この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第74話「Dance of the sword ~剣の舞・魔~」

 魔剣の勇者、ミツルギは稀代の剣士であった。

 レベル上げと共に剣の腕も磨いてきた彼が王都へ訪れた頃には、騎士団どころか王女様の側近であるクレアでも敵わないほどに成長していた。

 しかし、彼が理想とする剣士にはまだ程遠い。更にこれ以上成長できる兆しが見えず、彼は独り思い悩んでいた。

 仲間に心配はさせたくないので相談はできず。かといって闇雲に修行を続けていても意味はない。

 どうしたものかと魔剣を見つめながら考えていた時──ミツルギは、ひとつの案を思いついた。

 

*********************************

 

 

「ハァッ!」

 

 ミツルギは思い切り聖剣を振り下ろす。と、一瞬間を置いて金属のぶつかる音が鳴り響いた。

 彼の前には、自身と鍔迫り合いをする骸骨騎士が一人。更にその奥にある玉座では、首なし騎士がどっしりと座っていた。

 

 ここは、かつてベルディアが住んでいた古城。その最上階にある玉座の間。

 が、現実の世界ではない。ミツルギの夢の中で、ベルディアの記憶から形成された空間であった。

 

 ミツルギが剣の指導を頼んだのは、他でもないベルディアだった。

 かつてベルディアは『勇者殺し』の異名を持つ騎士であった。そしてミツルギの剣技を、誰よりも傍で見てきた。教えを乞うのに彼以上の適任があるだろうか。

 しかしこれは、ベルディアに身体を奪う機会を自ら与えているようなもの。それでもミツルギは彼に頼んだ。彼を信頼しているからこそできる修行法だと。

 ベルディアはミツルギの本気と信頼を感じ取ったのか、渋ることなく引き受けてくれた。以来、こうして夢の中で剣の修行に励んでいた。

 

「くっ!」

 

 鍔迫り合いをやめて二人は剣戟に移る。剣のぶつかり合う音が絶え間なく響き続ける。

 相手の骸骨騎士はミツルギと同等の力とスピード。真っ向勝負では埒が明かない。

 ミツルギは剣戟に付き合うのをやめて後方に退いた。当然、骸骨騎士は距離を詰めてくる。

 対してミツルギは聖剣を相手に投げ飛ばした。二人の距離は然程遠くなかったが、骸骨騎士は咄嗟に剣で防ぐ。

 弾かれた聖剣は宙を舞う。その先には、既に跳び上がっていたミツルギが。

 

「終わりだ!」

 

 空中で剣を取り、ミツルギは剣を『兜割り(ヘルムブレイカー)』を放った。骸骨騎士の身体は骨ごと真っ二つになり、骨がその場に崩れ落ちた。

 今ので十体目。数は少ないが、どれもミツルギにとって苦戦を強いられる相手だった。疲れがどっと身体を襲い、彼は耐えきれず仰向けで倒れる。

 

「……頃合いか」

 

 そんな彼を品定めするように見ていたベルディアは、おもむろに玉座から立ち上がり、倒れているミツルギのもとへ歩み寄った。

 

「ようやく半人前といったところか。出会った頃に比べれば、随分と成長したものだ」

「……それ、褒めてるのかい?」

 

 様々な冒険者や騎士に技術を学び、戦場で磨いてきたが、ベルディアに言わせれば未だ半人前とのこと。

 ミツルギは息を落ち着かせてから、見下ろしてくるベルディアに尋ねた。

 

「一人前の剣士になるためにはどうしたらいい?」

 

 世界を救う勇者は、半人前の剣士ではなり得ない。ミツルギが理想とする、あの剣士のようになる為には何が必要なのか。

 自分で考えろ、と足蹴にされるかと思っていたが、これに対してベルディアは間を置いて答えた。

 

感覚(センス)に頼れ」

「……はっ?」

「言葉通りの意味だ。余計な思考を排除し、自分の感覚だけを信じて剣を振れ。それができてようやく、一人前の剣士になれるだろう」

 

 返ってきたベルディアの答えにミツルギは耳を疑った。それもその筈。

 

「もっと考えて剣を振れって、ベルディアから言われた気がするんだけど?」

 

 まだ『ソウルリンク』を会得したばかりの頃に、ベルディアからそう助言を受けていた。しかし今聞かされたのは真逆のもの。

 一体どういうつもりなのかと言葉を待っていると、ベルディアはため息混じりに口を開いた。

 

「それは貴様がまだ剣士として未熟だったからだ。そんな奴が何も考えず剣を振っていて、勝てるわけがないだろう」

「うぐっ……」

 

 魔剣頼りだった頃の記憶が蘇り、ベルディアの言葉が深く突き刺さる。

 

「しかし貴様はここまで様々な鍛錬を積み、戦場を生き抜いたことで、センスも磨かれてきた筈だ」

「あの頃よりは成長していると僕も思いたいけど……それでも、感覚にだけ頼るのは危険じゃないか?」

「人間相手なら申し分ないだろう。だが、目にも留まらぬほどに速いモンスターが相手だった場合、考えながら戦っていてはどうしても遅れが生じてしまう」

 

 意見を出したミツルギであったが、ベルディアの返答を聞いて納得させられた。

 反射的に動くのと、相手を見て思考を働かせてからでは、僅かに時間の差が生まれて隙となる。それを埋めるにはベルディアの言う通り、感覚に身を委ねて剣を振るしかない。

 

「自分の感覚(センス)を信じて……か」

 

 脳裏に浮かぶのは、力の意味を教えてくれた蒼い剣士。

 いつか彼のようになるために──ミツルギは聖剣を強く握り締め、立ち上がった。

 

 

*********************************

 

 

 時は戻り、現在。

 魔剣ベルディアを握るミツルギは、深く呼吸をして前方を見る。その先には、静かにこちらの様子を伺う黒騎士がいた。

 

