この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第70話「この魔剣士と相談を!」

 魔王軍との抗争後。騎士団と冒険者は王都へと凱旋。彼らは住民達の拍手と歓声に包まれた。

 王城前で待っていた王女アイリスやその他貴族の手前で、クレアは戦いに参加した者達を労う目的として、明日の夕刻に宴を開くと発表。冒険者達は歓喜の声を上げる。

 その中にもいたカズマパーティー。ダクネスは瞬く間に貴族に囲まれ、アクアは戦場で傷を治した者達をアクシズ教へ勧誘するべくカズマのもとから離れていった。残されたカズマは、爆裂魔法で力を使い果たしためぐみんをおんぶして王城内へ。

 そこで再会したアイリスの「お兄様」呼びでめぐみんと一悶着ありながらも、彼等はカズマが使用していた部屋へ。アイリス曰く、戦いに参加した礼として一泊だけは許してもらえたとのことであった。

 

 添い寝を期待したカズマの期待虚しく、めぐみんは別の部屋で宿泊。その間、アイリスはカズマが王城に在住できる期間を増やしてもらうよう、クレアへ打診することに。

 朗報が届くことを願い、カズマは眠りについたが──翌日。

 

「……ダメだったか」

「申し訳ありません。何度もクレアにお願いしてみたのですが……」

 

 カズマの部屋に訪れたアイリスの表情は、とても明るいとは言えないものであった。ベッドに腰掛けていたカズマは、ため息を吐いて空を仰ぐ。

 

「駆け出しの冒険者にしては結構頑張ったと思ったんだけどなぁ」

「私もそう伝えました。けれどクレアは、上級冒険者にへばりつく寄生虫となって討伐数を稼ぐような小物に、でかい顔で王城を歩かせるわけにはいかないと……」

「確かにコバンザメみたいなやり口だったけど、いくらなんでも言い過ぎだろあの白スーツ」

 

 憎たらしい顔で言い放つクレアが容易に想像でき、アイツには一度『スティール』で赤っ恥をかかせてやりたいとカズマは思う。

 

「でも、なんとなく予想はできてたよ。悪いアイリス。俺の力が及ばないばっかりに……」

「そんなことありません! お兄様は文字通り、命懸けの戦いに赴いたのですから! 及ばないのは、私の方です……」

 

 余程カズマと一緒にいたかったのか、アイリスの目に涙が浮かぶ。

 彼もまだアイリスと時間を過ごしていたい。しかし、こればかりはどうしようもなかった。カズマはバツが悪そうに頭を掻く。

 

「……また私は除け者ですか。いつまでもイチャイチャと。流石はアクセルの街随一のロリコン冒険者ですね」

「流れでなんつー肩書を口にしてんだロリっ子紅魔族! 違うからな!? 妹のような存在のアイリスとそんな空気にはなんないから……おいなんだよアイリス!? 悲しそうな目でこっちを見るな!」

「それよりも先程から気になっていたのですが、王女様が身に着けているそのネックレスから、並々ならぬ魔力を感じますね」

「自分から振っといて話題をすぐ切り替えんな! せめて弁明できる時間をくれよ!」

 

 慌ててロリコン疑惑を否定するカズマを無視し、めぐみんはアイリスが首に下げていたネックレスを見つめる。

 

「これは、私の本当のお兄様へ献上されたネックレスらしいのですが、遠征中のお兄様に代わり、私が預かっているのです」

「そうだったのですか。流石は王族ですね。そのような神器級の魔力を持つ物を貰えるとは。で、いったいどのような力があるのですか?」

「それが、まだ使い方は解明されていないのです。定められたキーワードを唱えれば力が発動するのではと言われておりまして、裏面にそれらしい文字は彫られているのですが、城の学者達でも解読に至らず……」

「へぇ、どれどれ……」

 

 話を横で聞いていて気になったカズマは、アイリスが手に持つネックレスの文字を覗き込む。だがその文字は、カズマにとって馴染みのある言語であった。

 

「ってこれ、日本語じゃないか」

「えぇっ!? お兄様、この文字が読めるのですか!?」

「あぁ、えーっと……」

 

