この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第52話「The sun rises ~太陽は昇る~」

 ハンスから逃れる為に決死のダイブを試みたカズマとめぐみん。暗闇は晴れども暗雲の消えない空を見上げ、崖の底へと落ちていく。

 刻まれる死へのカウントダウン。めぐみんは恐怖を堪えるようにカズマの服を強く掴む。カズマもまた、めぐみんを決して離さぬよう抱き締めていた。

 助かる可能性はゼロに等しい。だが決して無いわけではない。微かな希望を胸に、カズマは叫んだ。

 

「俺は! 商品を売りつけて一生遊べる大金を稼いで、アイツ等と異世界スローライフを送るんだ! こんなところで死んでたまるかぁああああああああ!」

 

 自身への鼓舞──否、願いに近かったであろう。しかし彼等の落下は止まらず。やがてくるであろう強い衝撃を覚悟し、カズマとめぐみんは目を瞑る。

 

 

 が──痛みは一向にこなかった。代わりにカズマが感じたのは、背中に当たる冷たい感触。落下時に感じていた風もない。

 

「これはまた、かわいい雪が降ってきたね。にしては勢いがあり過ぎたけど」

 

 そして、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。カズマとめぐみんは恐る恐る目を開けて、声の聞こえた右側へ目を向ける。

 

「やぁ。二人とも生きてるかい?」

 

 彼等を救ったのは、異世界に堕ちた女神であった。

 

「た……タナリス様ぁああああああああああああ!」

「うおう」

 

 助かった──夢ではないと実感したカズマは、喜びの涙を流した。めぐみんも同様に、涙を浮かべて泣きじゃくる。

 

「うっ……えぐっ……うあぁああああ……!」

「ありがっ……! ありがとうございますダナリズざまぁああああああああ!」

「うんうん。喜んでくれるのは嬉しいけど、今は静かにした方がいいよ。蛙さんに見つかっちゃうから」

「……へっ?」

 

 不意に飛び出した、蛙という単語。一体何を言っているのかと二人は疑問に思ったが、すぐに意味を理解した。

 タナリスの背後──吹き荒れる吹雪の中に佇む、怪しく光る人型の触覚を下げた、化け蛙を見てしまったが為に。

 

「「ぎゃあああああああああああああっ!?」」

 

 一難去ってまた一難。騒がないように言われた矢先、カズマとめぐみんは悲鳴を上げた。二人の声に反応するように、化け蛙はヘドロのような液が漏れている口を開き、三人を丸呑みせんと襲いかかる。

 刹那──化け蛙の身体に何本もの青白い線が刻まれた。動きを止めた化け蛙は断末魔すら叫ぶことなく事切れ、間を置いて身体は凍り付き、音を立てて砕け散った。

 あっという間の出来事を目の当たりにして、二人は目をパチクリさせる。その傍ら、化け蛙を仕留めた者──カズマ達と別れて行動していたバージルが、刀を納めながら歩み寄ってきた。

 

「……何があった?」

「空から二人が落ちてきたのさ」

「ふざけているのか?」

「いたって真面目さ。ねっ? カズマ」

 

 バージルの質問に答えながら、タナリスはカズマに向けてウインクする。普段通りの二人を見てようやく安堵し、カズマとめぐみんはホッと一息吐いた。

 

「けど、どうやって俺達を助けたんだ? 九分九厘死ぬと思ってたんだけど」

「なんとなーく山を眺めてたら、君達が落ちてきたのを確認してね。すぐさまシートを敷いて救出したのさ」

「シート?」

「どれだけ高いところから落下しても、衝撃を吸収して落下物を守ってくれる優れ物だよ」

 

 タナリスは自慢げに救出方法を語る。そんな超優秀アイテムがこの世界に存在したのかと、カズマは感動すら覚えたが──。

 

