この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第75話「この義賊騒動に終焉を!」

 王城での義賊騒動から一夜が明けた。

 手練れの盗賊二人、白銀の魔術師、そして漆黒の騎士。城を大いに騒がせた盗賊団の姿はどこにもあらず。

 全て悪い夢だったかのよう。しかし城内に残る熾烈な戦いの跡、失われた王女アイリスのネックレスと指輪が、夢ではないことを物語っていた。

 

 また、城で眠っていた者は口を揃えて悪夢を見たと証言した。地を揺らすほどの衝撃があっても起きなかったのは、悪夢にうなされていたからであろう。

 これをクレア達は漆黒の騎士によるものだと推測。同時に、強大な力と禍々しい姿を鑑みて、種族は悪魔だと暫定された。

 強力な悪魔を従えるには召喚以外に方法は無いとして、義賊の中にいた白銀の魔術師の使い魔だと推測されている。

 

 一刻も早く義賊を捕えなければ。誰もがそう思っていた時、奪われたネックレスについてアクアとめぐみんが進言した。

 曰く、あのネックレスは他者と身体を入れ替えられる魔道具だと。義賊もそれに目を付けて侵入してきたのであろうと。

 だが、義賊に逃げられる寸前に封印を施したので大丈夫だとアクアは自信満々に話した。同じくめぐみんも、あれほどの魔道具は誰にも作ることはできないであろうと。

 もしかしたら義賊はそれを知っていて、アイリスを助ける為に盗みを働いたのではないか。義賊の評判を聞く者達はそう考えた。

 

 しかし、紛れもない犯罪なのは事実。アクア達が王都を去った後、騎士団と貴族が集められ、義賊について話し合いが行われた。

 

 城の最奥にある謁見の間。玉座にはアイリスが座り、両隣には側近のクレアとレインが。

 通路を空けるように立つ騎士団とその他貴族。彼等の視線の先には王女の前で膝を付くミツルギ、クレメア、フィオの姿があった。

 

「申し訳ありません、アイリス様。我々が城内にいておきながら賊の侵入を許し、大切にされていた指輪とネックレスを奪わせてしまいました」

「気に病む必要はありません、魔剣の勇者様。ネックレスはさておき、指輪については私から父上へ話しておきますので」

 

 自身の失態を謝るミツルギに、アイリスは優しく言葉を掛ける。

 相手の義賊──特に白銀の魔術師と漆黒の騎士は、ミツルギ達をも上回る実力であった。

 あの夜、二人を目の当たりにした者はミツルギ達を責めはしなかったが──。

 

「『勝利の剣』と謳われていた者共が、たかが賊に遅れを取るなど聞いて呆れる」

「義賊の捕縛に失敗したというあの男と変わらんではないか」

「そんな調子で魔王を倒せるのかね?」

 

 昨夜は城に泊まり、グッスリ眠っていてミツルギ達の戦いを知らなかった貴族達は、ここぞとばかりに陰口を叩いていた。彼は王女に認められているだけでなく、貴族の女性にも人気が高い。それを妬む者が中心となって責めている。

 対するミツルギは特に反応せず。その一方、同じく小言を耳にしていたクレアが彼等を一瞥した。その目つきは鋭く、睨まれた貴族達は小さく悲鳴を上げる。

 

『勝てば称賛、負ければ批難か。いつの時代も貴族は変わらんな』

 

 ベルディアも快く思っていない様子。彼の発言にミツルギは内心焦ったが、どうやら自分にしか聞こえていなかったようだ。

 

「城に現れた賊は私ですら遅れを取る手練だった。そして白銀の魔術師と黒騎士……『勝利の剣』が敵わないとなれば、危険度は特別指定モンスター及び魔王軍幹部並と見ていいだろう」

 

 クレアは重々しい表情で話を続ける。

 聞けば盗賊の二人組、白銀の魔術師、黒騎士と三種類の手配書が発行される予定で、どれも高額の懸賞金が掛けられるとのこと。

 

「早急に調査隊を組み、捕縛に向かわせるべきだと考えている。その時は再びミツルギ殿の力を借りることになるだろう」

 

 義賊捕縛の協力を仰ぐクレア。それを受けたミツルギは、何も言わず静かに頭を下げた。

 

 

*********************************

 

 

 会議が終わり、謁見の間から退出したミツルギ達。フィオは疲れたように伸びをする。

 

