どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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そして戦いの幕は上がる

 壱弥への説得というか、奮起を失敗して学生寮を出ると、既に外は夕焼け色になっていた。ぞろぞろと寮に戻って来る東京生たちを見て、なんとなくだが居心地の悪さを感じてしまうのは、見に染み付いた小市民的思考から来るものなのだろうか。

 色々な意味でやらかした感が半端なかったが、これ以上あの場に居てもたいした結果にはならなかったと思う。とりあえず壱弥にカナリアが生存しているかもしれないという情報は伝えた。後は当人が決めることだ。一応、当初の目的だけは果たしたわけだし、なんというか早く千葉に帰りたい。

 

「うーす」

 

 慣れない疲労から油断していたら、唐突に声をかけられる。慌てて振り返れば、そこにいたのは見知った顔だった。

 

護衛役(仕事)サボって何してるのかと思えば……なにしてんの?」

 

 よく知った無気力な表情がデフォルトの親友がそこにいた。

 

「あー、悪い」

「謝んなよ。気持ち悪い」

 

 霞が軽い悪態と一緒にため息を吐く。俺は大きく肩をすくめた。まあ、確かに俺たちはお互いに気遣う間柄ではない。

 そのまま暫し無言で歩幅を合わせ、肩を並べて歩いていると、霞は気怠げに訊いてきた。

 

「──にしても、珍しいな」

「なにが?」

「おまえがそんな風に一生懸命に動くことだよ。基本無関心、第三者主義だろ?」

「そうか? なら、あれだ。千葉の負担を減らしたいんだよ。また睡眠時間が無くなるのは勘弁だしな」

「誤魔化すわけね。そうですか、そうですか……」

「いや、べつに誤魔化すとかそういうんじゃなくて……」

 

 冗談めかして答えてみるが、霞は珍しく真面目な表情を作っていた。こういう時の霞は苦手だ。普段とは立場が逆になる。

 霞は息を浅く吐き出し、

 

「護衛役になってから、神楽はずっと俺や明日葉の後ろを黙ってついて来ただけだったろ。巻き込まれたり、仕事を無理矢理に押し付けられたりはあっても、自分から何かをしようとはしなかった」

「そうかもな。それで?」

「過程や結果はこの際どうでもいいし、興味もない。問題は、そんなおまえが自分から今回の一件に関してだけ、積極的に動いているということだ。今日みたいに護衛役の仕事を放棄してまでな。その理由はなんだ?」

 

 下手な嘘は容易く見破られそうな気がして、反射的にドキリとしてしまう。

 壱弥のため、と言うと語弊がある。だが、壱弥のことをほっとけなかったのも事実だ。仲間、友達、戦友。付けるべき、当てはまる言葉は思い浮かぶが、それを口にできない自分がもどかしい。

 

「クズ雑魚さんとの会話、マジか?」

 

 日が暮れかけている。海から吹く風が頬を撫でた。俺は霞から逃げるように視線を外し、前だけを見つめた。

 

「訊いてたのかよ……」

「訊きたくはなかったよ。恨むなら〈世界〉を恨んでくれ」

「便利な〈世界〉だな。羨ましいよ」

「それで、本当なのか?」

 

 霞が再度訊いてくる。何時もの俺ならば、迷わず首を縦に振っていただろう。今の俺は、随分と、らしくないと自分でも感じてはいる。

 なんと説明すればいいのだろう。

 生きている、かもしれない。実は俺も〈アンノウン〉に襲われた。情報の掲示を管理局に禁じられて今の今まで話せなかった。

 話すべき内容は決まってはいる。それは間違いないし、間違いようがない。だが、独断行動の結果、俺以外の人物まで迷惑がかかることだけはしたくない。それが明日葉や霞なら尚更だ。

 いや、明日葉や霞に迷惑が、という話ではない。最悪の場合、責任問題と命令違反で護衛役を解任される可能性だってあるのだ。

 なにより、味方組織の中枢にいる管理局を疑えなんて、今の状況で言えるわけがない。

 無論、これら全てが俺の楽観的思考による妄言だと思われている場合もある。事実、壱弥にはそう思われたかもしれない。だが俺は霞にも伝えるべきなのでは、と考えたりもした。自分で自分を整理したいとも思った。しばらくの無言が続いた後、俺は言葉を選ぶように話し出した。

 

