この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第60話「The successor ~受け継ぐ者~」

 里の外れにある森の中。悪魔達とにらめっこを続けながら、アクアは手をボキボキと鳴らす。

 悪魔を屠るのは彼女にとって造作もないこと。さて今度はどうやって料理してやろうかと思案していると。

 

「見ろ! こっちでも戦ってるぞ!」

「あの女の人はどういう戦い方をするんだ!?」

「我等の目に適うか否か、見極めさせてもらおう!」

 

 ようやくこちらに気付き、紅魔族が六人ほど駆け寄って観戦を始めた。

 正直観客はもっと欲しかったが、バージルよりも華麗に美しく敵を倒す姿を見せれば、自ずと人は増えるであろう。

 

「決めたわ! ここからは一発も当たることなく、退魔魔法も使わず、拳だけでアンタ達をぶっ殺してやるんだから!」

「「「おおっ!」」」

 

 悪魔を指差し、高らかに宣言するアクア。観客が沸き立つのを前に、格闘家さながらのステップを踏みつつ拳を構える。

 それを挑発と受け取ったか、キメラアサルトは先陣を切り、飛びかかる形でアクアに襲いかかった。

 

「『ゴッドアッパー』!」

 

 対するアクアは攻撃に合わせて右拳を突き上げる。拳は相手の顎に当たり、そのまま宙へと打ち上げた。

 『ゴッドアッパー』──神の拳(ゴッドブロー)を天へと打ち、敵を上空へと打ち上げる妙技。相手は死ぬ。

 しかし悪魔は未だ消滅せず。そのまま地面へ落ちたアサルトを見て、アクアは首を傾げる──ことはしなかった。

 観客を盛り上げる為に、敢えて威力を最小限にしていたのだ。本命は次の一手。アクアは駆け出すと、地面を蹴って跳び上がる。

 

「かーらーの……『ゴッドインパクト』!」

 

 アサルトの周辺にいる悪魔諸共消し飛ばすべく、昨晩は不発に終わった『ゴッドインパクト』を繰り出した。拳に聖なる神の力を込め、アサルトの土手っ腹目掛けて落ちていく。

 

 刹那──アサルトに寄生していたキメラシードの触手が動き出した。

 

「ちょっ!?」

 

 これにアクアは驚くが、一歩遅かった。剣状になった二本の触手がアクアの身体を斬り付ける。

 防御が間に合わず、キメラシードの斬撃を受けたアクア。後方へと退避し『ヒール』を自身にかけたので、ノーダメージではあったが──。

 

「おいおい、一発も当たらないと言った傍から攻撃を受けたぞ」

「あれは良くないなぁ。自分から挑発しておいて返り討ちに遭うのは初心者のやることだ」

「大幅減点だな。あっちの剣士を見習って欲しいもんだよ」

 

 折角引き寄せた観客は、大いに盛り下がってしまったようだ。呆れてバージルのもとへ戻っていく者もチラホラと。

 盛り上がること間違いなしだった筈の舞踊を台無しにされた。その上原因は、下等な悪魔の姑息な一手。

 

「よくも……便所を這い回るドブネズミよりもクッサイ雑魚悪魔如きがよくも……この私に! 傷をつけてくれたわねぇええええええええっ!」

 

 女神の怒りは頂点に達した。雄叫びを上げたアクアは、自分を傷つけたキメラアサルト目掛けて駆け出す。

 迎え撃つアサルトは爪弾を放ったが、アクアはそれを難なく拳で弾き接近。アサルトの頭を踏みつけ地面に押さえ付けると、背中にくっついていたキメラシードの触手を両手に持つ。

 

「ふんぬっ!」

 

 持ち前の怪力で引っ張り、二本の触手を引き千切った。断面からは、人に流れる物とはかけ離れた色の血が吹き出す。

 返り血を浴びたがアクアは気にせず、アサルトの上から降りる。そして尻尾を右手で握り締めると、片手で軽々とアサルトを持ち上げ、地面へと叩きつけた。

 

「おぉおおおおおおおりゃああああああああっ!」

 

 それも一回だけではない。怒りのままに腕を振り、アサルトを容赦なく何度も打ちつける。

 地面に凹みができるほど叩きつけたところで、アクアはアサルトをプロペラのように頭上で振り回し、尻尾を離してアサルトを投げ飛ばした。

 ボロ雑巾のようにされたアサルトはもはや虫の息。辛うじて背中のキメラシードは生きていたが──。

 

「フンッ」

 

 不幸なことにバージルのいる場所に飛んでしまったが為に、アサルトの身体ごと両断された。既に周辺の悪魔を殲滅し終えていた彼は、刀を納めてアクアを見守る。

 

「ぬぉああああああああああああっ!」

 

 女神の怒りは未だ鎮まらず。アクアは残るキメラシードを殲滅すべく、まずは一番近い位置にいた一匹を捕まえる。

 細い二本の足を両手で掴むと、これまた彼女は力任せに引っ張り、胴体を引き千切った。

 千切っては捕まえ、千切っては捕まえ。一匹一匹怒りを込めて、悪魔の死体を増やしていく。

 やがて、この場にいたキメラシードは全て引き千切られ、地面にはキメラシードの残骸と悪魔の血(レッドオーブ)が散在するのみ。これを見たアクアは右手に力を込め──。

 

「『ゴッドインパクト』!」

 

 三度目の正直『ゴッドインパクト』を繰り出した。拳が地面に当たり、振動と共に光の衝撃波が地を伝わり広がっていく。

 転がっていた悪魔の残骸と悪魔の血(レッドオーブ)は光に呑まれ、跡形もなく消し飛んだ。最後に残ったのは沈黙のみ。

 

「──ふぅ、スッキリした」

 

 数多の悪魔が生贄となったことで、女神の怒りは鎮められた。額の汗を拭うアクアは、実に清々しい表情を見せている。

 余裕ぶってあっさり攻撃をもらった失敗から一転。反撃する余地も与えない猛攻で悪魔を殲滅。その姿は、まさに鬼神の如し。

 

「なんて強さだ……未知のモンスターを次々と倒すだけに飽き足らず、死体すらも残さないとは」

「あの暴れっぷりと容赦の無さ。破壊の神と呼ぶに相応しい」

 

 残って観戦していた紅魔族数名も、関心するように唸っていた。残念なことに女神としては認知されていなかったが。

 同じく見守っていたバージルは、戦闘が終わったと見てアクアへ歩み寄る。

 

「片付いたか」

「私にかかればあんな雑魚、捻ってポイよ! でも、まーだ悪魔臭いのよねぇ。あっ、お兄ちゃんの臭いじゃないわよ?」

「流石に鼻が効くか。周りを見てみろ」

 

 バージルに言われ、アクアは周囲を見渡す。その理由を把握したのか「なるほどね」と納得の声を上げた。

 二人が見たのは、森に立ち込めている深い霧。悪魔の臭いが嫌でも鼻につくのを鑑みるに、これも悪魔の仕業なのだろう。

 

「どうしたんだい? 何かあったのか?」

「この森全体が、奴等の出した物であろう霧に覆われた。考えなしに歩けば、影に潜む悪魔にとって格好の餌となる」

「ほほぉ、それは恐ろしい。しかしなんというか、森と赤い霧がマッチしていい雰囲気になっていますな」

「霧は放置しておいて、迷いの森と名付けるのもありでは?」

 

 どこから悪魔が襲ってきてもおかしくない危機的状況にも関わらず、紅魔族達は呑気に新たな観光名所とするかを考えている。図太さで言えば、あのアクシズ教徒といい勝負か。

 

