この素晴らしい世界で蒼い悪魔に力を!   作:(´・ω・`)

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第46話「この仮面の悪魔から異世界事情を!」

 新人らしく元気な挨拶をしたバニル。彼の顔とポーズを見てバージルがイラッとする傍ら、タナリスが自ら前に出た。

 

「君が新人さんってことは……カウンターの奥にいる人は店長さんかな?」

「あっ、はい。初めまして。ここの店主を務めているウィズです。えっと……貴方は?」

「僕はタナリス。バージルのちょっとした知り合いさ。で、ウィズさん。ここってどんな商品を売ってるの?」

「冒険者さん達のお役に立てるような魔道具から、生活に役立つ便利アイテムまで揃っていますよ。例えば──」

 

 商品について尋ねられたウィズはちょっと嬉しそうに微笑むと、商品棚の方へ移動しながら説明を始める。それを見たタナリスはそそくさとウィズのもとへ。

 

「ほれ。ちゃんと約束は守ったであろう?」

「街の何処に現れるかと思えば、まさか店員としてお出ましとはな」

「我輩の夢を叶えるためには資金が必要不可欠。だから我輩は魔王軍の繋がりでここに赴き、金を稼ぐことにしたのだ。お望みなら、我輩の夢を貴様に教えてやってもよいぞ?」

「悪魔の語る夢に興味はない」

「相変わらずつれない男だな」

 

 その一方で、バージルは再会したバニルと顔をつき合わせて話す。以前会った時と同じくそっけない態度の彼を見て、面白くないとバニルは息を吐く。

 くだらない前置きは無しに話を進めたかったバージルは、自らバニルの方へ足を進めたが──。

 

「ちょ……ちょっと待ってよ!?」

 

 それを遮るように、置いてきぼりだったクリスが慌てて彼等の間に入ってきた。思わず立ち止まるバージルを背後に、クリスはバニルへ噛み付くように言った。

 

「どうして仮面の悪魔がこの街に!? しかもなんでバージルと仲良さそうに話してんの!? 見るからに胡散臭くて憎たらしい下劣な仮面の悪魔が! 彼をそっち側に引き入れようって魂胆なら容赦しないよ!」

「初対面だというのに随分と言いおるな。先も言ったように、我輩はここで働くために来た。で、仏頂面の男とは少し前に出会ってな。其奴は我輩に聞きたいことがあると言っていた。故に其奴は、我輩に会うため今日ここへ来たのだろう」

 

 遠慮なく貶してきたクリスに、バニルは彼との関係を簡潔に答える。ダガーに手を添え警戒しながらも聞いていたクリスは、振り返ってバージルに視線を移す。

 カズマがギルドでチヤホヤされている傍ら、クリスはバージルからバニル討伐の話を耳にしていたが、バニルと約束を交わし、後日話を伺いに行くことは聞いていない。彼女は苦り切った顔でバージルに尋ねた。

 

「……もしかして、あの時現れた悪魔達のこと?」

「悪魔に聞けば手っ取り早いだろう」

「確かにそうかもしれないけど……」

 

 悪魔嫌いの一面があるクリスは、納得はできるものの理解はできないといった様子で再びバニルを見る。するとバニルは彼女の気持ちを汲んでか、クリスを安心させるように告げた。

 

「我輩は此奴と仲良くなる気は毛頭ないので安心するといい。性別がハッキリしない銀髪女男よ」

「ねぇバージル! 今ここでコイツを斬り刻んでもいいかな!? いいよね!?」

「落ち着け。そして貴様は相手を小馬鹿にせんと気が済まんのか」

 

 挑発と捉えたクリスは、今にも襲いかかりそうな程に怒りを露わにするが、バージルはそれを静止させつつバニルに視線を移す。バニルは怯える様子など一切見せずにクリスを鼻で笑うと、バージルに言葉を返した。

 

