第87話「この冒険者達に束の間の休息を!」
眩い太陽が街を照らし、木々は緑を彩り地面に陰を作る。アクセルの街は夏真っ盛りの時期。
しかし気温は春頃より少し高い程度で、心地良い風が街を吹き抜ける。風をじっくり堪能したい人には、建物が少ない郊外地域がオススメであろう。
そこに、風を一身に受ける大きな屋敷がひとつ。主の名は、街中の知名度なら魔剣の勇者や蒼白のソードマスターを超えるかもしれない男──サトウカズマ。
彼の朝は常人より遅く、太陽が空の頂点を過ぎてからでないと目覚めないのだが、今日は珍しく早起きであった。
早起きする理由で多いのは二つ。朝の当番を任されているか、仲間とクエストに行く約束をしていたか。此度は後者であった。
先の結婚式乱入にてめぐみんはカッコイイ登場を果たしたものの、以降目立った活躍は無く。突如現れた魔獣も女神エリスの手で倒されたので、爆裂魔法も不発に終わった。
屋内だったから仕方ないと納得はしていたが、不満が無くなるわけではない。めぐみんは溜まった爆裂欲を満たす為にクエストへ行こうとカズマを誘ったが、彼はこれを拒否した。
冒険者がクエストを受ける目的は、主に金だ。金が無ければ明日を生きていけない。しかし逆を言えば、金さえあればクエストに行く必要はないのだ。
そしてカズマには金がある。正確には返ってくる。ダクネスを取り戻す為に叩いた二十億エリスが。
元の世界では
彼女の爆裂欲は日課の一日一爆裂で我慢してもらっていたのだが、自堕落な生活を送り続けるカズマを見ていられなかったようで。半ば強引に約束を取り付けられた。
ダクネスもクエストに行きたい派だったのでめぐみんに賛同。カズマも、このクエストを終えたらまたしばらくゴロゴロさせてもらうと条件を出し、引き受けることにした。
「ふぁあ……クエストめんどくさいなぁ」
あくび混じりで、冒険者にあるまじき言葉を口にするカズマ。いつもの一張羅に袖を通し、愛刀ちゅんちゅん丸を携える。
弓一式、アイテム、その他諸々持ち物をチェック。最近は悪魔との遭遇率がやたら多いため、バニルから買い占めた聖水を一個ポーチに詰めておいた。
準備が整ったところでリビングへ移動。そこでは、既にめぐみんとダクネスが準備万端で待っていた。
「遅いですよカズマ! 目ぼしいクエストを先に取られたらどうするのですか!」
「その時はジャイアントトードで我慢してくれ。ちゃんとベトベトになる前に助けてやるから」
「私にとっても久々のクエストだ。ヌルヌルプレイもどんと来いだが、やはりここは強力なモンスターの重い一撃を浴びておきたい」
「ひとっ風呂浴びるみたいに言わないでくれる?」
まだ出かけてもないというのに頭が痛い。やっぱり自室にこもるべきだったろうかとカズマは後悔する。
ちゃっちゃと終わらせて帰ろう。しょうがねぇなと零した後、彼は残るひとりの問題児に目を向けた。
「で、お前はどうすんだ?」
「行かない」
カズマの問いに即答したのは、リビングのソファーに背を預けていたアクア。彼女の手には小さな卵。
「いつ生まれるかわからない状態なの。この子が殻を破るまで、私は母としての使命を全うするわ」
彼女がドラゴンの卵だと信じて疑わない、商売人から騙されて買い取った鶏の卵。一時期バニルに預けていたが、バージルの手に渡った後、たらい回しで彼女の下に返ってきた。
アクアは立派なドラゴンに育てる気満々のようで、リビングには彼女お手製の小屋も用意してあった。
小屋のネームプレートに記されていた名は『キングスフォード・ゼルトマン』──アクアが言うに、縮めてゼル帝と呼ぶらしい。
滅多に本を読まない彼女が『ドラゴンの正しい飼い方』と記された本に目を通してまでいた。ここまできたら、指摘するのも野暮というもの。
「なら大人しく留守番してろよ。言っておくが、クエストの報酬はお前に分けないからな」
「なんでよ! パーティーメンバーなんだから報酬金は折半でしょ!?」
「働かざるもの食うべからずだ」
「カズマが言ってはいけない言葉だと私は思うのですが」
横でめぐみんが何か言っていたが、カズマは気にせず。アクアには帰った後にシュワシュワでも奢れば機嫌を直してくれるであろう。
騒ぐアクアを無視して部屋の外へ。そのまま屋敷から出てしばらく待つと、アクアを静めてくれたであろうめぐみんとダクネスが遅れて出てきた。二人が傍に来たところでカズマは口を開く。
「ギルドへ行く前にウィズの店へ寄るぞ。バニルに権利を渡した発明品が、その後どうなったか気になるからさ」
「なるほど、それで無理にアクアを誘わなかったのですね」
めぐみんが納得したと声を上げる。アクアとバニルはまさしく犬猿の仲。彼女がいては腰を落ち着かせてビジネスの話をすることもままならない。
しかし、アクアは唯一の回復担当。彼女がいない今回のクエストは、回復禁止で蘇生も不可となる。
「クエストでの作戦は……ダクネスが時間を稼いで、めぐみんの爆裂魔法をぶちかます。その後、俺がめぐみんをおぶって即帰還。見るからにヤバい敵が現れたら戦わず全力で逃げる。よし、これでいくか」
「つまりはいつも通りですか」
「アクアがいない状態で深追いが禁物なのはわかっている。だが、危険な敵がいた場合……一撃だけなら構わないか?」
「ダメに決まってんだろ」
ダクネスのおねだりをバッサリと断る。その容赦の無さにダクネスが顔を赤らめて感じていたので、忠告より欲望を優先するだろうなとカズマは思う。
街周辺にいる、そこそこのモンスターで我慢してもらおう。カズマは大きく欠伸をしながら、まずはウィズ魔道具店へと向かった。
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カズマを先頭に街を歩く三人。途中でクエストに行く気を失くしてくれたらとカズマは淡い期待を持ったが、二人はやる気を削ぐどころか、久々のクエストに心を躍らせていた。