「(そういえば、ここへ来る途中に魔王軍襲来の警報が鳴っていたな)」

 

 魔王軍襲来とほぼ同時に森へ現れたアサルト達。十中八九、彼等は戦力を分散させる為の囮であろう。

 しかし、以前アルカンレティアで出会った幹部──ウォルバクの話では、バージルのいた世界の悪魔との関係は見られなかった。

 魔王軍が悪魔と手を組んだか、はたまた別の理由か……昨晩出会ったシルビアには、聞き出さねばならないことがあるようだ。

 

「これじゃあまともに森の中を歩けそうにないわね。なら、私の力で森ごと──」

「やめておけ。悪魔の次はアンデッドが蔓延る森になる」

「うっ……」

 

 バージルに釘を刺され、以前の過ちを思い出したアクアは振り上げた拳を大人しく下げる。

 あの時は力を送った木が少なかったので、見つけては伐採するだけで済んだのだが、もし全ての木々に力が宿ってしまえば……後処理など想像したくもない。

 

「じゃあ、魔の霧すらも見通す曇りなき眼を持ったこの私が、皆の道を切り開いてあげるわ! ついてきなさい!」

 

 アクアはそう言って、真っ先に森の中を駆け出した。自信満々な様子であったが、こういう時の彼女は決まって悪い方へ事が進む。

 確信すら覚えていたバージルは、アクアとは真反対の方角へ歩き出した。あの暴れっぷりならば、一人でも悪魔相手に立ち回れるであろう。

 そして、残された紅魔族の面々はというと──。

 

「どうする?『テレポート』で里に戻るか?」

「いや、私はあの剣士の戦いをもっと見てみたい。彼についていくとするよ」

「彼女の暴れっぷりも良かったが、やっぱり一回攻撃をもらったのがなぁ。俺もこっちにするか」

 

 バージル観戦組どころかアクア観戦組だった者達も加え、全員がバージルの後を追った。

 

 

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 一方、紅魔の里中心にて。

 自ら前へ出て、シルビアと対峙していたゆんゆん。短剣を強く握り締め、鋭い目つきで相手を睨む。

 

「女の子にしては勇気があるわね。ま、どうせ怖気づいて『テレポート』で逃げるんでしょうけど!」

 

 シルビアは横向きに身体を回転させ、長い尾で薙ぎ払う。これをゆんゆんは跳び上がって回避。そのままシルビアへ飛びかかろうとしたが、向き直ったシルビアはゆんゆんへ灼熱の炎を吐いてきた。

 

「『ウインドカーテン』!」

 

 ゆんゆんは防御魔法を唱え、炎を防ぐ。耐え切った後、ゆんゆんは一度地面へ着地して顔を上げた。

 

 目に映ったのは、彼女を覆い尽くすほどの巨大な火球であった。

 瞬く間に火球は地面へと接触し、大きな爆発を起こす。爆風が収まり、煙が晴れた後に見えたのは焼け焦げた地面のみ。ゆんゆんの姿は見当たらない。

 

「ハッ! やっぱり『テレポート』で逃げたじゃないの! 本当にどいつもこいつも──ッ!?」

 

 吐き捨てるように言い放つ最中、シルビアは背中に鋭い痛みを感じた。熱された何かで突き刺されたような、焼ける痛み。

 

「言った筈ですよ。逃げるつもりはないって」

 

 尻尾の薙ぎ払いで背中を見せた一瞬、シルビアへ『幻影剣』を飛ばしていたゆんゆん。その後『エアトリック』で背後に回った彼女は、短剣を深く突き刺していた。

 痛みに顔を歪めるシルビア。ゆんゆんはシルビアから落ちないようにしつつ左手で短剣を抜き取ると、更にもう一度突き刺した。

 

「グゥッ……! このクソガキがァッ!」

 

 シルビアはゆんゆんを振り落とさんと宙を飛び回る。ゆんゆんは必死にしがみつきながら、左手の短剣で幾度も刺す。

 しかし、シルビアの動きが激しくなったことで掴まることもままならなくなり、ゆんゆんは短剣を手に自ら離れた。身体を空中で捻らせ、華麗に着地する。

 怒りに満ちた表情で見下ろしてくるシルビア。その一方、先程の攻撃で確証を得たゆんゆんは、短剣を握り直してシルビアを見上げた。

 

 

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 時は遡り、魔神の丘。

 

「セシリーさん、お願いがあります」

 

 ゆんゆんは決意の固まった目でセシリーを見る。セシリーが顔を合わせてきたのを確認すると、ゆんゆんは短剣を抜き取りセシリーへ差し出した。

 

「魔法が効かない今、シルビアにダメージを与えるなら武器での攻撃しかありません。だからセシリーさん、この短剣に魔法で神聖属性を付けてください」

「……それって、ゆんゆんさんも戦いに行くってこと?」

「はい」

 

 セシリーの問いに、ゆんゆんは迷いなく答える。カズマの、シルビアが悪魔の力を得たことで退魔魔法が効くかもしれないという発言を聞いての行動だった。

 ゆんゆんの決断を前に、戸惑いを見せるセシリー。しかし、そんな彼女よりも先に異を唱える者が。

 

「変な所で責任感を抱いて前に出る貴方のことです。どうせ一人でシルビアと戦う気でしょう? 今、シルビアを引きつけているのは紅魔族の精鋭ばかり。そう簡単に倒される人達ではありませんよ!」

 

 わざわざ危険な戦いへ身を投じる必要は無いと、めぐみんは引き止める。滅多に口には出さないが、かけがえのない親友だからこそ危険な目に合わせたくないのだ。

 そんなめぐみんの気持ちがわからないほど、伊達に長い付き合いではなかったゆんゆんは、彼女に微笑み返しながら言葉を続けた。

 

「ありがとうめぐみん。でもね、私自身が行きたがってるの。大好きな皆を守れるような、立派な長になる為に」

 

 自分の好きな世界を守る。幼い頃に読み聞かせてもらった絵本の、伝説の魔剣士のように。

 その強さを得る為に、ゆんゆんは力を求めてきた。レベルを上げ、魔法を覚え、力の使い方を学んで。

 紅魔族が魔王軍によって窮地に陥っている今、自分がすべき事はただ一つ。ゆんゆんの決意は、めぐみんの声ですらも揺らぐことはなかった。

 

「『ブレッシング』!」

 

 その時、沈黙していたセシリーが突如として口を開いた。

 『ブレッシング』──神の祝福を受け、一定時間運を高める支援魔法。それを受けたゆんゆんの身体が優しい光に包まれる。

 真っ先に引き止めそうな彼女が後押ししたのを見て、めぐみんはおろか、かけられたゆんゆんも驚いている。一方でセシリーは、娘を見送る母のよう優しい笑みを浮かべていた。

 

「悪魔を倒しに行った時のめぐみんさんも、同じ目をしてた。ゆんゆんさんがそう心に決めたのなら、誰も止めることはできないでしょうね」

 

 懐かしむように語った彼女はゆんゆんから短剣を受け取ると、親指を立てながらゆんゆんへウインクを見せた。

 

「アクシズ教にはこんな教えがあるわ。自分を抑えず、本能のおもむくままに進みなさい。ゆんゆんさんに、女神アクア様の祝福を!」

「アクシズ教徒と同列に扱われるのはちょっと……」

「えぇっ!?」

 

 まさかの返しに驚きを隠せないセシリー。彼女等にしては真剣な雰囲気が長く続いた方であろう。

 兎にも角にも、シルビアとの戦闘に加わることとなったゆんゆん。カズマとしてはついてきて欲しかったが、めぐみんと比べ断然付き合いの浅い自分が何を言っても無駄であろう。