「もしかして、ウィズの店で買った?」

「ご明答。中々良い掘り出し物でしょ」

「今の所はな。で、どういうデメリットがあるんだ?」

「流石カズマ、察しが良いね。実は高度によって、シートから離れられない時間も変わるんだ。今回は結構な高さだったから、しばらく待たないといけないだろうね。無理矢理剥がすことも可能だけど、服がビリビリに破ける上に髪が悲惨なことになるよ」

 

 何かしらの欠点がもれなく付いてくる、ウィズ魔道具店のポンコツ商品であった。問題点を聞いてカズマはガッカリするが、このアイテムがなければゲームオーバーは確実だった。文句は言えない。

 この歳で禿にはなりたくなかったので、しばし待つ道をカズマは選ぶ。とその時、めぐみんが囁き声で話しかけてきた。

 

「あ、あの、カズマ……いい加減恥ずかしいので、離して欲しいのですが」

 

 めぐみんのお願いを聞いて、カズマはようやく気付く。落下時は命の危機であったため気にならなかったのだが、これまでにないほどめぐみんと密着していた。

 恥ずかしいのか、めぐみんは薄っすら顔を赤らめている。彼女を抱きしめたままの形で落下したため、両腕はシートにくっついていない。彼女を手放すことは可能だった──が。

 

「俺もそう考えていたんだが、シートのお陰で身動き一つ取れないからさ。いやはやどうしたものか」

 

 滅多に拝めない、初々しさ溢れるめぐみんをもう少し堪能したいと思い、カズマは困ったように返した。きっと彼女は慌てふためくだろうと予想しながら、めぐみんの反応を待つ。

 

「……なら仕方ないですね。このまま付き合ってあげますよ」

「えっ」

 

 が、返ってきたのはまさかの承諾であった。驚きのあまり、カズマは思わず声を漏らす。しかしめぐみんはそのまま、カズマの胸元に顔を当てている。

 彼女の体温を感じながらも、思考が停止し固まってしまったカズマは──おもむろに腕を動かし、抱き締めるのをやめた。

 

「嘘ついてごめんなさい。この通り腕は自由に動かせるので、離れてくださると幸いです」

「なんなんですか!? 私なりに気を利かせてあげたら今度は離れてくれって! 抱き締めたいんですか!? したくないんですか!? どっちなんですか!?」

「したいよ! 女の子とくっついていたいよ! 温もりを感じていたいよ! でもな! 男には心の準備ってのが必要で、突拍子もなく急接近されたらどうしていいかわからなくなるんだよ!」

「爆裂魔法を撃って、立てなくなった私をいつもおぶっているのに、どうして心の準備が必要なんですか!?」

「お子ちゃまのお前にはわからないだろうがな! おんぶと抱きしめは距離感が全然違うんだよ!」

「おい! 今私のことをお子ちゃまだと言ったか!」

 

 密着状態のまま言い合うカズマとめぐみん。つい先程まで命の危機に陥っていたのが嘘のようだ。

 この状況下でも仲良く喧嘩する二人を、タナリスは愉快そうに笑いながら、バージルは呆れながら見守った。

 

 

*********************************

 

 

 二人の言い争いが収まった後、カズマはシートから離れられない間に、自分達の身に何が起こったのかをバージルとタナリスに説明した。

 ウィズの暴走、魔王軍幹部のデッドリーポイズンスライムことハンスとの戦い、アクアの弱体化。一方でタナリスも、蛙の悪魔達との戦いがあったことをカズマ達に軽く話した。

 互いに情報交換が終わったのは、カズマとめぐみんがシートから起き上がれるようになったのと同時であった。

 

「リッチーの暴走と女神の弱体化……どちらも貴様の推測通り、この山に漂う魔界の瘴気が原因で間違いないだろう」

「魔界の瘴気……って、悪魔がひしめいてると聞く魔界に行ったことがあるのですか!?」

「少しな」

 

 人間からしてみれば驚くべき話なのだが、バージルはサラリと流して崖の上を見つめる。

 戦闘狂の彼のことだ。きっと魔王軍幹部であるハンスに興味を示しているのだろう。なのでカズマは、早急にアクアのもとへ向かわせようとバージルに話しかけようとしたが──。

