この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第48話「この狂信者とご対面を!」

「イタタ……もーっ! なんで私を無視して行っちゃうのよー! しかも盛大に突き飛ばして!」

「あのー、その人大丈夫なんですか? お怪我とかは──」

「あぁ大丈夫です御者さん。コイツこう見えて硬いんで」

「ちょっとカズマ! 同じパーティーメンバーでしょ! 少しは心配しなさいよ!」

「吹っ飛ばされた時は流石に驚いたけど、メンバーの中じゃお前が一番レベル高いから、ダクネスほどじゃなくてもそれなりに防御力あると思って。回復魔法も使えるし」

 

 心配そうに尋ねる御者へ、カズマは軽く言葉を返す。高く吹き飛ばされたアクアだったが、流石は女神と言うべきか。今では文句を言えるほど元気になっていた。

 

「それにしても、先程の狼さん……本当にバージルさんなのですか? 私の店によく来てくださるタナリスさんの姿は見えましたが……」

「えっ? あの僕っ娘堕女神、ウィズんとこの常連になってんの?」

「はい。つい最近も、色んな魔道具を買ってくださいましたよ」

 

 タナリスがあのポンコツ商品ばかりなウィズ魔道具店に入り浸っていると聞いて、カズマは少し驚く。彼女自身も、アクアと仲良くやっている変わり者。故に変わり物の魔道具には惹かれるものがあったのだろう。

 

「そういえば私とクリスしか知らなかったわね。なんとお兄ちゃんは、お面を被ることでモッフモフのワンちゃんになれるのよ!」

 

 とその時、アクアが先程の蒼い狼がバージルであることをざっくりと説明した。普段なら「お前は何を言っているんだ」と流す場面であったが、彼ならそれすらもやってのけそうだとカズマは思った。

 また、アクアの話を聞く限りでは狼への変化にお面が必要。魔法や異種族が存在するこの世界でなら、獣へと変身できるアイテムがあっても何ら不思議ではない。

 

「獣……獣化か……プレイの幅が広がるな……フヘヘ……」

 

 また、アクアの話を聞いてダクネスは貴族らしからぬド変態な顔で独り妄想に耽っていたが、いつものことなのでカズマは放置しておいた。

 

「皆さん! アルカンレティアにもうすぐ到着しますよ!」

 

 カズマがしばらく天井を見つめていた時、御者の声が耳に入ってきた。彼はアクアと一緒に腰を上げ、御者の背後から前方を確認する。その先には、馬車二台が横並びで通れる幅の洞窟が。

 この先にあるのは綺麗な街並み、温泉、そして男の夢(混浴)。カズマはワクワクを胸に抱きながら到着を待つ。

 

「──ッ! 待って御者さん! ちょっと停めて!」

「えっ? は、はい」

 

 が、洞窟へと入る前にアクアが慌てて御者に指示を出した。御者は困惑しながらも手綱を操り、二匹の馬の足を止める。

 またも彼女の行動で途中停止した馬車。今度は何だとカズマは苛立ちながらアクアを見る。彼女は再び馬車から飛び降り、洞窟の入り口前へ駆け寄った。

 中に入ろうとはせず、彼女は少し考える仕草を見せる。すると、その場でスライド式のドアを開けるような動作をとった。が、そこに扉なんてものは見当たらない。

 端から見ればパントマイムを行っているような動きを終え、満足げに息を吐いたアクアは、ひと仕事終えたように手を払いながら馬車に戻ってきた。

 

「ありがと御者さん。もう進んで大丈夫よ」

「わ、わかりました」

「おいアクア。もし俺達に今思いついた宴会芸を見せたかったが為に馬車を停めたんなら、後で馬に踏みつけてもらうからな」

「違うわよ! どういうわけか知らないけど、洞窟の入り口に悪しき者を通さぬ結界が張ってあったの。何かで斬られて隙間ができてたけど」

 

 カズマが不機嫌そうな目で見つめる中、真正面に座ったアクアは先程の不可解な行動について説明した。

 

