年に一度のキャベツ収穫祭から翌日。天気は雲ひとつない快晴で、空飛ぶモンスターは元気に宙を舞っている。絶好のクエスト日和だと、アクセルの街に住む駆け出し冒険者達は装備を固めてギルドに足を運んでいる。
そして、つい先日この世界へ降り立った男、蒼白のソードマスターことバージルは──。
「……ふむ」
今日も今日とて、アクセルの街にある図書館で本を読み続けていた。多方面の本が並ぶ棚の前に立ち、静かにページを進める。
ジャイアントトード五十匹と、特別指定モンスターの討伐報酬。しばらく遊んで暮らしても問題ないほどの大金が舞い込んだが、バージルにその気はない。かといって、すぐにクエストへ行こうともしなかった。強大な力を持ってはいるが、あくまで以前の世界での話。
この世界の全体図や地名、モンスターの名前と特徴、国々の交友、対立関係等々……未知の部分が多い。無知を晒してクエストに行くのは愚行と判断し、情報収集に専念していた。
書かれている内容を頭にインプットした彼は本を棚に戻し、ひとつ隣にあった本を手に取ろうとする。
「あっ、いたいた」
「ムッ」
とその時、図書館の入口付近から聞き覚えのある声が聞こえてきた。本を取ろうとした手を止め、バージルは声の主に目を向ける。
「クリスか」
「やっほ」
この世界で初めて得た唯一の協力者、盗賊クリス。彼女は手を挙げて挨拶をすると、図書館に入ってバージルに歩み寄る。
「朝から図書館で読書? 勉強熱心だねー」
「前置きはいい。宝探しへ誘いに来たのだろう?」
無駄な話に付き合うつもりはないと、バージルは言葉を返す。ある意味コミュニケーション能力が乏しい彼を見たクリスは、小さくため息を吐きながらも本題に入った。
「ここから南方面……前に行った洞窟の場所を過ぎた先に山があって、その中にフーガダンジョンってのがあるんだけど、最奥にまだお宝があるらしいんだ。今回はそこに行くつもりなんだけど、どうかな?」
フーガダンジョン──アクセルの街から南へ進んだ先にある遺跡型のダンジョン。数十年昔、そこは冒険者の住処とされていた。
今や下級モンスターの蔓延る、初心者向けダンジョンとなっており、トラップも仕掛けられている。お宝は根こそぎ駆け出しの冒険者が持ち出していると思われたが……かつて、そこに住んでいた冒険者によって隠されたお宝があるとの情報をクリスは得ていた。
「フーガダンジョン……往復で一日はかかるか」
「もう地名と場所まで覚えてたの?」
「まだこの街周辺だけだがな」
物覚えの早いバージルに、クリスは少し驚く。知能も高い上、歯向かう敵をものともしない力もある。冒険者として、これほど心強い味方はそうそういないだろう。
「なら話は早いね! いざ、お宝探しへレッツゴー!」
探索が捗れば、流石に日帰りはできないが明日の夜までには帰って来れるだろう。クリスはテンションを上げながら図書館を出る。その後ろを、バージルは黙ってついていった。
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ギルドにてフーガダンジョンの探索クエストを受け、二人は早速ダンジョンへと向かった。二人だけでダンジョン探索と聞いて受付の者は心配したが、隣にいたバージルを見るやいなや笑顔で送り出した。
道中の下級モンスターも軽く捻り、二人は順調に進んでいたのだが──。
「うわちゃあー……こりゃまた大変そうだね」
森の中、クリスは崖下を覗き込みながら憐れむように呟く。二十メートルはある崖の底には、フサっとした体毛に覆われた、二本足で歩く犬のモンスター『コボルト』が十匹、二十匹……否、それ以上の数が群れをなしていた。
