この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第86話「この冒険者達に懐かしの日常を!」

 魔王軍幹部襲来に機動要塞デストロイヤー迎撃戦、賞金首クーロンズヒュドラの討伐作戦と、駆け出し冒険者の住む所とは思えないイベントが時たま起こるアクセルの街。

 そしてつい最近もまた、号外が撒かれる程の一大イベントが発生した。

 

 ダスティネス・フォード・ララティーナの結婚式。その日、突如として式場に魔獣が出現。式場にいたアルダープは、悪魔が化けた偽物であった。

 正体を突き止めていた冒険者が式場に現れ、魔獣と対峙。その後、魔獣はサトウカズマを中心としたパーティーが討伐。魔獣以外に出現した悪魔は魔剣の勇者とアークプリーストのアクア、魔道具店店主のウィズ等が対処した。

 

 彼等による迅速な対応が無ければ、魔獣の牙は住民に向けられ、街には甚大な被害が及んでいた。

 ギルドは、式場での悪魔討伐に貢献したサトウカズマ達に報酬を渡すと約束。同刻、正門前にも出現した悪魔をバージルとタナリスが討伐していたので、二人にも報酬が約束された。

 

 本物のアルダープは魔獣討伐の後、屋敷の者が発見。しかし結婚式の翌日、彼は忽然と姿を消した。

 と同時に、アルダープがこれまで隠していた悪事の証拠が次々と発覚。これを恐れていた為に、アルダープは独り失踪したと推測される。

 自動的に当主となったひとり息子のバルターは、被害を受けた方々に返還すると表明。また、バルター自身は不正に関与していなかったとして咎められず、これからはダスティネス家の補佐として尽力すると誓った。

 

 しばらく慌ただしかったアクセルの街であったが、魔獣出現から一週間後。ようやく平穏な日常が戻りつつあった。

 

 

*********************************

 

 

 アクセル郊外にポツンと建てられた一軒の便利屋、デビルメイクライ。そこに訪れていたタナリスは、号外新聞を広げてソファーに座っていた。

 

「カズマ達の活躍が大々的に取り上げられているのに、僕等はほんの数行じゃないか。なんだか贔屓を感じるね」

「鬱陶しい記者に囲まれる心配がないと思えばラッキーだ」

 

 口をとんがらせるタナリスに言葉を返しながら、バージルは朝の紅茶に口を付ける。

 

 魔獣騒動の後にミツルギから聞いた話では、カズマ達は魔獣討伐に巻き込まれた形の筈であったが、記事では彼がリーダーとして戦ったことにされているようだ。

 デストロイヤー迎撃戦で指揮を執っていた姿が、記者の印象に残っていたのであろう。また、直前の結婚式では主人公さながらの登場で乱入し、悪徳貴族から華麗にダクネスを救い出した。

 一方でバージルとタナリスは、五分と経たず悪魔を討伐。故に目撃者も少なく、報酬金もカズマ達より少ない。二人よりもカズマ達に注目が集まるのは仕方のないことであった。

 

「冒険者をやってたら、一度は取材を受けてみたいけどね。バイトのプロフェッショナルとして聞かれたことはあったけど」

「いっそ冒険者から職人に転職すればいい。今の倍は稼げるだろう」

「バイトで稼ぎながら、時々冒険するのが僕のライフスタイルさ。誰に言われようと変えるつもりはないよ」

 

 タナリスは新聞を閉じ、前の机に放り捨てる。後ろに体を倒してソファーに背を預け、バージルに顔を向けた。

 

「しかし君は災難だったね。折角の報酬が全部パーになるなんて」

 

 タナリスの言葉を受けて、バージルの眉がピクリと動く。

 彼女の言う通り、今回の悪魔討伐で得た臨時報酬は全て消えた。どこぞの多重債務冒険者のようにカジノで溶かしたわけではない。原因は、バージルの机に置かれた一枚の紙にある。

 全壊してしまったエリス教教会の修繕費──その請求書であった。その額は、悪魔討伐で得た報酬を上回る。

 

 教会に多大なダメージを与えていたのは、魔獣化したアルダープ。本来ならアレクセイ家が支払うべきもの。

 しかし世間では、式場にいたアルダープは偽物とされている。彼が悪魔を使役していた事実を明かさない為に。

 おまけにあの日、バージルのパンチ一発が決定打となって教会が崩壊したのを、大勢に見られていた。故に教会を壊した責任は、バージルにあるとされたのだ。

 

 だがバージルは、この事実に不満を覚えているわけではない。悪魔のいざこざを表に出さない為には必要な経費だと納得していた。

 では、何故彼が請求書を見て不機嫌になっているのかというと──。

 

