どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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戦う理由

 東京の西側に林立する高層ビルのうちの一つに、東京校の生徒が催し物の際などに利用する大きな講堂がある。

 この日、その講堂には、東京校の戦闘科の生徒たちが集められていた。

 今頃、東京校臨時代表の舞姫による決起集会が行われているはずだ。舞姫は常日頃から小難しい言葉で、普段のアホっぷりからは想像ができないくらいに凛とした態度で神奈川の生徒たちを鼓舞している。きっと上手くやるだろう。

 それに、そうして他の東京生徒たちを一ヶ所に集めてくれた方がこちらとしては都合がいい。

 東京校の学生寮──というにはあまりにも立派な建物を前に、俺は一つ息を吐き出す。なんというか、金がかかっているなぁ、とか思う。正直羨ましい。

 朱雀壱弥の居場所は直ぐに判明した。

 ここまでの道すがらに話しかけた東京校の生徒が、

 

「朱雀さんですか? たぶんまだ部屋から出てきてないと思いますけど」

 

 と沈痛な表情で教えてくれたからだ。

 東京校次席の宇多良カナリアを喪った悲しみから、壱弥は職務から離れ、人前に姿を現さなくなったそうである。

 要するに引き篭もりというわけだ。引き篭もっている理由が理由なだけに壱弥の気持ちを汲み取ってあげたい気持ちもあるが、そうできない理由もあった。伝えなければいけないことや、確認しなければいけないことがある。その後の結果は、まあ、なんとかなるだろう。

 そんなわけで、俺は一人で均一に部屋の並ぶ廊下を歩いていた。

 東京の寮は千葉の学生寮に比べると、掃除の行き届いた清潔な廊下や大きな窓など、小綺麗な印象を受ける。一年前まで住んでいた学生寮の汚さを思い出し、少し惨めな気持ちになった。

 そんなわりとどうでもいいことを考えながら、やがて一つの部屋の前にたどり着く。

 

「ここか……」

 

 一度深く息を吸って吐き出す。覚悟を決めろと自分に言い聞かせる。とりあえず、後で管理官の二人や霞と明日葉(幼馴染たち)には怒られることは確定しているのだから、成果の一つくらいは出したいと思う。そうでなければ、後が怖い。

 

「もしもーし。引き篭もりの朱雀さんはいらっしゃいますかー?」

 

 ドアをコンコン、コンコンとノックしてみるが、予想どおりに返事はなし。中から物音一つ聞こえてこない。

 もしかしたら無駄足か? と一瞬考えて、それはないと否定する。今の壱弥が自分から再起して、一人で何処かに行くとかありえない。

 

「……誰もいないよな」

 

 数回辺りを見渡して確認。講堂で行われている決起集会のおかげで、今のこの場には自分以外の人の気配はない。在るとすれば、それはこの扉の先に居る人物くらいだろう。

 

「壱弥、宇多良のことで伝えなきゃいけないことがある」

 

 返事はない。だけど、室内で僅かに人の動く気配を感じ取った。

 もう一度深く息を吸う。緊張のせいか、さっきから心臓が煩い。

 

「──もしかしたら()()()()()()()()()()()()()かもしれないって言ったら、おまえは信じるか?」

 

 直後、大きな音が響いた。

 響いたのはドアの内側から何かを力任せに叩きつけた音だ。数秒の間の後に、きぃっとドアが開く。どうやら、今ので鍵が壊れたらしい。

 期せずして開いてしまったドアを前に、俺は今入ったら死ぬかもしれないと思った。明らかに中の住人は怒っている。

 

「お、おじゃましまーす」

 

 部屋の中へと進んで、絶句した。

 室内は完全に消灯している。昼間の時間なので視認性は高いはずなのだが、荒んだ薄暗さを感じられずにはいられない。物音一つ聞こえず、換気をしていないのか空気が澱んでいた。