「相手をおちょくって悪感情を頂くのは我が嗜みである。さて、貴様はさっさと本題に入りたそうなので早速話をしようと思うのだが……顔面蒼白店主が邪魔であるな」

 

 そう言って、バニルは左の方へ顔を向ける。同じくバージルもそちらを向き、クリスも何とか怒りを鎮めるようにダガーから手を離し、彼等と同じ方向を見た。

 

「ウィズさん、この水晶玉は何?」

「それは強力な雷を落とす魔道具ですよ! モンスターに囲まれた時に使って一網打尽にするもよし! 強力な敵に大ダメージを与えるもよしの、超強力な攻撃アイテムです!」

「ほうほう。それは実に冒険者心をくすぐるアイテムだね。じゃあこれは?」

「鉄壁の結界を張る魔道具です! 敵の侵入や攻撃を防ぐのに重宝しますよ!」

「おっ、強そう」

 

 顔面蒼白店主ことウィズはというと、店の商品について尋ねるタナリスへ嬉々として解説を行っていた。久しぶりの来客でテンションが上がっているのだろう。

 説明を受けたタナリスは、興味深そうに商品を手に取る。先の説明だけなら他の冒険者も手を出しかねない代物だろう。しかし、それだけで終わらないのがウィズ魔道具店。

 

「ただし雷は水晶に落ちる仕様であるので、使用者はもれなく焼死体と化す。また結界の方だが、敵だけでなく使用した本人も通れず、外からの魔法も一切通らない。故に、もし結界の中に敵を閉じ込めた場合は、こちらは一切手を下すことはできなくなる。かつて我輩は、とある間抜けな魔導士にそれで捕えられたが、中で寛いであくびをしても無傷であったぞ」

「ちょっ!? バニルさん! その話をするのはやめてって言ったじゃないですか!?」

「そんなことよりも腐り店主よ。我輩は此奴等と大事な話がある。貴様は外回りに行って少しでも客足を伸ばすがよい」

「女性の恥ずかしいエピソードをそんなこと扱い!? それに大事な話って何ですか!? お店に関わることなら、バニルさんよりも店主の私が──!」

「商談関連ではないし、たとえそうだとしても貴様に任せてしまえば、次の日にこの店は売却地と化す。いいからさっさと出て行け。あと十秒以内に行かなければバニル式破壊光線を──」

「わ、わかりました! 行きます! 行きますから撃つのはやめてください!」

 

 バニルに脅されたウィズは泣きながら店内を走り、急ぎ足で店から出ていった。街の外を走っていくウィズの姿を窓越しに見て、バニルは疲れたようにため息を吐く。

 

「全くあのロクでなし商売人が……よくもまぁあの体たらくで店をやってこれたものだ。我輩の知らぬところで勝手にガラクタを仕入れるわ、発注ミスとしか思えんほど入庫するわ……何故あのような奴と我輩は契約を結んでしまったのか。我輩が店長なら即クビにしておったぞ」

「貴様の見通す力を使って、奴がミスをする前に防げばいいだろう」

「ところがどっこいそうはいかんのだ。今の我輩は、ある程度力を抑えた状態で地上に出向いておる身。今の我輩より力がある者の未来は見通せぬ」

 

 バージルの提案を聞くも、それはできないとバニルは残念そうに話す。それからバニルは、未来を見通す力について説明を始めた。

 

「我輩は運命を操っているわけではない。あくまで未来を、無数とある結末の中で辿り着く確率が1番高いものを見通しているに過ぎん。そして我輩より力のある者は、確率の高い未来への道筋を自ら外れ、確率の低い別の未来へ辿り着くことができる。故に、其奴の未来を見通すことは不可。予想することができんのだ。貴様もその内の1人だ。戦っている時に試したが、未来を見通すことは叶わなかった」

 

 バージルの未来も見通せないことを伝えると、彼はバージルから視線を逸らして商品棚の方を見る。

 

