この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

97 / 103
Secret episode8「この悪魔狩人に仮面の悪魔を!」

 今にも雨が降りそうな灰色の空。

 街の住人は曇天も気にせず歩き、今日も平和に過ごしている。

 大通りとなれば人の数も多いが、そこから外れた先の路地裏では人もまばらになる。

 野良猫が道の真ん中を我が物顔で進み、やせ細った人間が寝床にし、時にはガラの悪い屈強な男達のたまり場に。

 様々な顔を見せる路地裏だが、中でも一風変わった者がいた。

 

 路地裏では派手に映るタキシードを纏い、顔の口元以外を隠す白黒の仮面。

 見た目だけでも個性が強い彼の名は、バニル。ウィズ魔道具店に勤めている商人で、とある目的のためにこの都会の街へ訪れていた。

 商品のアイデア探しも兼ねて観光もしたかったが、あまり長居はできない。ここまで来るのに、何度か面倒な輩に絡まれて時間を潰してしまっていた。

 

「血気盛んな輩の多い街であるな」

 

 バニルは呆れ口調でぼやき、服を軽く払う。そんな彼の前にあるのは、ぐったりと倒れた動かぬ人間。否、人間だったもの。

 動きやすい軽装の下に隠されていたのは、赤黒く染まった異形の肉体。ソレは、人間に化けていた悪魔であった。

 同族とてあまり手を出すことはしない彼だが、あまりにも絡みがしつこく、更に聞く耳を持たず。軽く威圧しても実力差を理解しない愚か者だったので、望み通り死をくれてやった。

 

「バニル式破壊光線」

 

 周囲を確認してから手を構え、死体に向かって光線を放つ。悪魔の死体に青い火が付くと、その肉は瞬く間に焼け、悪魔が着ていた服もろとも炭となった。

 残ったのは地面に残った黒い焼け跡。証拠を消したバニルは焼け跡から目を離す。

 折角の遠出だというのに、のんびり過ごす時間もない。もっとも、売れない珍商品を見定める才に恵まれたポンコツリッチーにいつまでも店番させるわけにはいかないので、一日と経たず帰るつもりであったが。

 

 気を取り直し、バニルは足を進める。今は路地裏なので問題ないが、大通りを歩けばこの姿では目立ってしまうであろう。姿を変える必要がある。

 ゴロツキが多いこの街に馴染めそうな、素行が悪く年中金に困っていそうなクズ男が、知り合いにいなかっただろうか。

 

 

*********************************

 

 

 太陽が落ち、暗闇の空から雨が降り出した夜。

 街の片隅にあったひとつの店。明かりは付いていないが、部屋の中には火の灯ったランタンを机に置き、項垂れるように椅子へ座っている男がいた。

 

「はぁあああ……今日も収穫ナシかぁ」

 

 椅子に背中を預けてため息を吐いた男の名は、エンツォ。彼の周囲には、多種多様な武器と道具が飾られている。

 とある筋から手に入れたが、そのほとんどがただの武器や道具ではない。魔具と呼ばれる、悪魔の力が宿りし物。

 数年前は、人ならざる者の存在を毛ほども信じなかった彼だったが、とある事件に巻き込まれたことをきっかけに一転。この世には人間以外の存在もいるのだと、身をもって知らされた。

 

 そのため魔具の危険性も把握していたのだが、ある日のこと。保管していた魔具の一つが、忽然と姿を消した。

 命知らずによる盗みと考えて彼なりに調べていたのだが、犯人の情報どころか盗みの痕跡すらも掴めなかった。

 今日も仕事ついでに魔具探しを進めていたものの、結果は先程彼が零した呟き通り。魔具は見つからず、元情報屋だった彼のプライドを傷付けられてのダブルパンチ。項垂れたくもなる。

 

 一応、魔具の元所有者にも相談した。流石に怒るだろうかと思っていたが、彼はいつもの調子で「家出でもしてるんだろ。そのうち寂しくなって帰ってくるさ」と、咎めはしなかった。

 仕事の合間に探しておくとも言っていたが、彼からの報告はない。あの魔具は、いったいどこへ消えたのか。

 葉巻に火を付け、暗い天井をぼんやりと見つめるエンツォ。当然解決策が浮かぶわけもなく、ため息代わりに煙を口から吐いた。

 