「あそこにはちょくちょく行ってるけど、今日は一段と疲れたわね」

「とりあえずぶつくさ言ってた貴族は後でぶん殴りにいかなきゃ」

『奇遇だな。俺も同じことを考えていた。なんなら特別に力を貸してやってもいいぞ?』

「お願いだからやめてね? ベルディアも焚き付けないで」

 

 自分達を馬鹿にした貴族にカチコミする気でいた二人。ミツルギは宥めながら、彼女は最近血の気が多くなってきてるなとひとり思う。

 三人は階段の近くまで来たところで、今日の予定を話し始めた。

 

「昨日が昨日だったし、今日はもう休みたいわ。早く宿に戻りましょ」

「キョウヤも宿に戻る? どこか買い物に行きたいなら、私はついていくわよ」

「あっ! ズルいわよクレメア! だったら私も行く!」

「えーっと……悪いけど、二人は先に宿へ戻っていてくれるかな? 実は、会議が終わったらアイリス様のもとへ行くよう言われててね」

 

 デートをする気満々でいた二人の気持ちを裏切るように、ミツルギはそう告げる。

 二人は不満そうな顔を浮かべたが、王女様が相手なら仕方がないと自ら引き下がった。二人はミツルギを置いて城から出ていく。

 仲間を見送ったミツルギはふぅと息を吐き、振り返る。視線の先には王女の側近、レインの姿があった。

 

 

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「すみません。皆さんの交流を邪魔する形になってしまって……」

「いえ、気にしないでください。二人には後で埋め合わせをするつもりでいますので」

『どうしてもというのであれば、嫌そうな顔を見せながらスパッツを脱いで貰えると助かる。と、ミツルギが心の中で思っていたぞ』

「ちょっとベルディアは黙っていようか」

 

 レインと会話を交えながら廊下を歩くミツルギ。余計な茶々を入れるベルディアは、霊体の姿でフワフワとミツルギの傍を浮いている。

 やがて、二人は一つの部屋の前に辿り着く。先程いた謁見の間とは別の場所。王女アイリスの部屋である。

 

「アイリス様、クレア様。ミツルギ様をお連れしました」

 

 レインは扉をノックしてから声を掛ける。どうやらクレアもいるようだ。

 しばし間を置いて、レインは扉を開けてミツルギに入るよう手で指す。「失礼します」とミツルギは一声かけてから、アイリスの部屋に入った。

 部屋にいたのは、アイリスとクレアのみ。アイリスは椅子に座り、その横にクレアが立っていた。二人の前に来たミツルギは静かに頭を下げる。

 

「お呼び立てして申し訳ない、ミツルギ殿。先程の議題にもあった義賊について、詳しくお話を聞きたかったので……」

「そうでしたか。僕が対敵したのは黒騎士のみでしたが、それでもよろしければ何なりと」

 

 ミツルギはそう答えながら、ある物へ視線を向ける。アイリスの横にある丸机。その上に置かれていた、ベルが取り付けられた物(嘘を見破る魔道具)

 それに注目していると、背後からカチャリと物音が聞こえた。『ロック』の魔法をかけたのであろう。ミツルギは視線を二人に戻す。

 

「なに、返答次第ではすぐに済む」

 

 表情こそ変わりないが、声色が僅かに厳しくなったのをミツルギは感じた。横に浮くベルディアは口を挟もうとせず、黙って見守っている。

 

「昨晩の侵入は我々も想定外だった。おまけに祝勝会で気が緩み、多くの騎士が酒に潰れ眠ってしまった。義賊もそこを狙っていたのだろう」

 

 クレアの話す通り、昨晩は起きている騎士が少なく警備は手薄になっていた。油断大敵とはまさにこのこと。

 しかし、義賊を城に侵入させてしまった原因はそれだけではない。そうミツルギへ示すように、クレアは言葉を続けた。

 

「だだ、私の記憶が正しければ……ミツルギ殿の仲間である二人が、積極的に騎士達へ酒を勧めていた筈だ」

 

 クレアの目つきに鋭さが増す。ミツルギとベルディアは何も言葉を返さず、耳を傾ける。

 

「そして黒騎士と相対した時……貴方は笑っていた。まるで黒騎士との戦いを楽しんでいるかのように」

 

 クレアの言葉と、机に置かれた魔道具。彼女が何を問いたいのかは、既に理解していた。

 

「ミツルギ殿、正直に答えてください。あの義賊は何者ですか?」

 

 義賊の正体を知っていて、協力関係にあるのではないか。

 尋ねられたミツルギは、どう返したものかと悩む。下手に嘘を吐けば魔道具に見破られる。

 