 

「アクアなら、まぁ大丈夫じゃないかな。あの子勝つまで続けるから。問題の瘴気も、蛙を狩ったお陰か薄れたみたいだし」

「えっ?」

 

 タナリスの気になる言葉が耳に入り、カズマは踏み止まった。彼女に習うように、カズマも辺りを見渡す。

 先程まで吹き荒れていた吹雪。それがいつの間にか止んでいた。視界も晴れ、寒さも和らいだように思う。彼女の言う通りなら、アクアも次第に力を取り戻すであろう。

 しかし、まだ拭いきれない不安──ハンスは、力を隠しているのではないだろうか? もしハンスが本気を出した時、アクアは対抗できるのか?

 やはりバージルを加勢に行かせるべきだろうかと考えを改めようとしたが、もし彼が『デビルトリガー』を使い、勘の良いアクシズ教徒に悪魔だとバレたら、カズマでもフォローしきれない事態になりうる。

 彼を向かわせるべきか否か思い悩んでいた──その時、ふとアクアが口にしていた言葉を思い出す。

 

「……なぁタナリス。女神は、信仰心によって力を得るってアクアが言ってたんだけど、本当か?」

 

 馬車の中でアクアが語った、女神の力。質問を受けたタナリスは、カズマと向き合って答える。

 

「その通りさ。人間の、闇を信じる心が強ければ強いほど魔界の住人が、光なら天界の住人が力を得られるよ」

 

 堕女神の僕も多分後者だよと、タナリスは笑って付け加える。女神と信じていないめぐみんだけが困惑する中、カズマは口元に手を当てる。

 山の麓には、アクシズ教徒の集まるアルカンレティア。アクアは、アルカンレティアの近くでなら冬将軍だって簡単に倒せると自負していた。

 そして今回の目的は悪魔の殲滅──女神アクアが悪魔に奪われた山を救うという筋書きで。きっと彼女は、自分の手でハンスを倒す気でいるのだろう。

 なら──今回だけは付き合ってやろうじゃないか。

 

「バージルさん! 確か狼になって走ってましたよね! 俺を乗せてアルカンレティアまで戻ってくれませんか!?」

 

 カズマはバージルへ、急いでアルカンレティアへ一緒に戻って欲しいと頼んだ。唐突にお願いされたバージルは少し面食らったが──。

 

「何のつもりか知らんが……いいだろう」

 

 反論はせず、狼のお面を取り出し顔に当てた。すると彼の身体は光を放ち、瞬く間に蒼い狼の姿へ変貌する。

 初めて変身を見ためぐみんは声を上げて驚く。カズマは闇夜に映える美しい毛並みに見入っていたが、今は急がなくてはと、タナリスがやっていたように狼化したバージルの背に跨る。

 

「タナリス! めぐみんのことは任せた!」

「オーケー。いってらっしゃーい」

 

 めぐみんをタナリスに預け、カズマはバージルの身体にしがみつく。乗客がいるのを確認したバージルは、帰る方向を見定め──強く地面を蹴り、猛スピードで駆け出した。

 

「ひぃあああああああああっ!? は、はやぁああああいああああああっ!?」

「口は閉じていろ。舌を噛むぞ」

 

 想像以上の速さに悲鳴を上げながらもカズマは必死にしがみつき、バージルと共に山を下っていった。

 

 

*********************************

 

 

 凍った露天風呂に取り残されたままのめぐみんとタナリス。二人を見送った後、めぐみんは不安そうに独り呟いた。

 

「カズマ……大丈夫でしょうか?」

「彼は、何の考えもなしに行動するような馬鹿じゃないんだろう? 心強いわんこもいるし、問題ないさ」

 