「何かお困りみたいだな」

「うぉっ!?」

 

 その時、室内でエンツォではない男の声が響いた。不意に声を掛けられたエンツォは、驚いた拍子に咥えていた葉巻を落とす。

 いつも愚痴に付き合ってくれる彼等の声でもない。エンツォはランタンを手に取り、慌てて店内を確認する。

 暗い部屋を橙の光で照らしていくと、入り口付近に立っていた、くすんだ金髪の男を見つけた。

 

「驚かしてわるかったな。急に降られたから雨宿りついでに入らせてもらったぜ」

 

 男は気さくに話しかけてくる。エンツォは男の顔をジッと見つめるが、この街では見た覚えのない人物だった。

 エンツォの店を知っている人物は限られる。誰かの紹介でこの店に辿り着くのが主なルートだ。少なくとも、気軽に雨宿りで立ち寄るような場所ではない。そもそも──。

 

「(俺、店の鍵閉めてたよな?)」

 

 店の戸締まりを忘れるほどボケたつもりはない。しかしこの男は、現にこの店へ入っている。一切物音を立てずに。

 見た目はそこらのゴロツキだが、何かがおかしい。エンツォはたまらず息を呑み、緊張の汗も頬を伝う。

 しかし、新顔に舐められるわけにはいかない。感じる恐怖を相手に悟られまいと、強気な口調で返した。

 

「柔らかいベッドと熱いシャワーがご希望なら他を当たりな。煙草の一本ぐらいならサービスしてやってもいいけどよ」

「タバコとやらにも興味を引かれたが、今は商品が気になるな」

「悪いが見ての通り今日は店じまいだ。また明日出直してこい」

「明日にはこの街を出なきゃいけないんだ。図々しいのは承知の上。どうにか売ってもらえないか?」

「随分とお急ぎのようだな。恋人へのプレゼントか? だったら店を間違えてる」

「相手が珍品にしか興味を持たない変わり者でな。ただの指輪じゃ興味すら持たれないんだ」

「変わった恋人をお持ちのようで。一応聞いとくが、どんな物を探してんだ? 言っておくが、ここにまともな商品はひとつも無いぜ? あるのは──」

「悪魔絡みの商品……魔具だろう?」

 

 どうやら男は、最初から魔具が目的でこの場所に訪れてきたようだ。

 この店を知る者はそう多くない。誰かの紹介で来たのだろう。帰ってくれる様子もない。

 

「魔具をお求めのようだが、金は用意してんだろうな? そこらのゴロツキじゃあ到底稼げない金額になるぜ?」

「何しろ急だったんで手持ちが無くてな。代わりに珍しい情報と交換でどうだ?」

「どんな情報だ? ただし俺は、余程デカい情報じゃなけりゃ喜ばねぇぞ?」

 

 エンツォは男の声に耳を傾ける。ここまで話を聞いた限りでは普通の男だが、未だ違和感は拭えず。

 客の男は目を細めた後、彼が持つとびきりのネタをエンツォに披露した。

 

「手足が光る装具の形を成す、強力な一撃を繰り出せる魔具の在り処だ」

 

 男が持っていた情報は、エンツォを驚かせるにはあまりにも大きかった。エンツォが思わず立ち上がった拍子に、椅子が鈍い音を立てて床に倒れる。

 魔具の特徴は、エンツォが盗まれ、その後手がかりすら掴めなかった物と同じだった。偶然の一致とは思えない。

 思惑通りの反応だったのか、男の口角が再び上がる。

 

「アンタの店で扱っていたが、盗まれたんだってな。魔具の行方も判らず仕舞い。今のアンタにとっては喉から手が出るほど欲しい情報じゃないか?」

 

 更には、魔具についての詳しい事情まで把握しているときた。

 エンツォの情報網をもってしても掴めなかった魔具の在り処。それを知っていると豪語するとは、情報屋として相当優秀なのであろうが、エンツォにはそう見えなかった。

 それ以外で可能性が高いのは、この男が魔具を所持していること。つまり、彼こそが魔具を盗んだ犯人ということだ。

 しかし彼が本当に犯人だとしたら、もうひとつの可能性──今もエンツォの脳裏にある予感が真実味を帯びてしまう。

 

