どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード 作:黒崎ハルナ
世界が滅びる少し前
初めてその兄妹と出会ったのは、まだ三歳くらいのときだったと記憶している。
人見知り、面倒くさがり、愛想なんて欠片もない、の三拍子が揃った問題児兄妹と、いったいどういった経歴で自分が仲良くなったのかは未だに全くと言っていいくらいに思い出せないが、思い出せないということは、きっとそこまで重要ではないのだろうと個人的には思う。
大事なのは、俺にとってその兄妹がとても大切な幼なじみであるという事実なのだ。
そこに優劣はないし、もしもどっちの方が大事かと第三者に訊かれれる機会があるのなら、俺は迷うことなくどっちも大事だと即答できる自信があった。そして、非常に嬉しいことに兄妹二人の方も俺に対して似たような感情を持っていてくれているらしい。
ただ、まぁ、そんな関係だからこそ、本当に、本当にごく稀にだが起きる二人の兄妹喧嘩に俺が巻き込まれるのだけは勘弁してもらいたいのだ。
普段は仲の良い兄妹なのだが、一度喧嘩が──と言っても大抵は妹がへそを曲げているだけなのだが──始まると中々どうして仲直りまでの道のりが難しい。
その日もそんな感じで、兄妹の妹の方が俺の家に不機嫌な顔をして駆け込んで来たのだった。
幼なじみの兄妹。その妹の方の名前は、
一応、喧嘩の理由を訊いてはみたが、明日葉は答えようとはしない。ひたすら無言で俺が食べようと取っておいた秘蔵のチョコナッツを食べ続けている。
はたしてあの無愛想な兄貴はなにをやらかしたのだろうか。今すぐにでもこの部屋から離脱して本人に問い詰めたかったが、明日葉の背中から溢れる不機嫌オーラが脱出を許さない。
「あ……あのさぁ」
ちっぽけな勇気を振り絞って呼びかけると、明日葉は無言でこちらを睨んできた。普段は兄貴そっくりな活力のない半眼が、今は睨みを利かせた半眼へと変わっている。まだ小学生に上がっていないというのに、このころから既に明日葉は他の同年代と比べて顔立ちが非常に整っていた。しかし、そのぶん怒るととんでもなく怖かった。
「なに?」
「いや、それ、俺が
「だから、なに?」
あ、はい。すみません。どうぞそのままお食べください明日葉様。てか、怖いんでガン飛ばすの止めてください。
とにかく話題を変えようと、俺はわざとらしく声を大きくして話す。
「……そ、そういえば明日葉は俺以外の友達とかできたのかなー、とか訊いてみたり……」
「いない。ってかいらない」
「いやいや、それは駄目だろ」
「なんで? 友達なら
そういう意味じゃないんですけどね。即答してくれて嬉しいけどさ。
そこは友達百人目指してみようよ。まあ、俺も友達は明日葉と霞くらいしかいないから人のこと言えないけど。
チョコナッツを食べて多少は明日葉の機嫌も良くなったらしく、会話が辛うじて成立し始めたことに内心で一人安堵する。本当なら今のうちに彼女が不機嫌な理由を知りたいのだが、今の明日葉からその理由を聞き出すのはまだ難しい。俺にどうしろと。
そんな堂々巡りな空気の重さに俺は軽い眩暈を覚えた。
「あれ?」
せめて残り少なくなった愛しのチョコナッツだけは救出しよう。そう思い手を明日葉へと伸ばそうとしたところで、俺はようやく彼女が不機嫌な理由に気づいた。見慣れた明日葉の髪に見慣れないものがある。
「明日葉、もしかしてそのヘアピンって……」
ぴたりとチョコナッツを貪り食べていた明日葉の手が止まった。
明日葉の誕生日祝いとして、兄の霞と一緒になけなしの小遣いを掻き集めて買った黒色のヘアピン。それが明日葉の前髪に付いていた。子供の小遣いで買った安物のヘアピンだが、明日葉の赤っぽい茶髪に黒色のそれは良く似合っている。
明日葉はゆっくりとこちらを見て、指先で髪を弄りながら素っ気ない口調で、
「うん、ほら、この前お兄ぃと神楽がくれたやつ。せっかくだから使おうかなって……」
そこまで言って、ちらちらと顔色を伺うようにしてこちらを見る明日葉。その様子に俺はこの場にいない兄に文句を言いたくなった。本来ならこう言った台詞は兄である霞の役目なのだ。ここで選択する言葉を間違えると、三日は霞と一緒に口をきいてくれなくなるのを経験則から知っている。
明日葉は催促するように上目遣いで、
「その……どうよ?」
「あ、うん、似合う似合う」
俺がそう言うと、明日葉の眉が内側に寄った。どうやら選択をミスったらしい。いや、たぶんあのシスコンも同じような台詞を言ったのだろう。
つまり彼女が言って欲しい言葉はたぶん……
「可愛いよ」
霞がしょっちゅう口癖のように明日葉に対して言う言葉。
そして、しょっちゅう照れ隠しで明日葉の口調が悪くなる言葉を俺は口にした。これでいいのだろうか。
というかぶっちゃけこれで駄目ならお手上げである。
「は? なにお兄ぃみたいなこと言ってるの」
案の定、口は悪い。でもその口元が上がっているのを俺は見逃さなかった。明日葉は食べかけていたチョコナッツを差し出して、
「まあ、その、ありがとう。ほら、お礼に神楽にも少しあげる」
だからそのチョコナッツはおまえの兄貴が俺に買ってきてくれたものなんだよ。
ちなみに後で知った話なのだが、明日葉の機嫌が悪かった原因は俺の予想どおり霞の失言だった。ヘアピンを褒めたまではよかったのだが、それが自分たちがプレゼントしたものだということを霞は忘れていたらしい。なんで自分で贈ったプレゼントを忘れるんだあの馬鹿は、とか俺は思う。おかげでこっちは貴重な日曜日に九死に一生な体験をする羽目になったじゃないか。
「そうだ。神楽の誕生日はあたしが神楽になんかプレゼントしてあげる」
急に機嫌が百八十度良くなった明日葉がそんなことを言う。
しかし誕生日か。俺の誕生日はまだだいぶ先なんだけどな。
「ほらほら、なにがいい?」
「なにがいいって言われても……」
もともとそんなに物欲がない性格の俺にそんなことを訊かれても直ぐには出てこない。
俺が曖昧に濁すと、明日葉はぐいぐいと詰めよってきた。近い近い。咄嗟に俺は明日葉に、
「今度までに考えとく」
「ん、わかった。約束ね」
「おう。ってか、おまえもそれ無くすなよ」
髪に付いたヘアピンを指差すと、明日葉はくるくると髪を弄る。
「お兄ぃじゃないし、無くさないから」
「さいですか」
結果的にではあるが、この約束が果たされることはなかった。明日葉は俺と霞が贈ったヘアピンを無くしたし、明日葉から貰うはずだった俺への誕生日プレゼントは貰えずじまいとなった。その事を俺や明日葉、そして霞はこのあと何度も何度も後悔することになる。だから俺は願った。
──望むならずっとこの時が止まりますように。この時に戻れますように。
人類が呆気なく滅んだのは、それから一ヶ月後のことだった。
千葉組こと千種兄妹が可愛いから衝動的に書いた。
九割ノリと捏造設定だけど気にしたらいけない。
おまけ
本編裏話 明日葉が不機嫌になった理由
霞「あれ? 明日葉ちゃん可愛いの付けてるね」
明日葉「あ、うん。ほら、この前お兄ぃがくれーー」
霞「ってか、そんなの持ってたっけ?」
明日葉「イラっ」