この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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Secret episode7「続・この物語にくだらない小話を!」

<chapter8:声>

 

 アレクセイ・バーネス・バルターは悩んでいた。

 

 彼は養子として迎え入れられた、アレクセイ家の長男。それ故か、父のアルダープとは似ても似つかぬ人間であった。

 容姿端麗、有智高才、温厚篤実。貴族の鑑といっても過言ではない男。家臣からの信頼も厚く、アルダープより彼に仕えたいというメイドは多い。

 

 ある日そんな彼に、見合いの話が持ち込まれた。だがそれは父アルダープが強引に取り付けたものだったので、最終的に彼は断る気でいた。

 しかし、その見合いが行われた後──彼は、相手の貴族を本気で好きになってしまった。

 

 彼女の名は、ダスティネス・フォード・ララティーナ。ダスティネス家の令嬢でありながら、冒険者として日々クエストをこなす女性。

 職業である聖騎士の通り、どんな力にも屈さない強靭な肉体と精神を持つ。そんな彼女に、バルターは惚れてしまった。

 しかし彼女は、見合いの際に連れてきた冒険者、サトウカズマに最も信頼を寄せている様子だった。自分の入り込む余地が無いほどに。

 見合いではサトウカズマへ譲るように自ら身を退いたが、諦めきれない思いが彼にはあった。

 せめて、ララティーナ様のお気に召す人間にならなければ。

 

「とは考えたものの……僕にこれが出来るだろうか」

 

 バルターは一冊の本を読みながら、不安を口にする。

 『相手を見下す口調を覚えよう』──本の表紙には、そう書かれていた。

 

 彼女は自分のような人間とは真反対の、常に相手を見下す悪徳貴族のような男が好みだと言っていた。

 悪徳貴族に成り下がるつもりは毛頭ないが、せめて口調だけは練習してみようと思い、バルターは書斎へ。そして、今の自分にうってつけな本を見つけたのだった。

 本に書いてあるのは、口に出すのも恐ろしい粗暴な言葉ばかり。ご丁寧に目線や手の仕草まで解説してあった。

 本音を言えばやりたくないが、彼女に見合う男になるためには必要な知識。あくまで勉学だと自分に言い聞かせ、彼は自室にあった全身鏡の前に立つ。

 

「親指を立てたら、自分の首を掻っ切る動作を見せて……」

 

 本に書かれていた内容通りに動きを模倣。どんな意味があるのかわからないが、下品ということだけは理解できた。

 次に、立てた親指が下へ向くように手首を捻り、自分なりに悪い表情を作って台詞を発した。

 

クズが(Scum)!」

 

 最後は相手を小馬鹿にした笑みも忘れず。鏡で挑発する自身の姿を見たが、教科書通りにはできていたように思う。

 終わった後、彼は小一時間の厳しい稽古が終わったかのように重い息を吐いた。

 

「本当に、ララティーナ様はこのような暴言を吐く男が好きなのだろうか……」

 

 一回試しただけなのに、大切な何かを失ったと錯覚するバルター。これでも本によればまだ初級編であり、その事実がバルターを更に疲れさせる。

 ひとまず今日はこれだけにしよう。そう思いバルターは鏡から背を向けると──。

 

「ご、ご主人様……」

「うわぁっ!?」

 

 部屋の扉から入ってきていたメイドの姿を見て、バルターは驚きのあまり本を宙に放り投げてしまった。本はそのまま曲線を描いて落ち、メイドの足元へ。

 彼女は本を拾い上げるとパラパラとめくり、納得がいったような表情を見せていた。

 

「いや、その……違うんだ。書斎で本を探していたら、たまたまこれが目に入って──」

「わかっておりますよ、ご主人様。ダスティネス家のご令嬢の件でしょう」

 

 まるでいけない本を見られた男のような慌てっぷりのバルターであったが、メイドは全て理解しているとばかりに頷く。

 

「あの方が求められていた男性像は、ご主人様とは真逆のものだったと聞いております」

「あ、あぁ。そうなんだ。だから、せめて口調だけでもと考えていたんだが……僕には厳しい世界だ。むしろこれで踏ん切りがついた。彼女のことはもう忘れ──」

「諦めるにはまだ早いですよ、ご主人様」

 

 バルターの言葉へ被せるようにメイドは進言する。メイドからの意外な励ましに、バルターは顔を上げた。

 

「ご主人様はアレクセイ家の長男として恥じぬよう、弛まぬ努力を積み重ねてこられました。その努力は必ず実を結びます。陰ながら見守っていた私が保証します」

 

 メイドはバルターの背中を押すように言葉を掛ける。彼が家臣を大切にするように、家臣も主を想っている。その証拠であろう。

 ──と思われたが。

 

「私が相手役を担います! 今度はこの言葉を練習してみましょう!」

「えぇっ!?」

 

 メイドはやたらと興奮した様子で、教科書を手にバルターへ迫ってきた。

 

「ご主人様のお声は優しい言葉だけでなく、相手を威圧する台詞も似合うと前から思っていたのです! この『失せろ!』とか『砕け散れ!』とか!」

「ま、待ってくれ。今日はもう終わりにしようと──」

「アルダープ様で慣れておりますので、私相手ならいくらでも罵詈雑言を浴びせてかまいません! むしろご主人様の罵声ならご褒美なので望む所です! あぁもう想像するだけでヨダレが! さぁ早く! 私にご主人様の言葉の鞭を!」

 

 例の彼女と同じ嗜好を持ち合わせていたメイドに迫られ、バルターは困惑するばかり。

 結局みっちり一時間、ドMメイドによる熱いドS言葉講座が続いた。

 

 

<chapter9:神に縋る者>

 

 アクセルの街に、ひっそりと経営しているバーがあった。

 住民で知る者は少なく、訪れるのは常連客ばかり。お忍び貴族、冒険者を引退した者、情報屋。その種類は様々。

 そんなバーに、一人の常連客が訪れた。

 

「マスター、今日はまだ開いてますか?」

「いらっしゃい。そろそろ来る頃だと思って開けたままだよ」

 

 扉が開き、マスターはいつものように挨拶を交わす。

 入ってきたのは、長い黒髪に眼鏡が似合う目つきの鋭い女性。アクセルの街に移動してきた王国検察官、セナである。

 

「いつものでいいかい?」

「えぇ。後でもうひとり来ますので、二つお願いします」

 

 セナはマスターに言葉を返すが、その声色には疲れが見える。先程まで仕事ずくめだったので、無理もない。

 彼女の注文を聞いたマスターはカウンターから姿を消す。それを見送ったセナはカウンター席に座り、疲労を吐き出すようにため息を吐いた。

 

 しばらく待っていると、再びバーの扉が開かれた。

 

「セナさん、もういらしてたんですね」

「ルナさんも、思っていたより早かったですね」

「今日は普段より仕事の量が少なかったので」

 