一体一体ならば、駆け出し冒険者でも倒せるほどのモンスターだが、彼らには知能がある。一匹では格上に勝てないと考えた彼等は、群れることで力を示していた。
たちまち囲まれてしまえば、中堅冒険者でも苦戦は必至。ベテラン冒険者でも、一人で倒せとなれば難しいだろう。
群れで行動している時はあまり鉢合わせたくないモンスター。幸い、向こうはこちらに気付いていないので、見なかったことにしてこの場を去りたいところだが……。
「ねぇ無理だって!? やっぱこの量無理だって!? もう帰ろうよ!?」
「ダメだ! 逃げ場がない以上戦うしかない!」
「ちっくしょーっ! こんなにいるとか聞いてねぇぞ!?」
「こじんまりした巣の調査かと思ったら、とんだ大家族じゃねぇか!?」
「(奴等は……酒場にいた冒険者か)」
壁際に追い込まれ、危機敵状況にいた冒険者達。彼等は、バージルがこの世界に降りた日に酒場で喧嘩をし、金を奪い取ったダストと、そのパーティーメンバーであるキース、テイラー、リーンであった。もっとも、名前は一切覚えていなかったが。
いずれ殺されるであろう彼等にバージルは哀れみすら覚えず、立ち上がってこの場を後にしようとする。
「ねぇバージル、ちょっくらこれ使って、コボルト達を退治してきてくれない?」
「……なんだと?」
が、横に居たクリスが突然、赤橙色の粉が入ったビンを見せながらそう頼んできた。
「これは、敵を寄せ付ける効果を付与できる粉だよ。自分の身体にかけたら、コボルト達は敵意剥き出しで君に襲いかかってくる。かなりの数だけど、特別指定モンスターを軽々倒せちゃう君なら大丈夫だよ!」
アイテムの説明をするクリスを、バージルは眉間に皺を寄せて睨む。彼女の言葉を言い換えれば、身を挺して下にいる冒険者を助けてきてくれ、ということ。
当然、バージルの答えはNOだった。何の得にもならないのに、何故わざわざ助けてやらねばならんのだと。
「この下……コボルトの住処に、お宝の匂いがするんだよねぇ。アタシの『宝感知』がそう言ってる」
「ムッ……」
しかし、クリスの言葉を聞いてバージルは開けかけていた口を閉じた。
『宝探知』──名前の通り、宝の在処がわかるスキル。クリスが言うのなら、崖下エリアにお宝があることは間違いない。
そしてバージルは、クリスからこの世界での知識を教わる代わりに、お宝探しを手伝う契約のもと、協力関係を築いている。「これもお宝探しの一環だから」と言われれば、協力者であるバージルは従わざるをえないのだ。
「面倒な……」
この世界の知識は本でも得られるが、実際に世界を歩き、体験してきた者の知識、情報は本に書かれていない有益な物も多い。世界を知らない自分には、世界を知るクリスがまだ必要だ。
人助けじみたことをするのが癪に障るが仕方ないと、バージルは乱暴にクリスから瓶を奪い取り、刀の下緒を解き──当然のように崖から飛び降りた。
まさかダイブするとは思っていなかったのか、後ろでクリスは仰天しながらも、落ちていくバージルを見る。
「こうでも言わないと、貴方は助けに行かないでしょうから」
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「はぁっ!」
「クソッ! マジで何匹いやがんだよ!」
「『ファイアーボール』! ねぇもう魔力切れそうなんだけどー!?」
テイラーが剣でコボルトを撃退する中、後方支援のキースが弓を引く。三人に守るように囲まれていたリーンは、涙目になりながらも魔法を放っていた。
「焦んな! 鞄ん中に魔力回復のアイテムがあっただろ! それ使え! キースも愚痴ってねぇでバンバン射抜け!」
