この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

91 / 103
第81話「この悪魔と交渉を!」

 盗賊団が王都を騒がせた日から、少し経った日のこと。

 とある屋敷の地下。石造りの螺旋階段をひとりの男が降りていく。

 階段を照らすのは、男が持つカンテラの淡い灯火。しかし階段の先は、足を踏み外せば吸い込まれてしまいそうな、黒い影に包まれている。

 一段、また一段と降りるにつれて、闇の奥から風を切る音が聞こえてくる。近づく者を誘うように。

 この場にいれば、多くの人間は恐怖を抱くであろう。しかしこの男──アレクセイ・バーネス・アルダープは、歩みを止めることなく降り続けた。

 闇の底へと足をつけ、辿り着いたのは何もない部屋。その中心には、少年が寝転がっていた。少年からは、階段を降りる時にも聞こえた風切音が発せられている。

 その不快な音を止めるように、アルダープは少年の身体を蹴った。

 

「おい! 起きろ、マクス!」

「ヒュー、ヒュー……んん」

 

 乱暴に蹴られた少年は痛がる素振りもなく、身体を起こしてアルダープを見た。

 眼鏡をかけた少年は、恐ろしいほどに整った顔立ちだが、感情の見えない空虚な表情で、得体の知れない薄気味悪さを与えてくる。

 そして、少年の後頭部。くり抜かれたかのように失われ、中は脳も骨も見えない黒き闇。そこから、例の風切り音が鳴っていた。

 

「やあ、アルダープ。僕に何か用なのかい? 今日も心地良い感情を発しているねアルダープ!」

「用が無ければ、貴様なんぞのもとに来るか! この能無し悪魔め!」

 

 見下されているように感じたアルダープは、少年の顔を容赦なく蹴る。

 彼と会う度、アルダープは溜まった怒りをぶつけていた。しかし少年の顔には痣一つとして見当たらない。

 きっと痛みすら感じていないのであろう。当然だ、彼は悪魔なのだから。

 

 始まりは、アルダープがひとつの魔道具を手にしたことであった。

 それは、ランダムにモンスターを呼び出して使役することができる魔道具。彼は嬉々として使用したが、出てきたのはこの少年。

 彼はマクスと名乗った。種族は悪魔で、辻褄合わせの能力が使えること。それ以外は何の役にも立たなかった。

 魔道具で呼び出せる程度の下級悪魔。おまけに命令してもすぐに忘れてしまう脳無し。しかしアルダープには、この壊れた悪魔の力を有効的に使える能があった。

 

 貴族として成り上がるため、数え切れないほど悪事に手を出した。もし街に名探偵でもいれば、いとも簡単に暴かれるほど。

 しかし、誰も彼の悪事を暴けなかった。彼は悪事を働く度に、マクスの力を使ったのだ。

 他者の記憶や思考を、都合のいいように捻じ曲げる。辻褄合わせの強制力。その力を使い続けた結果、彼は今の地位に立っている。

 

 が、悪魔の力には代価が付き物。当然、マクスも代価を求めてきた。

 それを受けたアルダープは「代価ならもう払っている。お前が忘れているだけだ」と、嘘を吐いた。

 普通なら通用する筈のない嘘。しかし相手は壊れた悪魔。忘れやすい彼は、アルダープの言葉を毎回鵜呑みにしていた。現にアルダープは、一度も代価を払っていない。

 

 代価を踏み倒して使い続けられるのは利点だが、それが無ければすぐにでも捨ててやりたい。そう思いながらもアルダープは命じた。

 

「仕事だ、マクス。ワシの神器がどこかの盗賊に盗まれた上に封印を施されたらしい。それを取り返し、封印を解くのだ!」

「ヒュー……無理だよ、アルダープ」

「なんだと?」

 

 アルダープの命令を拒んできたマクス。そんなことは今まで一度もなかった。マクスは変わらず耳障りな音を立てながら理由を話す。

 

「神器の場所がまず分からないし、本当に封印が施されたのなら、僕にはどうしようも──」

「そんな事もできないのか! この役立たずめが! 貴様はいつになったらワシの願いを叶えてくれるのだ!」

 

 言い訳を始めたマクスを、アルダープは更に強く蹴りつける。

 

 彼が大金を叩いて手に入れた神器。それは、他者と身体を入れ替える力を持つ。発動には呪文が必要だが、それも手に入れていた。

 その神器を、彼は王族へと献上した。目的はひとつ。この国の第一王子であり、民からの信頼も厚く、容姿も優れ、比類なき才を持つ、ジャティス王子へと成り代わる為に。

 王子の手に神器が渡りさえすれば、呪文を唱えて身体を入れ替え、元の身体を壊すだけで全てが手に入る。が、つい先日。その計画は瞬く間に崩れ落ちた。

 突如王都に現れた盗賊団が、よりにもよって神器を盗み出したのだ。おまけに、盗み出される直前にプリーストが封印を施したという。

 マクスの力で神器を取り戻せないとなれば、捜索には時間がかかる。全てが上手く行っていれば、今頃は王城の玉座に腰を下ろしていたであろうに。

 

「(クソッ! こんなことなら、もったいぶらずに息子のバルターと入れ替わっておけばよかった!)」

 

 悔やみきれない気持ちを発散するように、アルダープはマクスを蹴り続ける。

 

 そもそもバルターとララティーナの見合い話が上手く進んでいれば、バルターと入れ替わることで、少なくともララティーナは手中に収められた。

 しかしどういうわけか見合いは破綻。バルターに彼女と結婚する気がないのなら、彼を養子として拾った意味がない。

 計画は失敗。だがそれでも彼の欲望は尽きず。

 

