この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第72話「Dance of the sword ~剣の舞・紅~」

「無茶だけはしないで。危なくなったらすぐ逃げてね……『ワイヤートラップ』!」

 

 クリスとカズマが階段を登った後、入り口を塞ぐようにワイヤーが張られる。

 それを横目で確認したゆんゆんは、対峙するクレメアとフィオを睨む。二人はクリス達を追いかけようとせず、ゆんゆんと向き合っていた。

 

「紅い瞳の初心者殺しだなんて珍しいわね。通常個体と比べて性格は穏やかって聞くけど」

 

 クレメアの言葉に、ゆんゆんは内心ドキッとする。紅魔族の特徴である目を見られたが、相手がゆんゆんだとは気付いていない様子。

 

「一人で私達を相手しようだなんて、随分と舐められたものね。フィオ、さっさと捕まえちゃいましょう」

 

 どうやら負ける気はさらさら無いらしく、余裕を見せてクレメアは横に立っているフィオへ顔を向けて話しかける。

 その一瞬を、ゆんゆんは逃さなかった。

 

「えっ──」

 

 クレメアは咄嗟に気付いて前を向く。だがその時にはもう、ゆんゆんは目の前まで迫っていた。

 先に攻撃性の高いクレメアを無力化すべく、ゆんゆんは彼女の顔に手をかざして魔法を唱えた。

 

「パラライ──」

「『スキルバインド』!」

 

 それを遮るように、フィオが『スキルバインド』を唱えた。ゆんゆんは麻痺魔法を唱えたつもりでいたが、クレメアに変化は見られない。

 魔法が無効化された事実に気付いた時、クレメアが狙っていたとばかりに笑みを浮かべて仮面へ手を伸ばしてきた。ゆんゆんはすんでのところで身を引き、クレメアの手をかわして距離を取る。

 

「ちぇっ、仮面の下にどんなかわいい顔があるか見てやりたかったのに」

 

 口ではそう言っているが、余裕のある表情は崩れない。まんまと誘われてしまったと、ゆんゆんは反省する。

 おかげで『スキルバインド』により、こちらの魔法を禁じられてしまった。魔法を主体とする魔法職には致命的。だが、彼女には鍛え上げた体術がある。

 心を落ち着かせるようにゆんゆんは深く呼吸をし、両拳を握って構える。

 

「へぇ、魔法を封じたってのにまだやる気?」

「よっぽど自信があるみたいだけど、捕まっちゃっても知らないよ?」

 

 クレメアは楽しそうに笑って腰に据えていた剣を抜く。一般的な片手剣の長さで、彼女の髪と同じ若緑の剣身が光る。

 隣にいたフィオも同じく剣を抜いた。クレメアの物より短く、剣身は所持者と同じ赤色で染まっている。

 

「私は槍が得意だけど、ここで振るには狭すぎるわ。だから、この剣で相手してあげる」

「少しだけ痛い目に遭ってもらうわね」

 

 二人は身を低く構え、戦闘態勢を取る。ゆんゆんは息を呑み、相手が動くのを静かに待つ。

 暗い廊下を、窓から差し込む月の光が照らした時──クレメアが先に動いた。

 

「うりゃっ!」

 

 駆け出したクレメアが剣を振りかざす。それをゆんゆんは最小限の動きで避け、後ろへといなした。

 二人がすれ違う形になった後、遅れてきたフィオが剣を振り下ろさんとしていた。が、ゆんゆんは相手と腕をかち合わせることで防ぎ、そのまま腕を払った。

 すかさずフィオの懐へと潜り込み、勢いを乗せたまま背中で体当たりを繰り出した。フィオを後方へと吹き飛ばし、距離を置かせる。

 

「こんの──!」

 