 先程、黒騎士に睨まれた時は負の感情に乱されたが、今のミツルギの心は静かでありながらも、内なる闘争心は激しく燃えているた。

 ミツルギは腰を落とし、魔剣を水平に構える。強い衝撃を覚悟し、魔剣を握る力が強まる。

 相手の黒騎士は防御の姿勢すらない棒立ちだが、隙を一切感じられない。生半可な攻撃では容易く返り討ちに遭うであろう。

 

 だがミツルギは臆することなく地面を蹴り──ほんの一瞬で距離を詰め、お返しとばかりに居合を繰り出した。

 剣がかち合う刹那、二人を中心に風圧が起こる。黒騎士はミツルギの居合を正面で受け止めたにも関わらず、勢いに押されて後退した跡もない。

 ミツルギは鍔迫り合いをやめ、猛攻を仕掛けた。『ソウルリンクLv2』から更に疾さを増した剣であったが、黒騎士は涼しい顔で受け止め続ける。

 正面がダメならと、ミツルギは一度後方へ距離を取る。そして再び黒騎士に向かい、相手の眼前で飛び上がった。

 ミツルギは空中から『兜割り』を繰り出す。が、それも黒騎士は容易く受け止めた。そのまま弾かれ、ミツルギは黒騎士の背後へ回る。

 

 黒騎士が振り返ったのを見計らい、ミツルギは空いた手で招く動作を行う。すると、先程まで彼が倒れていた瓦礫の中から聖剣が飛び出した。

 聖剣の刃は風を切り、黒騎士の背後から狙う。だが黒騎士は振り返ることもせず剣を背に回し、剣身で聖剣の突進を弾いた。

 奇襲は防がれたが、隙は生まれた。ミツルギは咄嗟に黒騎士の懐へ潜り込み、魔剣を斬り上げる。

 防御は不可能──と思われたが、黒騎士はおおよそ大剣とは思えないほどの速度で振り戻してきた。ミツルギは面食らいながらもそのまま斬り上げ、真正面から受け止める。

 

「ぐぅ……!」

 

 『ソウルリンクLv3』でも力は向こうが上。ミツルギは後方へ吹き飛ばされ地面を転がる。受け身を取って起き上がると、黒騎士は既にこちらへと迫ってきていた。

 相手の刃が再びミツルギを襲う──その直前、二人の間に割って入るように、ミツルギの聖剣が落ちてきた。

 聖剣は黒騎士の脳天へと振り下ろされる。これを黒騎士は咄嗟に防いだ。弾かれた聖剣は宙を舞ったが地には落ちず、まるで姿の見えない剣士がいるかのように、黒騎士へ攻撃を続けた。

 

 無論、透明人間が現れたわけではない。ソードマスターのスキル『コマンドソード』によるものだ。

 しかし『コマンドソード』で自在に操るなど、スキルレベルを高めていたとしても、相当な集中力が無ければ成し得ない御業。それを、ミツルギはもうひとりの剣士と魂を共鳴(リンク)させることで可能にしていた。

 

 聖剣の猛攻が黒騎士を襲う。黒騎士がどれだけ弾き返しても、聖剣は後退を知らない。

 相手の注意が聖剣に向けられている今が好機。ミツルギは地面を蹴り、黒騎士の背後へ回った。

 

「ハァッ!」

 

 再び地面を蹴り、黒騎士へ一直線に向かいつつ魔剣を水平に薙いだ。聖剣を防ぎ、がら空きになっていた黒騎士の背中を魔剣が狙う。

 刃が届く──その瞬間、黒騎士の姿が消えて魔剣は虚しく空を切った。

 

「何っ!?」

 

 ミツルギはこれに驚くも、すぐに辺りを確認する。相手の黒い魔力を感じ取り、彼は顔を上げた。黒騎士はいつの間にか城壁の上に。

 逃すまいとミツルギは駆け出す。しかし相手も容易く近づけさせはしないと手をかざし、魔弾を放ってきた。

 ミツルギは魔剣を振るわず、宙に浮く聖剣を操作し魔弾を斬った。ミツルギは直進し城壁前へ。

 彼は速度を緩めることなく壁に突っ込み、そのまま壁を垂直に走り出した。ここに騎士団がいれば、誰もが度肝を抜かれたであろう。

 

 瞬く間に城壁の上へと到達し、そこにいた黒騎士へ『兜割り』を繰り出す。これを黒騎士は横に避けた。

 ならばとミツルギは、既に魔剣へ溜めていた魔力を『ソードビーム』として放った。青い斬撃は疾風のように飛んでいったが、黒騎士は素早く反応して斬り伏せる。

 攻撃は与えられていないが、僅かに流れが傾き始めている。畳み掛けるなら今しかない。ミツルギは黒騎士へと駆け出す。黒騎士は横薙ぎが来ると見たか、空中に跳び上がった。

 しかしミツルギは、それを読んでいたかのように跳び上がっていた。結果、黒騎士はミツルギと空中で対面する。

 

「喰らえ!」

 

 今しかないと、ミツルギは力を込めて魔剣を振った。黒騎士に再び魔剣が襲いかかった──が、またも黒騎士の姿が消えた。

 魔剣が空を切ると同時に、ミツルギは黒騎士が真下にいたのを確認する。先程の跳躍は、相手の騙し技(トリック)だった。

 

 ミツルギは咄嗟に聖剣を操り、黒騎士に攻撃を仕掛ける。聖剣は容易く弾かれたが、僅かでも時間を稼いだことで隙は埋められた。

 何度目かの『兜割り』を狙う。急降下と共に黒騎士の頭上から魔剣が振り下ろされたが、黒騎士は滑らかに避けてミツルギの側面へ回り、大剣を水平に薙いだ。

 反応するのがやっとだったミツルギは、魔剣で相手の攻撃を受け止める。勢いまでは殺せず城壁から吹き飛ばされ、再び城の庭へ転がり落ちた。

 