 現れたのは、この街の冒険者ギルドで受付嬢を務める金髪美人、ルナ。彼女等は時折、こうして酒を交わす仲であった。

 セナの隣へルナが座る。と、タイミングを合わせたようにマスターが戻り、二人にワインの入ったグラスを差し出した。

 二人はグラスを手に取り、乾杯の音を小さく鳴らす。ワインを一口飲んだのを見てマスターは隅の方へ移動し、グラスを磨き始めた。

 

 彼女等が交わす話題は様々だ。お互いの仕事について、街の噂話、魔王軍の動き、セナのとある趣味についてなど。職業柄か、二人とも敬語を崩さずに話し続ける。

 しかし、中でも熱量を感じさせる共通の話題がひとつ。

 

「そういえば……ギルドの通りにある武器屋の娘さん、結婚されたそうですよ」

「私も聞きました。相手は男冒険者だと」

「あの子、まだ二十代なのに……」

 

 二人は、婚期が危うい年齢(マストダイ)であった。

 顔も良く、プロポーションは多くの男が鼻の下を伸ばす程に優れている。しかし彼女達が求めているのは、自分の外面ではなく内面を見てくれる男性。

 欲を言えばイケメンで羽振りがよく、どんな危険からも守ってくれる強さを持った人。これらの条件を満たす者として挙げられるのは、勇者候補であるミツルギとバージル。

 だが彼等は、アクセルの街に住む女冒険者に聞いた『一緒にパーティーを組みたい男冒険者ランキング』でトップを争う程の人気。当然、倍率は高い。

 羽振りだけでいえばカズマの名も挙げられたが、セナとルナには下心しか抱かなそうなのと、いざという時に自分達を盾にして隠れそうだと容易に想像でき、却下された。

 

「私の婚期は、とっくの昔に過ぎてしまったのでしょうか……」

「諦めないでください! きっとセナさんの魅力に気付いてくれる男性が現れますよ! 女神エリス様は、諦めない人に手を差し伸べてくださるという言い伝えもありますから!」

「女神……そうですね。やはりもう、私が頼れるのは神しかいない」

 

 ルナの言葉を受け、セナは乾いた笑いを浮かべ、ポケットから一枚の紙を取り出す。

 不思議そうにルナが見つめる隣で、セナはおもむろに紙を開く。そして彼女の手にある紙の正体を知り、ルナは絶句した。

 

 『私はアクシズ教に信仰を捧げます』──アクシズ教への入信書であった。

 

「ここのバーへ寄る途中に、熱心なアクシズ教徒から受け取ったんです。彼女は言っていました。アクシズ教に入れば、運命の人と出会えること間違いなしだと」

「考え直してくださいセナさん! 貴方は今、人の道を踏み外そうとしているんですよ!?」

「でも……私が結婚するには、これ以外に方法が無いんです!」

 

 友人がアクシズ教徒に堕ちてしまうのを黙って見過ごせるわけがなく、ルナは必死に説得する。しかしセナの覚悟も堅い。

 自身の不甲斐なさに涙を流し、肩を震わせるセナ。そんな彼女にかける言葉が見つからず、ルナが焦っていた時だった。

 

「お困りのようだね」

 

 彼女等の耳に誰かの声が届いた。ここにいるのはルナ、セナ、マスターの三人だが、その声は誰のモノでもなかった。二人は声が聞こえた方へ顔を向ける。

 目に入ったのは、二人から数席空けてカウンター席に座る黒髪の女性。彼女は、二人にも面識のある人物であった。

 

「タナリスさん! どうしてここに!?」

「ここは僕がバイトで働いたことのあるバーでね。久しぶりに顔を出しに来てたんだ」

 

 タナリスの話を聞いてセナはマスターの顔を見る。彼は静かに頷くだけ。

 

「そういえばギルドってまだバイト募集してる? 最近短期のが一個終わったから、またそっちで働けそうなんだ」

「本当ですか!? 丁度人手不足で困っていたんです! タナリスさんなら歓迎ですよ!」

「えっ? タナリスさん、ギルドでも働いていたんですか?」

「はい、彼女は雑務から酒場のウエイトレスまで幅広く仕事をこなしてくださってたんです。他にもいろんな所でバイトをしていて、その何処でも評判がいいことから、バイト戦士なんて呼ばれているんですよ」

「やだなぁ、褒めたって何も出ないよ」

 

 ルナの褒め言葉にタナリスは得意げに笑う。職業は冒険者の筈であったが、話を聞く限りではいっそ冒険者を辞めた方が幸せになれるのではないか。

 そうセナが思いながら見つめていると、その視線に気付いたタナリスは席を立ち、セナの隣へ移動してきた

 

「ねぇセナさん。アクシズ教に入信するのが嫌なら、ここはどうかな?」

 

 タナリスは一枚の紙をセナに渡す。それはセナが持っていた物と同じ入信書であったが、その宗教名には『タリス教』と記されていた。

 

「女神タナリスを崇めるタリス教。祈りは一日一回でも一ヶ月に一回でもいい。エリス教やアクシズ教は敷居が高くて入りにくいって人にオススメだよ」

「タリス教……初めて聞きました」

「女神の名前はタナリスさんと同じなんですね」

「僕の両親が熱心なタリス教徒でね。何を思ってか、女神様と同じ名前を付けちゃったんだ。アクアと似たようなものかな。流石に女神を自称したりはしないけど」

 

 タナリスの説明を聞いて、二人は納得のいった表情を見せる。

 しかし、女神の名は今まで聞いたことがない。つまり超が付くほどのマイナー宗教。そこに入信するのは少し勇気がいる。

 セナが入信書を前に躊躇していると、タナリスは囁くように彼女へ告げた。

 

「タリス教のメインは入信者同士の交流。定期的に交流会なんかも開かれててね。そこで出会った武器屋の娘と男性冒険者が最近結婚したとか」

「「入信します!」」

 

 二人のタリス教徒が誕生した。

 

 

<chapter10:魔剣の行方>

 

 アクシズ教団、アクセル支部。その教会に一人の少女が来訪していた。

 

「セシリーさん、来ましたよー」

 

 とんがり帽子にローブ、眼帯。アクセルの街随一の魔法使いことめぐみんである。彼女は友人の家に来たかのような軽さで教会の中へ入る。

 すると、彼女の声を聞きつけた教会の主が奥の方からドタドタと足音を立てて駆けつけてきた。

 

「いらっしゃいめぐみんさん! 最近ロリっ子成分を補給できていなくて困ってたの! さぁ、セシリーお姉ちゃんの胸に飛び込んで、私にめぐみんさんの芳しい香りを嗅がせて!」

「そんなことのために呼んだのなら帰りますね」

「あぁ待って! 今のはほんのご挨拶だから!」

 

 出会って数秒でセクハラ発言をかましてきたセシリーに呆れ、めぐみんは踵を返そうとしたが、セシリーが慌てて止めてきた。

 事の始まりは数時間前。朝、屋敷でくつろいでいた所にセシリーが訪問し、めぐみんに頼みがあると伝えてきた。詳しい話は教会で話すとのことであったので、彼女はこうして足を運んできたのだ。