 アイリスが驚嘆する前で、カズマはネックレスに彫られた文字を読み上げた。

 

「『お前の物は俺の物。俺の物はお前の物。お前になーれ!』……なんだコレ、馬鹿にして──」

 

 カズマが読み上げて束の間、ネックレスから強烈な光が放たれた。あまりの眩しさにカズマ達はたまらず目を瞑る。

 部屋の中を満たすほどの光に三人が包まれる。やがてその光が徐々に収まっていき、瞼の裏でそれを感じた三人はおもむろに目を開けた。

 

「……特に何も起きていませんね。なんだったのでしょうか?」

 

 三人とも身体に異変は見られず、風景も変わらない。拍子抜けだとめぐみんは溢す。

 が──その眼前で、アイリスが酷く慌てた表情でめぐみんに話しかけてきた。

 

「いや何言ってんだめぐみん! 今まさにとんでもないことが起きてんぞ!」

「えぇっ!? ど、どうしたんですか王女様! 急に呼び捨てで……って、私の方がお姉さんなんですから、呼ぶのならお姉様と──」

「あ、あの……」

 

 ガラリと口調が変わったアイリスとめぐみんが言い合っている前で、大人しかったカズマがおずおずと手を上げ、二人に告げた。

 

「私がアイリスなのですが……」

「……えっ?」

 

 

*********************************

 

 

 魔王軍撃退を祝うように晴れた、昼過ぎの城下町。冒険者と商人で賑わう街の中、ある店に訪れた男がひとり。

 

「ベルディア。ここで間違いないよな?」

『あぁ。俺と貴様の記憶が正しければ、ここで待ち合わせの筈だ』

 

 黒い私服を着こなしたミツルギと、霊体としてフワフワ浮いているベルディア。二人は顔を見上げて、店の看板を確認する。

 『喫茶スゥイート甘々亭』──とても、男が一人で訪れるような店ではなかった。

 周りの住民は離れた場所から、奇っ怪な視線を送っている。彼自身、こういう店には仲間の二人に連れ込まれる形で訪れた経験はあったが、お一人様は初体験であった。

 若干の恥ずかしさを抱きながらも、意を決して店内に入る。ドアベルの音が鳴ったのに気付き、フリフリの制服を纏った店員が駆け寄ってきた。

 

「いらっしゃいませー! 何名様で……ひぇえっ!? ま、ままま魔剣の勇者様!?」

 

 当然と言うべきか、店員にも顔は知られていた。彼女は思わぬ有名人の来訪にパニックを起こしている。

 そんな彼女を落ち着かせるように、ミツルギは優しい口調で、笑顔も忘れずに言葉を返した。

 

「席の案内は大丈夫だよ。待ち合わせが先に来ている筈だから。それと──」

「ひゃうっ!?」

 

 彼は何の躊躇もなく、彼女の襟元に手を伸ばす。突然のことに店員は硬直状態。

 解けかけていた首元のリボンを結びなおし、襟元を正す。顔が至近距離まで迫り、顔が火のように赤くなった店員とは対照的に、ミツルギは平然とした表情。

 

「うん、これでよし。それじゃあ、接客頑張ってね」

「は、はひ……」

 

 イケメンにしか許されない行為。ミツルギはそれだけ告げて店員の前から離れる。一方で身も心も骨抜きにされた店員は、ヘナヘナとその場へ座り込んだ。

 

『ミツルギ』

「んっ?」

『死ね』

「なんで!?」

『存在自体が罪だからだ。死ね。オークの群れに囲まれて惨たらしい結末を迎えて死ね』

 

 これでその気無し、ただのお節介だからタチが悪い。ベルディアは思わず本音を漏らすが、ミツルギにはその理由が理解できず。

 ベルディアからの妬みを受けながらミツルギは店内を歩く。そして店の奥まで辿り着いたところで、二人は目的の人物を発見した。

 

「本当にいたね。師匠」

『めちゃデカイパフェをすまし顔で食ってるぞ。これはツッコんでいいのか?』

 

