この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第6章 蒼の女神
第47話「この水の都にご招待を!」


 雲から舞い落ちる雪もはたりと見なくなり、春の訪れが待ち遠しく感じる冬の終わり。

 アクセルの街も、朝は寒さが身に染みる時期であり、住民の姿も疎ら。そんな寂しい街中を歩く者が一人いた。

 

「はーっ……さむっ」

 

 国家転覆罪の容疑をかけられ、死刑寸前な上に借金地獄だった窮地から一転。魔王軍幹部にトドメを刺したことで疑惑を晴らし、借金完済しプチセレブへとなった男、佐藤和真。彼は寒さを凌ぐように口元を両手で覆い、暖かい息を吹きかける。

 死と隣り合わせであった馬宿から安住の地となった屋敷へ移住し、お金も手に入れた。また、訳あって大金を手にする未来が確実になったことを知り、命を賭して冒険に出る必要もないと悟った彼は、この世界でも自由気ままに極楽(ニート)生活を満喫していた。

 一日中家でゴロゴロし、夜遅くまで遊び、翌日の昼過ぎに起きる毎日。元の世界でレベルMAXまで極めたニートスタイルを発揮していた彼が今日、朝早く起きて街を歩いているのには理由があった。

 

 彼が向かう先は、街のメインストリートから外れた住宅街。そこでひっそりと商売をしている、ウィズ魔道具店だ。

 目的地に着いた彼は、店内の明かりが付いているのをガラス越しに見て、営業中なのを確認。ドアに手を掛けて中に入る。

 

「へいらっしゃっ……なんだ貴様か。冒険者の反面教師としてこれ以上ないぐらい適任である男よ」

 

 入店した途端、カズマの耳に入ってきたのは男の声。店内にいたのは、ハタキで商品棚を掃除していた新人店員。タキシードの上にピンクのエプロンという奇抜なファッションを着こなす元魔王軍幹部──バニル。

 バニルを討伐した日から数日後、アクアが「気に入らない悪魔臭がする」と言ってカズマ、めぐみん、ダクネスを引き連れウィズ魔道具店に訪れた時に、彼等はバニルと再会。その時アクアは即喧嘩を吹っかけ、めぐみんは空気になってしまった過去の己と決別すべく爆裂魔法を撃ちこませて欲しいとお願いし、ダクネスはまた自分を乗っ取ってくれないかと頼んだが、保護者役のカズマがどうにか黙らせてその場は収まった。

 以来、彼とはそれなりに交流を交わし、いまやカズマにとってダストやクリス同様、顔なじみの一人となっていた。

 

「堕落を究めんとする貴様がこの時間帯に来店とは珍しい。使えぬボロクズ店主に用があるのなら、そこに転がってる故好きにせよ」

 

 バニルはハタキを動かしていた手を止め、床を指差す。転がっているとはどういうことなのかと思いながら、カズマは床に目を向ける。

 

「うぅ……あんまり……です……」

 

 そこには、プスプスと黒い煙を立てて床に仰向けで倒れている、店主ウィズの姿があった。

 

「……今度は何をやらかしたんだ?」

 

 幾度となく、店にとって不利益な行動を天然で行ってきたウィズ。バニルが店員に加わってからは、彼女がやらかす度にバニルが制裁を与え、こうして黒焦げにされていた。

 この光景は、彼等にとっての日常。それを知っていたカズマは、特にウィズを心配することなくバニルに尋ねる。バニルは掃除の手を止めてその場を移動すると、カウンター越しにあった椅子に座し、酷く疲れたように感じるため息を吐いてから話し出した。

 

「この店に、テレポート水晶が売られていたのは知っておるな?」

「あぁ、便利だけどクソ高くて売れ残ってたアイテムか。バージルさんが買ったけど」

「うむ。そして思い込み店主はこれも売れる商品だと勘違いし、再びテレポート水晶を仕入れた。そして二個目が奇跡的に売れ、失考店主は当然の如く三個目も仕入れた」

「うわぁ……」

 

 テレポート水晶の値段は、ウィズ魔道具店では一個五千万エリス。仕入れ値も軽く二千万エリスは超えていることだろう。一個売れた時点で手を引けばいいものを、彼女は大金を叩いて再び仕入れてしまったのだ。

 ウィズのやらかした内容を聞き、カズマはバニルに同情する。しかし、バニルの話はまだ終わっていなかったようだ。

 