「フムフム。強力な代わりにデメリットがあると。これ上手く使えたら格好良いだろうなぁ。ますます興味が湧いてきたよ」

「あのように、ゴミ同然の魔道具に興味を持つ輩を貴様が連れてくることも、我輩には読めんかった」

 

 変わり者は変わり物に惹かれるようで。そこではタナリスが興味津々とばかりに幾つかの商品を手にとっていた。

 少しでも在庫処理しつつ利益を稼ぎたい店側にとって、彼女は嬉しい来客。タナリスを見てバニルはちょっと上機嫌になりながらも、バージルに視線を戻す。

 

「もっとも、我輩が全力を出せる魔界でならば、貴様の未来も容易く見通せるがな」

「ほう」

 

 魔界でなら簡単に勝てると宣言され、バージルは不敵に笑う。

 戦闘マニアの面もある彼は、是非とも本気を出したバニルとも戦ってみたいと思ったが、近くにいたクリスが物言いたげにバージルを見ていた。それに気付いたバージルは、バニルとの再戦を一旦頭の隅に置いてバニルの話を聞き続ける。

 

「一方、過去は力のある者だろうと関係無しに見通せる。其奴が過去を変えるような力を持っていない限りは、既に定められた事項であるからな」

 

 続けてバニルは、過去を見通す力についても説明する。以前の戦いにて、バージルの動揺を誘う際に使っていた力だ。

 

「しかし女神だけは別だ。人間が太陽を直視し続けられないのと同じように、奴等は眩しすぎて過去も未来も見通せたものではない」

 

 女神に対しての見通す力の効果も話したところで、彼は小さく舌打ちをする。仮面のせいで表情は見えないものの、声も相まって憎しみを帯びているのがよく伝わる。

 未だ商品を物色しているタナリスと、猫のように警戒して睨み続けているクリスを順に見つつ、バニルは言葉を続けた。

 

「見通せたとしても直近の過去のみ……堕天した黒髪のおなごと、力を抑えている貴様で辛うじて、といったところか」

「ッ……気付いていましたか」

「青ずくめの男から見通した過去でな。もっとも、此奴の記憶越しであっても貴様が本来の姿を晒したであろう瞬間は眩しすぎて見ることは叶わなかったが」

 

 正体を見破っていたバニルに、クリス──エリスは警戒心を一層高める。一方でタナリスは聞こえていなかったのか、カウンターの奥にある商品をまじまじと見つめていた。

 

「さてと、我輩の能力説明はこれくらいにして、いざ本題に入るとしよう」

 

 未来と過去を見通す力について粗方話したバニルは、話を本筋に戻そうとする。しかしそこで、ふと疑問を抱いたバージルが彼に質問をした。

 

「先程貴様は、ウィズの未来を見通せないと言ったな。つまりウィズは、今の貴様よりも強いということか?」

「その件は我輩のプライバシーに関わる故話せぬ。ある一点に置いて、奴の未来を見通すことはできないとだけ言っておこう」

「ある一点?」

「無駄飯食いリッチーのポンコツ商才だ。冗談抜きで、我輩が全ての力を引き出したとしても、奴の商売に関する未来だけは見通せる気がせん」

「……そうか」

 

 彼女の、悪魔も音を上げるほどに酷い商才のせいで苦労が絶えない未来を、見通さずとも予測し、悲観するように深いため息を吐くバニル。

 そんな彼を見て、バージルは生まれて初めて悪魔に、ほんのちょっぴりだけ同情を覚えた。

 

 

*********************************

 

 

「紅茶の1つでも出そうとしたが、どうせ貴様等は手を付けんだろうと考え、敢えて淹れなかった。欲しければ我輩に言ってくれ」

「いらん」

「同じく」

 

 悪魔の淹れた紅茶は好かないのか、同時に断るバージルとクリス。店内にあった、カフェを連想させる丸いテーブルの席に座っている彼等の前には、可愛げのあるピンクのエプロンを身に付けたまま立つバニル。残るタナリスはというと、自分で1つ椅子をカウンターの近くに移動させ、少し離れた場からバージル達を見守っていた。