「ララティーナ! お前はワシの物だララティーナ!」

 

 彼の飽くなき欲望が、地下室にこだまする。それをただひとり聞いていたマクスは歪に笑う。

 

「素晴らしい、素晴らしいよアルダープ! 欲望に忠実で、残虐で……そんな君が好きだよアルダープ!」

 

 息を荒らし、おもむろに立ち上がる。その表情は恍惚に歪み、熱のある視線がアルダープに送られる。

 

「早く君の願いを叶えて、報酬が欲しいよアルダープ! さあ僕に仕事をおくれよアルダープ! 僕の愛しいアルダープ!」

 

 彼の全てを受け入れるように、マクスは両手を広げて願いを待つ。

 報酬はいつも通り、既に払ったと嘘を吐けばいい。アルダープは壊れた悪魔へ願いを告げた。

 

「ワシの願いはたったひとつ! ララティーナを連れてこい! アレはワシの物なのだ!」

 

 

*********************************

 

 

 時は戻り、現在。アクセルの街にあるウィズ魔道具店は、今日も閑古鳥が鳴いていた。

 店の前には人っ子ひとり通らない。たとえ来たとしても、美人店主を見に来るだけの見物客か、仮面の悪魔目的の夢魔のみ。

 そんな魔道具店に足を運ぶ、ひとりの男がいた。彼は店の扉を開けて中に入る。

 カランとドアベルが鳴って束の間、店内にいたバイトの少女が元気よく挨拶をした。

 

「へいらっしゃ……なんだ、バージルじゃないか。どうしたんだい?」

 

 来客はバージルであった。とある目的があって魔道具店に足を運んだのだが、彼は目的を告げるよりも先にタナリスへ質問した。

 

「なんだそれは?」

「どれのことだい?」

「貴様の前にある悪趣味な像以外に何がある」

 

 入店して真っ先に視界へ入ってきた、カウンターの側に置かれている砂像。色がついていなくてもわかる仮面のデザインにタキシード。仮面の悪魔バニルがモデルになっていた。

 バニルを模したそれは両手を受け皿のように作り、その上に布を被せられ、どういうわけかそこに卵が置かれていた。

 

「僕もよく知らないけど、副店長がカズマから預かってくれって頼まれたらしいよ。孵化もさせなきゃいけないから、こうして抜け殻作って温めてるんだってさ」

 

 どうやら元の持ち主はカズマのようだ。バージルはバニル像に近づき、卵をまじまじと見つめる。

 

「それ、聞いた話によるとドラゴンの卵らしいよ」

「どう見ても鶏の卵にしか思えんな。異世界出身だとしても、奴なら卵の区別ぐらいつきそうなものだが」

「アクアが訪問販売で所持金叩いて買ったんだってさ。因みに、ドラゴンの卵って主張してるのはアクアだけだったらしいよ」

「そういうことか」

 

 女神のくもりなきまなこは健在であったようだ。バージルが納得していると、タナリスが思いついたと手を叩く。

 

「君、アクアとお隣さんでしょ? この卵預かっといてよ」

「断る。何故俺が孵化作業を手伝わねばならん」

「孵化させてとまで言ってないよ。あの子は預けてることをちゃっかり忘れてそうだから、アクアやカズマが君の家にでも来た時に返しといて欲しいんだ。正直、仕事の合間にちょくちょく見るの面倒なんだよね」

 

 要は面倒事を代わりに受けて欲しいということ。何の躊躇もなく押し付けてくる彼女の図太さにはバージルも呆れる。

 どうせ断っても食い下がるつもりなのであろう。それに例の件で、カズマ達がバージルの所に来る可能性もある。バニルの脚本通りであるならば。

 

「依頼料は取らせてもらうぞ」

「ありがとね。あぁでも預かっている間はちょくちょく温めるのを忘れないでよ。すこーし魔力を送るだけでもいいから」

 

 結局バージルは卵の預かり依頼を受けた。卵の件が片付いたところで、バージルは本題へと入る。

 

「仮面の悪魔はいるか」

「副店長かい? 奥にいるから呼んでくるよ」

 

 バニル像の件が解決したところで、バージルは本来の目的へ。タナリスはそそくさと店の奥へ移動する。

 バージルは近くにあった椅子をカウンター前に置いて座る。それから程なくして、店の奥からタナリスとバニルが出てきた。

 

「一日と経たず報復しにくると読んでいたが、思っていたより我慢強いではないか」

 

 出会って早々、バニルはこちらの神経を逆撫でする口調で話しかけてくる。

 しかしバージルは挑発に乗ることはせずに言葉を返した。

 

「貴様への報復は幾つも考えたが……貴重な貸しだ。使わん手はない」

「ほう、脳筋女神と同等の思考回路を持つ脳筋半魔にしては考えたな。小狡さではこの街どころか王国一やもしれぬ隣人小僧の爪の垢を煎じて飲んだか?」

 

 口を開けば相手を貶す言葉が幾つも飛び出すバニル。それに一々反応していたらキリがないので、バージルはそのまま言葉を続ける。

 

「俺の質問に答えてもらおう。そうすれば、扉の件は水に流してやる」

「それだけで良いとは、これまた意外にも無欲であるな」

「ならば扉の修理代を支払うか? 俺への詫び金も足して一億エリスだ」

「随分と割高なお詫び代であるな」

「金が払えないのなら、残機で補ってもらう他ない。残機ひとつで一万エリス。貴様に払えるか?」

 

 最初の選択肢以外を選ばせる気はないと、バージルは脅しとも言える交渉を持ちかけた。バニルは考える仕草を見せつつも、バージルの前に座った。

 