「二度あることは三度あると妄言店主がのたまっていたが、破壊光線で黙らせた。その後、我輩の真摯な姿勢と巧みな交渉術により、どうにか三つ目を返品することに成功した」

「ご苦労様……んっ? でもそれなら、店側にデメリットはなかったんじゃないか?」

「本題はここからである。そして我輩が今日、普段より魔力を込めて脳死店主に破壊光線を放った理由もそこにある」

 

 倒れているウィズをカウンター越しに見下しながら、バニルは話を進める。

 

「有能な我輩は経理も担当しているため、先程店の売上や資金、金の流れを確認しておったのだが……足りんのだ。テレポート水晶一個分が」

「掛けで売ったんじゃないのか?」

「否、それらしき控えは見当たらなかった。疑問に思った我輩はおとぼけ店主を尋問し、二個目が売れた時のことを吐かせた。どうやら購入した者は、手持ちがなかった故に物々交換を提案したようだ」

「……で、ウィズはそれを受けてしまったと」

「うむ」

 

 バニルは短く返すと「貴様にもブツを見せてやろう」と言っておもむろに立ち上がり、そのまま店の奥へ。

 少しの間待っていると、バニルは再びカズマの前に戻ってきた。彼の手にあったのは、透き通るように清らかな水が入った水晶らしきもの。

 

「冒険者用アイテム……っぽいな。どういう効果なんだ?」

「ざっくり言うと悪魔祓いの聖水である。強く衝撃を与えて壊せば、広範囲に渡って悪魔を殲滅できる。下位の悪魔であれば一撃。上位の悪魔にも大ダメージを与えられるそうだ。全て失考店主からの又聞き情報だが、中に入っている水から放たれておる不良女神と同じ眩しさ、手に持つだけでヒリヒリするこの感覚。間違いないであろう」

 

 腐り物を扱うかのように、バニルはカウンター上にそのアイテムを置いた後、持っていた方の手をピンクの手ぬぐいで拭く。

 説明だけ聞けば、至極真っ当な対悪魔用のアイテム。ウィズが仕入れたにしては随分とまともな品であった。唯一、残念な点があるとすれば──。

 

「壊すってことは、消費アイテムなんだな」

「然り。されど曇り目店主は高値の物だと感じ、この聖水十個と交換したそうだが……我輩の目利きではせいぜい一個一万エリス。よくて三万エリスといったところであろう」

「とすると十個で高くても三十万エリス……大損だなぁ」

「全てはその場で誤った判断をした、ぼったくられ店主の責任である。おまけにここは駆け出し冒険者が集まる街。悪魔を相手にする者などそうそういまい」

 

 ウィズが何故この場に黒焦げで倒れていたのか。その理由を知ったカズマは、こうなるのも仕方がないと独り思った。

 

「使うとしても、我輩や半端者の素性を知る者が悪戯にぶちまけてくるか……もしもの未来、サキュバス共の正体を知った適齢期ギリギリの者達が店ごと消滅させる為に──」

「バニル、一個買わせてくれ。あと残りも全部取り置きで頼む。後で俺が買い取るから」

「お買い上げ、誠に感謝である。ついでに朝の目覚ましとしてバニル人形はいかがかな?」

「い、いらない」

 

 バニルはカウンターの下からケタケタ笑うバニル人形を取り出し勧めてきたが、カズマは素直に断る。バニルは少し残念そうに息を吐きながら、人形を黙らせて再びカウンターの下へしまった。

 

「にしてもお前……約四百万の損が出た割には、そんなにダメージ受けてなさそうだな」

「これでも騙され店主から話を聞いた時は、残機が五個も減ったと錯覚するような精神的ダメージを覚え、制裁を加えた後に我輩は独り店の隅で燃え尽きたように項垂れておったがな。しかし我輩はメンタルリセットも早い悪魔。貴様が来る頃にはいつもと変わらぬ元気なバニルさんに戻り、せっせと掃除を進めていたのである」

 

 最初に深いため息を吐いたものの、バニルはすぐに元気な口調に戻し、カズマへ見せるようにもみ手をしながら話す。

 

「それに貴様と取引を交わしたことで、莫大な売上をあげられる未来が約束された。それを思えばたかだか四、五百万もの損など取るに足らん」

 

 カズマと交わした取引。それは、カズマが元いた世界にあった道具をウィズ魔道具店で売るというもの。

 元々カズマは、現代知識を使って元の世界にあった物を作って商売する道も考えており、それを見通していたのかバニルは「鎧女と汝に抗い難い試練が訪れる」という不吉な予言を口にし「それまで我輩の商売に協力するのが吉」と、カズマに取引を持ちかけてきた。