彼女等のクエストプランを聞き流していたら、最初の目的地であるウィズ魔道具店に到着。カランとドアベルを鳴らし店内へ。
「いらっしゃいませー。あら、カズマさんにめぐみんさん、ダクネスさんも」
受付に立っていた店主のウィズがお出迎えの言葉を掛けてきた。窓際の丸テーブルでは、ピンクのエプロンを着たバニルが細かなパーツを手に作業を行っていた。
「格好を見るに、クエスト前のご準備ですね? しかし、アクア様のお姿は見えないようですが……」
「アクアは孵化作業に忙しいっつうから置いてきた。あとここに寄ってきたのは、前にバニルへ受け渡した発明品がどうなったのか気になってさ」
「我輩の一語一句に一々突っかかる騒音女神がいては会話もできぬ。正しい判断であったな。これだけ長いこと一緒に住んでいたら夜這いのひとつでも仕掛けてくれてもいいのにとこっそり期待して鍵を開けたまま寝ている妄想猛々しい男よ」
「おおおお思ってねーからそんなこと! ちゃんと鍵も閉めてるから! 最近はちょくちょく閉め忘れてただけだから!」
バニルにとっては挨拶代わりなのだろう。スラスラと出てきた彼の暴露をカズマは慌てて否定する。仲間の二人がどんな顔してこちらを見ているか知りたくもないので、振り返ろうとはせずカズマは咳払いをして話を切り替えた。
「で、どうなんだ? 発明品の売れ行きは」
「実に好調であった。木材を加工して作った『孫の手』という便利グッズを最近売り出したが、近所のマダム達からも評判が良い」
正確には、現代知識を使って日本の商品を再現したモノだが、どうやら売れ行きは上々のようだ。
この世界では既に日本からの転生者がいるため、同じことをしている輩はいそうだと考えていたが、転生特典を持った日本人は足早に街を出ていくからなのか、まだこの街に日本の商品は広まっていなかった。
「順当に売れていけば、貴様に払った資金も難なく回収して利益を上げていたであろう……そこのポンコツ店主が余計な真似をしなければな!」
「はうっ……!」
経営は順調かと思っていたが、またウィズがやらかしてしまったようで。バニルはわざとらしく声を張って吐き捨て、受付にいたウィズがビクリと反応する。
一体何が起こったのか、見通す力が無くともカズマには容易く予想できていた。
「バニルが上げた利益を使って、ウィズがまた変な物を取り寄せたのか?」
「変な物じゃありませんよ! 絶対に売れると確信して仕入れたんです! 今度こそ売れる筈なんです!」
「その台詞はもう聞き飽きたわ! 我輩がちょっと街から出ている隙に店の金を勝手に使いおって! おまけに返品もできない! おかげさまで我輩の完璧な事業計画が台無しだ!」
「店主の私が、お店のお金を使っちゃいけないんですか!? そんなのあんまりです!」
悪いのは一方的にウィズなのだが、彼女はお店の為を思って、そして本気で商品が売れると信じて仕入れている。それを非難されたウィズは臆せずバニルへ反論した。
これにバニルも怒り、バニル式破壊光線を放とうと立ち上がる。ウィズはすかさず悲鳴を上げて目を閉じたが、彼からおしおき光線が放たれることはなく。バニルは諦めたように息を吐くと、席に座って項垂れた。
「それで、ウィズが仕入れたのはどういった物ですか?」
気になったのか、静かにしていためぐみんがウィズへ尋ねる。チャンスだと思ったのか、ウィズは目を輝かせて商品を紹介してきた。
「飲むだけでステータスがグンと上がるポーションです! レベル1の冒険者が飲めば効果テキメンですよ!」
「レベルアップポーションのようなものか。駆け出し冒険者にとっては喉から手が出るほど欲しい代物のように思うが……」
ダクネスが関心を示すが、そんな便利過ぎる物をノーリスクで使えるわけがない。カズマは疑いの目を向けながら口を挟んだ。
「ポーションの副作用は?」
「ステータス上昇と引き換えに年を取るらしく……飲んだ量にもよるのですが、一本丸々飲んだら百歳進んでしまうそうです」
「呪いのポーションじゃねぇか!」
想像以上に恐ろしい副作用だった。仲間の二人も思わずたじろぐ。
「で、ですが! すこーし飲んでも効果は出るんです! 騙されたと思って一口だけでも!」
「人間にとっては一つ年を取るだけでも大きな意味を持つ。年齢を一切気にしなくなった超絶大年増リッチーの価値観と合うわけがなかろう」
「待ってください! 私はそんなに年を取ってません! というか、悪魔のバニルさんにだけは言われたくないですよ!」
女性として年齢は弄られたくないようで、ウィズが声を大にして言い返す。しかしバニルはその声を無視して再び作業へ戻った。
ひとまず発明品の現状報告は聞けた。実を言うと、目的はもうひとつあったのだが──。
「ところで今日、タナリスは?」
「バイト戦士なら非番である。今頃、綿密に建てられたプランをもとに友人と仲良く過ごしていることであろう」
「そっか。せっかくならクエストに誘おうと思ってたんだけどな」
回復魔法は使えない代わりに状態異常魔法を使える元女神。アクアの代わりにはなると思い、立ち寄ったついでにパーティへ誘うつもりでいた。
が、留守なら仕方ない。魔道具店から立ち去ろうとカズマがドアに手をかけた時、ちょっと待てとバニルが呼び止めてきた。
「そういえば、貴様等に渡そうと思っていた物があったのだ」
バニルは作業を中断すると店の奥へ。しばらく物音を立てた後、彼は重たそうな魔道具らしき物を持ってカズマ達のもとへ戻ってきた。
「出張先で見つけた珍しい武器である。ちょうど三つあったので、貴様等に授けてやろう」
受付のテーブルにドンと置き、カズマ達へ見せてきた。まさかのプレゼントに驚きながらも、三人は武器のもとへ近寄る。