 あの魔具は、どれだけ探しても見つからなかった。盗まれた痕跡すらなかった。魔法で綺麗に消えたかのよう。

 現場を見ていた喋る双剣も「光って消えた」と供述。エンツォはその証言を微塵も信じなかったが、見つからない日々が続いた頃には本当に消えたんじゃないかと思えてきた。

 こういった摩訶不思議な出来事は大概『奴等』の仕業であることが多い。そして犯人と思わしき男から感じる、底知れない恐怖。

 

「お前……一体何モンだ?」

 

 エンツォの口から出たのは、犯人を問い詰める脅し文句ではなかった。彼の言葉を聞いて、相対する男は不敵な笑みを浮かべたまま。

 一歩、男がこちらへ迫った。エンツォはたまらず足を後ろへ引いたが、程なくして壁に背中が当たる。一方で男は着実に歩み寄ってくる。

 息が荒れ始め、嫌な汗が滝のように流れ出す。大音量で警鐘を鳴らすが如く鼓動が響く。しかし逃げ場はない。

 やがて、男がエンツォの眼前まで歩み寄り、おもむろに手を上げようとした──その時。

 

 恐怖で満たされた空間を壊すように、店のドアが大きな音を立てて吹き飛んだ。ドアは店の奥にぶつかり、へしゃげた姿に。

 

「ようエンツォ、邪魔するぜ」

 

 エンツォでも、目の前にいる男でもない声が店内に響く。エンツォは壊れたドアから声の主へ視線を移す。

 店の入口に立っていた男は、ドアを蹴ったであろう足を降ろす。彼を象徴するのは、闇夜に栄える銀髪と赤いコート。

 

「──ダンテ!」

 

 かつての仕事仲間であり腐れ縁。そして、ここに置いている魔具の元所有者である。彼を見て、恐怖に押し負けそうになっていたエンツォの顔が晴れる。

 ダンテは雨に濡れた髪を乾かそうと頭を振る。立派な赤コートもズブ濡れだが、水も滴るいい男という言葉の通り、その姿も様になっていた。

 

「さっきまで酒飲んで気分も良くなってたのに最悪だ。しばらくここで雨宿りだな」

 

 ドアを壊したことを悪びれる様子もなく、ヅカヅカと中へ入る。そして、先にこの店へ訪れていた男の前に立った。

 

「見ない顔だが、アンタもそのクチかい?」

「あぁ、たまたま雨宿りで入った店だったんだが、俺の探してたプレゼントを扱っててラッキーだったよ。今日の俺は運がいい」

 

 話しかけるダンテに、男は変わらぬ様子で言葉を交わす。ダンテは「へぇ」と声を漏らした後、気さくに笑って言葉を返した。

 

「じゃあここで、アンタの運は尽きたな」

 

 刹那──耳をつんざく発砲音が鳴り響いた。エンツォはたまらず目を閉じて耳を塞ぐ。

 少し間を置いて、何かが床に倒れる鈍い音が。恐る恐る目を開けると、さっきまで怪しげに笑っていた男の姿は無く。

 額に丸い穴がポッカリと空き、目を開いて動かなくなった金髪の男が床に倒れていた。その対面には、いつの間にか銃を構えていたダンテが。

 

「Bingo」

 

 彼は銃口を軽く吹いて煙を消し、ホルスターへしまう。エンツォはおもむろに近づくと、倒れている男の顔をまじまじと見つめた。

 ダンテの放った弾は正確に頭を撃ち抜いた。しかし男の額からは血が流れておらず。それを見てようやく、エンツォは男の正体に確信を持てた。

 

「なぁ、やっぱりコイツも──」

「その通り。といっても、こっちは汚い土人形だったがな」

 

 ダンテの言葉を聞いて、エンツォは倒れた男に再び目をやる。程なくして、男の顔にヒビが入った。

 ヒビは顔に留まらず、身体どころか纏っていた服にまで走り、やがて男は音を立てて崩れた。床に残ったのは、かつて人間だった土の残骸。

 先程まで喋っていた男の変わり果てた姿に唖然とするエンツォ。と、彼の耳にパンパンと軽い音が届いた。エンツォは音に釣られて顔を向ける。

 

 開けっ放しの入り口に立っていた、優雅に拍手をする人物が一人。黒いタキシードに白黒の仮面を付けた、これまた見慣れない人物であった。

 既にダンテはそちらに気付いており、銃口を仮面へ向けていた。彼は軽い口調で仮面の男に話しかける。

 