 ミツルギは受け身を取りつつ起き上がる。黒騎士は城壁から降りてきたが、攻撃を仕掛けようとはせず。

 

「……まだ先は遠い、か」

 

 攻撃の手が緩んだことで『ソウルリンクLv3』による疲労が一気に押し寄せてきた。呼吸も荒れており、危うく魔剣を手放しそうになる。

 一方で相手は傷一つ付いていない。鎧の下では疲労の色すら感じられない涼しい顔を浮かべているのであろう。

 力の差は歴然。それでもミツルギは魔剣を握り直し、ゆっくりと迫り来る黒騎士を睨む。

 彼の目から光は失われていない。それどころか、赤黒く染まった左目はより一層輝いていた。

 

「でも、やられっぱなしで終わるつもりはない!」

 

 

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 城に黒騎士が現れる少し前のこと。

 酒に酔い潰れて熟睡している騎士が多い中、彼等の安眠なぞ知ったことかと廊下を駆ける者達が。

 

「出てこい仮面の男! 今すぐぶっ殺してやる!」

「クレア様! 落ち着いてください!」

 

 普段の淡麗な彼女とは別人と思える鬼の形相で、義賊を探し回っていたクレア。そんな彼女の後を騎士達が必死に追いかける。

 しかし無理もない。彼女はあの義賊にズボンを剥ぎ取られ、羞恥に苛まれたのだから。ご丁寧にグリフォン像の首に巻かれていたのも彼女の怒りを更に煽った。

 クレアは周りの騎士に「今見たことは全て忘れろ」と命令していたが、男にそれは無理な相談だった。彼女を追いかけている騎士は皆、クレアが履いているパンツの色をハッキリと答えられるであろう。

 また彼等は、クレアのズボンを奪った仮面の男にほんのちょっぴりだけ感謝していたのだが、誰も口にはしなかった。

 

「絶対に逃してなるものか! 奴を捕まえ、先程の借りを数倍にして返してやる!」

 

 もはや騎士の声はクレアの耳に届かず。彼女は廊下を走り続ける。

 いかにしてこの私怨を晴らしてくれようか。そう考えながら義賊を探していた、その時だった。

 

「──ッ!?」

 

 疑うほどに強い魔力を感じ、クレアは足を止めた。止めさせられた、と言ったほうが正しいか。

 強大な魔力だけではない。何倍もの重力が上からかかっているかのようなプレッシャー。そして、心の全てを飲み込む黒い感情。

 対敵したわけでもない。魔力を感じただけなのに、クレアの額から汗が流れる。先程まで仮面の男に抱いていた気持ちは、とっくにどこかへ消えてしまっていた。

 

 まずクレアの頭に過ぎったのは、魔王軍の侵入。義賊のいざこざに紛れてきたか、端から義賊と手を組んでいたか。

 もし後者であり、逃した二人の義賊が王女のもとへ向かっているのだとしたら危険だ。すぐに自分も戻ってアイリス様をお守りしなければ。

 が、彼女の傍にはもうひとりの側近であるレインがいる。そして、先の防衛戦で活躍した三名の冒険者も。彼女達なら義賊を捕えるなど容易い筈。

 

 では、もう一つの問題はどうか。突如として現れた謎の敵。正体は掴めないが、強大な敵であることは間違いない。

 しかしこちらには魔剣の勇者がいる。もしかしたら既に交戦中なのかもしれない。彼ならばきっと倒してくれると信じているが、増援は無いに越したことはない。

 

「私はアイリス様のもとへ向かう。皆は先程の魔力の主を探し出し、敵であれば交戦せよ!」

 

 クレアはすぐさま周りの騎士に指示を出す。が、普段なら返ってくる返事が無い。

 どうしたとクレアは振り返る。指示を受けた筈の騎士達はその場から動かずにいた。

 

「何をしているんだ! 突っ立っていないで早く──!」

 

 喝を入れようとした時、クレアは彼等に起こっていた異変に気付く。

 騎士達の身体は震えていた。得体の知れない何かに怖がって怯える子供のように。

 彼等は、強大な魔力の主に恐怖しているのだと彼女はすぐに悟った。幾多のモンスター、魔王軍と戦っている筈の彼等が、だ。

 

「ええい! なら私が行く! お前達は引き続き賊を追え!」

 

 騎士達が動けないなら自分が動くしかない。クレアは先程とは真逆の指示を出し、踵を返す。

 襲いかかる魔力の圧に心が押しつぶされそうになる。しかし、その主と戦っているであろう魔剣の勇者の存在が、彼女の心を守ってくれていた。

 クレアは呼吸を整えながらも、黒い魔力を辿って足を進めた。

 

 

*********************************

 

 

 再び、黒騎士が出没する少し前のこと。

 クレアがいる場所とはまた別の廊下を駆ける者が二人。絶賛逃走中のカズマとクリスである。

 

「フハ! フハハハハハッ! なんだか知らんが絶好調! 今宵のカズマ様はひと味違うぞ!」

「笑い方が仮面の悪魔に寄せられちゃってるよ!? やっぱりそれ今すぐ外したほうがいいって!」

 

 仮面の力か深夜テンションか。いつにも増して調子がいいカズマ。ここに来るまで何人もの騎士を無力化してきた。その手際は本職であるクリスも息を呑むほど。

 最後の階段を二段飛ばしで駆け上って廊下を突き進み、いよいよアイリスがいる部屋の前へ。クリスのお宝センサーも同じ場所を示していた。

 追手を警戒してクリスに『ワイヤートラップ』を張らせてから、カズマは目の前にある扉を見る。

 

「(アイリス、お兄ちゃんが来たぞ……)」

 

 思えばここまで長かった。結局ゆんゆん、バージルとは合流できなかったが、二人なら大丈夫だろう。

 脳裏に浮かぶ、可愛い妹の笑顔。カズマは深呼吸をしてから、おもむろに扉を開いた。

 