「近々、この魔道具店の未来を左右する大事な交渉が控えているので、一億の損失は厳しい。かといって我輩の残機をくれてやる気はないので、大人しく貴様の質問に答えてやろう」

 

 言葉とは裏腹に、バニルの薄笑いは消えぬまま。バージルが交渉を持ちかけてくることは、未来を見通せずとも彼にとっては想定済みであったのだろう。

 どこまでも気に食わん悪魔だと、バージルは不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「丁度、ポンコツ店主は外回り中だ。帰ってくるまでは何でも答えてやろう。バイト戦士も休憩がてら話を聞くがいい」

「はーい」

 

 バニルに指示を受け、タナリスは棚整理をしていた手を止める。彼女が窓際の席に座ったところで、バニルはバージルと向き合った。

 

「さて、何が聞きたい?」

「貴様の目的だ。何故、今回の騒動に首を突っ込んでいる?」

「その口ぶりだと、此度のイベントの概要を知ったようであるな」

 

 バニルの言っていたイベント。それは、ダクネスとアルダープの結婚。既に街ではその話題で持ちきりになっていた。

 

「勘は悪くない貴様ならわかるであろう。何故我輩が、あの欲しがり貴族の結婚に目を向けているのか」

 

 一見バニルとは無関係に思えるイベント。彼とアルダープを繋げる物は何か。

 

「悪魔の存在か」

 

 バージルの返答を聞き、バニルは小さく笑った。

 カズマに国家転覆罪の容疑がかけられた裁判で、裁判官がいきなり意見を変えた時、悪魔の気配を感じ取っていた。

 バージルはしばらく様子を伺っていたが、意外な所で繋がったようだ。

 

「奴が保有している悪魔は、我輩の知り合いでな。其奴を助けるためには、まず式を挙げさせなければならん」

「わざわざ遠回りをせずとも、直接奪いに行けばいいだろう。第一、あの男が悪魔を使役できると思えんが」

「厄介な魔道具によって呼び出されたのだ。契約も結ばれているので迂闊に手が出せん。肝心の代価はどうにかして誤魔化しているのであろう。あの悪魔は忘れっぽいのでな」

 

 やれやれとバニルは肩をすくめる。しかし言い換えれば、バニルの目的の為にダクネスが犠牲になるということ。これを知れば、カズマ達が黙っているとは思えないが──。

 

「案ずるな。滞り無く事が進めば、演技派主演小僧によって式はぶち壊しになる。あの堅物娘も無事救われるであろう」

 

 どうやらその先も見通しての行動であったようだ。それとも、全ては彼の書いた脚本通りなのか。

 アルダープの結婚とバニルの関係がわかったところで、バージルはまだ残っている疑問を尋ねた。

 

「目的は理解した。だが、俺が貴様に協力するメリットが見当たらんな」

「以前も伝えたであろう。貴様の求める真実を知ることができると」

「その内容を今聞かせろ。はぐらかそうものなら、その仮面が細切れになると思え」

 

 求める真実という曖昧な言葉だけでは、協力する気にはなれない。実際は大した真実ではなく、騙されている可能性も否定できない。

 答えを聞くまでここを退くつもりはないと、バニルを睨む。しばらくの間沈黙が続いたが、バニルは諦めたように息を吐き、情報の詳細を告げた。

 

「各地での悪魔出現。その騒動を引き起こしている犯人が式の場に現れる。その人物は、どうやら貴様とも知り合いであるようだ」

 

 それは確かに、バージルが求めているものであった。更には、バージルが出会ったことのある人物だという。

 

「犯人の名前は?」

 

 バージルは上体を前に乗り出しつつ問いかける。その横でタナリスも耳を傾けている中、バニルはその名を二人に告げた。

 

 

*********************************

 

 

 クーロンズヒュドラ討伐から翌日。ダクネスが姿を消した。

 数日後にカズマのもとへ送られてきた手紙には『貴族としてのやむを得ない事情ができたため、パーティーを抜ける。私の代わりに前衛職を仲間に入れてくれ』と、カズマ達への感謝と共に記されていた。

 あのダクネスが直接何も言わず、このような形で辞めるのはおかしいとめぐみんは主張。カズマとダスティネス家へ訪ねたが、門前払いを受けてしまった。

 

 手紙の通り、代わりの前衛職としてダストと共にクエストを受けたが、上手く行かず。攻撃は当たるが、盾役としてはどうしてもダクネスより劣る。

 ダクネスを説得するか、きっぱり諦めるか。煮え切らない思いを抱えながら過ごしていると、彼の耳にとある噂が届いた。

 

 ダスティネス家の令嬢、ダスティネス・フォード・ララティーナが、この街の領主であるアルダープと近々結婚する。

 これを受けて、カズマは無理矢理にでもあの馬鹿から事情を聞き出してやると決断した。

 

 彼女の趣味が悪いのは重々承知しているが、だとしてもあの醜悪男を自ら選ぶとは思えない。彼女の父親も止める筈。

 それに、ダクネスがクーロンズヒュドラのクエストを持ってくるよりも前のこと。商品開発の件でバニルのもとへ伺った時、ダクネスに破滅の相が出ていると告げられていた。

 ダクネスの家、父親が大変な目に遭う。そして自身が犠牲になることで全てが解決すると思い、短絡的な行動に出るだろうと。

 もしあの占いが事実ならば、彼女は家を守るために、アルダープとの結婚を申し出たのではないだろうか。

 

 悪魔の言葉をホイホイ信じるのも如何なものかと思うが、彼は未来を見通す。信憑性が高いのは事実。

 どちらにせよ、ダクネスに話を聞くまでは納得できない。ということで、カズマ達は夜にダスティネス家への潜入を決行。

 アクアにかけられた宴会芸スキル『ヴァーサタイル・エンターテイナー』が想像以上に役立ったのと、王都での義賊経験が活き、カズマはダクネスとの接触に成功。そこでもひと悶着あったが、どうにか落ち着かせてから事情を聞いた。