「仮面舞踏会へのご参加かい? なら招待状はお持ちで?」

「ほう、そのような催しがこの街にはあるのか。商人として社交場に出るのも悪くはない。しかし我輩の踊りを気に入ってもらえるだろうか」

「自信がないなら俺がレクチャーするぜ。剣の(ダンス)で良ければな。アンタが動けなくなるまで付き合ってやるよ」

 

 ダンテの挑発を受けた仮面の男は愉快そうに笑う。そして、胸に手を当てて紳士らしくお辞儀をした。

 

「我輩は何でも見通す仮面の悪魔、バニルである。しかしこちらでは無名なので、愉快な商人バニルさんと名乗らせていただこう」

 

 仮面の男──バニルは自ら正体を明かした。ほぼ確信は得ていたが、実際に悪魔だと知ってエンツォは息を呑む。

 一方のダンテは笑みを崩さず。頭を上げたバニルは、向けられた銃口に臆することなくこちらへ歩み寄ってきた。

 

「貴様のことは粗方知っておる。普段は仕事を全くせず、いざ依頼を受けたと思えばもれなく器物破損もセットで付いて回る万年借金男よ」

「随分と詳しいな。俺のファンか? 相手が美女だったら、サインのひとつでも書いてやったんだけどな」

「お望みなら今ここで用意してやってもよいぞ。異国の金髪貴族か、黒髪赤目の魔法使い。好きな方を選ぶといい」

「悪いが金髪の美女も黒髪のお嬢さんも間に合ってるんでね。それに、中身が土じゃあハグする気も起きないな」

「ふむ、どこぞの銅像みたいに顔の動かん無表情男に比べると、貴様は話せる男であるな」

「アンタもそのダサい仮面を外して喧しい口を塞いだら、イカした男になれると思うぜ」

 

 軽口を叩き合う二人。バニルはこれまた愉しげに笑った後、今度は自身に敵意がない旨を示すように両手を挙げた。

 

「先程も名乗ったが、今の我輩はただの商人。お客様のお眼鏡に叶う商品を見つけるべく、遠い国からやってきたのである。出張先で騒ぎを起こそうとは思っておらん」

「それは遠路はるばるご苦労なことで。お帰りは地獄への片道切符で良かったか?」

「まだ帰るには早い時間なので結構である。まったく、血の気が多いのはこちらも同じか」

 

 撃つ気満々でいるダンテに、バニルは呆れた声を出す。彼は挙げていた手を降ろしたが、こちらに攻撃は仕掛けず話を続けた。

 

「此度のお客様は悪魔事情に詳しい男でな。悪魔関連のモノでなければ満足しそうにないのだ。悪魔の魂が宿る武器などがあればと思い、この街に来たのだが」

「プレゼントにはオススメしないぜ。寝てる間にうっかり串刺しにされてもいいなら、構わないけどよ」

「お客様は既に魔具を所有しておる。それこそが、後ろの男もよく知る光り輝く装具である」

 

 と、バニルの口から例の魔具について言及された。ここまで静かにしていたエンツォだったが、ダンテが側にいる安心感もあってか強気な言葉で割り入った。

 

「お前が盗んだんだろうが! この期に及んですっとぼけやがって!」

「盗人扱いは心外であるな。最近妻と喧嘩して一緒のベッドで寝られず寂しい夜を過ごしている小太り気弱男よ。文句なら魔具を盗んだお客様に言うがいい」

「おまっ、なんでそれ知って……!?」

 

 誰にも言ってない家庭事情をバラされ、エンツォはわかりやすく狼狽える。一方で隣のダンテは、そんなことよりバニルの言うお客様に興味を持ったようで。

 

「あの暴れウマを乗りこなすとは中々やるな。どんな奴か顔を拝んでみたいもんだ」

「残念ながら、我輩達の国に行くのは困難であるぞ」

「魔界なら何度か観光に行ったさ。リゾート地もホテルもありゃしない、どこもかしこもゴミ溜めみたいに臭い場所だったけどな」

「確かにこっちの魔界は酷いものであったな。力だの強者だのとうるさい連中ばかりで実に野蛮である」

「自分は他の奴等と違いますってか?」

「決まっているであろう。我輩は別の魔界から来たのだからな」

 