「でも、馬車が一台通るには狭過ぎたの。このままじゃウィズやカズマが通れそうにないと思ったから、私が切り口を無理矢理広げて通れるようにイダダダダダダッっ!?」

「なるほどなるほど。ちゃんと意味のある行動だったんだな。疑って悪かった。俺には結界なんて見えないから、全然気付かなかったよ」

「その口ぶり絶対信じてないでしょ!? また私を駄女神扱いしてるんでしょ!? それと頭グリグリは痛いからやめてぇええええええええっ!」

「ところで俺をちゃっかり悪しき者扱いしてたが、一体どういう基準で決めたのかなー? 俺、れっきとした人間なんだけどなー?」

「だってだってカズマさん、雲のマシンに乗っても絶対抜け落ちそうな性格してるんだものぉおおおおおおおおああああああああっ!?」

 

 正直に答えたことでグリグリ攻撃地獄は更に続き、アクアの悲鳴が馬車の中で響き渡った。

 

 

*********************************

 

 アクアが結界をこじ開けたからかは不明だが、カズマ達は問題なく洞窟を通過。その先にあった橋を渡り、目的地──アルカンレティアに到着した。

 御者は「帰る時はこの街の馬車乗りへ来てくれ」と、カズマ達に伝えてから街中へ。馬車を見送った後、再度アルカンレティアの街並みを見渡す。

 

「ここがアルカンレティアかぁ……なんか問題でも起こってるのかと思ってたけど、住民は普通に暮らしてんじゃん」

「しかし水の都だというのに、そこにある噴水は機能していませんね。それに先程見た湖も、水位がかなり下がってました」

「間違いなく山に潜んでいる奴のせいだわ! 今すぐ行きたいところだけど、その前に──」

 

 街の奥に薄っすらと見える山を指差しながら話した後、アクアは目を閉じて鼻を動かす。

 

「くんくん……こっちね!」

「あっ! おいアクア!」

 

 そして何かを嗅ぎ取ったのか、アクアは目を見開いて独り駆け出した。呼び止めようとしたカズマの声は届かず、アクアは街の中へと消えていく。

 

「行ってしまったな……どうする?」

「ったく、早速勝手に動きやがって……まぁでも大丈夫だ。アイツならそのうちひょっこり戻ってくる。それよりも早く宿に……行きたいけど、初めての街だからどこに何があるのかサッパリだな。どっかに地図でも売ってれば……」

「その必要はありませんよ。私、この街に来るのは二回目ですので。そんなに昔でもないですから、街の構造もあまり変わっていないでしょう」

「マジかめぐみん。そりゃ助かった。じゃあ道案内よろしく」

 

 アクアのことは特に心配せず、カズマはアルカンレティアを知っていると話すめぐみんに案内役を任せる。

 その隣にいたウィズに目を向けると、まだ本調子ではないのか、彼女は眠たそうに目をしょぼしょぼさせていた。

 

「ウィズ、大丈夫か?」

「あっ、すみません。私はもう一人で歩けますから大丈夫ですよ」

「あんまり無理すんなよ。少しでも辛かったら言ってくれ。俺がまたおぶってやるから」

「この男はウィズのたわわな感触を味わいたいだけなのでやめたほうがいいですよ。ダクネス。ウィズが辛そうでしたら貴方がおぶってあげてください」

「うむ。任された」

「何言っちゃってくれてんのめぐみんさん。俺はただウィズが純粋に心配なだけなのに変態扱いして。これだから膨らみのない子供は……」

「こういう時のカズマは下心で溢れかえっているので、皆さんも気を付けてください。そして成長期を待ってる私の胸に言いたいことがあるなら聞こうじゃないか!」

 

 ウィズを誰が背負うかで言い合うカズマとめぐみん。違う街でもいつも通りな二人を見てダクネスは呆れ、ウィズはその場でオロオロし出す。

 

「待ちな」

 

 とそこへ、二人の喧嘩を止めるようにピシャリと男の声が届いてきた。カズマ達は声が聞こえた噴水前に顔を向ける。

 目に映ったのは、茶色い被衣の下に鎧を纏った男。フードは取っており、幾つもの傷を負った厳つい顔を顕にして噴水前に腰を下ろしていた。

 

「この街じゃ初顔だな。そのナリを見るに、旅のモンかい?」

「……あぁ。アクセルの街からやってきた、ちょいと名の知れた冒険者さ」

 

 よその街に来た際に起こる、冒険者っぽいイベント。こういうのを待ってたんだよと心の中で叫びながら、カズマは自ら前に出て言葉を返す。やけにカッコつけた喋り方をするカズマを、めぐみんは後ろから白い目で見ていた。

 