 めぐみんとは対照的に、二人の行方を楽観視していたタナリスは、不安を取り除くようにめぐみんへ話す。

 心配だが、残された者達は信じて待つしかない。めぐみんは同調するように頷く。それを見たタナリスは歯を見せて笑った後──手に持っていた鎌を構えながら振り返った。

 

「それよりも……どうやら遊んで欲しい子達がいるみたいだね」

 

 タナリスの前方──小さい猿の悪魔(ムシラ)が数体と、氷の悪魔(フロスト)が一匹、近付いていた。魔界の瘴気は晴れたものの、まだ悪魔は壊滅できていないようだ。

 小さく悲鳴を上げためぐみんは、近くの岩陰に慌てて隠れる。一方でタナリスは鎌を構えたまま動かない。そんな彼女へ、ムシラ達が一斉に襲いかかった。

 

「そらっ!」

 

 タナリスは横薙ぎでムシラ達を斬りつける。続けて吹き飛んだ一匹のムシラに接近し、連続で斬撃を加える。一匹を仕留めたら次のムシラへ。

 攻撃を仕掛けられても華麗に躱しつつ裏へ周り、斬り上げて空中で攻撃を続ける。時にはすくい上げるように鎌を振り、地上に立つ敵を強制的に浮かせて斬り刻んでいった。

 冒険者でも数少ない鎌使いの戦闘を、めぐみんは食い入るように見つめている。あっという間にムシラの集団を倒し、残るはフロスト一匹のみ。フロストは鋭い鉤爪を振りかざしながら襲いかかったが──。

 

「ちょっと大人しくしててね。『パラライズ』!」

 

 鎌で迎撃するかと思いきや、敵が眼前に迫った瞬間に手をかざし『パラライズ』を放ち、フロストを麻痺させた。元女神の補正もあるが、レベルアップした彼女の魔法は効いたようだ。

 動こうにも動けずもがくフロスト。拘束を確認したタナリスは、岩陰に隠れていためぐみんに声をかけた。

 

「めぐみん。君は一日一回爆裂魔法を撃たなきゃ夜も眠れない病にかかってるってゆんゆんから聞いたけど、今日のノルマは達成したのかい?」

「へっ!? い、いや、まだですけど……って私の爆裂欲求を病気扱いしないでください!」

「なら、この子にドカンと一発撃ち込もうじゃないか」

「はっ!?」

 

 タナリスが出したまさかの提案に、めぐみんは驚嘆する。しかしタナリスはもうその気になっているようで。

 

「僕がダメージをある程度稼ぐから、僕の合図でぶっ放しちゃってよ。あっ、雪崩が起きない程度には加減してね」

「た、確かに我が爆裂魔法であれば、氷の悪魔を屠ることも容易でしょう! しかし魔力を溜める時間が必要なんです! その間に他の悪魔が来たら、どうすれば──!」

「そんな君にうってつけのアイテムを紹介しよう。確かそこら辺に置いてある僕のアイテムバッグを探ってみて。赤い液体の入った瓶がある筈……おっとまだ動いちゃダメだよ。『パラライズ』!」

 

 めぐみんに指示を出しながら、麻痺の効果が切れる直前に再び『パラライズ』をかける。その傍らでめぐみんは近くにあったバッグを開け、中にあった瓶を取り出した。

 

「こ、これですか!?」

「そうそれ。飲んでみるとあらビックリ。誰にも気付かれない透明人間になれるのさ。けど一つだけ問題点があってね。まぁ簡単に解決できるものだけど」

「なんですか!? 早く言ってください!」

 

 恐らくこのアイテムも、ウィズ魔道具店で買ったものだろう。そう思いながらも、めぐみんは早く話すよう促す。

 急かされたタナリスは再び『パラライズ』をかけながら、めぐみんにウインクして答えた。

 

 

「服を着てると効果ないから、全部脱いでね」

「全っ然簡単に解決できないじゃないですか!? 第一ここ雪山ですよ!? ホットドリンクを飲んでアクアの魔法も受けているとは言え、こんな場所で裸になれと言うんですか!?」

