どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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戦闘開始

 砲塔列車に揺られること数分。ようやく目的地のアクアラインが見えてくる。

 きりきりと重い音を立てて、砲塔列車の車輪が止まり、アクアライン海上へと追撃砲が回頭。それと同時に、砲塔列車内になんとも気の抜けた開戦の合図が告げられる。

 

「はーい、千葉の皆さんお待たせです。指示はその都度適当に出すから、何時も通りに無事故、無違反、なにかあったら自己責任の精神でよろしくどうぞ。千葉(うち)は労災保険の査定が厳しいから、怪我とかしても全部自腹だからね」

 

 信じられるか? これ、戦争開戦の号令なんだぜ? 

 霞の覇気もヤル気もない、かったるそうな合図と同時に砲塔列車の扉が開かれ、勢いよく千葉の戦士たちが飛び出していく。彼らが捉えているのは遥か洋上に現れた〈アンノウン〉の群れだ。

 海面が揺れ、大気が震える。

 風が逆巻きに起こり、波が渦巻く。

 そうして天が歪んで、空が裂けた。

 〈ゲート〉が開いたのだ。ぐにゃり、と空間が捻り曲がり、そこから顔を見せるのは異形の怪物たちだった。

 動物でも植物でもない、あるいは機械にも見えなくもない。だが、それらに似ている部分があるだけで、まったくの別物。植物は飛べないし、動物や機械には触れたら湿り気のありそうな光沢や柔らかさは出せない。

 異形たちは、ぎちぎちとまるで嗤っているかのように不快な音を立てて〈ゲート〉をこじ開ける。

 人類の決して消すことのできない汚辱にして怨敵。

 第一種災害指定異来生物──〈アンノウン〉。

 それが、あの異形たちに人類が名付けた名前だ。

 

「んで、今日はどっちよ?」

 

 我先にと駆け出していく千葉の生徒たちを見送り、最後にのろのろと車両から出て来る霞に訊いてみる。

 どっち、というのは今回の戦闘で自分は霞と明日葉のどちらを護衛しないといけないのかを確認するためだ。

 

「今回はこっちで。乱戦になるだろうし、神楽がいるとかえって邪魔になる」

 

 言って、霞は肩にかけたスナイパーライフルを揺する。今日一日中弄り過ぎたのか、若干台詞にトゲがあった。まぁ、判断には納得だ。

 

「りょーかい。明日葉、霞のことは俺に任せて、安心して暴れていいぞ」

「……安心、なの?」

 

 超不安そうに明日葉が俺たち雑魚二人組を見る。だよね、普通にそうだよね。ランキング二百七位の兄と、ランキング三百位の護衛役。どこに安心できる要素があるのやら。

 

「大丈夫だ。いざとなったら神楽を盾にして逃げるから」

「ちょ、おま!」

「まぁ、よわっよわな神楽でも盾くらいにはなるかな」

「えぇ……」

 

 まさかの兄妹のコンビプレーに俺の精神はボロボロだ。いや、まぁ、どうせこっちまで〈アンノウン〉が来ることはないだろうし、霞のことだし安全ポイントで狙撃するだろうから流れ弾の心配もないんだけどね。

 既に明日葉の視線は〈アンノウン〉へと向けられている。激化する最前線に早く飛び込みたくて、今か今かとうずうずしているようだ。お預けされてる猫みたいだな……。

 と、生暖かい視線で霞と一緒に明日葉を見ていると、不意に、

 

「……無理しなくていいから」

 

 ぽつり、と俺と霞に囁くように向けられた言葉。声音は変わらず淡々と、言葉も何時も通り端的。だけど、その言葉には確かにこちらを案じる色があった。彼女は知っているのだ。俺や霞の実力を。

 だから、俺は笑ってみせた。

 

「しないしない。ヤバくなったら適当にバックれるって」

 

 戦場で痛い目に遭う奴の大半は自分の力を過信した愚か者だ。なまじ〈世界〉という自分にしかないオリジナルを持っているせいで、過信と油断は何時も俺たちの背中にくっ付いてくる。だから、俺は自分の力を信じない。偶々〈世界〉が珍しかっただけの、幼なじみたちが居なければ戦闘科に入ることすらできなかった落ちこぼれだ。

