どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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決着

「……すまん。もう一回言ってくれないか?」

「だーかーら、何もないとこから船を出したいんだって!」

「あー、うん。何でそれを千葉()に訊いてくるんだよ」

「かぐらんならいいアイデアを出してくれるかもって明日葉ちゃんが!」

「お、おう……」

 

 作戦会議が終わって直ぐの事。

 やたら真面目に舞姫はやたらふざけた相談を持ちかけてきた。

 

 ──船無き場所に船を出現させろ。

 

 ラストアタックの役として任命された舞姫率いる神奈川に、壱弥はそんな無理難題な要求(オーダー)をしてきた。

 ある意味今回の作戦で一番思考回路がぶっ飛んで、一番奇想天外な内容に、俺は軽く頭が痛くなる。

 

「あー……、神奈川は潜水艦とかは持ってないのか?」

「せんすいかん?」

「俺も資料でしか見たことないからそんなに詳しくはないけど、水中に潜れる船らしいぞ」

「水中を!」

 

 驚きで声を上げる舞姫。

 

「まぁ、その様子だと潜水艦は無さそうだ──」

「ありがとうかぐらん! 早速ほたるちゃんに訊いてみるね!」

「あ、おい。天河⁉︎」

 

 

 

 

 

 

「いや、確かに潜水艦とかどうよって提案したのは俺だけどさ」

 

 だからって空母を海中に沈めるとか、馬鹿の極みじゃないだろうか。

 

『がぱわがむぜむ──がぱっか、ゔべしーん!』

 

 そして、なんでこのアホ娘はわざわざ水中で待機してんだろ。

 水中から聞こえる声は、まるで何を言っているかはわからないが、おそらくは「神奈川前し、じゃなかった、上しーん!」とか言っているのだろうと勝手に補完して考える。

 不安を掻き消し、どんな不可能すら可能にしてしまう人類の希望が海中から姿を現わす。

 その姿を見て、俺は一人口を間抜けに開けていた。

 防衛都市・神奈川は天河舞姫の為だけに存在している。

 だから、舞姫が無茶苦茶なお願いをしたのなら、その願いをあらゆる手を尽くしてでも実現させるのが神奈川だ。

 俺たち千葉の全火力によってリヴァイアサン級が逃げた先。

 その足元の海面から、神奈川の巨大空母が海底深くから急速浮上してきた。

 おそらくはこの南関東に存在するバラスト(重り)というバラストをありったけ集めて、無理矢理に空母を海中に沈めたのだろう。潜水艦を勧めたら、空母を無理矢理に潜水艦として運用するとか、誰が予想できるか。

 改めて神奈川の舞姫至上主義と、舞姫の無茶苦茶な要望に応える神奈川のぶっ飛んだ思考回路に感服する。

 

「天河だからなぁ……」

 

 霞が諦めたようにつぶやいた。俺は力なく首肯する。

 その間に空母は勢いよく浮上すると、その勢いのままド派手に波を蹴立てて、リヴァイアサン級すらも揺らしてみせた。そのまま空母が接舷すると、甲板上に舞姫率いる神奈川生たちが現われる。

 彼らは各々が手に獲物を握り、一気呵成にリヴァイアサン級へと突喊していく。刀槍の煌めきが戦場を踊り、舞姫の為の路を切り拓く。

 

『はああああああああぁぁぁ!』

 

 舞姫が大剣を振り上げ、剣戟の花道を駆け抜ける。

 大剣から走る命気(オーラ)が刃と変わる。千葉の全火力を使ってこじ開けた風穴を中心に、舞姫は全力で大剣を横薙ぎに振るった。

 重金属の分厚い装甲が吹き飛び、あるいは消し飛ばされる。その威力はもはや斬撃というよりは、純粋な力の塊を打つけたという方が正しいのかもしれない。

 

「やった!」

 

 画面越しに幾重にも重ねられた装甲が穿ち貫かれるのを見た俺は、椅子から立ち上がって叫んだ。

 完璧な一撃。

 千葉の最大火力でこじ開けた風穴に、人類最強の天河舞姫の一撃を至近距離で真面に受けたのだ。これで落ちない理由がない。

 

 ──だからこそ、

 

「いや──まだだ」

 

 だからこそ、隣に居る霞の言葉が俺には絶望の呪文にしか聞こえなかった。

 

「……まじ、かよ。アレで落ちないのか!」

 

 刹那、リヴァイアサン級がぐらりと傾いた。倒れる、のではない。進行方向を変える為に、その角を回頭したに過ぎなかった。

 舞姫はもちろん最大の力で剣を振るった筈だ。

 千葉(こっち)だって有する火力を全部注ぎ込んだ。

 それでも、眼前のリヴァイアサン級は落ちなかった。

 絶望を突き付けてくる現実に、思わず悪態を吐きたくなる。

 

『あ! こら! 逃げる気だ! 困った!』

 