「でも良かったじゃないか。ダンジョンで見つけたお宝の換金分も合わせたらキッチリ支払えたんだし」

「それが気に食わんのだ」

 

 悪魔討伐の報酬金とダンジョン探索で得た収入。それらを合わせた金額と請求額が、一桁も違わずピッタリ合っていたからだ。

 もともとダンジョン探索は、バニルの助言を受けて起こした行動。つまりバニルはあの時点で、ここまで見通していた可能性がある。

 最後までバニルに踊らされていた事実を知り、バージルは怒りを覚えていたのだ。きっとバニルは今頃、新商品の準備に取り掛かりながらほくそ笑んでいることであろう。

 これがプレゼントだと言うなら、お返しとして彼の仮面をズタズタに斬り裂いて燃えるゴミに出してやろうと考えていた時。

 

 木の軋む音と共に、正面の扉がおもむろに開かれた。訪れた来客にバージルとタナリスは視線を向ける。

 入ってきたのは、二人もよく知る銀髪の盗賊──もとい、それに扮した女神であった。

 

「やあエリス。教会で会った時以来だね」

 

 タナリスが手を挙げて声を掛ける傍ら、エリスは扉を閉めてバージルの前に移動する。魔獣騒動の後、彼女はしばらく姿を見せていなかった。

 

「今までどこに行っていた?」

「少しの間、天界で待機していたんです。上からの叱責があると思ったので」

「どうしてだい?」

「私自ら、規定を破ったからです」

 

 彼女は立ったまま、今まで天界にいた理由を語り始めた。

 

 女神エリスは魔獣化したアルダープを止めるべく、下界で女神の力を行使した。更にその正体を、教会内にいたカズマ、めぐみん、ダクネス、ゆんゆんの四人に知られてしまった。

 この方法以外無かったとはいえ、女神が下界で力を使うのは規定違反。お叱りを受けると思った彼女は、しばらく天界に戻っていた。

 が、予想と反して罰は与えられず。生真面目な彼女は自ら報告したが、上からは叱責すら無かった。

 因みにアクアとタナリスは、かたや転生特典として強制連行され、かたや堕天という名の追放。彼女等は特例として下界で力を使うことを認められている。

 

「女神の力……か」

 

 バージルは壁にかけていた聖雷刀に視線を移す。

 あの男も目をつけた、聖なる力。人を照らし、魔を滅ぼす光。人と魔を分かつ力。

 

「君は滅多に規定を破らないんだろう? なら、数回ぐらい破っても構いやしないってことだよ」

 

 流石に破り過ぎたら僕みたいになるけどと、タナリスは軽く笑ってエリスに語りかける。エリスは苦笑いを浮かべた後、再びバージルに顔を向けた。

 

「それで……バージルさん。いったい何があったのですか?」

 

 真剣味を帯びた表情で、エリスは尋ねてくる。彼女が何を聞きたいのかを、バージルは既に理解していた。

 故に彼は話した。隠された真実──アルダープの末路を。

 

 この場にいる三人以外で真相を知っているのは、ミツルギ、ゆんゆん、カズマの三人。

 ミツルギとゆんゆんには、口外しないことを前提としてバージル自ら話していた。二人は驚いた様子だったが、最後は納得してくれた。ミツルギだけ、どこか晴れない表情であったが。

 そしてカズマは、アルダープが失踪した翌日にバージルのもとへ訪ねてきた。アルダープがその後どうなったかを聞く為に。

 彼は、バージルがアルダープを教会から連れ出したのを見ていた。更に、アルダープが悪魔の力を利用している事情も知っていた。結婚式当日、バニルから聞いたという。

 そこまで知っているのなら隠す意味はないと判断し、カズマにも真相を告げた。公にする話ではないと判断したカズマは、同じく教会の場でバージルを目撃していためぐみんには上手いこと伝えておくと言って、屋敷へ戻っていった。

 

 事の顛末を聞き、エリスはたまらず下を向く。全てが悪魔の仕組んでいたことなら、悪魔許すまじと怒りを顕にしていたであろう。

 しかし今回は、アルダープが代価も払わず悪魔の力を使い、その代価を払うために連れて行かれた。自業自得という言葉以外に言い表せない。

 更に彼は、彼女の親友ダクネスの心を傷付けた。人間クリスとしては許せない相手だ。

 が、彼女は同時に──慈愛の女神でもある。

 

「本当に……救える道は無かったのですか?」

「奴を救える者がいるとしたら、よほど奴に惚れ込んでいる盲目女か、何も考えずに誰彼構わず救いの手を差し伸べる馬鹿ぐらいだろう」

 