「ほう。それはそれは遠路遥々ようこそ……と言いたいところだが、今のあんたらを街に入れるわけにはいかねぇな」

「は、入るなと言われても……もう私達は門を通って街に足を踏み入れてしまっているのだが──」

「空気読め石頭貴族」

「んなっ!?」

 

 余計な口出しをするダクネスに少しイラッとしたものの、カズマは男との会話を続ける。

 

「どうすれば入れてもらえるんだ? モンスター討伐か? 納品依頼か? それとも……ここでお前と戦えばいいのか?」

「いいや。どれもする必要はない。あんたらが今できる行動はたった二つ」

 

 このようなイベントには憧れていたが、戦うのは怖いからダクネスを戦わせよう。そう考えながらカズマは尋ねると、男は被衣に手を入れて一枚の紙とペンを取り出し、カズマに差し出してきた。

 

「街に入る為にこの紙へ名前を記すか、踵を返して街を出るか……どっちか選びな」

 

 女神アクアを崇めるアクシズ教──その入信書を。

 アクシズ教についてはアクアが散々口にしていたためカズマは知っており、アクシズ教徒は頭のおかしい連中の集まりという話も耳にしていたが、まさかアルカンレティア第一街人がアクシズ教徒だとは思いもしなかった。王道イベントを台無しにされたように感じ、カズマはなんとも言えない気持ちを覚える。

 目の前のアクシズ教徒は入信書を差し出したまま。きっとこの男は、冒険者か観光客が来る度にこうやって勧誘しているのだろう。そう思いながらカズマは歩き出し──入信書を手にすることはせず、男の横を通り過ぎていった。

 後続のめぐみん、ダクネスもカズマに習い男を無視。ウィズのみ小さく頭を下げながら男から離れていく。

 

「俺を無視して街に入る……第三の道を選ぶか。気に入ったぜ。だがいずれ、この紙が必要になる時が来るさ。特に茶髪の少年。お前からは俺達と同じ臭いがする。俺はここで待ってるから、気が変わったらいつでも来てくれ」

 

 男は何やら意味深な言葉を発していたが、全ては勧誘目的であろう。カズマは決して振り返ることなく足を進める。

 

「初っ端からあんな奴に絡まれるなんてなぁ。できればアクシズ教徒にはもう会いたくないな」

「いや、それは無理だろう。ここはアクシズ教徒の総本山だ。アクシズ教徒じゃない人間と会う方が難しいと思うぞ」

「……はっ?」

 

 ダクネスの言葉を聞いて、カズマは聞き返すように声を上げる。ダクネスは「知らなかったのか?」と尋ねてきたが、彼はそれに応えず無言のまま前方に向き直る。

 振り返ってみれば、行き先がアルカンレティアだと聞いてアクアはとても喜んでいた。ダクネスの話が本当ならばそれも当然の筈。彼女にとって可愛い子供である信者達が集まる街に行くのだから。一般人にとっては奇人変人の巣食う街なのだが。

 

「(……流石に、ここにいるアクシズ教徒全員があんな感じじゃないよな?)」

 

 ほんの少しでも、アクシズ教徒には常識人がいるだろう。そんな淡い期待を抱きながら、カズマは街中を歩いていった。

 

 

*********************************

 

 

「いい体してるね兄ちゃん! でもまだ満足してないんだろ? 俺と同じアクシズ教徒になって、もっと上を目指そうぜ!」

「やばー! 超かっこいい人見つけたんですけどー! ねぇねぇ! よかったら名前教えてくれない? この紙に名前を書いてさ!」

「お待ちなさい、旅の者。そなたからは酷い運気の色が見えます。しかしアクシズ教徒になれば運のステータスもガン上がり。億万長者になるのも夢ではないでしょう」

「ちょっと聞いてよ旅人のお兄さん! 最近私、洗濯物の汚れが落ちなくて困ってたんだけど、この石鹸に変えたらまぁ綺麗に落ちたの! それにこの石鹸! 食べれるの!」

 

 道を通ればアクシズ教徒。角を曲がればアクシズ教徒。そして始まる宗教勧誘。

 もはや片手では数え切れないほどの勧誘を受けたものの、とにかく無視を貫きながら、バージルは独り街を歩いていた。

 

「(なんなんだこの街は……まだ魔界の方が住みやすいぞ)」

 

