この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第57話「この紅き魔族の里で懇談を!」

「紅魔の里へようこそ!」

 

 案内人であったぶっころりーは、カズマ達へと振り返る。

 平原には木造建築が点在し、紅魔族と思われる人々が歩いている。めぐみんとゆんゆんの故郷である紅魔の里へ、彼等は足を踏み入れていた。

 

「へぇー、ここが二人の生まれ故郷か。随分とのどかな場所なんだな」

「最近は魔王軍の襲撃が少ないからね。我らに恐れをなして手が出せないんだろう」

「待って、今サラッと危険なワードが流れてきたんだけど」

「紅魔族……! めぐみんさんやゆんゆんさんに並ぶロリっ子はどこ!? 黒髪赤目が素敵なイケメンはどこにいるの!?」

 

 めぐみんとゆんゆん以外の紅魔族を目にして、目を輝かせるセシリー。アクアとダクネスも物珍しそうに辺りを見渡す。

 

「じゃあ俺はこれでお役御免だね。ゆっくりしてくといいよ」

 

 そう言うとぶっころりーは数歩離れてから別れを告げ、忽然と姿を消した。

 この芸当に大抵の観光客はワッと驚く……が、残念ながらカズマ達はバージルとゆんゆんで見慣れており、全くの無反応に終わってしまった。

 『ライト・オブ・リフレクション』で姿を消していたぶっころりーは、独りトボトボと帰っていったのだが、それを知る者は誰もいなかった。

 一方、里の紅魔族を遠目に見ていたバージルは、顎に手を当ててポツリと呟く。

 

「センスを疑う赤の服を好んで着る者ばかりだと勝手に想像していたが、そうでもないようだな」

「おい、紅魔族のカラーを貶すのはやめてもらおうか」

 

 彼の声を聞き逃さなかっためぐみんは、光る紅い目でバージルを睨んだ。

 

「赤ほどイカした色はないでしょうに。次点の漆黒とも相性は抜群。貴方の好む蒼とは比べ物にならないほど格好いいんです」

「……ほう」

「めぐみん、色の話はもうやめろ。バージルさんの眉が三度ぐらい上がってる」

 

 真っ先に危険を察知したカズマが間に入り、バージルへ迫ろうとしていためぐみんを食い止める。めぐみんはまだ言い足りないのか、威嚇する犬のように唸っている。

 

「今のは私も聞き捨てならないわね。セシリーを見てごらんなさい! 青に包まれたこの修道服! 紅魔族のイメージカラーが赤であるように、青はアクシズ教を象徴する美しい色なの!」

「青にはクールとか知的とか、謙虚、思いやり、恥ずかしがり屋、寡黙なんてイメージがあるのよ! めぐみんさんの好きな色は私も好きだけど、青も同じくらい素敵だとお姉ちゃんは思うわ!」

 

 そこへ、アクシズ教徒とその女神が口を挟んできた。めぐみんはバージルにだけ言ったつもりであったが、うっかり二人までも貶してしまう形になり、いたたまれず目を反らす。

 またカズマは、アクシズ教はイメージカラーを変えた方がいいんじゃないかと思ったが、面倒なので口にはしなかった。

 それよりも早く占い師のもとへ行こう。そう皆に伝えようとした時、ダクネスが素朴な疑問を口にした。

 

「その理論でいくと、バージルはどうなるのだ?」

「「……ハッ!?」」

 

 ダクネスの一言を聞いて、アクアとセシリーは何かに気付いたようにバージルへ顔を向ける。

 

「顔に目が行き過ぎて全然気付かなかったわ……もしかして、ゼスタ様の言ってたアクセルの街に住むアクシズ教徒は貴方だったの!?」

「極論にも程があるだろう」

「やっぱり私の思った通りだわ! お兄ちゃん、エリス教徒から貰ったアミュレットなんて持ってるけど、本当はアクシズ教に入りたくてたまらないのよ! 生まれながらアクシズ教徒になる運命を背負ってたのよ!」

「そんな運命を辿るぐらいなら、死んでカエルに生まれ変わった方が幸せだ」

 