 やるせない気持ちを顕にするエリスへ、バージルは冷たく言い返す。エリスは俯いて反論しようとせず。

 三人の間に沈黙が漂う。それに耐えかねたのか、タナリスは口を開いた。

 

「人間のような悪魔もいれば、悪魔のような人間……救いようのない人間もいるってことさ。転生特典で好き放題悪魔を召喚してる彼みたいにね」

「……アーカムか」

 

 話題はアルダープからアーカムへと切り替えられた。

 デストロイヤー襲撃時、アルカンレティア、紅魔の里、そして此度の結婚式。その全てに現れた悪魔の元凶。

 その名前を聞き、俯いていたエリスが顔を上げた。反応を見せた彼女に目をやり、バージルは説明する。

 

「俺の記憶を見た貴様なら知っているだろう。奴が、この世界に転生を果たしていた」

「少なくとも異世界転生を選択できる善人ではない筈なのに、それも転生特典を持っているだなんて、どうして……」

「どこかの女神さんがうっかり転生させちゃったんだろうね。何度も言うけど僕じゃないよ。だからそんな怖い顔で睨まないでよバージル」

 

 鋭い視線に気付いたタナリスが、無実を主張してくる。しかしバージルは目を反らさない。

 バージルが最後に転生させた人物だと彼女は言うが、それをタナリス以外に主張する者がいないので、疑うなと言われるのも無理がある。

 アーカムとタナリスが出会った時はお互い初対面のように思えたが、演技の可能性も否定できない。

 

 だが、タナリスを疑っていると決まってエリスが突っかかってくる。現にエリスがこちらを睨んでいた。

 もしタナリスが犯人だとしても、ここで問い詰めたところでボロを出すとは思えない。

 

「今は見逃しておいてやる。だがもし貴様が黒幕で、本性を表した時は……人間界からも追い出される覚悟をしておくがいい」

 

 尋問ではなく泳がせる選択を選び、バージルはタナリスから目を離した。疑いが晴れたとは言えないがひとまず保留になったところで、話を聞いていたエリスが自ら提案した。

 

「私が先輩の世界に行って、転生させた女神を探してきましょうか?」

「その女神がアーカムと繋がっている可能性もある。やめておけ」

「おまけにあっちの天界は魔女探しで血気盛んになってるからね。なんなら手伝えって言われるかもしれないし。天使狩りの魔女にお仕置きされたいなら止めないけど」

 

 エリスの提案は即却下された。タナリスの忠告を聞いて、以前魔女の話を聞いていたエリスは身震いして自分の肩に手を回す。

 

「それに、彼の額に埋め込まれていた目……どっかで見た覚えがあるんだよね」

「アーカムを転生させた女神のモノである可能性は?」

「うん、僕もそこに絞って考えてるんだけど、全然思い出せなくて……誰だったかなぁ」

 

 腕を組んで天を仰ぎ、悩める姿を見せるタナリス。このまま待っていても思い出してくれなさそうだったので、バージルはため息を吐く。

 

「ひとまず話は以上だ。アーカムの件はミツルギとゆんゆんにもいずれ話すが、カズマ等には黙っておけ。より厄介な事態になりかねん」

 

 アーカムがどこにいるかもわからない。彼を転生させたという女神の目的も不明。これ以上考えていても、憶測の域は出ないであろう。

 バージルは机に置いていた本に手を伸ばそうとしたが、家から出ようとせず目の前で立ったままのエリスに気付く。

 しばらく様子を伺っていると、エリスは神妙な面持ちでバージルに尋ねてきた。

 

「もし、再び出会った時……バージルさんは、彼をどうするつもりですか?」

「決まっているだろう。二度と蘇らないよう、地獄の底に叩き落とす」

 

 エリスの問いに、バージルは迷わず答える。今回はみすみす逃してしまったが、次は無い。

 彼の揺るぎない意志を聞いて、エリスは何か言いかけるも口を閉じる。そのまま彼女はバージルの家から出ていった。

 質問の意図が気になったが、エリスを追いかけようとはせず。と、横で見ていたタナリスが思い出したように言った。

 

「そういえば、話さなくてよかったのかい?」

「何がだ?」

「アーカムが女神の力を狙ってるって話。彼が目を付けてるのはアクアだけどさ」

 

 悪魔の力を求めていたアーカムは、この世界では女神──天使の力を欲していた。

 標的はアクアだが、いずれエリスの存在に気付く可能性もある。クリスの正体を見破ったバージルのように。

 彼女の安全を考えるなら伝えるべきであろう。しかしバージルはあえて伝えずにいた。

 

「手にする前に奴を殺せばいいだけのことだ。伝えるまでもない」

 