 

 ダスティネス家は、あのアルダープから金を借りていた。父親が返済していく予定であったが、突如として彼の容態が悪くなった。今も治る見込みはない。

 そこでアルダープが催促をしてきた。父の存命中に返しきれるのかと。もしダクネスが嫁に来るのなら、借金をチャラにしてやってもいいと。

 故に彼女は、結婚を引き受けたのであろう。自分が犠牲になることで家が救われるのならと。

 

 同時にカズマは、何故彼女が頑なにクーロンズヒュドラの討伐を諦めなかったのかも理解した。しかし、冒険者に協力を仰いだことで報酬は山分けになってしまった。

 自分も金を出すとカズマは告げたが、カズマの財産では払いきれる金額ではない。それ以前に、一介の貴族が庶民の金で借金を返すつもりはないと断られた。

 

 その後、流れでダクネスといい雰囲気になったが、カズマの余計な一言で崩壊。ブチ切れたダクネスから追われる羽目に。

 すると、急いで隠れた部屋にはダクネスの父が床に伏していた。顔は痩せこけ、腕も細い。お見合いの時にカズマは出会っていたが、ひと目でわかるほど容態が悪化していた。

 彼が言うに、借金は娘の意思で出来たもの。色々と手を尽くして借金自体なくせるところであったのだが、娘であるダクネスが先走って身売りを選んでしまった。

 病も原因は不明。プリーストの回復魔法は効かず、病で倒れた者を蘇生魔法で生き返らせることはできない。カズマは毒を盛られたと疑ったが、毒は検出されず。

 もう少し話を聞きたかったが、そこでダクネスが追いついた。最終的に、カズマはダクネスと喧嘩別れする形でダスティネス家を去った。

 

 

*********************************

 

 

「もう知らん!アイツの事は泣きついてくるまでほっとけ!」

 

 翌日、カズマは不貞腐れた顔でソファーに寝そべっていた。そこにアクアとめぐみんが心配そうな顔で近寄ってくる。

 

「一体何があったのですか。ダクネスの説得は出来たのですか?」

「そもそも、なんであの子がお嫁に行くことになったのよ?」

「借金だよ借金! アイツの家には莫大な借金があって、領主と結婚すればチャラになるんだとさ」

 

 尋ねてきた二人に、カズマは事情を話す。自分達の貯金を使えばと相談するが、庶民のはした金ではどうにもならない。

 

「アイツが決めたことなんだからもうほっとけって! 俺はアイツが泣いて謝ってくるまで何もしないからな!」

「カズマ、拗ねてる場合ですか! ダクネスがお嫁に行っちゃうんですよ! 本当にいいんですか!?」

 

 めぐみんは納得いっていないようだが、カズマは何も答えず。意地を張った彼はてこでも動かない。しかしそれは彼女も同じ。

 

「私は諦めませんよ。こうなったら無理矢理にでもダクネスを屋敷から連れ出してやります!」

「次の日から牢屋暮らしになりそうだな。一応聞くけど、爆裂魔法しか能の無いお前が、俺の協力無しでどうやって誘拐するつもりだ?」

「誰もカズマに手伝って欲しいとは言ってませんよ。カズマのような貧弱者では、この作戦は遂行できませんから」

「おい、俺だって本気を出せばそこそこやれるんだぞ」

 

 めぐみんの言い方にカズマは身体を起こして文句を言う。と、話を聞いていたアクアが気乗りしない表情で口を挟んできた。

 

「もしかして私が突撃役? 痛いのは勘弁なんですけど」

「アクアでもありません。サポート役として来てくれるなら心強いですが」

「じゃあ誰がやるんだよ」

「我が作戦に必要な人材は、絶対なる力を持つ者。そこで、荒事に長けた便利屋さんの出番ですよ」

 

 めぐみんは帽子のつばをクイッと上げつつ答えた。それを聞いて、カズマの脳裏に浮かんだ人物は一人。

 

「まさか、バージルさんに頼む気か?」

「事情を話せば、バージルも協力してくれる筈です」

「その自信はどっから来るんだ」

「私達とは一年にもなる付き合いです。口に出さずとも、思いはきっと同じ筈」

「いや、そもそもあの人がダクネスのことを一番嫌ってるんだが」

 

 二人の相性はある意味バッチリであるが、ダクネスが一方的に仕掛けているだけで、バージルからすればこの街でなるべく会いたくない人間第一位であろう。

 しかしそれでも、めぐみんに引き下がる気はないようで。

 

「まだ会ってもいないのに、何がわかるというのですか! とにかく私は行きますよ!」

「お兄ちゃんの所に行くの? なら私も行くわ」

「あっ、おい!」

 

 カズマの静止も聞かず、めぐみんは部屋から飛び出していった。続けてアクアもめぐみんの後を追う。

 追いかけるべきか迷ったカズマだが、バージルが彼女の依頼を引き受けるとは到底思えない。門前払いにされて帰ってくるのがオチだろう。

 自分が止めに行くまでもないと判断し、再びソファーに寝転がるカズマ。だがそこで、ひとつの考えが彼の頭を過ぎった。

 

「(そういえば、バージルさんも前衛職だよな)」

 

 ダクネス抜きでクエストに赴いたカズマは、そこで初めてダクネスの盾役としての優秀さを、このパーティーには必要不可欠であることを思い知った。

 しかし、バージルならどうだろうか。戦闘力は勿論のこと、耐久力もある。めぐみんの話では、爆裂魔法にも耐えたという。

 いや、そもそも盾の役割すら必要ない。防ぐ前に倒せるのだから。

 

