どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード 作:黒崎ハルナ
今回に限って、通常の迎撃作戦は役に立たない。
作戦会議の場で、壱弥は開口一番にそう言った。
「えー、みんなでガーって行って、とりゃあーって行く感じじゃ駄目なの?」
壱弥の意図が理解しきれなかった舞姫が不満そうに言う。言葉のチョイスこそ色々とアレだが、舞姫の言い分も一理あった。
そもそも通常の迎撃作戦は、千葉が先行したのちに遠距離から〈アンノウン〉の足を止め、その隙に空母で神奈川が白兵戦を仕掛け、東京が上空から叩くというものだ。
しかし、そのプロセスは今回に関しては意味を成さないと壱弥は言った。
その理由は単純明快。
相手方の火力が高過ぎて、迂闊に近づくことすら困難だからである。加えて言えば、敵の防御が強固過ぎるのも問題だった。
「いや、駄目でしょ」
「敵の火力と防御が厚過ぎる。一回試してんだろ」
俺と霞が言うと、舞姫は呆けたような表情を浮かべる。
壱弥たち東京校を救出する際に、舞姫は僅かな時間ではあるが、件のリヴァイアサン級と相対した。その際に舞姫が放った斬撃を、あのリヴァイアサン級は余裕で受け止めたそうだ。
それはつまり、
「あれは天河の攻撃に対策取ってきてんだよ」
「うっ……そうだったかも」
「何時もみたいに困ったら、ドーンはもう通用しないってことだな」
とは言え、霞の言う通りだとしたら、現状はかなりマズい。俺はついため息を洩らした。
──ぶっちゃけ
喉元まで出かけた言葉をグッと呑み込む。
自分たちの現状がかなり絶望的という事実に、今更ながらちょっと後悔しかける。
そんな俺の不安を掻き消すように壱弥が口を開く。
「だが、こちらの最大火力が天河なのは変わりない」
「……つまり、ラストアタックは天河ってスタンスは変えずに、別の切り口でいくってことか?」
俺がそう訊くと、壱弥は肯定の意味を込めて頷き返す。
今回の作戦は、天河舞姫の一撃を攻め手の一つとして計算に入れてもいいが、おそらくはそれ頼みでは仕留めきれない。
であればこそ、計算式を最初から組み直す。その一撃が確定できているなら、他の要素を加えて何倍にも、あるいは何乗にもしていけばいい。壱弥はそう考えているようだ。
「でもさー、実際問題どーするの? あの〈アンノウン〉って、おヒメちんのメタ張ってるんでしょ?」
「それなんだよなぁ……」
気怠げに椅子に座っていた明日葉からの意見に、俺たちは眉を深く寄せた。
明日葉が言った通り、現段階での一番の問題はそこだ。
対策をしてきている以上、ラストアタックのギリギリまで切札たる舞姫の存在を隠さないといけない。姿を見せれば、それだけで〈アンノウン〉側は警戒するだろう。加えて言うならば、ラストアタックまで舞姫を隠した状態でリヴァイアサン級を相手しないといけないわけだ。
聞けば、カナリアの強化を一点に集中させた壱弥ですら圧倒したリヴァイアサン級。そんなのを真面に相手するのは、はっきり言って無謀というものだ。
壱弥や舞姫が無理だった以上、千葉の最高戦力たる明日葉だって相手にするのは難しい。
俺や霞なんて論外もいいとこだ。
「──俺に案がある」
壱弥が言う。その表情は真剣そのものだ。
常時の俺たちなら、その案には乗らなかったかもしれない。だが、今は違う。
あえて試すように俺は壱弥に訊く。
「成功率は?」
「正直かなり低い。……だが、三都市が力を合わせれば必ず成功すると俺は思っている」
躊躇わず、迷いなく壱弥は言い切った。その様子に、この場に居合わせた全員が一瞬だけ呆気にとられる。
三都市が力を合わせて、か。
まさか壱弥の口からそんな言葉を訊くとは思わなかった。
きっと以前の壱弥であったなら、舞姫の一撃をファイナルブローに選ぶという考えすら思い浮かばなかっただろう。
その変わり様には本当に驚く。
俺は黙って霞にアイコンタクトを送る。霞は小さく肩を竦めた。
「千葉はその案に乗る。作戦の全容は?」
と霞が言えば、舞姫も続く様に、
「神奈川ももちろん乗るよ。みんなで力を合わせよう!」
おそらくは三都市が本当の意味で協力するのはこれが初めてではないだろうか。
そんなことを考えながら、俺たちは壱弥の案とやらに耳を傾けたのだった。
超特大級〈アンノウン〉・リヴァイアサン級を討つ。
作戦会議を終えて、討伐という二文字に現実味が帯びれば、その後の動きは素早い。
本作戦の総司令部として選ばれた東京校では、各都市各戦闘科各装備のデータを元に幾万のシミュレーションを重ねながら作戦を組み立て、神奈川は自都市の空母に何やら仕込みを施していた。
事ある毎に露骨に衝突をする防衛三都市だが、今回は状況が状況だ。ついでに言うなら経緯が経緯。
気に入らない
「使える武器はありったけ積んでくれ! なるたけ火力のあるやつな!」
それは俺たち千葉も例外ではない。
声を張り上げ、列車内に大量の弾薬箱と銃火器を運ばせる様に指示を飛ばす。
視界の端で明日葉も珍しく戦闘科の生徒たちに指示を飛ばしている様が映る。それだけ彼女もやる気満々なのだろう。
そうして次々に目まぐるしく人が走り回る様子を見ていると、いよいよ決戦だという空気を実感する。