置いてあったのは、氷のように冷たい色をした三叉のヌンチャクに、青い剣と赤い剣。そして紫色の、おおよそ武器とは思えない形状をした物。
その形の名称を、カズマだけは知っていた。彼が元いた世界で、ロックバンドのアーティストが使っていた、エレキギターと呼ばれる物だ。
「か……かっこいいです! それに、ただならぬ魔力を感じます! 本当にもらっていいのですか!?」
「構わん。駆け出し冒険者の街で、こんな風変わりな武器を欲しがる者はそうそういまい」
「お前からのプレゼントって、嫌な予感しかしないんだが……」
「悪魔を疑うのは良い心がけであるが、これは我輩からの純粋なプレゼントだ。素直に喜んで受け取るが吉である」
バニルの言葉を聞いてますます疑心が強くなるが、目の前の武器に惹かれているのもまた事実。カズマはまじまじと二本の剣に目を向ける。
これらを指して三つとバニルは言っていたので、双剣を捉えていいのだろう。どちらの剣にも、柄頭に顔が施されている。もの言いたげな目でこっちを見ているような気がして、怖くなったカズマはたまらず目を逸した。
「ぐぁああっ!」
「うぉっ! ど、どうした!?」
その時、突然ダクネスの悲鳴が聞こえた。カズマは慌てながらダクネスの様子を確認する。
彼女の手には、青白いヌンチャクが握られている。まさか武器に仕掛けがあったのではと心配したが、彼女の顔を見てすぐに杞憂だとわかった。
「な、なんという冷たさだ……! グローブ越しでも伝わる冷気と共に感じるこの痛み! 良い! とても良いぞ!」
どうやらダクネスのお気に召したようだ。息を荒くした彼女は熱視線をヌンチャクに向けている。
怪しさは拭い切れないが、ひとまず受け取っておくことに。カズマが双剣を、めぐみんがギターを、ダクネスがヌンチャクを手にする。
バニルとウィズに見送られながら。カズマ達は魔道具店から出ていった。
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「なんだかんだで貰っちゃったけど、これ本当に大丈夫なヤツか?」
住宅街の道を歩きながら、カズマは両手の双剣に目線を落とす。目を合わせるのが怖かったので、柄の顔が地面を向くように持っている。
めぐみんと違って魔力を感知することはできないが、ただならぬ雰囲気は肌で感じられる。おまけに悪魔からの贈り物だ。何かしらの呪いがかかっていてもおかしくない。
が、今のところカズマの身に変化はない。めぐみんとダクネスも変わらず元気で前を歩いていた。
「さぁカズマ! ギルドに急ぎましょう! この新しい杖でどんな爆裂魔法を撃てるのか早く試したいです!」
「攻撃もしつつ痛みも味わえる武器に出会えるとは……しかしこの武器、どのように扱えばいいのだろうか?」
本当は楽器なのだが、ギターを知らないめぐみんは変わった形の杖に見えたようだ。一方でダクネスはヌンチャクを離さぬようしっかりと握っている。
はやる気持ちを表すように、二人との距離が空いていく。ますますクエストへの気持ちが高ぶっているようだ。
とここで、カズマはふと気づく。もしかしてバニルの狙いはこれだったのではと。クエストへ行かない選択肢は、もはや彼女等の頭に無い。どうにかクエストへ行かない方法は無いかと、入店前は考えていたのに。
バニルはこっそり思考を覗いて、こうなるように仕向けたのだろう。まんまと嵌められたカズマは怒りで剣を握る手に力が入る。
「……ったく、しょうがねぇな」
が、悔しいことに双剣を試したい自分もいた。カズマはため息混じりに呟き、仲間を追いかけるべく駆け足で道を歩き出した──そんな時。
「あのっ、少しよろしいでしょうか?」
カズマの耳に、誰かから呼ばれる声が届いた。カズマは足を止めて声の主に顔を向ける。そこに立っていたのは、茶色いフードを被った小柄な人物。フードの下は鎧を纏い、腰元には鞘に納められた剣が。
めぐみんと似たような体格に、声の高さから考えて女性であろう。フードを被っているので顔はよく見えないが、青く澄んだ目がチラッと見えた。
「私、この街に来てまだ日が浅く……ギルドの場所を知りたいのですが、教えていただけませんか?」
どうやら駆け出し冒険者だったようだ。この世界に来てから半年以上は経つが、こういった冒険者らしいイベントはとんとなかった。
内心嬉しく思っていたカズマは先輩冒険者を装うべく、声色を低めにしてフードの少女に言葉を返した。
「俺でよければいくらでも。けど、この街はゴロツキが多くて危険だ。ギルドまでエスコートしてあげよう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
少女は喜んで頭を下げる。素直にお礼が言える良い子じゃないかと感心していると、ダクネスもフードの少女に気付いたのかこちらへ近寄り、相手へ優しく話しかけた。
「私の名前はダクネス。丁度私達も、クエストを受けにギルドへ赴くところだったんだ」
「そうだったのですか! えっと……もしよかったら、私もパーティーに入れていただけないでしょうか?」
「気持ちは嬉しいのだが、駆け出しの君には難しいだろう。私達が相手をするのは危険なモンスターだ。そして私は皆の盾となることで、敵の攻撃を一身に受け……くぅんっ!」
「高難易度は行かないって何回も言ってるだろ。それに、駆け出しでこの街に来たばかりってことは、冒険者としての登録も済んでないんじゃないか? まずはそれからだな」
ひとり盛り上がっていたダクネスへ釘を刺しつつ、カズマは少女へと教える。駆け出しの子も連れていくとなれば、今回は優しいクエストにした方が良いだろう。
「めぐみん、パーティーに一人追加だけどいいか? クエストも初心者向けになるけど」