 そして、椅子や棚などな家具類がめちゃくちゃに横倒しになっている。感情に任せて、ひたすらに暴れた。そんな部屋だった。

 ドア近くにあったタンスを跨いで、荒廃の色が濃厚な室内を見渡すと、散乱した家具に紛れるようにしている人物を見つける。

 壱弥は部屋の隅でへたり込んでいた。だらりと垂らした手には、カナリアのものと思わしき帽子と、子供用の日記帳を掴んでいる。

 

「よう、生きてるか?」

「…………っち」

 

 挨拶をしたら舌打ちされた。射殺すような瞳で睨まれ、少しちびりそうになる。

 それでも引き下がるわけにはいかないのだ。

 幸いにも壱弥は無反応というわけではなかった。虚ろな目こそしてはいるが、少なくとも会話は辛うじて成立しそうだ。

 拳を握りしめて、言うべきことを整理する。

 舞姫なら、なんと言うだろうか。霞なら、なんと言うだろうか。そう考えて、首を横に振った。

 きっと綺麗な言葉を重ねても意味はないのだ。汚れて壊れて歪んだ人間にそんな言葉は毒でしかない。

 言葉はもっとシンプルに。俺ならば、日下神楽の言葉はなんだ。

 

「なんの用だ」

 

 壱弥は忌々しげに言う。その姿からは、かつての東京主席の力強さはない。ひどく歪で、ひどく弱々しい。

 

「──言ったろ。宇多良カナリアのことだよ」

「……カナ……リア」

「そうだ。そのことで聞きたいことがあって来た」

 

 壱弥は鼻で笑った。

 小馬鹿にしたようなものではなく、自虐するような笑い方だ。

 

「は……ははっ、なんだ、なにが聞きたい! 無様に、惨めに、俺の目の前でカナリアが死んだことか! 大切なものを目の前で護れなかった俺を笑いに来たか!」

「そうだよ」

「……つ!」

 

 自虐の言葉を吐き出し、奥歯を噛み締めていた壱弥だったが、俺の態度が気に障ったようで、怒りから瞳を大きく開く。

 そして悄然としていた壱弥は跳ね起きるように立ち上がり、憤りを迸らせて、俺の胸ぐらに掴みかかった。

 無音の空気の中、恐怖で引き攣りそうになった頬の筋肉を騒動員させて、表面上は冷静、実際は膝ガクブルで俺は壱弥に語りかける。

 

「……宇多良の死体は見たのか?」

「なに?」

「死体だよ。死体。宇多良カナリアの死体」

 

 そう。実はずっとそのことが気になっていたのだ。

 東京の生徒が七人も死んだというのに、死体は一つも見つかっていない。どう考えても、それはありえないことだ。

 

「実を言うとな、あの日、宇多良が襲われた日に俺も襲われたんだ」

「なん……だと」

 

 すっと胸ぐらを掴んでいた手が抜ける。

 事態が飲み込めていない壱弥を気遣うようにして、話を続けた。

 

「〈アンノウン〉の形状は筒型の、今まで見たことのないタイプだった。俺の〈世界〉が時間を止める能力なのが幸いして、今こうして生きているんだが、昨日の会議で気になったことがあってな」

 

 唇をワナワナと震わせる壱弥と目を合わせる。

 

「対象の〈アンノウン〉は上空から落下後に、海に潜って離脱したらしいが、ならなんで死体があがらないんだ?」

 

 一人ならわからなくもない。だが、七人だ。七人の死体が見つからない。死因は上空から落下した質量の圧迫死だというのに、腕や脚の一つも見つからないなんてことが、はたしてありえるのだろうか。それどころか、圧迫死という結論すら与えられた情報から推測したのだ。管理局側は死因すら教えてくれなかった。

 そう考えると、俺を襲った〈アンノウン〉の形状から、向こうの狙いは、

 

「……黙れ」

「壱弥?」

 

 低く、憤りの込もった声がした。

 触れられたくない傷に触れられ、それが壱弥の逆鱗に触れたようだ。

 