 ただ街を歩いているだけなのに、彼の顔には既に疲弊の色が見えていた。アクシズ教徒は頭のおかしい者達ばかりだとは聞いていたが、まさかここまで狂人揃い(Crazy)だとは思っていなかった。鬱陶しさでなら、魔界の悪魔達を軽く越えるだろう。

 街中にあった案内板を脳内に叩き込み、今は大聖堂を目指して歩いているのだが、このままでは目的地へ辿り着く前にストレスと疲れによって押し潰されてしまう。どうにか打開策はないかと考えていた時──ひとつの案が頭に浮かんだ。

 バージルはおもむろに黒いインナーの首元へ手を入れ、中にあった物を取り出す。それは、あの日から肌身離さず持っていた銀色のアミュレット。エリスから貰ったものだ。

 

 エリス教徒とアクシズ教徒──両者の仲は険悪で、常日頃どこかで争いが起きていると言われている。アクアとエリスは先輩後輩関係にあたり、後輩である筈の女神エリスを崇めるエリス教が国教として、アクシズ教よりも広く伝わっているのをアクアは快く思っていない。その事が神話として伝えられているのか、アクシズ教徒はエリス教徒を恨み怒り、ちょっかいを出しているのが主な原因であろう。

 エリス教徒から貰ったものを見せれば、アクシズ教徒は勧誘をやめてくれるのではないだろうか。エリス教徒だと思われるのは癪であったが、勧誘を受け続けるよりはマシだ。バージルは服の裏に隠していたアミュレットを見えるように首へ下げ、止めていた足を進めた。

 

「どうしたんだい兄さん! なんだか元気がないみたいですぜ! そんな時にはこちら! アクシズ教徒限定の、飲むだけでギンギンに元気が出るポーション……おや? そのアミュレットはなんだい?」

 

 少し歩いた所で、早速勧誘目的らしきアクシズ教徒が。店員らしき男はポーションを紹介しながら近付いてきたが、バージルが首に下げていたアミュレットを見て尋ねてくる。これで去ってくれと願いながら、バージルは質問に答えた。

 

「エリス教徒からの貰い物だ」

「ぺっ」

 

 瞬間、男は地面に唾を吐き、とても不機嫌そうな顔を見せながらバージルに背を向けて店の奥に去っていった。

 全く予想していなかった反応。バージルは言葉を失いながらも、先程のやり取りを見ていたであろう街の住民達に目を向ける。

 

「「「「「ぺっ」」」」」

 

 すると売人や主婦、小さな子供にペットまでもが、一斉に地面へ唾を吐いてから日常生活に戻っていった。

 エリス教徒から貰ったアミュレットを見せただけで、多くの人間から唾を吐かれたバージル。こんな体験は生まれて初めてだろう。

 

 ふと気付いた時には、右手を刀の柄に乗せて刀を抜こうとしていた。

 

「(Cool(落ち着け)……be cool(冷静になれ)……)」

 

 マジでダァーイする五秒前で我に返ったバージルは頭を振り、そう自分に言い聞かせる。

 悪魔ならば問答無用に気の済むまで斬り刻めるのだが、相手は人間。殺すことは許されない。それに、ここで手を下せば更にややこしい事態になるのは明らか。この世界の狂人はそういう者達ばかりだ。

 溢れそうになった怒りをどうにか静まらせた後、目頭を強く押さえながらバージルは再び歩き出した。

 

 

*********************************

 

 

 アルカンレティアの中では一番大きな建物であろう、アクシズ教団の大聖堂。バージルはようやく目的地に辿り着いた。

 少しフラつきのある足取りで進んでいると、行き先に一人の女性を見つけた。物珍しそうに大聖堂を見上げている鎌を背負った黒髪の女性──タナリスだ。

 

「……んっ? おや、遅かったねぇ」

 

 バージルが近寄ってきたのに気付いたタナリスは、振り返って声を掛ける。そして地面に置かれていた、包装されている箱を手に取ってバージルに見せてきた。

 

「これ見てよ。教会に来るまでに色んな人から食べれる石鹸洗剤を貰ってさ。どんな味がするのか気になったから、お土産に一箱買っちゃった」

 

 疲れ切ったバージルとは対照的に、タナリスは楽しげにお土産について話す。流石は、女神時代にアクアと友達になっていた者と言うべきか。

 

「にしても、アクアの子達は勧誘熱心だねぇ。まぁ僕はタリス教徒だからって言って断ったけど。そしたら──」

「……唾を吐かれたか?」

「いや、鼻で笑われたよ」

 

