どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

6 / 42
人はそれを不可能と言う

 移動中のほんの数分だけでいいから仮眠を取りたいという霞のささやかな願いは、きまぐれ猫な明日葉の暇潰しという理由によって叶うことはなかった。なまじ寝ようと目蓋を閉じて抵抗をしていたせいで、車両を降りてからずっと霞の足取りはふらついている。

 

「お兄ぃー、置いてくよ」

「……待って明日葉ちゃん。お兄ちゃん結構限界なんですけど」

 

 もっとも、俺も明日葉もそんな霞を心配する素振りすら見せずに改札を出て、そのまま迷うことなく目的地へと向かって歩いていた。霞の扱いの悪さなど今に始まったことじゃない。

 目的地の名前は、南関東管理局という。

 管理局というのは、臨時政府が〈アンノウン〉に対抗する為に結成させた組織の総称で、俺たちが向かっている場所は南関東の支部にあたる。

 最前線を指揮する場所な為か、その大きさはかなりのものだ。敷地内に入るためにはコード認証を始めとしたいくつもの手続きが必要なことから、その重要性がよくわかる。事実、〈アンノウン〉との戦闘時には戦場でのモニタリングなどを行う場所としても機能していた。ただ、基本的な作戦指揮は各都市の代表に任せてくるし、現場でとりわけ作戦指揮を受けた記憶もない。まあ身も蓋もない言い方をするなら、管理局は形だけのまとめ役ポジションだと個人的には認識している。

 そんな感想が出るような場所ではあるが、護衛役という役職に就けなかったら、俺なんかには一生縁の無い場所であることには変わりない。基本的に各都市の代表たちや、戦闘科のエリートたちくらいしか行く機会も理由もないような場所なので、初めて来たときはその厳重な警備体制とそれに反比例するかのような気さくに接して来る大人たちの対応に目を丸くしたのは記憶に新しいところだ。

 そう考えると護衛役になってよかったと思える。

 俺たち学生組の任期が終了した後の待遇や、怪我や能力の向上の限界などから仕方なく任期前に前線から外れる生徒の処遇などを決めたりするのも管理局の仕事らしいので、やっぱり直接管理局の大人たちにコネやらゴマやらを作れる環境の方がいい。

 ランキング最下位組と笑わられるくらいならまだマシな方で、首席及び次席の護衛役なくせに地元である千葉の生徒たちから『おまえの〈世界〉ってなんだっけ?』とかいわれたりすることもある身としては、なんとしても任期後の待遇を少しでもよくしたいのだ。

 

「神楽が単純に気にし過ぎだとは思うけどな……でも、俺も妹の七光りでここにいるしなぁ……」

 

 うなじに付けられた特殊紋様、クオリディア・コードによる認証を終えて、無駄に広い敷地内を進みながら霞が言う。

 たしかに自分でも気にし過ぎかな、とは思ったりはする。でも逆に、そこは察して欲しいとも思う。任期後、あるいは様々な事情から前線を外れた者たちは、皆等しく内地と呼ばれる安全地域へと移送される。ランキングを始めとした成績によって内地移送後の待遇も変化する制度なので、必然的に生徒たちは躍起になってランキングを上げようとするのだ。

 しかし、任期間近になっても未だランキング三百位の俺や、先日晴れて百位台から二百七位になった霞のような最下位組は今さらランキングを上げようとは思わないし、現実問題難しい。なので、こうして涙ぐましい小さな努力をするしかないのだ。

 

「神奈川と東京はもう来てるかな?」

 

 基本的に明日葉のきまぐれと霞のぶれ幅の大きいやる気によって動いている我らが千葉組は、こうした集まりの場に着く時間の統一性がまったくない。そのせいで東京首席からは、『時間にルーズ過ぎる』などとお小言を言われたりもする。

 明日葉は携帯端末を再び弄りながら、ぽつりと、

 

「おヒメちんたちはもう来てるかもね」

 

 と言った。まあ、あそこは周りの保護者もといストーカーたちが過保護なレベルでしっかりしているから、明日葉の言うとおり既に到着しているだろう。

 もっとも、過保護という点ではうちの霞も負けてはいない。明日葉のためなら大抵の無茶や常識は覆すような男なので、俺の中では神奈川の保護者連中といい勝負だと思っている。それに、そんな霞に当事者の明日葉も満更でもない様子なのだ。真面目にそろそろ本気で一線超えて、既成事実の一つでも作らないのかなぁ、とか考えてしまう。