 予言は気になったが、カズマにとってバニルの話は渡りに船。すぐさま承諾し、暇があれば家で商品開発を進めていた。その後、一度目の商談でバニルは各商品の概要、試作品等を見て、よほど売れると思ったか、カズマに開発商品の知的財産権の売却を提案。全てひっくるめて三億エリス出すと告げた。

 権利を売るか商品を売るか。どちらにせよカズマに大金が舞い込んでくるのは確実。人生の分かれ道となる重い選択だったため、彼は返答を後回しにさせていた。その返答を今求められているのであろうと思ったカズマは、申し訳なさそうにバニルへ言葉を返す。

 

「あー、そのことなんだけど……俺、これから旅行に行く予定でさ。しばらく待っててもらえないか?」

 

 彼の言う旅行とは、水の都アルカンレティア行きの旅。

 金を得たことで無理にクエストへ出向く必要もなくなり、更に最近受けたリザードランナーの討伐クエストで再び死んだことによって、本格的に非冒険者(引きこもり)生活を送り始めたカズマ。

 それを見兼ねためぐみんは、傷を癒やす目的で湯治の旅を提案した。行き先はアルカンレティア──山と巨大な湖に挟まれた温泉で栄える観光街。それにアクアは大賛成し、カズマも温泉という言葉に強く惹かれ、いつもの四人で旅行に出かけることとなった。

 

「そうであったか。まぁこちらも生産ラインが調ってない故、貴様は気にせず羽を伸ばして混浴を期待しつつ行ってくるとよい」

「き、ききき期待してねーし!? 混浴目的で行くわけじゃないし!? 疲れや傷を癒やすっつう冒険者らしい誠実な目的で行くだけだし!?」

 

 サラリと心の内を見通され、カズマは狼狽えながらも否定する。しかしバニルは耳に入れず独り考える仕草を見せると、カズマにこう告げた。

 

「ここに立ち寄ったついでだ。そこのボロ雑巾も旅のお供に連れて行け」

「ボロ雑巾ってもしかしなくてもウィズのことか?」

「他に誰がおる。先も言ったように、我輩は貴様との取引を進めるのに必要な準備が進んでいない。資金も集めねばならぬ。そういう時にこそ、この散財店主は無駄なことをしでかす」

「だから面倒を見て欲しいと。俺は別にいいけど……アンデッド嫌いのアクアがなんて言うかなぁ」

「あんな自己中心を具現化したワガママ女神の言葉など無視すればよい。それに、此奴は意外と風呂好きでな。そして普段の天然っぷりを鑑みるに、女湯と間違えてうっかり混浴に入ってしまうことも──」

「よし任せろ。旅の間、責任もって俺が預かってやる」

 

 バニルの予知らしき言葉を聞いて、渋っていたカズマは即考えを改めてウィズを連れて行くことに決めた。

 うなされているウィズを起き上がらせ、おんぶする。思っていたよりも軽いウィズの体重と、背中に当たる柔らかな感触をしかと味わいながら、カズマはウィズ魔道具店を後にした。

 

 

*********************************

 

 

 カズマ達が早朝に街を飛び出していった同日。ようやく住民も顔を出してきた昼過ぎのこと。

 

「……アルカンレティア?」

「そう、水と温泉の都さ」

 

 街外れにある便利屋デビルメイクライにて、一人の来客がバージルと話していた。

 バージルが使う机に腰掛け、宙に浮いた足をプラプラと振りながら話すのは、アクセルの街にある様々な店でバイトに励み、最近ではバイト戦士という二つ名を付けられた堕女神タナリス。

 日頃から真面目に取り組んでいたお陰か「たまにはゆっくり休め」と、長期で勤めているバイト先から休暇を与えられた。折角なのでどこか旅行に出かけようと考え、彼女は行き先をアルカンレティアに決めたようだ。

 

「何故俺を誘う? 貴様の後輩か友達とやらを誘えばいいだろう」

「クリスになら誘ったさ。最初は乗り気だったけど、行き先はアルカンレティアだって話した途端、手のひらを返すように断られたんだ。ゆんゆんも誘おうとしたけど、果物入りの籠を持って隣の屋敷前を行ったりきたりと忙しそうだったからやめておいた。で、消去法で君を誘ってるってわけ」

 

 タナリスの誘いをクリスが断った話を聞いて、バージルは無理もないだろうと独り思う。

 アルカンレティア。ベルゼルグ王国内にある観光街としては五つの指に入るほど有名だが、ただ一つだけ大きな、そして深刻な欠点がある。

 それは、その街自体が『ある集団』の本拠であること。風呂好きのバージルも温泉のあるアルカンレティアには強く惹かれていたが、その情報を得ていたことで一歩踏み出せずにいた。