 一番奥の席で、フルーツとクリームがこれでもかと盛られた特大パフェを、たったひとりで堪能していたバージル。

 彼が抱くバージル像からは想像できない絵面だが、人の趣味嗜好にとやかく言うのは良くないと思い、そのままバージルがいる席へ。

 

「……来たか」

「すみません、ご堪能中に」

 

 ミツルギは対面の席へ座る。バージルもこちらに気付いて一度手を止めたが、すぐにスプーンを動かしてパフェの続きを楽しんだ。

 昨晩、ミツルギはバージルへ義賊について尋ねるべく、ゆんゆんに彼のもとへ案内してもらった。そこでバージルと久しぶりに再会し、日々冒険者として精進していること、ベルディアが魔剣から霊体として飛び出せるようになったことなど、積もる話を交わしあった。

 そして、義賊の事は隠しつつ「折り入って相談がある」と話を持ちかけると「明日聞いてやる」と返され、場所も指定された。それがこの喫茶店である。バージルの口から喫茶店の名前を聞いた時、ミツルギは三回ほど聞き返した。

 

「ご、ご注文はいかがなさいますか?」

 

 ミツルギは席に着いたのを見計らって、先程とは別の店員が注文を取りにきた。どういうわけか顔が赤く、ミツルギは熱でもあるのだろうかと心配する。

 ひとまずアイスコーヒーをひとつ注文。店員が店の奥へ行くと、さほど時間はかからずにミツルギのもとへアイスコーヒーを持ってきた。

 机に置かれたところで、ミツルギは優しく微笑んで礼を告げる。その時に店員はふやけたように倒れ、本当に風邪ではないかとミツルギは声を掛けたが、店員は逃げるように離れていった。

 その際にまたもベルディアから嫉妬の念を送られたが、やはりその理由は理解できなかった。

 

「それで、話とは何だ?」

 

 あっという間に半分まで食べ終わったところで、バージルが手を止めて話を進めてきた。

 こんなに食べて糖尿病にならないかと思ったが、彼は半人半魔。そういった病気とは無縁であろう。ミツルギはアイスコーヒーを一口飲み、早速話を始めた。

 

「師匠は、王都に潜む義賊をご存知ですか?」

「悪い噂を持つ貴族の屋敷に忍び込み、宝を奪っていくと聞いている」

「一昨日の夜にはアルダープ家の屋敷に現れたそうです。で、そこに目星をつけて張っていたサトウカズマは、遭遇したものの逃してしまったとか」

 

 ミツルギは話しながらバージルの様子を伺う。が、相変わらずの仏頂面で感情は読み取れない。

 

「サトウカズマの怠慢っぷりには呆れるばかりですが……気になるのは、義賊について彼が何も明かしていないこと」

「相手は王都の騎士ですら手に余る盗賊だろう。姿を目撃する暇すら与えられず、返り討ちにあったとしてもおかしくはない」

「確かにそうでしょう。ただ僕には……あのサトウカズマが、こうもあっさり負けてしまったとは考えられないんです」

「……目の敵にしていると思っていたが、随分と買っているようだな」

「なにせ、僕を一度ならず二度までも負かした男ですから。次こそは勝ちますけど」

 

 言動、素行は褒められたものではないが、咄嗟の機転と作戦の組み立て、スキルの応用、リーダーとしての指揮力等はミツルギも一目置いている。それがあったからこそ、数々の魔王軍幹部を撃退できたのであろう。

 

「暗くて見えなかったという線もありますが、あの姑息なサトウカズマなら『暗視』スキルを習得していても不思議じゃない」

「つまり、カズマは義賊の姿を見ていた可能性が高いと」

「はい。そして……何か事情があって、明かせないのではないかと」

 

 そして、義賊の話は本題へと移る。ミツルギは一度アイスコーヒーで喉を潤してから、言葉を続けた。

 

「実は、気になる証言がありまして。誰にも聞いてもらえず、仲間にすら妄言として扱われているそうですが……屋敷にいたサトウカズマの仲間の一人が、ある冒険者の姿を見たと」

 