テイラーと同じく前線にいたダストは、弱気になっていた二人の尻を叩くように声を張る。が、敵のコボルトは倒しても倒しても、次々と穴から出てくる。
コボルトの巣の調査──難易度は高くもなければ低くもないのだが、あくまで『調査だけ』ならばの話。彼等と真正面から立ち向かい、討伐するとなれば難易度はグッと上がる。そこを履き違えていたダストは、こうして窮地に立たされる羽目になったのだ。
「クソッタレがっ……!」
こんなことなら、もっと用心してクエストを選ぶべきだった。ちゃんと情報を得てから来ればよかった。仲間の忠告を聞かず、余裕をかましてクエストを受けた自分に怒りながらも、迎えくるコボルトと対峙する。
ピンチだが、絶体絶命ではない。何とかこの包囲網を突破し、一度避難さえできれば──そう考えていた時だった。
「
空で、青い閃光が走った。
高速で上から何かが落ち、砂埃が上がる。その中では、青白い雷がバチバチと光っていた。
突然のことに、辺りのコボルト達はピタリと動きを止める。一方で、砂埃が晴れた後にダスト達は恐る恐る目を開けると──目の前に現れた者を見て驚愕した。
「あ、アンタは──!」
「死にたくなければそこを動くな」
蒼白のソードマスター、バージル。彼はダストに一言だけ告げると、真っ二つに斬ったコボルトを通り過ぎ、無言で彼等から離れていく。その傍らで、未曾有の敵を見たコボルト達は、威嚇しながらもバージルを睨み続ける。
ある程度離れたところで彼は周辺を見渡すと、片手に持っていた瓶を開け、頭からかぶるように粉を自分にかけた。
「あれは……まさか、一人で相手取るつもりか!?」
彼の使ったアイテムを見て、テイラーは彼が何をしようとしているのかを察する。その時、周りにいたコボルト達が動き始めた。先程まで狙っていたダスト達からそっぽを向き、一斉にバージルの元へ走り出す。
あっという間に四方八方を囲まれたバージルだったが、表情は変わらない。彼が左親指で鍔を持ち上げた瞬間──背後に迫っていたコボルトが、バージルの脳天目掛けて片手剣を振り下ろした。
が──既に彼の姿は在らず。立っていた場所から、彼は数メートル先にへ瞬時に移動していた。コボルト達は驚きながらも視線を移す。
バージルの手には、先程よりも刀身が鞘から出ていた刀が。彼は静かに息を吐くと、ゆっくりと鞘に刀を納めていく。
そして、キンッと金属が当たる音を立てて納められた瞬間──斬りかかった筈のコボルトは血を流して倒れた。
斬る瞬間どころか、刀を抜いた動作さえ見えない神速の刃。彼の居合術を目にしたコボルト達は、一体何が起こったのかわからず困惑する。
「鈍い」
気付いた時にはもう遅い。バージルは刀を構えて駆け出し──通り際にコボルトを数匹斬った。技は見えないが、正面きって戦うのは自殺行為とだけ判断した一匹のコボルトは、彼の背後から襲いかかる。
「ハッ!」
だがバージルは、左手に持っていた鞘を後ろに投げ、襲いかかってきたコボルトを迎え撃った。彼の手から離れた鞘はコボルトの腹を突き破り、更にその後ろにいたコボルトの腹に刺さり、数匹巻き込みながら後方へ飛んでいく。
速い上に予想の付かない攻撃。コボルト達はバージルに狼狽え始める。その隙をバージルは逃さない。
「フッ!」
バージルは鞘を投げた方向へ、コボルト達を斬り倒しながら駆け出した。
刀を振り抜いた勢いで彼が刀から手を離すと、刀は回転しながら空中を舞い、コボルト達を斬り刻む。
投げた刀がブーメランの如くバージルのもとへ戻ると、身体の方向を反転させて左手でキャッチし、同時にコボルトを斬った。背後には、未だコボルトの腹を刺している、投げた筈の鞘。
「ハァッ!」