 実際に会ったことはなかったが『彼女』を崇め奉る者達だ。少なくとも、まともな連中でないことは確かだろう。

 

「で、どうだい? 僕と一緒に旅行でも」

「断る」

「だよねぇ」

 

 バージルの返答を受け、タナリスは少し残念そうに息を吐く。用件はそれだけだったのか彼女は机から小さく跳び退くと、両手を後頭部に回して組む。

 

「アクア達も留守だし、かといって一人旅は寂しいなぁ。誰か暇そうな人知らない?」

 

 その体勢のままタナリスは再びバージルに向き直ると、旅のお供を紹介して欲しいとお願いしてきた。

 この街に住む暇そうな人間と聞いてバージルの頭に浮かんだのは、隣に住むカズマとチンピラ冒険者のダスト。しかし前者はタナリスが話したように外出中。

 なのでバージルはダストを紹介するため、タナリスへ言葉を返そうとしたが──丁度そのタイミングに、扉をノックする音が。

 

「郵便でーす。お手紙が届いてまーす」

「ムッ」

 

 声を聞いたバージルは、タナリスとの会話を中断して立ち上がり扉へ。いつものように、玄関前へ来ていた郵便屋の女性から手紙を受け取る。

 扉を締めた後、その場でバージルは手紙の封を開け内容を確認する。タナリスが首を伸ばして見つめてくる中、手紙に書かれた文を読み終えた彼は、彼女へこう告げた。

 

「前言撤回だ。俺もアルカンレティアへ出向くとしよう」

「……どういう風の吹き回しだい?」

 

 全く乗り気でなかった筈なのに、タナリスの旅行に付き合うと言ってきたバージル。彼女は首を傾げて、考えを改めた理由を尋ねる。

 するとバージルは、持っていた手紙をタナリスに渡しつつ答えた。

 

「招待状が届いたようだ」

 

 それは──アルカンレティアから届けられた、彼の興味を引く依頼の手紙だった。

 

 

*********************************

 

 

 それから時間は過ぎ、街の冒険者達が夕食を済ませてひとっ風呂浴びようかと浴場へ赴く夜。

 バージルは「夕食を食べ終え風呂に入った後、街の正門前に来い」とタナリスに告げ、それを受けた彼女は約束通り夕食と風呂を済ませてから正門へ。バージルは彼女よりも早く集合場所に赴き、いつもの刀と両刃剣、そして狼を模した神器のお面をコートの腰元辺りに提げて待っていた。

 

「やぁやぁお待たせ。君もゆんゆんと同じで来るのが早いねぇ」

「貴様がルーズなだけだ」

 

 陽気に笑いながらやってきたタナリスへ、バージルは呆れ気味に言葉を返す。彼女が背負っていた鎌に目をやると、以前の試作品だった物と違い、鎌の刃がほんのりと赤く染まっていた。

 

「鎌を新調したか」

「あぁコレ? ちょこちょこ一人でクエストに行って素材も集まったから、例のおじいちゃんに頼んで強化してもらったのさ。ついでに炎属性も付けてもらったよ」

 

 タナリスは鎌を手に取り、自慢げにバージルへ見せびらかす。偶然か狙ってやったのか、彼女の新たな鎌は魔界の深部に潜んでいた悪魔(アビス)が持つ物とよく似ていた。

 

「少しはマシになったな。では行くぞ」

「自分から聞いておきながらそれだけかい? 寂しいねぇ」

 

 鎌について聞いた後、バージルは早速足を進める。夜に街の外へ出るのは危ないと門の見張りに止められたが、バージルの姿を見てすぐに立ち退いた。

 タナリスが黙ってついて歩く中、バージルはそのまま街を出て、白い雪が点々と残っていた草原を歩く。アクセルの街周辺は冬の夜であっても平和なようで、モンスターは見当たらなかった。

 

「……ねぇ。まさかとは思うけど、アルカンレティアまで徒歩で行くつもりかい?」

 

 しばらく歩いたところで、静かにしていたタナリスが声を上げた。アクセルの街からアルカンレティアまでは、馬車でも丸一日はかかる距離。徒歩で赴く者はそうそういない。

 当然、バージルもそのつもりはさらさら無かった。彼はタナリスの声を聞いてピタリと足を止めると来た道を振り返る。アクセルの街は見えるものの、門番の姿は視認できない程度に遠くまで来ていた。

 

「ここら辺りなら、問題ないだろう」

 

 バージルはそう言うと再び前を向き、コートの腰元に提げていた仮面を手に取った。それを顔に当てると、間を置いて彼の身体は光を発し──白いたてがみを持つ蒼き狼に姿を変えた。