 同じ青仲間としてバージルに詰め寄るアクアとセシリー。事の発端であるダクネスを恨めしそうに睨んだが、ダクネスはご褒美と受け取ったか嬉しそうに顔を綻ばせる。

 傍にいたゆんゆんは、どうしていいかわからず困惑状態。二人を引き離すべく、バージルはカズマへと助力を求めた。

 

「おい、カズ──」

「よしめぐみん! 早速この里一番の占い師がいる所へ案内してくれ!」

「まだ諦めていなかったんですか。まあいいですけど。ダクネスも早く行きますよ」

「えっ? あ、あぁ」

「……Damn it!」

 

 やられたらやり返す。セシリー押し付けの仕返しをカズマから受けたバージルは、舌打ちせずにいられなかった。

 

 

*********************************

 

 

 その後、どうにか二人を静めさせたバージルは先行していたカズマ達に追いつき、占い師のもとへ足を進める。

 しばらくして、彼等は一つの一軒家に辿り着く。玄関の前には、箒を使い落ち葉を掃いている紅魔族が一人。

 風に揺らめく長い黒髪、細身でありながら出るとこは出ており、誰もが美人と称するような美貌を持つ女性。カズマは無意識に鼻の穴を広げて見惚れる。

 その視線に気付いたのか、彼女はカズマ達へ顔を向ける。一度は不思議そうに首を傾げたが、めぐみんとゆんゆんの姿を確認すると朗らかな表情を見せ、箒を壁にかけてから近寄ってきた。

 

「めぐみんにゆんゆんじゃない。二人とも久しぶりね。この人達は?」

「アクセルの街で出会った私のパーティーメンバーと、その他二名です」

「あ、アルカンレティアで知り合ったプリーストのセシリーさんと、アクセルの街で私が稽古をつけてもらってる先生のバージルさんです!」

 

 めぐみんとゆんゆんの説明を聞いて、そけっとは興味深そうにカズマ達を見る。そして、しばし間を置いから彼女はコホンと咳き込み──。

 

「我が名はそけっと! 汝らの未来を見通す、紅魔族随一の占い師!」

 

 めぐみんとゆんゆんが初対面の相手に必ず行う、独自のポーズと口上を使った挨拶をした。どれだけ美人であっても、やはり紅魔族のようだ。

 もっとも、これにも慣れてしまっていたカズマは呆気に取られることもなく、それどころか彼もポーズを決めて名乗りを上げた。

 

「我が名は佐藤和真! アクセルの街で数多のスキルを会得し、魔王軍幹部の一人にトドメを刺した男!」

「まぁ!」

 

 彼の名乗りを見たそけっとは、パァッと明るい顔になり、嬉々としてカズマに詰め寄った。

 

「凄いわ! 紅魔族流の挨拶に引かないどころか乗ってくれるなんて!」

「い、いいいや、そそそそれほどでも!」

 

 そけっとは彼の両手を握り、赤い目をキラキラと輝かせる。

 突如として美人に迫られるのは、チェリーボーイのカズマにとって刺激が強かったらしい。彼はどもり声で返事をする。顔を横に逸らし目は泳ぎまくっているが、時折彼女の胸元に視線が運ばれている。

 

「挨拶は終わりましたか? ならさっさと占いを済ませますよ!」

 

 するとそこへめぐみんが間に入り、カズマとそけっとを引き離した。そけっとの温もりが残る自分の両手をカズマは名残惜しそうに見つめ、そんな彼をめぐみんはムスッとした表情で睨む。

 そんな二人を目の当たりにしたそけっとは、何かを察したようにクスリと笑っていた。 

 

「あら、占い体験希望だったのね。いいわよ。めぐみんのパーティーメンバーだし、無料サービスしてあげる」

「マジすか! ありがとうございます!」

「当たると評判の占いだと聞いているが……本当なのか?」

「私の占いは、見通す悪魔の力を借りているの。他のなんちゃって占い師と一緒にされちゃ困るわ」

「見通す……まさか仮面の悪魔か?」

「あら、知ってたのね」

 

