この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第79話「この獣人達と野菜狩りを!」

 メリッサの御眼鏡にかない、引き続きダンジョン探索を手伝うこととなったバージルとタナリス。

 アクセルの街から離れるにつれ、モンスターの強さとダンジョンの難易度も高くなっていったが、彼等は難なくこなしていった。

 見つけたお宝は、メリッサが最初にめぼしい物を取り、残りをバージルとタナリスが貰う形に。

 これにバージルは不満を溢したが、メリッサから「ひとつあげる代わりにモフらせて」と交換条件を出されたので、素直に引き下がった。

 

 その為、メリッサは行動を共にしてから一切モフらせてもらえず。移動中に触るのはたてがみのみと、約束を守っていた。

 一方でバージルは、メリッサの熱視線に耐えながらの移動が常であった。幾度背中に乗せようと、彼女の荒い息と悶える声が収まることはなく。

 これに一々不快感を抱いていては、ストレスで頭がどうにかなりそうだったので、移動中は感情を無にすることを心がけた。彼がこの世界で編み出していた、変態への対処法である。

 

 こうして彼等は次々とダンジョンを攻略していき──気付けば三週間が過ぎていた。

 

 

*********************************

 

 

 本日の最終ダンジョンを攻略したバージル達は、最寄りの村に訪れていた。アクセルの街からは北の方角に位置し、気温も街と比べて少し涼しい。

 村の小さな宿屋に一泊し、翌日。バージルはタナリスと宿屋の食処で朝食を取っていた。

 

「そういえば、もう三週間経つんじゃない?」

 

 配膳された料理の中から焼き魚を箸で取りつつ、タナリスが話しかけてきた。バージルは野菜炒めを口に運びながらも耳を傾ける。

 

「お宝も大量。しばらくバイトしなくても生きていけそうだよ」

「すっかり宝を受け取る気でいるようだが、貴様にはやらんぞ」

「おっと聞き捨てならないね。手に入れたお宝は、仲間内で山分けするのが当たり前だろう?」

「では聞くが、貴様はダンジョンで何をしていた?」

「君達を応援してたよ。がんばれがんばれって」

「それが答えだ。怠け者に支払う報酬などありはしない」

「僕はまだ駆け出し冒険者なんだ。こういう時は先輩冒険者が、かわいい後輩に恵んであげるべきだってカズマも言ってたよ」

「恵みが欲しければ他をあたれ。俺はカズマほど甘くない」

「なるほど、君はカズマよりもケチだと」

 

 タナリスの言い方にバージルはカチンときたが、ここで乗せられては相手の思う壺だと判断し、黙って箸を進める。恵んでもらえないとわかったのか、タナリスは諦めたように息を吐いた。

 

「にしても、メリッサさん遅いね。外の魔道具屋さんを覗きに行くって言ったっきり戻ってこないけど」

「掘り出し物でも見つけたのだろう。面倒だが、迎えに行く必要があるか」

 

 別行動を取っていたメリッサは未だ姿を現さず。三週間街を離れる目的を達していた為、そろそろ街に戻る旨を彼女に伝えなければならない。

 ようやく変態の呪縛から開放されると実感を得てか、バージルは溜まりに溜まった精神的疲れを表すように深くため息を吐いた。

 

 

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 朝食を食べ終えたバージルとタナリス。宿屋から出た二人は、メリッサを探すべく村を歩く。

 

「こんな村にも魔道具店ってあるんだね。モンスターが強いからかな」

 

 村を見回しながらメリッサを探すタナリス。バージルとしてはいっそ黙って帰ってもよかったのだが、後々面倒になりそうだったので、仕方なく探していた。

 もし魔道具店にいなければ宿屋に戻って待つべきかと考えていた、その時。

 

「きゃぁああああっ!?」

 

 彼等の耳に、女性の悲鳴が届いた。二人は咄嗟に悲鳴が聞こえた方角へ向く。

 

「トラブル発生かな。どうする?」

「奴も気になり、向かっている可能性はある」

 

 騒ぎのもとなら人も多く、メリッサも来ているかもしれない。人混みに紛れているだろうが、彼女は比較的探しやすい格好をしている。

 行ってみるだけ価値はあると見て、バージルとタナリスは悲鳴が起こった方向へ歩いていった。

 