 語らう場が整えられたところで、バニルは片手を腰に付けてバージルに問いかける。

 

「はてさて、我輩に話があるということだったが、何であったかな?」

「以前この街に、俺のいた世界の悪魔が現れた。その場に次元の裂け目らしきものはなく、魔界から人間界へ現れたのだろうと推測している。では奴等は、元々この世界の魔界に存在していたのか、魔界から別の魔界へ渡ってきたのか……貴様に聞きたい」

「なるほどなるほど。では、どんな悪魔かを確認したいので、ちょいと貴様の過去を見させてもらうぞ」

 

 話の内容を聞いたバニルはそう言って腰を折曲げ、顎に手をつけてバージルの顔をジッと見つめる。何度も見通されるのは癪だったが、話を進めるためにもバージルは黙って視線を合わせた。

 

「ほうほう、此奴等か……鎌を持った骸骨に、要塞を乗っ取る寄生悪魔……」

「……どうだ?」

 

 悪魔の容姿を見通したらしいバニルの声を聞いて、バージルは返答を求める。バニルは曲げていた腰を戻すと、しばし間を置いてから答えた。

 

「結論から言おう。我輩は、其奴等を魔界で見た覚えは一度もない」

 

 バニルが答えたところで、バージルの眉がピクリと動く。位の高い、長く生きている悪魔も見たことがない。となれば、彼等が元々魔界に存在していた線は必然的に薄くなる。

 

「もっとも、いつ滅ぶかわからぬ下級悪魔の顔など一々覚えておらんのだがな。それに、最近は魔界に帰っておらん。我輩の知らぬ内に、貴様の知る輩共とよく似た悪魔がこちらの魔界で誕生したか……魔界で異世界への扉が開き、偶然貴様のいた世界の悪魔が流れ込んできたのやもしれぬな」

「異世界への扉だと?」

「言葉通りの意味である。ところで貴様、異世界についてはどの程度知っておるのだ? 勿論、三世界をひとつの世界と定義した上での異世界である」

「……そこの女から異世界転生の話を持ちかけられるまでは、異世界の存在は認知していなかった」

 

 バニルの質問に対し、バージルは正直に答える。元いた世界では、主に魔界や天界を指す意味で異世界という言葉は存在していた。また似て非なる平行世界や、本来の意味として全く別の世界を指していることもあった。

 が、あくまで後者の2つは実在しないもの(フィクション)でしかなかった。異世界は存在すると声を上げる者、本に書き記す者もいたが、多くの者からは妄言としか捉えられていなかった。バージルも、くだらん妄想だと思っていた1人だった。

 

「そうであるか。ではまず異世界についての説明を──したいところであるが、我輩もそこまで詳しいわけではない。なのでここは、説明できるほど詳しそうな天界の者にバトンタッチしていただこう」

「なっ……」

 

 バージルの把握している範囲を聞いたバニルは、そこで説明役をエリスに回してきた。予想外の流れにエリスは不意をつかれる。

 異世界について説明するつもりはないのか、バニルはエリスから視線を外さない。その傍らでバージルの視線も感じていたエリスは、ため息混じりに言葉を返した。

 

「貴方に命令されるのは酷く癇に障りますが……いいでしょう。ただし、貴方は話を聞かないよう席を外してください」

「流石は悪魔嫌いと名高い国教女神。聞き耳を立てられるのもお嫌いであるか。では望み通り、我輩は奥に行こう。ついでに紅茶を淹れてやろうか? コーヒーもあるぞ」

「いりません」

「あっ、じゃあ僕頼もうかな。ここはまだ飲んだことがないブラックコーヒーで」

「自ら未開の地に足を踏み入れるか。その心意気や良しである」

 