「安心してください。この部屋には防音の結界も張っています。声が外に漏れる心配はありません」

 

 そんな彼の心境を察したのか、クレアがそう伝えてきた。ミツルギは視線を魔道具に移すが、反応は見られなかった。

 自分は、サトウカズマのように口八丁な男ではない。嘘を吐けない性格なのは自覚していた。故にミツルギは、ありのままの事実を話した。

 

「お察しの通り、彼女達の行動は僕の指示。義賊が侵入しやすいよう手引していました。当然、義賊の正体も知っています」

「……何故、そのような事を?」

「義賊の一人から、アイリス様のネックレスについて聞きました。どうやって調べたのかは不明でしたが、放置すればアイリス様の身に危険が及ぶ代物だと理解できました」

「それで、義賊に協力を?」

「はい。僕が進言したとしても、すぐに渡していただくことは難しい。その話を聞いた者に悪用される危険もある。なら、誰にも知られない内に盗んでしまった方が早いと判断しました」

 

 ミツルギの話を聞きながらクレアは魔道具に目を移す。魔道具から音は鳴らない。

 

「しかし、犯罪に手を貸してしまったのは事実です。どんな処罰も受けます。その代わり、クレメアとフィオは見逃していただけないでしょうか?」

 

 ミツルギは頭を下げて頼み込む。嘘は見破られ、黙秘も許されない。嘘を吐けない自分には正直に話す以外選択肢はなかった。

 せめて仲間の二人だけでも見逃してもらえれば。ミツルギが祈りながら言葉を待っていると、クレアは小さく息を吐いた。

 

「貴方の姿勢、他の貴族にも見習って欲しいものだな」

 

 彼女の呟きを聞いて、ミツルギは顔を上げる。先程までの警戒した表情とは変わって、クレアの顔は普段の柔らかなものに変わっていた。

 

「確かに盗みは犯罪だが、結果アイリス様を救ってくださった。ミツルギ殿も、彼等の行動が正しいと思ったからこそ協力したのだろう。騎士としては見逃せないが、私個人としては君を責めるつもりはない。それはアイリス様も同じだ」

 

 クレアがそう話す横で、アイリスは小さく頷く。会議では義賊捕縛を優先としていたが、本心では彼等を善と思ってくれているようだ。

 

「実のところ、黒騎士と銀髪の魔術師、仮面の盗賊の正体はおおよそ見当がついている。もし合っているのなら、共に行動していた銀髪の盗賊も悪い人間ではないのだろう」

「……やはり、お気づきになられていましたか」

「ミツルギ殿を上回る剣士で悪魔の力を使うとなれば、思い当たる人物は一人しかいない。銀髪の魔術師は目が紅かったと聞いている。そして仮面の盗賊……あの卑劣で外道極まりない手口は、あの男以外考えられない」

 

 仮面の盗賊についてはミツルギも知らなかったのだが、彼等が仲間に引き入れたのだろう。当然、その正体も容易に予想がつく。

 その男に対して怒りに拳を震わせているクレア。彼女がここまで怒るとは、一体何をしでかしたのか。

 

 また黒騎士についてだが、ミツルギは内心あの姿を見て驚いていた。彼の知る悪魔の姿ではなかったので当然だろう。

 しかし、まだ彼が黒騎士に変身する前──城内で近衛騎士に化けた彼とぶつかった時、彼は小声で「契約通り、今回は貴様に付き合ってやる」と伝えてきた為、本人だと確信していた。

 彼の新たな力。その片鱗に触れられたことをミツルギは喜ばしく思うと同時に、一人前の剣士になる日はまだ遠いことを痛感させられた。

 

「もし捕まった場合は、魔王軍との戦いに協力することを条件に釈放するつもりでいる。ミツルギ殿の事もここだけの話にしておく。その為に防音の結界も張ったのだからな。全てはアイリス様のご判断だ」

「……ご厚意、誠に感謝致します」

「『勝利の剣』には幾度も助けられてきました。少しでもお力になれたのなら幸いです」

 

 アイリスの広い心に感服し、ミツルギはその場で片膝をついて頭を下げる。彼女がここまで義賊に肩入れしてくれるとは思っていなかった。

 とにかく、ミツルギ達の身の安全は保証された。義賊も捕まったとしても重い刑を処されるわけではないと知り、ミツルギは安堵する。

 