 ダクネスの問いに、そけっとは隠す素振りもなく話す。思わぬ所から知り合いの悪魔の名前が飛び出し、バージルは眉を潜める。

 しかし、この場にはその悪魔と出合い頭に喧嘩する女神が一名と、悪魔滅ぶべしを謳う狂信者が一名。危機を抱いたカズマは二人に目を向ける。

 

 

「私と同年代っぽいのに、顔、性格、スタイル、全てにおいて格が違う……負けたわ」

「気を落とさないでセシリー! 貴方だって十分可愛いわ!」

 

 どうやら全く聞いていなかったようだ。独り落胆するセシリーの前に立っていたアクアは、可愛い信者へ救いの手を差し伸べる。

 

「カズマが言ってたでしょう? ミツ……なんとかって人の好みは、金髪でスタイルが良くて、年上でアクシズ教徒のプリーストだって! あの美人紅魔族よりも貴方を好いてくれる人は確かに存在するのよ!」

「あ、アクア様……!」

「それにもしかしたら、紅魔の里にも貴方を見てぞっこんラブになるイケメンがいるかもしれない! そうとなれば、落ち込んでる場合じゃないでしょう!?」

「ハイ! このセシリー、私を養ってくれるイケメンどころか私に甘えてくれる可愛い女の子も見つけてみせます!」

「その意気よ! さあ行きましょう! このアクア様が、貴方にピッタリの婿と妹を見つけてあげるわ!」

 

 女神からのありがたいお言葉を受けたセシリーは完全復活。アクアと共に、この場から走り去っていった。

 

「気にしないでください。いつものことなんで」

「気にしなきゃいけないでしょう! あの二人を放っておいたら、どんな問題を起こすかわかりませんよ!?」

「お前がそれを言うのか。つーか俺は今、人生を左右しかねない分岐点に立ってるんだ。あいつ等の面倒を見てる暇なんて一秒足りともない」

「あぁもう! ならバージルでいいです! 私と一緒に来てください! ゆんゆんも!」

「あっ、う、うん!」

「面倒な……」

 

 保護者役のカズマがてこでも動かないと感じためぐみんは、ゆんゆんとバージルに助力を求む。ゆんゆんはすぐさま応じてめぐみんの後を追った。

 バージルはカズマ同様放って置こうと考えていたのだが、巡り巡って自分に返ってきそうな予感を覚えたので、渋々ついていくことに。

 急いでアクア達を追いかける三人。彼等を見送ったそけっとは、安堵するように息を吐いた。

 

「よかった。これなら占いもちゃんとできそうね」

「どういうことだ?」

「あのバージルって人、とても強い力を持ってるみたいだから、傍にいると貴方達の未来が見通し辛くなると思ってたの。だから、離れてくれてちょうどよかったわ」

「なるほど」

「じゃあ早速占いましょうか。そっちの女騎士さんも占ってあげるわよ」

「いや、別に私は──」

「あぁいいっすよコイツは。最後の婚期をとっくに逃して、独り身まっしぐらな未来を見られるのが怖いそうなんで」

「よし! そこまで言うなら私の婚約者を占ってもらおうじゃないか!」

 

 

*********************************

 

 

 急いで二人を追いかけためぐみん達。グリフォン像が建てられている広場まで来たところで、めぐみんは辺りを見渡す。

 

「二人はいったいどこに──」

「め、めぐみん! あそこ!」

 

 すると、二人を見つけたのかゆんゆんが指を差して伝えてきた。めぐみんはすぐさまその方向を見る。

 視線の先には、遠目でもよくわかる青い服装の二人、アクアとセシリー。そして彼女等の前には、小さな子供が一人。

 

「お姉さん達、誰?」

「あらやだお姉さんですって。私達は里の外から来た、魔王を倒すために旅を続けている冒険者なの!」

「魔王! 魔王しばきに行くの!? わたしも行きたい!」

「くぅん! 元気が有り余ってて超可愛い! 真ん丸な紅いおめめもキューティクル! ねぇねぇ、貴方のお名前は何ていうの?」

 