 そう答えながら、タナリスは陽気に笑う。バージルとは違い、アクシズ教徒からの対応に怒りを感じないどころか、逆に楽しんでいたのだろう。達観なのか馬鹿なのかわからない彼女を見て、バージルはため息を吐いた。

 とにもかくにも、二人とも目的地に集合できた。早速依頼について話を聞くため、バージルとタナリスは大聖堂へと足を踏み入れた。

 背丈の二倍はある大きな扉を開いて建物の中へ。高い天井の下には直線に伸びた廊下があり、左右にはここを訪れた者が座る椅子がズラリと並んでいる。異世界であっても、元の世界にもあった大聖堂と造りは同じであった。

 椅子には誰一人として座っておらず、大聖堂の中にいたのはバージルとタナリス。そして奥にある礼拝堂の前に独り立っていた、プリーストらしき女性のみだった。

 バージル等の来訪に気付いた彼女は、彼等に顔を向ける。バージルは聖堂内に何度か足音を響かせながら歩を進めると、丁度扉から礼拝堂までの中間辺りで足を止め、自ら女性に声を掛けた。

 

「依頼を受けてアクセルの街から来た者だ。大聖堂で話をする手筈になっているが、依頼主は貴様か?」

 

 送られてきた手紙を取り出し、女性に見せながら尋ねる。だが、依頼人ではなかったのか彼女は困ったように辺りを見回し始める。時間がかかりそうだと思ったのか、タナリスは適当に近くの椅子へ腰を下ろす。とその時、彼等の耳に男性の声が届いてきた。

 

「これはこれは、遠い街から遥々ようこそ。まさかこんなにも早く来てくださるとは思っていなかった。依頼人なら私のことです」

 

 そう言って翼廊から現れたのは、青い祭服に身を包んだ、立派な髭を蓄えているものの若々しい顔つきを持つ男性。彼はバージル等のもとに歩み寄ると、小さく頭を下げて名乗った。

 

「初めまして。私はアクシズ教団の最高責任者、ゼスタです。そちらにいるのは、ここの清掃をしていたプリーストですのでお気になさらず」

 

 アクシズ教団の最高責任者──届けられた依頼の手紙には、依頼人としてその文字が記されていた。

 大聖堂へ来るまでに嫌というほどアクシズ教徒を見てきたバージルは、依頼人も狂人なのではないかと危惧していたが、トップであるが故かまともなようだ。バージルが内心安堵する傍ら、ゼスタは彼等に背を向けると、礼拝堂へと足を進めて話を続ける。

 

「しかし、街一番の凄腕冒険者だと聞いてどんな人が来るのかと期待してみれば、いやはや──」

 

 足音を響かせ、礼拝堂の前に来た所で彼は足を止める。バージルが彼の背中を睨みつける中、ゼスタはそこで息を吐くと──。

 

「はっ!」

「ッ!」

 

 素早く振り返って左手をかざすと、バージルの頭上から光の雨を降らせた。

 それを見たバージルは即座に反応して避け、後方に跳ぶ。更に四方八方から光の矢が飛んできたが、そのまま後ろに跳び続けて回避。扉を開けて外に飛び出し、大聖堂入口前で着地する。

 が──決して逃さまいとばかりに、バージルの足元に青い魔法陣が浮かび上がった。バージルはしばし魔法陣を見た後、前方に目を向ける。開け放たれた扉の前には、奇襲を仕掛けてきたゼスタがいた。

 

「よもや、悪魔だとは」

 

 そう口にした彼の目は、先程の朗らかなものとは売って変わり、明確な殺意を持った──悪魔を狩る者の目をしていた。

 

「邪なる者が入らないよう、街全体を覆う結界を私は張っていたのですが……つい先程、洞窟の入り口部分が何者かに破られたとの報告を受けましてね。下位悪魔なら触れただけで塵と化す強力なものだったのですが、一体どうやって破ったのやら……心当たりはありますかな?」

 

 強く睨みながら尋ねてきたゼスタに対し、バージルは睨み返したまま答えず。しかし構わなかったのか、ゼスタは後ろに組んでいた手を出し、開いた右手をバージルに向けてかざす。

 

「ま、あろうがなかろうがどっちでもいいんですがね。貴方はここで消え去る運命なのですから」

 