「(苦手なダクネスがいない今なら、交渉の余地はあるかも)」

 

 せめて次のメンバーを探す間だけでもと言えば、案外引き受けてくれるかもしれない。

 ついでに二人を連れ戻すため、カズマは重い腰をようやく上げて、バージルの家へ向かうことにした。

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達の屋敷から五分と経たずに辿り着ける便利屋、デビルメイクライ。いつもの緑マントを羽織り出かけたカズマはそこへ足を運ぶ。

 建物の中からは彼女と思わしき騒ぎ声が聞こえる。現在進行系で行われているやり取りを容易に想像できたカズマは、ため息を吐きつつ扉を開けた。

 

「牢屋に行きたければ一人で行け。俺は知らん」

「どうしてですか! ここは何でも仕事を引き受ける便利屋でしょう!?」

「やっぱり」

 

 案の定、依頼を断られてめぐみんが文句をぶつけていた。バージルは当然のように聞く耳持たず。

 一方でアクアは来客用のソファーに座っており、その対面には見知った人物が二人いた。

 

「ゆんゆんも来てたんだな」

「あ、カズマさん。めぐみんを止めに来てくれたんですね」

「当然のように僕のことは無視か、サトウカズマ」

「今話しかけようとしたところだよ……カタツルギ」

「ミツルギだ! それに一文字増えてる! 間違えるなら四文字にしてくれないか!?」

『哀れだなミツルギ。いっそ判りやすいものに改名したらどうだ?』

「お前もいたのか。元魔王軍幹部の……ベルなんとか」

『ベルディアだ! なんとかは流石に酷くない!? わざとでもいいから言い間違えてくれよ!』

 

 バージルと比較的交流の深い、ゆんゆんとミツルギ。ついでに幽霊が一匹。クリスとタナリスの姿はなかった。

 二人と軽く挨拶をかわしたところで、カズマはアクアに目を向ける。

 

「で、お前は何やってんだ」

「見てわかるでしょ。卵を温めてるの」

「それ、確かバニルに預けてた筈だろ? なんで今お前の手元にあるんだよ」

 

 布の上に置かれた卵を手で優しく包み、魔力で淡い光を当てていたアクア。アクアが訪問販売に騙されて買った、どう見ても鶏のものとしか思えないドラゴンの卵である。

 クーロンズヒュドラ討伐では邪魔になるので、バニルに預けていたのだが──。

 

「先生が、タナリスちゃんから預かったらしいんです。アクアさんがすっかり忘れてそうだから、代わりに返しといてって」

 

 どうやらたらい回しにされ戻ってきたようだ。バージルが引き渡し役を受けたのは意外であったが。

 

「ヒュドラやダクネスのことがあって、すっかり忘れてたわ。いつ生まれてもいいように、私がちゃんと温めなきゃ」

「アクア様が育てれば、きっと魔王も目じゃない最強のドラゴンになりますよ!」

 

 母のように優しい眼差しを卵へ向けるアクアに、熱弁するミツルギ。アクア信者の彼も、本気でドラゴンの卵だと思いこんでいるようだ。

 おめでたい連中だと思ったカズマだが、魔力を注いでいるアクアを見て、ひとつ気になる点が頭に浮かぶ。カズマはそれを確かめるべく、ゆんゆんに耳打ちした。

 

「もしかして、バージルさんも預かってる間に卵温めてた?」

「はい、私がここへ来た時にも手をかざして魔力を送ってましたよ」

 

 どうやらバージルも少しばかり手を貸したようで。カズマはまじまじと卵を見つめる。

 ドラゴンが生まれる可能性は万に一つもないであろうが、女神と悪魔の力を捧げられたこの卵からは、下手したらドラゴンをも越える最強の鶏が生まれるかもしれない。

 

「ダクネスともう会えなくなるかもしれないんですよ! それでもいいんですか!?」

「願ったり叶ったりだ」

 

 とそこでめぐみんの騒ぎ声が耳に入り、カズマはようやくここに来た目的を思い出す。彼はアクア達から離れ、めぐみんの隣に立った。

 

「言っただろ。バージルさんが引き受けてくれるわけないって」

「ぐぬぬぬ……」

 

 カズマが予想した通りの展開になり、めぐみんは悔しそうに唸る。

 

「ようやく保護者のおでましか。さっさと連れて帰れ」

「ウチの子達がホントすみません。ついでといってはなんですが、俺からもバージルさんに頼みがあって──」

「パーティーには入らんぞ」

「あっハイ」

 

 食い気味にパーティー加入の話を断られ、カズマは粘ることもせず引き下がった。

 

「それにあの変態がいない以上、貴様と契約を結んでおく必要もないだろう」

「えっ? 契約って何のことすか?」

「貴様との協力関係だ。俺が出した条件、忘れたとは言うまい」

 

 契約に覚えがなかったカズマであったが、バージルの言葉を聞いて徐々に思い出していった。

 バージルと初めて会った夜、ダクネスに追い回された彼は暴走するダクネスを抑えて欲しいとカズマに願い、代わりに協力関係を結ぶことを約束してきた。

 

「あー……」

 

 今や当然のように行動を共にしていたので、カズマはすっかり忘れていた。

 バージルも特に何も言ってこなかったので、てっきり無かったことにされたのかと思われたが、どうやら相手はしっかり覚えていたようだ。

 

「悪魔との契約には代価が必要だ。しかし最近の貴様は、あの変態が暴走しても止めようとしなかった」

 

 バージルの冷たい視線がカズマに刺さる。命の危機を感じてか、カズマの心臓が大音量で鳴り出す。だがバージルはすぐに目を伏せた。

 