 攻撃をいなされたクレメアが再度仕掛けてきた。ゆんゆんは足を上げ、剣を振り下ろそうとしたクレメアの手を蹴りで弾く。

 クレメアが防御できない今を逃さず、ゆんゆんは軸足を変えると相手の鳩尾に真っ直ぐ蹴りを入れた。クレメアの表情が苦痛に歪み、後方へ蹴り飛ばされる。

 しかしすぐに体勢を立て直し、再び斬りかかってきた。反対側のフィオも同様で、今度は同時に攻撃を仕掛けてくる。

 いなすも防ぐも不可能。故に、ゆんゆんは高く跳び上がることで回避した。背後から来ていたフィオの頭上を越えて、華麗に着地する。

 

 全て避けられるどころか反撃すら入れられてしまった。間抜けな自分と余裕をかます相手への怒りを込めるように、クレメアは床を強く蹴って駆け出す。

 フィオも追いかける形でゆんゆんに向かう。ゆんゆんは二人の攻撃を見切ると、軽やかな身のこなしでかわし続けた。

 

「くっ……!」

 

 暗闇に目が慣れ、クレメアの表情に焦りが浮かんでいたのをゆんゆんは見る。やがて相手の二人はゆんゆんから一度距離を取った。

 

「私がアイツを抑えてる間に、フィオはアレをお願い」

「わかったわ」

 

 短く言葉を交わした後、再びクレメアが迫ってきた。フィオはその場を動かず。『潜伏』で気配を消してから、もう一度『スキルバインド』をかける算段なのであろう。

 このまま持久戦に持ち込まれた場合、いずれ護衛の騎士が来て包囲される。最悪の事態を避けるべく、ゆんゆんはフィオから目を離さないよう接近する。

 しかしクレメアも迫っている。彼女の相手をしていたら、その間に『潜伏』で身を隠されてしまうであろう。

 クレメアを一発で行動不能にし、フィオを捕える。ゆんゆんは足を止めずクレメアへと接近し──右手をかざした。

 

「『フラッシュ』!」

 

 瞬間、ゆんゆんの右手から眩い光が放たれた。目を閉じるのが間に合わず、間近で受けたクレメアは思わず目を抑える。後方で動向を伺っていたフィオも同様であった。

 

 アークウィザードになる紅魔族は、学校で魔法について様々な授業を受ける。当然、厄介な『スキルバインド』についてもそこで学んでいた。その効果時間も。

 スキルレベルが最大での効果時間は、クレメア達の攻撃を避けている間に過ぎていた。魔法を放つタイミングを伺っていたゆんゆんであったが、どうやらドンピシャだったようだ。

 ゆんゆんはクレメアの横を通ってフィオのもとへ。彼女の背後から首を掴むと『スリープ』を放った。途端にフィオは眠りに誘われ、糸が切れた人形のように倒れる。

 カランと、フィオの手から剣が落ちる。ゆんゆんはそれを手に取り、重さを確かめる。にるにる製のジュウと同じく、魔力を幾らか込めるようだ。

 ゆんゆんは剣からクレメアへと視線を移す。もう視界は戻ったようで、クレメアはゆんゆんを睨んでいた。

 

「ただの義賊と思って甘く見てたわ。初心者殺しどころか上級者殺しよりも厄介ね」

 

 緑色の剣をクレメアは差し向ける。ゆんゆんも左手に握る剣を構えて対峙する。

 

「でも、アンタの動きはある程度わかった。こっからは本気を出させてもらうわ……『身体強化』!」

 

 

*********************************

 

 

 『身体強化』でステータスを向上させたクレメアは、同じく剣を構える仮面の少女を睨む。

 彼女の足元には、眠らせられたフィオが倒れている。彼女を起こせば再び『スキルバインド』が使えるが、その隙を相手が与えてくれるとは思えない。

 このまま一人で続行が最善。むしろその方が好ましい。クレメアは剣を強く握りしめて駆け出した。

 

「ハァッ!」

 