 

「で、頼みとはなんですか? 先に言っておきますが、勧誘の手伝いはしませんよ。ウチの隣にある便利屋にでも頼んでください」

「そこには既に頼んだわ。手伝うくらいなら草むしりでもしていたほうがマシだって足蹴にされたけど。ホント乱暴な方ね、あの便利屋さん」

 

 頬を膨らませて怒るセシリー。彼女の話を聞いて、そうなるだろうなとめぐみんは内心思う。

 しかし勧誘以外に頼みがあるとすれば、彼女の好きなところてんスライム関連であろうか。めぐみんが予想していると、セシリーは「ついてきて」と伝え、教会の奥へ。

 扉を開けて先に進むと、厨房に繋がっていた。やはりその類かと思っていたが、セシリーが手で指したのは部屋の片隅。そこに立てかけられてた、一振りの剣であった。

 

「この剣は……」

 

 見た目は上物に思える両刃剣。どこか見覚えもあったのだが、めぐみんは思い出せずにいる。

 

「あの魔剣の勇者様がかつて持っていた魔剣よ! 何故か道端のお店で売られていたのを発見して、それを購入したチンピラ冒険者に美人プリーストたる私の色気を見せたら、タダで譲ってもらえたの!」

「つまりチンピラ冒険者にしつこく絡んで、根負けした相手が魔剣を置いて逃げていったと」

 

 魔剣よりも身の安全を選んだのであろう。流石は魔王軍より恐ろしいと噂のアクシズ教徒といったところか。

 因みにめぐみんは、魔剣の勇者という言葉を聞いてようやく剣の名前を思い出した。所持者の顔と名前は一向に出てこなかったが、今はどうでもいい情報だと判断して思い出すのをやめた。

 

「魔剣グラムと、あの男は言っていました。それに、女神様から授かったとかなんとか……」

「アクア様から!? 言われてみれば確かに、この魔剣からアクア様の御加護をそこはかとなく感じる気がするわ!」

 

 女神と聞いただけで女神アクアだと断定するセシリー。もっとも彼は同名のアクアにご熱心だったので、間違いではないのだろう。

 

「それで、この魔剣がどうかしたのですか? そもそも、何の為に魔剣を手に入れたのですか?」

「これを使ってあのイケメン君を脅せば、アクシズ教に勧誘どころか私と結婚して存分に甘やかしてもらえると考えていたのだけれど、肝心の彼がいないのよ」

 

 ちゃっかり彼にとってはた迷惑な計画を企てていたセシリー。脅すことに罪悪感を一ミリも抱いていない彼女に、めぐみんは内心呆れる。

 

「まずは彼をこの街に、この教会へ誘い込む必要があるの。そこでめぐみんさん、何かいい案はないかしら?」

「帰っていいですか」

「お願い待って! アクシズ教団へ様々な勧誘方法を授けたというめぐみんさんの知恵が必要なの! めぐみんさんの功績を街の人々にも伝えて、めぐみんさんを称えるよう促すから!」

「わかりました! 引き受けますよ! その代わり、今の話は絶対に言いふらさないでくださいね!」

 

 アクシズ教の被害を受けた住民からフルボッコされる未来を阻止すべく、めぐみんは慌てて頼みを引き受けた。セシリーが落ち着いたところで、めぐみんは魔剣を前に独り考える。

 

「どう? 何か思いつきそう?」

「そうですね……やはりこの教会で魔剣を預かっていると広めてしまうのが早そうですが、それだけでは紅魔族的にナンセンスです」

 

 せっかくなら紅魔族らしい演出を。魔剣を活かした設定をすぐに考えついためぐみんは、マントを翻してセシリーに向き直った。

 

「この教会に魔剣を封印するのです!」

「へっ?」

「女神より授けられた魔剣が悪しき者の手に渡らぬよう、同じく女神の恩恵を受ける聖職者が封印し、守り続けるのです。真の勇者が現れるその日まで。そのためには剣を刺せる台座か、丁度いい大きさの岩が必要ですね。場所は木のそば辺りがよさそうでしょうか」

 

 我ながら良い設定を思いついたものだと自画自賛する。一方で話を聞いていたセシリーは口を開けてポカンとしていたが、しばらくして彼女は両目を輝かせた。

 

「そういうことね! 流石だわめぐみんさん!」

「フッ、私にかかればこの程度──」

「封印されし魔剣をダシに宣伝すれば、魔剣欲しさに教会を訪れる人が増える! その挑戦者はアクシズ教徒のみに限ると条件を設けて、魔剣は絶対に抜けないよう細工をすれば、入信者を増産させる装置の完成ってわけね!」

「えっ? いや、私はそんなこと言ってな──」

「で、いずれ魔剣の噂を聞きつけた彼が教会を訪れた時には、魔剣を抜けるようにしておく! そして魔剣を抜いた彼に私はこう言うの。この魔剣を抜いた真の勇者と、魔剣を護りし女神の使いは古来より結ばれる運命にあると……結果、あのイケメン君はアクシズ教に入信した上に、私を甘やかしてくれるお婿さんになってくれる! なんて完璧な計画なの! めぐみんさんの才能が恐ろしいわ!」

 

 めぐみんとしては封印された魔剣とそれを守護する聖職者、という設定を出しただけなのだが、セシリーはその先まで見据えてしまったようで。

 

「アクア様! 私、幸せになります!」

 

 もはやめぐみんの声は届かない。セシリーは魔剣の勇者と結ばれた未来を想像し、だらしない顔を浮かべている。

 自分は犯罪に近い行為に加担してしまったのかもしれない。そんな罪悪感をめぐみんは抱いたが──。

 

「(まぁ、この街の住民のガードは固いですし、最終的に犠牲になるのがあの男なら問題ありませんね)」

 

 もし問い詰められても、自分は原案を出しただけでほとんどの脚色はセシリーがつけたと主張すればいい。

 妄想の世界へ旅立ったセシリーを放置し、めぐみんは教会から去っていった。

 

 

<chapter11:剣の名は>

 

 

 王都の昼下がり、とある喫茶店。

 仲間と街を歩いていたカズマはミツルギとバッタリ出会い、彼から話があるということで喫茶店に案内された。

 そこで魔王軍の近況、王都を騒がす義賊等の話を交えた後、そろそろアクアを連れて出るかとカズマが考えていた時だった。

 彼等が座る席に、冒険者と思わしき若い女性が近寄ってきた。普段なら自分にもファンができたかと勘違いしてしまうカズマであったが、今回は違う。

 

「あの!『勝利の剣』のミツルギさんですよね! ずっとファンだったんです! 握手してください!」

 

 今、自分の隣には女性から圧倒的な支持を受けるミツルギがいた。女性は勇気を振り絞ってミツルギに手を差し出す。

 