 変身したバージルを初めて見たタナリスは、目をパチクリさせて驚嘆の声を上げる。

 

「こりゃ驚いた。君、毛むくじゃらのイヌッコロにもなれたのかい」

「狼だ」

「おっと失礼。しかし今の仮面は魔具……いや神器かな? まぁどっちでもいいけど、その姿になってどうするつもりだい?」

「馬車よりも自分で走った方が速い。さっさと乗れ」

 

 譲れない点を訂正しながら、バージルは背中に乗るよう促す。その意図を理解したタナリスは小さく笑い、ピョンと飛び跳ねてバージルの背に跨った。

 

「せいぜい振り落とされないよう、しがみついておけ」

「りょーかい」

 

 バージルの忠告を受け、タナリスは前傾姿勢でバージルの身体にしがみつく。それを確認したバージルは四本の足に力を入れ、勢いよく駆け出した。

 

「わぁお! 速い速い! こりゃいいや!」

「あまり口を開くな。舌を噛むぞ」

 

 アクアやクリスと違い、彼女は狼乗りを気に入ったご様子。機嫌のいいタナリスの声を聞きつつ、バージルはアルカンレティアへ向かって走り続けた。

 

 

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 夜の間隠れていた太陽が昇り、空の真上まできた昼辺り。しかし太陽は雲に隠れ、日差しの代わりにしんしんと雪が舞い落ちていた。

 積もるほどではない雪の天気の中、草原を小走りで進んでいるのは二匹の馬。そして馬が引いている馬車。その中には──昨日の朝に湯治の旅でアクセルの街を出た、カズマ達がいた。

 

「この地域ではまだ雪が降っているんですね」

「俺らの街じゃほとんど見なくなったっつうのにな。ここらへんは春の訪れが遅いんじゃないか?」

 

 馬車の小窓から外を覗き、めぐみんとカズマはフワフワと落ちる雪を見て会話を交える。この世界にも春夏秋冬は存在し、ベルゼルグ王国は生前カズマが住んでいた日本と似た気候の変化を見せていた。

 きっとこの国にも、場所によっては春でも雪が降り、秋でも夏のように暑い地域もあるのだろう。そうカズマが思った時、馬の手綱を握っていた御者の男性が前方に顔を向けたまま会話に入ってきた。

 

「いや、私は何度もアクセルの街とアルカンレティアを行き来してるんでわかりますが、この天気は異常ですよ。この時期にアルカンレティア付近で雪が降ってるのを見たのは、今回が初めてです」

「そうなのか……もしかすると、この雪も馬車が営業停止していた理由に関係しているのかもしれないな」

 

 御者の話を聞いて、ダクネスが顎に手を当てて考える仕草を見せつつ呟く。

 昨日の早朝、いざ湯治の旅とカズマ達は馬車の待合場へ行ったのだが、アルカンレティア行きの馬車は訳あって運行を停止していると告げられた。

 それを聞いたアクアはどうしてなのかと猛抗議。温泉を楽しみにしていたカズマも諦めようとはせず、どうしてもアルカンレティアへ行きたいと食い下がった。

 結果、向こうが折れて一台だけ運行可能とし、カズマ達だけを乗せてアルカンレティアへ。道中、パーティーメンバーのせいで走り鷹鳶やアンデッド集団に遭遇することもあったが、どうにか切り抜けつつ進んでいた。因みにカズマが連れてきたウィズは、出発前にダクネスからカズマの『ドレインタッチ』で魔力をウィズに与えたことで少し回復し、今は膝下に置いているちょむすけと楽しそうに戯れている。

 

「そうでしょうなぁ。大方、アルカンレティアの奥にある、源泉が流れてる大きな山に、雪精が大移動でもしてきたんじゃないですかね」

「うげ、雪精か……いい思い出ないんだよなぁ」

 

 この世界における初めての死を体験した日。苦痛を伴わない一撃死の首チョンパだったからか、最近また死んだことで慣れが生じ始めたのか、雪精の名前を聞いてもカズマは取り乱すことなく、苦い思い出のように話す。

 と、話を聞いていたアクアが手のひらに拳を当てて乾いた音を立て、やる気満々とばかりに声を上げた。

 

「たとえ雪精といえど、アルカンレティアに迷惑かけてるのなら見逃せないわ! 私が直々に出向いて全員追っ払ってやるんだから!」

「そう言うがお前、雪精がいるってことはほぼ間違いなく冬将軍もいるぞ? バージルさんもトリガー引かなきゃヤバかったっぽいアイツに勝てる自信あんのか?」

 