残る仲間のめぐみんへ、カズマは確認を取る。文句を言い出さないか心配だったのだが、めぐみんは冷静な表情のまま。少女のもとへ近付くと、フードの下に隠れた少女の目をジッと見つめながら口を開いた。
「その前に、何故アイリスがこの街にいるのか聞きたいのですが」
「……えっ?」
めぐみんの口から出たのは、予想もしていなかった人物の名前。カズマとダクネスは間抜けな声を上げ、フードの少女へ目をやる。
一方の少女はというと、クスリと笑ってから被っていたフードを取った。
「めぐみんさんには気づかれちゃいましたか」
フードの下から現れたのは、丁寧に手入れされたサラサラの長い金髪。幼気のある顔立ちの碧眼少女。
この国の第一王女、アイリスその人であった。
「アイリス!? なんでアクセルの街に!?」
「どうしても一人で、お兄様のいる街に来てみたくて……クレアとレインには黙って来ちゃいました」
仰天するカズマに、アイリスは無邪気に笑って理由を話す。彼女の理由を要約すれば、お兄ちゃんに会いたかったから。妹の健気な思いに、カズマは涙が出そうになる。
と、カズマが感傷に浸っている隣で、驚きのあまり固まっていたダクネス。しばし間を置いて事態を理解したのか、慌ててその場に片膝をついてアイリスに頭を下げた。
「もももも申し訳ありません! まさかアイリス様だとは気付かずに無礼な口を──!」
「構いませんよ、ララティーナ。むしろ貴方の珍しい姿が見れて嬉しいです」
変装に気付かなかったとはいえ、王女様にタメ口で話してしまった。アイリスは気にしていないようだが、ダクネスは冷や汗をダラダラと流している。
「それで、アイリスもクエストに参加したいというわけですか」
「本当はお兄様とアクセルの街をまわるつもりで来たのですが、一緒にクエストへ行くのも面白そうです!」
アイリスは目を輝かせ、クエストに興味を示す。彼女がどれほど強いのか未知数だが、そもそも王女様をクエストに連れ出すこと自体が問題なのではないか。
アイリスの身に、もしものことがあれば牢屋行きは確実。最悪死刑になりかねない。そんなリスクを背負ってまでクエストへ行く勇気は、カズマに無かった。
「うん、よく考えたらクエストへ行くにはまだ早い時間帯だな。ちょっとアクセルの街を観光して、昼に腹ごしらえをしてからでもよさそうだ」
「カズマ!?」
ギルドへ向かう足を完全に止めたカズマ。急に何を言い出すんだとめぐみんがこっちを見てきたが、彼女には目を合わせずダクネスに向ける。
「ダクネスもそれでいいよな? 王女様直々のお願いなんだ」
「あ、あぁ。勿論だ」
王女様の手前、わがままは言えないであろう。ダクネスはすぐさま頷いてくれた。同意を確認できたところで、カズマは視線をアイリスへ戻す。
「よし、それじゃあまずはアクセルの街を案内するよ。ギルド以外で行きたいところはあるか?」
「あの、お兄様……本当にクエストは行かなくてもよろしいのですか?」
「大丈夫、急いで行く必要もなかったし。そうだろ、めぐみん?」
「いいわけないでしょう! 私は、一刻でも早く爆裂魔法を撃ちたい気分なのです! 今にも爆裂しそうなこの気持ちはどうしろというのですか!?」
流れで行けるかと思っていたが、めぐみんは案の定大反対であった。怒りによる興奮か、紅い眼をより輝かせてこちらに詰めてくる。
ひとまず彼女を落ち着かせないと話は進まないので、カズマは一旦めぐみんと共にアイリスのもとから離れ、小声で告げた。
「別に行かないとは言ってないだろ。ただ、アイリスを連れてクエストに行くのはヤバい気がするんだよ」
「王族というのは、カズマが思っている以上に高ステータスの持ち主です。クエストを共にしても問題はないと思いますが」
「だとしても、万が一ってことがあるだろ。街をある程度一緒に回ったら、アイリスには城に帰ってもらうよう伝えるから。それまでクエストは我慢してくれ」
「……約束ですよ? 後で嘘だと言ったら、この新たなる杖でぶん殴りますからね」
サラリと約束を破った時の恐ろしい罰を決められたが、どうにかめぐみんにも納得してもらえた。安堵したカズマはアイリスのもとへ戻る。
「めぐみんもついてきてくれるってさ。アクセルの街について、お兄ちゃんがいっぱい教えてやるぞ」
「……はい! よろしくお願いします、お兄様!」
不安な顔色を見せていたアイリスだったが、自分達と街をまわれることが決まって嬉しいのか、とびきりの笑顔を見せてくれた。我ながら良い妹を持ったなとカズマは思う。
バニルから貰った武器は手にしたまま、カズマ達はアイリスを連れてアクセルの街を案内し始めた。
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その頃一方、アクセルの街にあるギルド。様々な冒険者が行き交う街の中心部だが、そこに一際目立つ二人がいた。
一人は魔剣の勇者と呼ばれし者、ミツルギ。もう一人は蒼白のソードマスター、バージル。この街で指折りの冒険者が同時にギルドへ訪れていた。
事の始まりは朝。ミツルギがバージルのもとへ訪れてきた。彼は折角だから一緒にクエストへ行きたいと、バージルを誘ってきた。ミツルギとのクエストは、成り行きでワイバーン討伐を共にした時のみ。
基本的にクエストは一人で行く。同行するのは、ゆんゆんへ授業をつける時か、クリスの神器捜索に協力する時のみ。カズマから頼まれたとしてもバッサリ断るであろう。
しかしバージルは、ミツルギの申し出を引き受けた。そして二人はギルドへ赴き、クエストを物色している最中であった。
掲示板の前でミツルギがクエストを探しているも、紙に手を伸ばそうとはせず。良いクエストが無かったのか、彼は何も取らずにバージルが待つ隅の席へ移動した。
「目ぼしいものは無かったか」
「冬と違って強力なモンスターは少ないですからね。難度の低いモンスター討伐依頼は、他の冒険者が取っているようです。ここは初心に帰って、採取クエストや畑仕事の手伝いを受けるのもいいかもしれませんね」