 勝ち目のなさを悟ったのか、戦場からの離脱を図るリヴァイアサン級。間近に居た舞姫がすぐさま追おうにも、無茶をやらかした空母はそう簡単に動かすことができないらしい。路線を走る砲塔列車など、論外もいいとこだ。

 

「霞! なんとかならねぇのか?」

「無茶言うな。手札が足りねぇよ」

 

 現状で逃亡するリヴァイアサン級をすぐさま追える勢力は東京校だけだ。しかし、東京校首席の壱弥でもリヴァイアサン級を仕留めるには火力不足。追加戦力として、こちらの最高火力の明日葉を向かわせようにも、こちらには海に行ける足がない。俺や霞なんて、仮に行っても足を引っ張る結果にしかならないだろう。

 足りない。後少しだけ足りない。

 壱弥が単身でリヴァイアサン級を追う姿を見て、俺は居ても立っても居られず、指揮車両を飛びだそうとした。

 それを霞が止める。

 

「よせ。おまえが行っても無理だ」

「だけど!」

『お兄ぃ、あたしが今から向こうに──』

 

 駄目だ。間に合わない。

 歯嚙みしながら、頭の中で何かできることはないか探す。

 何か──

 何かないのか──

 

 その時、俺たちの──否、この戦場に居合わせる全ての者たちの身体に、光輪が宿った。突然、内々に満ち溢れてくる力に、俺は驚き、ホログラムモニターを見た。

 リヴァイアサン級の進行方向の沖合の更にその最奥。果てない海の遥か先から、編隊を組んで飛行する存在が見えた。

 

「あれって……」

「おいおい、なんで宇多良がここに居るの。まだ寝てるんじゃないの?」

 

 間違いない。宇多良カナリアだ。

 リヴァイアサン級の進行方向へ滑空し、攻撃を開始する編隊。

 その中で唯一残っていたゴンドラの上には、未だ意識が回復していなかった筈のカナリアがいる。何故かその後ろには神奈川の八重垣青生(やえがきあおい)の姿もあった。

 突然の増援に、戦況が揺れる。

 そんな中で、カナリアがマイク型の出力兵装を構えた。次いで、カナリアを抱きすくめている青生もまた出力兵装を手にする。

 何をするつもりなのだろう。

 そんな疑問は一瞬で氷解した。

 

 ──直後、俺の頭の中に歌が流れる。

 

 それは宇多良カナリアの〈世界〉だ。歌に満ち、歌が響き、全ての者に等しく癒しと勇気を与えてくれる〈世界〉。それがかつてないほどの広範囲に広がっていく。この戦域全て、いや、おそらくはもっと広い。

 目の前で起きている現象に、霞はぽつりと呟いた。

 

「なるほどな……八重垣の〈世界〉か」

「八重垣の〈世界〉?」

 

 俺が聞き返すと、霞は面倒そうに説明し出す。

 

「八重垣の〈世界〉を使って、宇多良は自分の〈世界〉を広範囲に拡散させてんだろ。これなら〈世界〉の有効範囲を無理矢理に広げられる」

「そんなことが……」

 

 八重垣青生の〈世界〉は端的に言うなら、意識の共有だ。以前の任務で彼女は他者の主観イメージや記憶を多人数に伝達できると言っていた。

 で、あるならば、カナリアの主観イメージを広範囲に拡散することだって可能な筈だ。

 カナリアの再現する〈世界〉が、戦場を優しく包み込む。

 傷ついた者を癒し、奮い立たせる〈世界〉が顕現する。

 彼女がかつて夢を見た〈世界〉が、彼女の今見えている〈世界〉が、彼女だけの〈世界〉が、現実の世界を塗り替えていく。

 事実を改竄し、事象を改変せしめる。

 それが〈世界〉なのだと、再確認した。

 一般常識を無視し、既成概念を壊し、物理法則を犯す。

 戦域全体に歌が響き渡る。その歌はただ優しく、ただ力づけられるだけの歌だった。

 だが、その歌によって戦場の誰しもが、諦め掛けていた瞳に力を取り戻していく。純粋な願いの歌が、一度は折れた心に火を灯す。誰かを護れるようになりたいのだと。誰もが例外なくかつて胸に誓った情熱が湧き上がる。

 剣を振るう腕に、空を飛ぶ翼に、引き金を引く指に力を与える歌を聴いて、戦場は息を吹き返した。

 劣勢を覆さんと攻め立てる猛攻に、戦場からの逃走を図るリヴァイアサン級の動きが止まる。せめてもの抵抗とばかりに、残っていた小型〈アンノウン〉が遊撃に出るが、それらは何の時間稼ぎにもならずに駆逐されていく。

 その様子をモニター越しに見て、俺は終戦が近いことを直感した。

 

『聞こえるか──……』

 

 通信機から聞こえてくるその声は壱弥のものだ。

 