 セシリーは既にその子へメロメロな様子。アクアも子供の視線に合わせて姿勢を低くし、優しい笑顔を見せている。

 刹那、めぐみんは女の子へ向かって駆け出した。ゆんゆんも何かに気付いた様子で、バージルのみ不思議そうに首を傾げている。

 

「我が名はこめっこ! 家の留守を預かる者にして、紅魔族随一の魔性の妹! やがて上位悪魔を使役する予定の者!」

「こめっこちゃん! なんて可愛い名前なの! 魔性だなんて難しい言葉も知っててエライえら……待って、今悪魔を使役する予定って言った?」

「言った!」

「ダメよこめっこちゃん! 悪魔なんて、ロクでなしのクソったれな連中ばかりなんだから。ドラゴンとかグリフォンみたいな格好いいモンスターにしなさい」

「やだ! 悪魔の方がかっこいい!」

「くぅっ……! 怒り顔も可愛すぎる! けど悪魔を使役するのはアクシズ教徒的にいただけない……アクア様どうしましよう!?」

「一つだけ手があるわ。この子を私の信徒に──」

「どぉおおおおおおりゃああああああああ!」

 

 めぐみんは三人のもとに着くやいなや、女の子を守るように間へ入った。

 

「ちょっとめぐみん、邪魔しないでよ。私はただこの子に、宴会芸をいくつか披露して興味を引かせてから、アクシズ教徒の教えを語って信徒になってもらおうと思ってただけなのに」

「人の道を踏み外すのを黙って見てるわけないでしょう! 悪影響なので、この子の半径一メートル以内には入らないでもらおうか!」

「お姉ちゃん! お姉ちゃんが帰ってきた!」

「えっ!? 貴方めぐみんさんの妹ちゃんだったの!? でも言われてみれば確かに似てる……! こめっこちゃん、自己紹介が遅れてごめんね? 私はセシリー。血は繋がってないけど、めぐみんさんのお姉ちゃんなの。だからこめっこちゃんも私のことをセシリーお姉ちゃんって──」

「呼ばせてたまるものですか! いいですかこめっこ、今度こういう不審者に出会った時は大声で助けを呼ぶんですよ?」

 

 めぐみんはこめっこの両肩に手を乗せ、姉らしく言い聞かせる。姉妹仲は良いのか、こめっこは笑顔で頷いた。後ろで不審者呼ばわりされたセシリーがショックを受けていたがめぐみんは無視。

 状況はひとまず落ち着いたと見て、足を止めていたゆんゆんとバージルも彼女等のもとへ向かった。

 

「こ、こめっこちゃん、久しぶり」

「あっ! ゆんゆんだ!」

 

 ゆんゆんとも顔見知りであったようで、こめっこは笑顔を振りまく。

 とそこで、ゆんゆんの隣に立っていたバージルと目が合った。こめっこは物珍しそうにバージルと向かい合ったまま、彼に尋ねた。

 

「おっさん誰?」

「こここここめっこちゃん!?」

「……物怖じのなさは、血を争えんな」

 

 小さな子から初対面でおっさん呼ばわりされ、流石のバージルも面食らったが、怒りを覚えるほどではなかったようだ。

 こめっこはしばらく表情を変えなかったが、ふと何かに気付いたように声を出す。そして息を大きく吸い込むと──。

 

「変なおっさんに襲われるー! 誰かたすけてー!」

「こめっこ! 彼はあの二人より安全なので助けを呼ばなくても大丈夫ですよ!」

 

 

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 こめっこの叫び声によりあわや大騒動になるかと思われたが、幸運にも数名駆けつけた程度に終わり、めぐみんとゆんゆんが謝罪して事なきを得た。

 アクアとセシリーをとっ捕まえ、ついでにこめっこも連れてめぐみん達は再びそけっとの家へ。とその道中、向かい側からカズマとダクネスが歩いてきているのを発見した。彼も気付いたのか、めぐみんへ手を振りながら歩み寄ってくる。

 