「今の時期ならスイカが旬と聞いているが……それよりも」
ミツルギが前の席に座ったのを確認すると、バージルは窓の外に向けていた視線を彼に移して言葉を続けた。
「クエストを受けるためだけに誘ったわけではあるまい?」
「──ッ!」
睨みを効かせて尋ねると、ミツルギは端から見てもわかる程に狼狽えた。どうやら図星だったようだ。
「大方察しはつく。貴様が会った道化についてだろう」
「……はい」
バージルの問いにミツルギは静かに頷く。彼の目からは、疑惑の色が伺えた。ギルド内では人が多いので、バージルは声を少し抑えめにして話を続ける。
「奴に何を吹き込まれた?」
「自分は師匠の友人だと、道化師が……僕は嘘だと思っているのですが、ずっと頭の中に引っかかったままで……だから直接お伺いしようと思ったんです」
「勝手に道化から友人扱いされるとは実に心外だ。今度会った時は、奴の無駄に長い鼻をへし折っておくか」
ミツルギがジェスターから告げられた内容を知り、バージルは嫌悪感に顔を歪ませる。一方でバージルの返答が望んだもので安堵したのか、ミツルギの顔から少し緊張が解れていた。
『だから言っただろう。悪魔の戯言をぐだぐだと気にしおって。俺も幹部時代、俺の部下がパワハラで相談に来ていたとバニルに告げられて、一ヶ月ぐらい引き摺ったことはあったが』
「その悩みとは一緒にしてほしくないんだけど」
そこで机にかけていたミツルギの魔剣からベルディアがにゅるりと現れ、口を挟んできた。ミツルギは鬱陶しそうにあしらってから、バージルに視線を戻す。
「あの道化師はいったい何者なのですか?」
「各地で悪魔を召喚していた男の、もうひとつの姿だ。性格も口調もまるで別人だがな」
「結婚式の時に、師匠が正門前で会っていたという人物ですね。師匠の前から消えた後に、教会の方へ現れたのか……」
「そう考えるのが自然だろう。あるいは……」
正門前にアーカムが、一方で教会側にジェスターが現れた。アーカムがテレポート水晶で転移し、姿を変えて教会へ移動した。その可能性が一番高いが、バージルはもうひとつの可能性について考える。
彼は、どんな悪魔も召喚できると言っていた。その言葉通りなら──彼の半身、悪魔の分身すらも可能ではないだろうか。
独り考えていたが、これ以上は憶測の域は出ない。バージルは思考を一旦止めるとミツルギに向き直る。
「他に奴は何を話していた?」
「道化師は、女神様の力を狙っているようでした。式場に魔獣を出現させたのも、女神様の力を見る為だと……」
「俺が会った男も同じことを言っていた。奴は本気で神の力も掌握できると思いこんでいるらしい。生前と変わらず愚かな男だ」
「そのことを女神様には?」
「話していない。知っているのはタナリスだけだ。変に動かれては面倒だからな」
特にあのじゃじゃ馬女神は、とバージルは付け加える。思い当たる人物は一人しかおらず、ミツルギも苦笑いを浮かべるのみ。
ミツルギから聞き出せる情報はもうないであろう。だがその一方で、ミツルギは何か悩んでいるようで、まだ話し足りない様子。
「……あの、師匠」
案の定、ミツルギから再び話しかけてきた。バージルは黙って耳を傾けようとしたが──。
「バージルさん! ミツルギさん! 丁度いいところに!」
彼の話を遮るように、ギルド受付嬢のルナがこちらに駆け寄ってきた。バージルは彼女に目を向け、ミツルギも話すのをやめてルナを見る。
「これからクエストに向かわれるご予定ですか?」
「はい、ですが目ぼしいクエストが掲示板に無かったので、これからどうするかと話していたところで……」
「でしたら、是非ともお二方に手伝っていただきたい討伐依頼があるんです。他の冒険者にも声をかけて、既に多くの男性冒険者が現場へ向かっているのですが、お二方がいてくれたら更に心強いです!」
「わかりました。僕でよければいくらでも。師匠はどうしますか?」
「いいだろう。退屈しのぎになればいいが」
話を聞くに、大人数で対処しなければならない相手だろう。ゆんゆんがカズマ達と戦ったという、クーロンズヒュドラのようなモンスターを想像し、バージルは依頼を引き受ける。
「ありがとうございます! では準備ができましたら街を出て森に向かってください!」
ルナは頭を下げ、そそくさと受付へ戻っていく。彼女を見送った後、バージルはミツルギに視線を戻す。
「それで、話の続きは?」
「いえ、また次の機会にします。今は一刻も早く森に向かいましょう」
ミツルギは何か聞こうとしていたが話すのを止め、彼は魔剣を手に取って足早にギルドから出ていった。
何を話そうとしていたのか気になったが、それよりもまずはモンスター討伐だ。バージルはコップに残った水を飲み干し、刀を手にしてギルドから出ていった。
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バージルとミツルギは街を出て、指定通り森の中へ。道なりに進むとその先には、ルナの言っていた通り男冒険者達が集まっていた。
二人の大物冒険者の参戦に周りがどよめく中、一人の男冒険者が話しかけてきた。バージルと共に戦ったことのある、ダストであった。
「ようバージル。お前も来てくれたんだな。やっぱあの店を知る人間としては見過ごせねぇよな」
ダストはまるで同士のように寄り添ってきたが、彼の話している意味が理解できず、バージルは首を傾げる。
「で、まさか魔剣の勇者様までおいでとは。普段から高難度モンスターを倒して稼いでるアンタにとっては、小銭稼ぎにしかならないぜ?」
「僕は街の平和を守る為に、モンスターを倒しに来たんだ。君のように報酬金目当てで来たのではない」