 明日葉や舞姫のような、選ばれた存在じゃない。

 

「そうだよね。お兄ぃも神楽もダメダメだもんね」

「納得が早い、納得が……。そこはさ、そんなことない的な励ましをくれたりするんじゃないの?」

「というか、さり気なくお兄ちゃんもダメ的な扱い止めて」

「いやー、実際、お兄ぃも神楽もカスッカスじゃん。無理無理」

 

 くるりと、振り返り、胸の前でないないと手を振る明日葉。あの、真顔とかやめて真顔とか。

 

「まぁ、いいや。あたしもそろそろ行くし」

 

 言うと、明日葉は再び視線を〈アンノウン〉へと戻す。そして、半身で振り向くと、にこっ、と可愛らしい年相応の笑みを浮かべた。

 

「……じゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 告げて、明日葉はスカートの下にあるホルスターから二挺の拳銃を抜く。その瞳は怨敵である〈アンノウン〉を移し、赤い茶髪がふわりと揺れる。気怠げな表情は消え、にいっと口元を釣り上げた好戦的な嗤いに変わっていた。

 変わったのはそれだけじゃない。

 明日葉を取り囲むように、明日葉の〈世界〉が発動した。

 世界の常識を理を書き換える、彼女だけの〈世界〉が現実の常識を上書きする。

 明日葉は軽い足取りで海へと歩き出すと。

 勢いよく空へと跳んだ。

 羽のように軽やかな跳躍で海へと飛び込んだ明日葉は、空中で一発の弾丸を放つ。一瞬、空が凝固する。続けざまに撃ち出される銃弾は、わずかな時間、潮風を固め、海の一部を凍らせた。それらを足場にして、明日葉は海を駆ける。

 千種明日葉の持つ〈世界〉は、文字通り規格外だ。

 物資の運動停止を自在に制御する〈世界〉。

 ほんの一瞬、僅かな時間だけに限るが、その間だけは動かすのも止めるのも思いのまま、その効果範囲は分子運動の制御にまで及ぶ。高速で動かせば熱を生み出し、逆にその運動を停止させれば熱を奪う。

 〈世界〉とはそういう類いのものだ。

 一般常識に正面から喧嘩を売りつけ、成立している概念を鼻で笑い、物理法則に中指を立てる。

 内地にいる大人たちが、俺たち学生を防衛都市に押し込むのは、そういう理由だ。こんな意味のわからない、それこそ歴代の研究者たちが卒倒するような能力を持った生き物は、分別やら常識やらを身につけさせて、大人と呼ばれる彼らと同種族になるまで、きちんと調教させるべきだろう。

 戦争が日常として受け入れられ、それに疑問符を浮かべず、人類愛だの世界救済だのを謳い、その手には現実世界の常識をぶち壊す異能を持った人の形をした化け物たち。

 それが俺たちなのだ。

 

「……嫌になるな」

 

 そんな化け物たちの中でも、明日葉は頭一つずば抜けていた。

 明日葉は最前線の場所まで直線的に海を渡り、大幅なショートカットをして、〈アンノウン〉の群れに躍り出る。そして、両の手に握る拳銃から弾丸を撃ち、異形の怪物たちを穿つ。さながらダンスを踊るように〈アンノウン〉を撃墜していく姿は、踊り子のようにも見えた。

 

「なんか言ったか?」

「あ、いや、相変わらず明日葉は凄いよなって」

「まぁな」

「なんで霞が誇らしげなんだよ……」

 

 妹を誇らしく思うのは兄として当たり前のことだ、と言う霞。むしろ、おまえなに言ってんの? 的な顔までしている。

 

「まぁ、いいや。ほら、俺らも行くぞ」

 

 そう言って、霞と並んで砲塔列車から離れ、射撃を続ける戦闘科の生徒たちから離れ、最後尾に位置する海ほたるの建物に入る。

 案の定、そこには避難命令が出ているからか、誰もいない。鳴り響く銃声音もどこか遠くに感じる。

 霞は適当な狙撃ポジションを決めると、肩にかけていたスナイパーライフルを構えて狙撃の準備を始めた。

 

