どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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桃源郷と書いて男の夢と読む

 俺たち男性陣が着替え終わり、再び集合場所の駐車場跡地に向かうと、そこには既に女性陣が集まっていた。女性は何かと用意に時間がかかると言うが、どうやらこの面子に限っては当てはまらないらしい。

 ちなみに俺たちが遅れたのは、単純に求得が指定した男子更衣室が駐車場跡地から離れた場所にあったからだ。なんの嫌がらせかと思った。もっと近くにあったのでは、と疑ったが、愛離が言うにはどうやら本当に空いている男子更衣室はそこしかなかったようだ。

 俺たちが現着したことに気づいたのか、舞姫が大きく手を振る。見慣れた海軍軍服の下は、当たり前だが水着だった。

 

「遅かったね、かぐらん」

 

 相変わらず元気な声で舞姫は言う。

 舞姫は華奢な体つきをしているわりに、それはそれはトランジスターグラマーなスタイルをしていた。

 ピンクと白のボーダー柄のビキニ。トップスに可愛らしいリボンがあしらわれているのが特徴的だった。肩に羽織った海軍軍服のコートとビキニのアンバランスさが、かえって舞姫らしさを象徴していてる気がする。

 

「まったく、水着に着替えるだけにどれだけ時間をかけるつもりだ」

 

 ほたるがいつも通りと言えばいつも通りな毒舌を吐く。

 そんなほたるも水着姿だ。まるで舞姫の対になる存在だと主張するような地味目な紺のタンキニ。しかし、それが彼女の剣術で鍛えられた健康的な肉付きとしなやかな手足の長さを際立たせ、美脚と断言できるほどスラリと伸びた脚の長さも相まって、実にカッコよくきまっている。

 だが、芸術品はその二人だけではない。

 舞姫とほたるの後ろでいっちゃんさんこと壱弥と楽しそうに話すカナリアの水着姿は……なんと言うか、色々と反則だった。

 さんさんと輝く太陽の光を受けて煌めきを返す真っ白な肌。その胸元には水玉模様があしらわれ、腰にある二本のラインがいけないボーダーラインを演出するかのような見るものに大変目の毒な刺激の強いビキニ姿。なにより水着という布面積が少ない装備の所為で、カナリアの完璧なボディスタイルがこれでもかと言わんばかりに強調されている。

 

「……桃源郷って本当にあったんだなぁ」

 

 感動のあまり、神様ありがとうと頭の中で呟く。その直後、左手をぐいっと誰かに引かれた。

 何事かと思えば、いつの間にやら背後にいた明日葉だ。

 

「え、えーと……なに?」

 

 明日葉はじっと俺の目を見てくる。視線を外そうとすると途端に不機嫌になるものだから、何故かお互いを見つめ合うような形になっていた。

 明日葉の水着もビキニだ。たくさんのフリルが胸元にあしらわれたオレンジ色の水着は、腰のフリルがその細いくびれを強調している。赤茶色の髪は白い肌に良く映えて、少女らしい身体つきを魅了的に見せていた。

 明日葉はジト目でこちらを先ほどからずっと見ている。

 そういえば、明日葉の水着姿を見たのは実に久しぶりだ。最後に見たのは明日葉が首席になる前。生産科主催のイベントの時以来になる。

 

「……別に」

 

 明日葉の不意打ちに少し腰が引けた。印象がいつもと違う。水着姿の所為だけじゃない。普段からダウナーな雰囲気を出す明日葉だが、今の明日葉はダウナーというよりは不機嫌。否、不機嫌ではなく拗ねている。

 その可愛さたるや、舞姫の無邪気さもほたるの美しさもカナリアの色気も敵わない。正直一瞬だが理性を失いかけてしまった。

 

「…………」

「いや、だからなに?」

 

 明日葉はじっと見つめて何も言わない。代わりに明日葉の後ろで霞がもの凄く複雑そうな表情を浮かべている。

 それで察した。おまえが原因か。

 今すぐにでもこの場から逃げ出したい。助けを求めるように周りを見渡すと、求得がニヤニヤと笑みを浮かべていた。とても救世主になってくれそうにない。あれはタチの悪いオヤジだ。

 

「うーん、青春だねー……よきかなよきな」

 