 雪精を束ね、守る大精霊こと冬将軍。バージルと対峙し、通常状態の彼に刀を突き刺すほどの実力を持つ特別指定モンスター。冬将軍と初めて出会った時、アクアは捕まえていた雪精を開放して自ら頭を下げていた。

 それはつまり、冬将軍には敵わないとアクア自身が言ってるのと同じではないだろうか。そう思いながらカズマは尋ねたが、アクアは腕を組むと不敵に笑って言葉を返した。

 

「カズマ、私は女神よ。女神っていうのは、信仰心が高ければ高いほど力を増すの。信者が少ないアクセルの街ならまだしも、アルカンレティアが近くにあるんだったら、冬将軍なんてトゥーイージーよ!」

「あぁはいはいそうですねー。流石は女神様ですねー……ちょっと待て。今アルカンレティアについて超重要かつ深刻な情報がさらっと出た気がするんだが?」

 

 絶対に聞き逃してはならない言葉があったと思いカズマは再度尋ねるが、アクアは質問に答えず。彼女は何かを感じ取ったかのように外を見た。

 そのままアクアは匂いを嗅ぐように鼻を動かすと──突然座席から腰を上げ、そのまま荷台から外へ飛び出した。

 

「なっ!? 馬鹿何やってんだ!? すみません! 馬車停めてください!」

 

 奇っ怪な行動を見せたアクアに驚きながらも、カズマはすぐさま御者に指示を出して馬車を停めさせる。

 

「おいアクア! 昨日アンデッド呼び寄せたばっかだってのにまた御者さんに迷惑かけるつもりか! さっさと戻ってこい!」

 

 馬車が停まったところでカズマは荷台から顔を出し、アクアに馬車へ戻るよう呼びかける。が、アクアはそれに耳を貸さず、馬車が進んでいた道から少し右へ逸れた位置に立ち、目を細めて進んできた道を見つめている。

 

「……あっ! やっぱりお兄ちゃんだ! おーい! お兄ちゃーん!」

「はっ?」

 

 するとアクアは顔を明るくさせ、相手に気付いてもらうように両手をブンブンと振りながら大声で呼んだ。

 アクアがお兄ちゃんと呼ぶ者は一人しかいない。まさかと思いながらも、カズマはアクアが見ている方向に視線を向ける。そして、その先から迫ってきている者を見た。

 まず見えたのは、鎌を背負った黒い髪の少女。アクアの同期ことタナリス。そんな彼女が乗ってるのは──白いたてがみをなびかせる青い狼。アクアの言うお兄ちゃんの姿は見当たらないが、タナリスが乗っている狼の雰囲気が、どことなく彼と似ているように思えた。

 タナリスを乗せた狼は猛スピードで走り続け、やがて進行方向に立ち塞がっていたアクアに接近すると──。

 

 

 問答無用に、アクアを突き飛ばした。

 

「アクアァアアアアアアアアッー!?」

 

 コミカルに吹っ飛んでしまったアクア。カズマや小窓から覗いていためぐみん達が驚く中、狼は馬車を無視して真っ直ぐ突き進んでいった。

 

 

「ねぇ、今アクアらしき誰かを轢かなかったかい?」

「気のせいだ」

「そっか。ならいいや」

 

 

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 アクセルの街からアルカンレティアに向けて出発したバージルとタナリス。狼の姿(ウルフトリガースタイル)で突っ走ったことにより、道中誰かを轢きはしたものの、アクセルの街を出た翌日の昼には目的地へ辿り着くことができた。

 バージルはそこに着いたところでタナリスを降ろし、人の姿に戻る。そんな彼等の前にあるのは、トンネルの入り口。

 

「地図によると、ここを抜けた先がアルカンレティアだね。楽しみだなぁ……おや?」

 

 タナリスはトンネルの先にある街に期待を膨らませながら、地図を懐にしまってトンネルの中へ足を進ませる。が、何故かバージルが入り口手前で足を止めていることに気付き、後ろを振り返って彼を見た。

 眉間にシワを寄せた表情の彼は、突然背負っていた魔氷剣を手に取ったかと思うと縦に振り、入り口付近の空を斬った。が、特に何も変化は起きていない。

 彼は背中に剣を戻すと、まるで木枝や蜘蛛の糸をかき分けるような動作をしながら足を進め、トンネルの中に入ってきた。

 

「……急にパントマイムを始めてどうしたんだい?」

「馬鹿を言え。道を塞がれていたから無理矢理通っただけだ。貴様も女神なら見えている筈だろう」

「今は堕ちてるからね。僕の曇りなき眼も、今や曇った眼鏡みたいなもんだよ」

「なら精々磨いておけ。通行人にぶつかっても知らんぞ」

 