「この話、義賊の方達にも伝える予定は?」

「あぁ、後日レインをアクセルの街へ向かわせる予定でいる」

「でしたら、それは僕に任せていただけませんか? 実は、近々アクセルの街に戻ろうと考えていたんです」

「えっ?」

「恐らく魔王軍は、アクセルの街に目を付けています。数々の幹部を討ち取った彼等がいる街に。次に大きな襲撃が起きるとすればあの街だと、僕は考えています」

 

 以前サトウカズマにも話した、魔王軍襲来の予感。あの街は駆け出し冒険者の街。冒険者になる者は、誰もがあの街から始める。

 もし魔王軍によって潰された場合、冒険者が生まれなくなると言っても過言ではない。それは人間側にとって大打撃となる。

 それはアイリスも懸念していたのだろう。悩む様子もなく、彼女は言葉を返した。

 

「わかりました。『勝利の剣』はアクセルの街へ拠点を移し、魔王軍の襲撃に備えてください。王都の事は大丈夫です。ここには、数多くの優秀な騎士と冒険者が揃っていますから」

「ありがとうございます。アイリス様」

「アイリス様がそうおっしゃるのであれば、私も構いませんが……寂しくなりますね」

 

 笑顔で送り出すアイリスとは裏腹に、クレアは少し残念そうな表情を見せる。

 

「拠点を移すとはいっても『テレポート』を利用すればいつでも来れますので、何かあればいつでも駆けつけますよ」

「そういう意味ではないのですが……」

 

 しばらく会えなくなるわけではないとミツルギは言葉を返したが、それでもクレアは浮かばれない様子。ほんのりと頬が染まっていたが、ミツルギがそれに気付くことはなかった。

 

「そうだ。アイリス様が大切にされていた指輪、返してもらうよう僕から彼に伝えておきましょうか?」

 

 ふと指輪の事を思い出したミツルギは、アイリスに提案する。しかしアイリスは静かに首を横に振った。

 

「いえ、いつかまたお城へ来られた時に私から聞いてみます。本当は、大切に持っていて欲しいですけど……」

 

 尻すぼみになり、最後は自分にしか聞こえないほど小さな声で呟くアイリス。ミツルギにも聞こえなかったが、頬が僅かに赤く染まったアイリスの顔を見て、彼は察した。

 何故、アイリスが義賊をここまで気にかけてくれていたのかも。

 

「本当に、君という男は……」

「えっ?」

「いえ、なんでもありません。指輪の件はアイリス様にお任せします」

 

 ミツルギは特に何も言わず微笑む。アイリスは不思議そうに見つめていたが、彼女もそれ以上尋ねることはしなかった。

 

「ではその代わりに、私からもう一つ頼んでもいいだろうか?」

 

 二人のやり取りを静観していたクレアが頼みを入れてきた。彼女は懐から一枚の紙を取り出し、ミツルギに渡す。

 受け取った彼は紙に記されていた内容を読むと、思わず息を呑んだ。

 

「こ、これは……」

「期限は問わん。だが必ず果たすように、と伝えておいてくれ」

 

 宛先は、黒騎士の中の人。

 そして、ミツルギも見ただけで冷や汗をかくほどの金額が記されていた。

 

 

*********************************

 

 

 密会が終わり、城を後にしたミツルギ。クレメアとフィオの姿は城門前には見えなかったため、宿を目指し歩いていた。

 

『しかし、いきなりアクセルの街に戻ると言い出すとはな。魔王軍襲来の恐れがあるとは伝えたが、まだ先の話だろう?』

 

 横でフワフワ浮いていたベルディアが、アイリスにも報告した魔王軍の話題について話しかけてきた。

 彼の言う通り、すぐに襲来の危機が訪れるとは考えにくい。魔王軍幹部を数名失っている今、軍としては守りを堅めるのが先決であろう。

 アクセルの街に戻る理由は他にもあるのではないか。暗にそう尋ねてきたベルディアに、ミツルギは快晴の空を見上げつつ言葉を返した。

 

「もしこの世界が一つの小説だとしたら、君は誰を主役に置く?」

『……お前、無自覚ナルシストだけに飽き足らず激痛ポエム野郎になるつもりか?』

「割と真剣に聞いたんだけど……」

 

 ドン引きして自ら距離を空けるベルディア。ミツルギにはカッコつけたつもりなど一切無かったので、ベルディアの反応にただただ困惑する。

 程なくしてベルディアはミツルギの近くへ戻ると、考える素振りを見せてから返答した。

 