 ミツルギはバージルの顔を注視する。僅かながら眉が動いたのを、ミツルギは見逃さなかった。

 

「彼女の言う冒険者は、僕にとって恩師と呼べる存在です。彼女の話を聞いた時は流石に耳を疑いましたが、もし本当だとしたら……サトウカズマが黙秘するのも納得がいく」

「で、その恩師とやらを貴様はひっ捕らえて突き出すと?」

「いいえ。どうして義賊に協力しているのか、尋ねるつもりです。きっと何か事情がある筈。むしろ、僕も協力していいとすら思っています」

「理解できんな。その冒険者の実態が、救いようのない大罪人だったらどうするつもりだ?」

「僕はそう思いません。信じていますから。理由はそれだけで十分です」

 

 真っ直ぐと、バージルの目を見据えて伝える。嘘偽りないミツルギの思い。

 どこまでも呆れた奴だ、とでも思ったのだろう。バージルは小さく息を吐いてから言葉を返した。

 

「これを食べ終えたら場所を移す。少し待っていろ」

「全部食べるつもりだったんですね」

「当たり前だろう」

 

 

*********************************

 

 

 義賊の話を一度途切れさせ、バージルは残っていたパフェをぺろりと完食。ミツルギは見ているだけで胃がもたれそうになった。

 それから二人は喫茶店を後にし、王都の街を歩く。声を掛けてくる住民に笑顔で挨拶を交わしながらバージルの後をついていくと、訪れたのは人通りの少ない裏路地。

 密会をするにはもってこいの場所。バージルは歩く速度を落としつつ、後を追ってくるミツルギへ話しかけた。

 

「先程の話、出どころはカズマか?」

 

 全てお見通しだと言わんばかりの質問。だがミツルギは、カズマから聞いたと言わないようにと、カズマ本人から口酸っぱく言われていた。どう答えたものかとミツルギは迷う。

 

「まぁいい。質問を変えよう。貴様は、身体を入れ替える神器に聞き覚えはあるか?」

 

 しかし、それすらも見透かしているような素振りをバージルは見せ、先程の質問を引っ込めて別の質問を尋ねてきた。

 バージルの質問を聞いて、ミツルギは首を傾げる。

 

「身体を入れ替える? いえ、僕にはさっぱり……」

「その神器が今、王都のどこかに隠されているそうだ。奴は今、それを探している」

 

 バージルのいう『奴』とは、カズマが話していたクリスという盗賊であろう。

 義賊の正体にこちらが気付いていることは、十中八九バージルも感づいている。周囲に人の気配がないことを確認してから、ミツルギは尋ねた。

 

「目的はいったい何なんですか? そもそも、どうしてそのような神器が王都に?」

「どこかの貴族が買い取ったそうだ。そして奴は、使用される前に回収するつもりでいる」

「それはやはり、危険な代物だからですか?」

「どれほどの性能か知らんが……場合によっては、永遠の命を手中に収めることも可能だろう」

「えっ?」

 

 バージルの言葉にミツルギは首を傾げたが、その理由にミツルギは程なくして気付く。

 

「そうか、もし入れ替わった状態で片方が死んでしまったら……」

「恐らくな。まして所有者が貴族となれば、王族に近付ける機会もある。そこで神器を使えば、新たな肉体のみならず絶対的な権力すらも……」

「とてつもなく危険じゃないですか! 早く回収しに行かないと!」

 

 神器の危険性を理解し、ミツルギは焦り出す。誰にも気付かれず王族に成り変われるだけでも脅威だが、もしその貴族が魔王軍と繋がりのある者だった場合、ベルゼルグ王国が乗っ取られかねない。

 もはや協力も惜しまない。その思いをバージルに伝えようとしたが、そこでバージルはミツルギから顔を背け、進行方向をジッと見つめていた。

 どうしたのかとミツルギは同じ方向を見る。視線の先には、ゴロツキと思わしき男が三人と、彼等に絡まれている二人の男女。

 

「あそこにいるのは……サトウカズマ?」

 