「あぁそう。ならせいぜい前線で気張ってくれや。そしたら俺達も楽に戦える」
ミツルギとダストの二人はカズマの裁判にて面識はあったのだが、相性が悪かったようで。お互い喧嘩腰で言葉を交わす。
このまま続けていればエスカレートしそうだったが、冒険者達の前に立つギルド職員が声を張って皆に呼びかけてきた。
「森に発生したモンスター討伐は責任重大です! この夏を快適に過ごせるかは、皆さんの腕にかかっています! 是非とも増えすぎたモンスター駆除にご協力を!」
職員の呼びかけに応え、男冒険者達の野太い声が森に響き渡る。何故夏を快適に過ごすことに繋がるのか、バージルは疑問に思う。
ギルド職員は、隣にあった木造の机に置かれた小瓶をひとつ手に取り、再び冒険者へ告げた。
「では、防御に自信がある方はモンスター寄せのポーションを身体に塗ってください。後方で支援してくださる方は殺虫剤を! 格下の昆虫型モンスターばかりですが、数が多いので油断はしないようお願いします!」
「えっ? 昆虫型?」
そこで明かされたモンスターの詳細に、ミツルギは呆気にとられる。バージルも頭上にハテナを浮かべており、たまらず近くにいたダストへ尋ねた。
「おい、ここの連中は何の目的で集められた?」
「あっ? さっき言ってただろ。森にいる昆虫型のモンスター討伐だよ。アイツ等がいたら、森の蝉取り業者が仕事できなくて、蝉が街に飛来しちまうだろ。お前もそれを知ってて来たんじゃないのか?」
ダストは当然のように言葉を返してきたが、おかげでバージルの頭上で更にハテナが増えた。
だがその隣でミツルギが、何かに気付いたように「そういうことか」と呟いていた。バージルは彼に目を向けると、視線に気付いたミツルギが説明してくれた。
「僕もこのせか……この国へ来た時に聞いたことがあります。この国の蝉は師匠や僕が知る蝉よりも、鳴き声が数倍になっていて……それが昼夜問わず、命尽き果てるまで鳴き続けると」
「……何だと?」
この世界に存在する蝉の特徴を聞き、バージルは耳を疑った。
元の世界にて、都会の街で見かけたことは少なかったが、幼少期に住んでいた屋敷近くの森ではその声を聞いた覚えはある。やけにやかましい虫だと記憶していた。
その虫の鳴き声が数倍にもなり、夜であろうと鳴き続ける。ダストの話した通り蝉が街に飛来すれば、彼等の命が燃え尽きるまで安眠できる日は訪れない。
そしてダストの言う店というのは、サキュバスの店であろう。彼等に夢を見せてもらうためには眠りが必要となる。その眠りが妨げられれば、サキュバスのサービスを受けられない。どうりで男冒険者が多いわけだと、バージルの中で合点がいった。
「冒険者のみなさーん! モンスター第一陣が迫ってきています! 早急に駆除の準備を!」
とその時、ギルド職員の警鐘が耳に届いた。彼が指差す方向に注意を向けると、聞くだけで不快な羽虫の音が森に響き出し、視線の先に蠢く黒い影を見た。
否、影ではない。膨大な数の黒い点が集まり、ひとつの影を作っていた。やがて黒い点の正体が、バージル達の目にも鮮明に映る。
カブトムシ、クワガタ、ハチ、その他諸々──数多の羽虫がこちらへ向かってきていた。
「来るぞ! 全員構えろ!」
「一匹足りとも逃がすな!」
「俺達の夜を奪わせてたまるか!」
身体にポーションを塗った冒険者が、雄叫びを上げて走り出す。後方支援の冒険者達も、己を鼓舞して殺虫剤を構える。男冒険者達の、魂を賭けた戦い。
「僕も行きます。街の皆が安心して眠れる日々を守る為に!」
「たかが羽虫如きが思い上がるな。全て駆除してやろう」
ミツルギは街の皆の為に。バージルは数少ない安寧の時間を邪魔されない為に。二人は剣を取り、最前線へと駆け出していった。
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カズマ達がアイリスに街を案内し、バージル達が昆虫駆除に汗水垂らしている頃。
ベルゼルグ王国の要である王都。その城下町にあるひとつの喫茶店に、二人の冒険者が訪れていた。
「うん、このプリンもなかなかイケるね。ちょうどいい甘さと濃厚な味わいだ」
「そうでしょ! 先生と色んなスイーツ店を回ったけど、私はここが一番好きかなーって」
「店の名前もインパクトあったし、これで一番人気じゃないのが驚きだよ。ところで君の頼んだチョコタルトも美味しそうだね。僕にも一口ちょうだい」
「えぇっ!? も、もう、タナリスちゃんったらしょうがないなぁ」
アクセルの街ではバイト戦士の呼び名で有名なタナリスと、彼女の友達であるゆんゆんだった。ゆんゆんは口ではそう言いながらも顔を綻ばせて、チョコタルトの乗った皿を差し出す。
彼女等が王都に足を運ぶきっかけとなったのは、ゆんゆんの一言からだった。
ゆんゆんは、友達と一緒に遊ぶことを渇望していた。もはや彼女の夢といっても過言ではない。
故に、彼女から遊びに誘うことは相応の覚悟が必要な行動であった。それこそ、高難度のモンスターや魔王軍幹部と対峙する以上の覚悟が。
急に誘ったら嫌われないだろうか、距離を置かれたりしないだろうかと、不安に押しつぶされそうになったが、ゆんゆんはそれらを振り切り、勇気を振り絞ってタナリスに告げた。因みにお誘いの言葉は、何十通りも考えていた物から一番良さそうな言葉を前日に徹夜で決めていた。
結果、タナリスはあっけない程に軽く承諾してくれた。ゆんゆんは再三聞き返して嘘ではないと知り、喜びに打ち震えた。
バイトが休みの日に行くこととなり、ゆんゆんは約束の日まで熱心にプランを練った。まるで初デート前のような意気込みであったが、彼女にとって友達と遊ぶことは同等の価値があった。
あっという間に時は過ぎて、当日。ゆんゆんは緊張のあまり寝られず朝を迎えたが、テンションは最高潮。いくつも考えたお遊びプランも全て頭に入っている。
