どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード 作:黒崎ハルナ
ある日のこと、何時ものように執務室で作業をしていたら南関東管理局に呼び出された。それ自体は別段珍しい話ではない。問題はその呼び出しが緊急を要する、非常に深刻な問題だということだ。はたして何があったのだろうか。
とにかく早急にとのことだったので、俺は霞と明日葉に付いていく形で管理局へと向かった。
案の定、管理局に到着し何時もの会議室に案内された俺たちを待っていたのは、いつになく険しい表情を浮かべた管理官二人だ。東京と神奈川はまだ来ていないことから、珍しく一番乗りだったらしい。
東京と神奈川がやって来たのは、俺たちが到着してから暫くしてからだった。神奈川も事の重大さを理解したのか、その表情はいつになく真面目だ。東京、というよりは東京主席の
三都市代表が揃ったことを確認したところで、管理官の
その内容は、俺の予想を悪い意味で大きく外れた、深刻な内容だった。
「本日午前、アクアライン海ほたる全面海域に超巨大〈アンノウン〉が出現。既存するデータにはない新種の個体です。哨戒部隊の報告によると、過去最大だったトリトン級を超えると予想され、管理局は現時刻をもって目標をリヴァイアサン級と仮称。目標の迎撃、排除を最優先とします」
愛離が報告をするごとに、正面に展開されたモニターに新たな情報が表示されていく。
トリトン級を超えるという言葉と、モニターに出される過去の映像資料に会議室にいた面々がピクりと反応する。それは俺も例外ではない。
トリトン級の殲滅には、戦闘科の生徒が数名でチームを組んで対処する必要がある。非常に面倒な〈アンノウン〉なことは間違いなく、俺や霞のような火力不足なやつには天敵と言っていい。唯一、神奈川の
だが、それほど問題視することもない。少々面倒な相手、といった程度だろう。事実、舞姫を含んだこの場にいる面々の大半が、過去にトリトン級を殲滅した経験があるのだ。さして問題のある相手だとは誰も思っていないようだった。
「出現の際に東京本部哨戒警備部隊が接触、応戦しましたが、リヴァイアサン級の装甲を抜くことができず、現場指揮官判断で撤退。現在、海ほたるとアクアラインは敵勢力に占拠されています」
「占拠されちゃったの⁉︎」
だが、続くその報告に舞姫が代表するかのように、ひゃあと驚きの声をあげた。
その反応も無理からぬことだ。これまでの〈アンノウン〉との戦闘は、一部の例外を除いてほぼ全てが海上での迎撃だった。稀に上陸され、陸での迎撃を行う場合もあるが、その全てを結果的に討滅することに成功している。
故に、占拠という今回のケースは非常に珍しいものであった。
「〈アンノウン〉の目的は橋頭堡として海ほたるを確保することだろう。可及的速やかに反撃する必要がある」
もう一人の管理官、
それにしても珍しいな、と俺は思った。
今日の哨戒任務の担当は、エリートと名高い東京校だ。東京には〈アンノウン〉はサーチアンドデストロイが信条の壱弥がいる。その壱弥が獲物を前に泣く泣く撤退をしたというのは、正直かなり珍しい。
そんな俺の内心を代弁するように舞姫は、ふむぅ、と考え込んでから隣に座る壱弥を見やり、
「でも、すざくんが撤退なんて珍しいね。そんなに手ごわい相手だったの?」
「…………」
舞姫は何の気なしに、準枠な興味、そして壱弥の実力を高く評価しているからこそ、訊いてみただけだったのだろう。だが、壱弥はその質問に答えようとはしなかった。ただ無言で腕を組み、浅く唇を噛んで沈黙を貫いている。すると、代わりに壱弥の隣に座る東京次席の
「あ、あのー、今日の現場指揮はいっちゃんじゃなくって……」
カナリアの発言に、俺は首を傾げる。
俺はカナリアに訊いてみた。
「え? じゃあ、宇多良が今日の現場指揮を担当してたのか」
「あ、いや、私も現場にはいなくて……」
ゆっくりと、やや小さい声で言われた内容にぴくりと霞が反応する。
「は? なんでだよ。定期巡回のシフトには必ず主席か次席のどっちかが入るはずだろ。……どういうこと?」
仮にカナリアの発言を真に受けるとするならば、壱弥は東京主席としての義務を放棄したことになる。それは都市の運営を任される代表としてあるまじき行為だ。