 バージルは手に取った本を開きながら返答する。素っ気ない態度だったのだが、それを聞いたタナリスは何故かニヤニヤと笑っていた。

 

「君はホントに素直じゃないねぇ」

「口うるさいエリスがいない今、貴様をここで尋問してやってもいいが」

「ごめんごめん。ちょっとからかっただけさ。だから僕の周りに浮かべた魔法の剣を消して欲しいな」

 

 

*********************************

 

 

 バージル、タナリスと話した後、バージルの家から去ったエリスは浮かない表情のまま道を歩く。

 彼女の脳裏にあるのは、バージルが放った言葉。アーカムをこの手で殺すという、明確な殺意。

 

 バージルの記憶を通して見たアーカムの印象は、はっきり言って最悪だった。

 悪魔の力を得るため、自らの妻を生贄に捧げた。魔界を開くためにバージル等を騙し、娘にすら手をかけた。

 最後はスパーダの力を扱いきれず、双子によって彼の企みは止められた。

 人間でありながら、悪魔以上の残忍さを持つ男。地獄に堕ちてしかるべき人物だ。

 

 それでも、彼を殺してほしくないと願う自分がいた。

 決して、アーカムにも救いの手を差し伸べようと思ったわけではない。

 バージルに、人を殺してほしくないのだ。

 

 この世界ではあらゆる存在が、他の存在を倒すことでその者が持つ魂の記憶を一部吸収し、糧とする。

 人間はそれを経験値と呼び、一定以上吸収することで進化を遂げる(レベルアップする)

 つまり人間が異種の存在を殺めることは、進化の過程で必要なため、罪とは数えられない。悪意を持って殺している場合は別であるが。

 

 しかし同種の存在──人が人を殺せば罪となる。どんな事情があろうとも。それがこの世の理だ。

 相手の心がどれだけ悪に染まっていようと、救いようのない者でも。

 たとえ──悪魔に魂を捧げ、世界を混沌に陥れようとした人間であっても。

 

 この世界において、バージルはまだ人を殺していない。だがアーカムを殺してしまった場合、彼は再び罪を犯してしまう。

 それをエリスは望んでいなかった。深い理由があるわけではない。ただ、彼には人を殺して欲しくない。罪を犯してほしくないと、彼女自身が思った。

 この願いを伝えれば、きっと彼は怒るだろう。だから言えなかった。それにこの願いは、世界の安寧を望む女神として抱いてはいけない我儘だ。

 

 ならばいっそ、バージルが手を下すその前に──。

 

「おーい、エリス様ー」

「ふぁっ!?」

 

 不意に女神の名で呼ばれ、エリスの身体が跳ね上がる。顔を上げて前方に見えたのは、こちらに歩み寄ってきたカズマとダクネスであった。二人の姿を見たエリスは胸を撫で下ろす。

 

「急に女神の名前で呼ばないでよ。びっくりしたぁ……」

「もう知らない仲じゃないでしょう俺達。おまけにエリス様の可愛い反応も見れたから眼福ですよ」

「あんまり女神様をからかってたら、バチが当たるよ?」

「エリス様の天罰ならむしろご褒美なので大歓迎です」

「んぅ……そこまで真剣な顔でハッキリ言われるとは思わなかったよ」

 

 目を逸らさず答えてきたカズマに上手く言い返せず、エリスは困ったように頬を掻く。

 彼へイタズラな質問をしても、逆にこっちが痛い目を見そうだ。そう判断し、エリスは話題を切り替えた。

 

「この道を通ってるってことは、バージルに何か用でもあるの?」

「俺はただの付き添い。バージルさんに用があるのはこっち」

 

 カズマは隣に立っていたダクネスに目を移す。エリスも彼女へ視線を向けると、ダクネスはエリスの顔を見て固まったまま。

 そこでふとエリスは思い出す。教会で正体を見られた後、ダクネスは衝撃のあまり気絶した。それから程なくしてエリスは天界に戻ってしまった。

 女神として再会するのはこれが二回目。また気絶されない内にと、彼女はダクネスと向き合って再び名乗った。

 

「今まで黙っててごめんね、ダクネス。教会でも言ったけど、アタシの正体は女神エリスなの」

「え、エリス……様」

「けど、盗賊クリスであることに変わりはないから。これからも親友として接してくれたら嬉しいかな。だから、アタシのことは今まで通りクリスって呼んでね」

 

 改めてよろしくと、エリスは握手を求める。差し伸べられた手を見て、ダクネスは酷く驚いた。

 まだ、親友が女神だった事実に戸惑っているのであろう。エリスは手を戻そうとせず、微笑んだままダクネスを待つ。

 中々手を取ってくれずにいたが、やがてダクネスは決意したように右手でエリスの手を握り──。

 