 二人は、見知った冒険者であった。カズマの隣にはトンガリ帽子を被った魔法使い、めぐみんの姿もある。

 何があったのか不明だが、少なくともゴロツキの被害に遭っているのは間違いない。二人を助けるべく、ミツルギは彼等のもとへ駆け寄った。

 

「そこの君達、ちょっといいかな」

「あぁん!? なんだテメェ!」

 

 ミツルギが声を掛けると、体格のいいゴロツキ三人は睨みを効かせてこちらに振り向く。

 が、日夜相手にしているモンスターと比べればかわいいもの。ミツルギは動じることなく言葉を返した。

 

「そこにいる二人のちょっとした知り合いさ。彼等に手を出すつもりなら、僕が相手になろう」

「んだとぉ! ガキが調子に乗ってんじゃ──」

「あ、兄貴! コイツはマズイですって!」

 

 真ん中の男が殴りかかろうとしてきたが、側近の男が慌てて止めた。

 

「なんだよ。このガキがなんだってんだ?」

「コイツ、魔剣の勇者ですよ! たった一人で数多の魔王軍を屠ってきたという、最強の冒険者! ここは大人しく逃げた方がいいですって!」

「ざけんな! こちとら散々コケにされて腸煮えくり返ってんだ! このままおめおめと帰れるかってんだ!」

 

 男は側近の静止を振り切り、ミツルギの前に出る。口で言ってもわからないかとミツルギは呆れる。

 

「死ねやぁ!」

 

 怒りに任せて男は拳を振る。それをミツルギは、咄嗟に片手で受け止めた。

 容易く防がれたことに男は驚嘆する。体格だけならゴロツキに軍配は上がるが、レベルはミツルギが圧倒的に上を行く。まさに天と地ほどの差が二人にあった。

 出してしまった拳を引こうにも、ミツルギが離してくれない。必死に拘束から逃れようとするゴロツキに対し、ミツルギは空いている左手を握りしめ、男の鳩尾に重い一発を食らわせた。

 

「おぐっ……!?」

 

 腹の中から全部吐き出してしまいそうなほど、男はえづく。ミツルギが受け止めていた男の拳を離すと、男は腹を抑えながら後退し、やがて意識を手放してその場に倒れた。

 ミツルギは倒れた男から残る側近二人に視線を移し、鋭い眼光を見せて警告した。

 

「どうする? これ以上続けるのなら、僕も加減ができなくなるけど」

「ひ、ひぃいいいいっ!」

 

 まだ二十歳もいかない子供が放っているとは思えない威圧感。側近二人は恐怖で震え上がり、倒れた男を運び尻尾を巻いて逃げ出した。

 ミツルギはふぅと息を吐くと、カズマ達へ振り返る。

 

「サトウカズマ。君が、あの程度のゴロツキ相手に遅れを取るとはね。さて、怪我はないかい? お嬢さん」

 

 カズマへ苦言を呈してから、めぐみんへ声を掛けた。やたら自分へ風当たりが強いカズマの仲間だが、今回で少しは見直してくれたであろう。

 そんな期待を抱きながら言葉を待つミツルギ。俯いていためぐみんはバッと顔を上げ、ミツルギに言葉を返した。

 

「誰が助けてくれと頼みましたか! 本当に余計なことしかしない男ですね!」

「えぇっ!?」

『うーむ、このパターン前にもあったような』

 

 めぐみんはお怒りであった。予想外の展開にミツルギは驚き、ベルディアはデジャブを覚える。

 

「ぼ、僕は君達がゴロツキに絡まれて困っていると思って──」

「絡まれている? 私達が喧嘩を売っていたのですよ! 普通、女が男と街を歩いていたら、ゴロツキというのは良い女連れてるじゃねぇかと絡んでくるものだというのに、彼等は私を一瞥するだけで何も言わなかったんです! だから私はこの根性無しと散々罵倒していたんですよ!」

『コケにされてるって言ってたのはそういうことだったのか』

「最後に王女さ……カズマがコテンパンに倒す流れだったのに、貴方はそれを台無しにしたんです! どうしてくれるんですか!」

「え、えーっと……」

 