「……まだ確証がない、ってのが理由の一つ」

「?」

「悪戯にみんなを混乱させたくはなかった。下手に希望を持たせたりするよりは、現状の解決を優先させたかったんだ。なにより、それで駄目だった時のことを考えるとな」

「……一応、そういうことにしといてやる」

「悪い。でもな、これだけは間違いない」

 

 そこで俺は一度言葉を止めた。なにか、上手い言い方がある気がしたのだ。だが、うまく言葉が出ない。仕方なく、俺は先を続ける。

 

「俺も、みんなの為に何かしたかったんだと……思う。防衛都市とか、千葉とか東京とか神奈川とかを抜きにして、俺もみんなの力になりたくてさ、らしくないことをしてみたくなったんだよ」

「……」

「だから、その、あれだ。勢い任せに動いてるだけで、実は後先のことは考えてない」

 

 口を閉じると、お互いの足音だけが聞こえるばかりで霞はなにも言わない。霞は誰にでも皮肉と嫌味を織り交ぜながら話せるやつで、それがこいつなりのコミュニケーション方法でもある。だというのに、今は沈黙を貫いていた。ほとんど勢い任せの、後づけの理由を悟られたくなかったし、黙られたくもなかった。

 

「なにか言えよ」

 

 そう促すと、霞は渋い顔のまま口を開いた。

 

「神楽は……」

「あん?」

「神楽は、宇多良が生きてるって本気で信じてるのか」

 

 俺は特に考えることもなく、即答した。

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 夜が来て、そしてまた朝が来る。

 翌日の空は晴れていた。

 東京湾に浮かぶアクアラインの海ほたる。

 求特のおっさんの横暴によって、俺たち千葉校戦闘科は〈ゲート〉方面への厳戒態勢を敷くことになった。そのせいで朝からずっと俺たちを含む戦闘科の精鋭たちは海ほたるでの警護をしている。

 遠くの空でウミネコがみゃあみゃあと呑気な鳴き声を上げている中で、配備担当の生徒たちは油断なく湾を睨む。あんなことがあった直後だ。警戒心は強すぎるくらいで丁度いい。

 それは俺たちも同様。

 明日葉は棒付き飴を口に咥え、ころころと舌で転がしながら、海上を見張っている。だが、おもむろに眉をひそめて背後を一瞥した。

 

「お兄ぃ、神楽、なんかアレ、キモくない?」

「うんそうだな。ほぼゾンビだな。というか、なんでここにいるんだよ」

「なんでと聞かれたら、たぶん俺の所為なんだよなー。ごめん、ちょっと俺も後悔してるから許して」

 

 霞と同意して、それこそゾンビのような表情で頷いた。

 明日葉の言うアレとは、死んだ魚のような目で棒立ちになっている朱雀壱弥だ。今朝早くに海ほたるにふらふらとやって来たかと思えば、そのまま無言で海上を見つめている。昨日の一件で奮起するのかと思いきや、壱弥はただそこにいるだけで周りの士気に悪影響を与えるほどの陰鬱オーラを撒き散らしていた。今すぐに東京の自室で引き篭もってはもらえないだろうか、と切に願う。

 その壱弥を見て、明日葉はうえーと三角形に口を開く。

 

「いやマジキモいから。お兄ぃの次くらいにキモいから」

「あれより下にランクづけされた肉親の気持ち考えたことある?」

「……やっぱりカナちゃんの存在っておっきかったんだなぁ……」

 

 明日葉がつぶやくように言う。

 

「……そうなんじゃない? 知らんけど」

 

 霞がなんでもないように答えるが、明日葉はそこに含みを感じたらしい。

 

「お兄ぃ、カナちゃんのこと苦手だったっけ。なんで?」

「別に苦手とかじゃないんだが」

「や、それ嘘だから。お兄ぃ、相手の悪意にカウンター打つことでしかコミュニケーション取ろうとしないじゃん。ていうか、コミュニケーション取れないじゃん。たがらカナちゃんのこと百パー苦手じゃん」

「わかってんなら訊くなよ。いやそれが正解とは言ってないけどね」

「でも否定はしないんだろ?」

「はいそこの護衛役。余計なこと言わない」

 

 よく見てるなぁ、と感心する。

 事実、霞はカナリアのことが苦手だった。

 理由は至極単純に、二人が真逆の性格だからだろう。

 カナリアの笑顔は誰にでも平等だ。全身全霊全力全開誠心誠意の善性善意の化身みたいなカナリアは、霞の悪態すら好意的に受け止めるし、こちらのことを全面的に肯定する。怖いのは、その上でカナリアは自身のことを否定してしまうことだ。

