どうでもいい世界を守るためにークオリディア・コード   作:黒崎ハルナ

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録画したアニメの最終回を久しぶりに視聴して、衝動的に書いたお話。
本編終了後、あるいはあるかもしれないエンディングの一つ。
三時間一本勝負なノリで特に考えないで書いたので、細かいことを気にしないスタンスで読んでもらえたら幸いです。
注意 一部原作のネタバレ要素が含まれます。


EX 平行世界のポシビリティー
IFルート 天河舞姫


 ──ああ、なんて無力なんだろう。

 

 さんさんとお日様が晴れ渡る空の下、俺は自分があまりにも無力だという現実に打ちのめされていた。

 近くで誰かの泣き声が聞こえる。

 男の子の、赤ん坊の泣き声だ。ぴーぴーと全身全霊、力一杯に身体全部を使って泣いている。

 それがまだ言葉も喋れないこの子なりの表現方法なのだと理解すると、子供って本当に元気だよなぁ、と心底関心してしまう。そう思った途端、自分が若さの欠片もないことを考えていた事実に驚愕した。

 

「大丈夫だ。俺はまだ二十代。まだまだヤングでナウな若者だ……そう、まだ大丈夫……俺はまだ老けてない」

「そんなことより助けて〜!」

 

 親友直伝の必死の自己暗示で崩れかけたメンタルを持ち直そうと試みる俺の直ぐ真横から、今度は女性の泣き言が聞こえてくる。聞き慣れた声の主は、姿を確認せずともわかるくらい困っていた。やれやれ、と溜息を一つ落としてから、ゆっくりと声の主へと目を向ける。

 人混みがそこそこある大通りの隅っこに立っている自分の隣で、自分よりも頭一つは小さい女性が泣き顔で立っていた。その小柄な身体で先ほどから泣きまくる赤ん坊を抱いている姿は、新米母親が悪戦苦闘しているようにしか見えない。そして、その見方はぶっちゃけ正しかった。

 

「すまん舞姫、俺はもう駄目だ。自分がもうおっさんの仲間入りに片足突っ込んでる事実に立ち直れそうにない。もうさ、俺も泣いていい? シノみたいにびーびー泣いていい?」

「それは困るよ! 大丈夫、かぐらんはまだまだぴちぴちだよ!」

「ぴちぴちって、それ死語だからね」

 

 律儀にツッコミを入れながら、「おー、よしよし」と泣き喚く赤ん坊を必死に目の前の女性──天河舞姫(てんかわまいひめ)があやす。が、赤ん坊が泣き止む気配はない。天下の往来で大の大人二人がなにをやっているのやら、そう思ったらまた少し気持ちが鬱になる。

 そして、そんな俺の不安を携帯の電波よろしく受信したのか、舞姫の腕に抱かれた赤ん坊──天河シノが大きく息を吸った。それを見た俺と舞姫が「あっ」と口を揃えた瞬間、

 

「あ──っ!!」

 

 再び感情が爆発した。

 

「うわっ! また泣いた! おい舞姫、なんとかしろよ、母親だろうが!」

「そうは言っても、おしめも変えたし、ご飯だってさっきあげたばっかりだし! っていうか、それ言ったらかぐらんだってシノのお父さんでしょ!」

 

 人通りの多い街並み、その一角でいい歳した大人がお互いに責任を押し付け合い、泣き言を漏らす様は客観的に言ってかなり目立つ。

 騒がしい三人に街行く人々が何事かと顔を上げ、騒いでるのが俺と舞姫だと知るや「なんだいつもの夫婦か」と安堵の息を吐いて華麗にスルー。相変わらず神奈川住民のスルースキルの高さに感服する。

 結果、泣き噦る赤ん坊と狼狽える大人二人の間抜けな図式は引き続き継続。通り過ぎていく人たちが俺と舞姫になんとも微笑ましい視線を贈る。見てないで助けてくれ、と通行人にアイコンタクトを送ると「頑張れ」と良い笑顔付きのサムズアップで返された。

 

「クソ、助け合いの精神はどこにいったんだ。あの戦いで人類の心は一つになったんじゃなかったのか」

「悲しいよね……昔だったら、直ぐに誰かが助けてくれたのに」

「いや、おまえの場合そのへんは今も変わってないだろ」

 

 その証拠に、物陰から「姫殿を悲しませるとは……あの無能が」とか「姫さんの役に立たないとか存在価値ないですよね」とか罵倒が小声で飛んでくる。無論、その声は何故だが俺にしか聞こえていない。

 

「なにをしているんだ貴様は……」

 

 中々泣き止まないシノに頭を悩ましている俺の後ろから、呆れたような、失望したような、そんな声が聞こえたので振り返る。舞姫も吊られるように俺の視線を追っかけ、同じ人物を視界に入れると「ほたるちゃん……」と安堵の声を漏らした。