 

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 騒ぎが起きた場所は、彼等がいた場所からそう遠くなかった。既に何人か野次馬が来ており、騒ぎの中心を見てざわついている。

 バージルとタナリスも人の間を縫うように進み前列へ。そして、騒ぎの中心にいた三人の女性を目撃した。

 

「お願い! これ以上いじめないで!」

「や、やめろぉ! 耳と尻尾を触るなぁ……!」

「なんてかわいいモフモフちゃんなのかしら! モフモフな上にプニプニしててとってもきゃわわわわっ!」

 

 獣耳と尻尾を生やした獣人の女性が二人。そのうち小柄な方の子が、恍惚に歪んだ顔のメリッサに獣耳を尻尾をモフモフされていた。

 

「奴のお楽しみを邪魔するのも無粋だ。先に帰るぞ」

「関わりたくない気持ちはわかるけど、知り合いの僕等じゃないと止められなさそうだよ」

 

 タナリスが周囲を見渡しながら話す。問題事に首を突っ込みたくないのは同じようで、誰もメリッサを止めようと動き出さない。

 息を荒くして少女にお触りするという、字面だけなら即通報案件であったが、触っているのは大人の美女。むしろ二人が触れ合う様を、男達は息を呑んで傍観していた。

 このまま放っておけばお触りタイムが続くこと間違いなし。それを無視して帰ったら、きっと寝覚めは悪いであろう。

 どこぞの苦労人冒険者の性格が感染ったのか、バージルは舌打ちをしながらも歩き出した。

 モフモフに夢中なようで、背後から迫るバージルには一切気付かない。やがて彼女の真後ろに立ったところで、バージルはドアを軽くノックするように頭を小突いた。

 

「もふゅっ!?」

 

 不意に頭を叩かれたメリッサは悲鳴を上げ、ようやく獣耳少女から手を放す。うっかり力加減を間違えてしまったか、メリッサは痛みを堪えるように頭を抑えてその場をのたうち回った。

 一方で、解放された獣耳少女は逃げるようにメリッサのもとから離れ、もうひとりの獣人の傍へ。女性は獣耳少女を抱きしめ「怖かったわね、よしよし」と、少女の頭を優しく撫でた。

 無事解決したところで、タナリスが遅れてやってくる。少女を撫でていた獣人はバージル達に顔を向けると、すかさず頭を下げた。

 

「助けてくれてありがとう。なんてお礼を言ったらいいか……」

「いやいや、僕等のほうこそ仲間が迷惑かけたみたいでごめんね。この人、モフモフに目がなくってさ」

「うぅ……なまら怖かったぞ」

 

 コミュニケーション能力皆無のバージルに代わり、タナリスが獣人と言葉を交える。

 と、ようやく痛みが引いてきたのか、メリッサが頭を擦りながら立ち上がる。あまりにも痛かったようで涙目になっていたが、彼女は文句ありげにバージルを睨んだ。

 

「せっかくモフモフを堪能してたのに何するのよ! それとも貴方が代わりにモフモフさせてくれるっていうの!? だったらさっきのは水に流してあげないこともないわよ!」

「まだ正気に戻っていないようだな。次は強めに叩くべきか」

 

 もう痛いのは勘弁願いたいようで、バージルの返しにメリッサはたまらず頭を抑える。

 

「で、何がどうなってああいう状況になったんだい?」

「彼女達から声を掛けられたのよ。冒険者の方ですかって。それで振り返ってみたら、とんでもなくかわいいモフモフちゃんがいたの」

「そしてたまらずモフモフしちゃったと」

「最近、誰かさんの放置プレイのせいで欲求不満になっていたもの。あの子のかわいいお耳と尻尾をもっとプニプニしてモフモフしてハムハムしたかったわ」

「うん、ハムハムの前に止めて正解だったね」

 

 危うく、良い子には見せられない絵面になってしまうところだった。それを期待していたのか、野次馬の男達は残念そうに肩を落として散っていく。

 ひとまずメリッサを連れて宿に戻るかとバージルが考えていると、大人な方の獣人がおずおずと声を掛けてきた。

 