 なら少しでも力になれればと、カズマは懐からひとつのアイテムを取り出した。

 

「シルビアの所に行くなら、これも持ってってくれ。ぶっ壊したら上位悪魔もダメージ必須な光が放たれる聖水だ」

「あ、ありがとうございます。でも、戦ってる最中に壊れたら大変なので、セシリーさん持っててくれますか?」

「わかったわ! アンタ、普段から役に立たなそうな顔してる癖に良いアイテム持ってるじゃない!」

「ちょこちょこ役に立ってるわ! なんだったらパーティー内で一番頑張ってるわ! それより、短剣に神聖属性付与なんてプリーストでもできるのか? アクアはバージルさんの刀に付けてたけど」

「やったことないけどやってみるわ! 女神アクア様! 私に力をぉおおおおおおおおっ!」

 

 その女神が、下級悪魔相手に舐めプして反撃を食らったとはいざ知らず。セシリーは短剣の柄を両手で握り締め、必死に魔力を送り始めた。

 

 

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「(どうやら、上手くいったみたいね)」

 

 時は戻り、現在。短剣に目を落とし、確かな感触があったことを実感する。

 神聖属性がちゃんと付与されていたか不安であったが、無事成功していたようだ。そしてカズマの推測通り、シルビアにダメージを通すことができた。

 チラリと、ゆんゆんは視線を横へ移す。戦いに巻き込まれない遠方では紅魔族と一緒に、遅れてやってきたセシリーが。神聖属性付与で力を使ったのか、木の棒を杖代わりにして立っていた。

 

「(あの様子だと、回復魔法も唱えられるのは一回……無駄なダメージは負えない。魔力はまだ大丈夫。カズマさんとめぐみんは兵器を探しに行ってて、ダクネスさんは先生とアクアさんを捜索中)」

 

 シルビアに注意を向けつつ、ゆんゆんは現状を整理する。短剣の神聖属性もいつまで持つかわからない。シルビアはダメージを受けた様子であったが、決定打にはならないだろう。

 魔法が効かない相手にここからどう立ち回るか。頭を働かせていると、シルビアが動き出した。

 

「逃げなかったのは褒めてあげるわ。だからお礼に……噛み千切ってあげる!」

 

 シルビアは腰回りに付いた花弁を閉じ、身をその中に隠す。すると、頭頂の触手は舌となり、花弁に付いた棘は牙となり、瞬く間に巨大な蛇龍へと姿を変えた。

 蛇龍は宙を舞い、ゆんゆんへと向かってくる。噛み殺さんとばかりに口を開いて。

 それを見たゆんゆんは、咄嗟に横へと回避。しかしシルビアは勢いを止めず旋回し、再びゆんゆんへと突進する。

 

「ふっ!」

 

 避け続けていては拉致が開かない。そう考えたゆんゆんは高く跳び上がり、シルビアの突進を避けつつ身体へと飛び乗った。

 取り込まれた『魔術師殺し』の胴体へしがみつき、シルビアと共に宙を舞う。やがてゆんゆんを見失ったシルビアが花弁を開き、その身をさらけ出して辺りを見回し始める。

 好機と捉えたゆんゆんは鋼鉄の胴体をその足で駆け、一気に本体へと近づく。彼女の接近に気付いたシルビアは胴体を翻すが、すかさずゆんゆんは胴体を蹴って宙に身を投じる。

 

「行って!」

 

 ゆんゆんは右手をかざし『幻影剣』を一本シルビアへと飛ばす。『幻影剣』がシルビアの身体に突き刺さったのを確認して、ゆんゆんは『エアトリック』で一気に距離を詰める。

 再びシルビアの身体へ接触することに成功したゆんゆんは、短剣を強く握り、シルビアの左胸目掛けて突き刺した。

 

「ガァッ……!?」

 

 心臓のある位置だったのか、シルビアは苦しそうに血反吐を吐く。だが怯むことなく、その両手でゆんゆんを捕まえようとする。

 しかし、ゆんゆんは短剣を引き抜きつつ身体を蹴ってこれを回避。そして短剣を鞘に戻すと右腰につけていたホルスターから、にるにるお手製の銃を取り出して両手で構えた。

 見たことのない武器に気を取られ、動きが止まるシルビア。ゆんゆんにとっては格好の的。にるにるから教わった通り、銃に魔力を溜めて狙いを定める。

 

「当たって!」

 

 引き金を引くと、軽く弾けるような音が鳴り、銃口から赤い魔弾が放たれた。魔弾は風を切って一直線に飛び──シルビアの脳天へ打ち当たった。

 戦闘に使うのは初めてであったが、上手く当てられた。着地したゆんゆんは息を呑み、仰け反っていたシルビアの様子を伺う。

 

「……初めて見る武器に気を取られちゃったけど、その程度なら何の問題もないわ! それに貴方の短剣、退魔魔法に似た力を見るにあのプリーストが何かしたのかしら? 最初は痛かったけど、今はもう慣れてきちゃったわ!」

 

 悪魔の力か、シルビアの額に空けられていた穴はたちまち修復し、綺麗に塞がった。シルビアは余裕のある笑みを浮かべると、尻尾を地面へと突き刺す。

 すると、ゆんゆんの周りから数本の触手が地面を突き破って出現した。触手の先端には鋭い刃が。

 シルビアは指揮者のように腕を振るうと、合わせて触手も動いて斬りかかってきた。

 

「くっ!」

 

 触手の攻撃を、ゆんゆんは軽やかな身のこなしで避け続ける。短剣での反撃も入れたが、触手は想像よりも硬く、本体のシルビアもダメージを負った様子は見られない。

 この包囲網をくぐり抜けて本体へ接近しなければ。ゆんゆんが避けながら頭をフル回転させている中、シルビアは口の端を吊り上げて右手をゆんゆんへと向ける。

 

 刹那、シルビアの爪が針のように伸び、ゆんゆんを襲った。

 

「ッ!」

 

 目の端で捉えていたゆんゆんは、咄嗟に首を傾ける。シルビアの爪はゆんゆんの左頬を掠め、彼女の顔に一筋の鮮血が垂れる。

 

「言ったでしょ? 私はグロウキメラ。これまでに色んなモンスターを身体に取り込んでいるのよ」

 

 シルビアは自慢気に語ると、今度は両手をゆんゆんへと差し向ける。間を置いて全ての爪が一瞬で伸び、ゆんゆんに襲いかかった。

 シルビアの爪と周りの触手。それらによる猛攻をゆんゆんは必死に避けていくが、避けきることはできずに裂傷が増えていく。

 やがて──ゆんゆんの左手首を、シルビアの爪が貫いた。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 全身に走る鋭い痛み。左手に力が入らなくなり、握っていた短剣を離してしまったが、ゆんゆんは咄嗟に右手で拾う。

 いたる所から血が流れ、左腕は糸が切れたように下がっていたが、それでも闘う意志は捨てず。

 

「そっちがそう来るなら……!」

 

 次に来たシルビアの爪攻撃を避けると、彼女はそれに跳び乗り爪の上を駆け出した。針のような細い足場でありながら、足を踏み外すことなく進んでいく。

 シルビアはすかさず爪を縮ませたが、ゆんゆんは爪の道を蹴って跳び上がる。短剣を逆手に持ち、シルビアへ突き刺さんと刃を向ける。

 

 だがそこで、シルビアは頭についていた長い触覚を振り回してきた。ゆんゆんは反応が遅れてしまい、弾かれるようにして後方へと飛ばされる。

 手から離れた短剣と共に、ゆんゆんは地面を転がる。顔にも傷を負っており、血が垂れてきたのか片目の視界は真っ赤に染まっていた。

 

