どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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紺碧のカリカチュア
その再開は偶然か必然か


 実を言うと、それがコールドスリープ後の初めての再会だった──というわけではない。

 それよりも以前からお互いが顔を合わせていたことは多少だがあった。しかし、当時は工科に在籍していた俺と、当時から戦闘科にいた()()()との接点が少なかったのもまた事実だ。

 だから俺が──日下神楽(くさかかぐら)千種霞(ちぐさかすみ)についてコールドスリープから目覚めて最初に思い出す記憶は、あの夜の病院の、薄暗い待合室の出来事だった。

 その夜の霞は、たった一人で待合室のベンチに座って、ぼんやりと天井を眺めていた。気力の無い、というよりはどこか思いつめた表情だったのをよく覚えている。

 時刻は既に午後九時を過ぎていたのもあってか、外来の患者や見舞い客の姿もない。窓の外は暗く、院内は静かだ。

 本当のところを言うとその場を通りかかったのは、ただの偶然だった。もたれかかるようにしてベンチに座っている姿を見て、無意識に足を止めた俺はその横顔に目を溜める。

 記憶にある、見覚えのある学生だったから、というのが理由の半分。

 そして残り半分は、俺にはその学生が声を殺して泣いているように見えたからだった。

 そんな俺の視線に気づいて、霞が不意に顔を下ろす。

 なにかに失望、あるいは絶望した瞳が、思いがけず真正面から見つめてくる。

 その瞳に俺は少し驚いた。記憶の中の霞は、死んだ魚のような目こそしてはいたが、そんな辛い瞳をするような人物ではなかったからだ。

 

「あんた……たしか工科の生徒だよな?」

 

 静かな口調で霞が訊いてくる。この時点で霞が俺に気づいていないのは明白だった。幼なじみに忘れられていることに、少しの寂しさを胸に抱きながら小さく頷く。

 

「ああ、そういうあんたは戦闘科の千種だろ。なにしてんだ、こんな時間に」

「なんだっていいだろ……」

 

 霞は投げやりに応えると、小さく肩をすくめた。声変わりをして昔よりも低くなった声が、誰もいない待合室に響く。

 

「おまえ……何処かで会ったことないか?」

 

 まじまじと改まってこちらを見た霞が、そんなことを訊いてきた。なにかを思い出そうと眉を寄せている。だから俺は少し意地悪をした。

 

「どうかな。会ったことあるかもしれないし、ないかもしれない」

「なんだよそれ。でもまぁ──」

 

 そこから先を言おうとして、唐突に霞は言葉を呑んだ。あとになって知ったことだが、霞は懐かしい感じがすると言いたかったらしい。でも、この時の霞はまだ俺のことを初対面の人だと思っていたようで、そんな人に懐かしいも変だと思い直したそうだ。そんな霞に今度は俺が訊いてみた。

 

「それで、天下の戦闘科様が病院でなにしてたんだよ? 捻挫でもしたのか?」

「……だったら良かったんだけどな」

 

 言って霞は顔をしかめる。その右腕には痛々しく包帯が巻かれていた。その怪我を見て、一瞬だが最悪の事態が脳裏をよぎる。

 

「じゃあ、なんだ? まじで内地行きな大怪我でもしたのか?」

「やめろ。縁起でもねぇ」

 

 本気で嫌そうに霞は唇を歪めて、声を低くした。杞憂に終わったことに小さく安堵の息を俺は吐く。

 そして、霞はなるべく深刻になりすぎないように、少しの嘘を混ぜた事実を俺に淡々と語り始めた。

 

「訓練中にちょっと派手に怪我したんだよ。〈世界〉のコントロールをミスってな」

「ミスって……なんだ、俺と一緒か」

「一緒って?」

 

 不思議そうに首を傾げる霞に俺はひらひらと包帯が巻かれた左手を見せる。

 

「俺も工科の作業中に〈世界〉が暴発してさ、熱板に手をジュっとやっちまったんだ。まぁ、よくある話だよ」

「そうか……」

 

 霞は表情を変えなかった。ただその瞬間、俺に対する警戒心や敵意が薄れたように感じたのは、たぶん気のせいではないのだろう。

 

「まぁ、あれだ。とりあえず座れば?」

 

 もたれかかるようにしていた姿勢を直して、霞は自分の隣のシートを指差した。

 

「いいのか?」

「べつに、俺の席ってわけじゃねぇしな」

「それは、まぁ、そうだけど」

 

 工科の俺じゃあ気の利いた言葉なんてかけられないんだが、と思いながら俺が言うと、霞はそんなんじゃないと言って口元を小さく上げた。なんとなく、その仕草が昔の霞に似ている気がして懐かしくなる。

 

「あんたが昔の知り合いにちょっと似てたからさ。少し話したくなっただけだよ」

「なんだそれ。新手のナンパか?」

「悪いけど、俺はノーマルなんだ」

「奇遇だな、俺もだ」

 

 なんとなくだけど、お互いに気づいていたと思う。でも、なんとなくこの他人擬きな関係をもう少しだけ楽しみたかったのだ。あるいは、身内に本当の意味での弱さを見せたくないという霞なりの強がりだったのかもしれない。

 その日、妹の明日葉(あすは)が戦闘科の訓練中に自らの〈世界〉を暴発させてしまい、それを止めようとした霞が大怪我をしたと知ったのは、それから数日後のことだった。

 

 それは千種明日葉が首席に、千種霞が次席に、日下神楽が護衛役になる前の古い記憶──




ハーメルンの小説検索一覧にクオリディア・コードが載らないかなー、とか密かに思っている黒崎ハルナです。
ってなわけで紺碧のカリカチュア編はーじまーるよー。
個人的に自分がクオリディア・コードに、そして千種兄妹に明確にハマった話なので、色々と気合い入れていきたいですね。とりあえずジャンケンのシーンとかどうしよう……

本編裏話 一度はやりたい
神楽「俺の左手が疼くぞー!」
霞「……なにしてんの?」
神楽「せっかくの包帯ぐるぐる巻きだから、一回くらいやりたかった。まぁ、実際にこんな痛い奴いたら爆笑もんだけど」
霞「いるわけないでしょ。そんな痛い奴」
神楽「だよなー」

壱弥「くしゅん! 誰だ、俺の噂をしているやつは?」

それからしばらくして、神楽と霞は本物に出会うことをこの時はまだ知らない。

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