 二人は言葉を交わしながら、暗いトンネルの中を歩き進む。直進のトンネルを抜けた先にあったのは、湖の上にかかった一本の橋。そこを渡り、彼等は開かれた門を通ってアルカンレティアに辿り着いた。

 アクセルの街とはまた違った、地中海風の美しい街並み。住民はここも同じく多種多様で、エルフやドワーフらしき者も見える。また街の外とは違い、曇り空ではあるものの雪は降っていなかった。そして──。

 

「手紙に書かれてた通り、水不足みたいだね」

 

 水の都という名に反し、正面にあった噴水は沈黙。街では水を売っている様子も見え、先程渡った橋の下にある湖の水位も低いようにバージルは感じていた。もっともこの世界では魔法で水も生み出せるため、深刻な問題とまではなっていないであろう。

 寄越された手紙に記された通りなのを確認し、バージルは街の奥──アルカンレティア自慢の温泉に使用される源泉が流れていると聞く山を見る。表面は雪で白く覆われ、頂上付近は吹雪がかかっており視認できない状態だった。

 

「しかし、初めてアクセル以外の街に来たけど、こうも違うとはねぇ。おっ、何だろうあのお店。バージル、見に行ってもいいかい?」

「勝手に行け。俺は依頼人の所へ行く」

「そうかい。じゃあお言葉に甘えて」

 

 タナリスの問いかけにバージルは勝手にしろと返す。彼女も自由行動の方が性に合っているのか、バージルの返事を聞くとすぐさま露店へと足を運んでいった。

 取り残されたバージルは、懐から一枚の紙──アルカンレティアから送りつけられた依頼の手紙を取り出す。文の最後に「詳しい話はアルカンレティアの大聖堂で」と記されてあるのを再確認した。

 

「(……温泉の調査も兼ねて、地図を買っておくか)」

 

 大聖堂の場所は住民に聞けば手っ取り早いだろうが、折角アルカンレティアに来たのだ。風呂好きのバージルとしては、是非ともこの街が誇る温泉を調べておきたかった。

 しかし水不足の現状で、源泉の流れる山があの状態では、温泉も機能していないだろう。なので今回は温泉のリサーチだけでも済ませ、後日改めて訪れようとバージルは決め、入り口前でテレポート水晶の小さな方を砕き、この場をテレポート先のひとつに登録した。

 テレポート水晶に光が宿ったのを確認してから懐にしまい、タナリスが向かったのとは別の店へ足を運ぶ。雑貨屋らしき店の前に来たところで、店主と思わしき男がバージルに気付くと、向こうから声をかけてきた。

 

「いらっしゃい! っと、この街じゃ見ない顔だな。冒険者さんかい?」

「あぁ。この街の地図を探しているのだが、どこで買える?」

 

 品揃えをざっと見た所、この雑貨屋に地図らしき物はない。なのでバージルは、雑貨屋の店主にそう尋ねたのだが──。

 

「それならウチに簡易版のがひとつあるぜ。けどウチの会員様になってくれたら、街自慢の温泉や食事処、アイテムショップについて細かく書かれた特別版を購入できるようになるぜ!」

「ほう」

 

 運が良かったのか、この店にも地図はあったようだ。更には特別版もあり、そこには温泉情報も記されていると聞いて、バージルは興味を示すように相槌を打つ。

 

「細かい手続きも登録料も必要なし。これにちょちょいと名前を書いてもらうだけで晴れて会員様だ。どうだい?」

 

 店主はそう説明しながら一枚の紙を取り出すと、ペンと一緒にバージルへ手渡す。それだけで特別版の地図を買えるのなら会員になるのも悪くはないかと思いながら紙とペンを受け取り、バージルは手元へ目線を落とす──が、そこで彼は顔を歪ませた。

 

 彼の手にあるのは、会員登録書と見せかけた──アクシズ教への入信書だった。

 それもその筈。水と温泉の都アルカンレティアの実態は、女神アクアを崇める頭のおかしい集団の代表格──アクシズ教徒の総本山であったのだから。

 

「……会員にはならん。簡易版でいい。買わせてくれ」

 

 この店主も十中八九そうだろう。思わぬ形で出くわしたバージルは、そう断りながら店主へ紙とペンを返す。

 

「なんだい勿体ねぇ。そんじゃあ簡易版ひとつね。えーっと確かここに……ってあぁっ! すまねぇ冒険者さん! 簡易版の地図は売り切れだ! ひとつだけ残ってるもんだと思ってたが勘違いしてた!」