 そうゼスタが話す間、バージルの足元に浮かんでいた魔法陣は徐々に光を増していく。同時にゼスタの放つ魔力も高まり──。

 

「悪魔しばくべし──悪魔滅ぶべし!『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!」

 

 かざしていた手に力をこめ、退魔魔法を放った。瞬間、魔法陣から円柱の光が飛び出し、バージルに退魔の光を浴びせる。アクアが仮面の悪魔に放ったのと同じものだ。

 力のある悪魔であっても、この光を浴びれば焼け死ぬ強力な魔法。だが──。

 

Weak(脆い)

 

 バージルは耐えるどころか、ほんの少し魔力を解放することで、退魔魔法を跳ね除けた。床に浮かんでいた魔法陣と光の壁は、ガラスのように砕け散る。

 

「ほほう。高位の悪魔ですらダメージ必須の退魔魔法を、こうも容易く破るとは。そして今し方鼻についたこの臭い……やはり悪魔で間違いなさそうですな。最低でも中位以上と見た」

「力を振るうしか脳のない輩と、同列に扱われるとは心外だな」

 

 無傷のバージルを見て、ゼスタは感心するように唸る。彼に退く気など一切ないのを確認すると、バージルは軽くコートを払い、鼻で笑いながらゼスタに言葉を返した。

 

「しつこい宗教勧誘、唾吐き、そして退魔魔法か。招待客に随分と荒い歓迎をする。まだアクセルの街が観光客を呼び込めそうだ。我侭女神を崇める狂信者が蔓延っている以上、仕方のないことかもしれんが」

「き、貴様……っ! アルカンレティアを侮辱するに飽き足らず、悪魔の分際で偉大なる女神アクア様を愚弄するとは──万死に値する!」

 

 バージルの挑発を受け、怒り心頭となったゼスタは、内に秘めたる魔力を解放する。ゼスタの身体から溢れ出た青白く光る魔力を見て、バージルは独り笑う。

 この街に来てから、アクシズ教徒には散々迷惑をかけられてきた。そして今対峙している相手はアクシズ教団の最高責任者。鬱憤を晴らすにはもってこいだ。

 幸い、ここには煩い監視役(エリス)もいない。相手は恐らくプリーストであり、回復手段も持っている。多少痛めつけても問題ないだろうと考えた彼は、刀の柄に手を乗せる。

 大聖堂の前、バージルとゼスタによる戦いの火蓋が落とされようとしていた──その時。

 

「見つけたー!」

 

 彼等の喧嘩を遮るように、女性の大声が響いてきた。ゼスタは高めていた魔力を収めてバージルの後方を見つめている。そしてバージルも、聞き馴染みのある声を聞いてため息を吐き、刀から手を離して振り返った。

 

「お兄ちゃんったらもうっ! なんで私を無視して先に行ったのよ!?」

 

 そこには、突き飛ばした筈のアクアが来ていた。彼女は見るからに怒った様子で駆け寄ると、バージルに道中でのことで問い詰めてきた。

 

「薄々察してはいたが……やはり貴様も来ていたか」

「来ていたか、じゃないわよ! それに私のことガッツリ轢いていったでしょ!? いくら女神でも痛いものは痛いんだからね! 聞いてるのお兄ちゃん!」

 

 いつものように騒々しいアクアの声を聞いて、バージルは苦い顔を見せる。既に一触即発だった空気は薄れ、彼も刀を抜く気は無くなっていた。

 とそこで、そういえばあのアクシズ教徒はどうしたのかと気付き、バージルは対峙していたゼスタに顔を向ける。アクアもゼスタのことに気付いたのかそちらに顔を向ける。

 当の本人はというと、アクアを見たまま口を開けて固まっていた。一体どうしたのかと、アクアは彼に声を掛けた。

 

「えーっと……貴方は──」

「あぁあああああああああああうぁああああああああああああああっ!」

「ッ!?」

 

 とその瞬間、ゼスタは崩れるように膝をつくと、両目から大量の涙を流した。これにアクアは驚き、バージルも思わず面食らう。

 

「その太陽よりも輝かしき御姿! この世に咲くどの花よりも美しき羽衣! 流れる川の如き艶やかな水色の髪! 汚れなき海よりも澄んだ瞳! 間違いない! 貴方は……貴方様はあぁああああはぁああああはぁあああっ! ああ……あっあーっ! あぁああああああっ! ふぁぁあああああああああああっ!」