「おふたりも冒険者なのかしら?」

「うん、アクセルの街に住む駆け出し冒険者さ」

 

 タナリスはそう口にしつつ、証明書でもある冒険者カードを取り出した。駆け出しと名乗っていたが、記載されているレベルとステータスは高い。これに獣人の女性は口に手を当てて驚く。

 

「そういえば、メリッサさんの話だと冒険者を探してるんだったね。お困りごとかい?」

「えぇ、私達だけでは手が足りないから、なるべく腕が立つ人を探していたの」

 

 どうやらステータスの高い冒険者でなければ難しい依頼のようだった。後ろで聞いていたバージルとメリッサも興味を持ち、顔を向ける。

 獣人の女性は三人の顔をそれぞれ見た後、彼等に依頼内容を告げた。

 

「脱走したお野菜達を一緒に探して欲しいの」

 

 

*********************************

 

 

 場所は代わり、村の宿屋。詳しい話を聞くべく、五人は宿屋の一室に移動していた。

 手狭な宿泊部屋のため、獣人の二人をベッドに座らせ、メリッサとタナリスは椅子に座り、バージルは壁にもたれる形で話を聞くことに。

 お互い名前も知らない状態だったため、まずは自己紹介から始まった。

 

「私はメリッサ。トレジャーハンターよ。この二人は仲間というより協力者ね」

「タナリスだよ。二人ともよろしくね。そこにいる怖い顔のお兄さんはバージル。アクセルの街じゃ名の知れた冒険者さ」

 

 先にタナリス達が名前を告げる。彼女から紹介があってもバージルは何も言わず、獣人達を見つめるのみ。

 その視線を受けてか、温和な獣人の女性が口を開いた。

 

「私の名前はエイミー。北の大地サムイドーから来たの。この子はミーアちゃん」

「ミーアだ! よろしくな!」

 

 優しい声色でエイミーが名乗った後、獣耳少女ことミーアが元気よく声を出した。活発な性格を表すように、八重歯を見せて明るく笑う。

 聞き慣れない地名を聞いてバージルは記憶を遡ったが、思い出すことはできず。大まかな地図では省略されるような、辺境の地なのであろう。

 

「サムイドーでは野菜を育ててるんだ! サムイドーの野菜はなまらうめぇんだぞ!」

「のびのび育てているから、元気な子も多いの。ただ……元気過ぎる子もたまにいて」

「その元気モリモリな野菜が脱走したってことかい?」

「えぇ、収穫した中で一番大きなトマトが先陣を切って、他のお野菜達も引き連れて森の中に逃げてしまったの」

「自由に育て過ぎるのも考えものだな」

 

 野菜達の大脱走。異世界転生者からすれば耳を疑う話だが、バージルもすっかりこの世界にも馴染んできたようで。驚くこともなく耳を傾けていた。

 

「大きなトマトさえ捕まえれば、他の子も一緒に帰ってきてくれると思うのだけれど……ひとつ心配なことがあるの」

「なんだい?」

「村長さんから聞いた話だと……お野菜達が逃げた森は、強力なモンスターの縄張りなの」

「ほう」

 

 強いモンスターの存在を聞いて、バージルは興味を示す。乗り気になってくれた彼を確認して、タナリスはモンスターについて尋ねた。

 

「そのモンスターの名前は?」

「鮭よ」

「……何だと?」

 

 野菜が空を飛んでも動じなくなったバージルであったが、これには彼も耳を疑った。

 

「鮭って……魚の?」

「えぇ、森に住んでいる鮭よ。とっても縄張り意識が強くて、森に侵入してきたよそ者を集団で襲いかかるそうなの」

 

 しかしこの世界の住人であるエイミーは、鮭の生息地が森であることを当然であるように話す。

 もっとも、ここはサンマが畑から収穫される世界なので、鮭が森にいてもなんら不思議ではない。理解するのに少し時間はかかるが。

 

「それにお野菜達もやんちゃで怖いもの知らずな子が多くて、どんなモンスターが相手でも向かっていくの。きっと今も、お野菜達は森の中で鮭と争ってるに違いないわ」

「鮭と野菜の抗争ってわけか。カズマも連れてくるべきだったなぁ。良いリアクションしてくれそう」

「同感だな」

 