バージルは逆手で持っていた刀を、コボルトに刺さっていた鞘へ真っ直ぐ納める。と、刀身が完全に隠れる瞬間に衝撃が加わり、鞘に刺さっていたコボルトの何匹かが後方へ吹き飛ばされた。
最後に彼はコボルトから鞘を引き抜く。同時に、彼と対峙したコボルト達は身体から血を吹き出し、その場に倒れた。
「弱い」
バージルは右手で髪をかきあげ、退屈そうに呟く。挑発と感じたのか粉の影響か。普段なら強者と対峙すれば逃げ出すコボルト達は、果敢にもバージルと戦い続けた。
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「つえぇー……」
バージルの剣舞を見ていたキースは、思わず呟く。彼だけでない。テイラーとリーン、そしてダストも同じだった。
キャベツ収穫祭で見せた彼の剣技。改めて見て、その凄みを理解する。これほどの力──特別指定モンスターを倒したと噂されるのも頷けた。
「よっ……と。皆大丈夫?」
「へっ? あ、貴方は確か……」
「クリスだよ。盗賊のクリス」
バージルのコボルト狩りに四人が見入っていた時、不意に背後から声をかけられた。振り返ると、そこには銀髪ショートの盗賊──クリスが、崖の上から吊るされた縄を片手に立っていた。話したことは少ないが、彼等とは面識があった。
「バージルがコボルト達を引きつけているから、その間にあっちの岩陰に隠れよう。アタシが『潜伏』を使うから、皆はアタシの身体に触れてて」
クリスは少し離れた所にある岩を指差しながら、ここから移動するよう四人に促す。
『潜伏』は勿論自分に使えるスキルだが、誰かが自分の身体を触っていれば、その者にも『潜伏』の効果を与えることができる。
「クリスさんは、あの人と仲間だったんですか?」
「んー、仲間というより協力者だね。ま、その辺は気にしないで。早く行くよ」
「お、おう。しかしキャベツ祭の時も思ったけど、アイツ鬼のようにつえぇな」
「全くだ。あの数のコボルトを一人で相手取るなんて、一流冒険者でも至難の技だぞ」
とにかく今は彼女の言う通り、身を隠すべきだ。そう考えたリーン、キース、テイラーの三人は、クリスの肩に手を置く。
が──ダストだけは、バージルが戦っている場を見たまま、動こうとしなかった。
「んっ? どうしたダスト?」
「お前も姉ちゃんと一緒に隠れようぜ。ほらっ、こっち来いって」
「……ダスト?」
止まっていたダストを見て、仲間の三人は声を掛ける。しかしダストは振り向こうとしなかった。
「……ッ」
ここは大人しく引き下がり、バージルがコボルト達を殲滅するのを待つのが、最善の判断だろう。自分もそう思っている。
しかし、このまま彼に任せて退いてしまうのは──。
「かっこわりぃじゃねぇかぁあああああああああっ!」
「「「ダストッ!?」」」
男のプライドが、許さなかった。ダストは剣を強く握り締め、呼び止める声も聞かず駆け出した。
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「──フッ!」
飛び上がったバージルは空中で回転し、四方八方から飛びかかってきたコボルト達を斬り刻む。そして、前にいたコボルトを踵落としで地面に叩きつけ、着地と同時に刀で真っ二つにたたっ斬った。彼は刀を鞘に納め、未だ周りを囲むコボルト達を睨む。
もう百は狩っただろう。しかしコボルト達はまだ絶えない。粉の効果が切れ始めたのか、武器を捨てて逃げ出す者も現れた。が、多くの者はバージルに向かってくる。大将の首を狙う兵士が如く。
「次から次へと……」
いい加減鬱陶しくなってきたバージルはため息を吐く。隙に見えたのか、周りを囲んでいた一匹が再びバージルの背後から襲いかかった。その戦法も飽きたと、バージルは刀を抜こうと柄を掴む。