「代価の不払いには相応の罰が与えられるが、初回契約サービスだ。チャラにしてやろう」

「あ、はい……ありがとうございます」

 

 なんだかんだで優しいのか、お咎めなしとなった。カズマはホッと胸を撫で下ろす。

 

「だが二度目はない。もっとも、再契約を受ける気はないがな」

 

 釘を刺すようにバージルは告げた。見逃された安心感でうっかり聞き流しかけたが、彼の言葉を言い換えれば、困りごとがあった時にバージルを頼れないということ。

 

「(あれ? もしかして相当マズいんじゃないか?)」

 

 これまで何度もバージルに助けられてきた。そこでフワフワ浮いているなんとかディアも、彼が倒していなければ再びアクセルの街に襲来していただろう。

 バージルとの契約破棄が及ぼす影響を考えていると、隣にいためぐみんが突如として声を上げた。

 

「こうなったらゆんゆん! 貴方が突撃役になってください!」

「えぇっ!? で、でも犯罪に手を貸すのは……」

「困った時には手を差し伸べるのが友達でしょう! さっさと行きますよ!」

「友達って言えば何でもやるわけじゃないのよ!? ちょ、引っ張らないでー!」

 

 ヤケになっためぐみんにゆんゆんは手を引っ張られる。そのまま扉を乱暴に開け、バージルの家から出ていった。

 友達の頼みに滅法弱く、王都潜入の経験もあるゆんゆんがいれば、本当に誘拐を成し遂げてしまうかもしれない。一抹の不安を抱いたカズマはため息を吐く。

 

「とりあえず止めに行くぞ。お前も来い」

「私、卵を温めるのに忙しいんですけど」

「あーはいはいそうですか。でもここじゃバージルさんの邪魔になるから、せめて家でやってくれ」

「わかったわよ。それじゃねお兄ちゃん、タナリスにもよろしく言っといて」

 

 一緒に来なくてもいいから家に帰ってくれと言われ、重い腰を上げるアクア。それを確認してから、カズマはめぐみん達を追いかけるべくバージルの家を出た。

 

 

*********************************

 

 

「あの卵からは、きっと女神様によく似た神々しきドラゴンが生まれるんだろうなぁ」

『俺はあの卵からドラゴンが生まれると本気で信じてるお前に驚きだわ』

 

 アクア達を見送り、彼女の育てる卵の未来を想像するミツルギ。呆れたベルディアは、彼から離れてバージルのもとへ移動する。

 

『ゆんゆんは爆裂娘に連れて行かれたが、大丈夫なのか?』

「保護者が向かった。放っておいても問題はあるまい」

 

 めぐみんのことはカズマが取り押さえてくれるだろう。バージルは特に心配することなく、机に置いていた読みかけの本を手に取る。

 と、背後からガチャリと扉の開く音が。

 

「やっぱりアタシとしては、悪魔の話を鵜呑みにしたくないんだけど……」

 

 書斎に通じる扉から出てきたのは、クリスであった。

 彼女は、カズマ達がダクネスと出会う前からパーティーを組んでいた。いわばダクネスと一番交流が深く、説得役にはもってこいの人物である。カズマ達もそこに目をつける可能性があったので、念の為隠れていたのだ。

 

「仮面の悪魔が言ってた、結婚式当日のこと……本当なんだよね?」

「いずれわかることだ。とにかく今は、奴の脚本通りに大人しく従う他ない」

 

 バージルは脚本家に背く姿勢を見せず、静かに読書を始める。クリスは複雑な面持ちだが、彼が信じるのならと引き下がる。

 バニルの見通した未来。それを見据えるように、バージルは机に置かれていたひとつの魔道具に目を向ける。

 それは、バニルがここへ訪れた際に使用した、外部からの干渉を遮断する結界を張れる魔道具であった。

 

 

*********************************

 

 

 めぐみんの暴挙は勿論カズマによって止められ、牢屋生活は回避できた。

 ダクネス一人じゃ何もできず、きっと自分達に助けを求めにくる筈だ。そう言い聞かせたことで、めぐみんは渋々納得してくれた。

 しかし数日が経ち──ダクネスから助けのお願いが来ることもなく、結婚式当日を迎えた。

 

 

「カズマ、行きますよ! もう結婚式なんてぶっ飛ばしてやりましょう! 我が爆裂魔法で式場もろとも!」

「マジでやめろ馬鹿! 犯罪者になる上に多額の借金背負わされんぞ!」

 

 いよいよ我慢できなくなっためぐみんが、またもや馬鹿なことを言い出した。カズマは冷静になれと彼女を宥める。

 しかし彼女の興奮は収まらず、紅眼を光らせてカズマに詰め寄った。

 

「カズマはダクネスがこのまま結婚してもいいのですか!? あの領主に好きにされてもいいんですか!?」

「良いわけねーだろうが!」

 

 我慢できなくなったのは彼も同じであったようだ。騒ぎ立てるめぐみんよりも大声で、カズマはようやく本音をぶつけた。

 

「俺だって嫌だよ! あんな奴に持っていかれるのは! 外見がどうとかじゃなく評判だって悪い! 目につけた良い女を、あのおっさんはどんな手を使ってでもモノにするんだ! それで飽きたら少ない手切れ金渡してポイだとよ! タチが悪いのは、そんな好き放題にやってるのに決定的な証拠が何も出てこない事だ!」

 

 カズマの声が、二人以外誰もいないリビングに響き渡る。溜まりに溜まっていた怒りを発してか、息を切らしたカズマは落ち着くようにゆっくり呼吸をする。

 

