どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

24 / 42
その代償は重く

 南関東管理局は防衛都市の指揮統括を名乗ってはいるが、最前線で特別な指示を出したり、各防衛都市の運営や部隊編成に口を挟んだりはしない。任務によっては防衛都市の各代表が管理局に集められ、合同会議を行う場合もあるが、会議が終われば任務を担当する人選は各都市代表に丸投げしてくる。このご時世に随分といい加減なものだ。

 ただ、いかに管理局でも無視できない、或いは緊急に対応しなければいけない特別任務の場合はそれに限らない。その時ばかりは防衛都市の生徒たちは例外なく管理局側の言うことに素直に従う。そして、管理局から三都市同時による未確認〈アンノウン〉改め、リヴァイアサン級の討伐を任されたことによって、俺たち千葉は明日の明朝に行なわれる出撃に向けての部隊編成や武器の準備に勤しんでいた。もともと千葉は少数精鋭かつ武器は消耗品としては最高にコスパの悪い拳銃をメイン武器にしているのだから、その人選は慎重を極める。

 その部隊編成も、ついさっき漸く終わった。厳密に言えば、武器の調達や弾丸として転用している命気クリスタルの補充が完了しただけであり、まだ部隊の細かな編成や作戦の内容は決まっていないのだが、そこは霞の領分なので俺は口を出したりしない。ただ面倒なだけとも言う。

 ちなみに部隊編成といえば、防衛三都市それぞれの戦い方は中々に面白い。

 まず、神奈川。剣の都市と言われているだけのことはあり、神奈川の戦闘科は主力の出力兵装が例外なく接近戦向きの装備だ。曰く、それぞれにあった装備をオーダーメイドで造っているらしく、打撃武器な為消耗も少ない。しかし、それに反比例するかのように作戦は大雑把だ。基本は海上で空母を使って〈アンノウン〉に近接、後はみんなで滅多打ち。困ったら舞姫が力の限りドーン。神奈川主席・天河舞姫という人物を良く表した戦い方だ。

 天上天下唯我独尊を地で行くバカこと朱雀壱弥が主席を務める東京は、神奈川とは色々な意味で真逆と言っていい。壱弥本人は単独先行大好きな性格なくせに、東京の戦い方は数人で一小隊を編成してからの、複数の小隊による集団連携が基本となっている。

 空という特殊なフィールドで戦うからなのか、旧時代の戦闘機の飛行戦術がベースらしい。

 千葉は、普通だ。

 射撃ポイントに砲塔列車で移動して、離れた場所から面制圧。ただそれだけのシンプルイズベスト。神奈川の様に近接格闘をするわけでも、東京の様に統率の取れた連携をするわけでもない。現地に着いたら自己責任で好き勝手に戦う。ある意味では、それが千葉の戦い方なのかもしれない。

 ただ、例外があるとすれば明日葉の存在だ。彼女は自ら好んで危険な場所に行く気がある。二挺拳銃を握り締めて、意気揚々と〈アンノウン〉の群れに突っ込んで行く。なんてことはない。明日葉は自分に正直過ぎるだけなのだ。やりたいことだけやって、やりたくないことはやらない。だからこそ、兄の霞は割りを食う。今だって、本来なら明日葉がしなければいけない部隊の編成を霞はやっている。

 それがあの兄妹の基本なのだ。

 

 夜の道を歩きながら、そんなことを考えていると、制服のポケットにある携帯端末から着信音が聞こえた。ぴこん、と短い着信音だったので、おそらくはメールだ。

 メールフォルダを開いた俺は、ぎょっとした。送信者の名前は「南関東管理局」。何でこのタイミングでメールが来たのかなんて考えるまでもない。作戦前に管理局が連絡を出すのは、緊急時のイレギュラーが起きたときと決まっている。正直内容を確認する気がしない。

 嫌々ながらもメールフォルダを開く。案の定だった。

 

 緊急連絡

 

 海ほたる海域にて戦闘が開始。コード認証から戦闘中の生徒は東京校主席・朱雀壱弥と断定。

 千葉、神奈川の両校は直ちに援軍として現場へ急行。朱雀壱弥の回収を最優先とする。

 また、東京校生徒の数名が戦闘海域に向かっていることが確認。

 迅速な対応を求む。

 