 バニルの言葉にダンテは首を傾げる。エンツォも話についていけず頭上にハテナを浮かべていたが、バニルは彼等に構わず話を続けた。

 

「正確には異世界。魔王軍と人間共が争い、ドラゴンやワイバーン、野菜が空を舞う別次元の世界である」

「こいつは驚いた。仮面の踊り手かと思いきや、ファンタジー小説家だったとは」

「理解できぬ物を空想と決めつけるか。まぁ信じろというのも無理な話であるな」

「けど、ネバーランドよりは楽しそうだ。是非とも連れて行って欲しいもんだね」

「向こうへ渡れば、貴様が好んで食べる料理と会えなくなるかもしれぬぞ?」

「Humph……そいつはちょっと困るな」

 

 ダンテは悩ましいと頭を掻くが、銃は降ろさない。隣で話を聞いていたエンツォは、空飛ぶ野菜とやらを詳しく聞いてみたかったが、話が大幅に脱線しそうなので尋ねることはせず。

 

「我輩はただ、ここにある魔具を売って欲しいのだ。しかしこの国の貨幣は持っていないので、物々交換になるが構わんか? 我輩のオススメはこちら、悪魔トラブルにお困りの方へピッタリなバニル人形である」

「一応聞くが、どういう代物なんだ?」

「我輩の仮面の欠片を埋め込んだ、魔除けの人形である。枕元に置いておくと効果抜群であるぞ」

「へ、へぇー……」

 

 薦められた商品に少し魅力を抱くエンツォ。その隣でダンテも考える仕草を見せていたが、バニルの商品を買おうか悩んでいるわけではないだろう。

 やがて答えを出したのか、彼はずっと構えていた銃をおもむろに降ろした。

 

「ちょっと待ってな」

 

 そう言ってダンテはクルリと背を向け、店の奥へと移動する。てっきりドンパチやり合うのだと思っていたエンツォは、予想外の展開に困惑しながら様子を見守る。

 何かを漁る物音が聞こえた後、ダンテがこちらへ戻ってきた。彼の手には紫色のエレキギターと、冷たい氷色のヌンチャク。更に双剣を背負っている。

 それらは全て、エンツォがダンテから預かっていた魔具であった。彼は右手に握っていたギターを縦に向けと、呼びかけるように名を口にした。

 

「ネヴァン」

 

 その時、呼応するようにギターが眩い光を放った。光の中でギターは形状を変え、長身のダンテと劣らぬ高さの人型へ。

 やがて光が収まると、彼が持っていたギターと入れ替わるように、黒いドレスを纏う赤髪の美女が姿を現した。

 

「久しぶりね、ダンテ。てっきり捨てられちゃったのかと思ったわ。最近は、金髪の美女にお熱のようだし」

「折角姿を戻してやったんだ。そう拗ねるなよ」

「貴方の血を少し吸わせてくれるなら、許してあげようかしら」

「また腹に鉛玉を食らいたいなら、いくらでも吸わせてやるさ」

「うーん……とっても吸いたいけど、痛そうだしやめておくわ」

 

 ダンテが腕に抱いているネヴァンと呼ばれた女性は、彼と親しそうに話す。

 魔具は、悪魔が姿を変えた物。この女性が魔具の本当の姿だとエンツォが気付くまで、時間はかからなかった。

 

「で、久々に解放してくれたのはどういう風の吹き回し?」

「そこにいる仮面野郎が言うには、盗まれたベオウルフが異世界って所にあるそうだ。俺が迎えに行ってやろうと思ったが、ピザとストロベリーサンデーが無い生活はゴメンだ」

 

 ダンテはネヴァンの後ろに立つバニルを顎で指して説明する。ネヴァンが振り返ってバニルの姿を舐めるように見ている傍ら、ダンテは言葉を続けた。

 

「だから、お前達が代わりに様子を見に行ってやりな」

「私達ってことは、貴方が抱えてる子も含めてかしら?」

「お利口なワンコにおしゃべり兄弟。旅のお供にもってこいだ。それにアイツも、顔見知りがいたら寂しくないだろ」

 

 俺が行ったら喧嘩になりそうだしなと付け加え、ダンテはネヴァンに指令を出した。だがそれは、バニルの要望通り魔具を差し出すことになる。これをエンツォが黙って見ていられるわけもなかった。