「すみません……あの領主のこと、ちゃんと調べてたんですね」

「あぁ、アイツは想像以上にロクでもない奴だよ。俺も何とかしようと色々考えたが、今回ばっかりはどうにもならない」

 

 ソファーに座り、落胆の声をこぼすカズマ。彼の話を聞いていためぐみんは、どこか安心したように笑う。

 

「カズマもダクネスの為に考えてくれていた。それだけで私には充分です」

 

 彼女はマントを翻すと扉に向かい、そこで再びカズマへと振り返った。

 

「私は自分で考え、後悔しない道を行きます。カズマもよく考え、そして後悔しない道を行かれるように」

 

 そう言い残し、めぐみんはリビングから出ていった。一端の魔法使いみたいなこと言いやがってと思いつつ、カズマは扉からソファーの前にある机に視線を移す。

 机上に置かれていたのは、数々の道具。それらは全て、カズマが元いた世界で見たことのあるモノばかり。彼が現代知識を使って開発した商品である。

 バニルと進めていた商談。それは、彼が元いた世界にあったモノを作り、この世界で売ること。ダクネスがいない間も、彼はせっせと商品開発に精を出していた。

 

 その理由は二つある。ひとつは当然バニルから億にものぼる報酬金が得られること。

 もうひとつは、バニルがダクネスの未来を占った時に『汝、満足することなく売れ筋商品を沢山作っておくが吉。汝の頑張り次第では鎧娘の災いもどうにかなるやもしれぬ』と、言われていたからだ。

 そして今日、バニルが商談のためにこの屋敷へやってくる。

 

「そろそろかな……」

 

 窓の外を眺めながらカズマが呟いた時、めぐみんが出ていった扉が再び開かれた。

 

「助けに行きたくて仕方ないが、鎧娘に拒絶されるのを恐れる男よ。商談の準備はできておるようだな」

「もののついでに見通すのやめてくれません?」

 

 予定通り、商談相手のバニルが現れた。彼の手にはアタッシュケースが提げられている。

 彼は商品が置かれている机に近付くとソファーに座り、早速品定めを始めた。

 

「ほうほう、これは中々。やはり貴様は面白い物を作ってくれるな」

「お前のことだから大丈夫だとは思うけど、相応の額は持ってきたんだろうな」

「モチのロンである。汝は全ての知的財産権と引き換えに、この鞄の中身を所望するであろう」

 

 商品を手に取りながら、バニルは自信ありげに答える。毎日が火の車な魔道具店にいながら、どうやって金を稼いできたのか。

 そんな疑問を抱いたカズマであったが、彼が実際に尋ねたのは別の疑問であった。

 

「なぁ、お前って色んなことが分かるんだろ?」

「全てとは言わんが、大概のことは見通せるな。例えば、貴様が気にしている鎧娘の身に起こっていることなど」

「それって、どのくらい見通せてるんだ?」

「何故あの娘が領主に莫大な借金をしているのか。助ける方法はないのか。何故あの領主はあれだけの事をやらかしているのに証拠のひとつも出ないのか。貴様さえよければ教えてやっても構わんぞ」

 

 こちらの考えはお見通しとばかりにバニルは答えた。それどころか、自ら教えてくれるとまで言ってくれた。

 

「お前、悪魔なのに──」

「悪魔なのに何故ここまで協力的なのか。勿論我輩も企んではいるが、貴様とは利害が一致したのでな」

 

 バニルは品定めの手を止め、カズマと対面する。カズマが息を呑んで言葉を待つ中、バニルは事の真相を語り出した。

 

「あの娘が借金をした理由は──」

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

 

 刹那、どこからともなく聞こえてきた詠唱と共にバニルの足元から聖なる光が発現した。

 

「華麗に脱皮!」

 

 しかしバニルは即座に仮面を光の外へ投げ捨てる。身体は一瞬で砂となって消えたが、床に落ちた仮面から再び新たな身体が形成された。

 

「不意打ちとは悪魔以上に卑劣であるな、蛮族女神よ」

「嫌な臭いがしたと思ったらやっぱりアンタね! 今度こそ消し炭にしてあげるわ!」

 

 退魔魔法を放ったのは、勿論アクアである。朝の支度を終えたばかりの彼女は、治っていない寝癖も気にせずバニルと対峙する。

 

「カズマを洗脳して何するつもりか知らないけど、この私が来たからには──」

「やめんかこの脳筋女神!」

 

 女神と悪魔の大決戦が始まろうとしていたが、そこをカズマが止めに入った。彼はアクアの頭に拳骨を入れる。

 

「わぁああああっ! 助けてあげたのにカズマさんがぶったー!」

「うるせー! お前は毎度毎度余計なタイミングでいらん事しやがって! バニルと大事な話の最中だから、そこで大人しく座ってろ!」

 

 頭を叩かれて泣き出すアクアに、カズマは強く言いつける。カズマをこれ以上怒らせたくなかったのか、アクアは仕方なくソファーの端に座った。

 

「悪いバニル、続けてくれ」

「手のかかる子供の世話は大変であるな。では話を進めよう」

 

 アクアの邪魔が入ったが、仕切り直しとバニルはカズマ達の対面に座り、ポツポツと話し始めた。

 

「鎧娘の借金だが、事の発端は貴様等冒険者が機動要塞デストロイヤーを倒したことに起因する」

 

 開口一番に告げられたのは、忘れられる筈もない厄災の名前であった。カズマは目を見開き、バニルに確認する。

 

「デストロイヤーって、あの……?」

「然り。今までの街ならばデストロイヤーに蹂躙され、領主は土地を失い、街の住人は焼け出され、皆仲良く路頭に迷う。しかしこの街はそうならなかった」

 