「臆病者揃いの紅魔族にしては、よく頑張った方ね。『テレポート』で逃げるなら今の内よ? その傷じゃあ詠唱もままならないでしょうけど」

 

 勝ち誇った笑みで、シルビアはゆんゆんを見下ろす。魔法は効かず、まさに付け焼き刃であった短剣の神聖属性付与も、効果が薄れていた。

 だがそれでも、ゆんゆんは力を振り絞って立ち上がる。彼女の目はこの状況下においてもなお、強い光を放っていた。

 

 

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「『感知転移魔法(センステレポート)』の準備はできています。ゆんゆんの救出に向かいますか?」

「……あの子は一人で戦うと言っていた。今もまだ戦う気でいる。が、これ以上娘が傷つけられる姿は見たくない」

 

 ここまで、固唾を呑んでゆんゆんの戦いを見守っていた紅魔族達。だがこれ以上はゆんゆんの命が危ない。

 愛娘の思いを尊重したい気持ちもあったが、死んでしまっては元も子もない。シルビアに怒りの眼差しを向けながらも、父ひろぽんはそう話す。

 

「セシリーさん、貴方も一緒に来てください。ゆんゆんのもとへ『テレポート』したら、すぐに回復を──」

 

 そして、支援役としてやってきたセシリーに回復を頼むべく顔を向けて声を掛ける──が、傍にいた筈のセシリーが忽然と姿を消していた。

 こんな時に一体どこへ消えたのかと、ひろぽんが紅魔族達の方へ顔を向けていると、隣にいた眼帯の紅魔族の少女が声を上げた。

 

「族長! プリーストの方が一人でゆんゆんのもとへ!」

「何っ!?」

 

 彼女の声を聞き、ひろぽんは前方を確認する。その先には確かに、セシリーがゆんゆんのいる場所へと走っていた。

 支えとしていた木の棒を放り捨て、フラフラとした足取りながらも、彼女は全力で駆け続ける。

 

「アクシズ教徒はっ! やればできる! できる子達なのだからっ!」

 

 これほどまでに、自身の無力さを痛感したことはなかった。セシリーは走りながら、魔力を高めるついでにダイエットもできる運動をしようと心に決める。いつ始めるかは未定であるが。

 彼女が目指すは、傷だらけのゆんゆん。すぐにでも彼女を回復して「痛かったね。頑張ったね。偉いね」と褒めちぎってヨシヨシしてちゃっかり彼女の胸に顔をうずませたいが、それよりも先にあの憎たらしい悪魔かぶれの魔王軍幹部が手を下してしまう。

 彼女を救える可能性は一つ。愛しのめぐみんへ邪な目を向け、崇拝する我等が女神を冒涜するあの男から受け取った聖水(ホーリーウォーター)だ。

 

「悪魔殺すべし! 魔王しばくべし! 女神アクア様! 私にあの悪魔を屠る力を!」

 

 数え切れないほど行ってきた、エリス教徒への小石投げ。イメージを脳内で反芻させた彼女は走ってきた勢いを乗せ、聖水をぶん投げた。

 綺麗な放物線を描き、長い距離を飛んでいく聖水。セシリーはシルビア目掛けて投げたつもりでいたが、コントロールが少し狂ってしまい、聖水はゆんゆんの方へ。

 

 

「逃げる……つもりは……ありません」

「へぇ……貴方、今までの紅魔族と比べると変わり者ね。でも、お姉さんはそっちの方が好きよ」

 

 満身創痍の身体となってもなお、恐怖の色を見せないゆんゆん。しかし今の彼女には、シルビアへ攻撃する手段が無い。

 

「さぁ、貴方の死に顔を私に見せて頂戴!」

 

 彼女が死に怯え恐怖する様を見るべく、シルビアは身体をむき出しにしたままゆんゆんへと突進した。

 迫るシルビア。それを確認したゆんゆんは、腰元のホルスターから右手で銃を抜き、シルビアへと銃口を向ける。

 

「バカね! その程度の武器じゃ無意味だって言ったでしょ!」

 

 シルビアは突進を止めず接近。対してゆんゆんは銃を向けたまま、軽く地面を蹴って後ろへ下がった。

 

 瞬間、二人の間に割り込んできたのは青い水の入ったガラス瓶──セシリーによって投擲された聖水。

 

「へっ?」

 

 突然のことに目を丸くするシルビア。瓶の中に入っている水が何なのかすらもわかっていないであろう。

 その傍らでゆんゆんは、既に許容限界まで魔力が溜まっていた銃を聖水へ向ける。

 

 

 ──彼女の脳裏に、昨日の記憶が過る。それは、銃を受け取った後に交わした、にるにるとの約束。

 

「おっと! 大事なことを一つ忘れてた! コイツを使ってトドメの一発を撃ち込む時に、言って欲しい決め台詞があるんだ!」

「えぇ……き、聞きたくない」

「かーっ! 相変わらず変わり者だな! 戦闘において何よりも重視すべきは格好良さ! 決め台詞は戦闘をビシッと締めるのに欠かせないお約束だろ!?」

「だ、だって恥ずかしいから──」

「で、決め台詞に合いそうな言葉は無いかって色んな分野の本に目を通してたら、一個良いのが見つかったんだよ! 確かこの机に……あった! この本だ!」

「全然聞いてくれない……それにこの『恥ずかしくないエルロードの歩き方』って、ただの旅行ガイドブックじゃ……」

「奇才はこういう意外な所から発想を得るもんさ! それよりも、ここのページにある『カジノ用語を覚えよう』ってコーナーなんだけど──」

 

 一体誰が考えたのか。語源の由来も意味も、二人には全くわからない。

 ただ作者曰く──カジノでは『大当たり』を指して、こう呼ぶらしい。

 

 

ジャックポット( Jack Pot )

 

 引き金は引かれ、高圧縮された魔力により形成された魔弾が、銃口から放たれた。

 魔弾は瞬く間にガラス瓶へ接触すると、容易くガラスを砕き──中に入っていた聖水は、強い光を解き放った。

 シルビアは光に包まれ、ゆんゆんは魔弾を撃った反動で後方に飛ばされ、地面に仰向けで倒れる。最大まで魔力を溜めたからか、シルビアの額に放った一発とは比べ物にならないほど反動は強かった。

 どうにか身体を起こし、前方を確認する。シルビアは力なく地面に横たわっており、花弁から上にあった胴体は跡形もなく消滅していた。

 

「倒……した?」

 

 シルビアはピクリとも動かない。ギリギリであったが、決着をつけることができた。ゆんゆんは安堵の息を漏らす。

 

 

 だが次の瞬間──地面から、ゆんゆんを苦しめたあの触手が再び姿を現した。

 

「なっ!?」

 

 天国から地獄へ。触手はゆんゆんのもとへ伸び、身体に巻き付いてくる。立ち上がることすらままならなかったゆんゆんは抵抗できず拘束され、地面から足が離れる。

 霞んだ視界で捉えたのは、倒れていたシルビアが起き上がり、こちらを睨んでくる姿。消し飛ばされた筈の上半身は、既に再生していた。

 

「やってくれたわねクソガキ……おかげでアタシの顔が台無しだわ!」

 

 だが、その肉体はまるで別人。目も肌も白く、まさに悪魔と呼ぶに相応しい姿に成り果てていた。

 

「アタシをここまで傷つけた罪は重いわよ? 簡単には死なせないわ。まずは憎たらしい紅魔族の象徴……その赤い目にぶっ刺してあげる!」

 