「よう、無事アクア達を捕まえたみたいだな」

「えぇ。カズマの方こそ、占いは終わったのですか?」

「手続きも何もいらなかったからな。すぐに占ってもらえたよ」

「……で、どうだったんですか?」

「『貴方と添い遂げる人は、案外近くにいるかも』ってさ。あと『女の武器には気をつけて』とも言われたよ」

「その占いだと私まで圏内に入ってるんですけど。カズマさんと一生を共にするとかマジ勘弁なんですけど」

「その心配はない。お前を嫁に貰うくらいならマリモ育てるから」

 

 笑顔で返すカズマにアクアとセシリーは殴りかかろうとしたが、アクアはバージルに首根っこを掴まれ、セシリーはゆんゆんに手を引っ張られ阻止された。

 一方、カズマの占いの結果を聞いためぐみんは、解せない部分があるのか首を傾げている。

 

「女の武器というのが謎ですね……詳細は聞かなかったのですか?」

「聞く必要なんてない。そんなの一つしかないからな。少なくとも、今のお前には無いものだ」

「おい、今どこを見て話したのかハッキリと答えてもらおうか。さもなくばこの杖を鈍器として叩きつけますよ」

「ほい『スティール』……ところで、お前の隣にいるちっちゃな子は?」

 

 杖を奪われためぐみんが必死に取り返そうとするのを避けながら、カズマは彼女の隣にいた子供、こめっこに尋ねる。

 こめっこはすかさずポーズを取ると、声を張って紅魔族流の自己紹介をした。

 

「我が名はこめっこ! 家の留守を預かる者にして、紅魔族随一の魔性の妹! やがて上位悪魔を使役する予定の者!」

「そうかそうか、めぐみんの妹だったか。後半部分は聞かなかったことにして……俺の名は佐藤和真。めぐみんのパーティーメンバーにして、指揮官を努める冒険者だ」

「お姉ちゃんの男!?」

「んー、当たらずとも遠からずだな」

「私の妹に変なことを吹き込むのはやめてもらおうか!」

 

 ここぞとばかりにこめっこを使ってめぐみんを弄るカズマ。対するめぐみんは怒鳴り散らしながら、カズマの手にあった杖をようやく取り返す。

 

「ふぅ……ところで、隣にいるダクネスはやたら落ち込んでいますが、何があったんですか?」

「未来の婚約者を占ってもらったら『ペットを飼った方がいいかも』ってさ」

「ペット……ペットか……猫はもうめぐみんが飼ってるから、犬がいいかなぁ……」

「……エリス教徒と仲良くするつもりは毛ほどもないけど、ほんのちょっぴりだけ同情するわ」

 

 カズマの占いが良い結果に終わった一方、遠回しに行き遅れ宣告を受けてしまったダクネスは、虚ろな目で地面を見つめていた。

 

 

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 カズマとダクネスの占いが終わり、里に来た目的を果たしたところで、さてどうするかと悩むカズマ達。

 すると、アクアが里を観光したいと発案した。カズマ、ダクネス、めぐみん、セシリーはそれに賛同。一度こめっこを家に預けてから観光することに。

 その一方で、ゆんゆんは両親に再会するついでにバージルを紹介したいとのことで、二人はめぐみん達と別行動に。セシリーは最後の最後までどちらに行くか悩んだが、最終的にめぐみんの方へ行った。

 めぐみん達と別れ、里を歩くゆんゆんとバージル。里の中心にある彼女の家、もとい族長宅へほどなくして辿り着き、ゆんゆんは呼吸を整えてから扉を開けた。

 

「ただいま!」

 

 明るい声が玄関に響き渡る。すると、廊下の奥から慌ただしい足音が聞こえ、袖から一人の女性が現れた。

 長い黒髪を後ろで結った、大人びた印象であるがどことなくゆんゆんに似た顔の女性は、ゆんゆんを見ると大きな美しい目を開き、彼女へと駆け寄った。

 

「お帰りなさいゆんゆん! 家に帰ってくるって手紙で知らされた時はビックリしたけど、本当に帰ってきてくれて嬉しいわ! ちょっと背が伸びたんじゃない?」

「た、ただいま、お母さん」

 

