 東京首席・朱雀壱弥はランキング至上主義と言わんばかりに、ランキングに拘りを持っている。どうしてそこまでランキングに拘るのか、その経歴は知らない。

 だけど、その気持ちはよくわかる。

 そもそもランキングの本当の役割は、任期を終えた生徒の内地移送後の待遇を決める測りの意味合いが強い。加えて、スコアを上げる条件が主に〈アンノウン〉戦での撃破数だ。戦場での活躍が上位者の条件ということは、必然的に上位者は名実共に生徒たちの中でも最強クラスの実力者ということになる。

 それなのに、そのトップスリーが全員女子。いくら壱弥でなくても、男としては多少なりし情けなさを感じなくはない。

 もっとも、それがこの場に当てはまるかと言われたら、それはまた別問題だ。

 

「まーたランキング気にしてるやつがいる」

 

 呟くような、下手をしたら聞き逃してしまいそうな声。その声の主は頬杖をつき、眠そうに目蓋を閉じた霞だ。明らかに特定の人物に向けられたその言葉に、壱弥は過剰な反応を示した。

 

「百位台がなにか言ったか?」

「今は二百七位なんだな、これが」

「まだ下がるのか。で、なにが言いたい」

「別になにも。ランキングなんかに一喜一憂してるようじゃ、底が知れるって話」

 

 売り言葉に買い言葉。正に一触即発の空気に、俺は胃がきりきりと痛くなった。

 東京首席・朱雀壱弥と千葉次席・千種霞の仲の悪さは、三都市に所属する大半の生徒が知っているくらいには有名だ。戦場やこうした会議の場で顔を合わせて険悪にならなかった試しがない。

 基本的に霞が壱弥をおちょくったり、噛み付いてくる壱弥を霞が聞き流したりしているだけなので、今のところ暴力沙汰にはなっていないが、護衛役として二人を見ているこっちとしては冷や冷やものだ。

 

「底が知れるとかマジウケる。お兄ぃの下りっぷりは底知れないもんね」

 

 ──胃痛に続いて、今度は頭が痛くなった。

 どうして、そこで明日葉が加勢するんだよ。

 つんつん、とつま先で霞の椅子を突っつく明日葉。ぎしぎしと霞の座る椅子の背もたれが揺れた。

 

「俺は妹の七光りでここにいるだけだからなぁ」

「おっと、自覚はできているようだな。後は人権の違いと身分の違いを弁えるだけだ」

「さすが、四位さんは言うこと違う」

「人の名前はちゃんと覚えような? 千葉カス君」

「そうね〜、いっちゃんさん」

「っ⁉︎」

 

 ──痛い。具体的には頭とか胃とかが、こうガリガリ削られている。

 

 きっと無関係な第三者が見たら、この光景は実に楽しいものなのだろう。俺だって、護衛役じゃなければ腹を抱えて大笑いしているに違いない。でも、俺の役職は護衛役だ。仮に壱弥がキレて霞に襲いかかった場合、全力で霞を守らないといけない。そんなことになってみろ。間違いなく霞と一緒に瞬殺される未来しかない。

 誰でもいいからこの空気をなんとかしてくれ。そんな願いが通じたのか、

 

「フハハハ! 今日も仲良くやってるようで大変結構!」

 

 駄目な大人代表が大笑いして会議室に入って来た。南関東の防衛機関の統括を任されている地域管理官の朝凪求得(あさなぎぐとく)だ。

 伸びきった髪と無精髭を生やしたこのおっさんは、信じられないことにこの南関東における対〈アンノウン〉戦線の指揮をとる最高責任者だったりする。管理局の制服を着ていなければ、ただの浮浪者のオヤジにしか見えない。

 

「笑わない。あなたが仕切らなくてどうするの」

 