「ありがとう。服装を見るに、君も冒険者かな?」

「は、はい! ミツルギさんに憧れて、ソードマスターに転職しました!」

「あはは、なんだか照れるな。正直、僕は剣士としてまだまだだけど……君なら強い剣士になれるよ。頑張ってね」

「へぁ、あ、ありがとうございしゅ!」

 

 対するミツルギは迷うことなく手を握り、優しい笑顔で女性に言葉をかけた。女性は真っ赤に染まった顔を隠すように頭を下げ、そそくさと店から出ていった。

 どう見ても照れ隠しなのだが、それに気付かないミツルギは「言葉を間違えたかな」と反省していた。そんな彼を、カズマとベルディアは面白く無さそうな顔で見つめていた。

 

「俺に魔剣を盗られたら返せと懇願して、腕相撲では俺に速攻で負けた魔剣の勇者さんが、随分と人気者になったな」

『全くだ。俺の力が無ければ一般人よりちょっと強い程度の小僧が図に乗りおって』

「つーかなんだよ『勝利の剣』って。いつの間にそんな二つ名貰ってたんだよ」

「王都で魔王軍と戦っていたら、知らない内にそう呼ばれるようになったんだ。その戦場に必ず勝利をもたらすからって理由らしい。それだけ王都に住む人々から期待されているってことなのかな」

 

 ミツルギは自分の手に目線を下ろし、決意めいた表情を浮かべる。別に理由を聞いたつもりはないんだかと、勝手に自分語りされてカズマは更にムカついた。

 

「魔剣グラムを失った時は絶望したけど、今の僕には新たな魔剣と聖剣がある。あとは、剣を最大限に扱える力さえれば……」

「そういやお前、二刀流で戦ってたな。魔剣はベルディアのだとして、聖剣はどっから手に入れたんだ?」

「元は普通の剣だったよ。強化を重ねていく内に、聖剣になったってところかな」

「へぇー」

 

 てっきり強力な聖剣を高い金で買い取り、聖剣で無双(俺TUEEEE)しているのかとカズマは思っていたが、彼なりにイチから努力しているようだ。

 一方、ミツルギはカズマに向き直るとそのまま言葉を続けた。

 

「剣の名は、聖剣ミツルギ」

「はっ?」

 

 彼の口から飛び出したのは、聖剣の名前。それがあまりにも予想外過ぎて、カズマは思わず聞き返した。

 

「この剣は、僕にとって新たな始まりだった。そして、僕と共に成長してきた。この剣は僕そのものだ。だから自分の名前を付けたんだ」

 

 カズマが困惑していることなどいざ知らず、ミツルギは名付けた理由を話してくる。隣のベルディアはこれに何も言わない。むしろウンウンと頷いている。

 剣に自分の名前を付ける。普通に考えれば痛い奴だが、ここは異世界。サンマは畑から収穫し、キャベツが空を飛ぶ世界だ。痛い奴を具現化したような紅魔族も、他の種族からは変なノリ程度にしか思われていない。

 むしろ冒険者にとっては浪漫なのかもしれない。自身の名を冠する剣が、邪悪なドラゴンや魔神を倒したとして後世に語り継がれる。まさに王道ファンタジーだ。

 しかし、どうしてもひとつ引っかかる点があり、カズマは尋ねた。

 

「お前の名前って、漢字でどう書くの?」

「漢字か、懐かしいな。名字は確か御の字に剣で──」

 

 長い異世界生活。漢字のことなどすっかり頭から離れていたのだろう。ミツルギはそこまで話したところで、ハッとした表情を見せる。

 カズマの言わんとしていることに気付いたのであろう。聖剣の名前の、重大な欠点に。

 

「ってことは、聖剣()(けん)? うわ、ダッサ……」

「やめろサトウカズマ! 音読みに直すな!」

 

 もうひとつの正しい読み方で聖剣の名前を口にされ、ミツルギは怒りと羞恥が入り混じった表情で声を荒げた。音読みも漢字も知らないベルディアは、二人の会話に首を傾げるばかり。

 

「いやまぁ、いいんじゃないか。他の人からすればかっこいいだろうし。これからも頑張ってくれよ。魔剣ベルディアと聖剣()(けん)で戦う魔剣の勇者もとい勝利の剣の()(けん)キョウヤ君……ブフッ!」

「ミツルギだ! ミツルギキョウヤ! 本当に君という男は……! 今度勝負する時が来たら容赦しないからな!」

 

 今度こそ完膚なきまでに叩きのめす。腹を抱えて笑うカズマに、ミツルギはそう誓った。

 翌日、彼は記念すべき三敗目を叩きつけられることになるのだが。

 

 

<chapter12:恋心>

 

 王都の中心に建つ王城。先日の義賊騒動を受けて、騎士団がいっそう気合を入れて鍛錬に励んでいた昼下がり。

 

「ハァ……」

 

 城の最上階。廊下を歩いていたクレアが小さくため息を吐いた。その隣にいたレインは、クレアの様子が気になり声を掛ける。

 

「どうされましたか? 先程から浮かない顔ですが……」

「いや、大丈夫だ。気にしないでくれ」

「もしかして、ミツルギ様の件ですか?」

 

 あたりをつけて尋ねると、クレアは否定せず目を背ける。そして、僅かながら頬が染まっていたのをレインは見逃さなかった。

 その理由は聞かずともわかる。レインは微笑みながら言葉を続けた。

 

「寂しいですよね。クレア様も彼と談笑されている時は楽しそうにしていましたから」

「わ、私は別にそういう気持ちを抱いているわけでは──!」

「そういう気持ちってどういう気持ちですか?」

 

 慌てて否定したクレアへ、レインは被せるように詰め寄った。墓穴を掘ったと自覚したのか、クレアの顔が更に赤く染まる。

 普段は貴族としての上下関係から、弄ることなどしないレイン。珍しいクレアの姿を見ていて楽しくなり、ニヤニヤと笑う。

 

「クレア様も、アイリス様のように素直になってもいいと思いますよ」

 

 身分を気にせず、対等に話してくれた彼へ恋い焦がれる少女のように。クレアの本心を打ち明けさせるべく、レインは優しく言葉を掛ける。

 と、クレアは何かに気付かされたかのような表情を見せ、口を開いた。

 

「そうだ! 私にはまだアイリス様がいる! むしろそれが私の本望だった筈だ!」

「えっ? あれ?」

 

 想定外の反応を見せてきたクレアに、レインは困惑する。しかしクレアの興奮は留まることを知らず。

 

「たとえミツルギ殿と会えなくなろうと、アイリス様の御尊顔を毎日拝めるだけで私は幸せなのだ! あの透き通った瞳に艶やかな金色の髪、花畑にいるかのような香りに、思わず抱きしめてしまいたくなる小柄さ! あぁ、アイリス様……!」