『ウィズのパンツを見せてくれるのなら、お前だと答えてやってもいいが』

「まだ諦めてなかったのか」

『当たり前だ! 幹部時代、魔王城でどれだけウィズのパンツを覗くことに俺が精を出していたか! もう一度覗くまでは絶対に成仏せんからな!』

 

 ウィズのパンツに向けられた彼の情熱。どれだけ魂を共鳴させようとも、この部分だけは理解したくないとミツルギは心底思う。

 ひとしきり語ったのか、ベルディアはふぅと息を吐く。彼が落ち着いたのを見て、ミツルギは話を戻した。

 

「この世界を舞台にした主演……僕の頭には、二人の候補が挙がっている」

『一人は想像がつくが、もうひとりは誰だ?』

「さっきアイリス様との話でもあった、仮面の義賊だよ」

 

 ミツルギの返答を聞いて、ベルディアの脳内に一人の冴えない男の顔が浮かぶ。

 おおよそ勇者とは言い難い風貌の彼が、何故主人公と呼べるのか。

 

「彼が女神様と共に現れてから、この世界……少なくともこの国の情勢は大きく変化した。魔王軍幹部の討伐、機動要塞デストロイヤーの破壊。そのような偉業を、彼は一年足らずで成し遂げている」

『といっても、それは仲間の力が大きいだろう?』

「その仲間を指揮しているのが彼なんだ。僕は一度彼の仲間を勧誘したが、頑なに応じようとしなかった。彼への信頼が高い証拠だろう。悔しいけど……女神様もそうだった」

 

 王都でバッタリ出会ったが、彼等の様子は変わりなかった。とても仲良さそうに、女神は彼と話していた。

 

「彼は不思議と周りの人間を引きつける。女神様も、師匠も、果てには一国の王女様すらも……主役として置くには十分だろう?」

『性格はアレだがな。で、もうひとりを選んだ理由は?』

「ほとんど同じ理由さ。数々の偉業を成し遂げた、絶対的な力を持つ冒険者。そして、あの人に惹かれる人間が僕を含めて何人もいる」

『なるほどな。あっちも性格はアレだが』

 

 ベルディアの感想に、ミツルギは返す言葉も見つからず苦笑いを浮かべる。二人とも性格が良ければ、誰もが手放しで主人公だと認められるのだが。

 

「そして、物語は主役の周りで展開される。だから僕も、二人がいるアクセルの街に戻るのさ」

 

 魔王軍襲来が無かったとしても、何か別の大きな出来事が起きる。ミツルギはそう予感していた。

 仲間の二人にも帰郷する旨を伝えておかなければ。ミツルギは歩みを早め、宿へと向かった。

 

『ところでミツルギ、クレアの変化に気付いたか?』

「えっ? 何が?」

『死ね』

「なんで!?」

 

 

*********************************

 

 

 同日──アクセルの街、バージルの家にて。

 

「えぇっ!? じゃあ最初から魔剣の勇者君と結託してたってこと!?」

 

 クリスの驚嘆する声が響き渡る。家の中にいるのはクリスと、ソファーに座っていたゆんゆんとカズマ。そしていつもの席に座るバージル。銀髪仮面盗賊団のメンバーが揃っていた。

 

「奴に護衛の数を減らすよう頼んでおいた。そして交換条件として、奴からのリベンジマッチを引き受けた」

「先生の言ってた保険って、やっぱりそれだったんですね。だからクレメアさんはあんなに……」

 

 バージルの話を聞いて、ゆんゆんは独り納得した表情を浮かべる。その一方で、不満げな顔を見せる者が一人。

 

「そういう大事な話は最初に言っておいてくれませんかね」

「結果何事も無かったのだから構わんだろう」

 

 カズマはジト目で睨んだが、バージルは全く気にせず。言っても聞かない性格なのは理解しているので、彼は諦めたように息を吐いた。

 

「それで、手に入れた神器はどうなった?」

「アクア曰くガッチリ封印を施したらしいっすけど……」

「うん、この分なら誰かに悪用される心配はないね。念の為、誰にも見つけられない場所に隠しておくつもりだけど」

 

 クリスは所持していたネックレスを見せる。感じられる魔力はアクアのものであり、一切の穴が無いよう綺麗にコーティングされていた。

 紅魔族としては興味深い代物なのか、まじまじと見つめているゆんゆん。と、彼女は思い出したかのようにカズマへ尋ねた。

 