「よくぞここまで辿り着いたな、侵入者よ。だが、この私がいるからには王女様に指一本触れさせない」

 

 カズマとクリスを迎えたのは、王女様ではなかった。同じ金髪であるが白い鎧で身を固めた、王女様をお守りする者。

 

「民を守り、国を守り……そして王族を守るのがダスティネス一族の使命! 覚悟しろ!」

 

 聖騎士ダクネスが、カズマ達の前に立ち塞がった。

 

 

 カズマはそっと扉を閉じ、クリスと共にその場を離れた。

 

「閉めるなー! 貴様等は一体何しにここへ来たのだ!」

 

 逃すまいとダクネスは扉を勢いよく開けて飛び出してきた。

 それに、退路は追手を近づかせないようにとクリスの『ワイヤートラップ』で塞いでしまっていた。仕方なくカズマとクリスはダクネスの方へ振り返る。

 対するダクネスは剣を構えて、義賊二人を睨みつける。が、その表情が徐々に変化していき、最後は酷く驚いた表情で二人を指差した。

 

「お、おおおお前達は……!?」

「お頭、これ完全にバレたパターンじゃないですかね」

「うん、間違いなくそうだね。これは後で怒られそうだなぁ……」

 

 明らかに気付いた反応を見せるダクネスに、カズマ達はどうしたものかと悩み始める。クリスはともかくカズマは普段と違う格好の筈だが、長い付き合い故に気付けるものがあったのだろうか。

 

「ダクネスどうしたのです! 賊相手に何を手こずっているのですか!」

 

 すると、ダクネスに続いて今度はめぐみんが部屋から出てきた。杖はしっかり持っていたが、城内で爆裂魔法をぶちかませる筈もないので今は飾りに過ぎない。

 それよりも問題なのは、彼女にも気付かれることだ。名前を叫ばれる前に例の目潰し戦法を仕掛けるべきかと作戦を組み立てている中、めぐみんがカズマ等へと視線を向けた。

 瞬間、衝撃を受けたようにめぐみんの目が見開かれた。やはり気付かれたかと思っていると、めぐみんは二人を見たまま──というより、カズマの姿を見つめたまま声を出した。

 

「か、格好良い……!」

「えっ?」

 

 めぐみんの口から溢れた予想外の言葉を聞いて、隣にいたダクネスが素っ頓狂な声を出す。

 

「どうしましょうダクネス! この義賊はよくわかっています! こんな格好良い仮面をつけて、しかも黒装束ですよ!」

 

 めぐみんは興奮した様子で、ダクネスの身体をユサユサと揺らしながら熱弁する。少なくともカズマ等の正体には気付いていないようだ。

 格好良いと言われて、うっかり正体を明かしたい衝動に駆られたカズマであったがグッとこらえる。一方でダクネスは非常に思い悩んだ表情を浮かべてから、剣を握り直して前に出た。

 

「お、おのれぇ賊めー。ここから先に行かせはしないぞー」

「お頭、どうもダクネスは何か意図があるんだろうと理解して、俺達に合わせてくれてるみたいっすね」

「ダクネスにはちゃんと後で説明しなきゃだね」

 

 誰が聞いても棒読みに思えるダクネスの声を聞いて二人は察した。空気を読んでくれたダクネスに感謝しつつカズマ達は動き出す。

 

「わ、我が渾身の一撃を受けてみよー」

 

 変わらずの棒演技でダクネスは剣を振り上げる。この埋め合わせは必ずするからと思いつつ、カズマは『バインド』を唱えた。

 飛び出したロープはダクネスのもとへ飛んでいき、ダクネスは抵抗も見せず縛られる。ちょっと嬉しそうなのはいつものこと。

 めぐみんは今も仮面の義賊にお熱の様子。彼女はスルーし、部屋へ入ろうとしたカズマ達であったが──。

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 魔法を唱える女性の声が響き、ダクネスを縛っていたロープが解けた。部屋の前に立ち塞がった敵を見て、カズマ達は思わず足を止める。

 

「一体何しに来たのか知らないけど、私がここにいたのが運の尽きよ。あなた達を捕まえれば、また高い酒を貰える筈だわ! さぁ! 大人しく私に捕まりなさいな!」

 

 残る一人の問題児、アクアであった。いつも役に立たない癖にどうしてこんな時だけと、カズマは心の中で悪態を吐く。

 だが、悠長にしている暇もない。塞いでいるワイヤーは追手の騎士によって取り除かれ始めている。このままでは挟み撃ちだ。

 アクアも義賊の正体には気付いていない様子。やるなら今しかないと、意を決してカズマはクリスと共に駆け出した。と、それを見たダクネスは自ら前に出てきた。

 

「聞け、賊どもよー。我が渾身の横薙ぎの一振りで葬り去ってくれるー」

 

 ご丁寧に攻撃の仕方まで教えてくれたので、カズマとクリスは姿勢を低くしてダクネスの横薙ぎを避ける。

 

「何やってるのよダクネス! 今からどんな攻撃するのか叫んだら意味ないじゃない! せめて詳細がわからない技名にしなさいな!」

 

 ダクネスはカズマ達に合わせて行動してくれているのだが、アクアがそれを知るはずもなく。攻撃を外したダクネスを責める。

 おかげでアクアの注意が逸れた。カズマとクリスはそそくさと走り抜け、いよいよ部屋の中へ。障害は全て乗り越えたかと思われたが──。

 

「ここまで突破されるとは思いませんでしたが、アイリス様はこのレインがお守りします!」

 

 カズマ達の前に、王女側近の魔法使いレインが立ち塞がった。レインの後ろにアイリスは控えていたが、彼女も剣を抜き戦闘態勢に移っている。

 足を止めざるを得なかったカズマとクリス。だが、背後からはアクアが拳を鳴らしながら迫ってきている。

 