 彼女の怒りと呼応するように、触手は更に強くゆんゆんを締め付ける。怒りと狂喜が入り混じった悍ましい笑顔を見せたシルビアは、人差し指をゆんゆんへ差し向けた。ゆんゆんは抵抗を試みるも、身体に力が入らない。

 全身に傷を負い、多くの魔力を使ってしまった今の彼女では、この拘束を逃れることは不可能であった。

 ゆんゆんの目を潰さんと、シルビアの爪が伸びる。迫る攻撃を見て、ゆんゆんは思わず目を瞑る。

 

 

 が──シルビアの爪は切断され、ゆんゆんのもとへ届くことはなかった。

 爪を斬ったのは、右方向から飛んできた青い斬撃。邪魔されたシルビアは憤慨した表情で、斬撃が飛んできた方向を見る。

 

 崩壊した建物の残骸で形成された山。その頂に立つは、雷光を纏いし抜身の刀を手にし、白銀の剣を背負った──蒼の魔剣士(バージル)

 

「せん……せい?」

 

 ぼんやりとした視界でありながらも、ゆんゆんは刃先をシルビアへと向けているバージルを見る。

 単身挑んだゆんゆんに敬意を払ってか、単なる気まぐれか。バージルは声高らかに告げた。

 

「我が名はバージル。紅魔族随一の魔法の使い手の師であり──」

 

 彼は高く跳び上がる。崩れ行く残骸の山を背景に、彼はゆんゆんの傍へ降り立つと、シルビアに鋭い眼光を向ける。

 

「──悪魔を狩る者だ」

 

 バージルは剥き出しの刀を鞘に収める。と、ゆんゆんを拘束していた触手は瞬く間に細切れとなり、解放された彼女は地面に落ちた。

 思考がハッキリしないまま、ゆんゆんはバージルの顔を見る。彼もこちらを見下ろしていたが、表情までは確認できない。

 

「『ヒール』!」

 

 そんな時、青い光がゆんゆんの身体を優しく包んだ。感じていた痛みが和らぐのを感じる。

 左腕も痛みは残ったが、手に力は入る。ゆんゆんは身体を起こすと、声が聞こえた後ろを振り返った。

 

「お待たせ……ゼェ……お姉ちゃん今ので魔力使い切っちゃったから、もう限界……でもゆんゆんさんが抱擁してくれたらまだ頑張れるかも……」

「セシリーさん……」

 

 そこでは、顔色の青いセシリーが地面に横たわっていた。ちゃっかりおねだりできるあたり、まだ元気なのかもしれない。

 

「ゆんゆん」

「ッ! は、はい!」

 

 不意にバージルから呼ばれ、ゆんゆんは慌てて彼に視線を戻す。

 シルビアとの戦いをいつから見ていたのか知らないが、無様な姿を晒してしまった自分にさぞや怒っているのではと思い、怖々と次の言葉を待つ。

 

「まだ動けるな?」

「えっ?」

 

 だが、告げられたのは意外なものだった。ゆんゆんは戸惑うも、正直にコクリと頷く。

 返答を聞いたバージルは、鞘に収められた刀をゆんゆんへと差し出してこう告げた。

 

「好きに戦え。貴様に合わせる」

 

 短く発せられた言葉と行動の意味。間を置いて理解したゆんゆんは心底驚いた。

 彼の象徴とも言える、蒼き雷刀。それを使って戦ってみせろと、彼は言っているのだ。

 

「ゆんゆん! 助けにきたぞ! さぁ早くこっちへ!」

 

 とここで、背後から聞き覚えのある声が。振り返ると父ひろぽんの姿が。紅魔族の男性も一人おり、彼の『テレポート』でやってきたようだ。

 ひろぽんはゆんゆんに手を差し伸べてくる。ゆんゆんはバージルへと目を向けるが、彼は何も言わない。好きな方を選べ、ということだろう。

 

 何故彼はこのような行動を起こしたのか。その真意は定かではないが、試されていることだけは理解できた。

 傷は幾分か癒えたが、万全ではない。そして魔力はほぼ失われている。あと数回中級魔法を唱えれば、爆裂魔法を放っためぐみんのように地へ突っ伏してしまいそうだ。

 ここは大人しく父と共に身を引き、シルビアの相手をバージルに任せるのが賢明な判断だろう。

 

 だが自分は──里の皆を守る、次期紅魔族の族長だ。

 

「お父さん、セシリーさんをお願い」

 

 ゆんゆんは、身動きの取れないセシリーを安全な場所へ連れて行くよう父へ頼む。つまりそれは、ここに残り戦う選択をしたということ。

 父としてはこれ以上危険な目に合わせたくないのだが、一人でシルビアへ挑んだ時と同じ、今の彼女の目を見てしまっては、差し伸ばした手を下げざるを得なくなった。第一、今の彼女は何を言っても聞かないだろう。

 そして何より──紅魔族の胸をこれでもかと震わせるような、シビれる登場を見せた男が傍にいる。

 

「わかった。だが、無茶だけはするんじゃないぞ!」

 

 ひろぽんはゆんゆんの選択を尊重し、自ら身を引いた。隣の紅魔族にセシリーをおんぶしてもらい、ひろぽんは『テレポート』で紅魔族達が待機している場所へ。

 因みに、セシリーをおんぶした男が中々のイケメンだった為に、彼女の鼻息は荒くなりヨダレも垂らしていた。やっぱり元気なのかもしれない。

 セシリー達を見送ったゆんゆんは、バージルへと向き直る。

 

「よろしくお願いします! 先生!」

 

 ゆんゆんは差し出された刀を両手で握った。それを確認したバージルは、おもむろに刀から手を離す。

 

「重っ!?」

 

 途端に、想定していた以上の重さがゆんゆんの両手へズシッと乗っかった。これでは戦うどころか、刀を抜くことすらままならない。

 体力を消耗していたのもあるが、この刀は折れない事を第一として設計された代物。屈強な男性冒険者ならまだしも、華奢な女性ではとても扱える武器ではなかった。

 

「軽量化の魔法があっただろう」

「あっ……そ、そうですね」

 

 呆れ半分にバージルから案を出され、ゆんゆんは焦っていた自分を恥ずかしく思いながら刀に『グラビティ・フェザー』をかける。

 たちまち刀は軽くなり、ゆんゆんでも片手で持てるほどに。だがこの効果は長く続かない。頃合いを見て再びかけなければならないが、残る魔力から考えて『グラビティ・フェザー』を使用できるのは、多くてもあと二、三回。

 現状を把握したゆんゆんは鞘に収めた刀を左手に持ち、シルビアへと向き直る。バージルも背中の魔氷剣を抜いて戦闘態勢に入る。

 

 刀を使ったことは一度もない。だが、お手本は何度も見てきた。

 彼女の理想たる戦い方を体現した、彼の動きを。

 

「行きます!」

 

 ゆんゆんは刀の柄を握り、シルビアへと駆け出した。一拍置いてバージルも走り出す。

 

「作戦会議は終わったかしら? それじゃあ二人まとめてぶっ殺してあげる!」

 

 シルビアは両手を前へ出し、バージルとゆんゆんを串刺しにすべく爪を伸ばした。

 だが二人はその攻撃を華麗に避けつつシルビアへ接近し、ゆんゆんはシルビアから見て左側へ。

 

「たぁっ!」

 

 足を踏み込んで跳び上がると、シルビアの脇を通りつつ刀を抜いた。イメージの中にある彼のように、疾く。

 その一閃は、雷光と共にシルビアの肉体を斬った。否、雷だけではない。急ごしらえで用意した、プリーストの力が宿る短剣とは比べ物にならないほどの、聖なる女神の力。

 

「グァアアアアアアアッ!?」

 