「その問題は解消済みさ。熱帯地でも寒冷地でも使えるよう、体温を調整してくれるんだ。あと武器は持ってても大丈夫なよう改善されてるから、威力半減の心配もないよ」

「どうして細かい所を補完してて肝心な部分を改善しないんですか!? このアイテム作ったの絶対変態じゃないですか! ていうか本当に透明になれるんですか!?」

「僕が女湯で試したら、キッチリ透明になってたよ」

「そりゃあ女湯でなら気兼ねなく使えるでしょうね!」

 

 深刻過ぎる問題点を聞いて、めぐみんは声を荒げて文句をぶつけた。しかしタナリスは何を不満に思っているのかと、不思議そうに首を傾げながら切り返す。

 

「見られやしないんだからいいじゃないか。もし見られたとしても僕か、サヨナラする予定の悪魔しかいないし」

「た、確かにそうですけど──!」

「爆裂魔法を悪魔に撃ち込めて、経験値も稼げる絶好の機会だよ? 本当にいいの?」

「うっ……」

 

 今のめぐみんにとっては、下手な悪魔より悪魔らしいタナリスの誘惑。タナリスが相手に『パラライズ』をかける中、めぐみんは手に持っている小瓶とにらめっこする。

 女としてのプライドを守り、爆裂魔法を諦めるか。爆裂魔法を極めるために、恥を捨てるか。二つに一つ。

 飲まないで爆裂魔法を放つという選択肢を思いつかないまま、悩みに悩んだ末──めぐみんは選んだ。

 

 

*********************************

 

 

 一方で、山の八合目にある源泉。未だハンスは、アクアとの戦闘を続けていた。

 邪魔者もいなくなり、戦いは更に過激になっていったのだが……その中で、ハンスの脳裏にある疑念が。

 

「(コイツ……さっきより強くなってねぇか?)」

 

 対峙している聖職者の水魔法が、戦いの中で徐々に威力を増している。戦況の流れが変わっているのを肌で感じていた。

 では何故と、ハンスは疑念を晴らすべく原因を模索する。とそこへ、数段速度を増した水弾が飛来し、ハンスの右肩を掠めた。

 

「ぐぅうううっ……!?」

 

 人間であればただの掠り傷。しかしハンスは顔が歪まざるをえないほどの痛みを覚え、肩を射抜かれたかのように左手で負傷した肩を抑える。

 決して気のせいではない。つい先程まで格下だった相手が、対等以上まで上り詰めていた。攻撃の手を止めて構えている聖職者を、ハンスは怒りの眼で睨み返す。

 どうしてあの女は強くなっているのか。先程は戦いながら考えていたので気付けなかったが、手を止めた今、ようやく違和感の正体に気付いた。

 

「(山に漂ってた瘴気が……そのせいか……!)」

 

 悪魔が姿を現したのと同時に充満した、ハンスにとって心地よい瘴気が薄れていた。吹雪もやみ、嗅げば腹の虫が鳴りそうな芳しい悪魔の香りもほとんど臭わない。

 この場にウィズ達が現れるまでは、確かに瘴気も臭いも濃いままだった。変化を感じ始めたのは、あの男が崖から飛び降りた後。

 忌々しい光を浴びて自分の感覚がおかしくなったのか、もしやあのガキが──と、ハンスがただならぬ悪寒を覚えた時だった。

 

 

 少しの地響きと共に、けたたましい爆音がハンスの背後から鳴り響いた。

 

「な、なんだぁ!?」

 

 突然の出来事に、ハンスは敵を前にしているにも関わらず背後を振り返る。しかし相手のアクアも驚いたのか、ハンスと同じく爆発音が鳴った先を見ていた。

 丁度、あの男が魔法使いの女と共に飛び降りた崖の下。そこから橙赤色に燃え上がる炎と、灰色のきのこ雲が昇っていた。何が起こったんだとハンスが困惑する傍ら、その正体にいち早く気付いた女騎士が声を上げた。

 