 更にもう片方の手でエリスの手を包み、地面に両膝をつけた。

 

「クリス様ぁああああああああっ!」

「えぇっ!?」

 

 親友としての絆も、神への敬意も、彼女には捨てることができなかった。

 

「エリス教の信徒であるにも関わらず、数多の冒険でクリス様に迷惑をかけてしまいました! どうか、罪深き私に天罰を!」

「様付けはもっとやめて!? 街の人に聞かれたら色々と誤解が生じるから!」

「私は、聖騎士として恥じぬよう鍛錬を続けて参りました! どんな罰も受けます! 苦しみにも耐えます!」

「うんよく知ってるし罰も与えないから顔を上げて! カズマ君も見てないで止めてよ!?」

「すみません、アタフタしてるエリス様がとても可愛らしかったので」

「君ホントに天罰与えるよ!?」

「喜んで」

 

 

*********************************

 

 

 結婚式騒動から翌日。ダクネスがカズマ達のもとに帰ってきた。

 彼女は一度パーティーを離脱したことを気にしていたが、カズマ達のパーティーにおいてダクネスは必要不可欠だと、離脱期間中に思い知らされた。

 それがなくとも、ダクネスが大事な仲間であることに変わりはない。三人は温かく彼女を迎え入れた。

 

 更に、彼女から嬉しい知らせを聞いた。今回、ダクネスを買い取るために用意した二十億が返ってくるというのだ。

 領主アルダープの不正が次々と発覚し、それらで得た彼の財産が没収され、国の補填も合わせて被害者へ返還することに。

 それはカズマの払った二十億も同じ。元々その額は、ダクネスがアルダープに抱えていた借金だ。その借金が無かったことになるので、二十億を払う必要もなくなる。

 これまでダスティネス家がアルダープへ払っていたお金も返される。今まで何故こうも領主の言い分を信じていたのかダクネスは疑問に思っていたので、事実を捻じ曲げる悪魔の効力が無くなったからだろうとカズマは察した。

 

 アルダープは消息を絶ったそうだが、彼はその真実を知っていた。ダクネスが来る前、バージルの家に言って聞いてきたからだ。

 勿論、三人には言っていない。ダクネスの話を聞いても、カズマは持ち前の演技力で知らない風を装った。

 

 それから、結婚式でのダクネス所有物宣言の話で詰められたり、ダクネスの結婚歴についてひと悶着あったりした後。

 ダクネスは、此度の騒動で迷惑をかけた人達に謝罪とお礼を言いたいと告げ、街中に出向いた。付き添いは必要ないと言われたので、カズマは屋敷でクエストにも行かずのんびり過ごしていた。

 しかし数日後、ダクネスはカズマに同行を求めてきた。バージルの所に行きたいのだが、自分だけでは話も聞いてくれず追い出されてしまうから、付き添いが必要だという。

 その絵が容易に浮かんだカズマは、重い腰を上げて屋敷を出た。バージルの家に向かって歩いていたら、クリスとバッタリ会ってしまい──今に至る。

 

「とにかく、エリス様もクリス様も禁止。普段通りの呼び方を心がけるように。わかった?」

「しょ、承知した。クリスさ……ん」

「さん付けもナシ」

 

 ようやく落ち着きを取り戻したダクネスに、クリスが釘を刺すように言いつける。その様子をカズマはジッと見つめていた。正確にはクリスを。

 これまでは活発でボーイッシュな子という印象だったが、正体がエリス様だと知ってからは、彼女の一挙一動が全て可愛く見える。女神補正というものか。

 カズマの視線に気付いたのか、クリスがジト目でこちらを睨んできた。その姿すらも愛くるしい。

 

「で、話は戻るけどバージルに何の用があったの?」

「その……今回の一件で多くの人々に迷惑をかけてしまったので、その謝罪と礼を伝える為に回っていたのだ。バージルも、式場前での魔獣騒動とは別で正門前に現れた悪魔を討伐したと聞いたからな」

「ダクネスったらどこまでも律儀だねぇ。それが良いところでもあるんだけど」

「クリスにも、心配をかけてすまなかった。そして魔獣を倒してくれて、本当にありがとう」

「いいってこと。アタシ達は最初から魔獣討伐が目的だったし。でも心配させたことは……シュワシュワ一杯で手を打ってあげる」

 

 クリスの明るい笑顔を見て、ダクネスもようやく普段の調子を取り戻してきたのか、口に手を当ててクスリと笑う。

 彼女等の間に入ろうとする男がいれば、一定層からタコ殴りにされるであろう。紳士なカズマは、友情を育む二人を温かく見守っていた。

 