 タナリスのオーダーを聞いてから、バニルは店の奥へと姿を消す。悪魔の淹れる物であっても素直にいただけるのは、堕天した影響か元々の性格なのか。

 どちらにせよ警戒心の薄いタナリスに、エリスは呆れながらも視線を背け、バージルと向かい合う。

 

「ではバージルさん。早速異世界についてお話ししますが……その前に、異世界はどのくらいの数が存在していると貴方は思いますか?」

 

 バニルと喋っていた時とは真逆の、生徒に教える先生のような優しい声色でエリスは問題を出した。問いを聞いたバージルは少しの間思考し、エリスに切り返す。

 

「考えたこともないが……空に浮かぶ星の数ほど存在していると唱える者を、本で見かけた覚えがある」

「正解です。異世界は数多く存在し、この地に住む人間のように、常にどこかで生まれ、消滅しています。そして、それぞれの世界は隣接しているわけではなく、間に溝……狭間があります」

 

 エリスは微笑み、異世界についての解説をする。バージルにとっては未知の存在。それ故か、彼は興味深そうにエリスの話を聞き続けた。彼を知らない人からすれば、いつもと変わらない様子ではあったが。

 一方で、バージルが興味を持ってくれていると気付き、エリスは嬉しく思いながらも世界の狭間について話を持っていった。

 

「そうですね……大陸間にある海のようなもの、と言えばいいでしょうか」

「海に落とされた者はどうなる?」

「世界の狭間は、時間や距離などの概念がない、とても不安定な場所ですので、二度と戻ってこられなくなるか……最悪、存在を保てずに消えてしまうか……」

「何者も存在できぬ場所……まさに虚無か」

「はい。なので世界をお創りになる創造神は、住民が狭間へ落ちてしまわないよう、必ず世界の壁を創るんです」

 

 世界の狭間についてバージルがある程度理解したところで、エリスは次に世界の壁について話した。名称を聞き、こういう物なのだろうと漠然と把握しながらもバージルは耳を傾ける。

 

「壁の強度は世界によって千差万別ですが、ほとんどの物が頑丈で、創造神ほどの地位に立っていない限り認識できません。が、絶対に壊れないとは限りません。極稀に、壁の一部に穴が空いてしまうことがあります」

「穴……とするとその先は、虚無の大海か」

「そうですね。しかし時々、同時に別の世界で穴が空き、穴の開いた世界同士が繋がってしまうことがあります。それが、先程仮面の悪魔が言っていた異世界への扉です」

 

 ここでようやく、バニルが口にした異世界への扉について話が進んだ。バージルは机の下で組む足を変えながら、話を聞き続ける。

 

「先程話したように、狭間は何も存在しない虚無そのもの。故に、異世界の扉を通った人は狭間を認識する間もなく、繋がった世界へ渡ることができます」

「つまり、異世界への扉を通る者は世界の狭間に落ちる心配がないと?」

「通る際に、片方だけ穴が閉じるなんて例外が起こらない限りは大丈夫です。因みに、異世界転生する人は必ずその扉を通っています。バージルさんも見た覚えがあるのでは?」

「……あの青い魔法陣か」

「正解。異世界転生も仕事の内にある僕ら女神は、自由に異世界への扉を繋げられる権限を持っていてね。想定外の事故でも起こらない限り、安心安全快適便で異世界へ送り届けることができるのさ。天界の、魂を導く間にいる時だけにしかその力は使えないけど」

 

 聞き耳を立てていたタナリスが、地上に降りている自分、エリス、アクアも異世界の扉を開く力は使えないことを付け加えつつ話す。

 逆に言えば、女神の力も借りれば元の世界に戻ることも可能ということ。それを許可してはくれないだろうが。そう思いながらバージルはエリスに目を向ける。彼の視線を受けたエリスは、不思議そうに首を傾げる。

 

「運がなければ虚無落ちの行き先不明スリリング満載な便をお望みの場合、力ある者ならば我輩達悪魔でも提供は可能である」

 