「今のは爆裂魔法! とするとめぐみんは──!」

 

 彼女が嬉々と口にした、その時──先程の炎は狼煙だと言わんばかりに、摩訶不思議な出来事が起こった。

 

「……なんだ? 光?」

 

 星一つ見えない暗闇の空。そこに光が一筋、また一筋と──流星群のように姿を現した。

 

 

*********************************

 

 

 アクア達が戦いを続けている中、山の麓──アルカンレティアの街中を駆けずり回っている者がいた。

 

「今! 女神アクア様が邪悪の権化たる魔の者と戦っておられる! アクシズ教の者達よ! 祈るのだ!」

 

 一人は、アクシズ教団の最高責任者であるゼスタ。そしてもう一人は──バージルに乗って街に戻ってきた、カズマ。

 二人は街中のアクシズ教徒に祈りを呼びかけていた。しかし、アクシズ教徒でない彼が呼びかけても、教徒達は振り向きすらしないだろう。

 そう──ついさっきまでなら。

 

「さぁ祈れ! 俺達アクシズ教団の祈りで、女神様を助けるんだ!」

 

 郷に入っては郷に従え。彼の手にはアクシズ教団入信書が握られ──佐藤和真の名が記されていた。

 誰であろうと、信者ならば皆家族。願ってやまなかった赤ちゃんが生まれたかのように盛り上がるアクシズ教徒達は、新たな家族を迎え入れるように呼応した。

 

「アクシズ教徒はやればできる!」

「「「「上手くいかないのは世間が悪い!」」」」

「分らない明日の事より、確かな今!」

「「「「自分を抑えず、本能のおもむくままに!」」」」

「飲みたい時に飲み、食べたい時に食べる!」

「「「「犯罪でなければ何をやったって良い!」」」」

「魔王しばくべし!」

「「「「悪魔殺すべし!」」」」

 

 カズマと共に、アクシズ教の教義を叫ぶ信者達。そして──彼等は気付かないが、光を信じる者達の身体が白く光り出した。光はやがて空に飛び上がり、星のように山へ飛んでいく。

 祈りを捧げ、女神アクアを信じる彼等の姿を──建物の陰から、茶色い被衣に鎧を纏った男と共にバージルは見守っていた。

 

「やっぱアイツは、俺達と同じだった。ここまでの逸材だとは思いもしなかったけどな」

 

 顔に傷を負っていた男は、巣立った子を眺める親のようにカズマを見つめる。アルカンレティアへ戻るや否や、真っ先にこの男のもとへ出向きアクシズ教に入信したカズマを見た時は、バージルも驚きを隠せなかった。

 不思議と人を引き付ける才能もあってか、今やアクシズ教徒達の中心に立ち、気味悪がられて半ば無視されているゼスタよりも、教祖らしい立ち振る舞いを見せている。

 頭のおかしいアクシズ教徒には関わらない方がいい。世の常識に従い、これからは奴と距離を置くべきかと考えながら、バージルはその場を離れる。

 

「どこに行くんだい?」

「招かれざる客が来たようだ……先に断っておくが、アクシズ教徒になる気はないぞ」

「言われなくても、忌々しいエリス教徒から貰ったっつうアミュレットをさげてるような男を勧誘するつもりはねぇよ」

 

 男はしっしと手を払う。バージルは少し機嫌を損ねたが、唾を吐かれないだけ有情なのだろう。つくづく気に入らん連中だと溢しつつ、バージルは足を進める。

 街の中心から離れ、大聖堂の裏手にあった橋へ。その先から──山で見かけた下級悪魔が数匹、橋を渡らんと進軍していた。

 カズマの作戦を街にいたゼスタに伝えると「願いを届ける妨げになるかもしれない」と言って、街を覆っていた結界を解いた。吹雪は既に止んでいたので雪に見舞われる心配はなかったが、問題は悪魔。推測通り、彼等は街に足を踏み入れようとしていた。