 傷口から身体全体へと走る、身が焼けるような痛み。だが程なくして、今度は右の脇にも鋭い痛みが。

 

「どこを見ている」

 

 シルビアの右側へと迫っていたバージルが、ゆんゆんが与えた傷よりも深く魔氷剣で斬り付けた。傷は修復していくが、刀で受けた側は回復が遅い。

 

「今度はこっちよ!」

 

 手応えを感じたゆんゆんは、自ら呼びかけて注意を引きつけた。シルビアがこちらに視線を送ってきたのを確認したゆんゆんは、相手へ向かって跳び上がる。

 対するシルビアは頭を振ると、長い触覚を使ってゆんゆんへ反撃を試みた。

 

「遅い!」

 

 それよりも疾く、ゆんゆんは刀を振り抜く。刃はシルビアの触覚を捉え、真横に一閃──触覚は根本から切断され、地面に落ちた。

 再び走る激痛に、悶え苦しむシルビア。だがそこへ背後に回っていたバージルが飛びかかり、追撃とばかりにシルビアの背中へ逆袈裟を加えた。

 

「ぐぅう……調子に乗ってんじゃねぇええええっ!」

 

 怒りの感情を爆発させるように、シルビアは甲高い咆哮を放った。彼女を中心に大気が震え、バージルとゆんゆんはシルビアから距離を取る。

 シルビアの身体は黄金に輝き、放たれる魔力も増幅。視界にゆんゆんを捉えたシルビアは、彼女目掛けて突進した。

 迫りくるシルビアを見ても、動じず刀を構えるゆんゆん。やがてお互いが肉薄し、爪を刃のように伸ばしたシルビアが斬りかかってきた。

 

「ふっ!」

 

 それをゆんゆんは、軽やかに跳躍することで華麗に躱す。そして空中で身体を捻らせ、視点が真下へと向く体勢に。

 交差する一瞬、ゆんゆんは刀を抜いてシルビアの背中を斬り付けた。そのままゆんゆんは長い尾へと着地する。

 再び貼り付いてきたゆんゆんを振り落とさんと、シルビアはより一層速度を上げて空中を飛び回る。しがみつくのは困難と見たか、ゆんゆんは尾を蹴り空中へ身を放り出した。

 

「ようやく離れたわね! バラバラにしてあげる!」

 

 シルビアは素早く旋回し、無防備になっているゆんゆんのもとへ。だがそこで、ゆんゆんの姿が一瞬にして消えた。

 代わるように現れたのは、魔氷剣を水平に構えてシルビアを捉えたバージル。

 

「ハァッ!」

 

 迫りくるシルビアに向かって、空中で突き(スティンガー)を繰り出した。両者が激しく激突すると共に、剣はシルビアの腸へと深く突き刺さる。

 表情を歪めるシルビアを見たバージルは、剣を抜きつつシルビアから離れ、地面に足をつける。シルビアは力なく宙から落ち、大きな音を立てて地に落ちた。

 無様だなと、鼻で笑うバージル。その隣には、姿を消した筈のゆんゆんが。

 

「魔力は枯渇していると思っていたが」

「自分でも不思議なんですけど、戦っている内に魔力がどんどん回復していくんです。『グラビティ・フェザー』の分は残したいので、あまり使えませんけど」

 

 『感知転移魔法(センステレポート)』を使い、下で待機していたバージルのもとへ移動。少し間を置いてバージルは『トリックアップ』で飛び上がり、シルビアへ接近したのだ。

 刀を納め、様子を伺うゆんゆん。シルビアはゆらりと起き上がると、激憤した表情で二人を見た。

 

「この……クソガキ共がァアアアアアアアア!」

 

 シルビアは怒りの声を上げ、尻尾の先を地面に埋める。程なくして、二人の周辺に触手が出現。

 触手は再び二人に襲いかかったが、バージルは勿論のこと、ゆんゆんも冷静に避け続ける。そこへシルビアは両手を二人へと向けて爪を伸ばした。ゆんゆんを苦しめた、触手と爪の合わせ技だ。

 主にゆんゆんへ狙いを定めて、シルビアは爪を伸ばす。だが──ゆんゆんは完全に見切っているかのように、その全てを最小限の動きで避けていった。

 

「(二度、同じ攻撃は喰らわない)」

 

 授業の中でバージルから伝えられた、戦いの基本。ゆんゆんは攻撃を避けながら、シルビアへと接近する。

 斬り付けても本体へのダメージを期待できない触手は無視。時折伸びてくる爪も避け、不可能な場合は刀で弾く。

 焦りと苛立ちを覚えたシルビアは、ゆんゆんへ向けて火球を飛ばした。だがそれを目の端で捉えたゆんゆんは、触手と触手の合間を縫うように跳んで火球すらも回避した。

 

 目まぐるしい戦況の最中──ゆんゆんの意識は、相反するように静かであった。

 

「(なんだか……不思議な感覚)」

 

 敵の攻撃を避ける度に、こちらが攻撃を通していく度に、自身の感覚が研ぎ澄まされていくのを感じる。

 既に習得していた、魔力回復補助に関するスキルの効果も合わさってか、集中力が増していくと同時に魔力も次第に回復していく。

 それは、彼女自身が生み出した戦い方(スタイル)といっても過言ではなかった。

 

 

*********************************

 

 

「本当に! どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ!」

 

 所変わって、里の中心から商業区へと通じる道。別行動を取っていたカズマとめぐみんが急ぎ足で駆けていた。

 二人の手にあるのは、黒い光を放つ長い胴の武器──スナイパーライフル。

 

 紅魔族達が引きつけてくれたお陰で、二人は『魔術師殺し』もあった地下格納庫への侵入に成功。

 その際、カズマがいとも簡単に扉のロックを解除したのを見て、最初に扉を開けたのはシルビアではなく彼だったとめぐみんは察したが、特に咎めることはしなかった。

 とっ散らかっていた部屋を捜索していると、ゲーム機やゲームソフト──カズマにとって見覚えのある物が幾つも見つかった。推測通り、ここを設計したのはカズマと同じ日本人の転生者であったようだ。

 そして、床に落ちていた一冊の古びた本。全て日本語で書かれており、カズマはめぐみんにもわかるよう読み上げる。めぐみんは大層驚いていたが、掘って聞くことはせず耳を傾けた。

 

 設計者のものと思わしき手記には、衝撃の事実が幾つも記されていた。

 

 設計図に犬のつもりで描いたら研究者に蛇だと思われ、結局蛇の形状で作られた『魔術師殺し』

 ただの携帯ゲーム機なのに、スイッチを入れたら研究者がビビった『世界を滅ぼしかねない兵器』

 魔法使い適性を最大レベルに上げるだけの簡単な手術だったのに、自ら希望してきた被験者から「紅目がいい」だの「機体番号が欲しい」だのとワガママを受けて誕生した『紅魔族』

 筆者の言葉遣いと読み取れる性格から察するに、機動要塞デストロイヤーの設計者と同一人物であろう。読み終えた後、カズマは怒りに任せて破り捨てた。

 

 そして本題であった『魔術師殺し』に対抗しうる兵器であるが、魔力を圧縮して撃ち出すもので、その威力には自分で作ったにも関わらず度肝を抜かれたという。

 兵器の名は『レールガン(仮名)』──因みに、電磁加速要素は何一つ無い。

 長さは物干し竿に丁度良さそうな程とあったが、格納庫の中に該当する物は一切見当たらなかった。手記にも隠し場所は記されていない。一体どこに隠されてしまったのか。

 その時脳裏に過ぎったのが──観光中にアクアと見つけた、狙撃銃の物干し竿。カズマとめぐみんは急いで服屋へ行き、現在それを持ち運んで走っている所であった。

 