眉をひそめて霞が問うと、それまで頑なに沈黙を貫いていた壱弥が、重くなっていた口を開いた。
「……部隊のメンバーは東京の上位ナンバーだ。通常の哨戒や追撃戦闘なら問題なくこなせる。そこからの判断だった」
言い訳紛いな、いや、本当にただの言い訳な壱弥の発言に、俺は少々苛立ちを感じ始める。
訊きたいのはそんな下手な言い訳ではなく、本来なら居なければならない場所に何故不在だったのか。その理由だ。
なのに、この男はそこのところを少しもわかっていない。
「ほーん……。なるほど、なるほど。……よし、なら部下が悪いな。いつだって悪いのは部下だ」
わかるわかるとわざとらしく頷く霞。その挑発的な物言いに、壱弥は横目で霞を睨みつけた。また不毛なやり取りが始まるのかと身構えた時だ。
珍しく二人に割って入る者がいた。神奈川主席・天河舞姫だ。
「すざくん……」
普段は元気の塊と言っていいくらいに天真爛漫な舞姫の声が、何時もよりも大人びて聞こえる。それは壱弥を責めるわけでも貶めるでもなく、諭すようなトーンだった。
「それはいくらなんでも無責任すぎるよ。あのね、力には責任が伴うし、パワーには責任が伴うんだよ?」
この中で最も長い間〈アンノウン〉と戦い続けている剣の都市の姫は、同じ強者の立場として壱弥にそう優しく語りかける。後半部分が少しだけ怪しかったが。
そんな舞姫に明日葉がさらりと乗っかる。
「つまり?」
「つまり、力とは責任で、責任とはパワー! よって力こそパワー!」
「ああ、ヒメは何時も正しいな」
瞳を閉じて、瞑想するように静かだった
やっぱり神奈川主席はアホらしい。少しでも感心した俺が馬鹿だった。
仕切り直しに霞が薄いため息を吐く。
「まぁ、力の一号と技の二号の話は措いといて。……アクアラインは俺らにとっても防衛の要だ。そこを占拠されちゃってどうすんのよこれ」
船で海上移動ができる神奈川や空を翔べる東京と違い、陸以外の活動手段がない千葉にとって、アクアラインは文字通りの意味で生命線だ。なんとしても取り返さないといけない。
そのことを理解しているからなのか、カナリアが弱々しく呟いた。
「で、でも、いっちゃんにだってちゃんとした理由があって……」
ならそれを話せよ。喉元までその台詞が出て来たとき、
「やめろカナリア」
壱弥がカナリアの言葉を制した。
「なに、お腹でも痛かったの?」
「そういうことじゃないよ!」
霞が軽口で茶化すと、カナリアが勢いよく立ち上がる。その語気は珍しく強い。
「──……最近、みんなルーチンワークになってたし……。私だって……」
切々と、まるで自分の至らなさを悔いるようにカナリアは言葉を紡ぐ。ぽつりぽつりと口にする言葉は、確かに俺たちにも心当たりがあることではあった。〈世界〉という〈アンノウン〉への明確な対抗手段があるからか、〈アンノウン〉に対しての危機感や緊張感というものは年々薄れてきている。それも、腕に自信のある者は特にその傾向が強い。そういう意味では、今回の件はこの場にいる誰が定期巡回に入っていたとしても、起こりうる可能性はあった。
「主席として、どうしてもやらなければならないことがあって……。霞くんなら、どうすれば良かったと思う?」
「……俺は主席じゃないんでな」
「そういうことじゃないよう……」
しゅんと項垂れるカナリアの視線と困ったような声に、霞は心底居心地悪そうだった。
あるいは、カナリアも純粋に答えを欲したのかもしれない。
無粋だとは思いつつ、俺は二人の間に割って入った。
「──その辺にしとけよ。今は誰がどうとかの話よりも優先しなきゃいけないことがあるだろ?」
俺の発言に、明日葉が同意の意思を示すように、
「でもさー、実際、上位メンバーが撤退するレベルだったんでしょ? それって、ちょっとやばいんじゃない? 」
「そ、そうだよ! だから今は誰が悪いとかそういうことじゃなくて──」
助け船だとばかりに、うんうんとカナリアは明るく頷く。
その態度に少々イラっと来た俺と明日葉は、しらーとした呆れた目でカナリアから視線を外す。
「ま、誰が悪いかは決まってるんだけどね!」
「その皺寄せで俺ら呼び出されたわけだしなぁ」
「うぐぅ!」
うう……と力無く唸るカナリアと、その横で硬い表情の壱弥。だが、俺たちに反論する者はいない。
「おまえら、容赦ねぇな……」
その光景を間近で見ていた霞が若干引き気味に言った言葉に、明日葉はむっとして、拗ねたようにふいっと顔を逸らした。