 

「待てよダンテ! アイツの信憑性のない空想話を信じるってのか!?」

「考えてみれば魔界だってファンタジーだろ。なら、異世界とやらがあっても不思議じゃない」

 

 エンツォは説得を試みるが、ダンテは軽いノリを崩さずに切り返す。

 

「魔具をやるだけでアイツが大人しく引き下がるんなら構わねぇさ。それにコイツ等も、店の隅で埃を被るよりは誰かに使ってもらった方が嬉しいだろ」

「いや、そもそもこの魔具はお前が質草として俺に預けてた分だろ! ソイツに渡すんだったらまず金を返して──!」

「前に助けてやった礼で借金はチャラにした筈だぜ、エンツォ」

「うぐっ……!」

 

 徐々に説得の熱を増していくエンツォだったが、ダンテに指摘されたところで言葉を詰まらせた。

 彼はエンツォから金を借りており、その質草としてダンテから魔具を預かっていた。だがその分の借金はダンテの言う通り、訳あってチャラに。

 因みにダンテ経由で手に入れた魔具のうち、喋る双剣だけは質としてではなく「やかましいから」という理由で直接売り払われていた。買い手は未だ見つかっていない。

 

「その子達には聞かなくてもいいのかしら?」

「コイツ等は忠実だからな。俺が行けと言ったら素直に行くさ。それにお前も、エンツォの愚痴に付き合うのは飽きてきただろ?」

「そうね。塔の中から出られたと思ったら、今度は狭い小屋に置き去りだもの。そろそろ羽を伸ばしたいわ」

 

 ダンテの提案にネヴァンも乗り気の様子。エンツォの言い分虚しく、魔具は大人しくバニルへと引き渡されるようだ。

 諦めの意思を示すようにエンツォはため息を吐く。それを横目に見てか、ダンテは交渉相手へと向き直った。

 

「つーわけだ、仮面野郎。特別サービスで三つもくれてやるんだ。クレームはご遠慮願いたいね」

「その心意気に深く感謝である。これだけあれば、あのごうつくばり堅物脳筋男も満足するであろう。礼として、このバニル人形に加えて魔道具店オススメ品である女神のダシ汁、新商品のライターをプレゼントしてやろう」

 

 バニルは上機嫌に話しながら両ポケットに手を入れ、右手には水の入った小瓶を、左手には馴染みのあるライターを乗せて差し出してきた。

 エンツォは警戒していたが、ダンテは気にせず二つの道具を取る。代わりに双剣を渡し、ネヴァンにヌンチャクを持たせると、彼女はバニルの隣へ移動した。

 

「此度は実に良い出張であった。低俗な輩に絡まれることを除けば、この街も存外悪くない」

「移住するつもりならやめときな。ここには俺以外に、おっかない悪魔狩りの女が二人いる。新しく店を開けても、次の日には更地になってるだろうぜ」

「それはなんとも、悪魔に当たりが強い街であるな。あのトチ狂った宗教団体が住む街より安寧ではあるだろうが」

 

 ダンテの忠告を素直に受け取るバニル。彼はクルリとダンテ達へ背を向けると、別れの挨拶を告げた。

 

「ではこれにて失礼する。縁があればまた会えるやもしれぬな」

「アンタみたいなおしゃべりでプライベートも無視する悪魔とは、金輪際会いたくないね」

 

 再会を期待するバニルとは対照的に、それは御免被るとダンテが手を払う。バニルは言葉を返さず短く笑うと、ドアのない開けっ放しの出入り口から外へ出ていった。その後、ネヴァンがこちらに顔を向ける。

 

「それじゃあねダンテ。貴方みたいなイイ男が見つかることを期待するわ」

「血を吸おうとして、腹に剣をぶっ刺されないよう気をつけな」

 

 ダンテと別れの挨拶を交わしたネヴァンは、バニルを追いかけるように店の外へ。

 彼女を見送ったダンテはエンツォへ振り返り、壁際の無惨な姿になったドアを指差しながら告げた。

 