「うおぉらっしゃぁああああっ!」
その時、男の雄叫びが耳に入り──背後に迫ったコボルトは、乱入してきた者の剣に刺された。バージルは刀を握ったまま、横入りしてきた者に顔を向ける。
「さがっていろと言った筈だが?」
「うっせぇ! どうしようと俺の勝手だ!」
コボルトから剣を引き抜いたダストは、喧嘩腰でバージルに言葉を返した。
「元々これは俺が引き受けたクエストだ! 俺がやんなきゃ意味ねぇんだよ!」
「壁際に追い詰められていた男がよく言う」
「追い詰められてねぇ! あそこから逆転するつもりだったんだよ!」
ダストの反論に、どうだかとバージルは思ったが、声には出さずコボルト達に視線を戻す。
「とにかく! コイツ等は俺が倒してやらぁ!」
ダストは剣を握り締め、一匹のコボルトに突っ込んだ。向かってきたダストを見て、コボルトは手に持っていた剣で防御の姿勢を取る。
「誰が剣で攻撃するっつったぁ!」
しかしダストは接近した瞬間に姿勢を変え、スライディングでコボルトの足元を狙った。コボルトはそれに対応できず足を取られ、うつ伏せで倒れる。ダストはすかさず起き上がると、倒れたコボルトの心臓部を背中から剣で突き刺した。仲間を倒したダストを見て、数匹のコボルトが彼にターゲットを変える。
「あめぇよ!」
対するダストはコボルトの剣を防ぎ、時にはかわしつつ、歯向かうコボルト達を斬っていく。
何匹か倒したところで、ダストの前方から木製の棍棒を持つコボルトが突進し、ダストの心臓目掛けて突きを繰り出してきた。しかしダストは横にかわし、左手で敵が持っていた棍棒を握る。
「棍棒ならセーフだよな……ちょっくら借りるぜ!」
ダストは小さく呟いた後、いたずらっ子のように笑い、棍棒を持ったままコボルトを右足で蹴った。コボルトの手から棍棒が離れたのを見てダストは剣を納めると、棍棒を両手で持って構える。
続けてコボルトがダストに攻撃を仕掛けるが、ダストは彼等の攻撃を防ぎつつ、反撃を繰り出していった。
「あらよっと!」
前から剣で横向きに斬りつけてきた攻撃も、ダストはひらりとジャンプでかわし、着地すると同時に棍棒で敵を叩きつける。着地を狙って後ろから襲いかかったコボルトも、すかさず棍棒の先で喉元を狙い迎撃。
ふと、周りのコボルト達が徐々に近づいていたのを見たダストは、棍棒を長く持ってリーチを伸ばし、横薙ぎで敵との距離を空けた。一匹狼狽えたのを見たダストは、棍棒を強く握り締めてそのコボルト接近し、敵に強烈な百裂突きを繰り出す。
「おらららららららら──らぁっ!」
最後は強く踏み込み、強く一突き。攻撃を受けたコボルトは後方へ吹き飛ばされ、白目を向いて倒れた。
刀使いほどではないが、侮れない力を見せるダストをコボルトは睨み、同じくダストも棍棒を構えて睨み返す。
「ほう……」
その様子を、片手間にコボルト達を斬りながら見ていたバージルは、ダストに関心を示していた。駆け出し冒険者の街に住む冒険者にしては、身のこなしが軽やかだ。武器が棍棒なのに対し、戦い方が槍のそれであったのは気になったが。
「ふっ! っと……マジでキリねぇなコイツ等! あそこに立ってるリーダーさんぶっ殺したら、尻尾巻いて逃げてくんねぇかな?」
ダストはバージルの横へ後退し、そんな願望を呟きながら前方へ──赤いスカーフを首につけたコボルトに目をやった。
多くのコボルトが未だ自分達に向かってくるのは、奥に控えた大将がいるという絶対の安心感、信頼感があるからではないだろうか。
なら──頭を討てば、それに従う兵士は諦めて敗走してくれるのでは?