「じゃあ、何時も通りな感じで」

「あいよ」

 

 そう返事を返し、俺はいそいそと双眼鏡を取り出し、耳にインカムを嵌める。以前の霞のパートナーだった人物から借り受けた通信端末を起動させ、データリンクを呼び出すと、同じタイミングで霞の準備も完了した。

 

「にしても、また払い下げ品なんだな」

「いいんだよ。明日葉ならともかく、俺なんかの兵装はこんくらいで」

 

 言って、霞はスナイパーライフルを窓際に構える。兵装とは、一般的には明日葉の二挺拳銃や霞のスナイパーライフルを指すが、こと〈世界〉を持つ俺たちの兵装の定義は自分の〈世界〉を再現させる際のブースト装置を指す。普段から兵装を持ち歩くのは俺たち戦闘科の人間くらいで、それ以外の科では大抵の場合は仕事をする際くらいしか用いない。

 ちなみに余談だが、ある程度の実力を認められた生徒は自腹を払えばオーダーメイドの兵装を用意できたりもする。明日葉や神奈川の舞姫やほたる、東京の壱弥とカナリアといった都市代表たちの兵装がそれに当たるのだが、霞だけは他の戦闘科生徒同様に、下手をすればもっと酷い払い下げ品の兵装を使用していた。

 

「んじゃあ、まぁ、スポッターさんよろしく」

 

 ライフルを構えた霞が言い、それに従うように俺も双眼鏡で海上を覗く。

 スポッター。それは、平たく言えば狙撃手の補佐だ。本来なら本職ではない俺の補佐など霞は必要としないが、一応護衛のついでとして俺に付けられた役割である。ようするに素人の真似事というやつだ。

 

「霞。五時の方角、数は……三か。距離は……」

「あー、だいたいわかった」

 

 最後まで聞くことなく、霞は銃口を五時の方角へと向け、スコープを覗く。そこに緊張や焦りはまったくない。相変わらず鉄の心臓を持ったやつだ。メンタルは豆腐ばりに弱いけど。

 射線に──レティクル上に〈アンノウン〉を捉えると、ゆっくりと霞は息を吐いた。

 瞬間、空気が止まる。

 霞が自らの〈世界〉を再現させたのだ。

 そこは無音でもあり、霞にとっての騒音だった。

 聞こえてくる波音や潮風。空気を裂く微細な風切り音。それらを掻き消すような銃声。その全てを使い、霞は〈アンノウン〉を収める。

 そして、正確に距離を認識した瞬間。

 すっと。

 柔らかな動作で霞は引き金を引いた。

 放たれた弾丸は迷うこともズレることもなく、捉えた〈アンノウン〉に着弾。遠くから聞こえる爆破音が、撃墜したことを知らせた。

 

「着弾確認。オーガ級、三機撃破」

 

 双眼鏡で撃墜を確認すると、霞は浅く息を吸う。

 霞の持つ〈世界〉は、音を使用した広範囲のサーチ能力だ。周りの音全てを拾い上げ、距離や目標のサイズなどを正確に測ることができるらしく、生きた高性能レーダーの霞にとって、スナイパーは天職と言っていい。

 だが、その能力は俺の〈世界〉同様、対〈アンノウン〉戦で活躍できるものではなかった。

 戦闘科において狙撃班は最後方に回されがちで、戦闘そのものの機会が少ない。その為、〈アンノウン〉戦でのスナイパーの仕事は、前衛の撃ち漏らし、あるいはおこぼれを拾うことだ。

 神奈川や東京がまだ合流していない、千葉だけでは捌くのが難しい、といった要素がなければ、こうしてスコアを稼ぐことすら厳しい。

 一息つける間も無く、〈ゲート〉から湧いてくる〈アンノウン〉。それを再び霞がスコープ越しに捉えた時、

 

「ようやく来たな」

 