「クレア様!? 顔が色々と危ないことになっていますよ!?」

「アイリス様は汚れを知らぬ純白の少女だった! だというのにあの男は、アイリス様に変な知識を与え、あまつさえお兄様と呼ばれるなど……!」

 

 アイリスへの歪んだ忠誠心を露呈したと思えば、今度はアイリスの新しいお兄様への激しい怒りを放出させた。

 

「確かあの男は、アイリス様と身体を入れ替えて私を浴場へ誘い込んだ。その時に奴は間違いなく、アイリス様のあられもないお姿を……! 断じて許せん! 次に会った時は私の復讐も兼ねて、絶対にぶっ殺してやる!」

 

 怒りの感情を爆発させるクレア。賊として対峙した時に酷い事をされたとだけは聞いていたが、彼は一体何をしでかしたのか。

 こうなっては手がつけられない。レインは苦笑いを浮かべると共に、ミツルギを見送ったのは間違いだったのではと後悔した。

 

 

<chapter13:心の器>

 

「あー……ひもじい」

 

 アクセルの街、ギルド併設の酒場。ダストは野菜スティックを口に加えたまま嘆いていた。

 彼と同じ席に座っているのは、パーティーメンバーであるリーン、キース、テイラーの三人。彼等の前には野菜炒めや肉料理と酒が並んでいる一方で、ダストの前には野菜スティックが入ったコップとお冷のみ。

 

「なんで俺だけ貧相なんだよ」

「アンタがここのツケを一切払わなかったからでしょ」

 

 文句を垂れるダストへ、リーンが切り捨てるように告げる。その言葉を聞いた仲間の二人も、ゆっくりと頷いた。

 酒を飲んでおきながら「今は手持ちが無いから」とツケにする。収入が不安定な冒険者の間ではよくある話なのだが、ダストに関しては酷かった。

 ツケるだけツケておいて金は一切払わない。クエストで稼いだかと思えば、何に使ったのか翌日には所持金ゼロ。更には仲間から金を借りっぱなし。アクセルの街随一のクズは誰かと聞かれれば、ほぼ全ての住民がダストを挙げるであろう。

 結果、ツケていた店からは出禁や注文制限を食らい、この酒場では野菜スティックとお冷しか頼めなかったのである。

 

 こんなことなら、あの女に意地でも魔剣を譲るんじゃなかったと、ダストは数日前の出来事を悔やむ。と、目の前で野菜炒めを頬張っていたリーンが話を振ってきた。

 

「おいしい料理にありつきたかったら、少しでも返済しときなさいよ。今日クエストで稼いだでしょ?」

「嫌だね。コイツの使いみちはもう決まってんだ。その為なら酒も肉も我慢してやるさ」

「俺の記憶が正しければ、お前が似たような事を言った翌日は所持金が無くなっていたと思うのだが。大方ギャンブルで大負けしているのだろう?」

「確かにギャンブルに使う時もあるけど、今回はちげーよ」

「じゃあ何に使うつもりだ? 寄付なんて見え透いた嘘は通用しないぞ」

「寄付、ね……鈍そうに見えて意外と鋭いじゃねぇか」

 

 逃げ出そうとした野菜スティックを咄嗟に捕まえ、含みのある言葉でダストは返す。信じられていないのか、テイラーとリーンからは疑いの目を向けられる。ただ一人、真実を知る同胞のキースを除いて。

 そう、彼等は寄付をしている。とあるお店で働く訳ありの住人達へ。そのお礼として、良い夢を見させてもらう。それだけだ。やましいことなど何もない。

 

「おまたせしましたー。シュワシュワおかわりでーす」

 

 とそこへ、ウエイトレスが追加のシュワシュワを三杯持ってきた。シュワシュワを受け取ろうとリーン達はウエイトレスへ顔を向ける。

 そして、自分達のテーブルへ来たウエイトレスが見知った顔であったことに気付いた。

 

「あれ? タナリスちゃん?」

「君がその格好でここにいるということは……」

「うん、またここでバイトさせてもらってるんだ」

 

 現れたのは、ウエイトレスの格好に身を包んだタナリスであった。以前もギルドでバイトしているのをダスト達は見かけたことはあったが、どうやら再雇用されたようだ。

 

「お給料も悪くないし、冒険者からいろんな情報を聞ける。ついでにタリス教への勧誘もできちゃう。一石二鳥どころか一石三鳥だよ」

「いや、流石にバイトで勝手に宗教勧誘しちゃうのはマズイんじゃ……」

「ところがどっこい、ギルドのお姉さんから許可を貰ってるのさ。むしろドンドンやってくださいって」

 

 タナリスはシュワシュワの入ったジョッキをリーン達の前に置く。当然のようにダストには何も渡さなかった。

 

「なぁタナリスちゃんよ。知り合いのよしみってことで、今日だけ一杯奢ってくんねぇか?」

「僕たちそこまでの仲じゃないよ。ちょっとでもツケを払ってくれるのなら考えてあげるけど」

 

 ダメもとでダストは奢りを頼んでみたが、あっさりとタナリスに返された。ダストは小さく舌打ちをする。

 

「さっきの話、聞いてたよ。クエストで稼いだんだってね?」

「この金はもう先約が入ってんだ。払ってほしけりゃ順番は守りな」

「ちゃんと列には並んでるよ。君が列を無視して誰かさんを贔屓してるから、いつまで経っても順番が来ないだけさ」

「知り合いや顔なじみに割引したりするだろ? あれと同じだ。そっちが何かしら特典でもつけてくれるってんなら、優先してやらないこともないぜ?」

 

 断固として支払う意思を見せないダスト。さらに上から目線で見返りを求める姿勢に、仲間達はドン引きする。

 やがてタナリスはため息を吐く。諦めてくれたかと思ったが、彼女はダストにひとつ提案をしてきた。

 

「それじゃあ、僕と勝負をしないかい? 時間は三分。君が一回でも僕にタッチできれば勝ちってルールで」

「俺が勝ったらどうなるんだ? 今までのツケを取り消してくれるのか?」

「もちろん。逆に君が負けたら、今あるお金を全額ツケの支払いに回す。悪くない条件だと思うけど」

 

 勝てばツケ取り消し。負ければ全額没収。勝負内容もこちらに十分勝ち目がある。ダストは引き受けようと口を開きかけたが──。

 

「いや、やっぱりお断りだ。そもそも俺がバージルに負けた時のルールじゃねぇか。その時点でキナ臭ぇ」

 

 何か裏があると読み、ダストは勝負を断った。

 タナリスは、一見華奢な女性だがレベルは高い。腕相撲で男冒険者をなぎ倒していったアクアのように、見た目だけでは計れないステータスを持っている。

 無策に挑んでも、バージルの時と同じく一度も触れられずに終わる。ならばいっそ、挑まないという選択肢を取るのが吉だ。

 

「この好条件でも動かないなんて、ごうつくばりだなぁ。じゃあ……」

 

 タナリスは呆れたように呟くと、スカートの裾を指で掴み、ほんの少しだけ裾を上げながら告げた。

 