 山と街を繋ぐ唯一の道である橋から、律儀にやってきた彼等を見たバージルは、不敵に笑って刀を抜いた。

 

「この橋、通れるものなら通ってみせるがいい」

 

 

*********************************

 

 

 アクシズ教徒達の光はアルカンレティアから、流れ星のように空を舞う。そして山の八合目──アクア達が戦っている場所の上空へと集っていた。

 ひとつ、またひとつと光は飛来し、空に光の球体を作り出す。煌めく光を見てハンスとダクネスが驚愕する中──アクアだけはこの正体を、光を作り出した者達を、きっかけとなった人物を知っていた。

 

「……カズマのくせに、粋なことしてくれるじゃない」

 

 彼女だけに聞こえるアクシズ教徒(可愛い子供達)と、新たな信者の声。皆の声援を受け、アクアは独り笑みを浮かべた。

 子供達にこれだけ慕われて、応援されて──負ける女神がどこにいる。

 

「いいわ! よーく目に焼き付けておきなさい!」

 

 アクアは片腕を挙げると、その手に花の蕾がついた杖を出現させた。程なくして蕾は花開き、桜色の花が咲く。とその時、呼応するように光の球体も変化を見せた。

 空に浮かぶ球体から光が溢れ落ち、真下にいたアクアへ吸収されていく。速度を増し、やがて全ての光が宿り──彼女と杖は、太陽の如き光を纏った。

 

「私こそ! 史上最強の! 麗しき水の女神──アクア様よ!」

 

 姿も口調も、普段の自信満々なアクアと変わらない。しかしそのオーラは、まさに神々しいものであった。ダクネスは彼女の後光に目を奪われる。

 ハンスも同じだった。が、ダクネスとは真逆の心境。悪魔の力を得ていた彼にとってアクアの光は、この世のどんな物よりも忌々しく──恐怖を覚えるものであった。

 

「ふざけるな……こんな所で! 貴様なんぞに! この俺様が消されてたまるかぁああああああああっ!」

 

 彼の脳裏に過った敗北──消滅の文字。それを認めかけてしまった自分への怒りか、ハンスは強硬に言い張り、己に秘められた魔力を高めた。

 途端に、彼の肉体から紫色のスライムが溢れ出す。スライムはどんどん肥大化していき、やがて元の姿は見る陰もない、おぞましい化物へと変貌した。

 真の姿を現したハンスに、ダクネスは戦慄する。しかし対峙していたアクアは、まるで危機を感じていないと笑みを浮かべたまま。

 

「こっちの世界じゃ、巨大化は負けフラグって伝えられてないのかしら? ま、やられ役のアンタにはお似合いね」

 

 そう言ってアクアは杖を幾度か回し、異形のハンスへ先端を向ける。一方でハンスは、全てを食らい付くさんとその巨体でアクアに迫った。

 開いた花の先に、白き光が形成される。生きとし生けるものを溶かし喰らう邪悪な存在を討つべく──アクアは叫んだ。

 

「ゴッド……レクイエムゥウウウウウウウウッ!」

 

 瞬間、光は『ゴッドレクイエム』となりて解き放たれる。ビームとして撃ち出されたそれは、迫っていたハンスに直撃した。

 おびただしい量の光を受け、ハンスは人のものではない悲鳴を上げる。しかし、彼がいくら泣き叫ぼうとも、彼女が手を緩めることはない。

 

「地獄でオネンネしてなさい!」

 

 トドメとばかりに、アクアは出力を更に高める。一筋の光は更に太くなり──やがてハンスの全てを飲み込んだ。

 彼のものであろう断末魔が途絶えた後、杖から放たれていたビームも消えた。アクアの纏っていた神々しい光も、今や影を潜めている。アクアは息を吐き、杖を立てて前を見る。

 

 空を覆っていた暗雲は消え去り──夜明けを知らせる太陽が昇った。




アクア様がハンスをぶっ倒すアニオリは、作画も相まってもっと評価されていいと思ってます。

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