 神奈川が到着したことを霞が告げた。

 海を割るようにして進む一隻の大型空母。

 甲板に並ぶは、神奈川の精鋭たち。

 その最前に立つのは、神奈川、否、人類最強の人物。天河舞姫その人だ。

 甲板に突き刺すようにして彼女が握る身の丈近くある巨大な愛刀は、小柄な舞姫には不釣り合いな、しかしある意味では似合っているような、そんな兵装だった。

 舞姫は半身だけ振り返り、自らの騎士たちに語りかける。

 

『諸君! 饗宴の時間だ! 我らが鬼神の(かいな)を以って、蒙昧なる侵略者を剣山刀樹に落とせ!』

 

 その姿は、かつて円卓の騎士を束ねたアーサー王そのものだ。高く、高く上がる咆哮が、彼女が紛れもなく騎士王であることを証明する。

 

「いいよなぁ、神奈川は。千葉(うち)なんか、よろしくどうぞー、だもんな」

「なに? かぐらんったら、ああいうのがいいの? 明日葉ちゃんがあんな小難しい台詞とか言わないの知ってるでしょうに。あ、まぁ、仮に言っても可愛いし似合うだろうけどね」

「おう、ちょっと黙れやシスコンかすみん」

 

 インカム越しに聞こえてくる舞姫の開戦の言葉をネタにして霞とコントをかましていると、今度は戦場に歌が響き渡った。

 よく通る、そして暖かくて優しい歌だ。血生臭い戦場には不釣り合いなその歌声は、負傷した者を癒し、同時に戦う者に力を与える。

 歌声の主は、東京次席の宇多良カナリアだろう。彼女の〈世界〉は歌を介しての能力活性化。自分ではない他の誰かに力を与える優しい〈世界〉だ。

 そして、その歌声が聞こえてきたということは必然的に、

 

『雑魚がぁぁぁぁ!』

 

 東京首席様が来たことを意味していた。

 インカムから聞こえる壱弥の声に、霞がげんなりとした表情になる。

 壱弥は兵装のガントレットを纏い、自らの〈世界〉である重力操作を駆使して空を駆け抜けた。眼前にいる〈アンノウン〉を有象無造作を振り払うように、片っ端から撃墜していく。

 問題なのは、そのまま壱弥が千葉の陣地にまで突っ込んで行ったことだ。

 インカムから千葉生徒たちが壱弥にあらん限りの罵倒を飛ばしているのが聞こえる。中には通信で、『ちょっとあの馬鹿撃っていいかな? 大丈夫、一発だけなら誤射だから』なんてのも来ていた。ちょっとだけ許可しようとしたのは内緒だ。

 兎にも角にも、これで三都市が揃った。

 壱弥に続くように──正確には追いついて来た東京の戦闘科の生徒たちが空を制圧にかかる。

 陸を千葉が、神奈川が海を、そして東京が空を支配した今、〈アンノウン〉側の勢いは失速していく。

 これは、乱戦になるな。

 そう判断して、誤射を防ぐ為にも神奈川や東京の生徒たちに千葉側の射線に入らないように注意を促そうと通信端末を開いた時。

 それは起きた。

 

「あっ……」

 

 一旦スポッターを外れるのを霞に伝えようとした同瞬。霞の構えたライフルのスコープに壱弥が入ってきたのだ。

 しかも、霞はそんなことを気にしないとばかりに、その引き金を引いた。

 

 胃がきりきりと痛み出す。




戦闘回。ただし主人公が戦うとは言ってない。
若干〈世界〉の説明とか端折り過ぎた気もしないけど、これ以上やると余裕でこの話だけ七千とかいきそうなので許してください。
ちなみに兵装に関しては半分くらい捏造設定。
お気に入りが二百超えました。多くの登録者様ありがとうございます。

本編裏話 スポッター指導
神楽「スポッターに必要なことを教えてください」
蓮華「え、えーと……楽しくお話しすること……かな?」
霞「その子の言うこと信じたらダメだからな」

蓮華ちゃんのことが気になった人は、原作小説「どうでもいい世界なんて」をチェックだ!(熱いステマ

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