「あんの設計者! 今度死んだ時はエリス様に頼んで会わせてもらって、一発ぶん殴ってやるからな!」

「何訳のわからないことを言っているんですか! 簡単に死ぬなんて言わないでください!」

 

 言葉を交えながらも進む二人。やがて道を抜け、目的地である里の中心へと辿り着いた。

 狙撃銃を地面に置き、遠方を見るカズマ。とそこへ、紅魔族達が固まっている方向からトタトタと走ってくる者が二人。

 

「おねぇーちゃーん!」

「こめっこ!? どうして貴方までここに!?」

「おもしろそうだったから!」

「オイオイオイオイ! なんだよこの超イカした武器は!? これも銃なのか!? どっから持ってきたんだよ! なぁ!」

「久しぶりの再会なのに、私よりこっちですかにるにる! 貴方はひとまず落ち着いて下さい!」

 

 駆け寄ってきたこめっことにるにるの相手をめぐみんが担っている傍ら、カズマはじっと前方を見つめる。

 視線の先にいたのは、変わり果てた姿で暴れまわるシルビア。そして彼女を相手に格好良く立ち回るバージルとゆんゆん。二人はシルビアの攻撃に一切当たることなく、巧みに躱して反撃を入れていた。

 

「苦労して持ってきたけど、コイツの出番は無さそうだな」

「何を言ってるんですか! 魔力を圧縮して放つこの兵器がどれほどの破壊力なのか、見てみたくはないんですか!?」

「私の設計した銃と同じタイプか! そんなの見てみたいに決まってるだろ! 誰だか知らないけど冴えない顔をした茶髪のアンタ! 早いとこ魔力を注入してくれよ!」

「これカッコいい! 私! 私が使う!」

「ええいこの改造人間共! そもそも俺の魔力で足りるかどうかって話なんだよ!」

 

 興奮する紅魔族三人から催促されるも、カズマは頑なにそれを拒む。デストロイヤーの設計者が唸る程の威力。となれば、求められる魔力は膨大なものであろう。

 自分が魔力を送ったところで、うんともすんとも言わないのがオチだ。そう思い、うるさい三人に耳を貸さない姿勢を保っていると──。

 

「何をしている」

「うわぁおうっ!?」

「あっ! 白髪(しらが)のおっさんだ!」

「銀髪だ」

 

 いつの間にか傍へ来ていたバージルに声を掛けられ、カズマは跳ね上がりそうな程に驚いた。向こうではゆんゆん一人でシルビアと交戦していたが、問題なく戦い続けている。

 一方でバージルは、物怖じしないこめっこから地面に置かれた狙撃銃へ視線を落としつつ尋ねてきた。

 

「これは……服屋にあった物か?」

「あっ、バージルさんも見てたんすね。どうやらコイツは『魔術師殺し』に対抗する武器で……って、その件も知らないのか。とにかく、コイツなら今のシルビアにもダメージが与えられるんすよ」

「ゆんゆんの銃と同じで、魔弾を撃ち込む兵器だそうだ! アンタでもいいから、コイツに魔力を入れてくれ!」

「いやだから、わざわざ使わなくても大丈夫なんだって」

 

 本音を言えば、めぐみん達と同じ意見だった。ロマン溢れるこの魔銃から、どんな一撃が放たれるのか見てみたい。なんなら自分が撃ってみたい。

 だが一方で、下手に横槍を入れてしまうのは良くないとも考えていた。自身の欲求を押し殺したカズマは、ゆんゆんのもとへ戻ってもらうようバージルへ向き直る。

 

「ほう、中々の魔力を込められるようだな。無粋なことに変わりないが、どれほどの威力かほんの少しばかり興味が湧いた。発射は貴様に任せる」

「へっ?」

 

 だがその時既に、彼はしゃがみ込んで狙撃銃へ手をかざしていた。魔力が満タンになった知らせか、ランプがピコピコと点滅している。

 バージルはそう言い残すと、ゆんゆんのもとへ戻っていった。呆然としていたカズマは、チラリと横へ視線を移す。

 そこには、期待の眼差しで見つめてくる紅魔族三人娘。魔力は充填完了。バージルからの発射許可も出た。というより撃てと言われた。もはや撃たざるを得ない状況だ。

 

「……しょうがねぇなぁああああああああっ!」

 

 言葉とは裏腹に、その表情は喜びを隠せないものであった。

 

 

*********************************

 

 

「(めぐみん……それにカズマさんも)」

 

 戦いの最中、めぐみんとカズマの到着を確認したゆんゆん。目的の兵器らしき物があるのを見て、安堵の息を漏らす。

 

「よそ見してんじゃないわよ!」

 

 隙と見たシルビアが、突進攻撃を仕掛ける。ゆんゆんの背後から迫ってきたが、彼女は紙一重の所で横に跳んで回避した。

 更には身体を回転させ、勢いのままに刀を振り抜いてシルビアの脇を斬る。手痛いカウンターを受けて、シルビアは思わず声を上げた。

 とそこへ、カズマ等のもとに向かっていたバージルが戦線復帰。ゆんゆんの隣に立ち、シルビアと向かい合う。

 

「魔力を圧縮し、撃ち出す兵器だそうだ。魔力は既に充填してある。カズマが頃合いを見て撃ち出すだろう」

 

 向こうで何があったのかを、バージルは端的にゆんゆんへ伝える。

 あの『魔術師殺し』に対抗すべく開発された兵器だ。その威力は、にるにるから授かった銃よりも凄まじいであろう。

 もしも外した、または仕留めきれなかったとしても、こちらにはバージルがいる。攻め続けていれば、おのずと決着はつく。

 

 だが──誰よりも友達思いだった彼女には、どうしてもやりたいことがあった。

 

「先生」

 

 ゆんゆんはバージルに目を向ける。彼が目を合わせてきたところで言葉を続けようとしたが、授業で交流を深めた故か、彼女の心を見通しているかのようにバージルは返した。

 

「言った筈だ。貴様の好きに戦えと」

「……はいっ!」

 

 返答を受けたゆんゆんは、彼に頭を下げる。そしてシルビアに背を向けると、めぐみんのもとへ走り出した。

 

「逃すと思うかぁ!?」

 

 この場を離れていくゆんゆんを狙い、シルビアは爪を伸ばす。だがそれを遮るようにバージルが横入りし、剣で弾き返した。

 睨み合うバージルとシルビア。そんな二人をよそにゆんゆんは駆けていき、めぐみん達のもとへ辿り着く。

 

「ゆ、ゆんゆん……?」

 

 不思議そうに見つめてくるめぐみん。ゆんゆんは息を整えてから顔を上げ、そんな彼女の目を真っ直ぐ見据える。

 カズマ等も静かに見守っている中、ゆんゆんは伝えた。里を出た時からずっと胸中にあった、この思いを。

 

「貴方が爆裂魔法しか使えないこと、きっといつかバレる日が来る。だったらいっそ、派手に見せてあげようじゃない」

 

 

*********************************

 

 

「鋼鉄の尾に悪魔の力か。顔つきといい、昨晩と比べて随分と様変わりしたものだ」

 

 変わり果てたシルビアを見て、バージルは興味を示す。蛇のような尾はカズマも口にしていた『魔術師殺し』という兵器であろうが、それよりも気になったのはもう一つの力。

 昨晩出会った時は、ここまで悪魔の力は感じなかった。だが今はアルカンレティアの山にいた氷兵や化け蛙と同じ、馴染みのある臭いを放っている。一体何が彼女をここまで変えたのか。