 クレメアは剣を振り下ろす。『身体強化』によってその速さは数段速くなっている筈であったが、相手によって弾き返された。 

 すかさず逆袈裟や横薙ぎ等、相手に反撃の隙を与えないよう攻撃を続ける。それでも剣は相手に届かない。

 振って駄目ならと、クレメアは一度身を退いて突きを繰り出す。対して仮面の少女は、身を翻して突きをかわした。

 少女とすれ違う瞬間、彼女はクレメアの背中に手をつけてきた。『パラライズ』を警戒したが、相手は何も放たず距離を取った。

 クレメアは振り返って少女に身体を向ける。少女は息吐く間もなくこちらに向かってきていた。相手の出方を待ち、クレメアは身構える。

 

 次の瞬間、少女の姿が消えた。

 

「ッ!」

 

 これにクレメアは驚く──とほぼ同時に背後へ振り向いた。しかし少女の姿は無い。

 なればとクレメアは振り返った勢いを止めず、再び少女が消えた方角を向くように剣を振る。

 刹那、金属音が鳴り響く。消えた筈の少女は既にクレメアの眼前へと迫り、鍔迫り合いをしていた。

 

「残念だったわね!」

 

 仮面の下に見える目から吃驚の色が見える。『身体強化』もあって筋力ではこちらが上回ったようで、クレメアは鍔迫り合いに押し勝った。

 体勢が崩れた相手にクレメアは追撃を狙う。だが仮面の少女は咄嗟に後方へ飛び退いた。好機を逃すまいと、すぐさま追いかける。

 

「はぁっ!」

 

 相手は、クレメアが間合いにも入っていないにも関わらず剣を横に薙いだ。すると赤く光った剣から、紅蓮の炎が波状で飛び出す。

 クレメアは面食らったが、すぐさま足を止めて剣を振るう。と、緑色に光る剣から風の刃が放たれ、相手の炎をかき消した。

 

 クレメアとフィオが所持していた剣は、過去に討伐した『炎嵐の飛竜(フレイムストームワイバーン)』を素材に作られた。

 製作者であるアクセルの街在住の鍛冶屋曰く、魔力を込めれば炎と風を発生させることができる。彼はミツルギにと二つの剣を作成してくれたが、ミツルギはそれを仲間の二人にプレゼントしてくれた。二人が喜ぶ前で鍛冶屋は不満そうな顔であったが。

 

「私でも使い慣れるまで苦労したってのに、そうあっさり使いこなされるとムカつくわね」

 

 それほどまでに相手の実力、センスが自分より上回っている。悔しいが、その事実は認めざるをえない。

 おまけに相手は先程の斬撃を除いて、魔法による飛び道具を一切使っていない。その余裕がクレメアを更に苛立たせる。

 

「アンタだけは……私が倒す!」

 

 だったら嫌でも魔法を使わせるまで。クレメアは剣を構え直す。相手は息も切らしておらず、静かに剣を構える。

 まだ『身体強化』は切れていない。ここでかけ直しておくべきかと考えていた、その時。

 

「こっちだ! 早く賊を捕えるぞ!」

 

 男の声と共に、複数の足音が聞こえてきた。その正体を察したクレメアは、舌打ちして構えを解く。

 

「どうやら時間切れみたいね」

 

 クレメアがそう呟いたのを聞いて、仮面の少女は振り返る。騒がしい足音と共に廊下の先から駆けつけてきたのは、護衛の騎士達であった。

 

「そこにいるのはクレメア殿に……貴様! 一体何者だ!」

「オイ! 階段がワイヤーで塞がれているぞ! 早く取っ払え!」

 

 数は八人。その内半分がワイヤーの除去に向かい、残りが仮面の少女へ矛先を向ける。

 挟み撃ちにされて逃げ場はない。だが仮面の少女は動揺する様子も見せず、ゆっくりと構えを解く。

 クレメアへ差し出すように、少女は剣を水平に持つ。降伏かと思われた矢先、彼女は握っていた剣を手放した。

 剣は重力に従って落下する。クレメアと騎士達がそれに視線を寄せる中、剣は音を立てて床に落ち──同時に、仮面の少女は騎士のいる方向へ駆け出した。

 

