修羅の洞窟を攻略した翌日、バージルはギルドへ赴き受付嬢のもとへ。受付嬢は、驚きのあまり固まって渡しそびれてしまったジャイアントトード、また
バージルが修羅の洞窟をクリアし、特別指定モンスターを討伐したことは既に街中の噂になっていた。昨日、固まっていた受付嬢が我に返った後、冒険者達へその事実を話したが、彼は冒険者になってまだ二日目。いくらジャイアントトードを短時間で大量に狩った男でも、流石にそれは無理だろうと、冒険者達は信じなかった。
が──街の城壁付近に搬送されたドラゴンの死体を見せられ、否が応でも信じざるをえなかった。冒険者達は是非ともバージルをパーティーに引き入れたいと考えたが、彼の近寄りがたい雰囲気を前に一歩踏み出せず、結局誰も話を持ちかけようとはしなかった。
冒険者生活を始めて、たった二日で大富豪となったバージル。報酬金と素材が入った大きな鞄を受け取った彼は、早速鍛冶屋へと出向いた。指定された鉱石だけでなくドラゴンの素材、更には前金にしては多すぎる金を渡すと、ゲイリーはあまりにも驚いて昇天しかけたという。
しばらくして意識が戻ったところで、ゲイリーは仕事を開始。特別指定モンスターの素材を使える上に、久々の刀作り。ゲイリーはバージルに「一日待ってくれ」と告げ、鍛冶場に篭もり始めた。預かっていたピッケルを返そうとしたが、ゲイリーはスペアを持っていたのか、くれてやると言ったため、バージルはありがたく貰うことに。
その後、バージルは有り余る金を使い、住居の準備に取り掛かった。
駆け出し冒険者の街と言われているが、煉瓦でできた道と建物、自然の残った街並み。この街独特の雰囲気をバージルは気に入っていた。また、ここにはゲイリーの鍛冶屋もある。刀を作り終えた後も、修復や強化で世話になるかもしれない。ならば、ここを拠点とするのも悪くない。
そうと決めたバージルは、街中を歩いて見つけた建築業者に、家を建てるよう依頼。札束をポンッとくれてやると、睨みつけていた業者はコロッと表情を変え、喜んで引き受けた。家が建てられる場所は、郊外の自然溢れる場所。隣には広い庭を持つ巨大な無人屋敷がポツンと建てられていたが、バージルは気に止めなかった。
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報酬を得た日から翌日──そろそろ刀が完成したであろうと、バージルは鍛冶屋に向かっていた。
「おぉっ! 当たりも当たりっ! 大当たりだぁあああああああああっ!」
「いやぁああああっ!? ぱ、パンツ返してー!?」
「イィィイイイイイイイイイヤッハァアアアアアアアアッ!」
「な、なんという鬼畜の所業! やはり私の目に狂いはなかった!」
「(今の声……クリスか?)」
鍛冶屋へ向かう途中、聞き覚えのある声を耳にしてバージルは足を止める。何やら悲鳴を上げていたように聞こえたが──。
「(まぁいい。俺には関係のないことだ)」
クリスとは、あくまで協力関係。プライベートにまで首を突っ込むような馴れ合いをするつもりはなかった。彼は再び足を進め、寄り道せずに鍛冶屋へと向かった。
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「ゲイリー。どうなった?」
鍛冶屋に到着したバージルは、ゲイリーを呼びながら鍛冶場を覗き込む。視線の先には、初めて出会った時と同じように、パイプをふかして座っていたゲイリーが。ゲイリーは彼と目を合わせると、待ってましたと言わんばかりに笑った。
「完成したのか?」
「あぁ、ちょっと待ってろぃ」
よっこいせと重い腰を上げ、ゲイリーは鍛冶場の奥へ。間を置いて、彼は一本の鞘に納まれた剣を両手で支えながら現れ、それを作業机の上に置いた。バージルは机に近づき、机上に置かれた剣をまじまじと見つめる。
青い表面に白いひし形が並べられたデザインの柄と紺碧の鍔。天色の鱗で作られた鞘に純白の下緒。彼は柄と鞘を握り、おもむろに持ち上げると少し引き抜いて刀身を見た。銀色に輝く刃が、バージルの青い目を映し出す。
「おめぇさんが持ってきた鉱石とドラゴンの素材をふんだんに使って、じっくりと作らせてもらったぜ。お陰で雷属性を付与できた。どう使うかは、おめぇさん次第だ」
刀身を鞘に納めると、横でゲイリーが自慢げに鼻を鳴らした。刀からは、あの時狩ったドラゴンの力をひしひしと感じる。偶然にもその感覚は、彼が所有している悪魔の魂が宿った『魔具』と似ているように思えた。
「勿論おめぇさんの要望通り、より固く、より切れるようにしている。カタナを作るのは久しぶりだったが、中々イイもんができたと思うぜィ……っておい? どこ行くんだ?」
ゲイリーが刀について説明している中、バージルは左手で鞘を持ち、黙って鍛冶場から出た。不思議に思ったゲイリーはすぐさま彼を追いかける。