「そういえば、カズマさんも何か盗ってましたよね?」

「何の変哲もない指輪だったよ。クリス曰く魔力も無い無害な物だから、俺が預かってるけど」

「でも、王女様の物なんですよね? 魔道具じゃなくても大切な物だったら大変ですし、こっそり返しに行ったほうがいいんじゃ……」

「できることなら今すぐ返しに行きたいよ」

 

 重いため息を吐くカズマ。義賊だとバレないよう返却するには、再び城へ忍び込む他ない。

 が、向こうも賊の侵入を許すまいと警備を固めているであろう。なれば、ほとぼりが冷めるまで待つしかない。

 

「じゃあ、ミツルギさんに頼むのはどうですか? 私達の事情を知ってるなら、指輪の返却も協力してくれるかも」

「それは俺も考えたけど、これをアイツに渡すのは何か嫌だから却下。こっちからお願いしますって頭下げるのも嫌だ」

 

 ミツルギを経由しての案を出したゆんゆんであったが、カズマは即却下する。私情ありまくりの理由を聞き、ゆんゆんは乾いた笑いしか出ない。

 

「ただの指輪として質に入れれば、多少は金になると思うが」

「急になんちゅうこと言ってんですか。売ったお店で足がついたらやばいでしょう。いや売る気は無いんだけど」

「なら畑にでも埋めて肥料の足しにすればいい」

「いや、埋めちゃうのもちょっと心が引けるというか……」

 

 すぐにでも返したいと言っておきながら、バージル等の案は全て却下するカズマ。どっちつかずな奴だと思っていると、クリスがバージルの傍に寄り耳打ちしてきた。

 

「あの指輪、王族が婚約者に渡すものらしいんだ。正体を偽って返しにいったとしても、口封じに始末されるかもって」

「……その話、誰から聞いた?」

「ダクネスだよ。昨日バッタリ会った時に、彼女だけには正体を感づかれたっぽいから、事情を説明しに行ってたんだ」

 

 彼が奪った指輪は、価値があるどころの話ではない物であった。クリスの話を聞いたバージルは、なるほどと納得しカズマへ目を向ける。

 

「国の主になるつもりか」

「マジで何言ってんですかバージルさん」

 

 少し前までは駆け出し冒険者だった彼が、今や事実上この国の王女様の婿。未来の王と言っても差し支えなかった。本人にその気は無いようだが。

 この話には関わるべきではない。危険センサーが察知したところで、バージルはおもむろに立ち上がる。

 

「貴様がその指輪をどうするかなど、俺には関係ない。話が終わったのならさっさと帰れ。仕事の邪魔だ」

 

 早く家から出るよう三人に促してから、バージルは書斎へ足を運ぼうとする。が、それをクリスが腕を掴んで止めてきた。

 

「何ちゃっかり逃げようとしてるの? アタシ言ったよね? 帰ったらみっちり説教してあげるって」

 

 クリスの表情は笑顔そのものであったが、声には激しい怒りの色が伺えた。それを見てバージルの脳裏に蘇るのは、幼きに頃に見た怒れる母の顔。

 それと重ねてしまったからか、バージルは手を振りほどくこともできず、大人しく席に戻った。

 

「えーっと……俺はお邪魔みたいなんで先に失礼しますね」

「待ってくださいカズマさん! 国の主になるってどういうことですか!? 王様になっちゃうんですか!? あの城で王女様と一体何があったんですか!?」

「あぁもう! めんどくせぇな!」

 

 こっそり脱出を試みたカズマであったが、ゆんゆんが興奮した様子で迫ってきた。おまけに少し勘違いもしている様子。

 その後カズマは誤解を解くため、指輪のことは明かさないようにしながら弁明した。小一時間経ってようやくゆんゆんは納得してくれた一方で──。

 

「戦闘は避けるようにって何度も言ってたよね! なのに早速攻撃を仕掛けるどころか、最初っから戦う気でいたって何なの!? アタシに報告する気ゼロだし! そもそも、あれだけ派手に暴れる必要あった!? 魔剣の勇者君と戦うだけならまだしも、アクア先輩や騎士団、王女様まで吹き飛ばすって何考えてんの!? 下手したら国家転覆罪だよ! そんなにあの力を試したかったの!? 後からいくらでもクエストで試せるでしょ! ちょっと聞いてるの!?」

「……Humph」

 

 クリスの説教はまだまだ続いており、反論する余地もなかったバージルはクリスからそっぽを向いていた。




本気で怒った母エヴァは子バージルを泣かすほどらしいです(ダンテ談)

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