どこに行きたいか尋ねると、タナリスは「美味しい物でも食べに行きたい」と答えた。そのパターンも想定していたゆんゆんは、数あるプランの中から該当する物を選んだ。
冒険者ギルドで朝食を済ませた後、ゆんゆんのテレポートで王都に移動。そして前回の王都来訪時にバージルと行った喫茶店を回る。スイーツ巡りプランである。
完璧に練ったプランに従い、二人は朝食を終えた後に王都へテレポートしたのだが、そこに来て初めて、ゆんゆんはこのプランに穴があったことに気付いた。
銀髪仮面盗賊団の一員として指名手配を出されていたゆんゆん。ミツルギも、王都内にて騎士団が捜索していると話していた。そのことをすっかり忘れていたのだ。
友達と遊びに行けることに舞い上がって、プランを作っている時は頭に過りすらしなかった。早くもプラン崩壊である。
ゆんゆんは酷く慌てながらタナリスに小声で相談したが、彼女は「手配書と全然姿が違うし大丈夫でしょ」と楽観的に答え、王都の街を歩き出した。ゆんゆんは涙目になるほどパニックに陥っていたが、友達の言葉を信じて彼女の隣を歩く。
周りの視線を気にしながら歩いていたが……タナリスの予想通り、騎士団とすれ違っても声を掛けられることはなかった。服と仮面もあるが、手配書と比べるとまだ子供の姿だからか。
それに、王都の住民で銀髪仮面盗賊団の衣装に身を包む者がチラホラ見かけられた。コスプレ、と呼ばれるものだという。
元々、盗賊団は悪事に手を染める貴族へ盗みに入る義賊と知られており、更に王城へ現れたのも王女を救う為だったという話が住民にも広まっていた。そんな、盗賊団を善と考える者が中心に衣装を真似て街を歩いていた。他にも単にカッコイイからという理由でコスプレする者も。
騎士団の捜索は難航。手がかりも見つからず諦め半分だという。おかげでゆんゆんも、盗賊団に憧れる者の一人としか見られず怪しまれることはなかった。
最初はビクビクしながら街を歩いていた彼女だったが、何軒も喫茶店を回り、昼頃に『喫茶スウィート甘々亭』を訪れていた今では、すっかりリラックスしてスイーツを楽しんでいた。
「ふぅ、こんなにスイーツを食べたのは初めてだよ。今度はアクアも連れてこようかな」
口元をナプキンで拭いて、タナリスは満足そうに話す。彼女の口から出たアクアの名前に、ゆんゆんはピクリと反応する。
まだ記憶に新しい、教会での魔獣討伐戦。そこでゆんゆんはクリスの正体が女神エリスであること、同時にカズマの仲間であるアクアも女神だと知った。
にわかには信じがたいが、この目で見た紛れもない現実だ。クリスは「今まで通り接してくれればいい」と言っていたが、相手が女神となればどうしても緊張してしまうものだ。
「そういえば、ゆんゆんはアクアやクリスの秘密も知ったんだっけ?」
「えっ?」
二人の女神について考えていると、タナリスからも同じ人物について話題を振られた。秘密というのは、女神についてであろう。
ゆんゆんは小さく頷く。するとタナリスは手元のコーヒーを一口飲んでから、友達と軽く雑談するノリのまま伝えた。
「ならもう察してるだろうけど、僕も女神なんだ。こっちじゃ無名も無名だけど」
「……えぇええええええええっ!?」
サラッとお出しされた友達の秘密を聞き、ゆんゆんは驚きのあまり椅子から立ち上がった。
響き渡ったゆんゆんの声に反応し、喫茶店にいた他の客や店員がこちらを見る。注目されていることに気付いて我に返ったゆんゆんは、顔を真っ赤にして席に座る。
「ナイスなリアクションだったね。勘の良いゆんゆんならてっきり気付いてると思ってたんだけど」
「う、ううん、全然……」
楽しそうに笑っているタナリスを前に、ゆんゆんは脳が追いつかず呆然とする。
タナリスはアクアと昔からの友達だと言っていた。クリスも、タナリスのことは先輩だと。ならばタナリスもまた同じく女神であっても不思議ではない。何故今まで気付かなかったのか。
しかし彼女が女神と知った今、これからどう接すればいいのかとゆんゆんは悩み始める。自分なんかが気安く接していいのだろうかと。そんな彼女の心を見透かすように、タナリスは告げた。
「けど気にしなくていいよ。今まで通り僕等は友達さ。改めてこれからもよろしくね、ゆんゆん」
「た、タナリスちゃん……!」
それは、今のゆんゆんが一番欲しかった言葉であった。感動のあまり、ゆんゆんの目から涙が溢れ出る。大げさだなぁとタナリスは笑うが、ゆんゆんにとってはそれほど大きな意味があった。
タナリスの秘密を知ったことで、またひとつ絆を深めた二人。彼女等の間に男が割り込もうものなら、百合の花を好む紳士達が黙っていないであろう。
「さて、次はどこのお店に行く?」
「えっと、タナリスちゃんはどんなお店に行きたい?」
「うーん、ちょっと今はスイーツでお腹がいっぱいだから、服屋さんか魔道具店に寄ってみたいかな」
「そ、そうね! なら、少し変わった物を揃えてる服屋さんがあるから紹介するわ!」
「もしかして、クリスやバージルも寄ったっていうお店かい? 僕に似合う服があるといいなぁ」
タナリスの意見を聞き、ゆんゆんは次の行き先を決める。まだ友達との初お出かけは始まったばかり。
服屋に行った後は魔道具店に寄って、噴水広場で喋りながら寛いで、それから──と、ゆんゆんがこれからのプランを想像してニヤけている、そんな時であった。
『魔王軍襲撃警報! 魔王軍襲撃警報! 現在、砦を突破した魔王軍が王都近辺の平原にて進軍中! 騎士団は出撃準備! 高レベル冒険者の皆様も王城前へ集まってください!』
二人の仲を引き裂くように、けたたましい警鐘が王都へ鳴り響いた。
放送を聞いて、喫茶店にいた冒険者はすぐさま会計を済ませて外へ。タナリスはやれやれと肩をすくめ、しばし固まっていたゆんゆんはその場で頭を抱える。