 

「──やあやあ、お疲れ様! 待ってたよ」

 

 少し非常識な考えに入りかけていた俺の思考を断ち切ったのは、やたらとテンションの高い小柄な少女の声だった。色素の薄い銀色の髪を二房に束ね、身の丈を被うほど大きな海軍軍服を肩にかけている。

 会議用に用意された部屋に入った瞬間に出迎えられたので、俺と霞は一瞬惚けてしまう。

 

「お疲れー。おヒメちんは相変わらず元気だね」

 

 そんな中、明日葉だけは変わらず気怠げな声で返事を返した。正反対な性格の二人は、実はなにげに仲が良かったりする。

 

「当たり前だよ。元気こそ健康の秘訣、健康こそ元気の秘訣、つまり元気な秘訣は健康で……あれ?」

 

 途中から何が言いたいのかわからなくなったのか、少女がこてん、と首を傾げた。

 毎回思うが、この少女、かなりアホである。

 上手い言葉が口から出てこず、頭を捻るアホ娘の近くにある巨大な電子ボード。そこに書かれているのは今季のランキング上位者の名前だ。

 俺はそこの一番上。つまりはランキング一位の名前を見る。

 天河舞姫(てんかわまいひめ)

 二位の明日葉のスコアを桁二つくらい引き離して一位の座に居座る人物の名で、信じられないことに目の前で頭を捻るアホ娘その人である。

 

「どうした? 東京のクズゴミさんみたいにランキングが気になる年頃か?」

 

 ボードを凝視していたからか、隣にいる霞が冗談交じりに訊いてきたので俺は直ぐに否定の言葉を口にした。

 

「そんなんじゃないって。何度見ても、あれが“人類の希望”と呼ばれている人と同一人物とは思えないだけ」

「ああ、確かに」

 

 明日葉と楽しそうに談笑する舞姫の姿は、年相応の普通の女の子にしか見えない。だが、そんな少女はたった一人で百の〈アンノウン〉を撃退できるほどの力を持っている。

 正に一騎当千。実に十年もの間、神奈川の首席を、そしてランキング一位の座に居座る絶対強者。他者を寄せ付けないその実力は数多の人々の希望であり、同時に数多の人々の目標だ。

 そんな絶対強者は、現在うちの明日葉に頬をむにむにと摘まれて遊ばれている。

 その光景を微笑ましく眺めていると、

 

「──貴様ら……私の前でヒメを侮辱するとは、いい度胸だな」

 

 ぞくり! と背筋が凍るような低い声が背後から聞こえた。刃物を心臓に当てられたのかと錯覚するくらいに、割とガチな殺気だ。

 

「やだなぁ……天下のランキング一位様にそんな失礼を働くわけがないじゃないですか。なぁ、霞?」

 

 慌てて振り返り、俺は必死の言い訳を述べた。便乗するように、霞も無言で首を縦に振っている。

 振り返った先、そこには椅子に座ったまま、とんでもない圧力を放つ神奈川女子がいた。

 

「なら問題ない。いいか、ヒメは偉大だ。そんなヒメを侮辱することも、からかうことも私が許さない」

 

 わかったな、と神奈川次席・凜堂(りんどう)ほたるは俺たちを睨んだ。

 流石は舞姫の強さやカリスマ性に盲信した変態集団こと神奈川陣営。その中でもトップクラスの信者たる神奈川四天王の一角は、今日もまったくブレていない。

 

「東京組は……まだみたいだな」

 

 部屋の中心に鎮座する三日月型のテーブルと前後二つずつに並べられた椅子。言うまでもなくその席は各都市の首席と次席に用意されたものだ。

 そこの端っこ。東京の席は依然空席のままだ。

 

「こっちに来る前に一件片付けてくるって、さっき連絡があったよ」

「片付ける?」

 

 俺は困惑して舞姫に訊き返した。

 

「〈アンノウン〉のことだよ。〈ゲート〉の場所から一番近かったからね。東京の人たちにお願いしたんだ」

 

 それは知っている。なにより東京の生徒は千葉や神奈川以上に実力主義な傾向が強い。とりわけ首席はランキング至上主義だ。きっと今頃ノリノリで〈アンノウン〉を駆逐しているだろう。