「ヌッ!? 逃がすか! ここでひっ捕らえ──!?」

 

 自ら突っ込んできた少女を捕まえるべく騎士達は身構えたが、少女は彼等の予想を超える動きを見せた。

 彼女は避けるように横の壁に向かったかと思えば、なんとその壁を走ったのだ。少女は騎士達の頭上を越えるように壁を駆ける。

 そして壁を強く蹴って宙に身を投げると、空中で身体を翻し、瞬く間に騎士の包囲を越えて着地した。彼女はそのまま逃げるように廊下を駆ける。

 

「ま、待て!」

 

 驚きのあまり動きが止まってしまった騎士達は、慌てて少女を追いかける。残されたのはワイヤーを除去する騎士とクレメアのみ。

 クレメアは床に置き捨てられたフィオの剣を拾う。剣の柄に残る少女の熱が手に伝わってくる。

 

 捕まる前に敵前逃亡。端から見ればそうであろう。しかしあの時、少女の前にいたクレメアだけは違っていた。

 やるならとことん付き合う──そんな意志が宿った、紅く光る少女の目を見たのだから。

 

「上等じゃない!」

 

 クレメアは笑い、再び『身体強化』をかける。そして、少女が駆けていった方向へとクレメアも走り出した。

 

 

*********************************

 

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 クレメアは荒くなった呼吸を整えながら前を見る。視線の先に立つのは仮面の少女。流石に息は切れているが、クレメアよりも余裕は見られる。

 彼女等がいる場所は、城壁の上。仮面の少女は軽やかな身のこなしで窓から外に出て、ここまで逃げてきた。追いつけたのはクレメアただひとり。

 騎士達がここまで来るには時間がかかるであろう。クレメアは深く呼吸をし、相手の少女を見据えた。

 

「ったく、ホントに腹が立つわ。アンタにも、私自身にも」

 

 クレメアは仮面の少女へ語り始めた。対する少女は何も言わず耳を傾けている。

 

「私は、キョウヤの仲間として頑張ってきた。レベルも上げて、スキルもいっぱい習得して、技術も磨いて、魔王軍と最前線で戦って……でもね、その度に痛感するの。私とキョウヤの差を」

 

 クレメアが最も尊敬し、愛する男。そして、最も遠い存在。

 

「追いつけないことぐらいわかってる。キョウヤは天才なんだから。でもね……私は、どんな時でもキョウヤの隣に立ちたい! 彼と一緒に戦っていたいの!」

 

 それでも彼女は、彼を追いかける。彼との未来を歩む為に。

 

「だから私は……アンタなんかに負けるわけにはいかないのよ!」

 

 クレメアは両手に持った剣を握り締め、仮面の少女と対峙する。彼女の強い意志を受けてか、今まで黙っていた少女はクレメアから目を逸らさず言葉を返した。

 

「私も、負けるわけにはいかないんです」

 

 夜空に浮かぶ満月よりも輝く、少女の紅い瞳。彼女の目を見て、クレメアの脳裏に二人の男の姿が過る。

 クレメアの先に待つ、近いようで遠い存在。そして、そんな彼が追い求める更に向こう──頂きに立つあの男。

 

 そこでようやく、クレメアが我に返る。その時にはもう、仮面の少女は魔力を高めていた。

 魔法を警戒して身構えたが、相手は一向に放ってこない。少女は両手を広げ、魔力を集中させる。

 

 そして──少女の両手に、浅葱色の剣が二本出現した。

 魔力で形成された剣から、青い光が炎のように揺らぐ。自分と同じ二刀流。仮面の少女はそれを逆手に持って静かに構える。

 彼女が発現させた魔法剣を見て──クレメアは笑った。

 

「勝つのは……私なんだから!」

 