 言葉を待っていると、宙に浮いていたシルビアはバージルを見下ろす形で口を開いた。

 

「この兵器は、あそこにいる坊やに手伝ってもらったのよ。そして悪魔の力は、どこの誰か知らない親切な男から貰ったの」

「……ほう」

 

 彼女の口から出たのは、実に興味深い話。お喋りな奴で助かると内心思いながら、バージルは耳を傾ける。

 

「やたら貴方をこっち側に引き入れたがってたけど、昨晩の態度を見る限り無理そうね。まぁ今となっては関係ないわ。この力さえあれば、貴方を丸呑みにすることだってできる!」

「力に溺れ、相手を見誤るか。愚か者もここまでくればいい笑い者だな。今の貴様では、あの小娘すら狩ることも敵わない」

「……減らず口を!」

 

 シルビアは口に炎のエネルギーを溜め込むと、バージルに向かって火球を連続で放った。対するバージルは、迫りくる火球を魔氷剣で両断する。

 全ての火球を斬り、再びシルビアへ顔を向ける。その時シルビアは、先程よりも一層炎のエネルギーを溜めて、バージルに狙いを定めていた。

 バージルは地面を蹴って高く跳び上がる。それにシルビアは標準を合わせ、口から高圧縮された熱線を放った。

 

「ハァッ!」

 

 バージルは剣先をシルビアへ向け、空中で突き(スティンガー)を繰り出す。熱線に剣先がぶつかり、風圧が起こる程の衝撃が。

 しばしせめぎ合っていたが、バージルが少し力を込めることでいとも簡単に熱線を打ち破った。次に魔氷剣が狙うのは、シルビアの心臓。

 シルビアは素早く巨体を動かし、真正面から受けるのを回避。剣は脇腹をえぐり、痛みに耐えながらもバージルから距離を取る。

 

「逃さん」

 

 バージルは空中で身体を翻すと同時に、魔氷剣を投げ飛ばした。『コマンドソード』により、剣は水平に回転しつつシルビアへ向かう。

 

「グゥウッ……!?」

 

 そして、剣に意志があるかの如くシルビアの肉体を斬り刻んでいった。剣は自動で主のもとへ戻り、着地した彼は慣れたように受け取る。

 バージルの魔氷剣とゆんゆんの聖雷刀によりダメージは積み重なり修復が間に合わなくなったのか、今にも千切れてしまいそうなほど彼女の両脇腹は抉られていた。

 頃合いか──そうバージルが思った時、合わせるように彼女は姿を現した。

 

「こっちよシルビア!」

 

 一度この場を離れていた、ゆんゆんであった。刀を構え、シルビアを挑発する。

 それにまんまと乗ったシルビアは、ゆんゆん目掛けて猛スピードで突進。ゆんゆんはそれを跳び上がって回避し、大きくシルビアと距離を取っていく。

 

「そっちから誘っておいて、逃げてんじゃないわよ!」

 

 怒りのままに追いかけるシルビア。追い詰めるべく火球を飛ばすが、ゆんゆんは刀で火球を斬ることでそれを防ぐ。

 やがて何度か避けたところでゆんゆんは足を止めると、迫りくるシルビアと向かい合った。

 刀は鞘に納めており、抜く素振りも見せない。何かを狙っていると考えるのが筋だが、今のシルビアにはそれを考えられる余地が無いほど怒り狂っていた。勢いのままに進み、肉薄したところで爪を振りかざす。

 

 刹那──上空から浅葱色の剣が降り注ぎ、シルビアの動きを止めた。

 

「なっ……!? う、動けな……!」

「動いていては狙いも定まらん。そこで大人しくしていろ」

 

 バージルが降らせた幻影剣の雨(五月雨幻影剣)。これで敵が動きを止めるのはほんの数秒であるが、標準を合わせ、引き金を引くには充分過ぎる時間だった。

 横へ捌けたゆんゆんに代わるようにシルビアの目に映ったのは、地に置かれた細長い兵器と、それを構える男──自分を欺き、格納庫の中に閉じ込めたあの男。

 カズマは狙撃銃の標準をシルビアに合わせると、声を張り上げてシルビアへ告げた。

 

「冥土の土産に、俺の名前を覚えていけ! 我が名は──!」

「どーん!」

 

 彼が決め台詞を吐く最中、隣で待機していたこめっこによって引き金が引かれた。

 瞬間、その銃口から眩い光が飛び出し、幅のある一筋の閃光となってシルビアに向かっていった。

 

「あぁああああああああっ!? 俺の出番がぁああああああああっ!?」

 

 美味しい所を持っていかれたカズマが叫ぶ中、光は瞬く間にシルビアのもとへ。

 避けようとしても身体が動かない。身体に刺さっていた幻影剣が砕け散り自由の身になれたのは、回避不可能なほど目前に迫っていた頃であった。

 

 光は彼女の半身──『魔術師殺し』を取り込むことで得た長い尾を、一瞬で消し飛ばした。

 衰えを知らない閃光はそのまま真っ直ぐ飛んでいき、奥にそびえ立っていた霊峰に打ち当たると、その一部すらも消滅させた。

 

「ま……まだよ……まだ終わってない……!」

 

 上半身のみとなり、地に落ちていくシルビア。だが未だ息はあり、両手を地面へと差し向ける。

 だが、それよりも先に迫ったのは──白く光る装具を手に付けた、蒼の男。

 

「その通りだ」

 

 ベオウルフを装備したバージルは、彼女の身体へ下から右拳を叩き込んだ。彼のアッパーにより、シルビアの身体は上空へと吹き飛ばされる。

 

「トドメは貴様にくれてやる。精々派手に花火を上げるがいい」

 

 シルビアを見上げ、そう吐き捨てるバージル。上空へ飛ばされたシルビアが次に見たのは──地に浮かびし魔法陣と、その中心に立つ紅き魔法使い。

 一層輝かせた紅い目でシルビアの姿を捉えためぐみんは、杖を標的へと向ける。彼女の脳裏に浮かぶのは──この作戦を提案した、ゆんゆんの言葉。

 

「私、これまで色んな魔法や戦い方を覚えて、レベルも上げて、自分でもビックリするぐらい強くなれたって思うけど……それでも紅魔族の中で一番……ううん。どんな魔法使いよりも一番凄いのは、めぐみんだって思ってる」

 

 同じ魔法使い(アークウィザード)として、紅魔族として。

 

「デビューに相応しい相手もいる。だから今ここで、めぐみんの信じるたったひとつの魔法を、皆に見せつけてやりなさいよ!」

 

 生涯のライバルにここまでお膳立てされて、駆り立てられて、やらない紅魔族がどこにいる。

 

「紅と蒼が交わりし時、深淵に眠る暗黒は一筋の閃光となりて、我が紅き光は魔をも喰らわん! 見よ! これぞ究極にして最凶の奥義!」

 

 高めに高めた魔力と共に、めぐみんは唱えた。

 

「『エクスプロージョン』!」

 

 瞬間、宙にいたシルビアを中心として、つんざく音と共に大きな爆発が起こった。

 強い風圧を真正面から受け、めぐみんのマントが音を立てて大きくなびく。しばらくして風が収まり、宙に舞った煙が晴れていく。

 『魔術師殺し』を失った状態で爆裂魔法を受けたシルビアは骨一つ残らず、木っ端微塵になって消滅。めぐみんは最後の力を振り絞り、その場で決めポーズを取って高らかに叫んだ。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、やがて爆裂魔法を極めし者!」

 

 未来の大魔法使いによって放たれた爆裂魔法は、魔を取り込みし者すらも討ち滅ぼした。

 




次回で紅魔の里編エピローグになります。

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