 この世界の野菜と魚の習性に未だ疑問を抱いている彼が知ったら、どんな反応を見せてくれるだろうか。バージルはタナリスの言葉に頷く。

 

「お野菜達を捕まえるだけなら良かったけど、凶暴な鮭を相手にするのは私達だけじゃ難しくて……」

「だから冒険者を探していたのね」

「それにこの村の村長さんから、ついでに鮭を追い出してくれないかって頼まれてしまったの」

「野菜収穫に鮭狩りか。一介の農家さんじゃ骨が折れるね」

 

 攻撃的な野菜を捕まえるだけでも難しいのに、凶暴な鮭の撃退も並行して行わなければならない。上級冒険者でも苦戦する高難度な依頼だ。

 そんな時、偶然にも村を訪れていた手練れの冒険者に出会えたのは幸運だったであろう。

 

「森に生息する鮭の力がどれほどのものか、確かめるのも悪くはない」

 

 森の鮭に興味を示していたバージルは、依頼を引き受けた。期待していた返答を聞き、エイミーの顔が明るくなる。

 

「僕も構わないよ。その代わり、報酬は後払いでお願いね」

「私への依頼料は高くつくわよ? 払えなかったら、身体で支払ってもらおうかしら」

「ひっ!?」

 

 メリッサの熱視線を感じたのか、ミーアが小さく悲鳴を上げて耳を隠す。どうやらまだモフり足りなかったようだ。 

 怯えているミーアを横で見ていたエイミーは、意を決した表情で声を上げた。

 

「メリッサさんへの代価は私が支払うわ。だからミーアちゃんには手を出さないで」

「……いいわ。貴方も中々モフりがいがありそうだし」

 

 エイミーの身代わりを、メリッサは快く受け入れた。彼女はエイミーのモフモフな尻尾とお耳を見て舌なめずりをする。

 そんな彼女達を見ていたバージルは、モフモフの標的が自分から二人に移ってくれたことに独り安堵していた。

 

 

*********************************

 

 

 話し合いが終わった後、すぐにでも野菜達を捕まえるべく、バージル達は森へと向かった。

 獣人の二人もある程度戦えるようで、エイミーは杖を、ミーアは三叉槍を持って同行。周囲を警戒しつつ森を進む。

 話にあった通り、鮭の縄張りになっているからか、モンスターの姿は見られない。バージル達を狙う気配もない。

 抗争が起こっている割には静かだと感じていたが、やがて森の中枢まで歩いた頃、彼等は抗争の跡を目の当たりにした。

 

「これは……人参か?」

「こっちにはじゃがいもが落ちてたよ。けど、どれも大人しいね。みんなしてお昼寝かな?」

 

 見つけたのは、地面に転がっていた数々の野菜。その中には思い出深いキャベツもあったが、元気に空を舞っていたあの姿はどこへやら。しんと静まり返って動きもしない。

 バージルとタナリスが拾って確認する中、エイミーの哀調を帯びた声が響いた。

 

「きっと鮭との争いで敗れてしまったんだわ。だから……この子達はもう動かない」

 

 彼等は、抗争で敗れ去ってしまった者達であった。エイミーが野菜のひとつを優しく拾い上げ、哀れむように目を閉じる。

 よく見れば倒れている野菜の中には、身を何かに齧られたような痕があり、抗争の苛烈さを表していた。

 傍にいたミーアも悲しそうに顔を伏せており、メリッサもいたたまれない様子。争いが生むのは犠牲と悲しみ。それは野菜とて同じであった。

 

「早いとこ止めないとね」

「でも、本当に止められるのか? 相手はなまら怖いあの鮭なんだぞ?」

「もっと怖い人がいるから大丈夫さ」

 

 タナリスは安心させるように答えながらバージルに目線を送る。彼は特に何も言わず、朽ちた野菜をよけて足を進める。

 他の四人も静かに彼の後を追う。進むにつれて地面に落ちた野菜の数も増えているが、鮭の姿はない。力では鮭が上なのであろう。

 少しでも多くの野菜を守るために争いを止めなければ。足早に森の中を進んでいると、やがて甲高い鳴き声とぶつかり合う音が聞こえてきた。

 まだ抗争は続いている。バージル等は茂みをかき分けつつ声が聞こえた方角へ。そして、彼等はようやく抗争の場へと辿り着いた。

 