 ゆんゆんの母であった女性は我が子を大切に抱きしめ、再会の喜びを噛みしめる。抱かれたゆんゆんは照れながらも両手を母の背中へと回す。

 親子だけの空間を前にして、バージルはしばらく待っているかと考えていると、ゆんゆんを抱きしめていたゆんゆん母と目が合った。

 ようやくバージルの存在に気付いたゆんゆん母は、不思議そうにバージルを見つめている。それを見たゆんゆんが、早速母にバージルのことを紹介するべく話した。

 

「えっと、紹介するね。この人は──」

「あ、アナタ! 大変! ゆゆゆゆゆんゆんが! ゆんゆんが男を! 彼氏を家に連れて来たわ!」

「えぇっ!? ちちちちち違うから!? 手紙にも書いてた、アクセルの街に住んでる私の先生だからー!?」

 

 

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「先程は取り乱してすみません。こちら、よかったらどうぞ」

 

 ゆんゆん母は気恥ずかしいそうに話しながら、ソファーに座っているバージルの前へお茶を差し出す。彼の隣にはゆんゆんが座り、前方には髭を生やしているも若さを感じる男性が──ゆんゆんの父である。

 勘違いし、成り行きで危うく上級魔法を放ちそうになった二人を落ち着かせた後、バージルは客間へと通された。バージルと睨み合っていたゆんゆんの父は、コホンと息を吐いてから切り出した。

 

「えー、君がアクセルの街でゆんゆんに授業をつけてくれている、バージルという冒険者かい?」

「あぁ」

 

 バージルは短く答える。それを聞いたゆんゆんの両親は、お互いに顔を見合わせると、確認するように一回頷く。

 そして、ゆんゆん父はソファーから立ち上がり、ゆんゆん母はお盆を持ったまま、各々の格好いいポーズを決めた。

 

「我が名はひろぽん! ゆんゆんの父にして、紅魔の里を治める紅魔族の族長!」

「我が名はえぞばえ! ゆんゆんの母にして、紅魔族の族長を支える妻!」

 

 本日何度目かの紅魔族流挨拶。もはやバージルは、何の反応も示さなくなっていた。一方でゆんゆんは、恥ずかしさのあまり顔を覆わずにはいられなかった。

 自己紹介を終えて満足した様子の二人。母えぞばえはお盆を持って客間を離れ、父ひろぽんは再びソファーに座した。

 

「我ら紅魔族の挨拶を見た者は皆、どういうわけか引いてしまうのだが、バージル君は違うようだね。よかったら君もやってみるかい?」

「見慣れてしまっただけだ。それに、改めて名乗る無駄な行為をするつもりもない」

 

 ひろぽんに勧められるも、バージルは即座に断る。センスは合いそうなのだがと思っていたひろぽんは、残念そうに息を吐く。

 お盆を台所に置いてきたのか、手ぶらで帰ってきたえぞばえはひろぽんの隣に座る。ゆんゆんとその両親、先生が揃ったところで、親子面談が始まった。

 

「では早速君に聞きたいのだが、ゆんゆんに一体どのような教育を? ゆんゆんの手紙から、とても厳しいとだけ聞かされているが……」

「大まかに言えば対モンスター、対人間の近接戦闘を学ばせている」

「近接戦闘? アークウィザードには必要ない技術のような……」

「それは、私からお願いしたの。もっと強くなるためには避けて通れない道だと思って」

「ううむ……お父さんとしては次期族長らしく、皆の模範となるアークウィザードになってもらいたいのだが……」

「いいじゃないのアナタ。魔法は勿論、接近戦もできるアークウィザードなんて、格好いいと思わない?」

 

 ひろぽんは少し納得がいかない表情を浮かべていたが、一方のえぞばえはそうでもない様子。

 彼女の言い分にも共感できるのか、ひろぽんは独り唸る。それを見たえぞばえは彼に代わり、バージルへ質問を投げた。

 