「バージルならまだ家にいると思うから、行ってきなよ。タナリスさんも一緒にいるし」

「ありがとうクリス。ところで……何か思い悩んでいる様子だったが、相談ならいつでも乗るぞ?」

「あぁごめん。顔に出ちゃってたかな? でも、今回は気持ちだけ受け取っておくよ」

 

 ダクネスの言う通り、向かいから歩いてきた時の彼女は元気が無いよう思えたが、クリスは詳細を話そうとはせず。

 クリスは別れを告げるように手を振り、街中方面へと歩いていった。遠のいてく彼女の姿を見ながら、カズマは口を開く。

 

「俺、エリス様の方に行っていい?」

「おい待て! 私の付き添いをしてくれる約束だろう!」

「これはエリス様ルート突入のイベントに違いない! だから少しでもエリス様と接して好感度を上げておきたいんだよ!」

「何を訳の分からない事を言っているんだ! そもそもお前は相談に乗るよりも、懺悔の方が先だろう!」

「いやそれこそ何言ってんの? 俺はエリス様に謝るようなことなんて──」

「白昼堂々パンツを奪ったあの鬼畜プレイを忘れたか!?」

「アッ」

 

 口論の末に出てきた懐かしき記憶。それを思い出し、カズマの息が一瞬止まった。

 カズマのパンツ脱がせ魔という異名が広まった原因。初めて『スティール』を覚えた時、ギルドでの宴会、ゆんゆんパーティーとの対決と、カズマはクリスのパンツを三度奪った。

 そして、クリスと女神エリスは同一人物。つまりカズマは──女神エリスのパンツを奪ったということ。

 

「(ルート突入どころか好感度最悪じゃねぇか!? 何やってんだあの頃の俺!)」

 

 いつの間にか神への冒涜を犯していたカズマは、その場で頭を抱える。

 パンツを奪われて好感度が上がるヒロインなど聞いたことがない。当然エリス様の好感度はゼロ、どころかマイナス値の可能性もある。

 しかし、死後に会った時は嫌われているように思えなかった。それにカズマの裁判でクリスが証言台に立った時、パンツ強奪については水に流したと話していた。なら、彼女はそこまで気にしていないと捉えていいのでは。

 今すぐにでもエリス様に謝りに行きたかったが、ダクネスは行かせてくれず。今回は仕方なくダクネスの用事に付き合うとして、今度エリス様に会った時はキチンと謝ろう。

 そう決意したカズマは抵抗をやめ、ダクネスと共にバージルの家へ向かった。

 

 

*********************************

 

 

 クリスと別れてから程なくして、二人は便利屋デビルメイクライに到着。

 開店中を示すプレートが下げられているのを確認して、扉を開ける。中にはクリスの言っていた通り、バージルとタナリスがいた。

 二人を見て、というよりはダクネスの顔を見てだろう。露骨に顔を歪めたバージルが先に口を開いた。

 

「カズマはともかく、そこにいる迷惑客は出禁の筈だが」

「お前出禁になってたのかよ」

「カズマがアイリス様に拐われていた時期のことだ。依頼をできなくなったのは痛いが、乱暴に追い出されるだけでも私は十分だ」

「余計に質が悪いな」

 

 胸を張って話すことではないだろとカズマは思う。バージルが舌打ちをする傍ら、ソファーに座っていた彼女がこちらに手を上げた。

 

「やぁバツネス、久しぶり」

「おい! 誰からその話を聞いた!?」

「ついこの間、アクアから。その歳でバツイチとは災難だねぇ」

「や、やめろぉ!」

 

 タナリスから想定外の弄りを受け、羞恥に耐えられずダクネスはたまらず耳を塞ぐ。

 この国では、挙式の日の朝に入籍の書類を役所に提出する。つまり結婚式の前に入籍は果たしている。

 が、結婚式は破綻。相手のアルダープも失踪。結果ダクネスはバツイチとなり、カズマからはバツネスという不名誉なアダ名を付けられてしまったのだ。

 

「用がないならさっさと去れ。読書の邪魔だ」

 

 と、黙って見ていたバージルが苛立ちの声を上げた。これ以上怒らせたら自分も出禁にされかねないと思い、カズマはダクネスの肩をポンと叩く。

 目的を思い出したであろうダクネスは、落ち着きを取り戻すように咳払いをし、バージルと向き合う。一方でバージルは手に持っていた本を机に置き、ダクネスを見上げた。

 

「貴様のいない数日は実に平和だった。大人しく奴に嫁いでくれたのなら、祝儀のひとつは出してやろうと思っていたのだが」

「また君は心にもないことを言って。ホントはダクネスがいなくてちょっぴり寂しかったんじゃないの?」

 