 

 脱水症状になるのではと危惧するほどの涙に、日の光に当てられ光る鼻水。顔面ぶちゃいくになりながらも、ゼスタは歓喜に満ち溢れた声で泣き叫ぶ。

 そんな彼を見てアクアは呆然としていたが、バージルが「アクシズ教団の最高責任者だ」と伝えると、彼女は納得したように頷き、ゼスタの前へ歩み寄った。

 

「なるほどね……なら私の正体を見破ったのも、こうして喜び狂うのも無理もないわ。突然目の前に憧れの人が現れたら、誰だってそうなるもの」

「いやぁぁぁあああああああああっ! はぁああああああん! にゃあああああああああああああん!」

「大丈夫。安心しなさい、私の可愛い子。嬉しい気持ちはわかるけど、今はゆっくりと息を吸って、心を落ち着かせて──」

「うぇあはははははははあああああへらへへへへぁああああああ! うぼぉあああああああああばぁああああああああっ!」

 

 アクアは女神らしい穏やかな声色と優しい笑みで、ゼスタに声を掛ける。が、アクシズ教徒にとってそれは逆効果だったのか、ゼスタは更に声量を上げて叫び続けた。

 

「……ねぇ、この子一向に収まりそうにないんだけど、どうしよう?」

「どけ。俺が永遠に黙らせてやる。喚き声が実に耳障りだ」

「だ、ダメ! お兄ちゃん絶対ぶん殴って止めるつもりでしょ!? しかも永遠にって言ったわよね!? いくらお兄ちゃんでも私の可愛い信者に手をあげるのは許さないからね!」

 

 バージルは物理で解決しようとしたが、それだけはさせまいとアクアは止める。

 しかしこのまま外で放置するわけにもいかないため、アクアはゼスタをどうにか引っ張り、またバージルも後を追って大聖堂の中に戻った。

 

 

*********************************

 

 

「はぁあああ……まさか生きている内に、我らが慈母アクア様の御姿をお目にかかれるとは……しかも触ってもらえた……マジ無理……尊みで頭がどうにかなりそう」

「驚かせちゃってゴメンね? ちょっとお忍びで下界に降りていたの。他の子達には内緒よ?」

「も、ももも勿論でごさいますともアクア様! 混乱を招かぬよう、一生の思い出として私の心の中にしまっておきます! アクア様を見て歓喜のあまり失神してしまった掃除係のプリーストにも、後でしっかりと言いつけておきますので!」

「あれ? 君は確か、ある男に巻き込まれてここに飛ばされたせいで、天界へ戻ろうにも戻れなくなったんじゃあなかったかい?」

「しーっ! タナリスしーっ!」

 

 しばらくして、ゼスタはアクアと話せるようになるまで回復。ゼスタが口にした通り、大聖堂内にいた女性のプリーストはアクアの姿を見るやいなや倒れてしまった。

 大聖堂内で待機していたタナリスが茶々を入れてきたが、女神としての面子は守っておきたいのかアクアは口に指を当てて秘密にするよう促す。また、バージルは適当な椅子に座り、彼女等の様子を見守っていた。

 

「そ、そういえば下界の人間から、アルカンレティアに問題が起きてるって話を聞いたんだけど、何があったの? 言ってくれたら、私が直々に解決してきてあげるわよ?」

「お……おぉっ……! 我らアクシズ教徒の悩みをお聞きになるどころか、自ら手を差し伸べてくださると……! なんと慈悲深き御方だ……!」

「可愛い子供達が悩んでいるんだもの! 女神として当然のことをするだけよ!」

 

 内容までは知らない様子だが、どうやらアクアもアルカンレティアに異変が起きていると耳にしていたようだ。彼女はそう尋ねると、ゼスタはアクアの優しさに感動し声を震わせる。

 アクアが問題解決する気満々なのを見て、本来なら自分が依頼を受けた手筈だったのだがとバージルは思ったが、余計な口を挟めばゼスタが突っかかり話が進まなくなりそうだと考え、黙って二人の会話を聞く。

 しばらくアクアの慈悲深さを噛み締めた後、ゼスタは一度深呼吸をすると、アクアの目を見据えて告げた。

 

 

「山に潜む悪魔共を、一匹残らずぶっ殺して欲しいのです」

 




ゼスタさんあんなノリで超強いから、このすば世界は侮れない。

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