「アレの修理代は、今回の礼金と立て替えで頼むぜ」

「それは構わねぇけどよ……本当に良かったのか? あの悪魔を見逃した上に魔具も渡しちまって」

「お前に預けたモンの中から一番マシな奴等を選んだ。心配ねぇさ」

「ていうか、ホントに異世界なんて突拍子もない話を信じてるのか? 相手は悪魔だぜ?」

「別に何から何まで信じちゃいないさ。ただ魔界に帰っただけかもしれないしな」

 

 心配に思い尋ねるエンツォに対して、ダンテは一貫して問題ないと断言する。続けて彼は「それに」と付け加えて言葉を続けた。

 

「アイツと殺り合うのに、ここは狭過ぎる」

 

 出会い頭は一触即発の雰囲気だった二人。しかしどうやら、ここで戦う気はなかったようだ。

 悪魔同士がやり合えば、明日からは長期休業を余儀なくされていたであろう。おまけに他の魔具も巻き込まれたら、何が起きるかわかったものではない。

 もっとも、今更喚いたところで何かが変わるわけでもない。エンツォは肩を落として深くため息を吐いた。

 

「結局、消えちまった魔具は戻らないままか。俺の今までの苦労は何だったんだ……」

「安否がわかっただけでも上々だろ。きっとアイツの言ってたお客さんが、大切に使ってくれてるさ」

「ならせめて、面だけでも拝ませて欲しいもんだぜ。人のモノを勝手に盗みやがって」

 

 なんなら使用料もふんだくってやりたいと目論むエンツォ。全て叶わぬ夢見事であるが。

 

「ひとまず今は、この悪趣味な人形とライターで我慢しな」

「割にあってんのかわからねぇ代物だな。ライターも安物っぽいし。その小瓶はどうすんだ? 女神のダシ汁とか言ってたけど、ただの水じゃないか?」

「俺が貰っとく。隠し味に使えるかもな」

「少なくともピザには合わないと俺は思うぜ。どんな味か知らねぇけどよ……んっ?」

 

 人形とライターを受け取った後、エンツォは床に光る何かが落ちていることに気付いた。ダンテも同じく見えたようで、小瓶をポケットにしまうと落とし物に近付き、手を伸ばした。

 彼が拾ったのは、銀色の硬貨。どこの国のデザインか不明だが、少なくともエンツォは見たことがないものであった。

 

「アイツの忘れ物か?」

「だろうな。仮面野郎が残してった物の中じゃあ一番まともそうだ」

 

 ダンテは気に入った素振りを見せる。銀貨も彼が受け取るつもりなのだろう。エンツォもそれに文句を言う真似はせず、疲れた身体を預けるように再び椅子へ座る。

 今宵、枕元に置いたバニル人形が奇っ怪な笑い声を上げたことで妻がもっと不機嫌になってしまうのだが、ただの人間である彼がそんな未来を見通せるわけもなく。彼は一向に止まない雨を窓越しに見つめる。

 その傍ら、ダンテも外の雨を見ながら独り呟いた。

 

「……まさかな」

「んっ? 何がだ?」

「いや、こっちの話さ」

 

 気になったエンツォが尋ねるも、ダンテは答えようとせず。彼は右手にあった銀貨を親指で跳ね上げた。

 

 

*********************************

 

 

 人間界の店に立ち寄った後、魔界へ移動したバニル達。彼はダンテから渡されたヌンチャクを持ったまま魔界を歩く。

 その後ろを、ネヴァンは静かについて来ていた。彼女は手に双剣を持ち、文句も言わず後を追う。

 下級悪魔にも会わずしばらく歩いたところで、バニルはふと足を止めた。合わせてネヴァンも止まる。

 

「フム、ここらでよいか」

 

 バニルは周囲を確認したかと思えば、手に持っていたヌンチャクをその場に置いた。次に彼はネヴァンへ視線を送る。

 魔具を置けと言われているのだと察した彼女は、双剣を地面に突き刺す。それを見たバニルは数歩前へ移動するとネヴァン達に振り返った。

 

「異世界へ渡る前に連絡事項が幾つかある。その姿のままでは意思疎通が不便な故、本来の姿に戻るといい」

 

 バニルが魔具へと呼びかけた。するとヌンチャクは眩い光を放ち、双剣からは炎嵐が吹き荒れ、本来の姿を顕現した。

 氷を纏う三つ首の巨大狼と、剣を握る二人の首なし巨人。狼の名はケルベロス、赤い剣を持つ者はアグニ、青い剣を持つ者はルドラという。

 