 めぐみんの主張を聞かされ、ミツルギは苦笑いを浮かべる。

 どうやら非があったのは彼女の方であったようだ。ゴロツキ達には少し悪いことをしたかなとちょっぴり思う。

 

「こうなったら、貴方に相手をしてもらいましょう! 覚悟はいいですか!」

「ちょっと待って! どうしてそうなるんだい!?」

 

 もはやゴロツキよりもタチが悪い絡み方。喧嘩上等のめぐみんにミツルギはたじろぐばかり。

 そんな時、横で見ているだけだったカズマが、独り盛り上がっているめぐみんへと耳打ちした。

 

「め、めぐみんさん。本当に戦うのですか? 王都で貢献してくださっている魔剣の勇者様に手を上げるのは心苦しいのですが……」

「そんな甘っちょろい考えではいけませんよ。いいですか? 冒険者というのは舐められたら終わりです。このままでは、あの男にゴロツキから助けられた冒険者止まり。恥さらしもいいとこです。それを払拭する為には、ゴロツキを倒したあの男を、完膚なきまでに打ち負かすしかないのです」

「なるほど……冒険者というのは厳しい世界なのですね。わかりました」

 

 何やら相談していたが、ミツルギの耳には届かず。それよりも、カズマの様子が少しおかしいことに、ミツルギは訝しむ。

 

「さぁ王女さ……カズマ! この空気が読めない男に制裁を!」

 

 彼の思考を遮るように、めぐみんはカズマへ指示を出す。一体どうしたものかとミツルギは悩む。

 とその時、ミツルギの背後から場に割って入る男の声が。

 

「勝負するには人数が足りていないな。気晴らしに俺も入ってやろう」

 

 声の主は、遅れてやってきたバージルであった。彼の姿を見た途端、めぐみんは鶏の首を絞めた時のような、高く短い奇声を上げる。

 

「貴様がカズマと戦うのなら、俺の相手はめぐみんか」

 

 ミツルギに目をやってから、バージルはめぐみんに視線を移す。彼の鋭い眼光を受けて、めぐみんはわかりやすく狼狽える。

 

「ば、バージルまで現れるとは想定外でした。しかし、今回私は戦うつもりはありませんので」

「貴様ともあろう者が逃げる気か。とんだ腰抜け魔法使いだな。もっとも、今の貴様にはピッタリな二つ名か」

「おい、紅魔族として不名誉な二つ名を一体誰に付けるつもりなのか聞いてやろうじゃないか!」

 

 バージルのあからさまな挑発に、めぐみんはあっさり乗った。

 冒険者は舐められたら終わりと啖呵を切った手前、退くわけにはいかない。帽子の下から見える紅い目を光らせ、めぐみんは手に持っていた杖を差し向ける。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、いずれ爆裂魔法を極めし者! 我を縛る因縁もここで終焉を迎える! 蒼き剣士の命を刈り取るのは、この紅き宿命を背負う大まほ──」

「そうか」

 

 めぐみんが格好良い口上を入れる中、バージルは一歩前に出る。

 彼の動きはカズマにも、横にいたミツルギにも見えなかった。当然、口上に意識がいっていためぐみんにも。

 バージルは瞬く間にめぐみんの目の前へ行き、彼女の杖を容易く奪った。

 

「あっ!?」

 

 声を上げてめぐみんが驚く中、バージルは後方に杖を放り捨てる。そして彼女の頭を片手で抑え、もう片方の手で──。

 

「だから! どうしていつもいつも眼帯を引っ張るのですか! 奪った杖で叩くとか手刀を当てるとか色々あるでしょう! 戦闘では色んな技を使うくせに、どうして私の時だけワンパターンなんですか!」

「この手段が貴様に一番堪えるからだ。どこまで紐を伸ばせるか感覚も掴んできた。最長まで伸ばした最大威力を食らわせてやろう」

「眼帯の下は封印を施した魔眼となっている! 下手に刺激を与えれば封印が解かれ、秘められし我が力が暴走する危険も──!」

「ほう、それは興味深いな。貴様に眠る力がどれほどのものか、俺が見定めてやろう」

「すみません! ごめんなさい! 謝りますからこれ以上伸ばすのはやめてください! いっそ伸ばしまくって紐を千切ってもらえれば──!」

You Trash(散れ)