「タッチした数に応じて、脱いであげるよ」

「乗った」

 

 その一言で、ダストの重い腰は軽々と上がった。一連の流れを聞いていたリーンは、嫌悪すら感じさせる眼差しをダストに送っていた。

 タナリスの発言を聞いていた周りの冒険者は一様に鼻の穴を広げて二人に目を向ける。二人は睨み合いながら、掲示板前のひらけた場所へ移動する。

 

「俺は女相手でも勝負なら容赦なくやらせてもらうぜ。今更やめようなんて言わせねぇぞ」

「君の噂はバイト先でよく聞いてたからご心配なく。服の枚数以上にタッチできたら、好きなようにしてもらって構わないよ」

 

 断るどころか、男の欲望を更に掻き立てる言葉で挑発してきたタナリス。ダストはスティール前のカズマのように、手をいやらしくワキワキさせる。

 相手に作戦があることは百も承知。そしてダストは、既にひとつの策を考えていた。

 目の前で軽く準備運動をするタナリス。両者の距離はおよそ5メートル。野次馬の男冒険者達がダストを応援する中、彼女はダストに向き直った。

 

「早速始めようか。よーい──」

「スタートォッ!」

 

 タナリスの声に被せるようにダストは開始の合図を出し、かつタナリスへ向かっていった。

 先手を打たれる前に奇襲で終わらせる。それがダストの策であった。このまま捕まえてしまえばタッチし放題。ツケは取り消され、タナリスをあられもない姿にして好き放題できる。

 その夢を掴むようにダストは手を伸ばす──が、タナリスは予想通りとばかりに広角を上げ、ダストへ手をかざした。

 

「『パラライズ』!」

「あぐっ!?」

 

 至近距離で麻痺魔法を放たれ、あと一歩のところでダストの動きが止まった。身体は痺れ、必死に手を伸ばそうとするも言うことを聞かない。

 

「て、てめぇ! 魔法使うなんて卑怯だろ!」

「誰も魔法禁止だなんて言ってないよ。因みに、超至近距離かつ魔力も込めて放ったから、三分は動けないんじゃないかな」

 

 動けないダストを嘲笑うかのように、タナリスはわざと顔を近づけさせる。タナリスの話が本当なら、このまま何もできず負けてしまう。

 何やってんだと野次を飛ばす観客達。気合でなんとかならないかとダストは踏ん張るが、現実は非情なり。指一本すら動かない。

 

「リーン、悪いけど僕の代わりにダストの財布を取ってくれるかな。捕まりたくないからさ」

「……ま、自業自得ね」

 

 タナリスに言われ、リーンはやれやれと立ち上がる。動けないダストのもとへ近寄った彼女は、ダストのポケットに手を入れた。

 

「おいリーン! 俺達仲間だろ!? こういう時は助け合うもんじゃねぇのか!?」

「欲に負けた惨めな変態を助ける義理なんて私にはないから」

「俺の寄付で笑顔になってるあの子達を悲しませちまうんだぞ! それでもいいのか!?」

「アンタ、まだその嘘が通じると思ってるの? 真っ当に寄付してるエリス教のプリーストに謝りなさいよ」

 

 辛うじて動く口で助けを求めるが、リーンは一切受け取らない。彼のポケットから財布を取り出し、タナリスへ渡す。

 今晩の良い夢となる筈だった金が財布から抜き取られるのを見て、ダストはたまらず叫んだ。

 

「お前、いつの間にそこまで非情な女に堕ちちまったんだよ! 胸だけじゃなく心の器まで小さくなったら、誰にも見向きされなくなるぞ!」

 

 ──空気が凍った。

 興奮していた野次馬もどこへやら。辺りは静まり返り、ダストの声だけがこだまする。

 何故急に周りが静かになったのかダストは疑問に思っていたが、すぐにその原因は判明した。

 

「ねぇ、今なんて言った?」

 

 背筋も凍る冷たい声で尋ねながら、リーンはダストへ振り返った。彼女の声と表情で、ダストはようやく自分が犯してしまった過ちに気が付いた。

 微笑んでいるが、目は笑っていない。こういう時のリーンはヤバイ。過去の経験からダストは身を持って理解していた。今の自分にできるのは弁明のみ。

 

「心の器が小さいと……」

「うんそっちは聞いた。もうひとつ、何が小さいって?」

「し、身長です」

「正直に答えて。次また嘘吐いたら魔法撃ち込むから」

 

 誤魔化しは通用しない。あのバージルと同等、もしくはそれ以上の気迫を感じさせるリーンに、ダストは恐怖で震え上がる。

 今すぐここから逃げ出したい。しかし『パラライズ』をかけられているため逃げられない上、嫌でもリーンの顔から目を背けない。

 『パラライズ』をかけたタナリスは、苦笑いを浮かべて二人を見守っている。視界に映る野次馬は皆、怖さのあまりか下を向いていた。

 

「大丈夫よ。ちゃんと答えてくれるだけでいいから。器が小さいことは反省してるの。だから、私の何が小さいのか教えて」

 

 すると、リーンはダストを安心させるように告げる。正直に話せば何もしない。そう受け取れる言葉を。

 自分に残された選択肢はひとつしか残されていない。ダストは僅かな希望を願い、真実を伝えた。

 

 

「おっぱい」

死ね(Die)

 

 

 数分後、ギルドの外にはゴミのように捨てられ一文無しになったダストの姿があった。

 

 

<chapter14:悪夢>

 

 王都のとある宿屋。そこに宿泊していた冒険者がひとり。

 

「ベルディア、ちょっといいかい」

『ムッ?』

 

 魔剣の勇者ミツルギ。王都で活躍中のソードマスターであるが、近々王都を離れてアクセルの街へ戻ろうと考えていた。

 その、王都を離れる前日の夜。ミツルギは呑気に窓の外を眺めていたベルディアへ声を掛ける。

 

「ゆんゆんの持っていた鞭を覚えているかい?」

『あぁ、お前が使ってポイしたアレか』

「事実だけどその言い方はやめてくれないかな」

 

 堕天使との戦闘でゆんゆんが使用していた、魔法を無効化する武器。

 彼女曰く、とある者の素材が使われたという。『魔術師殺し』という兵器を取り込み、悪魔の力を宿していたという魔王軍幹部。

 

「シルビア──その名前を聞いた途端、やけに怯えていたけど何があったんだい?」

『チッ……余計なことを思い出しおって』

 

 ミツルギの質問を聞いて、ベルディアは不快そうに言葉を吐く。

 

『奴には悪夢を見せられた。この俺が恐怖で震え上がるほどのな。悪いが言えるのはここまでだ。正直、思い出したくもない』

 

 窓の外に映る星空を眺め、ベルディアは語る。『勇者殺し』と呼ばれる程の男である彼が見た悪夢。

 本人はこれ以上掘り起こされたくない様子であったが、ミツルギはそれでも諦めなかった。知らなければならない理由があった。

 