「(クソッ! あとちょっとだってのに……!)」

 

 ここまで来て逃げるわけにはいかない。必死に頭を働かせるが、打開策は思いつかない。

 隣のクリスに目を配るも、彼女の表情には焦りが。現状を打破できる手札は持っていないようだ。

 万事休すか──そう思われた時だった。

 

「な、何ですか!? この魔力は!?」

「えっ?」

 

 こちらを睨んでいたレインが、酷く驚いた様子で窓の外に顔を向けた。彼女だけではない。背後のアイリスも、隣にいるクリスも同じ方向へ顔を向けている。

 

「私の悪魔センサーが反応をキャッチしたわ! どさくさに紛れて侵入してきたみたいね!」

 

 アクア曰く、現れたのは悪魔のようだ。更なるハプニングにカズマは慌てる──と思われたが、彼にはひとつの可能性が見えていた。

 我らが銀髪仮面盗賊団のメンバーに、一人だけ当てはまる人物がいる。そして彼は侵入前、魔力の匂いを変える香水をかけていた。悪魔であることは気付かれたが、それが誰かまではアクアに気付かれていない。

 レイン達が感じている魔力の主は恐らく彼であろう。というかこれ以上の面倒事は嫌なのでそうであって欲しい。カズマはその可能性に賭け、隣のクリスへ話しかけた。

 

「お頭、皆の注意が俺達から逸れてる今がチャンスですぜ。一気に駆け抜けましょう」

「あっ、そうだね! ナイス判断だよ助手君!」

 

 カズマの声で我に返ったクリスは、彼と共にアイリスのもとへ駆け出す。

 盗賊の接近を感じてレインは前方に顔を向けたが、その時にはもう彼女の横を通り過ぎ、アイリスの前へ。

 アイリスは何かに気付いたような表情を見せたが、剣を振るう隙も与えない。カズマとクリスは同時に手を開いた。

 

「『スティール』!」

 

 アイリスとすれ違いざまに『スティール』を発動。カズマの手中には、小さくて固い何かの感触が。

 

「盗りましたかお頭!」

「うん! でも確認してる暇ないよ!」

 

 幸運値の高い自分達なら間違いないであろう。クリスの言う通り、カズマは手を開くこともせず周囲を見回す。

 逃げ場を探していると、バルコニーへ続くガラス扉を発見。そして扉の向こう側には、見覚えのある銀髪仮面女子高生が。

 

「お頭! あそこにニューが!」

「ニューちゃんナイスタイミング!」

 

 別行動を取っていたニューことゆんゆん。クリスはガラス扉に向かって『解錠』スキルを発動。鍵が開いた音を聞いて、ゆんゆんがたまらず扉を開けた。

 

「お頭さん! 助手さん! こっちです!」

 

 カズマ達は急いでゆんゆんのもとへ。バルコニーへ移ったカズマは手すりから見下ろすが、地上まではかなり高さがある。飛び降りるのは難しいであろう。

 

「ちょっと待ってろ。確かロープが──」

「ニューちゃん、アレお願いできる?」

「はい! 魔力はまだ残ってるので問題ありません!」

「それじゃあ助手君、飛び降りる準備はいい?」

「オーケー、なわけねぇだろうが!」

 

 当たり前のように飛び降りる選択肢を迫ってきたクリスに、カズマは思わず声を荒げた。

 

「この高さを見ろよ!? 落ちたら即死は決定的! 蘇生してくれる奴もいない! 追い詰められ過ぎてトチ狂ったか!?」

「アタシはいたって冷静だよ。大丈夫、ニューちゃんが何とかしてくれるから」

「いやそう言われても──」

 

 一度は更に高い崖から飛び降りた彼なのだが、あれは極限に追い込まれてしまったからこそ。今もピンチではあるが、生死を分かつ程の危機的状況ではない。

 故に踏ん切りがつかないカズマであったが、いつまでも選択を待ってくれるほど現実は甘くない。

 

「待ちなさい! それが何なのか知らないけど、そのまま持って行かせたりしないわよ! 封印してあげるわ!」

「ええいアイツは最後の最後まで!」

 

 逃亡しとうとするカズマ達に気付き、アクアが開いた手をかざす。

 もはや迷ってはいられない。カズマは腹をくくり、バルコニーの手すりに足をかける。

 

「封──印ッ!」

「くそったれぇええええええええ!」

 

 背後から眩い光が放たれるのを視界の端で感じながら、三人の盗賊は宙へと身を投げ出した。

 短い放物線を描いた後、身体は重力に従って落下する。真正面から強い風圧を受け、顔が歪みそうになる。

 ピンチを前に覚醒して空を飛ぶ能力が発動する、なんてお約束もあるわけがない。カズマは迫りくる地面に恐怖を抱きながら、ゆんゆんを信じて待つ。

 そして──彼の願いは届いた。

 

「『グラビティフェザー』!」

 

 地面まであと僅かだった時、ゆんゆんの詠唱が耳を貫く。その直後、カズマの落下がピタリと止まった。正確には、極限まで緩やかになった。

 クリスとゆんゆんも同様だった。彼等は羽のようにふわりと落下し、地面に身体をつける。痛みは一切感じられない。

 クリスは身体を起こすと手で服を払い、安堵の笑みを見せた。

 

「無事、脱出成功だね」

「……こういうスキルがあるなら、先に言ってもらえませんかね」

「ごめんごめん。説明する暇も惜しいと思ったからさ」

 

 何はともあれ、五体満足で逃れることができた。身体を起こしたカズマは、疲れたように息を吐く。

 周囲を見渡すが、追手はいない。安全を確認したところで、手に握っていた物を見る。

 

「何だこれ? 指輪か?」

「こっちはネックレスだよ。どうやらアタシの勝ちみたいだね」

 

 目的の神器であるネックレスを、自慢気に見せるクリス。先のジャンケンといい、どうにも彼女と運勝負で勝てる気がしない。

 