 四人の水着姿を見ていた求得(変態)は、職務を明後日の方向に投げ捨ておき偽らざる本心を述べた。当然のように見られていた四人の水着美女たちの視線はドン引きだ。

 

「ぐとくさん、オヤジくさいよ」

 

 舞姫の冷ややかな非難にも、オヤジは恥じ入るどころかいっそ居直る。

 

「オヤジだからな。おまえらもオヤジになればわかる」

「そっか!」

 

 謎の勢いに流されるアホ娘だった。

 

「この人の冗談は流していいですからね〜」

 

 ふんわりとした声でばっさりと正論と説く愛離を見て、きっとこの男の横で相応の心労を強いられてきたのだと悟る。

 ちょうど全員がこの場に集まったのを確認したところで、愛離は先ず状況の確認を開始した。

 

「ところで、みんなはどの程度潜っていられるの?」

 

 戦前、と言っていいのかは微妙なところだが、旧時代の人間が息を止めていられる最長時間は数十分らしい。だがそれは世界中を探しても限られた人間だけで、一般的には数分すら難しいとされていた。

 しかし、それら全ては過去の話だ。

 〈世界〉の再現の副産物として存在する命気(オーラ)を使うことで、俺たちは自分の肉体をそれこそ人外なレベルのスペックまで引き上げることができる。良い例を挙げるなら、午前中の舞姫と明日葉の作業風景だろうか。

 今回の作戦は水中戦を前提として行う都合、それに長けた者を優先して前線へと配置することになる。つまりこの場合は、命気(オーラ)による身体能力向上を加味しての活動時間を問われているわけだ。

 

「カナヅチですぅ……」

 

 いきなり論外すぎるカナリア。何故にこの人は水着に着替えたんだろう。

 

「十五分ほどです」

 

 対照的にハイスペックなほたる。〈世界〉を持つ者でも、それほど長く潜っていられるやつはそうはいない。

 

「なら俺は十六分だな」

 

 何が「なら」なのだろうか。とりあえず感覚で張り合う壱弥に俺は苦笑。

 

「ちなみにヒメは無呼吸で三時間はいける」

「は? マジか」

「うん!」

 

 他人のスペックで我が事のように勝ち誇るほたると、得意げにドヤ顔を晒す舞姫。人外なレベルどころか、バケモノか何かに片足を突っ込んでいる気もしなくない。

 

「クッ──」

 

 悔しそうにする壱弥。おそらくは三時間一分と言いたいのだろう。やめておけ、人外通り越したバケモノは舞姫だけでいい。

 

「かぐらんは?」

「あー、十分はキツイな」

 

 保有する〈世界〉が空間支配形だからか、俺は他人より多少だが命気(オーラ)が多い。無論、舞姫やほたるのような上位陣とではなく、ランキング最下層組と比較してだが。

 と、そこに一人蚊帳の外だった霞が、

 

「俺は……」

「お兄ぃは言わなくてもわかってるから」

 

 まるで身内の恥は未然に防ぐと言わんばかりに、明日葉がばっさりと霞の発言を切り捨てる。俺と違って保有する命気(オーラ)の量が少ない霞は、カナリアを除く他の面々と比較しても肉体のスペックがこの中で一番劣っていた。

 

「お兄ちゃんの心をガチで折りにくるのは止めてくれないかな……」

 

 事実を言外に言われて傷つく多感な年頃の兄は、げんなりと肩を落とす。

 ともあれ、そんなこんなで管理官二人によって前衛チームが編成された。命じられたのは舞姫、明日葉、ほたる、壱弥の四名。

 

「とりあえず周辺の海中の捜査を手分けして頼む」

 

 求得の命令に「了解」「ラジャー」「はーい」「りょ」とチームワークの欠けらもない返事が返される。大丈夫か、本当に? 