 とその時、間に割って入るようにバニルの声が3人の耳に届いた。3人は声が聞こえた方へ顔を向けると、そこには湯気が昇るコーヒーカップ1つを乗せた皿を片手にバニルが立っていた。

 バニルはカウンター付近に座っていたタナリスに近寄り、カウンター上にコーヒーを置く。タナリスが礼を言ったのを耳にしつつ、再び猫のように警戒し始めたエリスと無表情を貫くバージルのもとへバニルは歩み寄る。

 

「開き方は単純明快。次元が歪むほどの強大な力をぶつかり合わせることだ」

「つまり無理矢理こじ開ける、と。力を理とする粗暴な悪魔らしいやり方ですね。しかしそれだけでは、扉を開いたとは言えませんよ?」

「然り。それで開けられるのは狭間に繋がるただの穴。扉と呼ぶには程遠い。だが我輩は、その穴を扉へと変化させるトリックを知っておる」

 

 エリスの指摘に対し、バニルは対策も考えていると話す。バージルとエリスが言葉を待つ中、バニルは得意げに方法を明かした。

 

「それは、他世界に繋がりを見つけること。例えば我輩の場合、似て非なる魔力を持つ者──異世界の悪魔を探せばいい。繋がりは道標となり、その先にある世界に穴を開かせる。そして2つの穴は繋がり、世界を繋ぐ扉を作り出すのである」

 

 バニルの話した悪魔流の開き方。正しい情報かどうか定かではないが、世界の狭間について認知しているエリスが何も指摘してこないのを見るに、その方法で開くことは可能なのだろう。そう思いながら、バージルは彼女に向けていた目を逸らす。

 

「……力の衝突……」

 

 もし本当に、バニルの話した方法で扉が開かれたのだとしたら、巨大な戦いが元いた世界の魔界であったということになる。

 次元を歪ませるほどの力。神の創りし壁を壊すほどの力。そのぶつかり合い──あるとすれば、たった1つ。

 

「……奴等か」

「だろうね。間違いなく」

 

 タナリスも同じ事を連想したのか、バージルの言葉に同調する。彼等の世界について詳しく知らないエリスとバニルは、声を発した2人に目を向ける。

 

「その様子、どうやら思い当たる節があるようだな?」

「うん。経緯は省くけど、実は彼のいた世界で彼の弟と、魔界を統べる魔帝がやり合っていたんだ」

「ほほう。我輩の知らぬ世界で、そのような世紀の大決戦が行われておったとは。それならば、穴の1つや2つ空いてもおかしくはあるまい」

 

 魔界の主神に、スパーダの血族。それにタナリスの話では、彼は魔帝に打ち勝った。つまり、魔帝をも越える力をダンテは持っていた。まさしく、次元を超越した戦いが魔界で繰り広げられていたのだろう。

 彼等の話を聞いていたエリスは、口元に手を当てて考える仕草を見せると、自身の推測を話した。

 

「とするとバージルさんのいた世界の悪魔は、その戦いで発生した穴を、こちらの世界に住む悪魔の魔力を感じ取ることで扉に変え、移動してきたということですか」

「否である。狭間越しに悪魔の魔力を感じ取れるのは、我輩のように力を持った大悪魔のみ。たかが下っ端どもにはできぬ芸当だ」

「なら、彼等は一体何を辿って世界を渡ったと言うのですか?」

「ここにきてそのような質問をするか盲目女神。もう既に答えは出ているようなものであろう」

 

 エリスの問いを聞き、バニルは心底呆れたようにため息を吐く。心外だったエリスが睨む中、バニルは別世界の悪魔がこの世界に何の繋がりを見たのかを答えた。

 

「そちらの下級悪魔は、世界を跨いでもなお感じ取れるほどの巨大な魔力、忘れられない臭いを知っておったのだろう。それこそアクシズ教徒共全てが悪魔滅ぶべし精神を刷り込まれているレベルでな」