「さ、さっきの部屋にめぐみんもいましたよね!? 私の姿見られちゃったかな……アクセルの街で会った時に問い詰められたらどうしよう!?」

 

 一方でゆんゆんは、台詞と違ってはにかんだ表情を浮かべている。めぐみんにいっぱい話しかけられる未来が見えて嬉しいのであろう。

 もっともめぐみんは、変装したカズマにご熱心だったので、ゆんゆんの存在に気付いていたかどうかも怪しかったが。

 

「さて、あとは敷地内から出るだけ……と言いたいところだけど」

 

 クリスは振り返って城を見る。彼等の脳裏に浮かぶのは、残る一人のメンバー。

 そして、突如出現した巨大な魔力。カズマはイコールで繋がると思っているのだが、クリスとゆんゆんは断定できずにいるようで。

 

「この魔力はVさん……なんでしょうか?」

「香水をつけてるから匂いは変わってるけど、それだけじゃない。何か……今までと違う気がする」

 

 魔力を感じられないカズマは、二人の言葉に首を傾げるばかり。ただ、魔力の主がとてつもなくヤバイことは理解していた。

 似たような感情をゲームで抱いたことがある。フィールドを歩いていたら突然現れる、超強い特殊モンスター。ゲーマーである彼は、初見のゲームでも特殊モンスターの出現を察知するスキルを会得していた。

 その、特殊モンスターの気配を感じた時の、どっと汗が吹き出る緊張感。絶対に遭遇してはならないと、彼の本能が危険信号を鳴らしている。

 すぐにここから立ち去りたい。そんな彼の思いを察したのか、クリスはカズマに指示を出してきた。

 

「助手君はニューちゃんを連れて外に出て。アタシは様子を見てくる」

 

 それだけ伝え、クリスはカズマのもとから離れていった。遠のいていく背中をカズマは見送る。

 ゆんゆんは不安そうであったが、ここはリーダーに任せるのが吉。カズマはゆんゆんを諭し、二人で外を目指して走り出した。

 

 

*********************************

 

 

 普段よりずっと長く感じる廊下をクレアは走る。すると、進行方向から走ってくる騎士団長のアンドックとバッタリ出会った。

 一体何があったのか尋ねると、騎士を騙る賊の相手を魔剣の勇者に任せて、他の賊を探しに来たと彼は言った。ミツルギ自身にそう命じられたとも。

 アンドックの言う偽物騎士が、この魔力の主だと見て間違いないであろう。そして、魔剣の勇者はその敵とたったひとりで戦っている。

 だが、もし相手の騎士が魔剣の勇者を上回っていたら──最悪のビジョンを浮かべたが、かき消すように頭を振る。クレアはアンドックを置いて足を進めた。

 

 彼ならきっと大丈夫。『勝利の剣』の呼び名通り、数多の戦場に勝利をもたらしてきた彼ならば。クレアは自分に言い聞かせて魔力を辿る。

 そうして一階まで駆け降り、城の中庭へと着いた彼女は──信じがたい光景を目の当たりにした。

 

「……えっ?」

 

 頭の整理が追いつかず、クレアは震えた声を出す。

 中庭は酷く荒れていた。城壁は所々崩れており、地面にはクレーターがいくつもできている。

 そして、庭に咲いた花を赤い鮮血が彩っていた。血の色はまだ新しい。クレアは鮮血を流した者を見る。

 魔王軍との戦場では傷一つ付いていなかった鎧はボロボロに。今にも倒れそうな彼の額からは、中庭を染めていた血が流れており、片目は赤黒く染まっていた。

 魔剣の勇者は、かつて見たことがないほど追い込まれていた。

 

「ミツルギ……殿?」

 

 彼ですら劣勢に立たされている状況を、クレアは受け入れられずにいる。だが、そんな現実を直視させるように、クレアの視線が相手へと移る。

 禍々しい角に、漆黒の鎧と大剣。魔剣の勇者とは対照的に、相手はダメージを負った形跡すらない。あれが魔力の主であり、アンドックの話していた偽物騎士であろう。

 クレアは腰に据えていたレイピアを抜く。魔剣の勇者が敵わない相手にどこまでやれるか。彼女は息を呑んで黒騎士の動きを見る。

 やがて、魔剣の勇者だけを捉えていた黒騎士の視線が、クレアにも向けられた。

 

「──ッ!」

 

 視線が合った。ただそれだけにも関わらず、クレアの身体は硬直した。

 心を、黒い何かに覆われる。今の彼女に見えていたのは──黒騎士の手で殺された、自分自身の姿。

 握っていたレイピアが、その手から落ちる。死を目の当たりにして呆然とするクレアに、黒騎士はその手に魔力を込め、魔弾として放った。

 青白い炎の魔弾がクレアに迫る。だが彼女は動けなかった。やがて、クレアの視界が白い光に包まれる。

 

 刹那、彼女の視界は紺色へと切り替わった。と同時に、何かがぶつかる音が耳に届く。

 その音で我に返ったクレアは、ようやく自分の身に起きていた出来事を理解した。

 

「ぐぅっ……!」

 

 クレアに迫っていた魔弾を、ミツルギが大剣で防いでいた。彼は力を振り絞り、受け止めていた魔弾を跳ね返す。

 魔弾は城壁へと飛んでいき、当たった場所は音を立てて崩れていく。間一髪で助かったクレアへと、ミツルギは声を掛けてきた。

 

「クレアさん、大丈夫ですか?」

「それはこちらの台詞です! ここは一度退いて回復を──」

「僕のことなら心配しないで。まだ……戦える」

 

 クレアの静止も聞かず、ミツルギは大剣を構えて黒騎士と対峙する。

 これほどまで傷を受けているにも関わらず、どうしてあの黒騎士に立ち向かえるのか。死そのもの──悪夢のような存在を見てもなお、どうして恐れず立ち上がれるのか。

 彼の背中はすぐ目の前にある筈なのに、手を伸ばしても届かないほど遠くに見えた。

 