「もうたくさんだ! 死体がないから、まだカナリアが生きているだと! ふざけるな! 見たんだよ! 目の前で、俺の目の前でカナリアが〈アンノウン〉に押し潰されて消えるのを! だから──」

「だから、諦めるのか?」

 

 意味がない。

 その言葉を遮る。その言葉だけは、壱弥に言わせてはいけない。

 直感的にそう思った。

 

「黙れ!」

「いっ……つ!」

 

 パリン、と投げつけられた時計が壁に打つかり、破片が散る。飛び散った破片が頬を切ったらしく、血が頬から流れ落ちた。あと少し位置がズレてたら、頭に直撃していただろう。

 痛い。というか泣きたい。なにが悲しくて、俺はこんなに身体を張っているのだろうかと、心が折れそうになる。

 

「貴様に……貴様になにがわかる……! なにも、大切なものをなに一つ喪ったことのない貴様に! なにがわかるというんだ!」

 

 かける言葉が上手く出てこない。

 朱雀壱弥の心の傷は、想像を遥かに超えていた。今、彼の気持ちを理解しようとするのは間違いだと悟る。

 と同時に、少しだけそのことに安心している自分がいた。

 壱弥は舞姫と同じで、世界を救う為だけに戦っていると思っていた。世界を救う為に人ではなく英雄になることを選んでいたのだと。

 けれど、違うのだ。壱弥にとっての救う世界とは、カナリアという一人の少女が存在して初めて意味を持つ。

 そのことに、俺は安心した。

 なにも変わらないのだ。俺も、壱弥も、ただ護りたい人のいる世界で護りたい人と共に在りたいだけだった。

 朱雀壱弥の願いは、純粋で真っ直ぐな人としての願いだ。

 

「──わかんないな」

「貴様っ……」

 

 壱弥は忌々しさを隠さず睨むが、それを無視して話を進める。

 

「大切なものを喪った悲しみってやつはさ、たぶん喪った本人以外はわかんないんだよ。だから、俺には今の壱弥の気持ちはわからねぇ」

 

 だけど、それでも、

 

「それでも、壱弥が宇多良のことをどれだけ想っていたのかは、少しはわかるつもりだ」

 

 壱弥がカナリアを想うように、俺も明日葉と霞を想っている。意味合いや想いの深さは違うのかもしれないし、俺は壱弥と違って戦う力を持たない弱者だ。

 だけど、誰かを想う気持ちは同じなのだ。だから、

 

「気に入らないんだよ! 目の前に少しでも可能性がぶら下がってるんだぞ! 俯いて泣きべそかく暇があるなら、迷わずそれに賭けるくらいの気概を見せてみろよ!」

 

 言いたいことは言った。伝えたいことも伝えた。知りたかったことは、あんまりわからなかったが、それでもいい。後は壱弥が決めることだ。

 踵を返して部屋を出る。

 霞なら、無理やりにでも部屋から外へ連れ出すのだろう。だけど、俺にはそれをする気にはならなかった。

 

「……なあ、壱弥。もし宇多良が生きて、〈アンノウン〉に捕まってるならさ、きっと宇多良は壱弥に助け出されたいと思うぜ」

 

 呟くように言った言葉が暗闇に溶けて消えた。




説得失敗!
舞姫や霞を差し置いておきながら、この様だよ!
とまあ、冗談はさて置き。
とりあえず情報解禁(無断で)によって、原作以上に複雑化する壱弥くん。果たして彼の明日はどっちだ。
そして神楽の明日もどっちだ。といった具合でまた次回。
お気に入り登録や評価。何時もありがとうございます。

本編裏話 ifあるいはNGシーン
壱弥「黙れ!」
ブンッ! バキャッ!
神楽「ふげらっ!」
壱弥「あっ……」
神楽「…………」
壱弥「…………」
神楽「…………」
壱弥「……その、すまん」

物を人に向かって投げたらこうなるという話。

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