「トマトマトマトマトマトー!」

「シャケーッ! シャケシャケシャケー!」

「ナスナスナスナスー!」

「キャベキャベキャベー!」

「シャァアアアアケェエエエエッ!」

 

 そこでは、色とりどりの空飛ぶ野菜と、人間のような足で地を踏みしめる鮭が、激しい抗争を繰り広げていた。

 空からの突進を仕掛ける野菜達。一方で鮭達は軽やかな動きでよけ、木を器用に登っては飛び上がって反撃を試みる。

 拮抗しているように見える戦いであったが、木々が集まる森では飛行能力が存分に発揮できないのか、鮭の攻撃を避けられず齧られてしまう者もいた。

 

「……なんだこれは」

 

 異世界でしか見られない異様な光景に、バージルはどう反応すればいいかわからなかった。

 

「みんな! もう争うのはやめて! 鮭さんもお願い! この子達をこれ以上傷つけないで!」

 

 エイミーは声を張って野菜達の説得を試みる。が、彼等は争いによって周りが見えなくなっているのか、エイミー達のことを見ようともしない。

 話し合いでは解決しない。それを理解したところで、タナリスが前に出た。

 

「初めての獲物が鮭なのは予想外だけど、まぁいいか」

 

 彼女はそう言って、右手を自身のスカートの下に入れる。そして、ダガーほどの短い棒を一本取り出した。彼女はそれを握り、強く横に振る。

 棒は空を切る音と鳴らすと、瞬時にその身を槍ほどの長さに伸ばした。更に、棒の先が淡く光り、そこから紫色の刃が飛び出た。

 

「新調した鎌というのはそいつのことか」

「うん、にるにるさん渾身の一作だよ。伸縮可能で持ち運びも便利。カズマから聞いた『ケイボー』って武器の仕組みを取り入れたんだって」

 

 新しい鎌をタナリスが自慢気に見せてくる。紫色の刃は彼女の魔力で形成しているのであろう。魔法に造詣がある紅魔族ならではの武器となっていた。

 

「それに、こんなことだってできるんだ」

 

 タナリスは鎌を両手で持ち、争っていた鮭に狙いを定めて振り下ろす。すると、先端から魔力の刃が勢いよく飛び出した。

 斬撃となった魔力の刃は一直線に進み、鮭の尻尾を掠める。斬撃を受けた鮭の尻尾は地面に落ち、鮭は血を吹き出しながら悲鳴を上げた。

 そこでようやく、鮭達がバージル等の存在に気付く。彼等は野菜から標的を変え、こちらへと走ってきた。その後ろからは野菜達が追いかける。

 

「ちょっと! 貴方のせいで全部いっぺんに来ちゃったじゃない!」

「野菜達はまだ続けるつもりなんだね。根性あるなぁ」

「な、なまら怖い……でも、ミーアは負けないぞ! けっぱって野菜達を守るんだ!」

「ミーアちゃん……! なんて勇敢なのかしら!」

「そっちはそっちで感心してる場合じゃないでしょ!?」

 

 ピンチだというのに、気張るミーアを見て感動を覚えるエイミー。そんな二人にツッコミを入れながらメリッサは武器を構える。

 

「ま、こっちにはバージルがいるから大丈夫ね。頼んだわよ」

「そうだな、雑魚は貴様等に任せた。俺は先に行く」

「えぇ、それじゃあ……ってちょっと!?」

 

 共闘するつもりでいたメリッサは、バージルの返答に思わずひと回り大きな声を上げた。

 しかしバージルは彼女の静止も聞かず走り出し、向かってきた鮭達を避けるように迂回していった。

 後方からメリッサの怒号が聞こえた気はしたが、彼は振り返らず。森の中を突き進む。

 