「ハァッ!」

 

 ミツルギはボロボロの身体に鞭を打って走り出す。迫りくるミツルギを見て、黒騎士は静かに剣を構える。

 お互いが剣の間合いに入ったところで、ミツルギは浅葱色の大剣を下から振り上げた。これを黒騎士は真正面から剣で受け止める。

 強大な力の衝突を表すように、剣のぶつかり合う音が鳴り響く。ミツルギは懸命に押し続けているが、黒騎士は微動だにしない。

 このままでは勝てない──クレアがそう思った時、異変が起きた。

 

 割れるような高い音と共に、黒騎士の剣にヒビが入った。程なくしてヒビは広がり、黒騎士の剣はガラスのように砕け散ったのだ。

 まさかの出来事にクレアは驚く。それはミツルギも同じであった。だが彼は止まることなく剣を握り締め──。

 

「でやぁああああっ!」

 

 力いっぱい、剣を振り下ろした。黒騎士のガードは間に合わず、彼の剣は黒騎士の角に直撃する。

 時が止まったような静寂が辺りを包む。それを破ったのは、再び響く何かがひび割れる音。

 そして──ミツルギの渾身の一撃は、黒騎士の左角を折った。剣はそのまま黒騎士の肩に当たり、そこで刃が止まる。

 黒騎士は拳を握りしめると、ミツルギの腹へ一発入れた。重い一撃にミツルギの身体は後方へ飛ばされる。

 地面に仰向けで倒れるミツルギ。クレアはたまらず彼のもとへ駆け寄った。

 

「ミツルギ殿! ご無事ですか!?」

「ゲホッ! ゴホッ! へ、へへ……ようやく一撃ってところかな」

 

 ミツルギは血反吐を吐きながらも、楽しそうに笑っていた。赤黒い片目もあって、狂気を感じさせる彼の姿にクレアはゾッとする。

 

「一体何が……」

「相手の鎧と剣は、元々は近衛騎士の物。魔力でコーティングされる前に僕の突き攻撃でヒビを入れていたのもあるけど、力に耐えきれなかったようだね」

 

 ミツルギは息を整えて身体を起こす。もはやクレアには目もくれず、彼は再び漆黒の騎士を捉える。

 

「クレアさんは下がってて。このまま攻撃を続けていけば、いずれ鎧も壊せる筈だから」

 

 戦う意思は消えないどころか、更に燃え盛っていた。ミツルギの指示に大人しく従い、クレアは数歩下がる。

 彼等の戦いを邪魔できる者はいないだろう。そう思われた矢先──問答無用で割って入る者が現れた。

 

「見つけたわよクソ悪魔! この女神アクア様が成敗してあげるわ!」

「あ、アクア様!?」

 

 最上階で王女アイリス様の護衛を担っていた筈のアークプリースト、アクアであった。彼女の登場にミツルギは目を丸くして驚く。

 クレアも驚いたが、タイミングとしては完璧だ。彼女は急いでアクアへと知らせた。

 

「アクア殿! ミツルギ殿へ回復魔法を!」

 

 アクアは先の魔王軍迎撃戦でも、数多の騎士や冒険者を回復してくれた。彼女ならミツルギの傷も瞬く間に回復してくれるであろう。

 クレアの声を聞いたアクアは彼女等に目を向ける。そしてボロボロのミツルギに気付いたのか、彼女はミツルギへと手をかざして魔法を唱えた。

 

「『セイクリッド・ターンアンデッド』!」

「おほぉおおおおおおおおっ!?」

「ミツルギ殿ー!?」

 

 まさかの浄化魔法を放たれ、ミツルギは悲鳴を上げた。通常、人間には効かない魔法だが、彼は魔剣に宿る元魔王軍幹部と魂を共鳴させ、身体能力を向上させるスキルを持っている。それを使っていた故にダメージを受けてしまったのであろう。

 回復どころかトドメの一撃を受け、ミツルギはその場に倒れる。一方でアクアはひと仕事終えたかのように額を腕で拭った。

 

「アンタ、元アンデッドで現ゴーストのアイツに乗っ取られかけてたから浄化しといたわよ。あら? まだしぶとく生きてるようね。ならダメ押しにもう一発放って──!」

「待ってくださいアクア殿! 彼はデュラハンの魂と共鳴して力を高めていたのです! 浄化魔法はおやめください!」

「えっ、そうなの? うわー、あんなヤツと魂レベルで仲良しとか引くわー」

 

 アクアは鼻を摘んでミツルギに軽蔑の目を送る。彼とアクアの距離が縮まる可能性は万に一つもないようだ。

 と、アクアが走ってきた方向から他にも人が。彼女の仲間であるアークウィザードのめぐみんとダスティネス卿。更に道中で出会ったアンドック騎士団長率いる騎士が数名。そして──。

 

「アイリス様!?」

「クレア! 大丈夫ですか!?」

 

 最上階にいる筈の王女アイリスと側近のレインの姿もあった。アイリスとレイン、騎士団はクレアのもとに駆け寄る。

 

「クソッ、やはり満身創痍ではないか! 何故貴様は無理をしてでも戦い続けようとするのだ……!」

 

 トドメを刺したのは向こう側にいるアークプリーストなのだが。拳を震わせるアンドックに、クレアは何も言わずアクア達に目を向ける。

 

「なんですかあの黒騎士は! 超格好良いです! あれも義賊の仲間なのでしょうか!? 先程の仮面を付けた人といい、この義賊は私の琴線を激しく刺激してきます! ヤバイです!」

「一撃で捻り潰されてしまいそうな威圧感だ。ぜひともあの黒騎士の攻撃を味わってみた……いやダメだ! アイリス様の手前で欲に溺れては……!」

 