 クレメアは仮面の少女に向かって駆ける。右手の風剣を振り下ろすが、魔法剣によって防がれる。間髪を入れず炎剣を横から振るも同様。

 攻めあぐねた彼女は一度離れる。だが仮面の少女は距離を詰め、素早い連撃を仕掛けてきた。クレメアは冷静に剣で防ぎ続ける。

 お互いの剣がぶつかる中で、クレメアは違和感を抱く。少女の力は、風剣を扱っていた時よりも弱かった。しかし相手が疲れているようには見えない。

 もしやと、クレメアは攻撃を防ぎながら時を待つ。数えられないほど剣を交わした末、仮面の少女は撫で斬るように右手の剣を振り下ろす。

 

「やぁっ!」

 

 ここだと、クレメアの目が開かれる。迫る魔法剣を狙い、クレメアは二本の剣で同時に振りかぶる。

 風炎の二刀が魔法剣とぶつかり合い──少女の魔法剣は、ガラスのように砕け散った。

 

「やっぱり強度はイマイチみたいね!」

 

 読みが当たったクレメアは、仮面の少女へと剣を水平に薙ぐ。一本の魔法剣では防げない。相手は咄嗟に飛び退いて避け、再び発現させようと右手を開く。

 

「させないわよ!」

 

 チャンスは今しかない。クレメアは隙を与えないよう迫る。仮面の少女は避け続けるが、構わず追いかける。

 魔力を集中させる少女に駆け寄り、バツ印を描くように二本の剣を振り抜いた。対する少女は避けるように後方へ飛び退く。

 

「これならどうかしら!」

 

 クレメアは二本の剣に魔力を込め、少女を狙うように思い切って振り抜く。剣から撃ち出された炎と風がうねるように交じり合い、風炎の龍が仮面の少女を喰らわんとする。

 少女はギリギリで飛び上がってこれを避ける。クレメアは咄嗟に瓦礫の床を蹴って、少女よりも高く飛び上がった。空中で対面した少女は魔法剣による突きを狙ってきたが、クレメアは二本の剣を水平に無いで、残る一本を粉々に砕いた。

 空中で無防備になる少女。クレメアは相手の腹に強く蹴りを入れた。蹴り飛ばされた少女は瓦礫の床へ背中を打ち付ける。

 クレメアが着地する頃、少女は身体を起こしていたが、その手に魔法剣は無い。クレメアは風剣の刃先を少女へ向ける。

 

「私の勝ちね」

 

 少女に逃げ場はない。肩で息をしながらも、クレメアは相手へ勝利宣言を告げる。

 だが、未だ闘志の消えない目を見せる仮面の少女は、おもむろに口を開いた。

 

「ひとつ、忘れてませんか?」

 

 返してきた言葉と共に──少女の姿が消えた。

 クレメアの息が止まる。何故という疑問を浮かべたが、その答えはすぐに見つかった。

 城内での戦いの最中、仮面の少女が自身の背中に手をつけた。それに気付いた時、クレメアの身体は無意識に動いていた。

 咄嗟に背後を見て、左の炎剣を振る。だがその剣は虚しく空を切る。

 

 そして──後方へと飛び退いたであろう仮面の少女が、右手に雷を宿しているのを見た。

 ここでクレメアは気付く。相手は今まで、魔法剣を出す為に魔力を集中させていたのではなかったと。

 間に合わない。その思考とは裏腹に、クレメアは床を蹴って駆け出した。だが、少女へと刃が届くよりも早く詠唱が耳に入る。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 少女は右手を横に薙ぐ。その手から、雷の刃が飛び出した。

 思考よりも先に防衛本能が働き、クレメアは両手の剣を同時に縦へ振り下ろす。雷の刃とクレメアの剣がぶつかり、風圧が起こる。

 

「負けて……たまるかぁああああっ!」

 