「ぎゃあああああああああっ!」

 

 最長記録まで紐を伸ばした眼帯パッチンが、めぐみんの左眼を襲った。めぐみんは悲鳴を上げて道端でのたうち回る。

 早々に勝敗を決したバージルは襟元を正し、道の脇に移動して壁にもたれる。

 

「こっちは終わった。あとは貴様等だけだ」

「うぐぐ……何をぼさっとしているのですか! 私の仇を討つのです! まずはあのモツルギとかいう男をぶっ倒してください!」

「モツルギじゃなくてミツルギなんだけど……」

 

 残すはミツルギ対カズマ。ほとんど巻き込まれた形でミツルギは思わずため息を吐いたが、すぐに対峙するカズマを睨む。

 

「不本意な流れだが、君とはいずれ決着をつけなければならないと思っていた。丁度良い機会だ」

 

 私服で出かけており剣も所持していなかったため、ミツルギは格闘戦とばかりに構える。

 相手は絡め手で勝利を掠め取ってくる男。身体能力はこちらが上だが、相手にはミツルギの知らないスキルがある。前回の腕相撲もそれで敗北を喫してしまった。

 油断は禁物。こちらから仕掛けようとはせず、ミツルギは相手の出方を待つ。一方でカズマはアタフタとしていた様子であったが、やがて覚悟を決めたのか、こちらを向いて同じく構える。

 だが──。

 

「サトウカズマ……その女性のような構えはなんだ?」

 

 脇は締められ、内股気味。まるでか弱い女の子が勇気を出して戦闘態勢を取っている様。ミツルギの言葉に、カズマは何故かギクリといった反応を見せる。

 

「おまけに君の目……これまでの君とはまるで違う。汚れを知らない純粋無垢な少女のように澄んだ目だ。いつもの君は死んだ魚のように腐った目だった筈なのに、君の身に何があった?」

「お兄さ……わ、私はそんなに酷い目をしてはいません!」

 

 更には口調まで女性のようだときた。それがカズマの姿と声で発されているので、ミツルギは少し吐き気を覚える。

 いよいよ違和感を見過ごせなくなり、一旦戦闘態勢を解くべきかと考えたが──。

 

「いや待て……そうか、わかったぞ。普段と違う素振りを見せて、僕を油断させるつもりだな。で、心配して近寄った所を殴りかかる。君の考えそうなことだ」

 

 これはカズマの罠だと判断し、ミツルギは警戒心を解かずに構え直す。相手のカズマは変わらず女々しい構え。

 ミツルギはカズマの目を見据える。彼の目に変化は見られず、未だ幼き少年少女のもの。嘘臭さは微塵も感じられない。

 これが演技ならば大したものだ。冒険者など辞めて俳優になれば主演男優賞間違いなしであろう。

 

「……やめだ」

「えっ?」

「どうやら、いつもと様子が違うのは本当のようだ。そんな君に勝ったところで意味はない」

 

 そう言って、ミツルギは構えを解いた。疑いよりも、彼が嘘を吐いているようには思えない印象が勝ったのだ。

 カズマは少し驚いている様子で、構えを緩めている。ミツルギは彼へ歩み寄ると、事情を聞くべく話しかけた。

 

 カズマの目が、純粋無垢な子供の目から、汚れを知る無気力な大人の目に変わったと気付かずに。

 

「サトウカズマ、君は一体──」

「だっしゃらぁああああっ!」

「ぐふぉあっ!?」

 

 瞬間、カズマの右ストレートが飛び出した。間近で、それも予想すらしていなかった一撃を避けられるわけもなく、ミツルギは顔面に受け、そのまま彼は道端に倒れた。三度目の敗北である。

 ミツルギは痛みに耐えながらもすぐに上体を起こしてカズマに目をやる。どういうわけか、カズマは怒りに満ちた表情でこちらを見下ろしていた。

 