 浮浪者のオヤジ、改め求得を叱るように、でもそれでいて穏やかな声の女性が求得の後を追うように室内へと入って来る。桜色の髪をした女性だ。黙っていれば、がつく残念美人のカナリアや、男装が似合う女性ランキング三都市ナンバーワンのほたる(ストーカー)とは違う、本物の大人の女性としての魅力と母性に溢れた人物の名は夕浪愛離(ゆうなみあいり)という。彼女もまた、地域管理官の一人であり、戦場では戦線のサポートを務めてくれている。

 

「上から四の五の言われて戦うより、こっちの方が気楽でいいだろ」

「また本部から嫌味言われるわよ?」

「そんなもん好きなだけ言わせておけ。大事なのは現場の判断だ」

「もう」

 

 二人とも地域管理官という高い役職に就いているはずなのに、そのやり取りは完全にまるで駄目な男、略してマダオに騙された可哀想な女性の図にしか見えない。

 大丈夫か南関東。あと、愛離さんはそこのおっさんにもう少し厳しくしてもいいと思います。

 

「ほら、霞たちもその辺りで止めとけよ。会議、始まるぞ」

「へいへい、と。ほらクズゴミさんも座りなよ」

「ふん。何故俺が無能共に指図されなければならないんだ」

 

 えぇ……。俺が悪いの? お兄さん、聞き分け悪い子は苦手なんですけど。

 毎度のことではあるが、壱弥に対して俺の中の常識がまったく通用しない。

 とにかく平常心を取り戻すために、深く深呼吸。その様子を求得が大笑いしながら見ていた。笑ってないで助けろよ。

 

「相変わらず苦労してんな。千葉の護衛役さんは」

「そう思うなら助けてくださいよ」

「断る!」

「クソが! 駄目大人代表に頼んだ俺が馬鹿だった」

 

 チっ、と露骨に舌打ちをしながら、使えないなぁ求得さんは、と嘆く。ぶっちゃけ面白そうならなんでもいい、のスタンスな求得が助けにくるなんて展開、最初から期待していない。だが、こう正面から悪びれもなく堂々と言われると、全力でぶん殴りたくなる。

 

「こら、困らせないの」

 

 そう言って助け船を出してくれた愛離は、申し訳なさそうにこちらに小さく頭を下げた。だから、最高責任者がほいほい頭とか下げないでください。

 

「ごめんなさいね。この人には後でキツく言っておくから」

「完全に駄目亭主に頭悩ませる良妻にしか見えない件について、どう思うよ神奈川首席」

「しょうがないよ! ぐとくさんだし!」

「ああ。ヒメは何時も正しいな」

「容赦ねぇな、おまえら!」

 

 舞姫に言われたのがよっぽどショックだったのか、ちょっとだけ半泣きになる求得。あ、ヤローの、しかもおっさんの半泣きとか需要ないんでいいです。

 

「じゃあ、求得のオシオキは後で考えるとして、先に三都市定例会議を始めましょうか」

 

 ぱんぱん、と手を叩いて、まるで聞き分けの悪い子どもたちに言い聞かせるような口調で愛離が会議の開始を宣言する。

 いそいそと席に座る各都市の代表たちを見て、良い子ね、と母親の様な微笑みを愛離は浮かべた。

 

「では、先ずは今季のランキングについてから──」

 

 




アニメ最終回よかったですよね。
なんというか、やっぱり王道はいいな。
原作は終わりましたが、引き続きこの小説にお付き合い頂けたら幸いです。
アニメは終わってもまだ円盤買いの日々があるしね!
スタッフさんニ期やってもいいのよ?
お気に入り、評価ありがとうございます。

本編裏話 愛離と求得と神楽
愛離「護衛役は大変でしょう? なにか困ったことがあったらいつでも相談に乗るわ」
神楽「求得のおっさんが俺に妹ものやら幼なじみものの円盤渡してくるんで、止めてもらってもいいですか?」
求得「ま、待て愛離! これは男の成長に必要不可欠な聖書的なアレで――」
ドナドナされた求得がどうなったかは誰も知らない。

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