「おい工科! その試作品のレーザーライフルは仕舞え! そこの超巨大レールガンもだ!」
安全面を完全に無視した代物を大事な戦場に持っていかせるな。
相変わらず頭がイかれた自分の古巣に頭痛を覚える。列車の屋根から『えー』だの『変形機能にこだわったのに』といった不穏な言葉が聞こえてきたが、きっと気のせいに違いない。
「やれやれ、あいつら……」
「──乙ー」
疲れた様に息を吐けば、労う様に肩をポンと叩かれる。欠伸混じりの口元に手を当てて、眠気から瞼に涙を浮かべている明日葉だ。
俺がじっと明日葉を見つめると、明日葉は眠そうに瞼を擦る。
「……大丈夫か?」
「ほえ? 何が?」
「いや、作戦決定してからあんま寝てないだろ。戦力外の俺や霞はともかく、作戦の要になる明日葉がコンディション最悪だとマズいしさ……」
「──えい」
ペチンッとおデコにデコピンを叩き込み、明日葉が物理的に次の言葉を遮ってきた。
「神楽ってさ、お兄ぃばりに過保護だよね」
「そうは言うけどよ、実際問題……」
明日の作戦に明日葉の存在は必要不可欠。だが、俺や霞は戦力としてはカウントできないくらいに弱い。
であれは、明日葉は明日に備えて十二分な休養を取るべきなのでは──、
「お兄ぃも神楽もカスッカスなのに、いつもあたしだけ仲間外れにするじゃん」
ぼそり、と小さな声で明日葉は唐突に呟く。
その内容に、俺は反射的に「え?」と抜けた声で応じた。
「勝手に決めて、勝手に動いて、勝手に倒れてさ。そんなことしたら、あたしが困る……」
「明日葉……」
「だから、あたしも勝手にする」
「なんでその結論に至ったんだよ」
勝手に動いて、という明日葉の言葉に思い当たる節しかない。その事実に苦笑。
きっと、明日葉も何かしたかったのだろう。
兄以外の為に何かをする明日葉とか、たぶん初めて見た気がする。
「……ところで、勝手についでに聞きたいんだが」
「ほえ?」
「そう思うなら、普段から霞の仕事を手伝うって発想はなかったんですかね」
「んー? や、そういうのはいいでしょ。ほら、お兄ぃって仕事大好きだし」
「……ああ、ソウネ」
可哀想な親友に、ちょっと涙腺が緩んだ。
霞が列車先頭部で何やら車輪部分に細工を施しているのが見えたが、きっと霞なりに考えがあるに違いない。
この作戦が終わっても休むことを許されない霞に敬礼。
ともあれ、
そうして、作戦準備は滞りなく進んでいった。
翌朝、リヴァイアサン級討伐作戦決行日。
早朝の冷たい空気と徹夜明けの疲労感を感じながら、指揮車両で僅かな休憩を取っていた俺の耳に聞き慣れた声が響き渡る。
『今度の敵は強い。俺の油断と傲慢の所為でカナリアやコウスケたち……大切な仲間が命を失うところだった』
三都市の作戦参加生徒全員に配られたインカムから聞こえる壱弥の声は、以前にはなかった謙虚さが感じられた。
『後日、然るべき責任を取る。だが……今一度、あと一度だけ俺に力を貸して欲しい』
発言内容や声色だけじゃない。毅然とした佇まいやその纏う空気には何時もの角がない。まるで別人かと疑うレベルだ。
「──おい、誰だ、こいつは」
「あははは! ウケる」
同じ車両内に居た霞と明日葉が好き放題言っている。
『すざくんちょっと変わった?』
『カナリアの通訳がないと、よくわからんな』
ついでに言うと神奈川も好き放題言っていた。
「と言うか、最早別人だろ」
「あーね。興味ないし、よくわかんないけど」
『かぐらんも明日葉ちゃんもたまにひどいこと言うよね……』
「天河には言われたくないかなぁ……」
だから俺も好き放題に言ってみた。
好き放題、好き勝手に言っている俺たちの会話も当然壱弥の耳に届いている。だが、壱弥は己の変わり様を恥じるつもりはないらしい。
『神奈川、天河、準備はいいか?』
『おっけ──』
『千葉』
「あいよ」
各都市に確認を取ると、壱弥は一度息を大きく吸い、力を込めて吼えた。
『目標は防衛拠点海ほたるを占拠している超大型〈アンノウン〉! 東京の……いや! 三都市の意地を見せてやる!』
車両の窓に光が差した気がした。
太陽が昇り、世界が金色へと染まる。
朝日が昇った。
それが、予定された作戦開始時刻。
『総員出撃!』
壱弥の号令をもってして、耳に嵌めたインカムから三都市の鬨の声が雄々しく湧き上がる。
各都市、各班、状況開始。
仲間外れは嫌。友達の仇は取りたい。だけど普段は働かない。
今作品の明日葉ちゃんは概ねそんな感じです。
原作よりも人見知り度とかがマイルドになっているのは神楽のおかげ。ただし最優先はやっぱりお兄ぃ。
評価バーが真っ赤になって軽く戦慄してます。皆様本当にありがとうございます。
俺、この話書き終わったら何か書くんだ……(フラグ
次回、リヴァイアサン級スーパーフルボッコタイム。
本編裏話 工科時代の思い出
工科生徒「日下、これを持っていけ。きっとおまえなら使いこなせるさ」
神楽「……あの、これ、ナニ?」
工科生徒「ほら、一年前に設計図描いたやつだよ。炸薬式六九口径パイルバンカー」
神楽「いや、そんな良い笑顔向けられても困るんですが」
工科生徒「名前はシールド・ピアースの方が良かったか?」
神楽「いや、そこじゃないから」
ちなみにパイルバンカーの基礎理論を組んだのは神楽だったりする。