『わあっ! わわわっ、わぁ……!』

 

 何故か一緒にアホ娘(舞姫)の声も聞こえた。

 直後、『なッ! 貴様、私のヒメに何を!』などと絶叫するほたるの声まで聞こえてくる。

 

「え……なに、どういう状況よ」

 

 なんとも表現し辛いカオスな状況に困惑する俺と霞を無視して、壱弥は言葉を紡ぐ。

 

『今から最後の詰めに向かう。おそらくはこれがラストチャンスだ。だから、東京、神奈川、千葉。頼む、もう一度だけ俺に協力してくれ』

 

 その願いを断る者はいなかった。

 勝利の路を創れという壱弥の頼みに、戦域に居る全ての生徒が応えようと動き出す。

 リヴァイアサン級に群れ集う小型〈アンノウン〉を東京が薙ぎ払う。

 増援に向かおうとする〈アンノウン〉を神奈川が塞きとめる。

 砲塔列車を降りて、自らの足で射程まで走る千葉が、東京と神奈川が撃ち漏らした〈アンノウン〉を片付けていく。

 そうして創られた路を壱弥は翔ける。

 高く、高く、壱弥の飛ぶ速度はぐんぐんと上がっていく。空を蹴り上げて、踏んで、爆ぜさせて、そのまま速度と高度を上げ続け、やがて壱弥と舞姫はリヴァイアサン級の直上へと至った。

 しかし、最後の抵抗だと言わんばかりに、リヴァイアサン級は壱弥と舞姫の居る場所に割り込ませる様に〈アンノウン〉を排出する。

 その数は八。

 普段の二人なら何の問題もない数と相手。

 だが、今は雑魚にかまける時間すら惜しいことは、俺にもわかる。

 

 ──だから、少しだけ俺もらしくないことをしよう。

 

「霞、これ借りるな」

 

 念の為に、と用意していた霞のスナイパーライフルをひったくり、俺は指揮車両を飛び出した。飛び出した先でスナイパーライフルを構えて、スコープ越しに壱弥たちを見る。

 霞ほど射撃は上手くない。だけど、この射程で撃てる武器はスナイパーライフルだけで、たぶんこの状況をなんとかできるのは俺だけだという確信があった。

 

「壱弥、そのまま突っ込め!」

 

 俺は壱弥からの返答を待たずに、首元のクオリディア・コードに触れた。そうして、俺の〈世界〉が顕現する。

 視界を埋める赤い空の下で、俺は引き金を引く。そして、放たれた弾丸を停止させた後にその事実を()()()()()、二発目の弾丸を放つ。

 発射して、停止して、巻き戻して、その行程をひたすらに繰り返していく。

 

「いっ……つぅ!」

 

 処理限界を超えた所為で、脳みそが悲鳴を上げた。

 鈍器で殴られた様な痛みが頭の中で走り、酷い嘔吐感に意識を手放しかける。

 だけど、

 

「しるか……よ!」

 

 叫んで、最後の力を振り絞って、八発目の弾丸を撃つ。

 その直後に俺の〈世界〉が終わる。

 耳をつんざくような爆音が走った。八発分の反動が一気に腕へと襲い、たまらず俺は尻餅をつく。空気を裂き、弾丸が空へと放たれる。

 そして次の瞬間、八発の弾丸が同時に八体の〈アンノウン〉に着弾した。

 爆風が舞い、視界が煙に覆われる。

 

「行けっ……」

 

 俺は力なく叫んだ。悔しいが、俺ができるのはここまでだ。後はヒーローに任せよう。

 直後に煙が引き裂かれた。

 舞姫の大剣が煙を引き裂いたのだ。総身に刀身に命気(オーラ)が充溢し、巡られている。刀身は砕け、舞姫の濃厚な命気(オーラ)が巨大な刃を生み出した。

 その大剣に、壱弥は闇色の力場を纏わせる。

 舞姫の力だけでは足りない。ならば、そこに足し、掛ければいい。

 人類最強の二人の力が混ざり、溶け合い、強大な力を作り出す。

 

「やりゃあ、できんじゃねぇか……」

 

 笑い、意識が闇に引きずり込まれる。

 意識を手放す前に見たのは、舞姫と壱弥がリヴァイアサン級を真っ二つに引き裂いた瞬間だった。




まだもうちょっとだけ続きます。
神楽がちょとだけ本気を出しました。その辺の詳細は次回ということで。
さあ、絶望タイムだ。(ゲス顔

本編裏話 優しさ? 何処かに捨てました。
明日葉「あれ? 起きないな?」 ガシガシ
霞「あの……明日葉ちゃん。何してんの?」
明日葉「んー? 神楽が起きないから起こしてあげようかなって」 ガシガシ
霞「起こすなら頭を蹴るのは止めようね」

ある意味ご褒美?
目が覚めたら明日葉ちゃんのスカートの中身が! なんて展開はありません。

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