「これから貴様達を異世界の魔界へ連れていき、人間界へ移動する。が、人間界への移動の際に網目を通らねばならぬ為、貴様達の魔力は本来より弱まるであろう」

 

 姿を現した悪魔達を見ても特に驚かず、バニルは話を続けた。彼の話をネヴァン達は黙って聞く。

 

「人間界へ渡った後、再び魔具の姿へと戻り、お客様のもとへ我輩が届ける流れだ。ここまでに質問がある者はおるか?」

 

 簡潔に話し終えたところで、バニルは悪魔達へ問いかけた。すると、ここまで沈黙を保っていたケルベロスが口を開いた。

 

「我らの目的は、異界にいる同胞の安否だ。貴様の命令に従うつもりはない」

「おやおや、随分と好戦的な犬コロではないか。しかし現段階での主は我輩である。すぐに新たな主のもとへ引き渡すつもりだがな」

「我が認めた主はただ一人だ。貴様ではない」

 

 ケルベロスは身構えて唸り声を鳴らす。それに続いて、双子の兄弟も剣を差し向けてバニルに言い返した。

 

「我ら兄弟も同じだ。我が主の頼み以外は聞けぬ」

「認めさせる方法はひとつ。我らにその力を示すのみ」

 

 悪魔の道理は至ってシンプル。力こそが正義。強者こそ絶対。

 故に、力の見えないバニルをまだ主と認めるわけにはいかない。それはネヴァンも同意見であったため、彼女も交戦の構えを取った。

 

「やれやれ、あちら側の悪魔は実に野蛮であるな。力を示すのは別に構わんが──」

 

 従う気のない彼等を見て、バニルは肩をすくめた後──不敵に笑ってこちらを見た。

 

「──貴様等の命は保証できぬぞ?」

 

 刹那、ネヴァン達を襲ったのは圧倒的な『魔』であった。

 身体が動かないほどの重圧。目の前にいる人物は絶対的強者であると示すように。

 ほんの一瞬だったが、彼等はその時確かに『死』を実感した。

 

「お客様へ渡すプレゼントに傷をつけたくはない。大人しく我輩に従うのが吉である」

 

 既に魔力を抑えていたバニルは、変わらぬ口調で話しかけてくる。

 自分達が塔と共に封印され、人間界に魔具として存在していた間に、彼ほどの大悪魔が生まれていたとは。それとも本当に異世界とやらが存在し、こちら側へ渡ってきたのか。

 彼を倒すとなれば、ダンテでも簡単にはいかないであろう。きっとあの場でやりあっていたら、あの店どころか街にも被害が及ぶ。それを見抜いていたから、ダンテは敢えて見逃したのかもしれない。

 ケルベロス達を横目に見る。彼等は警戒こそすれど攻撃を仕掛けようとはしない。強者はどちらか、既に理解しているようだ。代表してネヴァンが答える。

 

「いいわ。今は貴方についていく。でも、どうやって異世界に移動するのかしら?」

「我輩の同胞に頼んでちょいと次元に穴を開け、そこを異世界への扉としたのだが、そう長くは持たん。もう既に閉じられているであろう。つまり、もう一度穴を開ける必要がある」

 

 ネヴァンの問いかけに対し、バニルは困ったように唸る。サラリととんでもない行動を明かしていたが、彼なら造作もないことなのであろう。

 

「どれ、ちょいと失礼」

 

 様子を伺っていると、バニルは突然こちらに歩み寄って顔を覗き込んできた。ネヴァンは思わずたじろいだが、バニルは気にせず顔を見続ける。

 

「フム、どうやら無事辿り着いてはいるようだ。このまま歩けば、いずれ道が開けるであろう」

 

 しばし見つめ合った後、バニルは口元に笑みを浮かべた。彼はネヴァン達から離れると、気の向くままにと歩き出す。

 彼には一体何が見えたのか。ネヴァン達は互いに顔を見合わせるが答えは出ず。今は大人しく彼に従う他無い。

 ダンテから聞いた時は話を合わせていたが、異世界とやらが本当に存在するのか。半ば疑いながらも、彼等はバニルの後を追っていった。

 




ケルベロス君、木端微塵ルート回避です(DMC5前日譚文庫より)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。