「それでバージル先生、具体的にはどういった授業を?」

「魔法使用禁止での対集団モンスター、回復禁止での上位モンスターソロ討伐、俺との組手といったところか。何度か死にかけていたがな」

「おい!? 今娘が死にかけたと言ったか!? 君はゆんゆんを殺しかけたというのか!?」

「生憎と、誰かに物を教えるのは初めてでな。加減を知らんのだ」

「だ、大丈夫よお父さん! 確かに危ない時はあったけど、何とか乗り切ってきたから!」

 

 跳び上がるように立ち上がったひろぽんに対し、なんの悪びれもなく言葉を返すバージル。一触即発の事態になりかねないと思い、ゆんゆんが慌ててフォローに入る。

 その傍ら、先程よりも真剣な顔つきになったえぞばえは、静かにバージルへ問いかけた。

 

「その危険な授業を受けるゆんゆんを見て、先生はどう思われましたか?」

「……戦闘においては、まだ半人前といったところだ。身体面はレベルを上げることでどうとでもなるが、戦闘の技術と感覚、精神力はそう簡単に高められるものではない」

 

 バージルはえぞばえに目を合わせ、実直に感想を述べる。ゆんゆんとしては未だ半人前と見られているのがショックだったのか、自然と顔が下に向いてしまう。

 娘を侮辱され、遂には魔法の詠唱まで始める父ひろぽん。このままでは最悪の懇談会になりかねないと思われたが──。

 

「しかし、コイツのセンスと成長速度には目を見張るものがある。このまま磨き続ければ、上位悪魔にも手が届きうるだろう。目指すかどうかは、本人次第だ」

「……えっ?」

 

 思いもよらぬ称賛が飛び出し、ゆんゆんは顔を上げてバージルを見た。彼は両目を閉じ、ソファーに背を預けている。

 滅多に聞くことのない彼の褒め言葉。端的にまとめると、彼は自分に期待してくれているのだ。それに応えるべく、ゆんゆんは驚いた様子の両親へ顔を向ける。

 

「お父さん、お母さん。私、これからも先生のもとで頑張る! 皆を守れる、強くて格好いい紅魔族になってみせるから!」

 

 ゆんゆんの瞳は、燃え盛る炎のように赤く染まっていた。愛する一人娘にとって、第二の旅立ち。それを受けた親二人は互いに顔を見合わせて頷くと、再びバージルへと向き合った。

 

「そこまで言うのなら仕方ない。バージルさん、これからもゆんゆんを鍛えてやってください」

「私からもお願いします。顔はちょっと怖いけど、聞いてた通り良い先生みたいだから、安心してゆんゆんを任せられるわ」

 

 バージルへ頭を下げるゆんゆんの両親。目を開いたバージルは二人を見た後、何も言わず鼻を鳴らして顔を背けた。

 先生の紹介も無事に終わり、ホッと息を吐くゆんゆん。その傍らで両親は頭を上げ、バージルとゆんゆんを交互に見る。そして少し間を置いてから、ひろぽんは鬼気迫る表情で尋ねた。

 

「念を押すようだが……本当にゆんゆんには手を出していないんだな?」

「お父さん! だからそういう関係じゃないって言ってるでしょ!?」

「私は賛成よ? 生徒と教師の恋だなんて素敵じゃない」

「馬鹿を言うな母さん! そんな不純な関係認めてたまるか!」

「だから違うって──!」

「聞いた話だが、この里の占い師によれば、サトウカズマという男が貴様の娘と結ばれる運命にあるそうだ。俺と同様にこの里へ来ている。いずれ、貴様のもとへ顔を出しにくるやもしれんな」

「先生!?」

「母さん! 私の杖を取ってきてくれ! 魔王軍と全面戦争する時用に取ってあるものだ! バージル君、そのカズマという男のもとへ案内してくれ!」

「待ってお父さん! それはあるえさんが書いた小説で、全くのでっち上げだから!? 先生も焚き付けないでください!」

 

 

*********************************

 

 

 必死のフォローによって、どうにか父ひろぽんを静めたゆんゆん。母えぞばえはその様子があまりにも可笑しかったのか、独りでクスクスと笑っていた。

 どっと疲れ、部屋でゆっくりしたい衝動に駆られたが、そこで彼女はふと、ある事を思い出した。そして隣にいたバージルへ「ちょっといいですか」と耳打ちし、彼を連れて客間を離れた。