 この世のあらゆる存在は自分よりも価値がある。そう、暗に言っているような気がしてならない。それが宇多良カナリアの価値観だと言われたら、それまでなのだが。

 

「ていうか、それ言ったら神楽もだろ。宇多良のこと毎度のように目で追っ駆けるくせに、宇多良と目が合う度に目を逸らしてたじゃん」

「まてまて。誤解を生むような発言はするな」

 

 話の流れを無理やりにこちらへと変えられて、思わず反論してしまう。

 そもそも俺はカナリアのことが苦手ではない。ただ、少し嫌いなだけだ。そう言うと、霞はいやいやと手を振る。

 

「それを世間一般では苦手って言うんじゃないの?」

「ぐっ……まさか霞が正論で返してくるとは……なに、なんか悪いもんでも食べた?」

「お兄ぃが正論とか、ほんとキモい」

「……二人して俺のことディスるのやめない? 心折れちゃうから」

 

 半泣きになってる霞を見て、明日葉がでもさ、と口を開き、

 

「実際のとこはどうなの? カナちゃんのこと嫌いだった?」

「どうって、言われてもなぁ……」

 

 好きか嫌いかと言われたら、たぶん好き。

 見た目だけならモロにタイプの女の子だったのは否定しない。

 だけどそれはLOVE(好き)ではなくLIKE(好き)の感情に近いとは思う。

 接する機会は多かった。同じ後方支援組だったし、相方に振り回されている者同士として、多少のシンパシー的なものを感じたりもした。

 だからこそ、自分を一番下に見るカナリアの考え方だけは理解できなかったのだと思う。

 護衛役という、他のみんなとは一歩後ろにいる立ち位置にいるからこそよくわかる。誰一人例外なく、俺の周りにいる人たちは自分以外の誰かの存在が必要なのだ。

 だから俺は、自分の価値を一番下に見るカナリアの考えが好きじゃなかった。

 ──じゃあ、明日葉はどうなのだろうか。

 そんなことをふと思う。

 側から見て明日葉とカナリアの仲は良かった。

 年下なのにタメ口とちゃん付けプラス渾名呼びの明日葉に対しても、やっぱりカナリアはニコニコと笑顔を絶やしたことがない。お互いに適度な距離感で、適度な関係を築いていたようにも見えた。だから、明日葉にとってカナリアと一緒にいる時間は悪くなかったのだと思う。

 しかし、それを明日葉に確認するよりも早く、海ほたるにけたましい警報が鳴り響いた。

 海上を見張っていた面々の表情が強張り、全体に緊張感がはしる。

 見れば洋上、晴天の空模様に、不釣り合いな黒い渦が生じた。

 虫食いのように蝕まれた渦の中から、這い出るように異形が顔を覗かせる。紛れもなく〈アンノウン〉だ。

 霞がげんなりとぼやく。

 

「来ちゃったか。まぁ来るよな」

「今回は正攻法で来ただけマシって思いたいよ」

 

 銃を構え直し、指示を飛ばす傍らで、明日葉は咥えていた飴の棒をタバコの吸殻よろしく吐き捨て、猛々しい笑みを浮かべていた。

 

「……ふぅん。わざわざストレス発散させてくれるなんて──気が利くじゃん」

 

 何時もと同じ、ふともものホルスターから二丁の銃を取り出す明日葉を見て、俺は先の疑問の答えを知る。明日葉も泣きたかったのだ。捻くれ者で、素直に泣けない明日葉は、こうして涙の代わりに違う感情で誤魔化している。

 結局のところ、明日葉は素直に泣くことができないらしい。




クオリディア・コード最終巻か今月末に発売するそうです。それまでにはせめて五話ぐらいまでは書き終わらせたい今日この頃。

本編裏話 防衛ラインの一コマ
神楽「おい、なんだあれ? 昨日まではあんな武器はなかったよな」
戦闘科「ああ、なんか工科の生徒が朝早くに置いていきましたよ。なんでも、最新式の武器で、名前は確か……そうそう、浪漫砲台パンプキンとか言ってました」
神楽「……配置生徒にアレには絶対に触るなって、伝令」

その気になれば、ここの工科に創れない浪漫はないと思う。


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