「何っ?」

 

 残念そうな顔で紙とペンを受け取ると、簡易版の地図を探し始める。が、ほんの数秒経ったとこで店主は唐突に大声を上げると、両手を合わせて謝りながらそう告げてきた。

 

「あー! もし会員になってくれたら、今すぐにでも特別版の地図を売ることができるんだがなぁー! この紙に名前を書くだけでいいんだけどなぁー!」

 

 両手を頭に当て、バージルから顔を逸らしながら言葉を続ける。何かを期待するように、チラチラとバージルに目を向けながら。その視線を受け、そういう手法なのかとバージルは察した。

 当然、期待に応える真似はせず、バージルは黙って雑貨屋を後にした。メインストリートを歩く中でいくつか地図を売っている店を見かけたのだが、同じ方法で勧誘されそうだと思い、地図の入手は諦めた。

 途中で道を曲がり、今は水が流れていない川沿いの道をバージルは歩く。とその時。

 

「誰かー! 誰か助けてー!」

「……ムッ?」

 

 彼の耳に、助けを求める女性の声が届いてきた。何事かと思いバージルは声が聞こえた後方を見る。

 目に映ったのは、聖職者らしき若い女性が逃げ惑い、それを身体のゴツい男性が悪どい笑みを浮かべて追い回している光景。

 

「おら待て! ちょっとでいいから俺と付き合えよ!」

「やめてください! 来ないでください!」

「(この街にも、ああいった輩はいるのか)」

 

 アクセルの街でもならず者、荒くれ者はよく見かけ、バージルも彼等を追い払う依頼を受けたことが何度かあった。

 観光街でも治安の悪い場所もあるものだと知ったバージルは、女性を助けようとは一切考えることなく前を向き、足を進めようとする。

 

「あっ! そこの青いコートを着た冒険者らしき方! お願いです! 助けてください!」

「……チッ」

 

 が、遅かった。バージルの姿を見たであろう女性は彼に声を掛ける。もう巻き込まれていると悟ったバージルは、仕方なく再度振り返る。

 女性はバージルのもとへ駆け寄ると彼の後ろに隠れ、追いかけてきた男を指差しながらバージルに話した。

 

「この非道な悪漢のエリス教徒が、私を拐おうと追いかけてくるのです!」

「おうおう言ってくれるじゃねぇか! いかにも俺は邪悪の権化であるエリス教徒! ポイ捨て、野グソ、スカートめくり! 幾多の悪事を行ってきた大悪党よ! だがそんな俺にも怖いものはある! そう! 闇のエリス教徒であるが故に植え付けられた恐怖の対象! 光のアクシズ教徒だ!」

 

 彼等が口にした、エリス教徒にアクシズ教徒という言葉。おまけに内容も、エリス教を蔑ろにしアクシズ教徒を褒め上げていると思わしきもの。まさかと思いながら、バージルは二人の会話を聞き続ける。

 

「なんてこと! この場に私を守ってくれる屈強で優しいアクシズ教徒の冒険者がいれば……あぁ! こんなところにアクシズ教への入信書が!」

「な、何っ! こいつはマズイ! もし女の傍にいる冒険者がアクシズ教徒になっちまったら、俺は手を出せなくなっちまう! くそっ!」

 

 これ見よがしに取り出された入信書を見て、バージルは全てを悟った。茶番劇に付き合うつもりのなかった彼は、黙って二人のもとから離れる。

 

「どこに行かれるのですか! 数多の戦場を駆け抜けてきた感のある冒険者さん! まさかこの状況を見て、私を見捨てるおつもりですか!?」

「おっとこいつはラッキーだ! まさか悪漢に襲われかけの女を見捨てるような、血も涙もない冷血漢だったとは!」

「いいえ! そんなことはありません! 私は信じております! きっとあの冒険者はすぐにでも考えを改めて振り返り、私の持つ入信書に名前を書いて愛と正義のアクシズ教徒に目覚め、悪漢を追い払ってくれるのだと!」

 

 しかし諦めが悪いようで、二人はバージルに聞こえるよう声を張りながら演技を続ける。助けるつもりなど毛頭ない節を伝えようかとバージルは考えたが、彼等に言葉を返しただけで術中に嵌りそうだと思ったのでやめておいた。

 こういった輩は、とにかく無視するのがベスト。ダクネス(変態貴族)から学んだ回避法を貫きながら、バージルは足早にその場を離れていった。

 アルカンレティア式の歓迎は、まだ始まったばかりだと知らずに。

 




もう察しているかと思われますが、今章ではクリスとゆんゆんはお留守番です。

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