庭の中心に立っているバージル。一雨きそうな空の下、横から風が吹き抜ける。後方でゲイリーが静かに見守る中、バージルはゆっくりと柄に右手を添え──。
「フッ!」
彼は素早く、かつ滑らかに刀を抜き、斜めに斬り下ろした。その姿勢でしばし静止した後、彼は刀を振り回す。力強く、速く、滑らかに……ただデタラメに振り回しているのではないと、ゲイリーにも伝わっていた。彼が、刀の使い手だということも。
ひとしきり振った後、バージルは最後に刀を右へ振り抜く。彼の剣技に呼応するように、刀身に青白い雷が走る。バージルは刃を鞘に当てると両目を閉じ、慣れた動作で刀身を鞘に納めていく。鍔と鯉口がかち合う音を立て、刀身は鞘の中へ。
「──悪くない」
バージルは目を開き、刀を実際に振ってみた感想を口にした。
これに自身の魔力を上乗せすれば……流石に閻魔刀には劣るが、それでも悪魔を一刀両断するには申し分ないだろう。この刀ならば自分の力に、技について来られるだろう。
「気に入った。この刀を買わせてくれ。いくらだ?」
「あんな剣舞を見せられたんだ。おめぇさんにはタダでやるぜっ! ……ってカッコイイこと言いてぇところだが、生憎こちとら商売でやってるからなぁ……まぁでも、前金で受け取った二十万エリスで十分だな」
支払いは前金で得た金で十分だとゲイリーは話す。支払おうとしていたバージルは、懐から取り出していた茶色い金袋を再びしまった。
彼の左手には、一本の刀。魔帝に敗れたあの日から覚えていた空虚感が消えたのを感じ、バージルは珍しく笑みを見せる。とそこへ、ゲイリーがパイプをふかしながら尋ねてきた。
「んで、その刀の名前は何にすんだ?」
「……名前?」
「大抵の冒険者は、自分が愛用する武器には名前をつけているぜ。意味を込めたもの、語感で決めたもの、面白可笑しな名前をつけるのもアリだ」
武器の名前──その話を聞き、バージルはふと昔のことを思い出した。
彼の父、スパーダが相棒として使っていた剣は勿論のこと、彼が愛用していた二丁拳銃にも名前はあった。幼い頃はその意味がわからなかったが、成長して知識を得たことで、拳銃の名前にも意味があったことを知った。
もしかしたら、この世界では新たな相棒になるかもしれない刀。名前を付けておくのも悪くないだろうと思い、バージルは早速名前を考え始めた。
名は体を表す──以前使っていた相棒、閻魔刀はその名に恥じぬ力を持っていた。バージルは顎に手を当て、この力に見合う良い名前は何かないかと模索する。
そんな時──昔読んだことのあった、とある国の神話に出てきた武器の名前が頭に過ぎった。
「──アマノムラクモ」
「おんっ? むらくも?」
バージルは静かに、思い浮かんだ名前を口にした。聞き慣れない名前を耳にして、ゲイリーは首を傾げる。何故この名前なのか説明するために、彼は武器の名前に由来する、とある神話について話し始めた。
「俺の世界……いや、ここから遠い位置にある国のおとぎ話に、ヤマタノオロチ伝説というものがあった。ヤマタノオロチとは、八つの首を持つ大蛇……
「ほぉー、八つ首のドラゴン……聞いたこともねぇ怪物だな」
「そいつは強大な力を持っていた。その国を支配する程のな。しかし、とある一匹の狼と一人の勇者によって倒された。狼の頭には、小さな虫がいたと聞く」
「へぇ、一匹と一人でねぇ……」
「その時だ。ヤマタノオロチの死体から、一本の剣が出てきたそうだ。剣には雷の力が宿っていた。剣の名は──
「なるほど。そこから取ったってわけかィ」
ドラゴンを素材にした、雷の力を持つ刀。連想した先に、かつて世をあまねく照らしたと言い伝えられている太陽神が使っていた、三種の神器と呼ばれる物の一つ──天叢雲劍を、バージルは思い浮かべたのだった。
「雷の力を持った刀……雷刀アマノムラクモか。それっぽい名前でワシはいいと思うぜ。んじゃ早速襲名といくか」
ゲイリーはポケットから一枚の白い紙を取り出すと机に置き、ペンで名前を書き記す。そして紙を刀の柄に貼り付けると、紙は瞬時に燃え、紙に書かれた文字を柄に焼き付けた。
雷刀アマノムラクモ──この世界での、新たな相棒となる刀の名を。
『緊急クエスト! 緊急クエスト!』
「ッ!」
と、その時だった。突如、街中にあるスピーカーからけたたましい警報音が鳴り響くと共に、アクセル街の全冒険者達へ向けるアナウンスが流れ始めた。
『冒険者各員は、至急正門に集まってください! 繰り返します! 冒険者各員は、至急正門に集まってください!』
「……そうか。もうそんな時期か」
バージルが黙ってアナウンスを聞く横で、ゲイリーはポツリと呟く。バージルは新たに手に入れた刀を強く握り締め、黙って歩き出した。
「行く気か?」