 そして後衛チームに俺と霞とカナリアの三名。司令部にて待機し、有事の際に援護要員と出動する所謂補欠組。

 

「みんなのモニタリングは、青生お願いね」

「はい、任せてください」

 

 愛離に頼まれた青生は張り切って頷く。親に頼られて張り切る子供みたいだなと思った。ついでに何で彼女だけ水着ではないのだろうとも思った。

 

「さあ! それじゃあ、行ってみよう!」

 

 先陣を切るように白い外套を音高く脱ぎ捨て、海ほたるの突端からダイナミックエントリーを決める舞姫に続くように、ほたると壱弥も海へと飛び込む。東京湾の空に三つの放物線が描かれた後、同じ数の水柱が立ち上がった。

 他人と合わせるのが苦手な明日葉が気まぐれに時間差を置いて、だらりと立ち上がる。後ろで纏めた髪を今一度整え直していると、霞が独り言めいた呟きを明日葉に言った。

 

「気をつけてな」

 

 はっと明日葉が身体ごと振り返る。見送りに来た俺と霞の姿を視界に収めた彼女はじっとこちらを、正確には兄の霞を見た。霞の横顔は何処でもない何処かを一点に捉えたまま、それ以上の言葉を紡ぐこともない。

 明日葉は舌打ちし、長い髪を振り乱すようにぷいと前に向き直った。見送りに来たならちゃんと見送れ、見送らないなら見送るなと暗に言っている気がする。全くその通りだと思った。

 そのまま明日葉は苛立たしげに陸を蹴り、乱暴な水飛沫を残して海中深くへと降下していく。

 

「素直じゃねぇな、ほんと」

「うっせ……」

 

 無事に降下したことを確認し、霞と一緒に司令部へ戻る。

 と、作戦行動中のメンバー全員の耳にセットされた小型端末から求得の声が聞こえた。水中でも機能する工科謹製の特殊デバイスだ。

 

「あーあー聞こえるか? 今までの目撃情報からすると、対象は海ほたるを中心に五キロ圏内の海域に潜んでいる可能性が高い。おまえらの位置は常時モニタリングしている。何か発見したら即座に連絡してくれ」

 

 求得はあと、と一間を入れて

 

「これはわかっているとは思うが、沖合の方にいくつかマーカーが見えるよな。そこから先には絶対に行くなよ」

 

「了解」「はーい」「わかっている」「はいはい」と海中探査チームの四名がそれぞれに毒づいた。防衛都市に所属する者ならそんなことは耳にタコだ。

 

「侵入不可領域、ですか?」

「そうだ」

 

 仮設司令部でカナリアが沖合のマーカーの意味を確認すると、求得が肯定の意味を含めて頷く。

 遠く離れたこの場所からでもよく見えるほど巨大なマーカーが一定のラインにぷかぷかと浮いている。

 求得が苦々しげに言った。

 

「我々は奴らをそこまで駆逐したが……先へは踏み込めていないのが現状だ」

 

 カナリアが言葉もなく眉尻を下げる。

 三十年続く戦争の中で日本本土は取り返した人類だったが、海域の多くは未だ〈アンノウン〉の支配下に置かれていた。そのせいで他の国との連絡や連携は困難を極め、輸入や輸出すら難しい。その結果として俺たちは自給自足の生活を余儀なくされている。

 

「まあ、本土を守れれば御の字でしょ」

 

 言って霞は無造作にスナイパーライフルを担いで立ち上がった。それに続くようにして俺も立ち上がる。

 

「二人とも、どこへ行くの?」

 

 愛離に咎められると、歩き出していた霞が億劫そうに振り返り、

 

「俺はあいつらみたいに〈命気(オーラ)〉強化でバカ長く潜れないし、速く泳げないですから、やれることをやりますよ」

 

 そう言い残して霞はのろのろと仮設司令部を去ってゆく。その背中を慌てて追いかける。道中振り向くと、青生が意外そうな表情で俺たち二人を見送っていた。どんな風に思われていたのやら。

 俺は黙って霞の背中を追いかけたのだった。




原作がそもそも千葉メインだった所為でオリジナルな話を入れづらい今日この頃。
ちなみに明日葉が拗ねていたのは霞も神楽も自分の水着姿にノーコメントだったから。
女の子は難しい生き物だとは神楽談。
何時もながらたくさんのUA、お気に入り登録や評価。そして感想とありがとうございます。

本編裏話 あったかもしれない世界線
神楽「八重垣はワンピースタイプなんだな」
青生「あんまり見ないでください。みなさんと違ってスタイルもよくないですから」
神楽「……」
明日葉「神楽、今何処見ていった?」

たぶん青ちゃんはワンピースタイプの水着だと思う。

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