「どうして、こんな時に限って襲撃してくるのよぉっ!」
「ホントに無粋だね。けど、食後の運動には持ってこいかな」
タナリスは既にやる気のようで、席を立ち上がった彼女は準備運動のように腰を捻る。
そしてゆんゆんも、魔王軍襲撃の報せを聞いて、気にせず街を歩ける性格ではなかった。彼女は怒りを覚えながら立ち上がる。
王都の平和を乱し、そして友達との大切な時間を邪魔した者達を倒すべく、二人は喫茶店から出ていった。
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王城前での説明を受け、騎士団に遅れて戦場にやってきたゆんゆんとタナリス。
相手は以前と同じく武装したゴブリンやスケルトン、コボルト等だったが、前回よりも手強くなっているのか、騎士団との戦いは拮抗していた。
「それじゃ、とっとと片付けて観光の続きだね。行くよ、ゆんゆん」
「うん!」
二人は武器を構えて走り出す。戦火をくぐり抜け、騎士団の少ない敵の中心地へ。
冒険者の、それも年端も行かぬ少女二人だけで敵の包囲網に飛び込むなど自殺行為。途中ですれ違った騎士達から呼び止められたが、彼女等の耳には届かない。
むしろこれが、二人にとって戦いやすい状況なのだから。
「グァアアッ!」
好機と見た敵が一斉に襲いかかる。だが二人は動じることなく、その手にある武器で敵を斬りつけた。
タナリスは流れるように鎌を振り、時には魔力の塊となっていた鎌の刃を敵に飛ばす。ゆんゆんは短剣を素早く振りつつ『幻影剣』も駆使して、次々と敵を倒していく。
「ッ!」
遠方から魔力の集まりを感じ、咄嗟に目を向ける。ローブを纏った魔法使いのモンスターが魔法を放つ準備をしていた。
食らえばダメージは必須。ゆんゆんはすぐさま空いていた右手を腰元へ移動させ──。
「させない!」
腰のホルスターにしまっていた銃を抜き、相手の脳天を狙って引き金を引いた。刹那、銃口から鋭い形の魔弾が放たれ、相手が魔法を放つよりも先に脳天へ直撃。魔法使いは仰向けでその場に倒れた。
続けざまにコボルトが二匹飛びかかってきたが、ゆんゆんは正確に照準を合わせて連続で撃ち抜く。三発撃ったところで銃を腰元のホルスターへしまった。
タナリスとのお出かけ日より数日前、にるにるに依頼していた魔銃がようやく完成した。見た目は以前と同じ黒い銃身だが、ゆんゆんの二つ名『雷鳴轟し者』を意識した銀の線がデザインされている。
銃身の角には宝石が埋め込まれていたが、これはバージルから譲り受けた、一定数の魔力を放ち続ける魔石が削られたもの。削った影響か放つ魔力も減ってしまい、ゆんゆんの魔力消費無しで連続で撃てるのは三発まで。魔石から魔力が充填されたら、再び三発撃てるようになる。
以前と同じく、ゆんゆんの魔力を込めて撃つことも可能。ゆんゆんの魔力に合わせてカスタマイズされているので、魔力オーバーで壊れることもない。魔法を組み合わせれば、特殊な弾も撃てるという。
名は、魔銃ボルヴェルク──にるにる曰く、紅魔の里に封印されていた邪神の名前がカッコよかったので、それに響きが似た名前を考えたという。
再び魔力を感知し、ゆんゆんは振り返る。先程とは別の魔法使いが魔力を溜め、火の弾を放ってきた。対してゆんゆんは腰の裏へ手を回し、そこに束ねていた魔鞭シルビアを取り出す。
素早く鞭をしならせると、迫る火の弾を打つ。魔術師殺しの効果により、火の玉は瞬時に消え去った。驚く魔法使いにゆんゆんは迫り、鞭を容赦なく打ち付ける。
そこを隙と見たのか、ゴブリンが剣で切りかかってきた。これをゆんゆんは左手に持っていた短剣で防ぎ、弾いた後に左足でゴブリンを蹴り飛ばした。
やがて離れて戦っていたタナリスがこちらへ戻り、ゆんゆんの隣に立つ。
「やるじゃないかゆんゆん。百戦錬磨のアークウィザードって感じだね。もう紅魔族の族長を継いでもいいんじゃない?」
「ううん、今の私じゃまだまだ届かない。だからもっともっと強くならなきゃ!」
現状に甘んじず、さらなる高みを目指すゆんゆん。同時に族長のハードルが凄まじい勢いで上がっているのだが、これを現族長である彼女の父はどう思うのか。
最初は勢いのあった敵達だが、二人が束になっても敵わない実力者だと知り、無闇に飛び込もうとせず様子を伺っている。
来ないならこちらか行くべきか。ゆんゆんがそう考えて踏み出そうとした──その時。
「おや、あれは何だろう? 火の玉?」
何かに気付いたタナリスが上空を見上げながらそう口にした。ゆんゆんも同じく空を見る。
曇天がかかった空には、火の玉がひとつ。それはやがて巨大になっていき──否、こちらへと向かってきていた。
「タナリスちゃん!」
ゆんゆんはタナリスの腕を掴み、急いでその場から退避する。数秒遅れて火の玉が地面に着弾し、轟音と共に炎が押し寄せてきた。
「『ウインドカーテン』!」
風のバリアを張り、迫る炎を防ぐ。逃げ遅れた敵達は皆炎に包まれ、瞬く間に黒い死体となって倒れる。
敵幹部による魔法攻撃かと思ったが、程なくして間違いであると気付いた。炎の中に、巨大な肉体を持つモンスターの影を見たが故に。
その者が雄叫びを上げ、彼を纏っていた炎が晴れたことで姿が顕になる。
黒く染まった肉体に熱を帯びた紅い手足と尻尾。禍々しい二本の角。
ミノタウロスのようにも見えたが、モンスターの足は四本あった。更にその者の手には、身の丈ほどの巨大な大剣。
どのモンスターにも該当しない、自然の理から外れた異形の怪物。それを呼べる名はひとつしかない。
「悪魔……!」
「見た目的に上位かな? これはちょっと大変かもね」
炎獄から生まれ出でし悪魔が、二人の前に立ち塞がった。
爆焔アニメ化を聞きつけ、
あとゆんゆんの銃の名前が某ワンコ使いと同じですが、あくまで邪神ヴォルバクが元ネタという設定です。つまり偶然の一致。