 通った後はアクシズ教徒以外何も残らない。そうギルドの職員から聞かされていた。襲来の報せを聞いたら、街を捨てて逃げるしかないと。

 だがこの街には守るべきものがあった。冒険者達は一丸となって戦い、誰も成し得なかった機動要塞の破壊に成功したのだ。

 しかし、彼等が守ったのはアクセルの街だけ。それまでに機動要塞が通った道は、通説どおりの有様になったようで。

 

「冒険者の活躍によって街自体に被害は出なかったが、街へと続く地域は犠牲となった。デストロイヤーの進行方向にあった様々な物は破壊、蹂躙された」

「まぁ……そうだよな」

「となると、農業に携わっていた者達は仕事を失ったも同然。荒らされた穀倉地帯は簡単に復興しない。そこで、その者達は領主に助けを求めた」

 

 とここで、バニルの口から領主の名前が出てきた。カズマは嫌な予感を覚えながらも耳を傾ける。

 

「領主は助けを求める者達にこう告げた。『贅沢を言うな。命が助かっただけでも儲けものだろう』と」

「悪代官も真っ青だな」

「うむ、今回の件は責務を放棄した強欲な領主以外、誰も悪くないのかもしれぬ」

 

 予想通り、領主は住民を見放した。悪徳貴族とよく言うが、彼はその中でも悍ましいほどに真っ黒な貴族であろう。

 

「しかし、これでは被害にあった住民達の未来は暗い。そこで彼等は、貴様等と関わりの深いダスティネス一族に泣きついた。慈悲溢れるダスティネス様、どうか我らにもお情けをと」

 

 そして次に出てきたのは、ダスティネス家。王家の懐刀と呼ばれるほどの大貴族

 領主がダメなら、アクセルの地方と関わりが深いダスティネス家に縋るのは必然と言えるであろう。

 

「だがダスティネス家は、既に領主から多額の請求を受け続け、資産の大半を失っている状態であった」

「ちょっと待て。資産の大半を失うほどの請求を、しかも領主からってどういうことだよ?」

「言葉通りの意味だ。どこからともなく飛来したコロナタイトによる大爆発で吹き飛んだ屋敷の弁償代や、どこぞの冒険者が暴れに暴れて半壊していた古城の修繕費など、名目は様々である」

 

 バニルが例に出したのは、彼にも覚えがある請求であった。しかし前者はバニル討伐の報酬で、後者はバージルが支払っていた筈。

 そう考えていたカズマを見通したのか、バニルは先に答えを告げた。

 

「貴様等が支払ったのはあくまで一部である。まず領主はダスティネス家へ請求し、それを鎧娘が引き受けて支払った」

「なんでアイツの所に請求が行くんだよ!? しかも素直に支払ったって──!」

「確かにダスティネス家が負うべき請求ではなかった。だが鎧娘は何の疑問も抱かずに支払った。そうさせる力を、あの強欲貴族は持っていたのである」

 

 どう考えてもおかしい。ダクネスの理解できない行動に、カズマは頭を抱える。

 

「手持ちの財産では住民を助けられない。それでもあの鎧娘は見捨てず、責務を放棄した領主に頭を下げ、金を借りたわけだ」

「もしかして、ダクネスがわざわざアルダープに金を借りるようにしたのも……」

「やはり察しがいいな。強欲貴族の摩訶不思議な力のおでましである。どんなに歪な脚本でも、役者に最後まで演じさせる。そして役者は脚本の歪さに一切気が付かない」

「どういう能力なんだよ……」

「簡単に言えば、都合のいいように事実を捻じ曲げる、辻褄合わせの力である。奴が悪事を働いても一切証拠を出さないのも、不思議な力のおかげである」

 

 アルダープが持つ、辻褄合わせの能力。その話を聞いて、カズマはようやくひとつの出来事に納得がいった。

 カズマが国家転覆罪の容疑で裁判にかけられていた時。アルダープの一言で、彼の都合が良い方へ裁判官達は意見を変えた。あれが辻褄合わせの能力なのであろう。

 更にアクアはその時こう言っていた──邪な力を感じたと。

 

 アルダープの使っている力の正体。それに勘付いたカズマを見てか、バニルは不敵に笑って言葉を続けた。

 

「そして領主は、条件つきで鎧娘に金を貸した。もしダスティネス家の当主に何かが起こり、返済が困難になった場合には、担保としてその身体で支払ってもらうと」

 

 バニルの話を聞いてカズマの脳裏に浮かんだのは、ダスティネス邸で床に伏せていたダクネスの父。

 原因不明の病と言っていたが、もしそれが、アルダープの不思議な力による呪いだったとしたら。

 全てが、アルダープの歪な脚本による舞台劇なのだとしたら。

 

「バニル」

 

 カズマはバニルの目を真っ直ぐ見つめ、静かに尋ねた。

 

「ダクネスの借金の額はいくらなんだ?」

「お客様の持つ資産にこの鞄の中身を合わせると、ちょうど同額になります」

 

 バニルは脇に置いていた鞄をポンと叩いて答える。仮面の下には、きっと意地悪な笑みが浮かんでいることだろう。

 やっぱり悪魔は性根が悪い。カズマは心底そう思ったが、今だけはバニルに感謝した。

 

「では早速商談をと思っていたが……どうやら小僧の中では既に成立しているようだな」

 

 めぐみんの言う通り、奴の茶番劇をぶち壊してやろう。

 ダクネスを助ける為に、カズマは自ら舞台へ立つことを決意した。




この二次創作ではベルディア再来の件が無く、アクア様の洪水で建物が壊した借金も無いので、既に領主から別の名目で、辻褄合わせの力を使って支払いをさせていたことにしました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。