 

 破壊衝動に駆られてはいるが、人間と同じく悪魔の性格は様々。悪魔らしく力のみを正義とする者。知略を張り巡らせる狡猾な者。好戦的でない変わり者等々。

 しかしある一点にだけ、バージルが元いた世界のほとんどの悪魔に共通するものがある。名を聞くだけで怒りが掻き立てられ、彼等は首を取らんと刃を振りかざす。

 過去に魔界を脅かした大罪人。魔界の神を封印した裏切り者──その血。

 

「そう──貴様である」

 

 逆賊スパーダの息子──バージル。悪魔が見た繋がりはお前だと、バニルは悪戯に告げた。

 

「実の息子故に染み付いた反逆者の臭い。どこにいようと悪魔が狙う呪われた血。奴等はそれを追い、こちらの世界へ来たのだろう。そう──貴様が奴等を招いたのだ」

 

 バニルは丸机の中心に右手をつき、彼から見て左側に座るバージルを凝視する。対するバージルは見上げる形で、バニルに鋭い視線を向ける。

 

「先ほど我輩は、力ある者は未来の道筋を変えられると話したな。そして、貴様もその内の1人でもあると」

 

 バニルが見通す力について説明する際に伝えた、未来を見通せない者の条件。辿り着く可能性の低い未来へと進められる力を持つ者。

 

「貴様が介入してきたことにより、この世界が本来辿る筈だった未来への道は外れてしまった。もう二度と、元の道と交わることはない。まだ大きく変化してはおらぬだろうが、行き着く先は異なる結末。もしかしたら、元の未来は平和なもので、今進んでいるのは破滅の崖が待つ道やもしれぬ」

 

 怒りも憎しみも感じられない。バニルはただ淡々と述べ──最後に、口角を上げた表情で朗々と言い放った。

 

「見通す悪魔が断言する。いずれ悪魔としての貴様が世界に刃を向け、混沌へと導くだろう」

 

 

 瞬間──鞘から剣が抜かれ、空気を切る音が鳴った。

 が、抜いたのはバージルではない。彼は両腕を組み、バニルを睨んだまま。

 

「……実にマナーの悪い客であるな。店の中で武器を抜いた者は、貴様が初めてだ」

「これ以上彼を責め立てるつもりなら、今ここで貴方を塵も残さず消し去ります」

 

 先程までバージルの正面に座っていた、エリスだった。椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった彼女は鞘から抜いたダガーを右手に、脅すようにバニルの顔の横ギリギリで刃を止めている。

 しかし、そんな脅しも無意味とばかりにバニルは鼻で笑うと、殺意の込められた目を見せているエリスへ問いかけた。

 

「盗賊女神よ。我輩は不思議でならんのだ。悪魔相手ならば誰よりも容赦ないと噂される悪魔嫌いの貴様が、何故この蒼き悪魔に肩入れするのか」

「女神だって、考えを改める時だってあるんです。確かに昔の私なら、彼を生かしておくなんて言語道断と思うでしょう。けど最近は、悪魔寄りの者であっても良い人はいるのかもしれないって思い始めたんです」

 

 バニルに刃を向けたまま、エリスは答える。過去の彼女を知る者が聞けば、さぞ驚く言葉だろう。少し離れた場にいるタナリスは、成長する後輩を見守るように微笑んでいた。

 

「少し前に出ていった、この魔道具店の店主さんだってそう。彼女も人ならざる者ではありましたが、人間を脅かすような存在ではないと私は感じました。貴方も、人間に危害を加えないのであれば見逃してあげないこともありません」

「ほほう。ポンコツ店主どころか我輩すら黙認すると。その方が我輩にとって好都合であるため良いのだが」

「そしてバージルさんは……悪魔であり、人間です。貴方達悪魔の物差しで計れるような人ではありません」

「逆もまた然り。此奴は人間であり悪魔である。人間の小さな物差しで計れる男ではない。貴様は、此奴が人間へ刃を振り下ろす可能性を微塵も考えておらんのか?」

 