 鮭と共に向かってきた野菜の中には、発端である巨大トマトの姿がなかった。

 エイミーの話では、そのトマトを捕まえれば野菜は静まる。雑魚の相手をして時間を無駄にするより、そちらが先だと判断しての行動であった。

 あわよくば巨大トマトと鮭のリーダーが争っていれば、トマトを捕まえつつ鮭のリーダーを狩り、どちらも沈静化させられる。

 道中で襲いかかる鮭はすれ違いざまに斬り、飛んでくる野菜は避け、森の中を突き進む。彼が足を止めたのは、木々が倒れている開けた場に出た時であった。

 

「トォオオオオマァアアアアトォオオオオッ!」

「シャケシャケシャケシャケシャケシャケェエエエーッ!」

「……当たりか」

 

 予想通り、そこでは標的であった巨大トマトと、リーダーらしき鮭が激しい戦いを繰り広げていた。

 どういう環境で育ったのか、トマトはモンスターと見紛うほど巨大で、ジャイアントトードでも丸呑みするのに一苦労しそうなほど。

 一方で鮭のリーダーも巨大な肉体を持ち、地面を踏みしめる足には鍛え抜かれた筋肉がついている。空からトマトが、地上から鮭が互いに咆哮する様は、この世界における自然の理を象徴しているようであった。

 

「騒がしい具材どもだ。皿に盛り付ければ、少しは大人しくなるか」

 

 食材ごときが無駄に吠えるなと、バージルは二体に歩み寄る。

 彼の殺気に気付いたのであろう。吠えあっていた鮭とトマトは同時にバージルの方を見る。どちらも威嚇するように吠えると、先に鮭が向かってきた。

 丁度いいと、バージルは不敵に笑って刀に手を置く。太い足で地面を鳴らし、さながら恐竜のように走る鮭。やがて、鮭の凶刃がバージルの首を噛み千切らんと迫った瞬間。

 

Cut off(断ち切る)

 

 バージルは刀を抜いた。彼は鮭の前から姿を消し、気付けば鮭の後ろ側へ。バージルは静かに息を吐きながら刀を鞘に納める。

 鮭は時間が止まったかのように動かない。その中で刀の鍔と鞘が音を立てた時、鮭の肉体は弾けるように地を吹き出した。

 両足と頭はそのままに、鮭の身体は綺麗な切り身となって、地面に鈍い音を立てて落ちた。自分達のリーダーが一瞬で殺されたのを、周りの鮭が怯えた様子で見つめる。

 バージルは横目に鮭達を見る。その視線に死の恐怖を感じたのか、鮭達は野菜との抗争を忘れて一目散に逃げ出した。

 鮭の討伐は完了した。バージルは鮭の死体を確認しようともせず、巨大トマトに目をやる。

 

「スライスになる覚悟があれば、貴様も来るがいい」

 

 バージルは巨大トマトへと歩を進める。対するトマトは睨みを効かせていたが、先程のように吠えはしなかった。

 抵抗したいのに身体が動かない。そんな煩わしさを示すように、トマトの身体が震えている。

 

 巨大トマトは、力で他の野菜を率いていた。巨大トマトが絶対強者であるとわかっていたから、他の野菜も従った。

 恐ろしい鮭が相手でも怯まなかったのは、自分が絶対的な力を持っていると知っていたから。だからこそ脱走を起こし、鮭への抗争を仕掛けた。

 いずれは森を飛び出し、人間の村やモンスターの縄張りを蹂躙していたであろう。このトマトには、その力があった。

 

 しかしこの時、彼は思い知った。自分がいかに矮小な存在であったかを。

 そして理解した。目の前にいるこの男こそが、真の強者であることを。

 力こそが絶対──その理の頂に、彼は立っていることを。

 

「そうだ、それでいい」

 

 トマトは、まるで見えない力に押さえつけられるように地面へ落ちた。リーダーであるトマトが跪かせられたのを、周囲の野菜達は驚いた様子で見ている。

 だが、誰も助けに行こうとはしなかった。自分達ではあの男に敵わないと、彼等は既に理解していたからだ。

 食させる運命を受け入れるように、野菜達は目を閉じた。

 

 

*********************************

 

 

 朝の野菜騒動から時間が経ち、昼下がり。村の宿屋にて。

 