 流石は数々の魔王軍幹部を討ってきた冒険者。黒騎士を前にしても臆していなかった。言動については理解できなかったが。

 ともかくこれで数は優勢になった。クレアは落としていたレイピアを拾い上げる。魔剣の勇者が勝てなかった相手に、この人数でどこまで戦えるか。

 クレア達は相手の動きを静かに待つ。そんな中、漆黒の騎士はおもむろに拳を天に掲げた。

 

 刹那──強い揺れが彼女達を襲った。

 

「こ、これは……!?」

 

 地面の振動にバランスを崩しそうになるクレア達。それだけではない。大気の揺れ、収束する魔力。それらは全て黒騎士から発生していた。

 黒騎士が強力な攻撃を仕掛けてこようとしているのは、誰の目にも明らかだった。

 

「た、退避! 退避ー!」

 

 アンドックは黒騎士から離れるよう指示。皆が急いで離れる中、アンドックは倒れていたミツルギの肩を担いでから退避する。

 クレアはアイリスを咄嗟に抱きかかえ、レインと共に走る。バリアを張る余裕もない。

 

「ねぇ待って! 明らかにヤバそうなんですけど!? 他の人達と一緒に早く逃げたほうが良さそうなんですけど!?」

「あぁ……闇を連想させる色をした鎧とマントに二本の角! 完璧なフォルムです! アクア、今度はあの黒騎士を紙パックで作ってください!」

「こんな時に何言ってるのめぐみん!? 後でいっぱい作ってあげるから今すぐ逃げましょうよ! ほらダクネスも!」

「ええい、もう辛抱ならん! 私が壁になるからアクアとめぐみんは私の背後に! さぁ黒騎士よ! この私を満足させる一撃を放ってみろ!」

「逃げる気ゼロじゃない!? そういうのはちゃんと時と場所を選ぶってダクネスが言ってたのに! あーもうー! 助けてカズマさぁああああんっ!」

 

 先程までの威勢は何処へやら。黒騎士から視線を外さない二人とは対照的に、アクアはその場で泣きじゃくる。

 強さを増す大地の揺れと共に、黒騎士の魔力は高まる。そして、拳が一瞬眩い光を発した時──黒騎士は拳を振り下ろした。

 

Rest in peace(安らかに眠れ)

 

 壮絶な光の中に、彼女達は飲み込まれた。

 

 

*********************************

 

 

 王城の外。城壁から軽やかに飛び降り、人気のない場所へ降り立つ影がひとつ。

 

「……Humph」

 

 ひと仕事を終え、城から脱出した銀髪仮面盗賊団のメンバーであったV。もといバージル。

 

 城の一階でクリス達と別れた彼は、眠らせた騎士を担いで城壁の上に移動し、そこで鎧を奪った。

 その後カズマ達と合流したが、ミツルギに道を阻まれていたため、彼の相手を自ら請け負った。

 

 そして戦いの最中、バージルは己の悪夢を解き放った。それが、あの姿である。

 思い出したくもなかった筈の記憶。心の奥底にしまい込んでいた記憶は、あの悪夢より目覚めた時から鮮明になっていた。

 悪夢の内容は覚えていなかったが、今までと明らかに違っていた。ぼんやりと記憶に残っていたのは、自分を覆わんとしていた闇が手中に収まったような感覚。

 今ならば、悪夢すらも力にできるのではないか。そう思い、行動に移した結果──彼は見事、悪夢を支配した。

 

 もう少し試したかったが、人が集まり過ぎた。その為、彼は衝撃波(ヘルオンアース)でまとめて吹き飛ばした。

 敵が全員倒れた隙に城壁の上へ退避。丁度その時、騎士の鎧が悪夢の力に耐えきれなくなり、大剣と同じように崩れ落ちた。

 バージルは隠していた黒コートとマフラー、仮面を回収。あれだけの騒動が起きても夢の中だった裸の騎士を横目に、城の外へ脱出したのである。

 

「……ムッ」

 

 城から離れるように道を進んでいると、行く先に人影を発見。夜でもハッキリ見える銀色の髪に、浅葱色のマント。クリスであった。

 彼女は不安そうにバージルを見ている。その表情で、先程の黒騎士姿を見られていたのが容易に想像できた。バージルは歩み寄り、いつもの調子で声をかける。

 

「目的の物は盗めたか?」

「こっちは上手くいきましたけど……その……大丈夫ですか?」

「何ら問題はない。奴等にも手心は加えておいた。貴様には、俺が我を失っているように見えたか?」

「だってあの姿は、貴方にとっての悪夢そのもの……だから、貴方の心が悪夢に押し潰されてしまったのかと、本気で心配してたんです」

 

 彼女はバージルのことを、世界を脅かす敵になると危惧していたのではなく、ただただ身を案じていた。クリスの潤んだ瞳が、それを物語っていた。

 

「……無用な心配だ。悪夢なら、とっくに見飽きている」

 

 もう悪夢に心を乱されることはない。バージルの言葉を聞いたクリスは、安堵するように息を吐いた。

 クリスは流しそうになっていた涙を腕で拭って顔を上げる──と、彼女はその表情をご機嫌斜めなものに切り替えた。

 

「それはそれとしてバージル。アタシ、極力戦闘は避けるようにって言わなかったっけ?」

 

 腰に手を当て、前のめりの姿勢でクリスが問いかけてきた。王城潜入の作戦会議や潜入直前、クリスから口酸っぱく言われていたことをバージルは思い出す。

 では、実際はどうだったか。彼はミツルギと派手にドンパチやりあい、最後は手加減していたといえ、王女様も含めて盛大に吹き飛ばした。潜入と呼ぶには、あまりにも目立ち過ぎていた。

 

「言い訳なら聞いてあげるけど、説教は覚悟しておいてね」

 

 クリスの言葉に、バージルは何も言い返すことができなかった。

 




次回で今章エピローグになります。

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