 剣から伝わる、雷の刃に宿りし魔力の圧。クレメアは力を振り絞り、雷の刃を断ち切った。

 あと少しでも遅れていたら間に合わなかった。窮地を脱したクレメアは顔を上げる。そこに少女の姿は無い。

 

「しまっ──」

 

 少女を見失い、危険を察知する。だがその時にはもう手遅れであった。

 首の後ろに、少しの熱と感触を覚える。背後から首を掴まれていると気付くのに時間はかからなかった。

 誰がいるのか振り返らずともわかる。剣を強く握り締めるが、振れない。敗北という事実を突きつけられ、身体が小刻みに震える。

 

「ほんっとムカつく。ここまでやっても負けるだなんて。魔法も全然使ってこなかったし。アンタはいったい、どんだけ先に行ってるのよ」

 

 努力だけでは辿り着けない境地。それを見せつけられ、悔しさのあまりクレメアの目から涙が零れる。

 が、諦めはしない。全ては彼の隣に立つ為に。この思いを胸に、目の前にある崖など飛び越えてやろう。

 

「今回も、アンタの勝ちでいいわ。でも次こそは勝ってみせるんだから」

 

 クレメアは背後の少女へ言葉を掛け、目を瞑る。彼女との再戦を誓うように、少女は唱えた。

 

「『スリープ』」

 

 

*********************************

 

 

 ゆんゆんは空を仰いで呼吸を整える。足元を見ると、そこには安らかに眠るクレメアが。

 フィオ、そしてクレメアと戦ったゆんゆん。特にクレメアは強敵であったが、どうにか無力化することに成功した。

 先の戦闘で彼女もだいぶ疲弊していたであろう。となればしばらく目覚めることはない。

 

「まさか、クレメアさんがここまで強くなっていたなんて……」

 

 過去に戦った時とはまるで別人。『身体強化』を施した彼女は、力もスピードも自分より上を行っていた。

 魔法を放つ機会を伺っていたが、その隙も与えてくれなかった。辛うじて最後に『ライト・オブ・セイバー』を当てられたのみ。

 もし、クレメアが最初から『身体強化』と二刀流で、フィオと共に攻めてきていたら……どう転んでいたか想像もつかない。

 

「もっと強くならないと……」

 

 これではダメだ。里を守れる紅魔族の族長となるためには、まだ力が足りない。

 あの時共闘したミツルギの実力はこんなものではなかった。あれほどの実力……いや、あれを超える程の力と技が無ければ届かない。

 ゆんゆんの憧れる英雄。大切なものを守れる力を持った魔剣士のようになるためには。

 

「いたぞ! あそこだ!」

 

 考えに耽っていた時、男の声が聞こえてゆんゆんは我に返る。

 城壁から見下ろすと、護衛の騎士が数名こちらを見上げていた。自分を追いかけてきた者達であろう。

 

「そうだ! クリスさ……お頭さんと助手さんを助けに行かなきゃ!」

 

 二人が目的の魔道具を盗み出した後、ゆんゆんの『テレポート』によってここを脱出する手筈になっている。その為に魔力もいくらか残していた。

 下の騎士達を眠らせるのは容易いが『テレポート』時に魔力が無ければ本末転倒。ここからは戦闘を極力避けるべきだろう。

 早々にここを離れるべく顔を上げる。城壁の上を伝えって移動できる場所を探す中、ゆんゆんは横目で眠っているクレメアを見る。 

 

 彼女との戦いの中で、ゆんゆんは『幻影剣』を使った。あのスキルを使えるのは、彼女が知る限りでは自分とバージルしかいない。

 おまけに紅魔族の特徴である紅い目を見られている。その状況下で『幻影剣』を使うのは、もはや自ら正体を晒してしまうようなもの。

 それはゆんゆんも理解していた。その上で使用したのだ。

 

 戦闘中のクレメアの言葉、動きを見て、独り抱いていた疑問──そして、彼の言っていた『保険』があったために。

 

 




念の為言っておきますが、ゆんゆんの職業は変わらずアークウィザードです。

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