「今日は本当にありがとう。皆のおかげで、お野菜達を見つけられたわ」

 

 野菜を捕まえて森から帰ってきたバージル達は、エイミーから野菜料理を振る舞われていた。

 無論、捕まえた野菜を使っているわけではない。料理に使われたのは、道中で倒れていた野菜達である。

 「森で寂しい思いをさせるくらいなら、せめて私達が」と、エイミーは倒れた野菜を拾い集めて調理した。ついでに鮭も使われており、焼き鮭に色とりどりの野菜料理がバージル達の前に並んでいた。

 

「お安い御用さ。それに、お礼代わりに美味しい手料理を食べさせてもらってるし」

「野菜の質もあるだろうが、街の食処に出される物と比べれば悪くない」

「そうだろそうだろ! エイミーの料理は、なまらうめぇんだ!」

「にしてもミーアちゃん、すごい食べるね。その小さな身体にどれだけ入るんだい」

「笑顔でいっぱい食べるミーアちゃん、とっても可愛いわ……」

 

 大量に並べられた料理を、凄まじい速度で食べていくミーア。その姿にまたもやエイミーは心酔している様子。

 そんな中、ひとり不機嫌そうに食事を進めている人物が。ジト目でバージルを睨む、メリッサである。

 

「ひとまず解決したけど、貴方が勝手に飛び出してからは大変だったのよ? 鮭は襲うわ野菜は飛ぶわの大混戦。その状況で鮭だけを倒すんだから、余計に神経使っちゃったわ」

「五体満足で生きているのなら問題はないだろう」

「といった感じで、彼は結果オーライで済ませちゃうタイプだから」

「まったく……クリスの苦労している姿が目に浮かぶわ」

 

 反省の色を一切示さないバージルに、メリッサは呆れたようにため息を吐く。

 クリスと神器探しに出向いた時、彼が勝手に行動して危険な目にあった後は、決まってクリスからの説教を受けていた。もっとも、その説教は微塵も響いていなかったようだが。

 

「でも、貴方がすぐにトマトのもとに駆けつけてくれたおかげで、多くのお野菜達が救われたわ」

 

 彼等の話を聞いていたのか、エイミーが優しくバージルに話しかけながら彼の左隣に座る。バージルは彼女を横目で見たが、小さく鼻を鳴らして食事を進める。

 

 その時、彼の頭上にフワリと何かが乗った。

 

「よしよし」

 

 それは、エイミーの手であった。彼女は聖母のような眼差しを向けつつ、バージルの頭を優しく撫でる。

 突然のことにバージルは一瞬固まったが、すぐさま彼女の手を払った。

 

「ご、ごめんなさい……ナデナデは嫌いだった?」

「その子、あんまり頭を撫でられたくないそうよ。噛まれないだけ良かったわね」

「僕は、なんの躊躇もなく頭を撫でにいったエイミーさんに驚いたよ。急にどうしたんだい?」

「私、人の頭を撫でちゃう癖があって。頑張ってくれたバージルさんを見てたら、つい……」

「……気を付けろ。二度は言わん」

 

 申し訳ない表情のエイミーを見てか、バージルは必要以上に怒ることはせず。彼女をひと睨みするのみで食事を再開した。

 もっと怒るものだと思っていたのか、タナリスは珍しそうにバージルを見つめる。

 

「ずるいぞバージル! ミーアもたくさんけっぱったから撫でて欲しい!」

「あらあら、ミーアちゃんったら」

 

 そこで羨ましそうに見ていたミーアが声を上げる。エイミーは優しく笑って席を立ち、ミーアの隣へ。

 慣れたようにミーアの頭を撫でるエイミー。ミーアは気持ちよさそうに顔を綻ばせている。まるで母と子のような二人を、バージルは静かに見つめていた。

 

「もっと撫でて欲しかったのなら、エイミーさんにお願いしたら?」

「貴様もこの鮭共のように斬り刻まれたいのなら、遠慮せずに言うがいい」

「僕の切り身は、君の口には合わないと思うよ」

 




メリッサに続いてミーアちゃんとエイミーさんも登場させました。
このファン勢でバージルと絡ませるならこの三人かなと思って。

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