「なら、さっさと終わらせるまでだ」
「んっ? 何か言っ──ってあぁっ!?」
瞬間、バージルは奥に立っていたリーダー目掛けて走り出した。勝手に突っ込むバージルを見て、ダストは驚きながらも怒ったように声を上げる。
「おい待て! アイツは俺の獲物だ! くっそ……『身体強化』!」
ダストは慌てて自分の筋力、俊敏性を一時的に上げる『身体強化』を発動。棍棒を槍のように構えたまま、急いでバージルの後を追った。
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スカーフを着けたコボルトは、前方から向かってくる敵を睨む。一方で青き剣使いは、目に見えぬ速度で刀を振り、立ち塞がるコボルトを斬り倒しながら向かってきていた。
あの男は強い──が、全戦力を注ぎ込めば勝機はある筈だ。強大な力と相対した時、自分達はいつだってそうして勝ち続けてきた。リーダーのコボルトは決して逃げようとせず、腰元に据えていた剣を抜く。
刹那──バージルの背後から、ひとつの影が飛び出した。
「──ッ!」
リーダーは空高く飛び上がった者を視界に捉える。が、その先にあった太陽の光で目が眩んだ。太陽と重なるように浮かぶ者は──金色の髪に赤い眼の男。
「チェックメイトォッ!」
男は叫び、握り締めていた棍棒を力のままに投げた。風切り音を立て、棍棒はリーダーの心臓めがけて飛んでいく。が、耳に入る風切り音と勘を頼りに、リーダーは寸でのところで横へ飛び、横腹を掠らせながらもかわした。
「だぁーっ! そこ避けんのかよー!?」
男の悔しそうな声が聞こえる。徐々に視力が回復してきたリーダーは、おもむろに目を開いて男を睨む。危機から一転好機へ。リーダーはコボルト達に金髪の男を攻撃するよう指示を出した。
瞬間──彼の背中に悪寒が走った。
幾多の窮地を脱し、乗り越えたが故に鍛えられ、研ぎ澄まされた彼の防衛本能。リーダーは男から目を離し、即座に槍が投げられた方向へ振り返る。
先程まで前にいた筈の蒼い剣使いが、棍棒を持ってリーダーを睨んでいた。窮地に立ったリーダーは、いつ投げられてもいいよう回避体勢を取る。
金髪の男は仲間に任せればいい。この男は何とか自分が引きつけ、その間に仲間が金髪の男を倒せば、多対一の有利な状況に持っていける。
この男の攻撃はほとんど見えない。が、自分の勘と経験を信じれば、必ず避けられる筈だ。頭をフルに回転させながら、リーダーは相手の行動を待つ。
彼の攻撃は、そんな甘ったるいもので避けられるものではないと知らずに。
「
気付いた時には──リーダーの身体に、投げられた棍棒によって穴が空けられていた。リーダーは白目を向き、胸から血を流してその場に倒れる。
ほんの瞬きした一瞬で、リーダーが倒された。信じがたい光景を見て、部下のコボルト達に動揺が走る。
そんな中、バージルは刀を握り締めてコボルト達を睨んだ。これ以上歯向かうなら、リーダーと同じく一瞬で殺してやると警告するかのように。
リーダーの存在があったからこそ、柱があったからこそ、今まで怯えず、果敢に立ち向かえていた。
しかし、柱が折れれば建物はあっという間に崩れ落ちる。彼らは即座に武器を捨て、逃げるように走り去っていった。
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「……フンッ」
コボルトの巣から一匹残らず住民が消えた後、所詮は下級モンスターかとバージルは少しばかり出していた刀を納める。とそこへ、ダストが怒りながらバージルに突っかかってきた。
「おいっ! あそこは俺が格好良くトドメを刺す場面だったろうがっ!?」
「知らん。攻撃を外した貴様が悪い」
「あれは、敢えて避けさせといて油断したところを狙う作戦だったんだよ!」
ダストがやいのやいのと騒ぎ立てているのを、バージルは無視し続ける。と、岩場に隠れていたクリス達が駆け寄ってきた。
「二人とも無事か! ……と、聞くまでもないか」
「おつかれー。流石だね、バージル」
バージルに傷一つないのは当然と言えば当然だが、ダストも傷を負わなかったのは驚くべきことであった。そう思っていたのか、キースが興奮気味にダストへ話しかける。