「だって……」
その呟きは、明日葉の後ろに居た俺以外には誰も届かず、空気の中へと消えていく。
そんな中で、求得が厳しい面構えで各都市の代表たちを見渡した。
「明朝、討伐部隊を編成し、日の出とともに三校同時に奴を叩く! 部隊の編成、選抜は各都市の代表に任せる。今までの敵とは違うんだ。……自分たちに何ができるか、何をすべきか考えろ」
それは、壱弥に対して向けられた言葉のようにも感じ取れた。その意図を当人たる壱弥はどれだけ察したのだろう。ただ、背中越しに怒りの感情を滾らせているのだけはわかる。
「では各員解散。出撃準備」
愛離の言葉で会議が閉められる。
あとは明朝の作戦行動開始までに、それぞれが出撃準備に入るだけだ。
こういったときに、もっとも行動が早いのが神奈川である。なにせ主席の天河舞姫はその道十年のベテランだ。加えて、神奈川は舞姫を慕う連中によって、常に舞姫に最適化した体制を構築しているため、彼女のいかなる発令に対して即座に対応ができるらしい。
肩にかけたトレードマークの海軍軍服を翻して立ち上がると、たたっと勇み足で舞姫が会議室を後にする。その後ろをほたるが寸分たりとも遅れずについていく。
「出撃だよ、ほたるちゃん! 楽しみで眠れなくなっちゃうね!」
「ああ、今夜は寝かさないぞ」
いや、寝ろよ。
はしゃぐバカ二人に愛離が「ちゃんと寝るのよ」と声をかけると、舞姫は「はーい!」と元気よく返事をしてぶんぶんと手を振った。
そんなやり取りを見送り、俺たちも腰を上げる。
「お兄ぃ、あたしらも戻って準備しよ」
「そうだなぁ……」
ユルイ返事をしながら、霞もよっこいしょと立ち上がる。それに続くようにして、足を一歩踏み出した時だ。
偶然にも壱弥と目が合った。
その表情は、硬く、そして苛烈さに満ちている。しかし、その反面で瞳は何も見ていない。
壱弥のその表情には見覚えがある。最前線にいる時や、乱戦の最中、稀にだが遠目越しに見えてしまうことがあった。何か思い詰めたような表情を戦場のど真ん中でするものだから、印象に残っている。
それと同じ表情を壱弥は浮かべていた。
それが何故だか無性に気になった。
「……なにしてんの? 置いてくよ」
何時迄も着いて来ない俺に疑問を持ったのか、明日葉がかったるそうに俺を呼んだ。
「ああ、今いく」
後に残っていた東京校の二人。
壱弥の拳が強く、常よりもずっと強く握り込められていることに俺は最後まで気になりながらも、会議室を後にしたのだった。
南関東管理局担当管理官・
南関東防衛都市・千葉校に属する
その希少性の高い能力は、防衛都市の生徒の中でも上位に位置すると判断。能力のスペックだけなら、ランキング一位・天河舞姫、ランキング二位・千草明日葉、ランキング三位・凛堂ほたるの三名に並ぶとされていた日下神楽だが、その〈世界〉の発展速度はここ数年と比較しても明らかに異常である。
また、それに伴い〈
以下の理由により、日下神楽を内地移送候補リストから除名。さらなる能力の飛躍に期待したいところである。
追記。
日下神楽の〈世界〉の特性から、彼の〈世界〉がクオリディア・コードに何かしらの悪影響を及ぼす可能性が否定できない。
よって、今後の彼に対する監視・観察を強化する必要がある──
一応原作未視聴の人用に簡単な補足(いるのかは知らない)
哨戒任務時に壱弥こといっちゃんさんは、怪我で内地行きになった生徒のお見舞いと餞別を渡しに病院に行っていたので現場には不在でした。不器用な優しさというやつですね。
だからといって、その理由を知らない人からしたら壱弥がただサボっただけにしか感じとれないのも事実なわけで。しかも不在の理由も話さないから神楽や霞はわりとおこです。
まぁ、さらにこの後に二人を激おこにさせることをいっちゃんはやらかすんだけどね!
本編裏話 剣の都市の姫
神楽「神奈川は舞姫を中心に活動してるってマジ?」
ほたる「当然だ」
神楽「へぇー、ちなみに具体的にはどんなのがあるんだ?」
舞姫「えーと、おやつ予算があったりとか、定期的に私用に特別模擬戦をしたりとか……あ、あとパーティとかもよくするよ!」
神楽「……え、冗談だよな」
青生「残念ながら全部本当です」
千葉と同じ予算で都市運営をしてるとは思えないくらいに神奈川はフリーダムな都市。