「丁度良い機会だ。早速、この雷刀の切れ味を試してみるとしよう」
パイプをふかしながら呼び止めたゲイリーに、バージルは振り返らず応える。行くなと忠告したにも関わらず、真っ先に修羅の洞窟へ入った男だ。どうせ止めようとしても無駄だろう。そう思ったゲイリーは、一言だけバージルに告げた。
「奴らは強ぇぞ」
「願ってもないことだ」
ゲイリーの真剣な眼差し。余程力のあるモンスターが現れたのだろう。バージルは不敵な笑みを浮かべ、鍛冶場を後にした。
「さってと……今日は店じまいにするかね」
バージルが立ち去っていくのを見届けた後、ゲイリーはやれやれとため息を吐きながら、鍛冶場の奥へ姿を消した。
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緊急クエストが発令されてから数分後。アクセルの街正門には多くの冒険者が集っていた。世紀末から来たかのような風貌の男や、ダストとそのパーティーメンバー。中には金髪ポニーテールの女騎士、赤い目を片方眼帯で隠している魔法使い、清楚な印象を受ける水色の髪を持つ女性という、冒険者と言われても違和感がない面子の横に並ぶ、冒険者にしては違和感のあるジャージ姿の男もいた。正門前に立つ彼らは皆、前方を鬼気迫る表情で睨みつけている。
冒険者達の視線が一箇所に集まる中──人知れず、バージルは正門城壁の上に立っていた。白い下緒で結ばれた刀を杖のように突きたて、冒険者達と同じように前方を見据えている。
「(冒険者が束にならなければ勝てない程の相手ということか……面白い)」
彼の下で集まっている冒険者達を見て、更に期待を高める。もしかしたら、あのドラゴンと同じ特別指定モンスターかもしれない。
恐らく捕獲も視野に入れているのだろう。城壁近くには檻が設置されている。複数あるのを見る限り、敵は一体ではないようだ。
「──来たぞ!」
その時、一人の冒険者が皆へ呼びかけるように大声を上げた。正門前に視線を向けていたバージルは顔を上げる。
遥か前方からは、おびただしいほどの小さな緑が、まるで大群の虫が空を飛ぶように、こちらへと迫ってきていた。その数は優に百を超えているだろう。しかし強大な魔力は感じられない。小さな軍隊アリが巨大な象を殺すように、集団で力を発揮するタイプなのかもしれない。
あのドラゴンとはまた違った強敵を視界に捉え、バージルは笑う。徐々に敵は接近し、その姿が鮮明に見え始めた。
「(集団戦闘か。刀を試すには良い……きか……)」
バージルは──自身の目を疑った。
遂に捉えた敵の姿。それは丸く、頭から体色と同じ色の羽を生やしている。あのジャイアントトード以上に何を考えているのかわからないつぶらな瞳と、新鮮で美味しそうな淡い緑色の葉と白い茎を持った空飛ぶモンスター。
「キャベキャベキャベキャベ……」
飛んできたのは──紛れもなくキャベツだった。
「収穫だぁああああああああああああああああああああああああっ!」
「マヨネーズ持ってこーい!」
冒険者達は一斉にキャベツ目掛けて走り出した。戦争開始の合図であるホラ貝が吹き鳴らされて飛び出す兵士達のように。相手はキャベツだというのに。
「みなさーん! 今年もキャベツ収穫の時期がやってまいりましたー! 今年のキャベツは出来がよく、一玉の収穫につき一万エリスです! できるだけ多くのキャベツを捕まえ、この檻におさめてください!」
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
ギルドにいた金髪の受付嬢がメガホンで冒険者達に朗報を知らせ、冒険者達は更に士気を上げる。想像もしていなかった展開を前に、バージルは刀を立てたまま、全く動こうとしなかった。否、動けなかった。
さも当然のように空を飛ぶキャベツ。それらを大将の首を討ち取るかのような勢いで狙う冒険者達。緊急クエストと聞いてどんなモンスターが来るのかと期待してみれば、待っていたのはバージルも思わず真顔になってしまう異様な光景。
スパーダも魔帝も知らない未知の世界だと知り、確かに彼の胸は躍った。修羅の洞窟に潜った時も、歯ごたえのあるドラゴンと戦えた。鍛冶屋に新たな刀を作ってもらった時も、閻魔刀とまではいかなくとも使い心地のいい刀を得ることができた。
だが、目の前で繰り広げられているキャベツ収穫祭を見て、バージルはこう思わざるをえなかった。
「(俺は……来る世界を間違えたのかもしれない)」
作中に出た「ヤマタノオロチ伝説」は様々な解釈があると思いますが(ぶっちゃけ私はよく知らない)
バージルがいた世界で伝えられていた日本神話の数々は、全てあの「わんこが世を照らした世界」そのまんまです。
なのでバージルが知っている天叢雲劍も、わんこが使っていたものです。