 

「買い物、終わったんだな?」

「ああ、問題なくな。それで、いったいどういう状況だ」

「いや、ほたるがいなくなった瞬間にシノが泣き出してさ。困った困った」

 

 あははー、と軽口を混ぜながら話すと、返ってきたのは盛大な溜息。そして「ただ大人しく待つこともできないのか、この虫けらは」と辛口なコメント。

 

「あー! あーっ!」

 

 舞姫の腕の中で涙で腫れた目を開けたシノはほたるの存在に気づくと、小さな腕を懸命に伸ばしてほたるを求めた。まだまだ上半身の力が足りないのに必死に腕を伸ばす様は、親として色々と負けたような気持ちになる。

 

「だからっていらん意地張る理由もないんでな。というわけで、はいパス。あとは任した」

「まったく……」

 

 口調こそ素っ気ないが、舞姫からシノを受け取るほたるの表情はとても優しい。まるで宝石を扱うように丁寧で、慈愛に溢れている。

 そして、ほたるがしっかりとシノを受け取った瞬間、泣き噦っていたシノの涙がぴたりと止んだ。きゃっきゃと無邪気な笑顔でほたるへと手を伸ばす様子がなんとも愛らしい。

 

「ごめんね、ほたるちゃん」

「気にしないで。ヒメはまだお母さんになったばかりなんだ。ゆっくりとお母さんになっていけばいいんだよ」

「ほたるちゃん……」

「あれ、わかってたけど明らかに舞姫と俺の扱いの差が酷くね?」

「煩い。いいから早くこれを持て」

 

 ほとんど無意味な抗議の声は、やっぱりというべきか、当たり前というべきか、先ほどまで持っていた荷物をほたるが俺に押し付ける形で黙殺された。ズシリと重い感触が両手にのしかかる。

 

「まったく、ヒモの分際でヒメに迷惑をかけるな」

「待って! ちょっと待って! それは誤解だ! 孤児院の経営費用とかを管理してるの俺だから!」

「それくらいしか利用価値が無いのだから当たり前だろう。そもそも、貴様が金を稼いでいない事実に変わりない」

「厳しっ!」

 

 ほたる()からの言葉のボディブローに膝を折りそうだった。実際問題、孤児院の費用管理を任されてはいるが、そのための金を俺が稼いでいないのは事実なのだから、ヒモであることを否定すらできない。

 というか、最近ご近所の奥様たちに「おはようございます。ヒモの旦那さん」とか、孤児院の子供たちに「ヒモニキ」とか呼ばれてたのは間違いじゃなかったのか。育児と仕事とツッコミの疲れからくる幻聴かと思っていたが、どうやら周りの人間が俺のことを既に舞姫のヒモだと認識しているようだ。

 

「い、いや落ちつけ俺。まだヒモだと決まったわけじゃない。そう、あれだ、所謂主夫だ。そう、俺は主夫を目指す。手始めに料理から……」

「え? かぐらんは私のご飯食べたくないの?」

「嘘です。ごめんなさい。お兄さん、舞姫()のご飯食べないと死んじゃう病気だから……ってなわけで今夜の夕飯はカレーがいいです」

「うん、わかった! カレーだね、任せて!」

 

 ──やっべー、俺の嫁ちょー可愛い。

 元気一杯、と言った感じのとびきりスマイルを見るだけで、物陰から聞こえる「死ね、いっそ死ねこの虫けらが!」なんて呪詛が気にならない。ついでに言うとヒモだとかも気にならない。

 舞姫は「それにね」と顔を近づけ、

 

「私は神楽の全部が好きだよ。良いとこも悪いとこも全部ね!」

 

 だから気にしないで、と頬を赤らめて、天下の往来で泣き喚くよりも恥ずかしい台詞。

 それを恥ずかしがりもせずに堂々と言い切る舞姫に、ほたるは観念したように肩をすくめて笑みを浮かべる。

 再び後ろから、だけど今度は悶絶するような「死ぬ! 僕らの姫殿が可愛い過ぎて死んじゃう!」と叫ぶ声と「良いものが見れましたもう死んでも悔いはありません」と満足したような声がした。

 むず痒さに似た感覚に背中が痒くなるが、それがきっと幸せの感覚なんだろう。自然と俺の無愛想面にも笑みが浮かんだ。

 

「ああ、俺もだよ」

 

 言って、空いた手で俺は舞姫の手を握る。

 触れた手は、とても暖かかった。




とりあえず神奈川ファンのヒメニウム信者に全力土下座。
たぶん続きのない一発ネタだから広い心で許してください(震え

番外編だから本編裏話はナシな方向で。

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