「き、きききき君って奴は……!」

「あと少しでお楽しみタイムだったのに、なんでお前が目の前に出てくるんだよ! もうちょっとでアイツ等の一糸纏わぬ姿を合法的に見れた筈なのに! 絶対許さねぇ! スティールで身ぐるみ全部剥がして雌オークの群れに放り捨ててやる! 覚悟しやがれ!」

「いや待て! 僕が何をした!? というかなんで急に怒り出したんだ!? 情緒不安定過ぎるぞ!」

 

 普段の口調と態度に戻っているが、先程と打って変わって怒り心頭。理解が追いつかない展開を前に、ミツルギは困惑する。

 が、問答無用とばかりにカズマは『スティール』を放つべく右手を広げた。

 ミツルギは思わず目を瞑る。しかし、一向に『スティール』の光を瞼の向こう側から感じない。疑問に思い、ミツルギはおもむろに目を開ける。

 彼は確かにこちらへ手を向けていたが──そんな彼の腕を、傍観していた筈のバージルが掴んでいた。

 

「あ、あれ? バージルさんまでなんでここに?」

「答えてやるが、その前に貴様の方で何があったか聞かせてもらおう」

 

 バージルはそう伝えてカズマの腕を離す。ようやく落ち着きを取り戻した様子のカズマは、バージルの指示通り、彼の身に何が起きたのかを話した。

 

 

*********************************

 

 

 事の発端は、王女アイリスがつけていたペンダントだった。

 ペンダントに記されていた言葉をカズマが声に出すと、ペンダントから光が放たれ、気付いた時にはカズマとアイリスの身体が入れ替わっていた。

 しばらくすれば元に戻るであろうとカズマは推測。それを聞いたアイリスは、折角なので家臣を連れずに外を歩きたいと提案した。入れ替わっているとしても、流石に一人で歩かせるわけにはいかなかったので、めぐみんがアイリスに付き添う形に。

 一方でアイリスと入れ替わったカズマは、城の住民にバレないようやり過ごしていたそうだが──。

 

「本当にどこまでも見下げた男だなサトウカズマ! アイリス様の立場を利用して、セクハラ行為に及ぼうとするとは……!」

「いや、俺も最初はそんなつもりじゃなかったんだよ。気付いたら自然とそういう流れになってたというか──」

「大方、城の住民にアイリスとしてチヤホヤされて、自分は何をしても許される気分にでもなったのでしょう。流石は、正当な理由さえあれば平気でセクハラできるクズマですね」

『なぁおい少年よ! 見たのか!? 鎧の下に隠されていた二人の全てを! 見たのなら詳細を! さもなくば貴様を呪い殺す!』

「むしろ俺に教えて欲しいよ。ここから先は十八歳未満の方は閲覧できませんとばかりに元の身体に戻ったからさ」

 

 カズマは残念そうにため息を吐く。そんな彼にミツルギは怒り、めぐみんは想定の範囲内だったか呆れるのみ。ベルディアは血眼になってカズマに詳細を求めたが、期待する答えは返ってこなかった。

 そんな中、カズマの話を聞いていたバージルは独り考える仕草を見せていた。

 

「(まさか、向こうから尻尾を出してくれるとはな)」

 

 アイリスが身につけていたという、入れ替わりの能力を持ったペンダント。クリスの探していた神器なのは間違いないであろう。

 思わぬ収穫に小さく笑うバージル。と、ミツルギがカズマ等のもとから離れてこちらに歩み寄ってきた。

 

「師匠。サトウカズマの話していたペンダントは、もしかしたら……」

 

 ミツルギは小声でバージルに伝える。彼も感づいていたようだ。

 バージルはカズマの方へ目を向ける。どうやら話題はめぐみんの方に移り、自らチンピラへ喧嘩を売った彼女にカズマは説教していた。

 こちらに意識を向けていないことを確認し、バージルはミツルギへ告げた。

 

「義賊を追う貴様に朗報だ。奴等は今宵、王城に現れる」

 




この二次小説書いている間にDMC5どころかDMC5SEまで出てしまった。発売おめでとうございます。

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