 

 海ほたる海域で戦闘が開始? なにをやっているんだ、あの馬鹿は。明朝に三都市同時の反攻作戦じゃあなかったのかよ。まぁ、心配はしていない。自業自得だ。それで撃墜されたところで、俺は悲しまない。

 しかし、だ。俺はため息をついた。あの馬鹿が万が一死ぬような事になれば、悲しむ人がいるのも事実だ。彼女が悲しむのは正直言って見たくない。それに、明日の作戦には東京校の協力は必要不可欠と言っていい。空の支配権を得る東京校の主席がいないとあっては、作戦の士気にも関わる。

 腹が立った。何が悲しくて、馬鹿の尻拭いをしなければならないのだろうか。

 管理局からの緊急命令が護衛役()の元に来た理由は簡単だ。護衛対象の千葉主席と次席にも同じ命令が来たからにに違いない。

 おそらくは、霞と明日葉の二人は既に現場へと向かっているだろう。それは面倒事が増えたことを意味するが、だからといって無視を決め込むのも不人情だ。相変わらず朱雀壱弥は俺の心の平穏をかき乱してくれる。

 とりあえずメールを閉じて、端末を制服のポケットに戻した俺は、一発あの馬鹿をぶん殴ることを心に誓い、海ほたるへと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ──どうしてこんなことになった。

 

 自責の念が朱雀壱弥を押し潰す。

 血が流れていた。

 この場にいる中で無傷な者など一人もいない。

 額から血を流す者、腕や足を負傷している者、まともに動くことができるのは、壱弥くらいだろう。もっとも、その壱弥すら戦う力は残っていない。命気(オーラ)は海ほたるへ撤退する際に使い切ってしまった。彼が自慢する飛行の力は既に無い。翼は折られたのだ。

 

「……これ、一回退いた方がよくないすか?」

 

 ズドン、ズドンと防壁が剥がれ落ちていく様を見て、外の様子を窺う東京校生徒・嘴広(はしびろ)コウスケが神妙な顔で言う。今朝の哨戒任務の小隊長を務めていたコウスケは、リベンジと燃えていた。結果はこのざまだ。

 壱弥本人も、この状況がどれだけ深刻なのかは充分に理解していた。

 だが、今、この状況で目の前の彼女を守り切れる保証がない。

 

「いっちゃ……」

「喋るな、カナリア」

 

 体力と命気(オーラ)を根こそぎ使い切ったカナリアの容体は危険を極める。

 口からは大量の血を吐き、呼吸も弱い。起き上がる気力もなく、今は力無く仰向けで倒れている。今すぐ生き絶えてもおかしくない状況だった。

 

 ──だから、俺一人で良かったんだ。俺一人なら、誰も傷つかないのに。

 

 悔恨が壱弥の顔を歪ませる。歯が震え、唇はわななく。

 ふと、カナリアが壱弥の手を握った。

 

「いっちゃん……」

 

 その微笑みが、その一言が、その温もりが、壱弥の思考に空白を生む。

 プライドなんて、もういらない。

 震える腕で、壱弥は端末を強く握り締めた。




というわけで、短いですが森閑のアリア編は終了。カリカチュアで話増えるとか言っていた自分を殴りたい……。
プロット段階ではいっちゃんたちと一緒に神楽がフライングする案もあったのですが、そこまでの流れに違和感があって却下に。すまんな、いっちゃん。
では炭鉱のカナリアでまた。

本編裏話 神楽のお仕事
生産科にて
神楽「じゃあ、命気クリスタルの追加を頼むわ」
生産科生徒「了解です」

補給科にて
神楽「神奈川から新しい武器を仕入れといて」
補給科生徒「予算はどれくらいですか?」
神楽「常識の範疇でよろしく」

商科にて
商科生徒「日下先輩。この案件なんですが……」
神楽「予算オーバーだな。そこと、そこの部分をカットできるか後で生産科に交渉してやるよ」

工科にて
工科生徒「合体が駄目だったので、トランスフォーム的なやつはどうでしょうか!」
神楽「帰れ」

ちなみに神楽は全ての科に在籍していた経歴持ち。おそらくは千葉、防衛三都市の中で唯一の生徒。そのおかげで他の科とのバイパスになっています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。