 ひろぽんから怪しげに見られながらも、ゆんゆんへ連れて行かれるバージル。やがて一つの部屋の前に辿り着き、ゆんゆんは「少し待っててください」と言って、部屋の中へ。

 バージルは壁に背を預け、ゆんゆんを待つ。視線の先にあるのは扉にさげられていた──『ゆんゆん』の文字が記されている、兎を模したプレート。

 彼女の部屋の前で待つこと一分。扉が開き、一冊の本を手にしたゆんゆんが戻ってきた。

 

「これ……わ、私の言ってた、先生に見せたいもので……」

 

 彼女は照れくさそうに顔を紅潮させながら、バージルへ本を手渡す。彼は黙って本を受け取ると、表紙に書かれている題名を、奇っ怪な目で見ながら読み上げた。

 

「『植物と友達になれる50のポイント』?」

「あぁああああっ!? 違っ! ちちち違います! 間違えました!」

 

 ゆんゆんは慌ててバージルの手に渡った本をひったくると、掘った穴に隠れるように再び自室へ戻る。部屋から物が幾つか落ちる音が漏れているのを聞きながら、バージルは再び待つ。

 

「こ、これです! この絵本です!」

 

 テイク2。再びバージルの前へ戻ってきたゆんゆんは、今度こそと本を渡す。先程の分厚い参考書とは対照的に薄く、表紙には何も書かれていない。

 

「その……私が小さい頃から、お母さんに読み聞かせてもらってて……私の大好きなお話なんです。先生にも、見てもらいたくって、その……私が憧れた、英雄のおとぎ話なんです」

 

 ゆんゆんは指をしきりに動かしながらそう語る。何故そのような物を自分にと思ったが、特に断りはせず、バージルは目を落としてページを一枚開く。

 

 

 遠い世界の、遠い昔。

 そこでは、人間達が平和に暮らし、穏やかな時を過ごしていました。

 しかしある日突然、地の底から悪魔達が現れました。

 悪魔の王は言いました。「元は一つだったこの世界、再び統べんとして何が悪い?」

 そして悪魔達は、人間の住む世界を自分達の物にしようと、人間をいじめました。

 力の弱かった人間達は、どうすることもできずいじめられるばかり。

 このままでは、人間の世界が奪われてしまう……人間達が諦めかけた、その時でした。

 

 たった一人の悪魔が正義に目覚め、人間を守る為に立ち上がりました。

 彼自身の名を持つ剣を振り、悪さをしていた悪魔達を退治していきました。

 やがて、悪魔の王は彼によって封印され、人間達に再び平和をもたらしました。

 人間達は感謝しました。自分達を救ってくれた悪魔を、彼等は英雄と呼びました。

 

 でも彼は、ひっそりとどこかへ消えてしまいました。

 たった一人の女性──悪魔が愛した人間と共に。

 

 

「これは……」

 

 バージルの口から声が漏れる。子供への読み聞かせに使える程の文量と、稚拙な絵で構成されていたが、バージルは食い入るように本を見つめていた。

 そんな彼を見て、気に入ってくれたのかとゆんゆんは思っていたが、違う。その物語は、バージルにとってあまりにも覚えがあった。

 導かれるように、バージルはページを捲る。しかしそこには、たった一文だけしか書かれていなかった。

 

「あっ、実はこの文章だけ見たこと無い文字で書かれてて、お母さんに聞いてもわからないって……先生?」

 

 隣から覗き込み文章について話すゆんゆんだが、バージルの様子がおかしいことに気付き、顔を見上げてバージルを見る。

 一方バージルは、瞬きすら忘れているように目をかっと見開いたまま、最後のページに記されていた、今や懐かしささえ感じる見慣れた文字を読み上げた。

 

His name was Sparda(彼の名はスパーダ)──Legendary dark knight(伝説の魔剣士)

 




ゆんゆん母の名前を勝手につけてしまいましたが、原作やアニメ、ゲームで判明したら変える予定です。

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