「けどよ、ダストも凄かったぜ! 特に棍棒使ってた時! お前剣じゃない方が強いんじゃねーの?」
「えっ? マジ? あん時の俺そんなに決まってた? そうかそうか……フッ、地道にレベル上げてたのがようやく花を咲かせたか。リーンも、ちょっとぐらい褒めてくれたって損はしないぜ?」
「ハァ……ったく、少し褒められただけですーぐ調子に乗るんだから」
キースの言葉で鼻を高くした彼は、バージルへの怒りも忘れて上機嫌に。そんなダストにリーンは呆れてため息を吐いた。
「あっ! そうだお宝! バージル! 早くダンジョンに行こう!」
とそこで、クリスがふと思い出したかのように声を上げた。確かに、ダンジョンへ向かう途中だったのだが……。
「ここに宝があったのではないのか?」
クリスは、ここにもお宝の反応があったと言っていた。だからこそバージルは、わざわざコボルト達を狩っていたのだ。そのお宝は回収しないのかと尋ねると、クリスは少し残念そうな顔を見せて言葉を返す。
「本当はそれも欲しいけど、どうやらダスト達が先に調査しに来てたみたいだから、彼等に譲るよ。アタシ達の本命はここじゃないし」
クリスの話を聞いて、やはり無駄な時間だったかとバージルは息を吐く。一方で気にしていない様子のクリスは、早く早くとバージルを急かしながら、先程縄で降りてきた場所へ走っていった。
「そうだった! テイラー! リーン! ダスト! ちゃっちゃと終わらせようぜ!」
「おい待てキース! 一人で先に行くな!」
「えっと、ありがとうございました!」
クリスの言葉を聞いて、すっかりクエストを達成した気でいたキースは、慌ててコボルト達の住んでいた穴へ走り出す。その後をテイラーは慌てて追いかけ、リーンはペコリとバージルへお辞儀をしてか後を追った。残ったのは、バージルとダストのみ。
「あー……バージル」
話しかけられたバージルは黙って言葉を待つ。ダストは小っ恥ずかしそうに頬をポリポリ掻くと、目を背けながら言葉を続けた。
「その……悪かったな」
「何のことだ?」
「酒場で初めて会った時、色々言っちまっただろ? 酔ってたのもあったけど、馬鹿にして悪かった。それと今回は……サンキューな」
バージルが冒険者になる前、酒場にてダストがバージルを馬鹿にした発言のことだろう。そのことを思い出したバージルは、依然変わらぬ表情のまま言葉を返した。
「別に構わん。むしろあの発言で、貴様が一番勝負に乗っかる奴だと確信できた。それと、助けたわけではない。クリスがここの宝を狙っていたから、邪魔な奴等を斬っただけだ。無駄足に終わったがな」
「お前……ホント嫌な野郎だな」
バージルの言葉を聞き、ダストはジト目で彼を見つめる。しかし一度息を吐いた後に笑顔を見せると、バージルに向き合って親指を立てた。
「まぁあれだ! 魔王討伐目指して頑張りな! 勇者候補さんよ!」
「ッ……」
ダストはそれだけ言うとバージルに背中を向け、先に走っていったパーティーメンバーの後を追った。彼の後ろ姿を見て、バージルはフンと鼻を鳴らす。
「(勇者候補……か)」
『勇者候補』──基本的には、黒髪か茶髪の、変わった名前を持つ、高い能力や強力な武器を持った者──恐らくカズマのような異世界転生者を指すが、バージルのように上記の条件は満たしていなくとも、強い力を持った冒険者もそう呼ばれることはある。
候補とはいえ、よもや自分が世界を救う勇者──英雄などと呼ばれる日が来ようとは、思ってもみなかった。
「(親父もまた、勇者と呼べる存在か)」
かつて、人間界を救った英雄。伝説の魔剣士スパーダ。人間にとって英雄以外の何者でもないだろう。この世界で言うなら、まさしく魔王を倒した勇者だ。
しかし、バージルにとっては父であり、超えるべき存在──手の届かない境地。
自分とスパーダ、一体どこが違うのか。何故届かないのか。
何故──『
「(俺と親父、俺と奴……一体何が違う?)」
原作では不明、スピンオフでは名前だけ明かされたけどその他は不明。けどダストさんは、冒険者の中でも上位レベルだと思ってます。