 人間は変われるが、悪魔は違う。バージルは今でも悪魔寄りの者であり、いずれ再び人間に手を掛けるのではないか。バニルはそうエリスに問いただす。

 対してエリスは、決してバニルから目を逸らすことなく、揺るぎない気持ちを胸に彼へ言い放った。

 

「私は、信じていますから」

 

 

*********************************

 

 

 あの後、エリスは引っ張るようにバージルを連れて魔道具店から出て行った。因みにタナリスは、どんな魔道具があるか色々聞きたいと言い、独り魔道具店に残った。

 仮面の悪魔と2人きりにさせるのは不安ではあったが、彼女なら大丈夫だろう。もし何かあれば、自分が仮面の悪魔を消し炭にするだけ。そう考え、エリスは魔道具店を後にしたのだった。

 

「バージルさん。あんなインチキ悪魔の言ったことなんて、気にしなくていいですからね」

 

 帰り道を歩きながら、エリスは後方にいるバージルへ声を掛けてきた。彼が異世界の悪魔を呼び寄せたこと。いずれバージルが人間の敵として刀を取る未来のことだろう。

 彼女の声を聞いたバージルは、心配無用だと表すように鼻を鳴らす。

 

「気にしてなどいない。そもそも奴自身、俺の未来は見通せないと言っていた。奴の予言など、端から信用するつもりはない」

 

 バニルが提示したバージルへの予言。信じるつもりは更々ないとバージルは断言する。しかしその後、彼は目を伏せながら言葉を続けた。

 

「それに……俺が奴等を引き寄せていることは、紛れもない事実だ」

 

 元の世界では、四六時中悪魔が自身の命を狙ってきた。バニルの言う通り、彼等は憎きスパーダの血、その臭いをしかと覚えていたが故に。彼等がスパーダの血族を探し、わざわざこちらの世界にやってきたというのも、バージルからすれば頷ける話だった。

 世界を越えても追いかけてくるとは粘着質な奴等だと、バージルは嘆声する。

 

 とその時──パチンという乾いた音と共に、彼の両頬が叩かれた。

 バージルは閉じていた目を開ける。眼前にあったのは、バージルの正面に立ち、両手を彼の頬に当てているエリスだった。

 

「やっぱり気にしてるじゃないですか」

 

 エリスは少し怒りを感じさせる声色で、些か呆気にとられているバージルへ言い放つ。そして彼女は自らバージルの頬から手を離すと三歩ほど下がり、両手を前に組んでバージルと向き合う。

 

「罪を償うのも結構ですが……それ以前に、貴方もこの世界の住人なんです。悪魔のことなんて気にせず、カズマさん達みたいに楽しく生きてもいいんです」

 

 声を落ち着かせ、優しい口調でバージルにそう伝える。バージルが何も言わずに見つめる中、エリスは組んでいた手を離して自身の腰元に当てた。

 

「明日、冒険者ギルドに来てください。私1人じゃ難しそうなダンジョンがあったので、一緒に来てもらいますよ」

 

 明るく笑ってそう告げると、エリスは最後に「ではまた」と別れの挨拶を口にし、バージルを置いて前を歩いていった。

 バージルは叩かれた頬に手を当て、呆れたように息を吐く。そして、前方を歩くエリスの背中を見て独り呟いた。

 

「……世話焼きな女だ」

 

 あの夜と同じように、自分を叱責してきたエリスの顔が、幼い頃の自分を叱りつける亡き母と重なった。

 

 




バニルさんの見通す力は、原作では「自分と同等かそれ以上の者には通用しない」設定でしたが「自分より力のある者を見通す際、魔界か人間界の者なら過去は可能。天界の者は過去も未来も難しい」設定に改変しました。そうでもしないと話が進まない。

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