「その記憶を、僕にも見せてくれないかい?」

『なんだと?』

「お前の記憶は『魂の共鳴(ソウルリンク)』の影響でいくつか見てきた。でも、今話した記憶は知らない。だから僕は、お前の見た悪夢の中へ飛び込みたいんだ。さらなる高みを目指すために」

 

 ベルディアの悪夢を知れば、二人の魂はさらに共鳴し、今以上の力を得られる筈。そう考えての提案であった。

 ベルディアは正気かと釘を刺す。しかし、本気を感じさせるミツルギの顔を見てか、彼は諦めたように息を吐いた。

 

『いいだろう。俺が味わった悪夢を、お前の記憶に刻み込む。今日は長い夜になるぞ』

「覚悟の上さ」

 

 ミツルギは部屋の電気を消し、ベッドに寝転がる。

 怪しく光ったベルディアの目を確認し、ミツルギは深い眠りへと堕ちた。

 

 

 

 それから時間が経ち──翌日。

 ミツルギも泊まっていた宿屋のエントランス。そこで雑談を交える女性が二人。彼のパーティーメンバーであるクレメアとフィオだった。

 二人が昨日の街中ぶらり旅について語り合っていると、彼女等のもとに歩み寄る人物が。足音に気付き、二人はそちらへ顔を向ける。

 

「キョウヤ! おはよう! よく眠れた?」

「あ、あぁ……二人ともおはよう」

 

 元気に笑うクレメアとは対照的に、ミツルギは静かなテンションで返す。笑顔は見せているが、どことなく疲れを感じさせる。

 先日の黒騎士戦による疲れがまだ取れていないのであろう。そう推測したフィオは、ミツルギに近寄りながら提案した。

 

「昨日ね、クレメアと王都を散策してたら美味しいスイーツのある喫茶店を見つけたの。喫茶スゥイート甘々亭っていうんだけど、そこではカップル限定メニューなんかもあって──」

 

 一緒に行こうと伝えようとしたフィオであったが、彼女はある事に気付き、思わず声も足も止めてしまった。

 

 自分が近寄ろうとした時、それを拒絶するようにミツルギが退いたのだ。

 突然の出来事にフィオは目を疑ったが、確かめるようにもう二歩足を進める。が、同じくミツルギも二歩下がった。

 これ以上僕に近寄らないでくれ──そう言いたげな、彼の暗い顔をフィオは見てしまった。

 

「キョウヤ、どうして……?」

 

 普段なら抱きつきにいっても嫌な顔ひとつ見せなかったのにと、ショックのあまりフィオの目に涙が浮かぶ。

 一方で、二人の間に何が起こっているのか理解できてなかったクレメアは、困惑した様子で二人を交互に見ている。

 しかし、依然としてミツルギは口を閉ざしたまま。それを見かねたのか、ミツルギの背後からニュルリとベルディアの霊体が姿を現した。

 

『一から説明すると面倒なので省くが、わけあって今のミツルギは、胸が大きい女性に激しい抵抗を覚えている』

「はっ?」

 

 突如出てきたかと思えば、ワケのわからないことを口走るベルディア。拒絶された悲しみもあって理解が追いつかず、フィオは混乱する。

 と、ベルディアの話を聞いていたクレメアが恐る恐るミツルギへ近寄る。しかしフィオの時とは違い、ミツルギは逃げようとしない。

 それどころか、クレメアが彼の隣まで近寄れた時、ミツルギは安心したように呟いた。

 

「不思議だな……どういうわけだか、クレメアの傍にいると心が落ち着くよ」

 

 その言葉は、フィオを絶望のどん底へ突き落とすには十分過ぎた。

 

「キョウヤ……! やっぱり小さい胸の女性がタイプだったのね! そうよね! 胸が大きくても良いことなんて何ひとつないんだから!」

「ち、違う! 違う違う違う! キョウヤは胸の大きさで態度を変えたりしないわ! こんなのキョウヤじゃない! キョウヤはそんなこと言わないもん!」

 

 完全に告白されたと思い込み、舞い上がるクレメア。一方でフィオは現実から目を背けるように声を荒げる。

 やがて、その怒りの矛先はフワフワ浮いているゴーストへ向けられた。

 

「ベルディア! キョウヤに一体何をしたのよ!?」

『アイツの望むがままに、俺の記憶を一部見せただけだ』

「ホントに何してんの!? ていうか胸の大きな女性を嫌がるようになる記憶って何なの!?」

『俺から言わせれば、あれでもかなり頑張ってるほうだぞ。豊満な女性を見れば一週間はトラウマで泣き叫ぶほどのショックを受けた筈だが、奴は距離を空けるだけで留まっている。心の強さは人間だった頃の俺以上かもしれんな』

「感心してないでキョウヤを元に戻してよ! こんなの耐えられない!」

 

 フィオは縋るようにベルディアへ頼み込んだが、あとは本人次第なのでいつまでかかるかわからないと返された。

 結局、ミツルギがメンタルリセットするまで五日かかり、その間フィオは自分だけミツルギに近寄れない虚無の時を過ごした。

 そして彼が復活したと思いきや、今度はフィオがメンタルブレイクされており、王都を発つ予定は十日ほど遅れてしまった。

 

 

<chapter14:Worst nightmare ~真の悪夢~>

 

 

 冷たい風が、辺りの木々や草を揺らす。

 建物も何もない殺風景な平地。そこに立つ、一人の男がいた。

 

「ここは……」

 

 銀髪に青いコートがトレードマーク、バージルである。目を開けた彼は周囲を見渡す。

 王都からアクセルの街に帰り、クリスの声が耳にこびりつくほど長い説教を聞き終えた夜。自宅のベッドで眠り、気が付いたら彼はここにいた。見覚えのあるこの場所に。

 夢の続きを見るように、彼は次第にここで起きた出来事を思い出していく。今回は椅子が用意されていないのを確認すると、バージルはここにいるであろう人物へ声を掛けた。

 

「終幕まで見終えたつもりだが、カーテンコールまで見せるつもりか?」

 

 バージルがそう言って振り返った先にいたのは、黒いコートを纏う黒髪の男。その後ろには怪物もいたが、今回は椅子に座っておらず、立った状態で辺りを見回している。

 黒髪の男は気だるそうに息を吐き、バージルと目を合わせる。そして、困ったように肩をすくめた。

 

「俺にもわからん」

「……どういうことだ」

「言葉通りの意味だ。何故お前がここにいて、俺達もいるのか。悪夢の見逃し回は無い筈だが……」

 

 彼にとっても不測の事態。バージルは男から目を離し、再び周囲を確認する。三人以外は誰もいないと思われたが──。

 

「見ろ、あの先に誰かいる」

 

 バージルは視線の先に人影を見つけ、それを伝えるべく指差した。黒髪の男と怪物はそちらへ顔を向ける。

 誰もいなかった筈の方角から、こちらへ近付いてくる者が一人。バージル達は身構えて接近を待つ。

 やがて、その人物の姿が明確に見えるほど接近した時──彼等は戦慄した。

 