 

「そんな警報、俺ら聞いてたか?」

「ああ、移動中にあったな」

「……なんで救援に行かないんだよ」

 

 俺が訊くと、霞はさも当たり前のように、

 

「いや、面倒だし」

「ああ。うん、わかった」

 

 納得がいった。

 前任の次席がやたら好戦的だったからか、現次席の霞は間逆に戦わなくていいなら戦わないというスタンスを取っている。

 そのせいで、基本的に喧嘩っ早く、ヤンキー思考な千葉生徒たちは不満気味らしい。とはいえ霞の本音としては、本来ならしなくていい首席の仕事も兼任しているのだから、これ以上無駄に仕事を増やしたくないのだろう。戦闘一つするだけでも山のような報告書を管理局に提出しないといけないのだ。

 

「まあ、立ち話もなんだし。座ろうよ」

 

 そう言ってきたのは舞姫だった。

 見れば、明日葉は既に着席している。習うように霞も用意された席へと向かったので、その後を付いて行く。

 

「で、また霞が前なのね」

 

 用意された六つの席。中央席に神奈川、それを挟むようにして千葉と東京が座るのが決まりなのだが、基本的に最前列は代表たる首席が座るものである。

 だけど、千葉だけは違う。当然のように後ろに首席の明日葉が座り、前に次席の霞が座っている。

 もっとも、実質的に千葉の運営をしているのが霞なのを考えると、あながちこの座り順が正しいとも言えた。

 

「そういう神楽もまた立ってるし」

 

 六つの席のさらに後ろに立つ俺を見て、一番近くにいる明日葉が言う。そう言われても、元から俺の席がないのだから仕方ない。

 

「いいんだよ。本来なら護衛役はここにいちゃいけないんだから」

「……あっそ」

 

 そう言って明日葉はまた携帯端末を弄り始めた。どうやら管理局の俺に対するぞんざいな扱いに機嫌を悪くしたようだ。不謹慎だけど、ちょっと嬉しい。

 すると、前に座る霞が面倒くさそうに、

 

「椅子ならあるんだから、座ればいいだろ」

「なに言ってんだ? 椅子なんてどこにも」

「あるだろ。そこに」

 

 ない。と言いかけた俺に霞は空席の二席を、正確には前の一席を指差した。って、そこは東京首席の席なんですけど。

 

「遅刻したクズゴミさんが悪いでしょ」

「いや、〈アンノウン〉撃退してるだけだから」

 

 というか、相変らず霞は東京首席に容赦がない。ランキングだけなら俺ら男子陣の中で最上位なんだから、少しは仲良くすればいいのに。

 

「そんな邪険に扱わなくてもいいのに」

「いやいや無理だって。だいたい、東京のクズゴミさんが俺なんかと仲良くするなんてできると思うか?」

 

 ……無理だな。自分で言った手前、真面目に霞と件の東京首席が仲良くする光景をイメージしたが、自分の脳内の光景だというのに気持ち悪いという感想しか出てこない。

 

「──すまん霞。自分で言ってあれだが、無理だわ」

「お兄ぃが東京の人と仲良くするとかキモいよね」

 

 妹の明日葉のお墨付きも貰ったので、不可能なのは確定だ。たぶん、二人が仲良くなるよりも〈アンノウン〉を完全に殲滅する方がよっぽど現実的だろう。

 しかしただ一人、神奈川首席の舞姫だけは、

 

「えー? かすみんもすざくんも似た者同士なんだし、きっと仲良くできるって」

 

 とか真面目くさった顔で言っていたので、当事者の霞含めて俺たち千葉組は三人同時に手首を横に振って、

 

『無理無理』

 

 と返したのだった。

 

 ちなみに、もう一人の当事者である東京首席様が到着したのは、さらに一時間が経過した後のことだった。

 




今週で原作が終わるというのに、この低速な更新速度よ!

本編裏話 他都市の護衛役 神奈川編
舞姫「千葉に習って、神奈川でも護衛役を決めようか!」
神奈川四天王『ガタッ!』

その後、神奈川生徒全員による護衛役を決めるバトロワがあったとかなかったとか。
……ちなみに、その直後、倒れ伏す神奈川生徒たちを前に雄叫びを上げてガッツポーズを決める凜堂ほたるの姿が目撃されたらしいが、真相は定かではない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。