 冷たい態度を取るバージルにタナリスが横槍を入れてきたが、また口を開いたら殺すと脅しの目つきで睨まれ、タナリスは肩を竦める。

 

「今回は色々と迷惑をかけてすまなかった。私のことで、めぐみんが押しかけたと聞いたが……」

「貴様に謝られる筋合いなど無い。もっとも、保護者の迎えが少しでも遅ければ、奴の眼に地獄の痛みを刻み込んでやるところだったが」

「それに結婚式があった日は、正門前に現れた悪魔をタナリスと共に討伐してくれて……魔獣を止めるようクリス達に言ったのも、バージルだったのではないか?」

「魔獣も悪魔も元から狙っていた獲物だ。結婚式と同時に現れたのは単なる偶然でしかない」

 

 謝罪を受け取る気はないと、腕を組んでダクネスから目を逸らすバージル。しかしダクネスも退くことはせず。

 

「それでも、迷惑をかけたことに変わりはない。本当に申し訳なかった。そして……ありがとう」

 

 彼女は謝罪と感謝の言葉を告げて、頭を下げた。そんな彼女をバージルが黙って見つめる。ダクネスは頭を下げたまま何も言わない。

 いつもと違う彼女に調子が狂ったのか。やがてバージルはため息を吐いた。

 

「次また出ていく時があれば、せめてカズマに一言告げてからにしておけ。まためぐみんが俺の所に押しかけてきては面倒だ」

 

 謝罪の言葉だけは受け取っておくと、バージルは告げる。返事を聞いたダクネスは顔を上げ、誓うように強く頷いた。

 

「これで用は済んだだろう。さっさと家に帰れ」

「いや、すまないがもうひとつ用件があるのだ。聞いてくれるか?」

「……早く済ませろ」

 

 どうやらまだ用事は終わっていなかったようで。バージルは鬱陶しそうな顔を見せながらも耳を傾ける。

 カズマも謝罪の件しか聞いていなかったので、急にどうしたのかとダクネスを見守る。

 

「クーロンズヒュドラや結婚のことでバタバタしてしまったが、ようやく落ち着くことができた。だからバージル」

 

 話を続けたダクネスは、バージルを真っ直ぐ見つめる。彼の名を口にしたところで一呼吸置くと、自身の胸に手を当て──。

 

「久しぶりに、私を痛めつけてはくれないだろうか!?」

「ッ──!?」

 

 熱に浮かされた表情で、バージルにいつものプレイを頼んだ。珍しくしおらしかった姿から普段のドM騎士へと豹変したダクネスに、バージルの顔が拒否反応を見せる。

 

「思えば王都で会った時から、ずっと焦らされっぱなしだったのだ! クーロンズヒュドラや魔獣のおかげで些か欲求は満たせたが、お前の激しい痛みと比べると、どうしても物足りなく感じてしまう!」

 

 此度の騒動については反省したが、性癖を直すつもりは雀の涙も無いようだ。もっとも反省していたのなら、あの時魔獣に捕まったりしていないのだが。

 

「カズマは巧みかつ多種のプレイで楽しませてくれるが、物理的な痛みはバージル! お前以外に考えられない!」

「誤解を生む表現やめてくれません?」

 

 ここが公衆の面前でなくてよかったと思うカズマ。さてどうなることかとバージルに目を向けると、彼がこちらを見ていることに気付いた。

 

「何をしているカズマ。さっさとこの変態を止めろ」

「てことは、再契約ってことでいいんですかね?」

「……何だと?」

 

 カズマの返答を聞いて、バージルが珍しく驚いた表情を見せた。一方でカズマはどうしたのだろうかと不思議に思いながら言葉を続けた。

 

「だってバージルさん言ったじゃないすか。俺との契約は解除だって。つまり、バージルさんがダクネスに絡まれてても助けに入らなくていいってことですよね?」

 

 カズマとバージルは、協力関係を結んでいた。バージルがカズマを助ける代わりに、ダクネスがバージルに絡んできた時は彼女を剥がして欲しいという契約で。

 しかし,ダクネスが屋敷を去った後にめぐみんがここへ押しかけた日。彼から契約破棄を申し出てきた。ダクネスがいない今、契約を結んでいても無駄だと。

 元はといえば、ダクネスが彼へ絡みに行ってもあまり助けようとしなくなった自分に非があるのだが。しかし契約解除を言い出したのはバージルなので、彼自身にも原因はある。こちらに強くは言えない筈だ。

 恨みのこもった目つきで睨まれて内心ガクブル状態だったが、ハッタリが十八番の彼は顔に出さず返事を待つ。

 