 かの者は、女であった。

 かの者は、白い鎧を纏っていた。

 かの者は、金色の髪をなびかせていた。

 かの者は、恍惚とした表情を浮かべていた。

 

 かの者は──ダクネス(ドM変態騎士)であった。

 

「バカな!? 何故、奴がここに……!」

 

 黒髪の男が酷く狼狽えた様子でダクネスを見る。隣りにいた怪物も驚愕している。

 黒髪の男と怪物がどういった存在なのか、バージルは理解していた。故に、彼等がダクネスを知っていることに疑問は抱かなかった。

 そして、何故この空間にダクネスが現れたのかも、バージルは既に察していた。

 

「成程、これも悪夢か」

 

 バージルにとっての悪夢は、たび重なる敗北の歴史。前回の悪夢で、黒髪の男はそう話していた。

 であるならば、ここにダクネスが現れるのは必然といえる。彼女もまた、敗北をもたらした者なのだから。バージルは決して認めたくなかったが。

 そうこう話している内に、ダクネスとの距離は縮まっていく。黒髪の男は後ずさりしながらもバージルに言った。

 

「あの女の扱いはお前が一番得意だろう。始末は任せたぞ」

「断る」

「よし、ならさっさと行って──なんだと?」

 

 想定外の返事だったのか、黒髪の男はバージルに尋ね返す。

 

「さっき貴様が言っていただろう。見逃した悪夢は無い筈だと。しかし今、忘れられていた悪夢が姿を現した。こうなった原因は貴様の不始末だ。なら貴様が片付けるのが道理だろう」

 

 バージルは戦わない意思を示すように腕を組む。

 本来なら前回の悪夢で見なければならなかった内容。それを飛ばしてしまったが故に、こうしてダクネスが彼等の前に立ちふさがっている。つまり責任は黒髪の男にあると、バージルは主張してきた。

 わりと正当だった主張に、黒髪の男は口ごもる。しかし相手したくないのは彼も同じ。バージルはもうテコでも動かないであろう。

 結果、責任の押し付けは残る怪物に向けられた。

 

「お前なら一発で倒せるだろう。さっさと行け」

 

 黒髪の男から命令されて、怪物は人間のようにビックリしたリアクションを取る。

 だが、痩せこけた黒髪の男と巨大な怪物。力を持っているのは怪物であることは明白で、お互いに理解していた。

 拒否権はないぞと、黒髪の男は強く睨む。しばらくオロオロしていた怪物であったが、やがて意を決したようにダクネスへ向かって飛び出した。

 彼は一瞬でダクネスのもとへワープする。ダクネスが足元にいるのを確認すると、怪物は狙いを定め、思いっきり蹴った。

 彼女はさぞ満足げに笑っていたであろう。怪物渾身のローキックを食らったダクネスは弾丸のように吹き飛び、地平の彼方へ消えていった。

 たった一度蹴っただけなのに、怪物は疲弊した様子で膝に手をつける。そんな彼のもとへバージルと黒髪の男が歩み寄り、ダクネスが蹴り飛ばされた方角を見た。

 

「……やったか?」

 

 黒髪の男が額に手をかざして遠くを見ながら呟く。何気ない言葉であったが、それを聞いてバージルはひどく胸騒ぎを覚えた。

 きっとここにカズマがいたら真っ先にツッコんでいたであろう。「その発言はフラグだ」と。

 結果、その予感は大当たりすることとなる。

 

 ダクネスが消えた地平の先から、黒い影が再び現れる。しかも今度はひとつではない。百や千では収まらない、数え切れないほどの黒き悪夢。

 最奥には一際巨大な黒い影が。その中から赤い光が怪しく光ると同時に、黒い影は実体を得る。

 

 白い鎧に長い金髪──ダクネス(変態)の軍勢が、バージル達の前に姿を現した。同様に最奥の巨大な影もダクネスの姿を得て、恍惚に歪んだ顔を嫌でも彼等に見せつける。

 この世の終わりとも言える光景を見て、バージルは激しい頭痛を覚える。風邪を引いた時でもここまで酷い夢は見ないであろう。

 

「おいお前! 蹴り以外に何かできないのか!? 悪魔なら奴等を一斉に薙ぎ払えるビームでも出してみろ!」

 

 黒髪の男はひどく慌てた様子で怪物に命令するが、怪物は目の前に広がる地獄絵図を見て立ちすくんでいる。

 何かしら出せたとしても、怪物一人では手に余る。仕方がないと、バージルは強く一歩を踏み出して左手を前にかざす。

 すると、彼の手から眩い光が放たれ──収まった時、その手には鞘に収められた一振りの刀が握られていた。

 

「阻むのなら倒すまでだ。こんなふざけた悪夢など、さっさと終わらせる」

 

 刀越しに、ダクネス(変態)の軍勢を睨みつけるバージル。悪夢からは逃れられない。ならば選択肢はひとつ。ひとり残らず斬り伏せるのみ。

 そんなバージルの覚悟を感じ取ったのか、怪物もまた覚悟を決めて構えた。バージルは残る一人、黒髪の男に視線を向ける。

 

「まさか、俺にも戦えと言うつもりか?」

「当たり前だろう。もとはと言えば貴様の責任だ。最後まで付き合ってもらうぞ」

 

 そう言ってバージルは刀を下ろし、空いている右手を前にかざす。そして、先程と同様に光が放たれる。

 夢の世界だと認識すれば空を飛ぶことも可能となるように、武器を生成することもできる。因みに、どうにかダクネスが消えないかバージルは試していたのだが、悪夢だからなのか、その願いは叶わなかった。

 やがて光が収まり、右手に武器が握られる。それをバージルは黒髪の男に放り渡した。

 

 黒髪の男に渡されたのは、早朝の散歩をするご老人が愛用していそうな杖であった。

 

「……どうして杖なんだ?」

「短剣も持てないほど非力そうな貴様には、これぐらいが丁度いい」

「杖でどうやって戦えと?」

「奴等が俺の記憶通りなら、攻撃を受ける心配はない。杖だけでも十分に戦えるだろう」

 

 困惑する黒髪の男だったが、バージルの説明に渋々納得して杖を受け取る。戦いの準備ができたところで、バージルは再び前方に顔を向ける。

 かつて魔界に堕ちた時を思い出させる光景。さしずめ巨大なダクネスは魔帝役といったところか。

 

「親父が通った道ならば──」

 

 変態との対峙を通ったことがあるかは別として、彼はあの日を再現するように言葉を吐き、刀を抜いた。

 

「俺が通れない道理はない!」

 

 黒髪の男、怪物と共に、バージルは鞘を捨てて走り出した。

 

 

 

 

 悪夢から覚めた彼は、丸一日家に引きこもった。

 




最後はBury the lightを聴きながら書きました。

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