「剣で痛みを与えながら私の鎧を少しずつ破壊していくプレイも捨てがたいが、やはりあの装具を使った重い一撃が堪らない! 吊るされて無抵抗の私を、サンドバッグのように痛めつけて……くぅんっ!」

 

 が、目の前にいるダクネスは我慢の限界が近い。彼女がドMである以上、自分から襲いかかることはまず無いのだが。

 これ以上彼女を視界に入れたくなかったのか、バージルは椅子から立ち上がると──瞬間移動(エアトリック)で玄関前へ。

 カズマに返答することもなく。扉を開けた彼は、ここの家主であるにも関わらずカズマ達を置いて家から逃走した。

 

「待て! どこへ行くバージル! これ以上のおあずけはもう我慢ならんぞ!」

 

 当然、ダクネスも黙って見ている筈がなく。開けっ放しの扉から家を出て、遠ざかっていくバージルを全速力で追いかけた。

 この光景もなんだか懐かしいなぁと、飛び出していった二人を見送るカズマ。もう一人、残されたタナリスがカズマに話しかけてきた

 

「ねぇねぇ、契約って何のこと?」

「バージルさんとの協力関係だよ。力を貸してもらえる条件として、ダクネスに絡まれそうになるのを俺が防ぐことになってたんだ。言い出したのはバージルさんからだったな」

「へぇ、よっぽどあの子に絡まれるのが嫌だったんだね。けどその契約が無かったら、彼はもう君に協力してくれないってことだけど、いいのかい?」

「俺はこれから先、クエストには行かずのんびり過ごすつもりなんで。街に襲撃があった時は、流石にバージルさんも契約関係なしで手伝ってくれるだろうし」

 

 二十億の金が返ってくるとわかった今、わざわざ危険を犯してクエストで金を稼ぐ意味などない。クエストに行かないのなら、バージルの協力も特に必要はない。

 それに先程の再契約の話も、承諾されないことは想定していた。プライドの高い彼が、カズマに頼み込む形で契約を結んでくれるとは思っていなかったからだ。

 どうしても協力が必要な場合は、依頼として引き受けてもらえればいい。彼が仕事を受けるどうかは、その時の交渉次第だが。

 

 とにかくこれでダクネスの用事も終わり、自分も自由の身。早速エリス様へ謝りに行こう。これからの予定を決めたカズマはタナリスへ尋ねる。

 

「さっきここにクリスが来てたらしいけど、どこに行ったか聞いてないか?」

「いや、特に何も。けどこの時間だったら、ギルドにクエスト探しかシュワシュワを呑みに行ってるんじゃないかな?」

 

 クリスの行き先の候補を聞いたカズマは、一言お礼を告げてバージルの家を出る。

 周囲を見渡しながら道を歩くが、バージルとダクネスの姿は見当たらない。街の方で追いかけっこをしているのであろう。

 

「(そういえば、クリスの正体を知ってるのか聞き忘れたな)」

 

 ふと、尋ね忘れていた質問を思い出す。女神エリスがすぐ側にいることを気付いているのであろうか。

 タナリスはアクアと同期であるため、当然知っている筈。問題はバージルだが、彼ほどの洞察力なら既に気付いていてもおかしくない。

 それならば、クリスは正体を知られながらもバージルと行動を共にしていることになるが、その理由は何か。

 

「(エリス様は、下界にある転生特典(チートアイテム)を回収してた……バージルさんは転生者で、存在自体がチートみたいなものだから、その監視とか?)」

 

 持ち主がいなくなった転生特典は、性能にロックがかかっていても強力な物はある。悪者に利用されれば、世界の秩序を乱す危険がある。

 そしてバージルだが、彼は元から持っている力が桁違いで、その気になれば街ひとつ破壊することも容易く可能。

 存在そのものが世界のバランスを崩壊しかねないので、女神エリスが直々に監視している……と考えれば、納得がいった。

 

「(ま、直接聞いてみればいいか)」

 

 ひとまず彼女に会うのが先決だ。カズマは謝罪の言葉を考えながら、冒険者ギルドへと向かった。

 

 しかしその後、ギルドに行ってもクリスとは会えず。下手に街を探し回ればバージルと鉢合わせになる危険があったので、クリスの捜索を断念。

 なので教会で叶わなかった妄想を叶えるべく、昼間から例の店へ。ワクワクしながら店内に入った時、偶然にもその店に逃げ込んでいたバージルと感動の再会。

 カズマはサービスを申し込む間もなくバージルに連れ出され、アイアンクローで地獄のような痛みを味わった後、ダクネスの対処を無理矢理任されることになったそうな。

 




とりあえずアニメ3期で放送されるであろう巻までは進められた……筈。

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